切嗣は夢を見ている。夢の中で初恋の人と夜の海岸で話をしていた。もう戻ることのない純粋に“すべてを救う正義の味方”に憧れていたあの頃、それと同時に自分の“過ち”が生まれた時でもある。
「ケリィはさ、どんな大人になりたいの?」
(ああ、これは確か僕が子供の頃の記憶……)
切嗣はその光景を懐かしさと後悔の感情に駆られながら見続ける。名前を思い出すことは出来ないが、確かにこんな自分に初めて出来た大切な存在。そして、最初に自分の目の前から消え去ってしまった存在。
「……僕は、正義の味方になりたいんだ」
(あれ?僕はこの時、何も答えることが出来なかったはず……)
予想していた展開と違い、驚きを隠せない切嗣の困惑とは裏腹に、なおも夢は続く。その事に切嗣は嫌な予感を覚えるが、目の前の状況を見守るしかない。
「正義の味方かぁ。……なら、どうして」
急に目の前の女性が蹲り、顔を隠す。切嗣は違和感を感じ、彼女の顔を覗き込むと
「ドウシテワタシヲミステテニゲタノ?」
そこには、不完全な死徒と化して涙を流しながら、こっちを睨みつけている女性の顔があった。
「━━━ハッ!?」
目が覚めると切嗣は畳部屋で横になっていた。もちろん切嗣には見覚えのない場所である。
「ここは一体……っ!!」
肋骨と頭部に走る痛みで完全に意識が覚醒する。誰かが衣服を着替えさせたようで、いつの間にか服が浴衣になっており、体には包帯が巻かれてある。そして視線を感じてふすまの方を向くと、隙間から青い髪の女性がこっちを見ていた。
「…………」
「…………」
お互いに目を合わせたまま無言でいたが、女性はこちらの様子を確認したのか、ふすまを閉めてそのまま去っていった。 暫くして楯無と虚が部屋に入って来る。
「目を覚ましたみたいだね。調子はどう?」
楯無は心配そうな顔をしながら切嗣に問いかける。
「お陰さまで体の傷はほとんど癒えたみたいです。助けていただき本当に感謝しています」
切嗣も笑顔を作りつつ無難な返事を返す。確かに自分を介抱してくれたとは言えども、そのまま目の前の女性を信じるわけにはいかない。
「いやぁ、お姉さんも君が目を覚ましてくれて助かったよ」
楯無は屈託のない笑顔を浮かべる。その笑顔は、切嗣のある知人を思い出させた。名前を思い出すことのできない、自分のせいで苦しませてしまった彼女。
「?私の顔に何かついてる?」
楯無は不思議そうな顔を浮かべる。そんな彼女の様子を見て切嗣は改めて目の前の人物と“彼女”は別の存在だと認識した。
「いえ、別に。……それで、改めて聞かせていただきますがそちらの要件はなんですか?」
「え?」
「わざわざ僕の様子を確認するためだけに、ここに貴女方2人で来る必要はないでしょう?」
楯無は一瞬面食らったような顔をしていたが、不敵な笑みを浮かべると
「せっかちだねぇ、切嗣くんは。そんなことでは女の子にモテないぞ?」
そんな風に切り返す。
「……さてと、それでは本題に入りましょう。藤村切嗣……いいえ、衛宮切嗣くん。君は一体何者なの?悪いとは思ったけど、うちの総力を挙げて貴方のことを調べさせてもらったわ。その結果偽造した住所なりなんなり出てくればまだ良かったのだけど、あなたのことに関しては何も出てこなかった」
いきなりの核心をついた質問に、切嗣は気持ちを顔に表さないようにするので精一杯だった。自分の偽名を看破されたことも驚くべきことではあるが、こともあろうに目の前の女性は自分の正確な名前をどこかで仕入れたらしい。ますます底が見えない目の前の女性に、切嗣はさらに警戒を強める。
(痛いところを突かれたな。おそらくこの女性はかなりの実力者だろう。敵に回すと非常に厄介な相手になるタイプといったところか。なら、ここは大人しく相手に従っておくべきだろう)
「…………」
