IS/Zero   作:小説家先輩

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すみません。手を骨折してたので、更新が遅れてしまいました。


第三十話 分水嶺

(油断があったとは言え、私があんな一方的にやられるとは……)

 

学園から脱出した後、ゴーレムに抱えられる形で上空を飛行しながら、クロエは今回のターゲットである衛宮切嗣について思い返していた。身体面でのスペックだけを比べるのなら、プロジェクトにより強化されたクロエの方に分があったのかもしれない。念のため、切嗣のプロフィールを確認したクロエが持った印象は“いくつか不明な点があるものの、多少実戦を経験した傭兵程度の戦闘能力を有する学生”であり、年齢的にも若いため挑発して冷静な判断力さえ奪ってしまえば苦労する事はないはずであった。しかし蓋を開けてみると、先手を打つべく後ろに回り込むまでは良かったのだが、簡単に反応されてしまい、奇襲は意味をなさなかった。

 

(次に会う時は、必ず―――)

 

言うまでもない。同じ相手に2度も土を付けられるなど、彼女の中ではあってはならない事なのだから。

 

『―――前方ヨリ敵機接近。迎撃モードに移行』

 

「!?学園からの追手は振り切った筈。これは一体……」

 

彼女の声に反応する事なく戦闘態勢に移行するゴーレム。そんなゴーレムの反応に困惑しつつもクロエも急いでISを展開する。すると、それを待っていたかの様に一機のISが急接近して来る。目視できる距離まで到達した時点で、特徴的なタイガーストライプのカラーリングから米国所属の「ファング・クエイク」だと言う事が判明した。がしかし━━━━

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

「な!?」

 

そのISを見た時、クロエは驚きを隠せなかった。何故なら、そのISは失踪していた筈のアメリカ国家代表であるイーリスのものであり、機体を駆っているのも他ならぬイーリスだったのだ。何故このタイミングでアメリカ軍のISから襲撃を受けるのか。突然の襲撃に困惑しながらも思考を巡らせるクロエ。

 

(なぜこんなところで米国の国家代表が襲撃してくるの……?少なくとも私がいるこの場所は日本の領空であり、このような場所で襲撃をすれば米国の仕業だという事がすぐにバレてしまうはずだろうに……。先の福音事件で危うく大きな犠牲を出しそうになってしまった米国がこのタイミングでそんな危険な事をするだろうか━━━いや、どう考えてもそれはない)

 

突然の襲撃にも関わらず、冷静に応戦するゴーレム。だが━━━

 

「喰らえっ!!」

 

「―――!!」

 

彼女のISであるファング・クエイクの拳がゴーレムのボディーに突き刺さる。そこからのナイフによる斬撃の嵐。いくらゴーレムが機械の身体とはいえ、確実にゴーレムの装甲にダメージを蓄積させていく。

 

「まだまだぁ!!」

 

「―――!!」

 

彼女が最も得意とする近接戦になっているためか、何とか拮抗させているものの徐々に押され始める。束が開発したこのゴーレムⅢはシールドビットを搭載しているものの、クロスレンジでの戦いとなっているためにそれを使う利点は失われてしまっていた。反撃とばかりにゴーレムの振るうブレードがイーリスのいる場所を切り裂く。

 

「おせぇんだよ!!」

 

が既に彼女はそこにはおらず、お返しとばかりにゴーレムの顔面にナイフが突き刺さる。ナイフが突き刺さり、頭部から火花を散らせるゴーレムⅢ。ゴーレムであるから良いとしても、普通のISならどうなっているだろうか?言うまでもなく即死である。如何に絶対防御があるとは言え、故意に殺しに行く残虐な攻撃。ここに来てクロエはある違和感を覚えていた。確かにイーリスは近接戦闘を得意とするパイロットである事には変わりない。目前でゴーレムが放つ熱線を、僅かに身体を動かしながらゴーレムの顔面に強烈な蹴りを放つ姿はまさに彼女にしか出来ない芸当と言っても過言では無いだろう。がしかし―――

