IS/Zero   作:小説家先輩

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ちかれた


第十五話 逃走

「裁判長、判決を」

 

裁判官である布仏がセシリアに判決を委ねた。するとセシリア裁判長は何のためらいもなく宣言する。

 

「死刑ですわ」

 

「ちょっと待てくれ!それはいろいろとおかしい!」

 

切嗣の意見を遮るように法廷の扉が開き、打鉄に身を包んだ箒が入ってくる。

 

「モッピー知ってるよ、衛宮を殺せばBADエンドは回避出来るって」

 

「ご協力感謝致しますわ、モッピーさん」

 

「モッピー知ってるよ、実は衛宮はとんでもなく腹黒だって」

 

箒は切嗣の所まで来ると、打鉄の唯一の武器である刀型ブレードを上段に構える。

 

「待て!こんなのぜったいに間違っている!!と言うかお前は誰なんだ!?」

 

「モッピー知ってるよ、これで私の望むEDを迎えることが出来るって」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

「━━━━はっ!?」

 

気がつくと、切嗣は布団の上で寝ていた。

 

「……夢だったのか」

 

切嗣は夢だと気づき、ため息を漏らした。がしかし、不意に右腕に違和感を覚える。どうやら切嗣の右手は何か柔らかいものを握っているらしい。軽く握ってみた。

 

「……ひゃん♪もう、切嗣さんったら……」

 

すぐ傍から聞こえてきた声に、切嗣は頭から冷水をかけられたような気持ちになる。そしてぎこちない動きで自分の右側をゆっくりと振り返ると、そこには幸せそうな顔で寝息を立てるセシリアの姿があった。

 

「この状況……何かがおかしい」

 

切嗣は辺りを見回してみる。この部屋は一人部屋であり、ほかに誰もいないはずである。がしかし、切嗣のすぐ横にはセシリアが添い寝している状況がある。切嗣はセシリアの胸から手を離すと、ゆっくり手を引っ込めようとする。がしかし、

 

「……おはようございます、切嗣さん」

 

セシリアに捕まってしまった。

 

 

「全く!隣で私が寝ているからといって、いきなり胸を揉むのは紳士の振る舞いに反していますわ!」

 

「……返す言葉もない。が、どうしてセシリアがこの部屋にいるんだ?僕は確かに鍵を閉めたはずなんだが……」

 

「それは私が貴方を迎えにきた時にピッキ……偶然空いていたから入っただけです。これに懲りたら、次からは気をつけてくださいまし!!」

 

「……申し訳ない」

 

「まあ、切嗣さんがどうしてもとおっしゃるのなら……」

 

「?何だって?」

 

「!別に何も言ってはおりませんわ!!」

 

妙に頬を赤くしているセシリアに疑問を感じながらも、切嗣は朝の準備を始めた。

 

 

放課後、切嗣は人気のなくなった靴箱で一緒に帰るためにセシリアを待っていた。

 

「……なかなか来ないな」

 

切嗣がそんなことを呟いていると、階段からラウラが降りてくる。そしてラウラは切嗣に気づくと、すぐに駆け寄ってきた。

 

「……お前に話がある」

 

「生憎だが、僕は君と話すことはない」

 

「お前は一体何者なんだ?少なくとも私が見てきた人間のなかで、お前のような目をした人間はほとんどいなかった」

 

「……」

 

「いくら私が暴走状態であったとは言え、IS相手に生身で確実に当たる距離まで引き付けて銃を撃つ。そんな狂気じみた事が出来るのは熟練の軍人か━━━」

 

「僕は熟練の軍人なんかじゃない」

 

「━━━凄腕の殺し屋。私はおそらく後者だと当たりをつけているが」

 

(なるほど。この女……僕の過去を探ろうとしてしているのか。これは放置しておく訳には行かないな)

 

切嗣はおもむろに胸ポケットに手を入れると、コンテンダーを取り出して銃口をラウラの方に向ける。

 

「━━━悪いことは言わない。命が惜しければ、これ以上僕のことを嗅ぎ回るのは止めることだ。でないと、不慮の事故で流れ弾が当たってしまうかもしれない」

 

「……ッ!」

 

男の目は一般人の目ではなく、間違いなく人を殺した事がある目であった。そんな男の近辺を不用意に探ろうとする。ここに来てラウラは自分がどれほど愚かなことをしていたのかを認識したのか、この後、脳漿を撒き散らしながら床に倒れこむ自分を想像し、思わず唾を飲み込む。