「やっぱり、話す気にはなれないかしら」
楯無はだんまりを続ける切嗣の表情を伺う。
「……信じてもらえるか分かりませんが、記憶を失ってしまったようでして」
「名前しか思い出せない?」
「まあ、そんなところです」
切嗣は嘘を重ねる。正確には、ごく一部(過去を含む)の記憶を思い出せないでいるだけで、多方の記憶に関して言えば完全に覚えているのだ。そして質問が途切れたところで、今度は切嗣が楯無に質問を返す。
「ところで、どうして僕の名前が藤村ではないと?」
「君の挙動から読み取った、なんて言ったらどうする?」
「!?」
思わず切嗣は身構える。相手に自分の状態を知られることのないように、常にポーカーフェイスを意識していたはずであったが、楯無はその名前すら看破していたのである。警戒するなという方が無理かもしれない。
「……嘘嘘、冗談だよ。念のため君のISのコアを検査したら、そこに君の本名が登録されいただけだからさ」
「…………」
(まあ、隠していることについてはおいおい聞いていくことにしましょう)
切嗣の質問も一段落着いたところで、楯無は切嗣の待機状態になっているISを差し出した。
「話は変わるけど、貴方にはこれについて答えてもらわなければならないの」
「!?」
切嗣の顔が僅かに歪む。傷を負っていたとは言え、自分の魔術礼装を相手に取られてしまい、尚且つその事に今まで気がつかなかった自分自身の愚かさを憎まずにはいられない。
「言いたいことは分かるわね?」
「……ああ。僕が何故男なのにISを使っているのか、ですね?」
「ええ。察しがよくて助かるわ。そして貴方には3つの選択肢がある。一つ目は私に協力を求めて、IS学園に入学する。二つ目は、この話を無かったことにして普通に暮らす。まあ、イギリスの代表候補生に見つかってしまった時点でアウトなんだけど。そして、三つ目は日本政府に事情を説明し保護してもらう。さて、貴方はどれを選ぶ?」
楯無から突きつけられた選択肢を切嗣は改めて吟味する。一はともかくとして、二は論外でしかない。何故なら、あの時オルコットに見つかってしまった時点で、まずイギリスから確実に狙われるだろう。そしてそれに便乗する形で、各国からも手が伸びてくることになる。最後の三もかなり厳しい選択肢になる。もし日本政府に保護されたとしても、切嗣の体のことについて詳しく調べられ、万が一魔術回路の存在が明らかになったとしたら大変なことになるのは目に見えている。
そうなると答えは一つだけ。
(僕がここまで考えることを考慮してこの選択肢を用意したのなら、この女は相当な切れ者だな)
改めて更識の方を見る。彼女は扇子で口もとを隠しつつ、切嗣の様子を伺っている様だ。
「……わかりました。条件付きで貴女に協力してもらってIS学園にお世話になることにします」
切嗣は観念したように返事を返した。
「んふふ、賢い子はお姉さん大好きだよ♪それで、条件と言うのは?」
更識は満面の笑みを浮かべ、切嗣の出した条件について聞いてきた。
「ああ、条件は━━━」
切嗣は入学試験を受けるためにIS学園に来ていた。今は春休み期間らしく校内にはほとんど生徒の姿は見受けられない。
地図を見て職員室を探してつつ歩いていたが、気がつくと道場があるところに出てしまっていた。道場の中からは威勢のいい掛け声が聞こえてくる。どうやら剣道部が練習をしているらしい。
待ち合わせの時間まであと一時間ある。せっかくなのでと切嗣は剣道部の練習を見ていくことにした。切嗣が道場の中に入ると案の定、剣道部の部員たちが練習していた。がしかし、切嗣が稽古を見ているのに気がつくと、稽古をやめて彼の方を見ながらヒソヒソと話を始めた。
(何故いきなり稽古をやめるんだ?もしかして他校のスパイか何かと勘違いされているのか??)
