学園黙示録~とんでもない世界に迷い込んだんですけど~   作:富士の生存者

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この作品を初めて1年が経ちました。
早いですね。
就職活動と中間試験の勉強の息抜きでちょいちょい書いてきました。
今回は、SATである南リカさんのお話です。主人公の部下が合流する前に何をやらかしていたかについて触れさせていただきます。時間ができ次第、修正していきます。
※南リカさんの視点でお送りします。
※現在こういった内容の作品を出すのは不謹慎ではないかという不安があります。そのため何らかの問題があればこの第22話は消去します。


第22話 『とんでもない空港』

 この世界に神様という存在がいるとすればそれは碌な存在じゃないだろう。

 何を根拠に碌な存在じゃないのか―――伏せ撃ち(プローン)姿勢から狙撃銃のスコープ越しに見える光景がなによりもそれを証明している。

 

 

「嫌な、にやけ面」

「俳優だよ。床主市にロケに来ていた」

 

 

 既に生命維持に必要な機能を消失したのにも係わらず、我が物顔で闊歩している存在はもはや人間ではない―――怪物だ。この事態が起こり始めた当初、事態を重く見た日本警察機構はバイオテロの可能性を示唆し、空港の警備として私たちをここに配備した。

 

 

 床主市国際洋上空港(とこのすしこくさいようじょうくうこう)―――人口100万人に及ぶ地方都市である床主市の沖合に位置する全国でも珍しい洋上空港である。空港に来る手段としては、航空機を使った空路か船を使う海路しかない。

 

 

「……距離400.左右の風はほぼ無風。射撃許可、確認。いつでも撃て」

 

 

 隣で弾着観測用(スポッティング)スコープを覗いている相棒(バディー)観測手(スポッター)を務めている男は、田島(たじま) (つばさ)。警官としての正義感を持ちながらも自分の、出来る最善を尽くすことをモットーにしている。背中を任せられる信頼できる男だ。

 

 マットの上に二脚(バイポット)を立てた狙撃銃(セミオートマティック・ライフル)―――H&K社製PSG-1で標的を捉える。

 

 狙撃手―――度々、映画でも取り上げられる。警察と軍隊において狙撃手の運用は大きく違ってくる。警察の狙撃手が、射撃を許可されるのは通常、同僚警察官や一般市民、自分自身を守る場合である。もしくは、被疑者の暴力行為が危険と判断された時に限られる。

 

 接眼部を覗き込むが、目をつけるようなことはしない。発射時の反動でライフルが下がり目を切ってしまう。そうならないために念のため紫外線コーティングされた強化ゴーグルをしている。これは発射時の燃焼ガスによって舞い上がるチリからも目を守ってくれる。

 親指で安全装置を解除し、引き金に指を掛ける。

 軽めに調節されている引き金をきった。

 

 PSG-1が吠え、銃床(じゅうしょう)が肩に食い込む。銃口から炎と共に弾丸が吐き出され、薬莢が排出され金属音を立てながら転がっていく。

 

 弾丸は空気を切り裂きながら進む。

 

 弾道は標的との距離が長ければ長いほど様々な環境、状況によって影響を受ける。風、雨、気圧、気温、湿度……それらを経験で培った技術で読みとることで目標に弾を届かせる。

 怪物の頭部が弾けて脳髄が飛び散り倒れるのがスコープ越しに確認できた。

 

 

「命中。お見事」

 

 

 つかさず、弾着確認を田島が報告する。

 そこからは、スコープで捉えることのできる怪物の頭を吹き飛ばしていく。標的はただノロノロ動くだけなので鴨撃ちをしているようだ。弾倉を撃ち尽くす頃には滑走路の周辺は、すでに死屍累々だ。そこに、警察車両を先頭に滑走路に転がっている死体を片付ける防護服を着た隊員を乗せた空港移動用バスが走ってくる。

 

 怪物の狙撃が一段落し、立ち上がり同じ態勢を取り続けて凝り固まった身体を伸ばす。

 

 

「しかし、船でしか来れない洋上空港まで出るとは……受け入れ規制はしてるんだろ?」

「えぇ。政府の要人とその家族、空港の維持に必要な技術者とその家族…その中の誰かがなったのよ」

 

 

