IS/Zero   作:小説家先輩

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第四十五話 兵貴神速

「198……199……200!」

 

会議の翌日、箒は朝から剣道場で黙々と素振りをしていた。と言うのも、まったく改善されない状況に耐えかねている彼女は、こうして道場で素振りをすることで気持ちを何とか押さえ込むことが習慣となっている。

 

「今日はここまでにしておくか……」

 

素振りを終えた箒は木刀を部室に戻し、自分の部屋に帰るために道場の入り口に向かう。が、入り口では複雑な表情をした簪が待っていた。

 

「やっぱり……ここにいたんだ……」

 

「……簪。どうして私がここにいると?」

 

「ちょっと前に……貴女が道場の方へ歩いていくのが見えたから……。これを……貴方に渡そうと思って……」

 

そう言って簪は手に持っていたスポーツドリンクを渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

「いいえ、どういたしまして……」

 

箒は簪の態度に困惑しながらも、素直にドリンクを受け取ると、早速口をつけた。そうして、箒はドリンクを飲み終えたところで簪に質問を投げかける。

 

「ところで、今日は一体どうしたんだ?」

 

「なぜ……そう思うの?」

 

「いつものお前らしくないと思ってな……」

 

「そう……」

 

箒の言葉に簪は返事を言い淀んでしまう。そんな簪の様子を見た箒は何かあったのではないか、と疑問を持つ。

 

「よっぽど言いにくいことなのかもしれないが、とりあえず私に話してみてくれないか?友達として何か力になれるかもしれない」

 

「…………」

 

箒の言葉に簪はしばらく迷っていたが、ようやく話す決心が付いたようで箒の方に向き直る。

 

「お姉ちゃんたちが……言峰が潜伏していると思しき場所を……見つけたみたい」

 

「それは本当か!?……しかし、なぜお前がそんな情報を?」

 

箒の言葉は最もだ。作戦の内容は千冬以下、前回の会議に参加したメンバー以外知らないはずなのだから。

 

「実は、姉さんたちの話を偶然立ち聞きしちゃってね」

 

疑いの視線をぶつける箒に対し、簪はまっすぐ相手の目を見て話しかける。一瞬2人の間に緊張が走るが、簪の真剣な眼差しに屈したのか、箒が先に口を開いた。

 

「……大切な友人なのに、疑ってすまなかった」

 

「別に構わない……。私が貴女の立場でも、同じような態度をとると思うし……」

 

「しかし、ついに言峰を討つ時が来たのか……腕が鳴る!!」

 

簪からの予想外の報告に、箒は気持ちを昂ぶらせる。ついに姉の仇討ちが出来るとなれば、それも当然かもしれない。

 

「ううん……。まだその情報が正しいかどうか分からないから……きちんと確認が取れてから動くみたい……」

 

「確認だと!?そんな事をしている間に奴が場所を移してしまったらどうするんだ!?また初めからやり直しじゃないか!!」

 

「そう……だよね。でも……私たちには……そうするしか……」

 

「くそっ!」

 

手を伸ばせば届くであろう位置に仇敵がいるのにそこに手を伸ばすことすらままならない。そして、やる気が無いとしか思えない学園上層部といつまで経っても重い腰を上げようとしない仲間。そんな状況に晒されていれば、自ずと箒の我慢が限界を迎えてしまう。

 

「―――なんだ、実に単純なことだったんだ」

 

「?」

 

「もう他のメンバーの事はあてにしない。私一人であの男を探し出す」

 

「!?」

 

突然の言葉に対し、簪は説得を試みる。

 

「……やめておいた方が良いと思う。ただでさえ情勢が不安定になっているのに、一人で行動するなんて……死にに行くようなものだから……」

 

「私だって、今から取る行動がどれほど危険かはよく分かっている」

 

「なら……なんで……」

 

「あの男は、私の姉を、世界の可能性を、そしてISの母とも言える人を殺したんだ!だから私が全人類に変わってあの男に正義の鉄槌を下してやる!!姉からもらった、この『紅椿』で!!」