 

「がぁぁぁぁ!!」

 

「―――」

 

はたして彼女は雄叫びを上げながら一方的に相手を殴りつける様な獣じみた好戦的な女性だっただろうか。目を血走らせながら、相手に襲い掛かるその姿は正しく理性を失った獣にしか見えない。イーリスの詳しい事情を知らないクロエであるが、米国国家代表であるはずの彼女がそのような狂気じみた行為をするのか。ここでクロエの脳裏にある可能性がよぎる。洗脳、或いはマインドコントロール。空想じみてはいるものの、可能性は大いにありうる。そう考えたクロエは―――

 

「―――!」

 

相手をゴーレムに任せ、その場を離脱する事にした。もしゴーレムのコアが奪われそうになった場合には、最悪コアごと機体を自爆させることで情報の流出も防ぐことが出来るため、ゴーレムに任せても大きな問題はない。それに国家代表であるイーリスを襲撃役に使うのだから、彼女の背後には大掛かりな組織の関与が疑われる。情報の流出を恐れて彼女に時間を裂いてしまい、疲弊したところを狙われれば元々切嗣との戦いで負傷しているクロエが捕まってしまう事は避けられないだろう。そんな事はあってはならない。クロエの判断はこの時点においては正しかったのだ。そう、この時点においては。

 

先ほどの強襲を受け、ISを使い飛行しながらの逃走に限界を感じたクロエは地上に降りて姿をくらますことにした。確かに、上空を飛行するより地上に切り替えたほうが、逃走経路としては有効性が高いかもしれない。

 

(とりあえず、急いでこの場所から立ち去らないと)

 

無事に機体を着陸させたあと、周囲に人が居ない事を確認してISを解除しようとしたところで━━━

 

「少し付き合ってもらおうか?」

 

「誰!?」

 

何者かが声をかける。声の聞こえた方向にクロエが振り返ると、そこには黒いカソックを纏った聖職者らしき男が立っていた。一見すると、ごく普通の聖職者にしか見えない。がしかし、束の側で手足となって動き、様々な人物を見てきたクロエの第六感が目の前の男性は“相当な手練である”と告げていた。その事に警戒感を顕にするクロエ。

 

「…………」

 

「そう怖い顔をするな。ほんの少し時間をくれればいいだけだ」

 

「!?」

 

最早、話すことなどない。間違いなく目の前の男は危険だ。捕まってしまったら、どんな目に遭うかわかったものではない。そう考えたクロエは

 

「!!」

 

一瞬で自分の武装であるナイフを取り出し、目の前の相手に投擲する。周囲に人がいない状況とは言え、ここで銃器を扱えば関係のない第三者にまで被害が及んでしまうかもしれないのだ。自分の妹と幼馴染の姉弟以外は全てどうでもいいと言い切るマスターの篠ノ之束であるが、少なくともクロエは関係のない第三者まで巻き添えにする事を良としていなかった。しかし、目の前の男は別である。男から発せられるオーラは間違いなく“こちら側の人間”のものだ。このまま放置してしまえば、どのような形で束の邪魔をしてくるか分かったものではないのだから。が、この直後にクロエは信じられない光景を目撃する事になる。

 

「くだらんな」

 

投擲された筈のナイフが弾かれていた。男は先ほどの場所から一歩も動いていない。そして結果としてナイフは弾かれて地面に刺さっている。男の様子を観察していたクロエは、どのようにして男が自分のナイフを弾いたのかはすぐに分かった。

 

(あれは……“剣”?)

 

いつの間にか、男の手には細い剣のようなものが3本握られていた。形状から分かることは、どうやら刺突用の剣らしい。

 

(あんな細い剣で私のナイフを弾いたのか?)

