IS/Zero   作:小説家先輩

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やべぇよ、やべぇよ……


第二十三話 戯曲

楯無と一夏が生徒会室に入ると、そこには意外な光景が広がっていた。

 

「ただいま」

 

「えっと……こんにちは」

 

「お帰りなさい、会長」

 

「わー……おりむーだぁ……」

 

「ほら、しっかりしなさい。お客様の前よ」

 

一夏が見たもの。それは生徒会室の机でうつぶしている本音とそれによく似た姉(?)の姿であった。

 

「えっと……のほほんさん、眠いの?」

 

「うん……。深夜……壁紙……収拾……連日……」

 

「あら、あだ名で呼び合うなんて相当仲がいいのね?」

 

お茶の準備を3年生に任せて、2年生でありながら会長の座に収まっている楯無の姿は一夏の目からはいろんな意味で別次元の存在に感じていた。

 

「あー、いや、その……本名を知らないんで」

 

「ええ~!?」

 

一夏の言葉に本音は大声を立てて起き上がる。

 

「ひどい、ずっと私のことをあだ名で呼ぶからてっきり好きなものと……」

 

「いや、その……ごめん」

 

一夏が本音に頭を下げると、ちょうどそこにティーカップを持ってきた3年生(?)が口を挟む。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

 

「てひひ、バレた。わかったよー、お姉ちゃん~」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ええ。私の名前は布仏虚。妹は本音」

 

「昔から、更識家のお手伝いさんなんだよー。うちは、代々」

 

一夏は頭を整理する。メガネをかけてしっかりしてそうな方が姉の虚であり、ダボダボの袖をしているのがクラスメイトである本音、という事を理解するのには数秒ほど時間を要した。一方、楯無は虚の注いだ紅茶を飲んだあと、カップをお更に置いて話を始めた。

 

「さて、ではこれから織斑くんの部活について話したいんだけど、大丈夫?」

 

「えぇ。後は自分の部屋に帰るだけですし……」

 

「ありがとう。じゃあ、まず織斑くんに聞きたいことがあるんだけど?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

楯無は虚が渡してきたプリントを確認しながら、一夏に話しかける。

 

「貴方、部活に入ってないでしょ?」

 

「ええ、まあ」

 

「実はその事で前から生徒会に苦情が来ていてね。だから生徒会は君をどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

 

「それで学園祭の投票決戦ですか……」

 

一夏にとってはまさに寝耳に水の話だが、どうやらこれは決定事項らしくどうしようもないらしい。

 

「その代わりと言ってはなんだけど、交換条件としてこれから学園祭までの間、私が特別に訓練してあげましょう。ISも、生身もね」

 

「遠慮します」

 

「そう言わずに。あ、お茶どうぞ。美味しいよ」

 

「……いただきます」

 

茶葉のいい香りが鼻腔をくすぐる。一夏は一通りそれを楽しんだ後、適度な熱さの紅茶をゆっくりと飲む。

 

「美味しいです」

 

「虚ちゃんの入れるお茶は世界一だからね。ほら、ケーキもあるわよ」

 

目の前に差し出されるのは生クリームのたっぷり乗ったいちごのショートケーキ。ケーキの甘さと紅茶の良い香りが心をリラックスさせる。そしてケーキを食べ終わったところで楯無は再び一夏にコーチの件を打診する。

 

「そして私の指導はいかが?」

 

「いや、それは遠慮しておきます。大体、なんで俺に指導してくれるんですか?」

 

「ん?それは君が弱いからだよ」

 

一夏の眉がぴくりと動く。どうやら楯無の言葉が気に食わなかったようで、一夏は大きく息を吐くと真っ直ぐに楯無の方を見つめる。

 

「それなりには弱くないつもりですが」

 

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だからちょっとでもマシになるように私が特訓してあげるという話なんだけど」

 

「それなら会長お気に入りの衛宮にでも特訓してあげていればいいじゃないですか。俺には必要ないですよ」

 

すると楯無の口から笑いが溢れる。もっともその笑いからは侮辱の感情しか伺うことが出来ない。

 

「なんにも分かってないみたいだね、織斑くん。貴方程度の腕前で衛宮くんをどうにかしようなんて面白すぎて、お姉さんへそでお茶を沸かしそうになっちゃったよ」

 

あっさりと自分の実力を否定された一夏。ここまで言われて引き下がるわけには行かない。一夏はおもむろに席から立ち上げると、楯無の方を指差す。

 

「……分かりました。それでは勝負しましょう」

 

