はちまんとめがねと大衆についての考察 作:とくめいせってい
ドアを開けて、今年初めて夏の到来を痛感した。
猛暑日というにふさわしい、破壊的な熱気が襲い掛かる。はるか一億五千万キロの彼方からの凶暴な日差しが、牙をむいてくる。重い足取りが日頃の運動不足を顕著に示していた。
「こーまちぃーあーついぃー」
「お兄ちゃん・・まだ家を出て5分だよ!そうだ。戸塚さんを想って!戸塚さんはこの暑い中、毎日のように練習してるんだよ!!」
「・・・そうか・・今度戸塚に謝らなければな。・・戸塚より弱くて何が「戸塚を守る」だ!!」
戸塚やっぱすごい。優しさの中に秘める真の強さ。・・・戸塚ってもう天使じゃなくて神じゃね?マジでキリストの再来なの?
俺が一神教戸塚を厚く敬っていると、小町がさも面倒くさそうに話を続ける。
「お兄ちゃんさすがに本気でひくよ。本気でそっちに足踏み入れる気?」
とりとめのない会話をしながら、焼けるアスファルトの上をのそのそと歩く。さして暑さに定評があるわけではないこの千葉も、夏も真っ盛りのこの時期は30度を超える。お菓子作りの材料を買いにいくだけなのだが、ここまで暑いともはやりっぱな肉体労働である。頭に響く蝉の音なんぞは、合唱などという生ぬるいものではない。
毎年この時期になると、蝉にリア充を重ねてしまう。
―常にうるさいだけであるのにそれは永遠に美化され続け、懐かしい思い出となる。結果それは否定されることがなく、ただ短い季節を鳴きとおす―
こう思いながら日頃の鬱憤を晴らしていく。なんせ一週間の命だ。暫く耐え忍べばいい。なんなら俺はクマムシとなろう。仮死状態でもいい。50年100年と生きていこう。
そんなことを思いながら歩いていると、スーパーにたどり着いた。
おお、聖地だ。
人ごみの苦手な俺も、さすがにこの暑さの中ではこう思ってしまう。てっとり早く済まして、さっさと帰るか。小町も同じ考えなのか、いつものように寄り道をすることもなく、目的の場所へ足を進めていく。
「あっ、ひきがやくんだー!」
俺も小町に倣い、足を進めていく。
「ひっきがーやくーん」
疲れてるのかな・・・帰ったら寝よう。
「ひっきがーやはっちまんくーん」
「お兄ちゃん。さっきからお兄ちゃん呼ばれてるんじゃない?」
「いや。多分空耳だろう。今日は暑いからな。」
そう。聞き間違いだろう。聞き間違いですよね。絶対そうだ!!
はかなくも俺の願望は打ち砕かれた。
「ひきがやくんゲットー!」
先ほどから俺を呼んでいた女性、雪ノ下陽乃さんが俺に抱き着こうとしてくる。軽くあしらおうとしたが、そこは合気道のたしなみもあるハイスペック超人。俺は難なくつかまってしまった。
「もーう。ひきがやくんったらつれないんだからー。」
「人違いだと思います。」
「またまたー。そんな変装でこの雪ノ下陽乃の眼がごまかせると思ってんのー?このー!うりうりうり~」
「はぁ・・・。でも、よくわかりましたね。眼鏡かけてたのに。」
「そりゃーねぇ、将来私の義弟になる人のことだもん。これくらいわかるよー」
「なりません。だいたいこんなところで何してるんですか?」
「今日は雪乃ちゃんがいなくて暇だったから暇つぶししてたとこ。そうだ!ひきがやくん。お姉ちゃんとデートしない?で・え・と。」
「残念ながら、忙しいので。」
「えー?めずらしいなー。ひきがや君が忙しいなんて~」
「お宅の妹さんが家に押しかけてきて、クッキー作り出したんです。それで、その材料買いに来たんです。なあこま・・
小町の姿はもうすでにそこにはなかった。そしてちょうどメール。
『デートしてきていいよ!小町的にはほかの人をおススメするけど、お兄ちゃんが選んだ人なら・・・あっ!今の小町的にポイント高い!』
八幡ポイントは底をつきました。
「ほーう。雪乃ちゃんもなかなかやるねぇ。押しかけ妻かぁー。よし!私も比企谷家に行こう!レッツゴー!」
こうなったらもうどうにもならない。俺は諦めて買い物を済ませ、スーパーを後にした。
「ねえねえところでひきがや君。あの妹さんはどこへ行ったの~?もしかして私のことニ・ガ・テ?
