IS/Zero   作:小説家先輩

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※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


第四十一話 混乱

「一体どうなっているんだ!?何故篠ノ之束が死んだ情報が流れている!?」

 

「これ以上情報が触れないように、大至急箝口令を敷け!!」

 

「誰がどこからこの情報を発信したのかを至急特定しろ!!」

 

米国ホワイトハウス入り口のすぐ横にあるマップルーム。そこに大統領をはじめとするアメリカの閣僚たちが大慌てで篠ノ之束の死亡した情報流出への対応を行っている。独自の情報網により、いち早く束が死亡したと言う事実を確認したアメリカは、世界中に広まる前に情報を封じ込めようとしていたのだ。

 

「この情報が事実として世界に広まってしまえば、大変なことになるぞ……」

 

大統領のメディア向けスピーチ文章を考えながら、あるスピーチライターが世界の行く末を案じるように呟く。しかし、その懸念は予想をはるかに超えるスピードで世界に広がろうとしていた。

 

 

「―――篠ノ之博士の案件については、以上の方針でよろしいですね?」

 

「「了解しました」」

 

翌日、職員室で急遽行われた臨時会議の結果、束の件が広がらないように箝口令が敷かれる事となった。そして有事の際の最高指揮権を有する千冬もこの会議に参加している。

 

「この情報を受けて各国政府が黙っているはずはない。今頃国連本部で会議が行われているだろうが、果たしてどうなることやら……」

 

 

千冬の懸念も虚しく、国連本部での会議は収拾が付かない状態となっていた。

 

ネット上で出回っている束の噂によりISコアがこれ以上製造されない可能性があると知ったISコア所持数が少ない国々が、ISコアを多数所持するアメリカなどの先進国にISコアを再分配する議案を提出したのだ。しかし、それに応じられない先進国側が拒否権を発動したため、国連加盟国全てが現体制を維持しようとするアメリカを中心としたアラスカ条約機構(ATO)とIS再分配を要求する中国などを中心とした反アラスカ条約機構(AATO)に二分され始めてしまったのである。

 

 

加えて束が死んだと言う情報は生徒たちにとってはよほどショックであったらしく―――

 

「昨日、ネットの掲示板で見たんだけど―――」

 

「篠ノ之博士が何者かに殺されたって本当なのかな?」

 

「まあ、所詮ネットの情報だから話半分で聞いておいた方が良いと思うけど……」

 

各学年の生徒たちの話題は束の話で持ちきりとなっており、生徒たちへの箝口令も実質無意味なものとなっていた。

 

 

「切嗣さん……。この後。お話したいことがありますので、放課後屋上に来ていただけますか?」

 

「分かった」

 

セシリアは生徒会室での昼食を終えて、教室に戻る切嗣に声をかけた。一方で切嗣もいつもとは違うセシリアの様子に、何かを察してセシリアの願いを承諾する。

 

そして授業が終わり、切嗣はセシリアに会うべく屋上に向かった。屋上のドアを開けると、少し離れたフェンスのところにセシリアが立っている。心なしか、切嗣の目にはその姿がどこか儚げに写る。

 

「―――それで、話と言うのは?」

 

「実は私……先ほど本国からの帰還命令を受けたために……一旦、国に帰らなければならなくなりました」

 

「!!」

 

束の死に関する情報がネット上に流出してから、わずか半日も経たないうちにセシリアへの帰還命令が下ったことに切嗣は内心驚きを隠せない。

 

(これは本格的な防衛戦力確保のための召集だから、おそらく彼女が再びここに戻ってくる可能性は限りなく0に近いと見るべきだろう……)

 

「そんな心配そうな顔をしないで下さい!メンテナンスと伝えられているので、すぐに戻ってまいりますから、安心してくださいまし!!」

 

セシリアはさっと近づき、不安そうにしている切嗣の頬に軽く口付けをする。

 

「それでは、これで失礼いたしますわ」

 

そう言うと、セシリアは屋上の入り口へと走り去ってしまう。そんな彼女の背中を、切嗣は黙って見送るしかなかった。

 

 

セシリアが切嗣に本国に帰還することを告げる一方で、鈴も一夏に帰還命令が出たことを伝えていた。

 

「それは……本当、なのか?」

 

