IS/Zero   作:小説家先輩

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新年初投稿です。今年もよろしくお願いします。


第三十二話 始動

襲撃の一週間後、楯無は誰もいない生徒会室で一人黙々と作業を続けていた。学校の運営に関する事案は放課後までにすべて終わらせており、彼女が扱っているノートパソコンには篠ノ之束が潜伏してると思しき場所が記入された地図や調査員たちからの情報を整理した図表などが移されている。

 

「さて、もうひと仕事っと」

 

固まった筋肉を解すために椅子に座ったまま伸びをする楯無。時計の針はとっくに消灯時間である22時を回っているが、誰からも咎められることはない。

 

「えっと……何なに?」

 

手元に置いてある封筒から報告書を取り出す楯無。前回の報告書で、束が潜んでいるであろう拠点をいくつか割り出すことに成功したものの、それ以降手詰まりになっていたため楯無はあまり期待せずに書類に目を通す。がしかし、その報告書を読み進めるにつれ楯無の表情に笑みが浮かびあがる。

 

「ふ~ん……これは誘ってるつもり、かな」

 

報告書に書かれていたのは組織のメールボックスに差出人不明のメールが送られてきた、という報告であった。普通ならメール爆弾やスパムとして中身を確認しないまま捨てるところなのだが、更識家で活用するサーバーには一般回線とは異なる通信回線が使われており、普通のサーバーからアクセスすることはまず不可能である。そこで念のため、専用の回線に接続されていないダミーのパソコンに転送して中身を確認したところ、赤い印がつけられたどこかの地図が添付されていたらしい。報告書を確認した楯無はすぐさま地図に記載されていた地名を調べはじめた。

 

 

「チェチェン共和国……ですか」

 

「そう。うちのサーバーに送られてきたメールの送り主のIPアドレスを逆探知していったら、その場所に行き着いたの」

 

学園への襲撃から二週間後の週末、切嗣は楯無とともに更識家を訪れていた。なぜ、学園内ではなく更識家なのかと言うと、楯無が切嗣に「絶対に誰にも話を聞かれることのない場所で話したい」と持ち掛けたことで更識家にある地下シェルターで話をすることになった。ちなみにこのシェルターに出入りするには専用のコードを知っておく必要がありそれを知っているのは当主である楯無を含めて5人しかいないため、ここでの会話が外に漏れることはほぼ皆無とのことである。

 

「通常のハッカー攻撃であれば、相手に自分の居場所を逆探知されるのを恐れるはず……がしかし、こいつはわざわざ自分の居場所がここだと言わんばかりに逆探知が終了するのを待ってから接続を切っている。これはなんらかの罠と見た方がいいんじゃないでしょうか?」

 

切嗣は楯無に罠の可能性があることを進言する。もし束確保のためそこに精鋭部隊を差し向けたとして、それが第3勢力のトラップであった場合、その勢力に利する形になってしまうのは避けねばならない。

 

「……まあ、この資料がなければ私もその可能性を信じただろうね」

 

そう言うと、楯無は切嗣にある資料を見せる。その資料に乗っている写真を見て切嗣は驚かざるを得なかった。

 

「ここに写っているものって……」

 

「うん。きりちゃんも分かっているだろうけど、学園を襲撃した無人機と同型の機体だね。この写真はうちの信頼できる調査員が現地で撮った写真だから間違いないよ」

 

切嗣に語り掛ける楯無の顔には笑みが浮かぶ。ここにきてようやく篠ノ之束捕縛への道のりが大きく進展し始めた。

 

 

「更識家と学園の精鋭部隊による篠ノ之束捕獲作戦……だと?」

 

「そうです。私、更識楯無と彼、そしてラウラさんで篠ノ之束のアジトを強襲。身柄を確保したのち、迅速にその場から離脱します」

 

そう言って楯無は切嗣に視線を向ける。切嗣はその視線にこたえるように首を縦に振った。

 

「馬鹿馬鹿しい。何を言い出すかと思えば……本当にくだらない。アイツがそんなことを考慮していないわけがないだろう。加えて言うなら、その場所は内戦が勃発している地域だぞ?そんな危険な場所に生徒を送り込むなんて無茶な真似を容認することなど出来ん!」

 

更識家で話し合った日の翌日、生徒会室で楯無と切嗣は千冬に作戦を提案したが、案の定千冬から帰ってきた反応は否定的であった。

 

沈黙する切嗣と楯無に向かって千冬は吐き捨てるように呟く。紛争地帯のど真ん中に学園の生徒を送り込むなど、どう考えても無茶以外の何物でもないのだから。

 

「まだ大まかな作戦しか提案していないのに話も聞かずダメ出しとは……よほど織斑先生は自分の立場を失うのが怖いんでしょうね?」

 

