日米連合軍と中国率いる多国籍軍との戦闘が始まってから、一週間。多くの生徒が本国に帰国している状況を受け、学園での授業は一時的に停止せざるを得ない状況となっていた。しかし、そんな中でも学園内のアリーナでは楯無と一夏の特訓が続いている。
「もうへばってしまったの?立ちなさい、一夏君。訓練は始まったばかりよ」
「!まだまだ!!」
楯無の攻撃を受け、ダウンしていた一夏は立ち上がる。ISの防御のお陰で大きな怪我はしないとは言え、訓練中に楯無の攻撃を受け続ける一夏の体には、小さな痣や打撲跡などが出来ていた。
一夏はメイン武器である雪片弐型を正眼に構えて楯無と対峙する。構えを取る一夏に対して楯無は腕をだらんと下げたまま、ランスを構えようとしない。
(こんなにゆったりとしているのに、隙がまったく見つからない……!)
しかし、そのような体勢をとっていても、一切の隙が生じない。一夏は楯無を攻めあぐねてしまう。
「来ないなら、こっちから行くよ?」
「!?」
そんな中、不意に楯無の姿が視界から消える。と同時に、一夏の首筋に寒気が走った。一夏はその感覚を信じて。振り向きざまに刃を振るう。その瞬間、首筋付近を狙い澄ました楯無のランスと刃が交差する。
「すばやい反応だよ、一夏君。やっぱり最初に全力で相手したのが良かったのかも♪」
楯無が最初に一夏に課した訓練。それは全力の楯無相手に制限時間の間、生き延びると言う過酷なものであった。案の定、一夏は楯無になす術も無く撃墜されたが、そこで得た経験は決して無駄にはなりえない。しかし、楯無と一夏の間に存在する実力差は如何ともしがたいようで、満身創痍でぼろぼろの一夏に対し、楯無はうっすらとしか汗が滲んでいないのが現状である。
(訓練が始まって、一週間。ようやく楯無先輩の動きが少しだけ見えるようになって来たが、まだまだこんなもんじゃあいつには勝てないじゃないか!くそっ、俺は―――)
「駄目だよ、戦いの最中に意識をそらせちゃ」
「!?」
不意に楯無が力を緩めたため、相手に体重を預けるように鍔摺り合いをしていた一夏は上体を崩されてしまう。無論、そのような隙を楯無が見逃すはずも無く―――
「えいっ♪」
雪片を持つ一夏の腕に、楯無の手が添えられる。そのまま楯無の手が一回転し、気がついたときには時すでに遅し。一夏は小手投げの要領で地面にうつ伏せで倒されていた。そこから何とか脱出しようとする一夏の首筋に楯無が手を添える。もちろん、一夏の片腕は楯無のもう一方の手に掴まれているため、反撃に転じることは出来ない。所謂詰み、である。
「はい、これで本日二回目ね」
「…………」
まもなく、一夏にとっての正念場に差掛かろうとしていた。
「一夏君、ちょっと待って」
「?」
実戦演習が終了し、寮に帰ろうする一夏の背中に楯無は声をかける。
「貴方、何か悩んでることがあるんじゃない?」
「……別に、何もありませんよ」
「嘘、貴方は何か悩んでいることがある。しかし、他の人にその話を打ち明けることは出来ない……違う?」
「!!……」
楯無の指摘に一夏は黙り込んでしまう。周りの状況が目まぐるしく変化する中で、自分だけが取り残されていっているのではないか。その疑念が一夏の心の中に少なからず影を落としていた。
「なら、私がその悩み事に対するアドバイスをあげよう」
「…………」
一夏は楯無の言葉を聞き逃さぬよう注意深く楯無の話を聞く。今の自分にとっての悩みを解決出来るかもしれないのだから、当然の反応だろう。
「貴方は前よりも、確実に強くなってるよ。それは私が保証する」
「……気休めはやめてくださいよ。相変わらず先輩にはボコボコにやられるし、訓練が始まってから一週間以上経つのにまだ一撃も当てられないじゃないですか」
「じゃあ、それが嘘でないことを証明してあげる」
「!?」
そう言うや否や、楯無は一夏に接近し、側頭部目掛けて閃光のようなハイキックを放つ。訓練前の一夏なら確実に直撃は避けられないである。が―――
「くっ!!」
一夏は辛うじてその攻撃をスウェイで回避すると、一旦距離を取りファイティングポーズをとった。
「いきなり何をするんです!?」
「今のが証拠。私の攻撃を見切れたでしょ?」
「!?それは……そうですけど……」
