IS/Zero   作:小説家先輩

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第四十三話 勃発

「ATOとAATOが開戦しただと!?それは確かなのか?」

 

「はい!今日の未明、学園長に内閣官房長官から直接、中国がアメリカに対して宣戦布告を行ったとの連絡が入ったとのことです。なお、まだ未確認情報ではありますが、すでに沖縄にて米軍及び自衛隊と、中国を主力とした多国籍軍の戦いが始まっているようです」

 

授業の準備を終えて、教室に向かおうとしていた千冬は真耶からの突然の報告に頭を悩ませる。世界が二つの陣営に分かれて緊張状態が続く中での、両陣営への破壊活動。束亡き今、その状況を影で操る人間となれば、最早1人しかいない。

 

「言峰綺礼め……!!」

 

「言峰……綺礼?」

 

千冬の言葉に真耶が反応する。束が綺礼に暗殺されたと言う事実は、千冬を除けば学園長夫妻および作戦に関わったメンバーしか知らないためか、何も知らされていない真耶は千冬が何故その名前を忌々しそうに呼ぶのかを理解することが出来ない。

 

「……いや、なんでもない」

 

「そうですか?それなら良いんですけど……」

 

千冬の言葉にどこか腑に落ちない物を感じながらも、真耶はそれ以上追求しないことにする。

 

(これ以上時間を掛けてしまえば、戦争による犠牲がさらに増えるだろう……。だからと言って何か方法があるわけでもない……私は一体どうすれば―――!!)

 

その時、千冬の脳裏にある案が思い浮かぶ。

 

「……山田先生。私は急に用事を思い出したから、今日のHRは君に任せる。ではまた後ほど」

 

「えっ!?」

 

千冬は真耶に出席簿を預け、ある場所へと急ぐ。一方で、真耶は突然のことに戸惑いながらも、急いで準備に取り掛かりはじめた。

 

 

その翌日、切嗣と楯無たちは千冬に呼び出され、生徒会室で待機していた。

 

「そう言えば、『中国が沖縄に攻め込んでいる』と言う話を聞いたんですが、ここは大丈夫なんでしょうか?」

 

「……大丈夫だよ。今は米軍と自衛隊が協力して中国軍と戦っているから、もう少しすれば沖縄から中国軍を撃退できるはず」

 

「そう、ですか。それなら良いのですが」

 

(なんて言ったけど……実際はそうでもないんだよね)

 

楯無は心の中で呟く。テレビでは放映されない話であるが、現地の諜報員によると中国軍は民間人と同じ服装をしているために見極めることが困難になっており、『確実に撃破してはいるものの、損害が増えている』と言うのが事実のようだ。

 

(これも全てあの男のシナリオ通りなんだろうけど……。それに他の国が便乗する形でドンパチ始めちゃったからなぁ……。ほんと、サイアク)

 

「「…………」」

 

その場に重たい沈黙が流れる。ただでさえ犬猿の仲である一夏と切嗣が同席している状況に加え、

連日のテレビで放映される戦場の映像は、少なからず彼らの心に暗い影を落としていた。

 

「―――遅れてすまない。いきなりで悪いが、これから作戦会議をはじめる」

 

「織斑先生、ラウラは来ないんですか?」

 

「ラウラにはドイツからの帰還命令が下っているはずだ。だから、召集をかけていない」

 

「……分かりました」

 

千冬の言葉に納得したのか、一夏はそれ以上の追求をしないようだ。

 

「ちなみに更識先輩はロシアの国家代表でしたけど、大丈夫だったんですか?」

 

「私の方は大丈夫だよ、ちゃんと許可もらったし」

 

楯無は切嗣の質問に軽い口調で答えると、千冬に会議を始めるように合図をする。それを受け、千冬はドアを閉めると、コンソールを操作しブラインドを全て閉じる。これで生徒会室の中の様子は、本人たちが口外しない限り、一切外に漏れることは無くなった。

 

「では、議題を話す前に言っておこう。これから話す内容は極秘の内容であるため、万が一外部に漏れた場合には、重大なペナルティーを負ってもらう。この説明を聞いて、会議に参加する気がなくなった生徒は遠慮なく出て行ってもらって構わない。―――誰もいないか?」

 

千冬の言葉に納得したのか、誰も席から立とうとしない。それを確認し、千冬は議題について話を始めた。

 

「……分かった。さて、今回の議題だが―――」

 

そこで千冬は手に持っていたリモコンを操作する。すると、天井からスクリーンが下りてきた。そしてそこにある男に関する資料が浮かび上がる。それが誰を指すのかは言うまでもない。

 

「言峰綺礼!」

 

「―――!!」

 

思わず感情を露にする一夏に対して、箒は無言で画面を睨みつける。

 

「……おそらく、一連の騒動の背後にいるのはこの男で間違いないだろう」

 

「「…………」」

 

そんな2人の様子を見ながら、千冬は話を続ける。一方で、楯無と切嗣は相変わらず沈黙を守ったままだ。

 

「このまま奴を放置しておけば、犠牲が悪戯に増えていくのは目に見えている。故に私は、学園の有事指揮権を任されている身として、ある作戦を実行することにした。……更識、説明を頼む」

