IS/Zero   作:小説家先輩

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今回は楯無視点で書いております。


第三十六話 悪夢

私は、気が付くと広い砂浜に一人で座っていた。突然の事態に一瞬焦ったものの、彼と言うフィルターを通して彼の記憶を辿っていることを思い出して周りの状況を把握することにした。ちなみに砂浜に降り注ぐ日光に海特有の潮の香も感じられることから五感も共有しているらしい。

 

「探したよ、ケリィ」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返るように視線が移動する。するとそこには、白色のワンピースから小麦色の肌を晒した女性がこちらに近づいてきた。

 

「どうしたんだいシャーレイ?そんなに急いで」

 

私の意志とは関係なく彼は目の前の女性を気遣う言葉をかける。どうやら彼は目の前の女性とかなり親しい仲のようだ。

 

(あちゃー……若い時からこんな美人さんがそばにいたなんてね。こりゃ、対策を練る必要があるかも)

 

私がそんなことを考えている間も二人の会話は続く。

 

「先生に貴方を呼んで来てって言われたの」

 

「父さんが僕を……?」

 

「そうだよ。だからほら、一緒に行くよ?」

 

そういうと、シャーレイは彼(私)の手を取り砂浜を駆けて行った。

 

 

トラックに揺られること10分。ようやく私たちは目的地に着いたらしい。トラックから降りたところで、目の前に小さなログハウスが目に入った。入り口では中年の男性がこちらの方に向かって手を振っている。どうやらあれが“先生”と呼ばれた男性だろう。彼とシャーレイは男性の方へと近づいていく。

 

「すまないね、シャーレイ。わざわざ切嗣を呼びにいってもらって」

 

「いいんですよ、先生。私も先生の研究を手伝わせてもらってる訳ですし」

 

「―――それで、用事ってなんだよ?」

 

二人が仲良くしゃべっていることが気に食わなかったのか、会話を遮るように彼が“先生”に質問を投げかける。

 

「そうそう、ちょうどご飯が出来上がったところだったんだ。もしよかったらシャーレイも一緒にご飯を食べていきなさい」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!!わたし、先生の作る料理が好きなんです!!」

 

“先生”に昼食をごちそうしてもらえるのがそんなに嬉しかったのか、シャーレイは勧められるまま、ログハウスの中に入っていく。そんな彼女についていく形で彼も玄関へと足を進めた。

 

 

ビデオの早送りのように彼らの何気ない日常の風景が流れていく。彼らの会話を聞いている中で分かったことなのだが、シャーレイは相当頭が良いらしい。“先生”のやっている大学レベルの研究内容を把握し、極たまにであるが研究に役立つ助言を行うこともあった。彼女はいろんな意味で好奇心旺盛のようだ。

 

 

再び彼視点の状態に戻った時、私たちがいたのはあの時の海岸であった。すぐ隣にシャーレイが座っている。夜の砂浜で二人きり。これは彼がシャーレイに何か重要なことを告白するに違いないと私は推測し、一言も聞き逃すまいと聞き耳を立てることにした。

 

「………」

 

「ケリィはさ、どんな大人になりたいの?お父さんの研究を引き継いだとしたら、それをどんなふうに使ってみたい?」

 

「!!」

 

彼女は澄んだ瞳でこちらを見つめている。一方で彼はその目力に押されてか、なかなか言葉を返すことが出来ない。

 

「君の力が世界を変えるんだよ?」

 

「……分からない、そんな先のこと」

 

「じゃあ、ケリィが大人になったら、それを君の近くで私に見せて」

 

「……勝手にしてくれ」

 

しどろもどろになりながら、彼は答える。気のせいかもしれないが、私には先ほどの彼女の言葉に妙な引っ掛かりを覚える。

 

「さて、そろそろ冷えてきたし、帰ろうか?」

 

「……そうだね」

 

その言葉につられるように、シャーレイと彼はそのまま砂浜を後にしようとする。が、シャーレイは突然何かを思いついたようで、ポケットに入っていた小さなナイフを彼に差し出した。

 

「はい。これあげる」

 

「?これは?」

 

「お守り。ケリィに何かいいことがありますように、って祈りをささげておいたからね」

 

そう言うシャーレイの顔には微笑みとともに一筋の涙が浮かんでいた。

 

 

