IS/Zero   作:小説家先輩

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どうすっかな~、俺もな~……


第二十話 分裂

「━━━こちらコードE。目標の撃墜に成功した、これより帰還する」

 

「……分かった、すぐに旅館まで戻って来い」

 

「━━━了解」

 

呆然としている一夏達を尻目に切嗣は千冬との交信を終えると、スラスターを吹かせながら旅館の方へと飛び去っていく。目の前で起こった人が死ぬと言う事態。その影響は十代の少年少女の心に、少なからず影を落とす。

 

「……皆さん、私たちもそろそろ参りましょうか」

 

「……あぁ」

 

「…………」

 

しばらくその場から動けずにいた一夏たちだが、セシリアの声で正気を取り戻したかのように、旅館の方へと戻っていった。

 

 

切嗣はISを待機状態に戻すと旅館の方へ歩いていこうとしたが

 

「待てよてめぇ!」

 

振り向いた瞬間に一夏に胸ぐらを掴まれる。『誰も傷つけない、全てを守りぬく』信念を持った少年にとって、目の前で起こった自分の行動の結果を肯定することは難しいのかもしれない。一夏は己の信念のもとに切嗣を糾弾する。それが、自分のエゴによるものであるとは気づかずに。

 

「なんであのパイロットを殺した!?あのまま俺に任せてくれたら間に合っていたかもしれないのに!」

 

「……君は随分とおめでたい思考だな、織斑一夏。『間に合っていたかもしれない』?巫山戯るな、君のそれはエゴに過ぎない」

 

「だからと言って、殺すのは……」

 

「殺すのはやりすぎだ、とでも?では聞くが、君はあの状態で絶対の自信を持ってあのISをパイロットを殺さずに無力化する事が出来たと言えるのかい?」

 

「そ、それは……」

 

一夏は切嗣に言い返すことが出来ない。操縦者一人と福音の予想進路上にある都市の人々。もし、あの場で一夏が銀の福音を撃墜し損ねていた場合、その後の被害は一桁だけで済むことはない。『より多くの人を救う事』を信条としていた切嗣にとって、考えるまでもないことである。実際、一夏が第2形態移行を済ませていたとはいえ、銀の福音までの距離はかなり開いており、尚且つ第2形態移行を完了し更にパワーアップした敵に、確実に零落白夜を当てて相手を殺さずに無力化するなど正直無理難題と言わざるを得ないのだから。

 

「少なくとも、僕にはあれ以上の策は思いつかなかった。だから僕はギリギリまで君達が戦っているのを待ち、その上で定められていた境界を割ってきた敵を撃墜した」

 

「……それでも、俺はお前のやり方を認めるわけにはいかない……!」

 

切嗣は自分の胸ぐらを掴んでいる一夏の手を、強引に振りほどく。そこに宿るのは明確な拒絶の意志。そして襟を整えたところで、侮蔑のこもった目を一夏に向ける。

 

「……悪いがこれ以上君と話すつもりはない。僕はこれで失礼させてもらうよ」

 

切嗣は一夏に背を向けて旅館の方に歩き出した。がしかし、一夏からすると議論を途中で止められており、逃げたとしか思えない。心の中で渦巻く激情を持て余した一夏は、背中を向けている切嗣に向かって罵声を浴びせた。

 

「待てよ、この人殺し!」

 

その瞬間━━━バシンッ!一夏の頬から乾いた音が響く。気がつけばラウラは一夏にビンタをしていた。

 

「貴様!自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

 

ラウラは、そのままの勢いで一夏に掴みかかる。

 

「よくもクラスメイトに対してそのような暴言を吐けたものだな?なんなら二度とその口を開けなくしてやろうか?」

 

「なんだと!?おれだって━━━」

 

セシリアたちが一夏とラウラ双方の気を収めようとしたところで━━━

 

「━━━そこまでだ、馬鹿者めが。今から、お前ら全員大広間に来い」

 

千冬が一夏とラウラの間に割って入る。そして一夏の手を掴むとそのまま旅館の中へ入っていく。それに続くようにセシリア達も千冬についていった。残された切嗣は千冬のあまりの行動の速さに目を奪われていたが、

 

「━━━衛宮くん、貴方には私から話があります」

 

真耶の言葉に頷くと、2人は切嗣の部屋へと歩いて行った。

 

 

「━━━以上で私の話は終わりです。なお勝手に部屋を抜け出した罰として、衛宮くん達には反省文+特別トレーニングが課されることになりました。よろしいですね?」

 

「……分かりました」

 

「では後ほど衛宮くんには、念のため体に異常がないかの検査を受けてもらいますから、今度こそ大人しくしておいてください」

 

「━━━大丈夫ですよ、僕は特に怪我はしていないですから」

 

「…………」

 

切嗣は問題ないとばかりにアピールするが、真耶の目が据わっているのを見て首を縦に振る。今の真耶の表情を端的に表現すれば、『イイ笑顔』が一番しっくりくる。その状態の真耶に対し、ごまかしきれるほど切嗣は空気が読めないわけではない。

 

「━━━では、私はこれから織斑先生のところに戻りますので、衛宮くんは安静にしておいて下さいね」

 

真耶は切嗣が了承したのを確認すると、足早に千冬たちのところに戻っていった。

 

 

一方一夏たちには千冬の“教育的指導”が待っていた。大広間に付いた後、千冬に正座するように言われ、始めたのが約30分前。そろそろセシリアの顔が青ざめてきているのが限界の合図だろう。

 

「あの~、織斑先生?そろそろこの辺にしておいてあげたらどうでしょう?けが人もいるみたいですし……」

 