 

「なるほど。流石は篠ノ之束の部下、と言ってやりたいところだが……まるで話にならんな。まだあの男の投擲の方が早かったぞ」

 

「!?」

 

束の部下である事を的確に指摘され、一瞬驚きの表情を浮かべるクロエ。

 

「カマをかけてみただけだったのだが。その反応……間違いないな」

 

「……どうして私が篠ノ之束博士の部下だと?」

 

「説明してやれ、イーリス」

 

男は振り返らずにもう一人の共犯者であるイーリス=コーリングに呼びかける。すると、見る限り誰もいない筈の空間からISを纏ったイーリスが現れた。

 

「何で気配を殺しステルスまで掛けてる私の事が分かるんだい、マスター?」

 

「あまり時間はないのだ、早くしろ」

 

「……分かったよ。そもそも、あんたのISってコア登録されてねえだろ?」

 

「…………」

 

イーリスからの直球な質問に対し、黙秘を貫くクロエ。そんなクロエの態度に苦笑いを浮かべながらもイーリスは説明を続ける。

 

「……まあいいや。話を続けるぜ?あたしたちアメリカ軍の上層部は、確認されている467個のコアがどの国家及びどの組織に属しているかについての情報は一部を除いてほぼ掴んでる。そしてその一部ってのも、あんたらのボスである篠ノ之束か最近ちょくちょく動き回ってる亡国機業のふたつだけ。となると後は二つに一つって訳さ」

 

(イーリス=コーリングがなぜこの男と行動しているかは分からない。だが、いずれにしてもこの状況……早く抜け出さなければ)

 

イーリスの話を聞きながら、どのように脱出するかを考えるクロエ。自分のISである『黒鍵』のワンオフアビリティである『ワールド・パージ』を使えば、相手に幻覚を見せることで脱出する事も可能だろう。がしかし

 

(この男達に手の内を明かす訳には……)

 

機密を保持するうえで、相手に自分のワンオフアビリティを知られるわけにはいかないのだ。となれば残る道はただ一つ。

 

(強行突破しかない!!)

 

そう覚悟を決めイーリスの方に目を向ける。そして自分の武装であるサブマシンガンを呼び出そうとしたが━━━

 

「ガッ!?」

 

次の瞬間には壁に叩きつけられていた。その後、一瞬遅れてクロエの顔面のすぐ側に突き刺さる細剣。一瞬自分に何が起こったかを理解出来ないクロエ。やがて遅れてやってくる激痛。信じられない事だが、どうやらクロエは自分にそばに刺さっている剣に当たって吹き飛ばされたらしい。

 

(訳が……分からない)

 

クロエがそう思うのも無理はない。その男が使ったのは鉄甲作用と呼ばれる、極一部の代行者と呼ばれる聖職者のみが使う純粋な技法によるものであり、物体を投擲する時に特殊なやり方で投擲することで、その物体が相手にぶつかった時に凄まじい衝撃を発生させるというものだ。

 

「なに人の獲物に手を出してんだよ、マスター」

 

「気にするな、肩慣らしをしただけだ」

 

イーリスと男の間に一瞬気まずい空気が流れる。が、先に折れたのはイーリスだった。

 

「ったく、しょうがねえな」

 

「……ここに長居するわけにもいかん。その女を黙らせろ」

 

「りょーかい」

 

そう聞こえた瞬間、狙いすましたかのようにクロエのみぞおちに突き刺さる拳。クロエの意識はゆっくりと闇の中へ落ちていった。

 

 

「━━━さて、そろそろアジトに戻ろうぜ?」

 

「…………」

 

気絶したクロエを抱え上げながらマスターである男性にそう呼びかけるイーリス。がしかし、男はなかなかその場所から動こうとしない。そのことを不審に思ったイーリスが男に再び声をかける。

 

「……マスター?」

 

「イーリス、お前はその女を連れて先に戻っていろ」

 

「マスターはどうすんだよ?」

 

質問に答えるかのように、イーリスの方に振り向く男。その口元が微かに歪んでいる。男から発せられる何とも言えない空気に、若干引き気味になるイーリスだった。

 

「……いやなに、面白い置き土産を残していこうと思ってな」

 




オリジナル展開って難しいっすね……

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