 

「…………」

 

そう言うと、箒は左拳を勢い良く簪の前に翳す。そこには太陽の光を受けて輝く一対の金と銀の鈴が付いた赤い組み紐があった。そんな箒の姿を見て、簪は悟った。最早、箒の目には言峰への復讐しか写っていない。もし仮に、この場で止めることが出来たとしても、すぐに彼女は出奔するだろう。ならば、簪のやる事は一つ。

 

「それなら、私は姉さんたちに届いた情報を、出来るだけ貴女に届ける……」

 

「しかし、それではお前にも迷惑が……」

 

「大丈夫……。私も一応貴女たちの仲間だから、お姉ちゃんたちの話を知っていても怪しまれることは無い……」

 

「……すまない。恩に着る」

 

すかさず箒は簪に頭を下げた。それに対し簪は箒の手を取り両手で包む。

 

「頭を上げて……。別にそこまでお礼をされる事なんて……」

 

「そんなことはない!お前は私の大切な恩人だ!!」

 

自らの謝意を表すかのように、箒は自分の手を包む簪の手を強く握り返した。簪は、そんな箒の様子に戸惑いながらも言葉を続ける。

 

「なら、お礼の変わりに言峰を討って欲しい……。私は、貴女ならそれが出来ると信じてる……」

 

「分かった!必ずこの手で奴を仕留めて見せよう!!」

 

そう言い残し、箒は仇討ちの準備のために自分の部屋へと駆け出す。その十数時間後、箒は自分の部屋に書置きを残し、IS学園から姿を消した。

 

 

 

3回目の会議が終わってわずが2日後、総指揮官である千冬をはじめとするメンバーは再び生徒会室に集まっていた。

 

「篠ノ之が消えた!?それは本当なのか!?」

 

「そうなんだよ、千冬姉!今朝、あいつの部屋に行ったら部屋の荷物が無くなってて……。そして部屋にこれが……」

 

千冬は織斑先生へ、と書かれた封筒を空けて手紙に目を通す。が、最後まで文章を読み終えたところで、千冬は手紙を机に叩きつけてしまう。

 

「あの……馬鹿者めが……!!」

 

「それで、手紙には何と?」

 

怒り心頭の千冬に対し、切嗣はいつも通り冷静に質問を投げかける。そんな切嗣に対し、千冬は手紙を掴むと、返答とばかりに切嗣に投げてよこした。

 

『勝手な真似をして本当に申し訳ありません。姉さんが殺されて以降、自分なりに考えていたのですが、もうこれ以上は待っていられません。なので、自分の手であの男を捕まえてきます。

PS.一夏へ 私は必ず戻ってくる。だから戻ってきた暁には、是非ともまた私の料理を食べてほしい』

 

「まったく、随分と馬鹿な真似をしてくれたものだ……」

 

「私のせいだ。私があいつの事をきちんと見てやらなかったせいで、こんなことに……」

 

「いや、千冬姉のせいじゃない。俺が箒のことをきちんとフォローしてやらなかったから……」

 

千冬と一夏は自己嫌悪に陥ってしまう。しかも、一夏が千冬のことを名前で呼んでいるのを千冬が咎めない辺り、箒の出奔は2人にとって相当ショックな出来事なのだろう。一方、楯無はそんな2人の様子を黙って見守っていたが、これ以上は埒が明かないと判断し、ついに口を開いた。

 

「……彼女のことはとりあえず放置しておきましょう。それよりも、もっと重要な案件がありますから」

 

「ちょっと待ってくれよ!!それじゃ、あいつの事はもう見捨てるってのかよ!?」

 

楯無の言葉が癇に障ったのか、一夏は即座に楯無の元に詰め寄る。

 

「落ち着きなさい、一夏くん。誰もそんな事言ってないでしょう?彼女はあらゆる手段を使って連れ戻すつもりよ。だからと言ってすぐに彼女を連れ戻すことは出来ないし、彼女に割ける人的余裕はない。今の私たちは地道に出来ることをやっていくしかないのよ……」