「…………」

 

一夏の言葉に鈴は黙って頷く。そんな彼女の反応に一夏は露骨に落胆する表情を浮かべた。

 

「だ、大丈夫だって!!担当官も定期メンテナンスって言ってたし、すぐに戻ってこられるわよ!!」

 

「そう、だよな」

 

「もう!しっかりしなさいよ!!あんたがそんなだったら、せっかく元気を取り戻した箒がまた調子悪くなっちゃうでしょうが!!」

 

相変わらず暗い雰囲気を出す一夏を元気付けるために、鈴はあえて檄を飛ばす。

 

「……分かったよ。けど、なるだけ早く戻ってきてくれよ?お前が居なかったら寂しいからさ」

 

「!!何言ってんのよ……馬鹿。安心しなさい、すぐに終わらせて戻ってきてあげるから」

 

一夏の思わせぶりな台詞に、鈴は一瞬ドキリとしてしまう。しかし、一夏にそんな気は無い事は分かっている為、照れ隠しで誤魔化した。

 

 

臨時総会から数日が経過したある日の深夜。

 

「本部長!現在、我が軍のデーターバンクが何者かにハッキングを受けています!!」

 

「何!?急ぎ外部からのアクセスを遮断しろ!!」

 

米国、ヴァージニア州アーリントン郡ペンタゴンの地下にある統合指令本部。本来であれば陸・海・空軍はそれぞれ個別の指揮系統に属するのだが、国連が実質二分した事により、有事の場合に備えて指揮系統を一つに集約されていた。

 

彼らのデータバンクに収められているデータは、米軍所属IS全ての航続距離から装甲に使われている素材の成分表、そして搭載されている兵器の情報など、国防の心臓部と呼べるものであるため、それを他国に知られれば、世界中に展開している自国の軍隊が危機に晒されてしまうのである。

 

それを防ぐためにも、彼らはデータバンク内への侵入を防ぎつつ、どこから攻撃を仕掛けられているのかを見極めなければならない。

 

「本部長!もう少しで相手の位置情報が分かりそうなので、大型モニターに画面を転送します!!」

 

「よし、やってくれ!!」

 

室内の中央部に設置された大型モニターに画面が表示された。相手は複数の国のサーバーを経由して攻撃を仕掛けてきていたため、彼らはそれを逆探知し、相手の正体を割り出そうとしている。その結果、ダミーサーバーを突破する事には成功したのだが……

 

「中国……だと?」

 

そこに表示されたのは、現在、米国と一番冷え込んだ関係となっている国の名前であった。

 

「本部長!相手からのアクセスが途絶えました……」

 

その場に流れる重い沈黙。そして、それを破ったのは現場の指揮を任されている本部長だった。

 

「―――さきほど中国サーバーから、我が軍の極秘データバンクが攻撃を受けたため、現在被害を確認中である。国防長官にそう報告しろ」

 

「了解」

 

本部長は一番近くにいた少尉に長官への報告を命令すると、これから起こるであろう事態に頭を悩ませていた。

 

翌日、事態を重く見た米国大統領は戦争への準備段階を最低レベルの5から4に引き上げた上で、駐中国大使を通じて正式に抗議を行ったが、中国側が自国の潔白を主張したため、両国の外交関係は過去最低レベルに落ち込んだ。

 

 

目まぐるしく変わる世界情勢の波は、確実にIS学園にも忍び寄る。

 

「お疲れ様です、会長」

 

「急ぎの用件と言う話だったけど、何かあったの?」

 

「……」

 

放課後、生徒会室で待ち合わせていた楯無はシャルロットの様子がおかしいことに気づいた。するとシャルロットは返事の代わりに、側においてあったファイルの中から一枚の紙を取り出して楯無に見せる。

 

「これは?」

 

「フランス政府からの帰還命令書です。昨日送られてきたようで、部屋のポストに入れられていました」

 

「……」

 

その言葉を聞いた楯無はゆっくりその内容に目を通す。最初こそ見落としが無いように気をつけて読んでいたが、読み終えた後の楯無の表情は険しいものとなっていた。

 

「シャルロット・デュノア及びその専用機のメンテナンスのための帰還命令……か。貴女はどうしたい?」

 