 

「こらっ!学校内でそんな殺気を出しちゃダメだって、お姉さんあれほど言ったでしょ!!」

 

しかし、ラウラの想像したような血生臭い展開は訪れなかった。バシッ!と軽い音がして、いつの間にか切嗣の後ろに扇子を持った楯無が立っていたのだ。

 

「会長!しかし彼女は……!」

 

「違反行為にデモも体験版もないわ!きりちゃんは今から生徒会室に来ること!」

 

更識は切嗣の手を掴むと、靴箱から出ようとする。がしかし━━━

 

「……僕も子供じゃないんだから、手を握るのはやめてくれ」

 

瞬間、切嗣とラウラは周りの温度が数度下がったような錯覚に陥る。どうやらこの凍てつくようなオーラは切嗣の手を握っている楯無から発せられているようだ。

 

「……どうやらきりちゃんには女性の接し方について、私が手とりナニ取り教えてあげる必要がありそうね」

 

「……あれ?今何かおかしい用語が入ったような」

 

「きっと気のせいだよ!ね、ラウラちゃん?」

 

「……!……!」

 

ラウラは首を縦に降るしかなかった。ここで返事を間違えて会長に瞬殺されるなど、絶対に避けなければならない事態なのだから。

 

「さぁて、これからお姉さんと楽しい生徒会室デートと行こうよ、きりちゃん?」

 

「……了解」

 

切嗣は生徒会室へと連行されていった。この後、さらに待ちぼうけを喰らったセシリアにもたっぷりと油を搾り取られる切嗣の姿があったとか。

 

 

7月下旬、切嗣はシャルロットと臨海学校の準備をするために都市部まで来ていた。

 

「さぁ!水着を選ぶのを手伝ってもらうよ、切嗣!」

 

シャルロットは切嗣の腕を掴むと、水着売り場に入っていこうとする。

 

「待ってくれ、シャルロット!流石にこれはまずいんじゃないか?」

 

「何を言ってるんだい、切嗣は。一緒に見てくれないと自分にあった水着を選べないでしょ?」

 

「っく!だからと言って、僕が一緒に来る必要はないだろう!」

 

その瞬間、シャルロットの手が万力のように切嗣の腕を握る。

 

「ちょ!?痛っ!痛いから放してくれないか、シャルロット」

 

「……君という男は。前から一夏と同じ匂いがするとは思ってたけど、ここまで朴念仁だったとはね……気が変わったよ」

 

「よ、良かった。僕のことを放してくれるんだな?」

 

「今日一日、この状態で切嗣と一緒に街を歩くことしたから」

 

シャルロットは切嗣に向かって満面の笑みを向けるが、切嗣からするとそうではない。

 

「ま、待つんだシャルロット。それ以上はいけない!」

 

「~~♪」

 

シャルロットは渋る切嗣を引きずりながら、お店の中に入っていった。

 

 

「疲れた……」

 

お店に入って二時間、切嗣はシャルロットの買い物に付き合わされ続けていた。

 

「━━━切嗣、この青い水着とオレンジの水着、どっちがいいと思う?」

 

「流石にこれ以上は勘弁してくれ。僕の精神衛生上、非常に宜しくないんだ」

 

「……これしきのことで参るなんて、まだまだ先は長いよ?」

 

「━━━分かった。付き合おう」

 

切嗣は気を取り直すと、シャルロットに付き合うために彼女のほうを向こうとした。その瞬間、強烈なめまいが切嗣に襲い掛かる。

 

 「!?っぐ!」

 

「ど、どうしたの!?切嗣!」

 

「……すまない。少しふらついただけだから、もう大丈夫だ」

 

「少しふらついただけだって……かなり顔色が悪いよ。少しどこかで休んだら」

 

「いや、大丈夫だ。昨日少し夜ふかしした分が来ただけだろう」

 

「━━━もういいよ。お店の入口にベンチがあるから先に行って待ってて。僕何か飲み物を買って来るから」

 

「あぁ。本当にすまない」

 

シャルロットは溜息を着くと、自動販売機のある方へ走っていった。切嗣はベンチに腰掛けると、背もたれに寄りかかる。

 

「……はぁ。どうやらいつもの夜ふかしが祟ったのかな」

 

「こんなところで何をしているのだ、お前は」

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「まあ待て、私もこんなところでお前と殺りあおうとは思わない」

 

思わぬ相手との遭遇に切嗣は思わず身構えるが、ラウラは両手を上げ敵意がないことを示す。

 