 滑走路の死体の片づけが終わり待機していた旅客機が飛び立っていく。

 目的地は、北海道、九州、沖縄。どこもここよりはマシだと思える程度だ。避難民を受け入れていればいつ落ちても可笑しくない。症状が出ているかどうかは確認をしているが、この事態が未だ未確認のところが多く確実な罹患者かどうかを見分けるのには初期症状からしか判断できない。

 

 

「弾も無限にあるわけでもないしな」

「逃げるつもり?」

「そのつもりはない、まだな」

 

 

 狙撃銃を肩に吊り下げ、飛び立った旅客機の先の黒煙を上げ続けている街を見る。

 

 普段はポアポアしてるけど、肝心な時は別人のようになる親友を思い浮かべる。今すぐ助けに行きたいが、それはできない。私は警官であり、ここには助けを求める人々がいるのだから。

 

 私が助けに行くまで無事でいてね、静香。

 

 

「サクラ、こちらダリア。第3滑走路の掃除は終了した。移動する。送れ」

『こちらサクラ、ダリア了解。第1滑走路の支援に入れ。送れ』

「ダリア了解。終わり。次のお仕事だ……残業手当とか出るのかね」

「出るわけないでしょ。さっさと済ませましょう」

 

 

 レック・ホルスターから自動拳銃――シグ・ザウエルP226を抜き移動を開始する。

 私が先頭に立ちP226を胸の前に構え小走りに第1滑走路に向かう。すぐ後ろには、機関けん銃――MP‐5を構えた田島が続く。MP5には素早い照準を可能にする光学照準器(ドッドサイト)が付けられている。

 

 途中、建物の影から血みどろの作業服を着た男が出てきたが、すかさず頭部に照準、発砲する。炸裂音と共にスライドが動き、金色の薬莢を拳銃が吐き出す。その行為を何度か繰り返し、第1滑走路が見渡せるポイントにいく為、建物に備え付けられているハシゴを登る。

 

 狙撃ポジションに着き、先ほどと同じようにマットを敷き狙撃銃を構える。

 

 

「こちらダリア。サクラ、ポイントに付いた。送れ」

『こちらサクラ。ダリア、現状をしらせ、送れ』

「今必要なのは、狙撃じゃなくて爆撃よ」

 

 

 思わず現状を見ると毒ついてしまう。

 第1滑走路は、洋上空港で一番大きなターミナルが隣接しており第3滑走路のターミナルよりも人が多く混乱が酷かった場所だ。

 

 

「こちらダリア。サクラ、現状は最悪なり。送れ」

『こちらサクラ、了解。ダリアは現配置を放棄、サクラに合流せよ。送れ』

「こちらダリア。了解。終わり。撤退だ」

「了解」

 

 スコープから視線を外し、安全が確保されているターミナルビルに建物をつたって移動を開始する。

 

 

 無事にターミナルビルに辿り着き、ロビーには避難してきた人が一様に暗い表情だ。泣いている者や頭を抱えている人間がほとんどで全員が怯え、憔悴しきっている。田島が警備についている警官に話しかける。

 

 

「もしかして全然なのか?」

「何度も館内放送をしているが、ちらほらと逃げてきただけだ。ビル全体で1000人もいない。信じられないよ、ここには職員だけで2万人もいるのに」

 

 

 空港では館内放送を常に流し、生き残りを出来る限り集めようとしているが上手くいってないようだ。

 

 

「関連施設の職員、旅客、避難民を合わせると1万人ぐらいかしら。全体で3万……ここにいるのは1000人」

 

 

 思考しながら黒の出動服のポーチからキューバ産の煙草を取出し、ジッポで火をつける。

 

 

「キューバ物かよ、良いの吸ってるなっておいッ! ここは禁煙だぜ!」

「そんなこと言ってる場合かよ」

「世界中がこの騒ぎだもの。吸うなら今の内よ」

 

 

 田島が思わず噴き出した。

 相手の警官のコメントがごもっともな意見だったからだ。

 こんなくだらないこともまだ言えるのだからまだ大丈夫だろう。こういう警官がいなくては避難民の不安が増してしまう。

 

 

 私たちの指揮官であり洋上空港で実質的指揮をとっている、石井班長に報告をしてソファーに座りながら空の弾倉にバラの執行実包を親指で押し込んでいく。

 ここは空港のターミナルビルの一室だ。

 私の周りのソファーと机には、執行実包が入った弾薬箱、89式自動小銃、MP‐5その他装備がずらり並んでおり完全に武器庫と化している。

 