再びいくつもの風景が早送りで流れていく。どこにでもありふれた日常。しかし、その日常が長く続くことはない。

 

 

「はっ、はっ、はっ……!!」

 

再び彼の視点に戻った時、彼は町のはずれを疾走していた。どうやら誰かを探しているらしい。すると視界の隅にいつも見慣れている鶏小屋が写る。その中で鶏以外の何かが動いたので、彼は鳥小屋の中を確認することにした。

 

「探したよ、シャーレイ。一体どこ「うっ……うぅぅ……」……に」

 

彼はその光景に目を疑う。小屋の中には首を掻き取られた鶏の死体が無残な姿で散乱しており、その中でシャーレイが倒れていた。

 

「うっ……」

 

小屋に近づいた瞬間、彼は顔をしかめた。そこ発せられる血のにおいに混じり、独特の腐臭が立ち込める。間違いない。彼女は既に死んでいる……筈なのだ。

 

「シャーレイが……死んだはずなのに、動いてる!!」

 

ここが現実でなくてよかった。暗部としての訓練の一環で、様々な死体を見ることはあったけど、こんな気味の悪い遺体を見る機会はそうそうないのだから。普通に見ていたのなら、おそらく私は嘔吐していただろう。

 

「タリナイ……タリナイノ……」

 

「そんな……シャーレイが死徒になるなんて……」

 

ソレは鶏の死体の中からゆっくりと起き上がり、こっちにフラフラしながら近づいてくる。死徒と言う聞きなれない言葉に疑問を抱きつつも、私はその状況を見守るしかない。

 

「コンナ……ニワトリノ……チ……ダケジャ……カワキガ……オサマラナイ!!」

 

ソレはどんどんこちらに近づいてくる。そして彼の体に触れるギリギリのところまで来たところで、ソレは涙を流しながら訴えかけてきた。

 

「オネガイ!イマナラ……マダ……マニアウ!ワタシヲ……コロシテ!!」

 

「む、無理だよ!そんなこと出来るわけない!!」

 

「オネガイ……ダカラ!!ワタシガ……ワタシデアルウチニ!!」

 

「―――」

 

ソレからの願いに対し、彼は―――

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

目を背けた。それは普通なら当然の選択だし、何より自分の姉のような女性を殺すことなど、少年の彼には出来るはずもない。その時の私はそう思っていた。

 

生ける屍と化した彼女から逃れた彼は、いつも彼女と過ごした海岸まで行き、そこにいた教会の神父に事情を話した後で、その場にへたり込んでしまった。

 

 

どれくらい時間が経っただろう。彼はのろのろと立ち上がると、町の人たちに助けを求めるべく町の方へと歩き出す。そして村が一望できる高台まで来たところで、彼は再び信じられない光景を目撃した。

 

「やめてくれ!!」

 

燃え盛る建物から逃げ惑う町の人々と、

 

「…………」

 

それを虫けらのように殺してまわる黒服の集団。

 

(強盗……にしては手際が良すぎるわね。何か目的があってこの村の人たちを殺しているんだろうけど……目的が分らないわ)

 

「うそ……だろ?」

 

「ところがどっこい。嘘じゃないんだよなぁ、これが」

 

「!?」

 

不意に背後から聞こえてきた声に彼が慌てて振り返る。するとそこには―――

 

「2・3答えてほしい質問があるんだけど……いいよね、坊や?」

 

こちらに銃を向けながら、不敵な笑みを浮かべる銀髪の女性の姿があった。

 

 

(聖堂教会に魔術協会……か。まあ、皆殺しにするという点ではどっちもどっちだけど。それにしても、切ちゃんショックだったろうな。こんな若い時期に初恋(?)の人の悲惨な最期を目の当たりにしたんだから)

 

私は内心、幼い彼の境遇に思いを馳せていた。ナタリア=カミンスキーと名乗った彼女は、『魔術協会』から派遣された魔術師を狩る賞金稼ぎということらしい。その彼女の話によれば、『魔術』は秘匿されるべき事柄であり、それを決して一般人に見せてはならない。そして見られた場合には、その情報がそれ以上広がらないように目撃者の殺害を含めた様々な『処置』を講じる団体とのことだ。

 

(しかし、皆殺しとはやることがえげつないわね)

 

そんな私の思考とは別に彼と彼女の会話は進んでいく。

 