いや苦手なのは俺です・・・ってかさっきから小町におくってる邪魔すんなよオーラもうやめろよ。
「こーまちー。かえるぞー。」
「お兄ちゃんに呼ばれて来るのは自慢の妹小町で~す!」
「あらー。小町ちゃん?おひさしぶりぃ~」
「は、はいぃー。こっ、小町です・・・」
さしもの小町も陽乃さんには、かなわないらしい。
「じゃあ、ひきがや君の家に向けてレッツゴー!」
「はいはい・・・」
陽乃さんがいると、同じ距離のはずなのに、行きよりはるかに辛く感じる。周りの視線が痛い。いや、俺リア充じゃねーから。マジにらむのやめて?原因は腕を巻きつけてくる陽乃さんなんだけど・・・っていうか小町もやめろ。対抗心燃やしてどうする。よってたかって俺を殺しに(社会的に)来るのはやめてほしい。
家に入るとなんだかとても荒らされていた。由比ヶ浜。いくらなんでもやばすぎだろ・・・
「あら、ずいぶん汚れてるね~。彼女を家に呼ぶんだから、もうちょっときれいにしないとね~」
「彼女って誰ですか。大体、うち、いつもはもっときれいです。なんてったって小町が掃除してくれてますからね!!」
「あれ?でもほら、すごい荒らされようだよ?」
「そうですね。さすがの由比ヶ浜も、ここまでするとは思えませんしね。」
家の中は、ひどい有様だ。椅子は倒され、机は、所定の位置から大きくずれている。そこらじゅうが荒らされており、まさしく嵐が通り過ぎたようだ。陽乃さんが、部屋の隅に落ちていた携帯端末を拾い上げた。
「あら、これ、雪乃ちゃんのじゃない。ん?」
陽乃さんは、そういって電源をいれ、パスワードを打ち込み、画面のロックを外した。
―なんでパスワード知ってるんでしょうね~。怖いですね~
ふと、陽乃さんの手が止まった。数秒画面を見てから、小町にスマホを押し付けて、いきなり走りだし、家を飛び出していった。。
「陽乃さん、どうしたのかな~?」
そゥ言ってボーっと、陽乃さんが走り去っていった方を見ている小町から、スマホを奪い取る。陽乃さんを動揺させる何かがきっとあるはずだ。そう思いながら見たその画面の中には、想像を超える、信じられないようなことが書いてあった。
ゆうかいわたしねらいゆいさんもいっしょ2、30
すべてひらがなで書いてある。変換する時間すら惜しかったのだろう。由比ヶ浜と打つ時間がなかったのか「ゆい」と訳されている。それでもすべてを完璧に打ち、そして「さん」を忘れないのは、あいつらしいな。途中から、どうでもいいことを考えていた。それくらい、すぐには受け入れられなかった。一緒に画面を覗き込んでいた小町も座りこみ、ぼんやりとしている。数秒後に動き出せた陽乃さんは、やはり、すごい人間なのだろう。やっと事実を理解した俺は、小町に声をかけながらやはり、陽乃さん同様、走り出していた。
「小町!警察に連絡!それから家を出ろ!友達んちでも行け!」
いまほど、運動不足を痛感し、後悔したことはないだろう。俺は絡まる思考を整理しながら、全速力で走った。