 

「…………」

 

一夏は楯無の言葉に納得したのか、おとなしく席に戻る。

 

「……取り乱してすまなかった。更識、話を続けてくれ」

 

楯無は千冬の言葉に頷くと、手元のコンソールを操作してスクリーンを下ろす。そして間もなく3人の女性の画像が映し出された。

 

「こいつら……!!」

 

「…………」

 

「そう、貴方たちも既に知ってると思うけど亡国企業の幹部と推測されるメンバーね。左から順にオータム、スコール、Mと呼ばれています。彼らは各国の国家代表レベルの操縦技能を持ちながらも用心深く、常にツーマンセルで行動していたのですが―――」

 

そこで楯無は一旦言葉を区切って、手元のノートパソコンを操作した。すると画面が切り替わり、スクリーン上には様々な印の付いた地図が表示される。

 

「数日ほど前から単独行動をしているようです。ちなみに青色の印が“M”の目撃された地点であり、ここ最近はスコットランドで地元の過激派と接触しています。この状況であれば衛宮君の言っていた各個撃破案を採用出来ると私は考えますが……如何ですか、織斑先生?」

 

「その作戦を行うとしても、だ。……更識、このメンバーでそれが出来ると思うか?」

 

「彼らが3人揃っている状況であれば、このメンバーではまず無理でしょう……。ですが、この“M”単独であれば……勝機はあります」

 

「ほう……。ならば当然、その根拠はあるのだな?」

 

「Mを相手にする場合、彼女の持つサイレント・ゼフィルスはオルコットさんのブルー・ティアーズの発展系で武器も基本同一であり、ある程度攻撃パターンが予想出来ます。加えて彼女は組織の中でも戦闘などの実働部隊として幅広く活動し各地で目撃されており、この中では彼女が一番捕獲できる可能性が高いと言えます」

 

「……なるほど、楯無の意見は分かった。しかしそいつは組織でも実働部隊に所属する人物なのだろう?そんな人物と連絡が取れなくなれば当然敵も血眼になって探し出そうとする筈……それはどうするんだ?」

 

Mを捕縛したとしても、それを奪回されてしまえば元の木阿弥となってしまう。それ以外にも学園側の戦力概要が漏れてしまう、と言う恐れもあるため、千冬の懸念する部分はとくに慎重に吟味せねばならない。

 

「それは問題ないかと」

 

「衛宮……なぜそう言い切れる?」

 

「僕たちはスコットランドに入国後、Mが潜伏していると思しき地点にて待機。我々が動いていると悟られないようにした上で、Mを襲撃し制圧。その後速やかに予め決めておいた合流地点へ向かった上で、スコットランドから離脱する。こうすれば、隠密裏に対象を連れ出すことが出来ます」

 

「Mを襲撃し制圧……と言ったな?それはどうやる気だ」

 

楯無が言っていたように、相手は少なくとも国家代表レベルのIS操縦者である。そのような相手を襲撃した上で、制圧するなど並大抵の計画では出来るはずもないのだ。

 

「Mは常に車を使って移動していることが確認されています。故に、Mの乗った車両が通過する地点にて待機し、車両が通過するところを狙撃。その後、Mが無事であった場合にはわざとこちらの陣地まで引き込んだ上で、敵を罠に掛ける。こうすれば、近隣住民にも被害を及ぼすことなく敵を無力化することが出来るかと」

 

「この作戦が成功すれば、我々にとっても大きな一歩になります。どうか」

 

「なるほど……。では織斑、お前はどう思う?」

 

ここで千冬は今まで沈黙を保っている一夏に質問を投げかけた。いきなりの質問に一夏は若干驚いた表情を浮かべながらも、さっと思考を切り替え重い口を開く。

 

「俺も、これ以上不必要な犠牲を増やさないためにやるべきだと思う」

 

「これで3対1……ですね?」

 

「……」

 

楯無の確認に千冬は渋々頷く。これを以って、学園の精鋭たちによる本格的な軍事作戦が開始されることとなった。

 


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