「―――それで、僕はいったいどうすればいいんですか?」

 

「とりあえずこの地獄を作り出した魔術師について心当たりがあるのなら教えてくれ」

 

「……分かりました」

 

そう言うと、彼は魔術師である自分の父親についての話を始めた。ナタリアは話を聞き終えたところで、眉間に皺を寄せる。

 

「……ありがと。一応あんたにもこれを渡しとくよ」

 

そう言うと、ナタリアはもう一丁の拳銃を取り出し彼に手渡す。コルト・ガバメント、この銃には見覚えがある。第一次大戦前に開発されたオートマチックの拳銃でありながら、開発以来ほとんど設計が変わっていないため、使用者に合わせて様々なバリエーションを加えられる汎用性の高い拳銃だ。

 

「……これは?」

 

「護身用だよ。あんたがそいつから報復を受けた時のためのね」

 

「……分かった」

 

彼はゆっくりと立ち上がると、今回の事件の仔細を確かめるべく、叔父がいるログハウスへと歩き出した。

 

 

父親のログハウスに帰り着いた彼は、そこにいた父親の矩賢にシャーレイの死徒化について質問した。そして帰ってきた答えは予想通り―――

 

「あぁ、シャーレイの事か。彼女の事は実に残念だ……。あれほど、あの新薬には手を付けるなと言っておいたのに……。しかし、あの試薬ではまだまだ完全な死徒になれないことを身をもって示してくれただけでも良しとしよう」

 

「………」

 

シャーレイの死徒化に関わっていたことを認めるものであった。その話を聞き終えたところで、彼はズボンの後ろポケットに隠した拳銃のグリップを握り締める。間違いない。彼は自分の叔父を殺すつもりだ。

 

「父さんは……このあとどうするの?」

 

「とりあえず、もう間もなく聖堂教会や魔術協会の連中がここを嗅ぎ付けて来るだろうから、ぼちぼち逃げる準備をするぞ。お前も急いで準備しなさい」

 

矩賢は悪びれた様子もなく、まだ実験を続けるつもりらしい。

 

「うん……分かった」

 

そういうや否や、彼は矩賢に気づかれないようにゆっくりとポケットから拳銃を取り出す。幸い、矩賢は机の上に置いてある書類を片付けるのに夢中なのか、彼の様子に気づくことはない。彼は震える手でゆっくりと銃口を父親に向ける。一連の事件の首謀者とはいえ、彼の父親代わりであることには変わりない。そして彼は―――

 

「がはっ……」

 

「………」

 

躊躇いながらも引き金を引いた。予期せぬ背後からの銃撃を食らった矩賢はゆっくりと前のめりに倒れこむ。そして彼は倒れた矩賢に近づき、物言わぬ肉体に向かって、さらに数発撃ち込んだ。

 

こんな若いころに自分の父親を殺すなんて、誰が想像しただろう。あまりに酷すぎる。南の島で平穏な生活を送っていた彼にいったい何の罪があってこんなことになってしまったのだろう?義憤のような感情を抱きつつも、私はその光景を呆然と眺めるしかない。しばらくして彼は慌てて銃から手を放そうとするが、緊張しているせいか手が自由に動かない。そうこうしている内に、ナタリアが小屋の中に入ってきた。彼女は震える彼から銃を取り上げると、自分の胸元に抱き寄せ、彼の頭をゆっくり撫でながら今後の事について話し始めた。

 

 

そしてまた、ビデオを早送りするかのようにナタリアと彼の生活場面が流れていく。どうやら、ナタリアは魔術協会から討伐命令の下った魔術師を始末する、殺し屋としての一面を持っていたらしい。そうして、彼女と行動を共にするうちに、彼は自分の理想があくまで幻想であることを知り、一人でも多くの人を救う『機械』としての衛宮切嗣を確立していったんだと思う。それと同時にナタリアと彼の関係に若干口惜しさが残る。薄れゆく意識の中で、なぜ彼の大変な時に私が傍にいてあげられなかったのか、という思いを抱きながら私は意識を手放した。

 

 