「……何が狙いだ?」

 

「ん?」

 

「とぼけるな。今日僕に近づいたのも何か目的があっての事だろう」

 

「いや、特に目的はないのだが……」

 

「……そうか。なら別の場所に行ってくれないか?僕は君と話すことなどない」

 

「……少し驚いた。お前のような奴でも感情を表に出すことはあるのだな」

 

ラウラは驚いたような顔をしているが、その表情に切嗣に対する恐怖はない。

 

「まあいい。とにかく僕の邪魔をしないでくれ」

 

「……分かった」

 

ラウラは切嗣の隣に腰掛けると、切嗣にスポーツドリンクを渡す。

 

「……受け取れ。お前、相当疲れてるだろ?」

 

「この状況で僕が君からの差し入れを素直に受け取ると思うかい?」

 

「……安心しろ、毒は入っていない。なんなら私が目の前で飲んでやろうか?」

 

切嗣はしばらく考えていたが、せっかくの気遣いを無駄にする訳にも行かないので、礼を言うとジュースを受け取る。プシュッ!と言う小気味よい音と共に冷たさが渇いた喉を潤す。

 

「……ありがとう

 

「気にするな。別にたいしたことではない」

 

「……そうか」

 

しばらく二人の間に沈黙が流れるが、それを破ったのはラウラだった。

 

「……今からしゃべることは私の独り言だ。黙って聞き流してくれて構わない」

 

切嗣は黙って頷く。

 

「私はドイツ軍の研究所で最強の兵士を育成するプロジェクトの実験体として作られた。所謂、試験管ベイビーと言うやつだ。そこで私は当初、優秀な成績を収め周囲から期待をかけられていた。がしかし、」

 

そこでラウラは俯くと、切嗣の方に向き直り左目の眼帯を外す。そこには右目とは違う金色の光を放つ目があった。

 

「この“ヴォーダン・オージェ(オーディンの眼)”と呼ばれているISとのシンクロ率を上げるための目の移植手術を受けた私は、結局目を制御することが出来ず、今までの能力を引き出すことができなくなった。その後は云うまでもない。無能な私は周囲から見放され、落ちこぼれの烙印を押された」

 

「…………」

 

「そして、その結果を見せつけられ自分自身に絶望しかけていた時、私の前に現れたのが教官だった。教官は自暴自棄になりかけていた私を奮い立たせ、ドイツ代表候補生に名前を連ねることができるところまで私を引き上げてくださったんだ!そんな教官の姿に私は憧れ、教官のように強い存在になろうと今日まで努力を重ねてきた……が、それも所詮は夢物語だったのかもな」

 

「お前がかなりの実力者であるとは言え、ISの操縦時間でははるかに私の方が上回っていたはず。そしてそれをいとも容易く覆されるようでは、私はやはり出来損ないに過ぎないのだろう……」

 

気がつけば、ラウラは目から涙を流していた。それに気づいたラウラはあわてて手で涙を拭おうとするが、横からハンカチを差し出される。そしてハンカチを差し出した手を視線で辿ると、そこにはそっぽを向きながらハンカチを差し出す切嗣の姿があった。

 

「お前……」

 

「気にしなくていい。これはジュースの分だ」

 

「……ありがとう」

 

ラウラは切嗣からハンカチを受け取ると、涙を拭き始める。切嗣はその様子をしばらく眺めていた。が―――

 

(敵であるはずの僕に自分の秘密を打ち明けるのか……。彼女の話が本当か嘘かは分からないが、仮に敵対しているのならわざわざ僕とこんな話をする意味も無いだろう……)

 

切嗣は相変わらずハンカチで涙を拭いているラウラを確認する。

 

(学園内での彼女の行動などを確認してみたが、計略に長けている様には見えなかった……そんな彼女にだけ秘密話させるのもな……まあ、こんなことを考えてしまう時点で僕も半端ものなのだが)

 

切嗣自身、肉体年齢に呼応して精神年齢が少しずつ下がって来ているように感じていたのだ。そしてそんな自分に嫌気が差したのか、切嗣はため息をついた後にようやく重い口を開いた。

 

「……とある男の話をしよう―――」

 

「―――!」

 

ラウラはハッとしたように居住まいを正す。

 

