IS/Zero   作:小説家先輩

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やっぱり僕は、王道を往く……ラブコメ派ですかね(ノンケアピール)


第三十八話 犠牲

 聖杯戦争も佳境に入ってきたようで、ついに聖杯として機能していたアイリスフィールが負荷に耐えられなくなり、満足に日常生活を送ることすら不可能になっていた。

 

そこで切嗣は今まで拠点としていた城から住宅地の中にある武家屋敷に拠点を移したのだが、それを目敏く発見したライダーがアイリスフィールを拉致し、その過程で護衛についていた彼の相棒である舞耶が命を落としてしまう。

 

(……また彼の親しい人が死んだ。後何回、彼は大切なものを失えばいいんだろう?そもそも何故彼ばかりが失わなければならないの?正義の味方を志したから?それとも少数を切り捨ててきたからか?)

 

(……なるほど、確かに彼は正義の味方として“より多くの人間を救うために少数の人間を殺すこと”を繰り返してきた。当然見返りなどなく、代わりに向けられるのは侮蔑や畏怖の混じった視線と声。しかし、それは避けようのない犠牲であり、曲がりなりにも大勢の人間を救ってきた彼に対して向けられるべきではないはず!そして何故彼も辛いはずなのに、黙ってその悪意を受け入れようとするの!?)

 

「行きましょう、切嗣……」

 

「………」

 

そう言って、二人は別行動で目的地に向かう。アイリスフィールがいなくなった後も他のサーヴァントを探す作業を続行していた切嗣であったが、市民会館から聖杯戦争に勝利したことを意味するのろしが上がったため、真相を確かめるべく市民会館に出向く事になったのだ。

 

「では、私は地下駐車場から捜索します」

 

「………」

 

市民会館に着いたところで、セイバーは地下駐車場へと進む。そして切嗣も、あたりを警戒しながら封鎖されているはずの市民会館へと足を進めた。

 

会館の内部を進んでいくと、まだ工事中というところもあってか、通路には資材などが置かれている。そして彼は通路の先に、倉庫を発見した。

 

他の部屋はすべて鍵が掛かっていたのに、そこだけドアが開いている。どうやらここがあたりの部屋らしい。

 

彼はトラップなどに警戒しながら、ドアを開けて中に入った。そして部屋の中ほどまで来たところで照明が点灯し、中の様子が明らかになったのだが―――

 

(言峰綺礼!!)

 

やはりこの男がいた。彼の予想通り、言峰はここまで生き残っていたのだ。一瞬の静寂が辺りを包む。先に動き出したのは言峰だった。彼はどこからともなく取り出した細い剣のようなものを取り出すと、その刀身を膨張させながら、こちらに突っ込んできた。

 

「―――」

 

彼は無言で起源弾を装填したコンテンダーを構えると、言峰に向かって発射する。そして起源弾は確かに言峰の持つ剣に着弾したのだが、ただ刀身が吹き飛んだだけで言峰自身には何の影響も及ぼしていない。

 

「―――!!」

 

言峰は彼の懐に潜り込み上段への蹴りを放つが、彼はそれを驚異的な速さで避けると、キャリコで反撃しながら間合いを開ける。しかし、言峰はまた新たな細剣を取り出すと、すべてはじき落としてしまった。

 

(うそ!?9ミリ弾とはいえあれだけの量の弾丸を弾くなんて……)

 

そしてお互いに距離が開いたところで、彼がコンテンダーを装填しようとした瞬間、言峰は一瞬で間合いを詰めて渾身の一撃を心臓に向けて放った。一瞬、視界がブラックアウトしたところを見るとおそらく致命傷となるはずだったのだが―――

 

「!!」

 

彼は突然起き上がると、言峰に向かってキャリコをフルオートで発射する。私にはよく分からないが、一瞬であの一撃を治癒したらしく、言峰がこちらに接近する前に高速でコンテンダーに銃弾を装填すると、再び言峰に向かって発射する。今度はライフル弾による一撃。キャリコの弾丸と同等と思って突っ込んでくればそこで終わるのだ。

 

「―――ぐっ!!」

 

「!?」

 

私は今目にした光景が信じられなかった。こともあろうに、言峰は自分に飛んできたライフル弾を片手を犠牲にして、軌道をそらしたのだ。

 

その後の攻防は私の目には早すぎて断片的にしか捕らえ切れなかったが、彼は言峰に接近した後、コンテンダーのグリップで言峰の右腕を殴打し、使用不能にした。

 

そこまではよかったのだが、止めを刺すべくナイフで切りかかる彼を言峰は左手一本で防ぎきり、彼に距離を避けさせると、逃げることが出来ないように細剣を左右から投擲し、自分も弾丸並の速度で彼に接近した結果―――両者とも天井から降り注ぐ赤黒い泥の様なものに飲み込まれてしまった。

 

 

(アイリスフィール!?彼女は死んだはず……なぜ?)