「ほう、言うようになったな更識楯無。学園最強と言うお山の大将になって少し図に乗っているようだが……その鼻柱を今ここでへし折ってやってもいいんだぞ?」

 

「…………」

 

不敵な笑みを浮かべる楯無に対し、露骨に怒りの表情を見せる千冬。一瞬生徒会室を険悪な雰囲気が包み込む。

 

「―――なら、こうしてはどうでしょう?」

 

切嗣は唐突に椅子から立ち上がり、生徒会室のドアを開く。するとそこには―――

 

「……またお前か、織斑」

 

「…………」

 

一夏と箒の姿があった。いきなりばれるとは思っていなかったのか、驚きを隠せない二人に対して切嗣は黙々と話を続ける。

 

「篠ノ之束捕獲の際、相手がどんな妨害工作をしてくるかまったく予想できません。ひょっとしたら、こちらが手も足も出ずに一瞬で殺されるかもしれない。がしかし―――」

 

そこで切嗣は不敵な笑みを浮かべる。どうやらここからが本題らしい。

 

「篠ノ之箒を連れていけるのなら、どうにかなるかもしれない」

 

「「!?」」

 

切嗣の提案を聞いた二人の反応は別々であった。楯無はその手があったかとばかりに驚きの表情を浮かべるが、千冬は切嗣に嫌悪の視線を向けてきた。

 

「貴様、篠ノ之とあいつが姉妹だという事を利用するつもりか!?そんなことをすればあいつがどんな危険な行動に出ると思っている!!」

 

「……がしかし、それは同時に篠ノ之束にとってのウィークポイントにもなりうる。もし僕たちの説得にやつが応じない場合は篠ノ之を殺すと言えば、やつは素直に従うしかない」

 

「そんなことを私が許すと思っているのか?」

 

射殺さんばかりの視線をぶつける千冬に対し、正面から睨み返す。

 

「許す許さないの問題じゃない。篠ノ之束はやってはいけないことをやりすぎた。ならば、誰かがそれを止めなければならないでしょう」

 

「「…………」」

 

一瞬、沈黙が流れる。針の穴を通すほどのごく僅かな可能性。失敗すればより多くの人間が傷つくことになる。がしかし、箒に迷いはなかった。

 

「その役目、引き受けさせてもらう」

 

「「!?」」

 

驚きの表情を浮かべる千冬と一夏。一方、箒は話を続ける。

 

「正気かよ、箒!!こいつはお前を人質にして束さんを捕えようとしてるんだぞ!?」

 

「そんなことは分かってる。がしかし、本当ならもっと早くこうするべきだったんだ。自分の実力不足なのを姉にぶつけて、いつのまにか私は姉に頼りきりのまま自立できなくなっていた。今のままじゃ自分の足で一歩も前に進むことすら出来なくなってしまう。そんな弱い自分はここで断つ」

 

一夏の問いに淡々と答える箒。そして、その目に迷いはない。こうなってしまえば一夏のとるべき選択肢は一つになる。

 

「……分かった。箒が行くなら俺も行く。こんなやつに箒の姉さんを任せるわけにはいかないからな」

 

「……そうか」

 

切嗣に対して、一夏は露骨に敵対心をあらわにする。その姿からは、自分の大事な幼馴染を守り抜くという彼なりの正義感が感じられた。

 

『これは言っても聞かない……よね?』

 

『……ですね』

 

切嗣の方を見る楯無に対して、切嗣は首を横に振る。このまま断ってついてこられるよりは、目の届くところに置いておいた方がいいと判断した結果であった。

 

「……決まりですね、織斑先生」

 

「……あぁ、勝手にしろ。後始末はこっちでどうにかしておいてやる―――ただし」

 

「「?」」

 

「死ぬことだけは絶対に許さん。身の危険を感じたのなら、すぐに撤退。これが全員守れないのなら、お前たちを行かせることは出来ない。分かったな?」

 

「「了解しました!!」」

 

こうして3日後、楯無以下5名による篠ノ之束捕獲作戦が開始されることになった。

 

 

(あいつらには困ったものだ……)

 

誰もいない校内を見回りながら千冬は今回の作戦について考えていた。篠ノ之箒を利用した束捕獲作戦。束が興味を示している数少ない人物を人質に据えることで束に投降を促すというもの。がしかし、それは同時に諸刃の剣であり、失敗すれば束からの恐ろしい報復を受けることになる。

 

(こんなチャンスはおそらく明日一度きりだろう……頼むぞ、更識!)

 

廊下の窓から外の様子を見る千冬。彼女の思いとは反対に月は雲に隠れてしまっていた。

 

 

(明日は箒を助けて束さんも救い出す。絶対にあんなやつの好きにはさせねえ!!)