 

「以外に数がありますね、狙撃(エス)支援班長?」

「空港署には非常事態に備えて予備の装備、弾薬がストックされていたからな。問題はむしろ……」

「……銃を扱える人数」

 

 

 空港で混乱が起きた時に民間人だけが犠牲になったのではない。警備についていた警察官たちも発砲許可が出ていなかったため対処が遅れたのだ。次々に豹変した民間人、同僚に噛まれ混乱を加速させた。

 

 

「南の言うとおりだ。ターミナルビルには俺たち(SAT)の他に空港署の所員、機動隊の特殊銃器隊。海上保安署には、特殊警備隊(SST)が。関税には麻薬Gメンもいる。緊急処置として旅客から射撃経験者も募った」

「その内、生き残っているのは何人です?」

 

 

 ある程度、予測はできていた。民間人から射撃経験者を募るぐらいだ。

 

 

「……50人弱だ。だから、お前たちにやってもらいたいことがある。通常、旅客機への給油は、地下にパイプを通したハイドラント式給油設備を使うが、緊急用にタンク式給油車も配備されている。いつでも使えるようにジェット燃料が満タンな状態で第1滑走路の車庫に停車してある事が関係者の証言から確認できている」

 

 

 班長の言わんとしていることはある程度、察することができる。

 幾ら銃火器があろうと弾薬にも限りがあり、それを使う人間も少ない。

 

 燃料を怪物が多い場所にまき散らし火を付けるということだろう。

 建物がない滑走路では火災による延焼の心配がなく怪物どもを焼き払うことが出来る。

 

 

 装備を整え、第1滑走路車庫に1番近い関係者通用口に向かう。

 屋上の仲間から通用口に怪物がいないということ確認。バリケードを退かし銃の作動状態を確認する。

 89式自動小銃の弾倉を一旦、外し目視で弾薬を確認。再び弾倉を機関部に叩き込んだあと、槓桿(こうかん)——チャージングハンドルを引く。硬質な機械音を鳴らして遊底が動き、薬室に送り込まれる。ダブルフィードと呼ばれる弾詰まり現象を起こしてないのを確認。次に、2次兵装(セカンダリ)である拳銃も同様にチェックする。

 

 

「問題ない」

「こっちもよ」

「私が右、あんたが左ね」

「了解。お先にどうぞ、レディーファーストだ」

 

 

 賽は投げられた。開け放たれた通用口からゆっくりと、外に出る。

 それぞれ銃口を警戒範囲に向け、安全確認(クリアリング)を行う。

 

 

「クリア……の反対」

「こっちもだ。無闇に撃つなよ連中、音に敏感だ」

 

 

 近くに止まっている軽自動車に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏み込む。

 次々に、怪物どもを跳ねていく。

 

 

「くそったれな冗談だぜ。警官になって人を跳ねまくるなんてな!」

「……もう人間じゃないわ」

 

 

 ナビを見ながら目標の車庫を目指す。ワイパーを動かしてフロントガラスに付いた血を落とす。

 ここから1キロ先だ。

 

 

「左に約1000メートルの車庫よ。そのまま車庫の前に……ん? 田島、聞こえる?」

「何がだ? 連中のうめき声ならよく聞こえるぜ」

「ちがうわ。この音は……ッ!!」

 

 

 車の中に居ても聞こえる独特の重低音。

 仕事で聞きなれたヘリのローター音。それも複数。

 目的地の車庫の上を越えて7機のヘリが襲来する。ヘリ群は、私たちが乗る軽自動車を追い越しターミナルビルに殺到する。

 

 

UH-60(ロクマル)!!」

 

 

 自衛隊との合同訓練の際に搭乗したことがある。

 UH-60――通称『ブラックホーク』。 完全武装の歩兵1個分隊約11名の搭乗が可能だ。

 

 7機の内5機は、ターミナルビルの周りにホバリングして取り囲むとほぼ、同時に太いロープを2本ずつ地面に下ろし次々と完全武装の人間が降下してくる。金具を使用せず握力と挟んだ足の力に頼るファストロープと呼ばれる方法だ。自衛隊では、通常カラビナを使ってラぺリングで降下を行う。

 

 

「あいつら、何もんだ?」

「わからない。少なくとも友達じゃ無さそうね」

「戻るか?」

「えぇ。戻ればあいつらが何者かわかるわ」

 

 