 

再び視界が元に戻ったとき、私は不可思議な光景を目の前にしていた。隣には彼のことを心配しながら死んでいったはずのアイリスフィールが存在しているのだ。困惑する私の意思とは関係なしに、アイリスフィールは語り始める。

 

「きっと来てくれると思ってたわ、切嗣。貴方ならきっとここにたどり着けると信じてた」

 

「アイリ……ここは、どこだ?」

 

「ここは貴方の願いが叶う場所……貴方の求めた聖杯の、内側よ」

 

「これが……聖杯?」

 

(……これが願いを叶える万能の願望機ってやつ?まったく、イイ趣味してるわ)

 

見渡す限りの腐敗した死体の山と、謎の黒い泥が辺りを覆いつくしていた。これを彼を通じて見ていたことが私にとっての幸運に違いない。もしそのまま見ていたのならば、私は数秒も持たずに発狂していただろうから。

 

「そうよ。でも怖がらなくていい、これはまだ形のない夢のようなものだから。まだ生れ落ちるのを待っているのよ?ほら―――あそこを見て?」

 

「黒い太陽?―――いや、あれは孔か」

 

ふと上を見上げれば、ちょうど太陽があるであろう位置に謎の黒い球体が存在していた。誰が見ても一目で分かる、あれは相当ヤバイ代物だ。

 

「あれが聖杯。まだ形を得ていないけれど、もう器は十分に満たされているわ。後は祈りを告げるだけでいい。どんな願いを託されるにせよ、それを成就するに相応しい姿を選び取る。そうやって現世での姿形を得ることで、あれは初めて外に出て行くことが出来るの」

 

「………」

 

「―――さあ、だからお願い。早くあれに形を与えてあげて?貴方こそ、あれのあり方を定義するに相応しい人間よ。切嗣、聖杯に願いを告げて」

 

「……お前は、誰だ?聖杯の準備が整ったのなら、アイリスフィールはもう存在しないはずだ!だとしたら貴様は―――いったい何者だ?」

 

聖杯の完成とともに人格は削除され、聖杯として機能する。それがホムンクルスとしてのアイリスフィールの運命。

 

「私はアイリスフィール。そう思ってくれて何の問題もない「はぐらかすな!答えろ!!」……」

 

「そうね、これが仮面であることは否定しないわ。私は誰か既存の人格を殻としてかぶった状態で泣ければ、他者と意思の疎通が出来ない。貴方に私の望みを伝えるなら、こういう姿をとるしかないの―――でもね、私の記録したアイリスフィールの人格は、まぎれもない本物よ?彼女の消滅する寸前、最後に接触したのは私なの。だがら私はアイリスフィールの願望を受け継いで、かくあって欲しいと言う願いを体現することこそ、私の本分なのだから」

 

「―――つまり、お前は……聖杯の主なのか」

 

「ええ。その解釈は間違っていない」

 

「馬鹿な!!聖杯はただ―――純粋無色の力でしかないはずだ!それが意思など、持ち合わす筈がない!!」

 

私も彼が告げられた内容を聞いていたが、そのようにしか言われていなかった。それがいつの間に意思を持ち合わせたのだろう?

 

「以前はそうだったのかもしれない―――でも今は違うの。私には意思があり、望みがある。この世に生まれ出たい、と言う意思が」

 

「そんな!……おかしい、何かがおかしい!もしそれが事実なら、これは―――僕が求めていたような都合のいい願望機などではない……であれば、聖杯は僕の願望をどうやって叶えるつもりだ?」

 

彼の言うとおりだ。誰かの意思の混じった聖杯で、どうやって聖杯の所有者の願いをかなえるつもりなのだろう?

