学園黙示録~とんでもない世界に迷い込んだんですけど~ 作:富士の生存者
今回は主人公視点です。
主人公SIDE
洋上空港を既に占領している告白で乱された心がなんとか落ち着いてきたので、このバイオハザードについてシェリー達が把握している事を聞いてみた。
「全世界で感染が確認されており、隔離処置などの対策は既に手遅れです。我々は重要地域に部隊を派遣、対処に当たっています。本部のラボでは、感染経路、感染源を目下調査中です。把握している詳細な資料はこちらに」
またもやお出ましの個人情報満載タブレット端末。
端末情報には人間がゾンビに至るまでの過程、ゾンビの能力と対処法などがまとめられていた。
世界規模の感染爆発となるとゾンビとの戦いが長引けば長引くほど、どんどん人間側が不利になってくるな。
大規模なゾンビを殲滅する為には組織だった行動が必要になってくる。噛まれたりすれば感染し、ゾンビは頭を潰さなければ死なない。これは映画やゲームでよく見られる。
心配な事は、動物への感染や突然変異の個体、変異体などが発生するかどうかだ。某ゾンビゲームでは犬やカラスなどの動物に感染し主人公を苦しめる。突然、屋内に窓ガラスぶち割って入ってくるとか……心臓発作が起きる。さらに変異体と呼ばれる突然変異を起こした怪物が厄介になってくる。
この世界でこれから動物への感染や変異体などが現れないという保証はないのだ。楽観的、油断という名の借金を背負いこみ、借金の利子がそのまま自分に牙を剥いて襲い掛かる事は避けなければならない。
俺は借金をしたことはない。
ないのだが、それに値する事なら結構な実績を誇っていた。
そう例えばそれは、高校時代8月31日における夏休みの課題がそれだ。
8月31日より以前の圧倒的な空白。簡単に終わるだろうと課題を楽観視していた過去の自分が、湯水のごとく浪費した時間の負債だ。時は金なりというなら、過去の自分たちが、8月31日の自分に押し付けた『借金』にこそ他ならない。
結局、その日の昼休みは英文法との泥沼の死闘に消えた。そして午後は、空腹という新たな敵との長い長い撤退戦が演じられた真実は付け加えるまでもないだろう。授業は基本的に教科書に書かれた内容を読むのと、先生が黒板に書いた説明をノートに写すだけだ。楽と言えば楽な授業なのだけど戦友の中には空腹に耐えきれず日本史の教科書を盾として、悠々と弁当として持ってきていたカレーを食べようとする猛者もいたが……ルーを白米にかけた途端、弁当を没収された戦友を俺は決して忘れない。教室全体が爆笑に揺れた。先生はすべてを悟った賢者のような顔で、うんうんと頷いていたのを今でも覚えている。
俺たちが背負った借金の利子は、かくも重かったのだった……。
「わかったわよ! いつだってママは正しいわ!!」
懐かしの記憶を覗き込んでいた俺は、廊下に聞こえた沙耶さんのマジ切れ声で現実に帰還する。
俺の部屋まで聞こえる程の大声だ。そうとう頭にきているのだろう。
気になって部屋を出ると丁度沙耶さんとエンカウントする。タイミング的にドンピシャ。待ってましたと言わんばかりだ。
沙耶さんは俺と判ると顔をそらす。その時、俺の動体視力は彼女の目元が濡れているのを見逃さなかった。
何かあったのだろう。
ここで、見て見ぬふりをするのも気が引けるし声を掛けてみよう。
泣いてるのか?
流石、コミュ障発動中の俺。
他の聞き方もあっただろうに…。
「ッ!? うるさいッ、何でもないわよ!」
俺はこれまでの経験上なんでもないと言って、本当になんでもなかった人間を見たことがない。
聞き方の悪かった俺が悪いんだから、シェリーさんはナイフを元の位置に仕舞ってね。
俺たちを庇った事を御両親から言われたのだろう。
そりゃ、こんな怪しさMaxの連中を自宅に招くなんて文句を言われるよね。申し訳ない気持ちで窒息死しそうだ。ホントだよ。
人様の親子事情に首を突っ込むのはよろしくないが、原因が俺たちにあるのなら何とかしなければならない。
両親の事か?
「……なんでもお見通しって訳」
やっぱりそうだったか……。
午後から総一郎氏との会談が予定されているので心配だ。こちらに対しあまりいい感情がなければ交渉は難航する。人と接する上で第一印象はどこの世界でも大事だ。
「あんたもママ達と同じ考えなんでしょ。この状況で自分の娘が生死不明で探しに行くのは無謀だから、部下とその家族を優先したこと…ええ、正しいわ! 生き残っているはずもないから即座に諦めたなんて!!」
危惧している事と違ったけど別の特大の地雷を踏み抜いた!?
地雷は沙耶さんの両親が、この状況で沙耶さんを優先してくれなかったことについてのようだ。
賢い彼女の事だから両親の選択が、頭では理解できても、感情で理解したくはないのだろう。両親も部下を守らなければならない立場があり、悩み考え抜いた末に決断したのだと。
移動中に俺に両親のことを話してくれた彼女はとても誇らしげに教えてくれた。そんな両親を尊敬している彼女からすれば裏切られた様に感じるのだろう。本当の気持ちは彼女にしか分からないが。そこにこれまでの日常ではなかった命の危機に曝されることによるストレスもその気持ちを加速させているのではないだろうか。
両親への苛立ちを、会って間もない俺にぶつけてくれるのなら甘んじて受けよう。一時的なストレスの捌け口にもなろう。しかし、この苛立ちをまだ両親の安否が分からない同じように強いストレスを孕んでいる孝君たちにぶつけるのだけは駄目だ。
普段の冷静な彼女なら気づくだろうが、人は感情的になっていると超えてはいけないラインを簡単に越えてしまう。それはいとも容易く今までの関係を壊すほどに……。
沙耶さんの御両親の対応は組織を率いる者としては正しい。会って間もない俺が言うのも間違っているが、親として正しいとは思わない。助けられるものを助ける…正しい判断だろう。それでも唯一の娘を見捨てていい訳ではない。
彼女の両親、彼女自身も心を痛めた。心理と感情は常にイコールなわけじゃない―――大切に思うからこそ傷つけてしまったのだと感じるのだ。
やり方はどうあれその感情に整理をつけるのは周りじゃない君自身だ。
結局のところ自分なりに受け止めなくては前に進む事は出来ない。
俺ってホントにずるいな。
結局、肯定も否定もして優柔不断なだけじゃん。
ご意見やご感想があればよろしくお願いします。