 ……敵なのか、味方なのか。

 軽自動車をUターンさせ通用口に向かう。片耳に装着したハンズフリーマイクと一体化していたイヤホンから、応答はない。何かが起きている。

 先ほどまでいた通用口付近の怪物は視界に入る全てが頭部を破壊されていた。間違いなくヘリの連中の仕業だ。銃声が聞こえなかったのは抑制機(サプレッサー)を装着しているのだろう。

 誰もいない職員用通路をクリアリングしながら慎重に進んでいく。クリアリングというのは、前進と索敵を同時に行う侵入方法を意味する。 

 基本として、正面を向いたまま敵の待ち伏せを警戒しつつ、曲がり角や部屋の入り口を基点に扇状に意横移動を展開していく。この扇状の横移動技術は、カッティング・パイと呼ばれている。自身をコンパスに見立てるように、“切り分けたパイ”の外周軌道をなぞる事で、飛び込む先の視覚情報を通常より広く目視できるのだ。

 本部となっている部屋の前に辿り着くと入り口を挟んだ反対側の壁際まで移動する。銃を左構えにスイッチする――そして、突入。

 

 

「クリア!」

 

 

 標的、およびトラップが室内に無いことを確認して宣言する。室内には班長を含め、本部にいた隊員や職員が手を後ろでプラスチックバンドで拘束され転がされていた。

 

 

「班長!!」

 

 

 後方で警戒していた田島が部屋に踏み込んだ瞬間、何かがデスクの影から投擲された。

 

 

「フラッシュバンッ!!」

 

 

 完全にそれを視認するよりも早く、脊髄反射で躍動しうつ伏せになる。閃光から目を守ることは出来たが爆音で耳がやられた。

 特殊音響手榴弾(フラッシュバン)。爆発時の爆音と閃光により、付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状を起こさせる。訓練で実際に体験したがとても気分のいいものとはいえない。

 酷い耳鳴りで視界が定まらない中で自動小銃を構えようと立ち上がろうとするが、視界が定まらない状況で反応が鈍り何者かに勢いよく床に押しつぶされる。揺れる視界には次々とM4-カービンを構えた連中が入ってくる。

 他の隊員と同様、手を拘束される。

 

 空港のほぼすべての機能は連中に制圧されたようだ。

 特殊音響手榴弾(フラッシュバン)の効果がようやく収まってきた。連中、私たちを短時間で殺さずに制圧できたのだから並みの兵士ではない。それに、装備もしっかりしている。アメリカ軍かどこかの民間軍事会社か……。

 

 私たちの周りを囲んでいる武装集団から1人、前に出てくる。前に出てきた奴がヘルメットと目出し帽を取るとボブカットの黒い髪が宙を舞う。顔の作りから恐らく日本人。体型で分かっていたがやはり女か……顔は非常に整っており、兵士ではなくモデルの方が儲かるのではないかと思う。

 ひとまず相手の容姿を見て、呑気に口笛を吹いている田島を肩でどつく。

 

 

「これよりこの施設は我々が使わせていただきます。あなた達が抵抗しなければ、私たちが危害を加えることはありません。しかし、誰か1人でも抵抗すれば容赦なく射殺します」

 

 

 目の前の女はにこやかな口調で、そう断定した。

 そこに告げられた無機質な挨拶に、まともに答えることができなかった。それには一切の私情が挟まれていない。聞く者全てに理解できる声音。

 周囲の空気が帯電したように張りつめていく、独特の感覚が皮膚を通して伝わってくる。

 

 これは、恐怖だ。

 

 理屈ではないこの女への恐怖に、身体が竦む。おぞましさとで肌が粟立った。

 可憐なその容貌に厳粛な佇まいから言葉の意味を想像し、寒気が這い上がってくる。

 

 全身が凍り付いて動けない。血管に氷水が流し込まれたかのようだ。この女は、機械的な動作で『銃口』を逃げ惑う人々に自然に向けるだろう。

 

 こいつらは――この女は、どこまでも奇妙でズレている……まるで怪物そのものだ。外の怪物よりも質が悪い。

 

 私たちに向けられた黒い銃口が、いつ真っ白い銃炎に塗りつぶされるか。思わず目を背けてしまう。本能として、恐怖や嫌悪が頭を支配する。しかし、それでも敢えて目を向けて深呼吸と共に、緊張を吐き出した。

 

 

 

 




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