 

「そんなことは切嗣……貴方なら誰よりもよく理解できてるはずじゃない?」

 

「なんだと?」

 

「貴方と言う人間は、そのあり方そのものが限りなく聖杯に、そう、私に近いの。だからこそ、今私とつながっていても、理性を保っていられる。普通の人間なら、あの泥を浴びた時点で精神が崩壊しているわ……世界の救い方なんて、貴方はとっくに理解しているじゃない?だから私は、貴方がなしてきた通り、貴方のあり方を受け継いで、貴方の祈りを遂げるのよ」

 

(彼のなしてきた方法は『より多くの人間を救うために、少数の人間を切り捨てる』と言うものだった。ならば……いやこれはまだ私の推論に過ぎないのだから、先入観を持って聞くべきじゃない。)

 

「何を―――言っている?答えろ!……聖杯は何をするつもりだ?あれが現世に降り立ったら、一体何が起こるんだ!!」

 

「はあ……仕方ないわね。じゃあそこから先は、あなた自身の内側に問いかけてもらうしかないわ」

 

彼女はため息をつきながら、めんどくさそうに彼に言葉を投げかける。すると、目の前に謎の風景が映し出された。そしてどこからともなく、『声』が聞こえてくる。

 

『大洋に二艘の船があり、片方の船に300人、もう一方の船に200人の、総勢500人の乗員乗客と衛宮切嗣。仮にこの501名を人類最後の生き残りと設定し、それから衛宮切嗣のロールプレイを以って、以下の問題に答えることとする』

 

「……!?」

 

『二艘の船底に、同時に致命的な大穴が開いた。船を修復する技術を持つのは、君だけ。片方の船を修復する間に、もう一方の船は沈没する―――さて、君はどちらの船を治すのか?』

 

どちらを選んでも、犠牲は避けられないのだ。ならば、彼の選ぶ答えは―――

 

「……当然、300人の船だ」

 

そうなるだろう。そして『声』は質問を続ける。

 

『君がそう決断すると、もう一方に乗った200人が君を捕らえ、先に自分たちの船を治すよう要求してきた―――さあ、どうする?』

 

「それは……」

 

彼は自分を拘束する200人に向けて持っていた機関銃の引き金を引く。ほどなくして200人の抹殺が完了した。

 

『正解だ。それでこそ衛宮切嗣。そして生き残った300人は傷ついた船を捨て、新たな二艘の船にそれぞれ200人と100人で分乗して旅を続ける。しかし、またしても二艘の船底に同時に穴が開いたため、100人が君を拉致し、先に自分たちの船を治すよう要求してきた―――さあ、どうする?』

 

「そんなのは……だが!!」

 

再び彼は機関銃の引き金を引き、100人を切り捨てる。がしかし―――

 

『正解』

 

「馬鹿な!?何が正しいものか!!200人を生かすために300人を犠牲にしたのでは、天秤の針が合わなくなってしまうだろう!!」

 

その通りだ。その場だけの計算なら多数を救ったことになるが、総量で見れば、生かした人数とそれをなすための犠牲の数があべこべになってしまう。こんなやり方は間違っているはず……なのだ。

 

『その計算のやり方は間違っている。では、問題を続けよう―――』

 

『声』はまだ天秤の問題を述べ、彼はそれを感情を殺しこなしていく。

 

―――120人と80人―――

 

死んでいく人々の恐怖に駆られた表情や断末魔の叫びがどんどん心の中に蓄積されていくのが分かる。

 

―――80人と40人―――

 

正常な思考の持ち主であれば、この問題を投げ出すのだろうが、この天秤の守り手である彼にはその選択肢は無い。かと言って自分の境遇を嘆くことすら許されないという地獄。

 

―――50人と30人―――

 

そんな中に彼はいるのだ。

 

「これが……聖杯のやり方なのか?」

 

『そうだ。聖杯は衛宮切嗣の知るやり方でしか願望を成就することは出来ない』

 

「ふざけるな!!そんなもの、一体どこが奇跡だって言うんだ!?」

 

全世界規模での多数を救うための少数の抹殺。“全人類が平和であってほしい”と言う純粋な願いのために少数を切り捨て、聖杯による恒久的平和を目指してきた切嗣にとって、『声』から聞かされる聖杯の真実はそのすべてを打ち崩すものとなったに違いない。