視界が彼の視点に戻った時、彼は海上に浮かぶ小さなボートの甲板にいた。彼の耳につけられているイヤホンからナタリアの声が聞こえてくる。詳しいことは分からないが、今回の仕事もいつもと同じ仕事だ。概要としては目標となる魔術師を無防備になる航空機の中での暗殺。そしてそれ自体はすぐに成功したようだ。そこまでは良かったのだが、問題はその魔術師が人を死徒に変えてしまう蜂を使っていたために、その蜂が機内で暴れ出し、ナタリア以外の乗客乗員全員が死徒と化す地獄になってしまったらしい。

 

(上手く着陸できれば、せめてナタリアだけでも助かるかもしれない)

 

私は祈るようにその場の状況を見つめていた。

 

『ニューヨークまであと二時間か……退屈だな。話し相手になってちょうだい、坊や』

 

『分かったよ、ナタリア……それじゃあ、質問していいかな?』

 

『いいよ、あたしの歳以外なら何でも答えてあげる』

 

『……なんであの時、僕を助手にしてくれたんだい?僕自身、この仕事に才能があったように思えないんだよ』

 

『……あぁ、それはね―――』

 

そこから彼とナタリアが組んだ理由が明かされた。話を纏めると、彼女も彼が持つ狂気じみた思想に気が付いていたらしい。そして、それを放っておくことはできなかったそうだ。

 

『やっぱり、あんたは優しい女性なんだね』

 

『何馬鹿なこと言ってるんだよ』

 

やがて、彼の視界にナタリアの操縦するボーイング787の姿が映る。すると、彼はナタリアとの通話を続けながら、おもむろに黒い大型のケースのふたを開ける。その中には―――

 

(スティンガーミサイル!?)

 

それを見た瞬間、彼の取る行動が分かってしまった。

 

(やめて!!)

 

私の声が彼に聞こえることはないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。彼は最愛の人を自ら手放そうとしている。機内の蜂や死徒が外に解き放たれれば、空港は地獄と化すことは避けられない。だからって、全く知らない多くの人たちを救うために自分の最愛の人を殺さなければならないなんて、間違っている!

 

『ありがとう、ナタリア』

 

『―――え?』

 

その言葉を最後に、彼は無線のスイッチを切る。そして、再び照準をナタリアの操るジャンボ機に合わせ、引き金を引いた。放たれたスティンガーミサイルはまっすぐ目標に向かって飛んでいき、エンジン部に直撃。そして間もなく、ジャンボ機は大爆発を起こして海上に向かって落下していった。

 

「見ていてくれたかい、シャーレイ?今度は君の時のようなヘマをしなかったよ。僕は多くの人の命を救ったんだ」

 

不意に視界がぼやける。どうやら彼の目から涙が流れているのだろう。彼は決して機械なんかじゃなく、紛れもない血と涙の通っている人間なんだ。そうして彼はもっていたスティンガーミサイルの発射装置を取り落すと、膝から崩れ落ちるように地面にへたり込む。

 

「ふざけるな!……ふざけるな!……馬鹿野郎!!」

 

彼は首を垂れながら、自分の拳を何度も何度も甲板にたたきつける。いくら木製の床板とはいえ、何発も殴っていれば当然皮は向け、痛々しい傷口が手のあちこちに出来上がる。だが、彼はそんなことには構わずにまるで自分自身を罰するかのようにそれを続けていた。

 

「こんなことをするために……僕は……正義の味方を……目指したわけじゃ……なかったのに……」

 

彼の独白を聞き、私は彼の本質を理解した。彼は自分の願望に対して純粋すぎたのだ。そして、その願いをかなえるために誰よりも自分を厳しく律し、命の天秤の測り手たろうとした。そういう精神的な点では彼も一夏くんと同じく、純粋な子供なのかもしれない。彼と一夏君の大きな違いを挙げるとすれば、「心と身体を切り離す感覚」を持っているか、そうでないかだろう。本来なら、それは極一部の人間しか持ちえない特別な感覚であり、それを私たちのような人間が持っていること自体が異常なのである。私が彼に出会った際に、何故か彼に惹かれたのもこれが原因なのかもしれない。

 

 

しかし、この時の私はここがまだ彼の抱えている心の闇のほんの一部分でしかないことに気づかされようとは、思いもしなかった。

 




投稿が遅れてすみませんでした。もろもろの事情により、投稿速度が遅れてしまっていますが、絶対に放置することはないので、これからも片手間にでも見て頂ければ幸いです。

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