切嗣が一人考え込んでいると、一人の剣道部員らしきポニーテールの女の子が仏頂面をしながら切嗣の方へ近寄ってきた。
「なぜ無関係の男性がこんなところにいるのか納得のいくように説明してもらおうか。ここは学園関係者以外立ち入り禁止のはずなのだが」
「ああ、すまない。僕は更識楯無さんの推薦でこの学園を受験することになった衛宮切嗣だ」
切嗣は楯無から言われたとおりに説明をするが、剣道部員は納得がいかないらしく
「はぁ?何を寝ぼけたことを言っている。ISは女性にしか使えないんだ。唯一の例外があるとすれば、私の幼馴染の織斑一夏だけだ」
そんな切り返しをしてくる。
「えぇ!?篠ノ之さんってあの織斑君と幼馴染だったの!?」
「詳しく聞かせて!」
背後からそんな声が聞こえてくるが、彼女の耳には入らない。
「それで、その自称更識楯無さんの知り合いが何故ここに入り込んでいる?は!?もしかして私たちの下着を狙った変質者か!?」
途端にほかの剣道部員たちが騒がしくなる。中には携帯で職員を呼び出そうとしようとしている者までいる。
(まったく、面倒なことになってしまった)
切嗣は顔に出さないようにして、心の中で毒づいていた。そんな態度が気に入らなかったのか、箒と呼ばれたポニーテールの剣道部員はもうひとつの竹刀を持ち出すと、切嗣に突きつけながら―――
「竹刀を取れ!この不埒者め!成敗してくれる!」
勝負を申し込んできた。
(参ったなぁ、本当に)
切嗣は竹刀を構え、相手と対峙しながら自身のツキの無さを恨んでいた。相手は本気で打ち込んでくる気らしい。切嗣が彼女に防具は必要ないと言ったことが余計に勘に触ってしまったようである。
(しかし、こうやって剣道をするのも大河ちゃんとやった時以来だな)
切嗣は思わず笑みをこぼしてしまう。それを見た相手は、誰から見てもわかるくらいに顔を赤くしている。今の彼女にこそ、怒髪天という言葉が当てはまりそうだ。
相手の切っ先が動く。どうやら勝負を仕掛けてくるようだ。竹刀を上段に振りかぶり、そのまま唐竹割りの要領で踏み込んできた。
(筋はいい。だが、太刀筋が素直すぎる)
切嗣は慌てずに自分の竹刀の切っ先で、振り下ろしてくる相手の竹刀を絡め取り、巻き上げで竹刀を弾き飛ばす。そしてその切っ先を無手になった相手の喉元に突きつけた。
切嗣が篠ノ之の竹刀を吹き飛ばしたところで、試合は中断した。箒はしばらく呆然としていたが、悔しそうな表情を浮かべ切嗣を睨みつける。これには思わず切嗣もたじろぐ。
「私の竹刀を吹き飛ばすとは……そこな変質者よ、もはやただでは済まさん!今度は本気でいかせてもらおう」
「…………」
箒は飛ばされた竹刀を手に取ると、再び切嗣に向けて竹刀を構える。そして切嗣と箒が再び竹刀を構えたところで、
「取り込み中にすまない」
道場入口から響いた女傑の一声に全員がそちらを向いた。
千冬の声に剣道部の部員たちがこちらを振り向く。どうやらあの竹刀を持った青年が資料にあった衛宮切嗣だろうと千冬はあたりを付ける。
「……お前が衛宮切嗣だな?」
「はい、更識楯無さんの推薦でこの学園を受験することになりました、衛宮切嗣です」
「私はこの学園で教師を務める織斑千冬だ。今日はお前の入学試験の試験官をすることになっている」
「よろしくお願いします、織斑先生」
「試験会場となる第三アリーナはこっちだ。ついてこい」
そう言うと、千冬は切嗣を連れて剣道場を後にした。
切嗣が織斑千冬についていくと、広いスタジアムのようなところについた。
「ここは第3アリーナだ。これからお前のISの実力を確かめるため、教師との一対一の模擬戦を行ってもらう。なお、今回の試験結果が悪ければ試験は不合格とさせてもらうので、そのつもりでいるように」
「……分かりました」
千冬の試験の説明に対し切嗣はISを展開しながら答える。
「ISを展開し終えたようだな。よし、ならばフィールドに出ろ。対戦相手の教師が待っているはずだ」
「……了解。衛宮切嗣、出ます」
切嗣がフィールドに出ると、緑のISを展開した緑色の髪のショートカットの女性が待っていた。
「……今回衛宮くんの試験官を務めることになった山田真耶です。よ、よろしくお願いしますね」
どうやら相当緊張しているようで、上手く喋れていない。
「……衛宮切嗣です。よろしくお願いします」
一方の切嗣は淡々と返事を返しつつ、相手に目線を合わせている。すると、何故か真耶は顔を赤くして切嗣から目をそらしてしまう。
「……二人ともフィールドに出たので、そろそろ試験を始めたいのだが?」
「!!」
スピーカーから響く不機嫌そうな声に真耶は慌てて平常心を取り戻す。
「それでは両者、位置について……始め!」
試合開始直後、切嗣は相手に向かってスタングレネードを投げる。それをどう捌くかを切嗣は見極めようとするが、
(さて、どう出る………?)
