IS/Zero   作:小説家先輩

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お待たせしました。投稿を再開させていただきます。


第二十四話 凶兆

一夏と楯無の放課後の演習が始まって以降、切嗣と楯無の交流は殆ど無くなっていた。学園祭を一週間後に控えたある日、授業が終わり切嗣はカバンに荷物を詰めると教室を後にする。がしかし、廊下に出たところで楯無に呼び止められた。

 

「お久しぶり~」

 

「……どうも」

 

「あれ、反応薄くない?そんな反応されると、お姉さん悲しいな~」

 

「それで僕に何の用です?」

 

「え~?用事がなければ話しかけちゃいけないの?」

 

「急いでいるので」

 

話をしている途中、唐突に楯無が切嗣にアイコンタクトを送ってくる。

 

(……ここで話すべき話題じゃないんだよね。一旦場所を変えよう)

 

(了解)

 

切嗣が楯無のアイコンタクトに小さく頷く。

 

「そんな生意気な態度をとる生徒にはお説教をしないとね……ほらいくよ~」

 

「分かりましたよ……」

 

切嗣は楯無に手を引かれながら、生徒会室に連行されていった。

 

「今日は布仏先輩もいないみたいですし、僕がお茶を入れてきます」

 

「きりちゃんがお茶~?なんか一服盛られそうで怖いな~」

 

「……本当に入れていいですか?」

 

「ごめん、冗談だから。それは勘弁して」

 

切嗣はお茶の準備のため、お湯を沸かし始める。そして待つこと数分、ごく普通のインスタントの紅茶が楯無の前に出てきた。楯無は訝しげにお茶を少しだけ啜るが、何もないのを確認するとそのまま飲み始めた。

 

「よかった~、特に異常はなかったみたい」

 

「……それで、僕を呼び出した理由というのは?」

 

「うん。実は、今度開かれる学園祭の中に“亡国機業”の工作員が入り込むかもしれないと言う情報を掴んだの」

 

「……亡国機業?」

 

「そう。亡国機業と言うのは約50年前からある秘密結社で、その行動・存在理由・規模など全てが謎に包まれた組織。まあ簡単に言えば、セシリアちゃんを拉致し、それを助けに来たきりちゃんを殺そうとした奴らだね」

 

「そんな組織がなぜ?」

 

それを聞いた切嗣の表情が僅かに曇るが、楯無は何事もなかったかのように話を続ける。

 

「おそらく、男性IS操縦者であるきりちゃんや織斑君のISを狙っているんじゃないかと私は踏んでいるの。実際、各国で亡国機業による軍事基地への襲撃でISが強奪される事件が頻発しているしね。だから━━━」

 

「世界で2人しかいない男性操縦者のひとりである織斑一夏をけしかけ、自分で自分を守れるように彼の心身を鍛える事にした━━━違いますか?」

 

切嗣の先読みしたような指摘に楯無は扇子で口元を覆い隠しながら答える。なお、扇子には達筆な字で「不機嫌」を書いてある。当初、切嗣もコロコロ変わる扇子の文字に驚いていたものの、だんだんと慣れていき、今ではほとんど驚かなくなっていた。

 

「人の話を先読みしちゃう子はお姉さん嫌いだな~」

 

「……すみません」

 

「嘘嘘、冗談だよ。それで本題に入らせてもらうけど、学園祭の時だけで良いから、きりちゃんに織斑くんの護衛を頼みたいの。もちろんきりちゃんと織斑君の今の状態は把握しているし、無理そうなら遠くから監視するだけでいいよ」

 

「……分かりました」

 

「さっすが、きりちゃん。いつもありがとね」

 

楯無はいつもの通り切嗣に抱きつこうとするが、途中で切嗣に肩を掴まれ止められてしまう。切嗣は楯無の目元をじっと見つめながら口を開く。

 

「あ、あれ?どうしたのきりちゃん?まさかお姉さんのあまりの美しさに言葉を失っちゃったかな?」

 

「……会長、きちんと睡眠をとってますか?」

 

「何を言ってるのかな、きりちゃんは。お姉さんはいつもどおり元気いっぱいだよ?」

 

「…………」

 

切嗣は無言で楯無の額に手を当てる。楯無は恥ずかしさのあまり、慌てて切嗣の手を払いのけようとするが、切嗣が言葉でそれを制す。

 

「じっとして下さい」

 

「随分と大胆な真似をするんだね。きりちゃん」

 

「脈拍の若干の乱れ、そして目の下のクマ……やはり寝不足ですね。申し訳ないですが、会長には少しの間休んでいてもらいます」

 

「え、それはどう言う……!」

 

不意に楯無の視界がぼやけ、同時に足元がふらつき始める。そして楯無が倒れそうになったところで切嗣は彼女を両腕で支えながらゆっくりと地面に下ろした。

 

「きりちゃん、いったい何を……」

 

「実はさっきの紅茶の中に保健室から拝借した睡眠薬を入れさせてもらいました」

 