 

『奇跡だ。かつて君が志し、ついに個人ではなしえなかった行いを、決して人の手では及ばぬ規模で完遂する。これが奇跡ではないとしたら、一体何なんだ?』

 

『―――では、問題を続けよう。生き残った5人は傷ついた船を捨て、新たな二艘の船にそれぞれ3人、2人に分かれて分乗しながら航海を続ける。しかし―――』

 

私はここであることに気づいた。少ない船に乗っているのは父親である衛宮矩賢と彼の師であるナタリア。そして彼の乗る3人の船には彼の娘であるイリヤスフィールと妻のアイリスフィール、それに聖杯戦争をともに戦った舞耶が、それぞれ分かれているため、どちらかを選ばなければならなくなってしまうのだ。自分が殺した親しい人をもう一度自分の手で殺さなければならない。

 

「………!!」

 

不意に視界がぼやける。おそらく彼が泣いているのだろう。親代わりをしてくれた人か、自分の妻子と相棒か。究極の選択。彼は―――

 

「うおぉぉぉ!!」

 

彼はナイフを持って“親”を斬殺し、妻子と相棒を選んだ。理由はそちらのほうが人数が少なかったから。ただそれだけ。そこに私情を挟むことは許されない。

 

「それでは航海を続けよう。残った3人は傷ついた船を捨て新たな2艘の船に1人、2人で分乗し、航海を続ける。しかし、同時に船底に穴が開いてしまう―――さて、どうする?」

 

「僕は……!!」

 

彼はナイフを用いて1人の相棒である舞耶を斬殺する。これで残ったのは妻子のみになった。

 

「貴様は、全人類を相手に“これ”を行うのか?それが僕の理想の成就だと?」

 

『そうとも。君の願望は、聖杯の形として再現される。衛宮切嗣、まさに君こそこの世すべての悪”アンリ=マユ”を担うに相応しい』

 

「うっ……くっ……あっ」

 

これ以上、『声』が何も言わないことを考えると、どうやらここで問題は終了したらしい。そこで目の前の惨状が消え、アインツベルン城内の寝室に舞台は戻った。

 

「おかえりなさい、切嗣♪」

 

「イリヤ……アイリ……」

 

『そう。その2人こそ、もはや天秤に乗せるまでも無い等価の価値。498人の命と引き換えに守られた“最後の希望”だ』

 

「切嗣♪やっと帰ってきたのね♪」

 

「―――ね?理解したでしょ、切嗣。これが聖杯による願いの成就。だから貴方はただ“妻を蘇らせ、娘を取り戻せ”と祈るだけでいいの。聖杯の無限の魔力の前では、造作も無い奇跡だわ。後に残るのは幸福だけ」

 

「すべてが滅んだ死の星に、残された最後の人類として、私たち3人の家族は末永く幸せに暮らし続けるの」

 

「………」

 

彼は奥歯をかみ締めながら、イリヤに近づく。そして彼女と同じ目線になるように身をかがめて、頭を撫でながら語りかける。

 

「もう……胡桃の芽を探しに行くことも、出来ないね」

 

「ううん、いいの」

 

イリヤは切嗣に笑いかける。彼の思考パターンから、次に彼がどういう行動に移るかを理解してしまった私には、その笑顔を直視することが出来ない。

 

「イリヤはね、切嗣とお母様さえ一緒にいてくれば、それでいい」

 

「……あぁ……うあぁ……」

 

彼は一頻り嗚咽を漏らしたところで、イリヤのほうに向き直る。間違いない。彼は“仕事”を行うつもりだ。

 

「ありがとう……。父さんもイリヤが大好きだ。それだけは誓って……本当だ!」

 

彼は右手を自分の胸ポケットにいれ、コンテンダーを取り出すと、銃口をイリヤの喉元に突きつけ―――

 

「さよなら……イリヤ」

 

「―――え?」

 

引き金を引いた。当然至近距離で撃ったのだから、イリヤは肉片や血しぶきを撒き散らしながら、その場に倒れ付してしまう。血の海に沈む遺体の頭部は完全に吹き飛び、もはやこの遺体がイリヤのものか分からなくなっていた。

 

「イ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何を!?貴方、何を!?」

 