 

自分の部屋で横になりながら決意を新たにする一夏。今回の作戦はかなり厳しいものであり、下手をすれば全員死ぬかもしれないことも事前に聞かされていた。

 

(なら、誰も傷つかないハッピーエンドってやつを俺が作り出してやる!そして、衛宮に自分が間違っていたことを認めさせてやるんだ!!)

 

一夏は拳を天窓から見える空を掴むように突き出す。その目には一点の曇りもなかった。

 

 

同時刻、寮の屋上にてタバコを吸う切嗣の姿があった。入学する前に楯無には学内での禁煙を義務付けられていたが、ひとりで外出した際にこっそり仕入れていたのだ。

 

「…………」

 

切嗣は、肺の中に煙を取り込みながら大きく深呼吸をする。切嗣はこの世界にきて以降、できる限り禁煙するように動いていたが、頻発する学園への襲撃に溜まっていくストレスを処理するためになくてはならないものになっていた。

 

(……相手は“天災”と呼べるほどの存在だ。今の僕たちの戦力じゃ到底勝ち目はないだろう……)

 

ふと夜空を見上げる切嗣。IS学園は山の中にあるため空気が澄んでおり、そこには満天の星空が浮かんでいた。

 

(がしかし、あの女は篠ノ之箒に対しては親愛の情を向けている。ならばそこを利用するだけなんだが……果たしてどうなることやら)

 

「やっぱりここにいたんだね、きりちゃん」

 

「……驚かさないで下さいよ、更識先輩」

 

屋上に通じる非常階段から姿を現したのは楯無であった。彼女は切嗣に近づくと、一瞬で切嗣のポケットからタバコの箱とライターを取り上げる。

 

「やっぱりタバコを吸っていたか、この不良生徒め。おしおきするから目を閉じなさい」

 

「…………」

 

切嗣はため息をつきながらしぶしぶ目を閉じる。一応殴られることも考慮し歯を食いしばっておくことも忘れない。がしかし―――

 

「んっ……」

 

襲ってきたのは頬への柔らかい感覚。切嗣は予想外の行為に動揺を隠せないでいる。

 

「頑張れるおまじない、受け取ってくれた?」

 

楯無は棒立ちの切嗣を抱き寄せながら言葉を紡ぐ。そしてある程度時間がたったところで、さっと切嗣から離れた。

 

「……大丈夫だよ。わたしときりちゃんがいれば、この作戦は必ず成功するから」

 

「…………」

 

楯無からの言葉に笑みを浮かべる切嗣。それは決していつもの『作られた笑顔』ではなく『本心からの笑顔』であった。

 

 

ラウラが切嗣から作戦を聞かされたのは作戦が始まる2日前の事であった。唐突な提案に戸惑いを隠せないラウラであったが、切嗣が言ったある一言がきっかけでこの作戦に加わることを決意した。

 

(『冷静な判断力がある君が一番信頼できる』……か。おおっぴらに人に言える職業ではなかったんだがな。切嗣に頼りにしてもらえるのは私としてもうれしい限りだ。明日はやつのためにも勝たなきゃいかんな)

 

「どうしたのラウラ?なんかうれしいことでもあった?」

 

思わず笑みを浮かべるラウラを不思議に思ったシャルロットが声をかけてくる。

 

「別になんでもない。今のこの生活がこのまま続けばいいなと思っていただけだ」

 

「ふ~ん……変なラウラ」

 

しばらくラウラの様子を観察していたシャルロットであったが、次の日が平日という事もあり、早々にベッドに潜り込んだ。

 

「お休み、ラウラ」

 

「……あぁ、お休み。シャルロット」

 

一方、ラウラも明日に備えて覚悟を胸に秘めながらベッドに潜り込んだ。

 

 

(……あんなことをいってしまったが、姉さんは大丈夫なのか?ひょっとしたら捕まってひどい目に合わされるかもしれない……。)

 

作戦を明日に控えた深夜。箒は一人考え事をしていた。篠ノ之束。篠ノ之箒の姉であり、天才と呼ばれている女性。また、ISの生みの親にして、今の状況を作り出した元凶である。

 

(明日こそ姉さんを捕まえたら、もう二度と放してやるものか……!!)

 

箒は窓から見える空に誓いを立てる。

 

もう二度と家族と離れ離れになることのないように。

 

そして、それぞれの思いが交錯する。

 




感想にあった切嗣がタバコを吸うシーンを使わせていただきました。こんな感じで、どんどんご意見ご感想があれば、提案していただけると作者のモチベーションアップにもつながるのでよろしくお願いします。

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