「馬鹿な……対暗部用に訓練を受けた私が気づかなかっ……な……て……」

 

切嗣は楯無の意識が堕ちたのを確認し、彼女を抱きかかえて生徒会室のソファーの上に寝かせる。そして自分の制服の上着を楯無にかけると、椅子に座って自分の紅茶を飲み始めた。

 

数分後、クラスの掃除を終えた虚が生徒会室に入ってきた。彼女は無防備にソファーで寝ている楯無の姿を見て、驚いた表情を浮かべる。少なくとも彼女の知る更識楯無は生徒会室で寝るなどありえなかったからだ。

 

「お疲れ様で━━━お嬢様!?大丈夫ですか!?」

 

「……大丈夫です。かなり疲れているようだったので、少しの間だけ薬で眠らせてもらいました」

 

虚は切嗣の方に向き直る。切嗣を見るその目には明確な敵意を宿していた。そんな視線を向けられた切嗣は苦笑混じりに状況を説明する。

 

「衛宮君、一体お嬢様に何をしたんですか!?事と次第によっては許しませんよ!?」

 

「……すみません。実は、更識先輩は寝不足だったみたいで。このままでは業務に差し支えるだろうと思い、少しの間だけ眠ってもらうことにしました」

 

「私からも会長に何度か休むように伝えておいたのですが……ありがとうございます」

 

「……僕はもう自分の部屋に戻りますが、先輩が起きたらもっと自分の体をいたわるように伝えておいてください」

 

切嗣は残った紅茶を飲み干すと、そのまま生徒会室をあとにする。後に、切嗣は最悪のタイミングで廊下に出てしまったことを理解することになる。

 

 

ちょうど切嗣が生徒会室から出る直前、一夏は楯無と訓練の内容を相談するために生徒会室の前に来ていた。そして、ドアを開けようとしたところで生徒会室から出てきた切嗣と鉢合わせになる。

 

「……っ!」

 

「…………」

 

一夏にとっては、今最も顔を合わせたくない人物。できるだけ視線を合わせないようにドアに手をかけたところで、背後から声をかけられた。

 

「生徒会長は今学園祭の書類を捌くのに忙殺されている。悪いが、後にしてやってくれないか」

 

「……俺と会長の訓練だ。お前には関係ないだろ」

 

切嗣が訓練の邪魔しようとしていると考えた一夏は、その言葉を無視してドアを開けようとする。がしかし、次に切嗣からかけられた言葉に一夏は向き直らざるを得なくなった。

 

「自分が強くなるためには、相手のことはお構いなしか。君はもう少し他人のことを考えたほうがいい」

 

「なんだと?」

 

「強くなるために他人の手を借りるのはいいが、それで他人を振り回すのはやめろと言ってるんだ」

 

切嗣の言葉に対し、一夏は激しい憤りを覚える。目の前の相手は、自分のように必死に訓練をしている訳でもない。にも関わらず、常に実力は一夏よりも上であると評価されている。その現状に一夏は不満を募らせていたのである。そして、切嗣の一言でついにその導火線に火が付く。

 

「卑怯な手段しか使えないお前に一体何が分かるんだ!?なんの苦労も知らないお前なんかに「━━━生徒会室の前で騒ぐのはやめてもらえないかしら?って衛宮君と織斑君じゃない?一体どうしたの?」……」

 

すぐ傍から聞こえた声に切嗣と一夏が振り返ると、そこにはドアの隙間から顔を覗かせている虚の姿があった。

 

「生徒会室の前で騒いでしまいすみませんでした。それでは失礼します」

 

一夏の言葉を黙って聞く切嗣だったが、虚の言葉に返事をしたところで去って行った。

 

「……それで、織斑君は生徒会室に何か用でも?」

 

「えっと、更識先輩に練習をお願いしていたのですが……」

 

「ごめんなさいね。会長は少し体調を崩して休んでいるところなの」

 

「そうですか……。分かりました。では更識先輩によろしくお伝えください」

 

残念そうな顔を見せたところで、一夏は虚に頭を下げて生徒会室を後にした。

 

 

━━━同時刻、中南米メキシコ山中の廃墟

 

「ここは……つぅ!」

 

暗闇の中でイーリス=コーリングは目を覚ました。見回せば見覚えのないボロボロの小部屋、逃げ出すことのないように手や足に付けられた拘束具、そして体に残る謎の倦怠感と激しい頭痛。ここから導き出される答えは━━━

 

(拉致された……か)

 

イーリスが思考の海に沈んでいるところに、部屋の外から足音が聞こえて来る。やがて足音は部屋の前で止まり、黒いカソックを纏った男が部屋の中に入って来た。

 

「目が覚めたようだな━━━イーリス=コーリング」

 

「…………」

 

イーリスは目の前の男に明確な殺意を持って睨みつける。一般人であれば、気絶してもおかしくないほどの威圧感を込めたイーリスの視線。しかし、男はそれを受けても眉毛ひとつ動かそうとしない。ここに来て、イーリスは自分を攫ったであろうこの男は只者ではないことを改めて思い知った。