相手はこちらが開始直後に奇襲をかけてくるのを予想していたように、スラスターを使い離脱されてしまった。切嗣は更識に手配して、追加で装備した武装の一つであるKORD重機関銃を素早く展開すると、照準を定めて引き金を引く。
「……っ!」
目くらましが効かなかったために直撃は避けられたものの、銃口から放たれた大口径の弾丸が真耶に襲い掛かりシールドエネルギーを大きく削ることに成功する。
「!やりますね!!」
真耶が驚いた顔で切嗣の方を見ている。どうやら奇襲は成功したらしい。
「けど、今度はこっちから行かせてもらいます!」
そう言うと、彼女は手に持っていたマシンガンをこちらに向け発射してきた。
切嗣は何とか躱そうとするが、まだISをうまく制御できていないこともあり何発か被弾してしまう。
(僕の動きをコントロールするように撃って来ているが、狙いは一体?)
切嗣が周りを見渡してみるといつの間にかフィールドの端に追い詰められていた。すると真耶は別の方向に向かってミサイルポッドからミサイルを放つ。
(なるほど、本命の場所にミサイルを撃っておき、マシンガンで僕をそこに誘導してミサイルを当てる。そういう事なら━━━)
切嗣は彼女の狙いを理解すると、わざとミサイルの着弾する方に寄った。そしてミサイルが着弾する瞬間にスラスターを吹かし、武器を魔術強化済みのサバイバルナイフに変える。因みに試験の日程上、切嗣のIS専用武器が揃わなかったため、切嗣の武器は通常仕様の軍用武器になっている。
(つくづくついてないな)
切嗣は再び心の中で毒づきながらも、ミサイルの爆風を利用して一気に彼女に接近する。真耶は切嗣の動きに驚きながらも、咄嗟にマシンガンを盾にし防ごうとする。
だが、強化の魔術を施されたナイフを止められるはずもなく、マシンガンは二つに断ち切られ爆散した。そして真耶が硬直している間に切嗣は彼女の後ろに回り込み―――
「チェックメイトです」
首筋にナイフを突きつけた。
「それまで!勝者、衛宮切嗣!」
スピーカーから千冬の声が響き、演習が終了した。
その後、演習が終わり切嗣も真耶も地上に降りてくる。
「……一ついいですか?」
入口の方に向かおうとしていた切嗣に、後ろから真耶が話しかける。
「……?」
「なぜあの時、衛宮くんは私にナイフで切り掛からなかったんですか?あのタイミングなら私もよけられなかっただろうし、シールドエネルギーにも大きなダメージを与えることができたと思うのですが」
真耶の質問に切嗣はしばらく考え込んでいたが、真耶の目を見つめながら真顔で答えた。
「実戦ならば、僕は間違いなくシールドエネルギーを奪いに行っていたと思います。しかし、今回はあくまで模擬戦でした。それに……」
「それに?」
「先生のような可愛らしい女性に手を上げるなんて、僕には出来ないですから」
「か、可愛らしい……ですか?私が?」
真耶は顔を赤くしながら答えた。
「……おほん!盛り上がっているところ、申し訳ないが衛宮はさっさと入口まで戻ってくるように」
するとなかなか戻ってこない二人にしびれを切らしたようで、千冬が入口に戻ってくるように呼びかけている。心なしか先ほどから声に怒りの感情が見え隠れしているものの、それに切嗣が気がつく事はない。
「それでは……失礼します」
切嗣は真耶にそう言い残すと、入口の方へ去っていった。
「衛宮……切嗣……」
誰もいなくなったアリーナの中で真耶は誰にも聞こえないほど小さな声で、先ほどの相手の名前を反芻していた。
こんな感じで進めていきたいと思っています。なおご意見ご感想などありましたらどしどし書き込んで頂けると作者のモチベーションの向上にもつながるのでよろしくお願いします。