楯無の言葉に頷きながらも、一夏の表情は晴れない。そんな一夏の様子を見つつ、楯無は話を続ける。
「もし君が今までと同じなら、私の今の一撃で地面に倒れていたはず。しかし、現に君は倒れずに私の前に立っている」
「…………」
「どうしても成果が信じられないのなら訓練を辞めても良いよ?その代わり、その時点で私は君を“彼”に劣る人間だと判断しちゃう事になるけど」
「それだけは嫌です!!」
楯無の発言に一夏はすかさず反論した。自分とは相容れない主張の“彼”に勝ち、考えを改めさせる。その目標こそ、一夏が激しい訓練をこなす原動力となっているのだ。絶対に逃げるわけにはいかない。
「そう決めたのなら、最後まで自分を信じなさい。そうすれば、きっと上手くいくから」
「!」
楯無は微笑みを浮かべながら、一夏の心を解すように語り掛ける。なぜそう断定できる、と言ってしまえばそれまでだが、国家代表の肩書きを持つ楯無の言葉は一夏の心に大きく響いた。
「ありがとうございます!楯無先輩!!俺、絶対に強くなりますから!!」
一夏はそう言うと、自分の部屋で今日の反省点を洗い出すべくアリーナを後にする。
「頑張りなさい、少年」
そんな一夏の背中に向かって放った楯無の言葉は、誰に聞かれること無く冬の寒空へと消えていった。
最初の会議が始まってから3日後、切嗣たちは千冬の指示により再び生徒会室に集められていた。
「定刻になりましたので、第二回の会議を始めます。それでは、スクリーンに注目してください」
司会進行を勤める楯無が手元のノートパソコンを操作し、スクリーンにプロジェクターの映像を投影させる。
「この写真は襲撃された人民解放軍の研究所から脱出するISの写真です、これを拡大してみます」
楯無はマウスでプロジェクターの写真を拡大する。するとそこには、アメリカ国家代表であるイーリスのファング・クエイクが映し出された。驚きのあまり呆然としている一夏たちを尻目に、楯無は話を続ける。
「この機体の特徴的なカラーリング及び形状からイーリス=コーリングのものである、と断定できます。そして彼女は言峰綺礼の元で活動している」
「なるほど、これで戦争の直接的な引き金になった事件の犯人は分かった。しかし、問題は―――」
楯無の言葉に返事をしながら、千冬はメンバーを見渡す。今現在ドイツに帰還しているはずのラウラを除外して考えた場合、直接的な戦力となるのは僅か5人となる。悪戯に消耗させるわけには行かない。
「彼らの潜伏している場所が分からない、と言うことですね」
「そうだ。奴らが犯人であると言う証拠があったとしても、肝心の身柄を押さえなければ意味が無い」
「「…………」」
楯無の言葉に千冬が同意する。身柄を確保しない限り、事態は悪化するしかないのだから。そしてその場に再び沈黙が訪れる。が、その沈黙を破ったのは意外な人物であった。
「それなら、奴らが起こしたと思われる事件について、我々が現場を調査してみるのはどうでしょうか?そうすれば、何か分かるかもしれない」
箒の心の中で、少しでも早く自分の手で姉の敵を討ちたいと言う気持ちが逸っているようだ。が、そのような意見が採用される筈も無く―――
「無理だ。現在5名しかいない状況なのに余計な事に人材を割く訳にはいかない」
「私もそう思います。もし我々が動く状況になるとすれば、それは敵勢力の概要及びその拠点を全て把握し終えてからが一番かと」
楯無と千冬によって、即座にダメ出しを受けることとなった。
「せっかく箒が前向きな意見を出したのに、そう無碍に扱わなくてもいいじゃないですか」
「良いんだ、一夏。……変なことを言ってすみませんでした」
「お前たちが抱えている束を失った悲しみは、私にも良く分かる。だがらこそ、あいつの敵を討つためにも冷静にならなければならないんだ……分かってくれるか?」
「「……はい」」
生徒会室に流れる緊張を解すかのように、千冬は一夏と箒を諭す。
「―――では、次に亡国企業の動きに関してですが、」
こうして、二回目の会議の時間は淡々と流れていった。
「なぜ誰も行動しようとしない!?このままではより一層状況は悪化するだけなのに!!」
会議が終わり他のメンバーが居なくなった生徒会室で、箒は簪に愚痴を零していた。