「うん、いいよ」

 

楯無がにこりと微笑む。その笑顔を見たところで一夏は自分が罠にかかったことにようやく気がついた。

 

 

「えーと……これはどういう?」

 

「胴着と袴だね」

 

「知ってますよ、それくらい」

 

あの後、一夏と楯無は畳道場で向かい合っていた。どうやら本音と虚は生徒会の用事があるようでこの場にはいない。

 

「ルールは簡単、君が私を床に倒せたら君の勝ち。私が君を行動“不能”にしたら私の勝ち」

 

「なんでそこを強調……と言うか、一体何をする気なんです?」

 

「何って……一夫多妻去勢拳だけど」

 

「何ですかそれ!?」

 

「君が勝ったら教えてあげよう……まあ私が勝つんだけどね」

 

「……行きますよ!」

 

「いつでもどうぞ」

 

楯無の挑発に完全に乗ったらしく、一夏は道場で習っていた通り、摺足で間合いを詰め、楯無の腕を取ろうとするが━━━簡単に返され、地面に強かに叩きつけられる。一瞬息が止まり、肺の空気が吐き出されたところで頚動脈に手を当てられる。

 

「まずは一回目」

 

一連の動作により、自分を簡単に殺せることをアピールされた一夏は素早く立ち上がると、距離を開ける。

 

(この人、かなり出来る……!千冬姉を相手にする位の心構えで行かないと……!)

 

迎え撃つ構えをとる一夏に対し、楯無が口を開く。

 

「どうしたの?来ないなら━━━こっちからいくよ?」

 

楯無の動きを感じ、一夏が防御を取ろうとした瞬間━━━一夏の目の前に掌打を放つ楯無の姿があった。楯無が行ったのは、古武術の奥義の一つ「無拍子」。誰もが無意識のうちに刻んでいる律動を相手に感じさせず、また感じることなく律動の空白を使う高等技術である。そのため、一夏が楯無を認識した頃には、既に間合いに入られていることになる。

 

「しまっ━━━」

 

まず、肘・肩・腹に軽く3連打。そして一瞬筋肉が強ばったところで、両肺に掌打が叩き込まれた。

 

「がっ、はっ……!」

 

肺から強制的に空気が吐き出された事で、一夏の意識が一瞬途切れそうになり━━━

 

「足元に気をつけて」

 

畳に背中から叩き付けられていた。加えて、投げ飛ばす際に、指で関節の数カ所をやられたようで、すぐに体を起こそうとしても、起き上がる事が出来ない。

 

「はい2回目。まだ続ける?君の言う衛宮君との真剣勝負ならもう2回は死んでるよ?」

 

一方の楯無はほとんど呼吸を乱しておらず、襟元一つ乱れていない。ならば、せめて一糸は報いようと一夏は全身に力を込め、跳ね起きた。

 

「まだまだ、やれますよ」

 

そう答えるものの、一夏の身体は先ほどのダメージもあり思うように動かない。

 

「いいね。頑張る男の子はお姉さん好きだよ」

 

「そりゃどうも」

 

震える足に叱咤し、なんとか立ってはいるものの、一夏から見た微笑みを絶やさない楯無の姿は、深い森の霧━━━一夏の心の中に漠然とした恐怖を呼び起こす。

 

「すぅ━━はぁ━━」

 

大きく深呼吸を2回。一夏は意識を冷たく、そして低く集中させていく。

 

「なるほど、それが君の本気だね」

 

「…………」

 

二人の間に流れる一瞬の静寂。先に動いたのは一夏だった。

 

(先輩の『静』を上回るほどの『動』で攻める━━━篠ノ之流裏奥義『零拍子』!!)

 

「……ほう」

 

今までとは違う一夏の動きに一瞬驚いたようで、楯無は動きを合わせるために半歩下がる。その着地する寸前を狙い、一夏は楯無の腕をとって力ずくで投げ飛ば━━━すことは出来なかった。

 

「ガハッ」

 

今度は前のめりに畳に倒された。またしてもむせ返ってしまい、意識が持って行かれそうになるのを堪え、一夏は再び立ち上がる。

 

「うおぉぉぉ!」

 

最早、どんな形でもいい。彼女に一撃を与える。そのことだけを考えているため型などを考慮する理性は、とうに一夏の頭からは飛んでいた。走りながら付いた勢いで楯無の道着を掴んだところで━━━

 

「きゃん♪」

 

「なっ!?」

 