「彼は子供の頃、研究者の父親と一緒に、とある島で決して裕福ではないが充実した生活を送っていた。そんなある日、父親の研究の手伝いをしていた少女があるウイルスに侵されてしまう。彼女は苦しみながら少年に自分を殺して欲しいと頼んだ。しかし彼は自分にとって大切な人だった彼女を殺すことができず、その場から逃げ出すことにした。結果としてウイルスは島中に蔓延し、島は生き地獄と化した。これは後でわかることなのだが、ウイルスは彼の父親が作り出したものだった。そして、彼は父親がこの事件に懲りることなく研究を続ける気だということを知り、父親を射殺した」

 

「……!父親を……自分の父親を殺したというのか……?」

 

ラウラの言葉には答えずに切嗣は先を続ける。

 

「そして、その騒動の最中に彼は一人の女性と出会い、その人に引き取られた。彼は己の夢を、理想を叶えるために彼女の元で過ごし彼女の仕事を手伝うようになった」

 

「理想?なんだそれは?」

 

「━━━彼はただこの世の全ての人が幸せであってほしい、そう願ってやまなかった。だが、彼は悟ってしまった。この世のすべての生命が犠牲と救済の両天秤に乗っているのだと。決して片方の計り皿をカラにできないと理解した時、彼は天秤の計り手たろうと志を固めた。より多く、より確実に一人でも多くの皿の乗った方を救うと。しかしそれは一人でも少なかった方の皿を切り捨てる事と同じことだ。彼は誰かを救えば救うほど、人を殺す術に長けていった」

 

「しかし……もし、お前が、いやその男が少ないと判断した皿の方に知り合いが、さっき言っていた女が乗っていたらどうするんだ?」

 

「……たとえそうなっても彼は迷うことなく少ないほうの皿を切り捨てるだろうね。その人の犠牲で多くの人が救われるのなら彼はためらわない。島でウイルスが蔓延した時、彼がもし少女を殺していたなら島中の人間がウイルスに感染することはなかった。あの時の失敗を繰り返すわけにはいかない」

 

ラウラは切嗣の発言に疑問を覚え、切嗣の方を見る。すると切嗣の顔からは生気が抜け、顔色はさきほどよりも悪くなっていた。

 

「お、おい!?大丈夫なのか?」

 

「……あぁ、気にしないでくれ。よくあることだ」

 

「よくある事だと!?お前の身体は一体どうなってるんだ?」

 

ラウラは両手で切嗣の頬を包むと、強引に自分の方に向かせる。切嗣は手を振り払おうとしたが、その手はラウラの手に軽く触れただけだった。

 

「……お前は私に介抱されるのは嫌かもしれないが、病人を放ってはおけないのでな。悪いが、お前をこのまま病院まで連れて行くことにする」

 

「……やめてくれ、そんなことをされては(精神的に)やられてしまう」

 

「えぇい!いいからお前は黙って私についてくればいいんだ!!」

 

ラウラは切嗣を背負うと、入口の方へと歩き出す。そこで切嗣の意識は途絶えた。

 

 

切嗣が目を覚ますと、白い天井が目に入った。

 

「切嗣、気がついたんだね!?」

 

シャルロットが身を乗り出すようにして、切嗣の顔を覗き込んでくる。

 

「……すまない、本当は君と一緒に臨海学校の買い物をするはずだったのに」

 

切嗣が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「……頭を上げてよ。別に買い物はまた今度行けば良いし、今は身体を治すことが先決だよ」

 

「……しかし、それでは君に申し訳が━━━」

 

切嗣が続きを言う前に、シャルロットの人差し指が切嗣の唇に触れた。

 

「……ストップ。もし僕に何らかの負い目を感じているのなら、体調が良くなった時にでもまた一緒に買い物に付き合ってくれる?」

 

「あぁ、分かった」

 

「それじゃ、僕はもう帰るね。また学校で」

 

シャルロットはスキップをしながら、病室を出て行った。切嗣は一息つくと、病室のロッカーに向かい話しかける。

 

「……いい加減そこから出てきたらどうだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「…………」

 

するとロッカーが開き、中からラウラが出てきた。

 

「…………」

 

「……何をしている?」

 

「……いや……その……」

 

「……とりあえず、運んでくれてありがとう。しばらく休んだら体調も良くなるだろう」

 

「そうか。ならしっかり休んでおけ。私もしばらくしたら部屋を出ていこう」

 

すると、ラウラも近くに置いてある椅子に腰掛ける。

 

そうして夏休み前の最後の週末は過ぎていった。




またイチャラブ(?)か、壊れるなぁ……

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