 

「一連の事案を受けて、私たちは学園長の許可の下、織斑先生を指揮官とした部隊を編成することに決まりました。そして私たちに与えられた任務ですが―――」

 

そこで楯無は一旦間を空け、信じられない言葉を口にする。

 

「一連の事件の首謀者であろう言峰綺礼の拘束、となります」

 

「……まさかと思いますが、このメンバーだけ言峰綺礼と戦わなければならないのですか?」

 

楯無の言葉に切嗣が反論する。何といっても世界中を手玉に取っていた天才篠ノ之束を暗殺するほどの実力を持った相手と交戦する危険性を、身を以って経験した切嗣からすれば、到底実現不可能な任務としか聞こえないだろう。が―――

 

「人の話は最後まで聞かなきゃだめだよ衛宮君?私は別にこの任務をこのメンバーだけで行うとは一言も言ってないんだから」

 

「?」

 

彼女の言葉の意味を掴みかる一夏は、困惑した表情で楯無を見つめる。

 

「さきほど説明した任務はあくまで最終目標です。そしてもし仮にその段階まで漕ぎ着けた場合には、学園からの人的支援が得られる、と織斑先生から確約して頂いており、私たちの当面の目標は言峰綺礼の居場所の捜索、と言うことになります。―――ここまでで何か質問は?」

 

「「…………」」

 

楯無は一旦言葉を切り、一夏や切嗣たちの反応を伺う。が、その言葉に納得したのか、誰からも質問の手が挙がることはなかった。

 

「では、質問も無いようですし、今回の会議はここで終わりにしようと思いますが―――よろしいですか、織斑先生?」

 

「あぁ、私からも伝えることは特に無い」

 

「分かりました。それでは今後の予定は追って連絡しますので、今回の特別会議を終わりにします。皆さんお疲れ様でした」

 

そう言い終えると、楯無はコンソールを操作しスクリーンを元に戻し始めた。

 

 

その日の深夜。千冬の見回りが終わった後も、切嗣は自分の部屋でベッドに座って待機していた。

 

(直接部屋に来るから待ってて、と言われてしばらく待っていたが……これは間違いなく約束を忘れているな)

 

会議が終わった直後、切嗣はすれ違いざまに楯無からメッセージが書かれた紙切れを手渡されていたが、千冬が見回りを始める前に楯無が姿を現さなかったため、今日彼女が部屋に来ることは無いだろうと考えていた。

 

「!?」

 

しかし、そんな切嗣の予測を裏切るかのように部屋の天井付近に何かが蠢く気配が生まれる。そして間もなく、天井の板が外された。もしかすると、言峰が送り込んできた刺客の可能性も十分にありうる。切嗣は口の中に溜まった唾を飲み込みながら、気配のする方にコンテンダーの銃口を向ける。

 

「―――驚きました?」

 

「まったく、貴女も人が悪い。話があるのなら、今日の放課後にでも呼び出しに来てくれれば良かっただろうに……。それと、敬語は使わなくていいと言ったはずですよ」

 

天井の板から顔を出したのは、切嗣がもっとも良く知る人物であった。

 

「あははっ、ごめんごめん。どうしても今日中に、きりちゃんにはロシア政府のことを伝えておかなきゃと思って……」

 

「……ちなみに、どんな手段を使ったんですか?」

 

「一応担当官とも話をしてみたんだけど、ぜんぜん話にならなかったから……。直接大統領に話をして、了承してもらっちゃった」

 

「了承してもらったって……そんな簡単に了承してもらえるものなんですか?」

 

切嗣の言葉はもっともだ。国家代表が帰還命令を無視したとなれば、国家の面子にもかかわる事態は避けられなくなってしまうのだから。

 

「もちろん、最初の方は頑として了承してくれなかったよ?でも、私が黒幕を捕らえた暁にはアメリカ主導の現世界情勢を大きくロシア側に有利に運べるようになる、と言う旨を丁寧に説明したら、すんなり了承してくれたんだ♪」

 

「……なるほど。と言うことは、ロシア政府として今回は中立を保つことになるんですね」

 

「その通りだよ、きりちゃん。流石は私の相棒♪」

 

そう言って正面から抱きつく楯無を、切嗣は両手で引きはがず。

 

「何よもう。そんなに私とスキンシップをとるのは、嫌?」

 

「別にそんなことは言ってないですよ。ただ、貴女は僕に何か隠し事をしてますよね?」

 

切嗣の言葉によほど心当たりがあるのか、楯無は切嗣から視線を逸らす。そんな楯無の様子を見て、切嗣は軽くため息をつきながらも言葉を続ける。

 

「大体、貴女は分かり安すぎるんですよ」

 

「きりちゃんにそんなことが分かるの?私の癖を知ってるわけでもないのに」

 

すると、切嗣の言葉が気に食わなかったのか。楯無は不機嫌そうな表情を浮かべながら反論してきた。

 

「知ってるに決まってるじゃないですか」

 

「え?」

 

「どれだけの時間、貴女のそばで行動を供にして来たと思ってるんです?それだけ長い時間一緒にいれば、癖のひとつや二つ見抜けるようになりますよ」

 