胴着の中から、箒に勝るとも劣らない高級そうなシルクのレース下着が出現した。その瞬間、一夏は周りの空気が一気に数度下がったような錯覚に陥る。確かに現在は9月頃であり、少し肌寒くはあるものの、瞬間的に温度が下がることなど普通はありえないはずなのだが……。

 

「……そう言えば、織斑一夏くん。君の敗北条件はなんだったっけ?」

 

「えっと……僕が行動不能になることです」

 

「そうだったよね~、つまり君を“不能”にすればいいんだよね?」

 

楯無から発せられる巨大なオーラに押され、一夏は反射的に胴着から手を離す。その瞬間、楯無の左足から閃光の様な蹴りが一夏の“大事な部分”に向けて発射される。

 

「━━━まずは金的ぃ!」

 

「くっ、間に合え!」

 

一夏はとっさに足を内股にする。今出来る防御の中で最も“大事な部分”を守るのに適した防御である。がしかし、楯無の蹴りはその防御を容易く揺るがす。

 

「━━━次に金的ぃ!」

 

2発目。楯無の一撃はついに一夏の内股の防御を破壊。残されるのは、無防備になった“大事な部分”のみ。

 

「懺悔しやがれ、コレがトドメの金的だぁーー!」

 

その直後、道場に一夏の断末魔が響き渡った。

 

 

「う、うぅ……」

 

一夏が目を開けると、そのには見慣れた保健室の天井が広がっており、視界の端に一夏の方を見つめる本音の顔があった。

 

「お~、目が覚めたみたいだね~。会長~、織斑くんが目を覚ましましたよ~」

 

「良かったぁ、どうやら無事にすんだみたいだね」

 

「お、俺は……負けたのか」

 

「うん……全体的に見れば、ね。但し、最後のあの粘りには驚かされたよ」

 

敗北に打ちひしがれる一夏の頭を楯無はゆっくり撫でる。一瞬一夏に緊張が走るが、楯無の行動に害意がないのが分かると、その緊張を解く。

 

「それで、トレーニングの話は考えてくれたかな?」

 

「……はい。約束通りトレーニングの話、受けさせていただきます」

 

すると、楯無は優しい笑みを浮かべながら右手を差し出してくる。

 

「それじゃあ、学園祭までの短い間だけど付いてきてね、織斑一夏君」

 

「よろしくお願いします、更識先輩!」

 

一夏は自分の左手を出し、握手をする。ここに新たな師弟関係が生まれた。

 

 

「では、挨拶も済ませたことだし、早速行きましょうか?」

 

「行くって、どこにですか?」

 

「それはもちろん、第3アリーナに」

 

 

一夏と楯無が第3アリーナに着くと、すでに先客がいた。セシリアとシャルロットである。2人は今日は箒とトレーニングをするはずの一夏がなぜ会長とここに居るのかを疑問に思ったようで、一夏に問いかける。

 

「あれ?一夏?」

 

「一夏さん、今日は箒さんと一緒に第4アリーナで訓練するはずなのではなくて?」

 

「えっと……それは、その」

 

セシリア達の問いかけに一夏は黙り込んでしまう。はっきりしない一夏の態度にセシリア達は苛々を募らせる。

 

「はっきりしませんわね……」

 

「だいたい一夏はいくらなんでも優柔不断がすぎるんじゃない?傍から見ていて箒や鈴が可哀想になってくるよ」

 

「そ、そんなこと━━━「まあまあ、あんまり織斑君を虐めないであげてよ。ついさっき私にボコボコにされたばかりなんだし」更識先輩!?」

 

一夏とセシリアたちの間に楯無が割り込む。楯無からの予想外の援護射撃に一夏は内心、感謝していた。

 

「会長がそう言うなら……ってボコボコ?何をしたんですの?」

 

「うん。ちょっと織斑君の実力がアレだったから、私が直々に特訓をつけてあげようかと思ってね━━━」

 

すると、楯無が何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 

「そうだ。ちょうど代表候補生のセシリアちゃんにシャルロットちゃんもいることだし、二人とも『シューターフロー』で円状制御飛翔をやって見せてよ」

 

聞きなれない言葉に一夏は首を傾げる。一方、セシリアとシャルロットは楯無の意図が掴めずにいた。

 

「え?でもそれって、射撃タイプの戦闘動作じゃないですか?」

 

「やれと言われたのでやりますけど……それが織斑さんの役に立ちますの?」

 

「ヒントを上げるとすると……織斑くんの第2形態には新たな能力が追加されていることかしら」

 