「私は……帰りたくないです。帰ったら、父と顔を合わせないといけないですから」

 

そう語るシャルロットの表情はいつにもまして真剣なものとなっている。

 

「分かったわ。なら、私が貴女の希望を叶えてあげる」

 

「本当ですか!?でも、そんなことをしたら会長に迷惑がかかるんじゃ……」

 

「大丈夫よ。お姉さんに任せなさい♪」

 

そう言って楯無はシャルロットに微笑みかけた。そしてシャルロットが生徒会室から出て行ったところで、楯無は目的の場所へと電話をかける。

 

 

「貴女がフランス代表候補生シャルロット=デュノアの担当官の方ですか?」

 

「確かに私が彼女の担当官ですが……貴女は誰ですか?」

 

数回の呼び出し音の後に、目的の人物が電話に出た。

 

「これは失礼。私、IS学園生徒会長の更識楯無と申します」

 

「……IS学園の生徒会長が私に何の用でしょう?IS学園と政府とは、原則として相互不干渉のはずですが?」

 

どうやら電話口の相手は楯無を警戒しているようで、言葉の端々に刺々しさが混じっている。

 

「原則としては、そうですね。しかし彼女から『父親の虐待にあっている』と言う報告を受けましたので、念のために彼女の身柄をこちらで預からせていただけませんか?」

 

「それは民事の事案であるため、その事案について私どもが関与することはありません。そして貴女方には代表候補生を所属国家に安全に帰還させる義務があります」

 

「つまり代表候補生と専用機はどうあっても返還しろ、と?」

 

楯無は相手の意思を再確認するように、同じ質問を繰り返す。そこで相手が身柄の保護に同意すれば良し、同意しなければ“切り札”を切るつもりでいた。

 

「それを拒まれるのなら、フランス政府として日本政府に抗議させていただきます」

 

「なるほど。ところで話は変わりますが、貴女はそちらの現大統領が選挙の際に相手陣営への盗聴を行ったと言う話はご存知ですか?」

 

「どこでそんな話を!?そんなの、根も葉もない出鱈目です!!」

 

楯無は、電話越しに相手の動揺を感じ取る。そして、楯無はそんな相手を見逃すほど甘くは無かった。

 

「出鱈目……ですか?こちらにはその際の“証拠”もあるのですが……」

 

「!!私たちを脅しているのですか!?」

 

「いえいえ、そのような真似はいたしません。ただ、そちらが無理やりシャルロット=デュノアを返還させようとするのであれば、この資料が“手違いで”そちらの有力メディアに送られてしまうかもしれません……」

 

「!!」

 

担当官は頭を抱える。国連が二分し政府が積極的に国民を導かねばならない状況で、もしこのスキャンダルが流れてしまえば、国民の政府への信頼は失墜し大統領が辞任する羽目になってしまう。そうなれば自分自身も職を追われることは避けられないし、最悪の場合、関係者からの粛清にあうかもしれない。代表候補生1人と政府の信頼、どちらかを選ばねばならなかった。

 

「……2、3日中に閣僚会議にて結論を出すので、それまでお待ちいただけますか?」

 

「良い返事を期待しております。それでは」

 

楯無は通話ボタンを切ると、一息つく暇も無くとある人物へとメールを送った。

 

 

3日後、シャルロットは楯無から帰還命令についての追加連絡があったと言う話を聞き、生徒会室に来ていた。

 

「お疲れ様。とりあえずそこの椅子に掛けて」

 

「はい」

 

シャルロットは楯無に促されるまま、近くの席に腰掛ける。楯無はシャルロットが腰掛けたのを確認すると、入り口に鍵を掛けたうえでカーテンを下ろした。

 

「貴女の処遇について、フランス政府と交渉した結果―――貴女自身はIS学園に留まって良いことになったわ」

 

「私自身は……ですか?」

 

「そう、貴女だけ。とりあえず貴女の専用機は一旦本国でメンテナンスのために引き取られることになったの」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!―――しかし」

 

そこでシャルロットは気になったことがあったようで、楯無に質問をぶつける。

 

「何故、政府はこの時期に僕のISを返還させるのでしょうか?メンテナンスならここにも整備科の人たちだっているのに……」

 