発狂したアイリスフィールがイリヤの遺体に駆け寄る。そして彼は血まみれになったコンテンダーをポケットにしまうと、イリヤの遺体にしがみつくアイリスフィールを突き飛ばして馬乗りになり、彼女の首に手をかけた。

 

「聖杯は……あってはならないものだ……!!」

 

彼は声を震わせながら、彼女の首を絞める。本当は殺したくないという躊躇いと危険な聖杯を現世に下ろさせてはならない、という感情の交差がありありと伝わってくる。

 

「貴方……どうして、聖杯を……私たちを……拒むの?……私のイリヤ……そんな……どうして……?」

 

血管をすべて圧迫され、徐々に顔を紫色に変化させながら、アイリスフィールは喉から声を絞り出す。成人男性が全力で首を絞めているのだ、相当苦しいに違いない。

 

「60億の……人類と……家族2人……!!」

 

(もういやだ。なんで彼が……彼ばかりが……こんなに苦しまなければならないの?こんなの、辛すぎて……見ちゃいられない)

 

私は目の前の光景から目を背けそうになる。がしかし、これは彼が私だけに見せてくれた彼の心の闇なのだ。そして苦しいのは彼も一緒であるはず。だから私が目をそらす訳にはいかない。そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。

 

「……呪ってやる。衛宮切嗣……。お前を、呪う……。苦しめ……死ぬまで……呪う……!!絶対に……許さない……!!」

 

おそらくアンリマユが出てきているのだろう。それでも彼の手が決して緩む事はない。

 

「僕は……お前を殺して―――世界を……救う!!」

 

彼は渾身の力をこめて彼女の首を絞め上げる。そしてまもなく、ゴリッと言う音とともに彼女の首が折れ、彼女は動かなくなった。そこであたりの光景がゆがみ始める。どうやらアイリスフィールが死んだ事で、聖杯自身が衛宮切嗣から拒絶された、と判断したのだろう。

 

「世界」は彼にばかり汚れ役を押し付け、ただ救われるのを待ち、それが終わった後には非難の声や侮蔑の視線を浴びせる。

 

そして彼はこれからも、一人傷つきながら黙々と世界を救い続けなければならない―――ふざけた話だ。私がこれを知った以上、そんなことはさせない。彼の鋼のような意思を変えさせるのは不可能だろう。ならば、誰かが彼の刀となり、盾となって彼をあらゆる危険から守る必要があるだろう。

 

(例え世界中の誰もが貴方の敵になろうとも、私が貴方をあらゆる危険から守リ抜いてみせる)

 

変わり往く光景を眺めながら、私は決意を固めていた。

 

 

次に視界が確保されたとき、目の前には倒れ伏す言峰の姿があった。彼はコンテンダーに弾丸を装填すると、ゆっくり言峰に近づく。

 

 

すると、突然言峰が目を覚ます。そして上体を起こし、ゆっくりと立ち上がろうとしたが、背後で銃口を突きつけられていることに気がつくと、手を上げる。

 

「……随分と、あっけない幕切れだな」

 

「………」

 

「最後の最後で聖杯を拒むとは……愚か過ぎて理解できん!貴様は誰よりも聖杯を求めていたはず!なのに何故だ!!」

 

「……お前はアレを最後まで見たのか?」

 

「無論だ!あれが……あんなものが、この世に生まれ出たのなら……おそらく私が抱き続けてきた迷いに解答を出すことが出来るかもしれない……!!」

 

言峰は対峙していたときとは違い、熱く語り始める。当初、私は彼がアンリ=マユに触れた事で、精神的におかしくなってしまったのではないか、と推測したが、どうやらそうではないらしい。どうやら彼はアンリマユに対し、なんらかの“ヒント”を見出したようだ。

 

「アレがもたらす物よりアレによる被害のほうが大きい……ただそれだけのことだ」

 

「ならば私に譲れ!―――お前にとっては必要の無いものなのかもしれないが、私にとっては必要なものなのだ!!」

 

言峰は事の重大さが分かっているのだろうか。彼が自分の妻子を手にかけてまで防いだ人類への脅威を、自分勝手な考えの下に再び出現させようとしているのだ。私は言峰に殺意すら覚えたが、残念ながらここで彼に手を出せないため、黙ってみているしかない。すると彼はコンテンダーの照準を言峰の心臓部に合わせる。