 

「中々に迫力のある目をしているな━━━流石は国家代表のISパイロットと言ったところか」

 

「…………」

 

「だんまりか。やれやれ、困ったものだ━━━こちらから無理やり喋らせても面白みがないのだがな……」

 

男は口元を僅かに歪めながらそう呟く。そして、どこから取り出したのか謎の赤い液体が入った注射器に針を取り付け始めた。

 

(あの薬はおそらく自白剤━━━あれを私に注射することで、無理矢理口を割らせようとしているのだろうが、無駄なことだな)

 

イーリスの自信はそれなりに根拠のある物である。彼女も軍人である手前、毒物や薬への対処法も指導されており、その中には男が打つであろう自白剤も含まれていたのだ。がしかし、ここで彼女は重大なミスを犯してしまう。それは目の前の男を只の軍人崩れのテロリストであると侮った事だ。そのことを知ってか知らずか、男は彼女に質問をする。

 

「お前が捕らえられている間に、仲間がどうしているのか知りたくないか?」

 

「!?」

 

嘘か本当かは分からないが、目の前の男は自分の同僚がどうなっているのかを知っているらしい。今の状況を鑑みれば、男の提案を拒否しようが賛同しようが状況は変わらない。そうなれば、イーリスが取るべき選択肢は一つしかなくなる。

 

「……詳しく教えろ」

 

「『教えろ』……か。随分と荒っぽい言葉遣いなのだな」

 

「生憎、誘拐犯に使う礼儀など持ち合わせてないんでね」

 

「……まあいい。がしかし、話をするよりもお前自身の目で見たほうが早いだろうな」

 

「……?……!!」

 

そう言うやいなや、男は測ったような正確さで注射針を彼女の血管に差込み、赤い液体を彼女の体内に注入した。そして、注入作業を終えて注射針を引き抜いたところで、彼女は急な眠気に襲われ始めた。

 

「な……何を……した?」

 

「…………」

 

彼女の問いに、男は何も答えない。そうしているうちに、彼女の目の前に懐かしい所属基地の光景が浮かび上がってきた。そして入口では、同僚たちが彼女に向かって手を振っている。彼女は仲間たちのもとに駆け寄っていき、一番近くにいた親友に向かって━━━ISのブレードを振り下ろした。

 

「「……うわぁぁぁぁ!!」」

 

周りから響き渡る助けを求める叫び声や悲鳴。自分の意志とは反対に、仲間に向かってブレードを振り下ろす自分。それから間もなく、彼女の周りには斬り殺された仲間の死体の山が出来上がる。

 

「こんな幻覚……惑わされないぞ!!」

 

彼女は正気を保つべく、自分に悪趣味な幻覚を見せているであろう存在に向かってそう叫ぶ。

 

「どうして、イーリス。貴女のこと、信じていたのに……」

 

「何でこんな恐ろしい事を……」

 

斬り殺されたはずの仲間の死体が自分に向かって話しかけてくる。幻覚であろう、と分かっていても何も感じずにいられない。そのまま意識が遠のいて行き━━━

 

「━━━はっ!?」

 

「気がついた様でなによりだ、このまま壊れてしまうだけでは面白みに欠けるのでな」

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

ようやく現実に戻ってきた。そして目の前には、自分にこんな悪趣味なものを見せた男の姿。すかさず、イーリスは殴りかかろうとするが、拘束具により体を拘束されており、それは不可能となっている。それを理解していても、イーリスは目の前の男に対し今までに感じたことのないほどの憎しみを抱かざるを得なくなっていた。

 

「私を利用して何を起こそうとしているのか知らないが、お前の思い通りになるほど私たちは甘くはないぞ!!」

 

「私たち……か。どうやらお前は何か勘違いをしているようだな」

 

そう言うと男は持っていたカバンを開き、その中身をイーリスに見えるように置いた。

 

「━━━これは?」

 

「お前が搭乗した銀の福音の記録映像だ。自分の目で確かめてみるといい」

 

「!?」

 

イーリスは目の前のモニターに写る映像に注目する。そして映し出された映像には、放たれる銃弾をあざ笑うかのように避け、切り刻まれる仲間の兵士達の姿が残されており、モニターの搭乗者を示す部分にはイーリスの名前があった。

 

「私の言葉を理解したか、イーリス=コーリング。お前の帰るべき場所など存在しない。他ならぬ自身の手で消してしまったのだからな」

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

認めたくない残酷な真実を突きつけられ、否定の言葉を繰り返す事で必死に自分を守ろうとするイーリス。がしかし、男はそんなイーリスの行動がないかのように言葉を続ける。より確実に彼女を堕とすために。

 

「さて━━━では仕上げと行こうか」

 




大変お待たせして申し訳ありませんでした。ようやく仕事も一段落ついたので、これからは安定して文章を投稿できるようになると思います(汗)

(注)自分なりにもう一度練り直した結果、納得が行かないところがあったので訂正しました。

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