「~~~!!」

 

切嗣のストレートな言葉に、楯無は背中を向けてしまった。一方で切嗣はしてやったりの笑みを浮かべる。

 

(普段からかってくるのに、こっちが乗り気で調子を合わせたら、これだ。これに懲りて少しは自重してくれるといいが……)

 

そんな切嗣の思惑を知ってか知らずか、楯無は切嗣の方に向き直ると、切嗣の胸にタックル気味に飛び込む。突然の楯無の行動に、切嗣は楯無に押し倒されるようにベッドに倒れこんでしまう。

 

「一体どうしたんで「きりちゃん、私の事からかったでしょ」……」

 

「……沈黙は肯定とみなすよ?」

 

「…………」

 

なおも沈黙を保つ切嗣に、楯無は大きくため息をつきながら、切嗣の方に寄りかかる。

 

「しょうがない。これは私を傷つけたきりちゃんにおしおきが必要だね」

 

「?」

 

なぜかイイ笑みを浮かべながら語りかけてくる楯無に、切嗣は不穏な空気を感じ取ったが、時すでに遅し。

 

「じゃあ、罰ゲームの内容は……今日はこのまま私と一緒に添い寝すること。いい?」

 

「何馬鹿なことを言ってるんですか、まったく……。今日はもう消灯時間を過ぎちゃってるから、貴女はそこで寝ておいてください。僕は机にうつ伏せで寝ますから」

 

「……ほう?私のお願いが聞けないの?なら明日、シャルロットちゃんとラウラちゃんにきりちゃんと一緒の部屋で熱い夜を過ごしたよ~って言っちゃうから」

 

「!?」

 

楯無の言葉に切嗣は慌てふためく。もし楯無が、ラウラとシャルロットにその事を喋ってしまえば、切嗣のことを特別に親しく思っている彼女たちのことだ。無論、修羅場だけではすまなくなる。切嗣一人の我慢とラウラ・シャルロット・楯無の友情。ここでどちらを取るのかを迷うほど、切嗣は愚かな人間ではない。

 

「……分かりましたよ。それでは失礼します」

 

「そうそう、分かればよろしい♪」

 

切嗣の言葉に満足した様で、楯無はベッドの中に切嗣を誘い込むと、両手両足を蛸の様に絡ませた。すると、自然と切嗣の腕にやわらかい二つのものが押し付けられる形になる。本来なら11月と言うこともあり、季節は冬に突入している筈なのだが、どうやら切嗣の夏はまだまだ終わりそうに無い。

 

 

「自分にも出来ること……ね」

 

「………」

 

作戦会議の翌日。楯無はある人物に呼び出され、生徒会室で話をすることになった。

 

「……簪ちゃん。貴女のISパイロットとしての実力は、私から見ても十分にあると思う。でも、それはあくまで競技としてのISの話であって、実際の戦場で必ずしもその能力を発揮できるとは限らない」

 

「そして、その部分は戦場において決定的な命取りになるの。例えばISに付いている絶対防御だけど、これを発動したからと言って必ず『死』から逃れられるわけじゃない。絶対防御を発動している状態でも、相手の首の骨を折れば相手を殺すことは可能なのだから」

 

「………」

 

楯無の言葉に、簪は沈黙せざるを得ない。確かに彼女は日本代表候補生と言う類稀な才能の持ち主であることには違いないが、実戦を経験していない彼女を戦場に送り出すことに楯無も強い抵抗を感じている。

 

「そんな地獄に私は貴女を……妹を危険な場所に立たせたくないの」

 

その言葉が楯無の偽らざる本音なのだろう。好き好んで肉親を戦場に立たせようとする人間など、存在しないのだから。

 

「それでも」

 

「?」

 

「それでも……私は……皆のために……助けになることをしたい!もう……目の前で人が傷つくのを……見たくは無いの!!」

 

「………」

 

簪自身、一夏がゴーレムに傷つけられながら必死に戦っている中で、何も出来なかった自分に少なからず思うところがあるのかもしれない。一方で、楯無としても、素直に首を縦に振るわけにはいかない。

 

(簪ちゃんが気にしているのは十中八九、あの時の一夏君の事なんだろうなぁ……。本当は有無を言わさず拒絶するのが上策なんだろうけど……。でも、せっかく歩み寄って来てくれたのを断って、余計に関係が悪くなるのも嫌だし……)

 

妹の命か関係の悪化。どちらかを取らなければならない状況に置かれた楯無は悩んだ。

 

「皆のために……尽くす事が出来れば、それで……」

 

簪のいつも以上に真剣な表情に、楯無の心は大きく揺さぶられてしまう。今まで疎遠だったのにも関わらず、危険を承知でわざわざ志願してくれた妹の提案を断れるほど非情になれるはずも無く。

 

「……分かったわ。なら、これから簪ちゃんには私の下で働いて事になるけど、大丈夫?」

 

「!ありがとう、お姉ちゃん」

 

「!!」

 

楯無の提案に、簪は涙を浮かべながら感謝の言葉を述べる。ここに簪が楯無陣営に加わることとなった。


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