 

「頼む!殺すな!あれは自らの誕生を望んでいる!!」

 

「………」

 

命乞いをする言峰に対し、彼は無言で引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は寸分違わず言峰の心臓を撃ち抜き、言峰はここで絶命した。

 

 

その後、彼はなんとか倉庫の中から抜け出し、泥を発生させた聖杯がある大ホールの入り口にたどり着いた。

 

「―――!!」

 

「――!―――!!」

 

中からセイバーと誰かの争う声が聞こえる。間違いない。ここに聖杯はある。切嗣は中の様子を伺いながら、音を立てないようにゆっくりとドアを開けて中に入る。どうやらセイバーと金色の男は言い争っているせいか、切嗣の存在に気づかない。そして切嗣は最後の仕上げにかかった。

 

「令呪をもって命ずる―――セイバーよ、宝具を用いて聖杯を破壊せよ」

 

「「!?」」

 

セイバーは突然現れたマスターからの命令に戸惑いながらも、サーヴァントを拘束する令呪の縛りにより、宝具であるエクスカリバーを展開し、上段に振り上げる。しかし、もう1人の金色の男はそうではないようで―――

 

「貴様―――雑種の分際で、この俺とセイバーの婚約を邪魔立てするか!!」

 

「切嗣!貴方は誰よりも聖杯を欲していたはずだ!!なのに何故!?」

 

怒りをあらわにしながら、背後から様々な武器を出現させて彼に狙いを定める。一方のセイバーは、必死で令呪の縛りに抵抗しているようで、何とか宝具を振り下ろすまいと粘っていた。そんな2人を無視しつつ、彼は命令を実行しようとしないセイバーに向かって令呪を翳し、再び命令を下した。

 

「重ねて令呪をもって命ずる―――セイバーよ、宝具を用いて聖杯を、破壊しろ」

 

「やめろおぉぉぉぉ!!」

 

セイバーは拒絶の意思表示をしながらも、宝具を振り下ろす。そして大ホールは光に包まれた。

 

 

その直後、私はおぞましい光景を目にすることになる。宝具により破壊された聖杯の中から大量の泥が噴出し、辺りを覆い始めたのだ。

 

「!?」

 

彼が見ている間にも、泥は宝具により破壊された建物から外に漏れ出し、火砕流の様に付近を焼き尽くしながら、建物ごと飲み込んでゆく。ようやく泥の流出が終わり、彼は外の状況を確かめるために、外に出たのだが―――

 

「馬鹿な……こんな、馬鹿な!?」

 

外には地獄が広がっていた。泥が通過した場所はあらゆるものが炎に包まれ、辺りには人々のうめき声や泣き叫ぶ声がこだましている。もちろんそのこと自体もかなりショックな出来事であったのだが、それ以上に、空にありえない光景が広がっていたのだ。

 

(黒い……孔?)

 

街が泥に飲まれながら焼き尽くされる一方で、空に開いた黒い孔からはさらに大量の泥が降り注ぎ、生き残った人もその泥に焼き尽くされ、1人1人と確実に焼死していく。

 

(きりちゃん!急いで!!)

 

私の声が彼に聞こえないことは分かっていたが、それでも私は彼に呼びかける。一人でも多くの人間をこの忌まわしい人災から救うために。その声が届いたか分からないが、彼は町のほうへと駆け出し始めた。

 

 

「誰か!誰かいませんか!?」

 

炎に包まれた街で彼は生存者がいないかどうか呼びかけるが、どこからも返事は返って来ない。そのため、彼は人がいるかもしれない場所を捜索し始めた。

 

「おい!!大丈夫か!?」

 

不意に瓦礫に埋もれた人の下半身が目に入ったため、彼はその瓦礫をどけたのだが、残念ながら上半身は炭化しており、すでに息絶えていた。

 

「あ……あぁぁぁ!!」

 

仕方が無かったとはいえ、彼の判断のせいで、何の関係もない市民が大量に命を落としたのだ。彼はうめき声を上げながら、その死体を見つめるしかない。

 

 

私は彼が生存者を捜索している最中に、ありえないものを目撃した。

 

(嘘でしょ……?なんであいつらが生きているの?)