「詳しいことは分からないけど、専用機の整備を学園でやってしまったら、そのISの性能が流出が起こる可能性もあるから、それを警戒してるんじゃない?」

 

「……そう、ですね。あまり深く考えないようにしてみます。それではこの後、用事がありますのでこの辺で失礼します」

 

楯無の説明でシャルロットは一応納得したのか、楯無に一礼するとそのまま生徒会室を出て行った。

 

 

その日の夜、切嗣は夕食を食べた後に消灯の時間までかなり時間があったために部屋でコンテンダーの整備をしていた。

 

「これでよし、と……」

 

整備用のオイルを塗り、全てのパーツを組み終えたところで誰かがドアを叩く音がしたため、切嗣はドアを開ける。

 

「こんばんわ、切嗣。ちょっと話があるんだけど、中に入ってもいい?」

 

切嗣のドアを叩いたのはシャルロットであった。

 

「構わないよ」

 

切嗣はシャルロットを室内に入れると、念のためにドアを閉める。

 

「それで、話というのは?」

 

「切嗣は僕の帰還命令の件について、会長から話は聞いてる?」

 

「あぁ」

 

切嗣の返事に、シャルロットはわずかに顔をしかめる。切嗣は何か知っているのではないか、と言う疑念がシャルロットの中で確信に変わった。

 

「なら僕の言いたいことは分かるよね」

 

「…………」

 

「どうしてもISを回収しなきゃ行けない事情でもあるのかな?ひょっとして、セシリアと鈴が相次いで帰国したことや校内で流れてる噂と何か関係があるんじゃないの?」

 

「―――」

 

シャルロットの指摘に対し、切嗣は頭を悩ませる。シャルロットの質問にイエスと答えるのが一番簡単な解決法であるが、それをやってしまえば関係者への箝口令に違反することになってしまう。しかし、上手くはぐらかそうとしてもシャルロットであればいずれ真相にたどり着くのは間違いない。そんな状況で切嗣は―――

 

「身勝手な話だが……今の僕には“いずれ真実が分かるから、それまで僕を信じて待っててくれ”としか言えない」

 

現状維持を選択した。真実を知っているのを否定せずに、シャルロットが危険な目にあうことを防ぐのには、一番マシな選択肢なのかもしれない。

 

「そんなの……ずるいよ。そんな風に言われたら、僕は君を信じるしか出来ないじゃないか」

 

「……すまない」

 

切嗣はシャルロットに頭を下げる。両者の間に気まずい沈黙が流れるが、先に動いたのはシャルロットであった。

 

「はぁ……分かったから頭を上げてよ、切嗣」

 

「…………」

 

切嗣はシャルロットに促されるまま、頭を上げる。それがシャルロットの本来の目的のための布石であることを知らないまま。

 

「はむっ……」

 

「!?」

 

顔を上げた切嗣の目と鼻の先のところにシャルロットの姿があり、ようやく切嗣が彼女の思惑に気づいたが、時すでに遅し。切嗣が反応するよりも早く、切嗣の口はシャルロットの口によって塞がれていた。

 

「!?~~~!!」

 

一方で切嗣は突然の状況に困惑しながらも、何とかシャルロットを引き剥がそうとするが、それを阻止するようにシャルロットの両腕が切嗣の首に絡みついて来た。

 

「―――ぷはっ」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

十数秒後、ようやく満足したのか、シャルロットの唇が切嗣の唇から離れる。

 

「一体何を「今回は切嗣に免じて、これで手打ちにしておいてあげる」!?……」

 

シャルロットは若干皺が付いた襟元を直しながら、切嗣の言葉を遮るように言葉を重ねた。そんなシャルロットの行動に切嗣は呆然としていたが、シャルロットは素早く格好を整えると部屋の入り口に向かう。が、扉を出る直前で何かを思い出したのか、シャルロットは切嗣の方に振り返った。

 

「あぁ、それと―――」

 

「?」

 

「さっきのは僕のファーストキスだから、安心してね♪」

 

「なっ!?」

 

「それじゃあ、また明日」

 

そう言うと、シャルロットは今度こそ部屋から出て行く。そしてその後に残された切嗣は―――

 

「…………」

 

一晩中、今後の対応に頭を悩ませることになった。

 


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