「会議ですでに決まったことだから……。しょうがない……」
「敵の位置を掴んだら次第即座に叩く!取り逃がした後で後悔しても遅いだろう!!」
何とか箒を宥めようとする簪の対応に反比例するかのように、箒はどんどんヒートアップしていく。
「貴女の言いたい事は……分かる。でも……相手の情報の無いまま闇雲に突っ込んで自滅……何て事態になったらそれこそ終わり……。だから……情報の無い今の段階では……私たちは機会を待つ以外に……選択肢は……ない……」
「それは、そうだが……!!」
簪の言葉に思うところがあったようで、箒はそれっきり黙り込んでしまう。
「これ以上あれこれ考えても……きっと悪い方向にしか考えられない……。だから、貴女は一旦部屋に戻るべき……だと思う……」
「あぁ……そうすることにしよう」
生徒会室の戸締りを終え、箒は簪に付き添われながら自分の部屋へと戻っていった。
会議終了後、千冬は会議で決まった事案を学園長に報告するべく学園長室前に来ていた。
「―――以上が、今回の会議の内容となります」
「なるほど、了解しました。では引き続き、彼らの足取りを追ってください。その後、最終確認が取れ次第、学園から貴女方への支援を出すことにします」
「……支援の方をもっと前倒しにして頂くわけにはいきませんか?正直、このままでは満足な捜索活動が出来かねますので」
学園長の悠長な答えに対し、千冬は思わず学園長に詰め寄る。裏で更識家の人間が動いているとは言え、猫の手も借りたいくらいに人員が不足しているのだ。使える人材を少しでも多く確保しようとするのは当然の流れと言えるだろう。
「私個人として、そうしてあげたいのは山々なのですが……。これだけ状況が悪化してる中で貴女方に人材を回すことは不可能なんです。加えて、教職員たちの間でも現体制に不満を持つ者たちが不穏な動きを見せておりますので……」
「…………」
しかし、千冬の願いは聞き届けられることもなく、帰ってきた答えは『不可能』であった。
(こんな時こそ学園内の教職員たちが一致団結しないでどうするんだ!?このままでは、いずれ学園自体も空中分解は避けられなくなる!!)
思わず右手の拳に力が入る。もしIS学園が空中分解を起こしてしまえば、無論その問題は日本国内に収まらず、世界規模での混乱を誘発する事になってしまう。それだけは避けねばならない。
「それでは、失礼いたします」
「織斑先生、よろしく頼みますよ」
「…………」
千冬は学園長に返事をしないまま学園長室を出る。しかし、そのままの状態を維持するわけにも行かないため、一旦外に出るべく玄関へと足を進めた。
開戦から2週間が経過した12月上旬のある日の深夜。楯無は一人、生徒会室で各国に潜入した工作員から届けられる報告書に目を通していた。
「これは……いったい」
楯無はここ数日の数名の工作員からの不可解な報告に眉をひそめる。
「う~ん……?」
不意にマウスをクリックする楯無の手が止まる。直後、楯無は何か閃いたのか、すさまじい速さでキーボードを叩き始めた。
「やっぱり、こいつらか……」
楯無はそう呟く。同僚などの証言を照らし合わせた結果、いずれも何も無い筈の場所で青や黒と黄色のISを目撃した、と言う事実が出て来たのだ。そこに何か違和感を感じた楯無が亡国企業幹部が所持しているISの写真を添付して返信したところ、ほぼ全員がそのどちらかの機体を目撃した、との連絡を寄越してきた。
(まさか亡国企業の幹部自ら出張ってくるとはね……。これは、彼らが捜索している周辺に言峰のアジトがあると見るべきなのかしら?)
普通に考えれば篠ノ之束が死んだのなら、その技術を奪うべく行動を開始したと見るべきなのだろうが、楯無にはどうも何かが違うように思えてならない。
(今まで各国の目を欺いてのIS強奪事件や軍事施設への襲撃を行っておきながら、わざわざ私たちに見つかる様に行動する訳はないし……もう少し様子を見たほうが良いかも)
亡国企業のISを目撃した地域の工作員へは周辺の捜索を、それ以外の地域へは引き続き言峰一味捜索を続けるように指示を出した後、楯無は別の作業に取り掛かる。どうやら楯無の休息の時間はしばらく訪れそうにないようだ。