 

他でもない。言峰と金色の男だ。そんな中でふと言峰の視線がこちらを向く。

 

(やばい!この状況で襲い掛かられたら、間違いなくこっちがやられる!!)

 

私は思わず緊張するが、恐れていた事態は起こらなかった。なぜなら―――

 

「………」

 

彼が何事も無かった様に言峰を無視して捜索を再開し始めたからだ。それにやる気をなくしたのか、向こうから仕掛けてくることも無く、付近の捜索を終えた彼はその場を後にした。

 

 

見渡す限り、焼き尽くされた瓦礫と炭化した死体の山が続く。そしてあたりに立ち込める死体のたんぱく質が燃える際の悪臭。これまで彼の記憶をたどって行く中で、あらゆる状態の死体を見てきたが、これはトップクラスに入るモノだろう。それだけ私の印象に残るものだったのだ。

 

「………」

 

彼はそんな地獄で生存者を探し続ける。おそらく生存者の有無は絶望的だろう。しかし、ここで諦めることは彼には許されない。間接的とはいえ、この状況を引き起こした原因である彼には。

 

「うっ……うぅ……」

 

すぐ近くの瓦礫の中からわずかにうめき声が聞こえたため、彼はそちらのほうに振り向く。そこにいたのは比較的外傷の少ない少年だった。しかし、動けないでいるため、このままでは炎に巻き込まれて死んでしまうだろう。

 

「………」

 

「!!」

 

少年の手が地面につく寸前で、彼は少年の手を握り締める。そして彼は涙を流しながら、少年に向かって生きていてくれたことへの感謝を述べていた。自分の犯した償いきれない罪科からその少年が生還してくれたことが、彼にとってどれほど助けになったか計り知れない。

 

 

そのまま彼の見せる光景がめまぐるしく動いてゆく。

 

その後、彼は保護した少年を自分の養子として迎え、彼が聖杯戦争で拠点として使い、泥の火災から奇跡的に焼け残った武家屋敷に居を構えることにした。

 

ようやく生活が落ち着いてきたため、彼は義理の息子の世話を自分の屋敷の近くに住んでいた藤村組の娘に任せ、彼は自分の愛娘であるイリヤスフィールを取り戻すべく、単身ドイツのアインツベルン城に乗り込もうべく何度も足を運んだ。

 

しかし、時のアインツベルン家当主であったユーブスタクハイトは、聖杯戦争に敗れた彼をアインツベルンの関係者とは認めず、周りの森の結界を発動させ、城へ入らせることを拒んだのだ。

 

全盛期の彼であればともかく、聖杯戦争で浴びた泥の影響により、精神的にも肉体的にも著しく衰弱した彼に、結界を突破できるだけの力は残されていなかった。

 

娘を取り戻すことを諦めた彼は、海外に行くことをやめることにした。一時は廃墟と化した街も、藤村組などが積極的に動いたこともあってか、驚異的な速さで復旧していき、5年後には泥に飲み込まれる以前の状態と大差なくなっていた。

 

その一方で、彼の身体はアンリマユの影響により確実に蝕まれていき、数年もしないうちに1人では日常生活を送ることの出来ない身体となってしまった。

 

 

「―――子供の頃、僕は正義の味方になりたかったんだ」

 

ある満月の夜、自分の死期が近いことを悟った彼は屋敷の縁側で、息子に自分の胸のうちを語ることにした。と言うのも、少年が自分を救った彼に憧れて、彼と同じ道を歩もうとしている事に気がついたからだ。本当ならここでとめるべきであったのかもしれない。が、しかし―――

 

「うん。しょうがないから、俺が変わりになってやるよ」

 

息子の返事はやはり硬いものであった。彼がなんと言おうとも、息子は自分と同じ道を邁進していくのだろう。私もこの少年と話す機会があれば絶対止めてやるのに、と内心後悔の念を抱く。

 

「そうか……」

 

彼のまぶたがゆっくりと落ちていく。もう目前に死が迫ってきている。

 

「あぁ、」

 

彼は最後に力を振り絞って―――

 

「安心した」

 

そういい残し、短い生涯を終えたのだ。

 

 

それと同時に彼の視界が暗黒に染まる。それと同時に自分の意識がどこかへ引っ張られはじめた。ようやく現実に戻るのだろう

 

そこで、私は意識を手放した。




おや、たてなしのようすが……!?

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