楯無の言葉にセシリアが反応する。どうやら楯無の言いたいことがわかったらしい。

 

「そういえば織斑さんの第2形態には荷電粒子砲が追加されてましたわね……。そして荷電粒子砲は連射できるタイプの武器ではなく、むしろ系統的にはスナイパーライフルに近い。このことから連想されるのは━━━織斑さんは射撃が苦手であり、それを補うために近距離で相手に当てる訓練……でよろしいでしょうか?」

 

「流石はセシリアちゃん!イギリス代表候補生の肩書きは伊達じゃないね」

 

楯無が扇子を開いてセシリアを褒める。するとセシリアはなぜか顔を赤くしながらも、準備を始めた。

 

「━━━さて、それじゃあセシリアちゃん達の準備も済んだみたいだから、しっかり見ておくように」

 

ISを装着したセシリアとシャルロットがアリーナ・フィールドに立つ。

 

『じゃあ、始めます』

 

『織斑さん、どうぞしっかり見ておいてくださいな』

 

リヴァイブ・カスタムⅡとブルーティアーズがそれぞれ向かい合う。しかし、動き出した二機は間合いを開け、壁を背に、銃口を向け合ったまま右方向に円軌道を描いて動き始めた。

 

『いくよ、セシリア』

 

『ええ。いつでも宜しくてよ』

 

徐々に加速し始めた二機は射撃をはじめる。円運動を行いながらも、不定期に加速することで射撃を回避する。それと同時に自らも射撃をしながらも、減速することなく円軌道を描く。

 

『流石セシリア……出来るね』

 

『シャルロットさんこそ。第二世代型とは思えない機動ですわ』

 

そのようなやりとりを繰り返しながらも、二人の攻防を激しくしていく。その一連の行動を一夏は驚いた顔をしながら、見ていた。

 

「これは……」

 

「織斑君にもすごさがわかったみたいだね。あれが、射撃と高度なマニュアル制御を同時に行っているんだよ。しかも、回避と射撃の同時に意識を裂きながら、ね。機体を完全に自分のものにしていないと、なかなかうまくいかないんだよ」

 

機体制御のPICは本来は自動制御になっている。しかし、その場合の細かな動作が難しくなってしまう。そしてマニュアルの場合、細かな動作が可能になるものの、普段の動作にプラスして機体の制御まで行わなければならなくなる。求められるのは冷静な判断力、そして二つの事を同時に考える事ができる高度な思考。一夏は突きつけられた課題に頭を抱える。

 

「君にはね、経験値も重要だけどそう言った高度なマニュアル制御も必要なんだよ。分かった?」

 

「は、はい!」

 

「うわぁ……私たちを除け者にして何やってんだろあの二人」

 

「やはりあんな人に切嗣さんを渡すことは出来ませんわ!」

 

楯無は一夏の耳に息を吹きかけながら喋りかける。それを生温かい目で見つめるセシリアとシャルロットであった。

 

 

一夏が楯無の訓練を受けている頃、千冬達はイーリスの上官からにわかに信じ難い報告を受けていた。

 

「━━━福音が消失した……ですって!?」

 

「声が大きい!これは第一級の機密事項だぞ!!」

 

「……すみません。しかしあれは凍結が決まり、格納庫に厳重に保管されていたはずでは?」

 

千冬の顔に驚愕の表情が浮かぶ。凍結された軍用機及びそれを運用可能な代表操縦者が行方不明、とあってはそれも仕方がない事だろう。因みに、事態を重く見た大統領はCIAに情報統制を要請。その甲斐あってか、今のところ情報を知っているのは極一部の人間に収まっている。

 

「あぁ……“敵”であればどのような相手であれ、私達も不覚を取らないつもりだった」

 

意味深な言葉に千冬は疑問を覚える。

 

「敵……であれば?」

 

「…………」

 

帰ってきたのは沈黙。気まずい雰囲気を打破すべく千冬はさらに、問いを投げかけるが━━━

 

「悪いが、これ以上は何も話すことはできない」

 

返答は明確な拒絶。しかし、その声はかすかに震えており、信じられない何かが起こった事が千冬にも理解することができた。

 

「……分かりました。この件に関しまして、私たちが関与するわけにも参りませんので、そこはよろしくお願いします」

 

「君たちには迷惑のかからないようにするから、安心してくれ。それではな」

 

そこで通話が切れる。千冬はどうしようもない胸騒ぎを覚えながらも、受話器を置いて窓の外を眺めていた。




一身上の都合により、7月中の投稿は出来そうにないですorz

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