「……っち、しょうがない。全員足を崩していいぞ」

 

千冬の一声に、部屋の中から安堵の声が上がる。どうやら30分間の正座は、どんなに鍛えていても十代の少女たちには堪えるらしい。

 

「ではこれから男女別で診察をするので、全員服を脱いでください。━━━わ、分かってますね、織斑君?」

 

一夏は山田先生の言葉に頷くと、扉の方へ向かう。その際、千冬が一夏に小さい声で何かを呟いたが、一夏は反応を示さずに扉を開け廊下に出ていった。

 

廊下に出てしばらく歩いたところで一夏は先ほどの出来事を思い出していた。

 

『随分とおめでたい思考だな、織斑一夏』

 

『それは君のエゴに過ぎない』

 

「くそっ!」

 

あの時何も言い返せなかった自分自身への怒りから、思わず壁を殴りつける。ゴッ!と言う音と共に手に痺れが走るが、今の一夏にとってさほど重要なことではない。そして一夏の長い夜は続く。

 

 

その頃、切嗣は携帯を持つと旅館の外へ出る。そして近くに誰もいないのを確認してから、楯無に電話をかけた。

 

「もしもーし、どうしたのきりちゃん?何か調子悪そうだね?ひょっとして作戦が失敗したとか?」

 

「……いえ、作戦は成功しました。ですが……」

 

「その反応、何かあったんだね?報告を聞かせてくれる?」

 

切嗣の反応に何かが起こったことを察した楯無は、切嗣を落ち着かせるようにゆっくりした口調で話す。電話越しの切嗣は沈黙していたものの、しばらくして話し始めた。

 

「……予想外の事態が起こったため、やむを得ず目標を撃墜しました」

 

「予想外の事態……?」

 

切嗣の『予想外』と言う言葉に、嫌なものを感じながらも楯無は続きを促す。

 

「軍事機密の保持を目的としたあちらの都合により、銀の福音の破壊指令が発動され、こちらの包囲網を突破した福音が本作戦の行動限界域に到達しました」

 

「━━━それで?」

 

切嗣から語られる作戦の全容。懸命に福音を止めようとした一夏たちであったが、圧倒的な性能差の前に善戦するも、押し切られてしまう。そして、ワンオブアビリティ「■■■■」を発動し相手の背後に回り込んだ切嗣が福音の心臓に刃を突き立てることで、ひとまずの終息を見た。がしかし、切嗣の様子は変わらない。

 

「━━━きりちゃん、お疲れ様。よく頑張ったね」

 

「いや、自分にはそんなことを言われる資格なんてありませんから」

 

あくまでも距離を置きつつ、自分を卑下する切嗣の姿勢に楯無は電話口に聞こえないようにため息をつく。

 

「それと……無事で本当によかった。じゃあまたね」

 

「ご心配を……おかけしました」

 

切嗣は通話を切ると、しばらくの間その場から動かずに空を見上げていた。

 

 

同時刻、束は海岸にて先ほどの戦闘シーンを空中投影されたディスプレイを使って眺めている。先程までの嬉々とした表情はなく、ディスプレイに映る彼女の表情からは何も読み取ることは出来ない。

 

「なるほど、なるほど。紅椿の稼働率は……まあ、こんなもんかな。余計な邪魔が入っちゃったし」

 

束はディスプレイを強めにスライドさせ、別なウインドウを呼び出す。そこには白式の性能データが記載されていた。

 

「それにしても、白式の性能には驚かされるなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能とはね」

 

「━━━あぁ。まるでお前が心血を注いで完成させた一番目の機体である『白騎士』のようだ」

 

千冬が森の中から音もなく現れる。たがその端正な顔立ちは若干歪んでおり、言葉の端々に怒気をはらんでいた。

 

「会いたかったよ、ちーちゃん」

 

「……奇遇だな、私もお前に用がある」

 

千冬は束との間を少し開け、地面に腰掛ける。そして千冬はひと呼吸おいて口を開いた。

 

「……どういうつもりだ?お前の“性能実験”とやらのせいで人一人が犠牲になったんだぞ?」

 

「?だから何?私は別にちーちゃんやいっくんに箒ちゃんがいれば、ほかの連中のことなんてどうでもいいんだけど?」

 

「…………」

 

千冬は束から帰ってきた返答にしばし言葉を失う。がしかし、千冬はこれが束の本質であったことを思い出し、会話を続けた。

 

「……そう言えば、あの黒いの本当にウザイよね?爆発してくれないかな」

 

「黒いの……あぁ、アイツの事か」

 

黒い機体と言われ、千冬の頭にある人物が浮かび上がる。がしかし、台所やお風呂場などの水場に生息する最凶の生物と、同様の呼び名をつけられた彼に千冬は内心、同情する。

 

「大体あのISのコアってどういう経緯で“アレ”に渡っちゃったんだろ?倉持技研からコアを盗み出した泥棒さんはもうこの世にいないのに」

 

「……そう、だったな」

 

二人の間に沈黙が流れる。がしかし、すぐに束が質問を投げかけてきた。

 

「ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「そうなんだ」

 

すると二人の間に吹いていた風がさらに強く唸りを上げる。その中で束がなにかつぶやいて……忽然と姿を消した。

 

「…………」

 

千冬は息を吐き出すと、砂浜を歩き始める。その口元から漏れる言葉は、潮風に流れて消えた。




更新が遅くなってしまい、すみません。自分の中であれこれ考えた結果、切嗣のISの名前は「Nameless hero」で正式に決定しました。これからも拙い文章ですが、読んで頂けるとありがたいです。

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