土曜日、切嗣はオルコットとの試合のため第三アリーナ・ピットのピット搬入口で準備をしていた。ISを展開し、武器を取り出す練習をしているところへ━━━
「やほー、えみやん試合前だけど調子はどう?」
本音が様子を見にやって来た。
「……布仏さん。準備は出来てるよ」
「そっかぁ。よかった、会長も切嗣くんのこと気にかけてたしね」
「え?楯無先輩が?」
切嗣の発言に本音はため息をつきながら返事をする。
「……あちゃ~。この分じゃ会長もまだまだ先が長いかな」
「?」
本音の発言の意味を理解できずにいる切嗣であった。
その後、二人がとりとめのない話をしているところへ千冬と真耶が現れる。
「衛宮、ピットに入る準備をしろ。そしてセシリアにやられてこい」
「……え、衛宮くん。頑張ってください!先生としてどっちかを応援することは出来ないけど、衛宮くんならやってくれると信じていますよ!」
切嗣は千冬と真耶から激励をもらったが、激励と言っていいのか疑問が残る千冬の発言に切嗣も思わず苦笑を浮かべる。
「……お前、今失礼なことを考えただろ」
そんな切嗣の苦笑に気づいた様で、千冬が指摘してきた。
「いえ、別に」
切嗣がカタパルトに足を装着しながら返事をすると、
「……まあ、いい。ところで衛宮」
「?」
「健闘を祈っているぞ」
千冬から意外な言葉が帰って来る。切嗣は一瞬驚いた表情を浮かべるが、振り返らずに右手を挙げて彼女の言葉に答える。
「……了解。衛宮切嗣、出ます」
そして切嗣はアリーナのピットへ飛び出した。すでに切嗣の思考は“仕込み”の発動タイミングの計算に切り替わっていた。
切嗣がピットに飛び出すと、そこには蒼いISに身を包んだオルコットが待っていた。
「ようやく来ましたわね、衛宮切嗣。」
「?」
「私個人としては貴方と戦いたくはないのですが……。しかし、やる以上は全力で戦いますわ!!」
その直後、開始の合図とともに響くキュインッ! と言う耳をつんざくような独自の音。それと同時に走った閃光が切嗣を撃ち抜く。
「くっ!?」
直撃はなんとか避けれたものの、切嗣の機体の装甲の一部が剥がれ落ちる。
「直撃は避けたようですわね。いつでも降参してもいいんですよ」
「悪いが、一度始めた戦いを降りるつもりはないよ」
「貴方ならそういうと思ってました」
セシリアは微笑むと四つのビットを展開し、銃を構える。
「では、このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で踊っていただきますわ!」
「ダンスの経験はないんだけどね」
「安心してください。今回はわたくしがエスコートして差し上げますわ」
繰り出される雨のごとく降り注ぐ攻撃をなんとか躱しているものの、全弾を回避することは出来ずに、少しずつではあるが確実にシールドエネルギーが削られていく。
ビットは操縦士の指示がなければ動くことはなく、四つものピットを同時に制御するとなると相当の集中力がいる。すなわち、ピットでの攻撃をしている間、セシリアはほかの攻撃を一切できない。さらに、切嗣の周りを囲んでいるビットは真後ろや真下といった彼の反応が一番遠い角度のみを狙ってきている。これならばどこに飛んでくるかを自分で誘導することができる。切嗣は徐々に彼女のISの特性を掴み始めていた。
「とはいっても、やはり四つ同時となるとキツイな……。だが、まだだ。もう少し誘導しないとな」
切嗣の視界には初撃で剥がれ落ちた装甲が映っていた。
「すごいですねぇ、衛宮くん」
ピットで二人の戦闘を見ていた山田真耶がため息混じりにつぶやく。
「そういえば、山田くん。君はたしか入学試験の時に彼に負けていたよな」
「うう……まさかあの状態で躱されるとは思っていませんでしたから……」
「回避が上手いだけでは勝てんがな。しかし、あれだけのことをやっておきながらなぜ最初の一撃は躱せなかったんだ?」
「急だったからなのでは?」
「どうなんだろうな……」
千冬は真剣な面持ちで切嗣と切嗣の機体から剥がれ落ちた装甲を見ていた。
「初見でここまでブルー・ティアーズの猛攻に耐えたのはあなたが初めてですわ」
「それはどうも」
フィン状のパーツに近接レーザーの銃口が開いている。その兵器は、ややこしいことに『ブルー・ティアーズ』というらしい。
正確には、『ブルー・ティアーズ』という特殊装備を積んだ実戦投入一号機だから、機体にも同じ名前がついているらしい。
「ではエンディング、と参りましょう」
セシリアが笑みを浮かべながら右腕をかざすと、命令を受けたビットが多角的な直線軌道で切嗣に向かっていく。
「そうだね。そろそろ終わりにしよう」
「?」
切嗣は『仕掛け』を起動する。その瞬間、アリーナに爆発音が響く。戦闘開始直後に剥がれ落ちた切嗣の機体の装甲、それが突然爆発した。
「なっ―――!?」
予期せぬ爆発に驚き、セシリアに致命的な隙が生まれた。
その隙をついて切嗣は両手に持っていた二本のナイフ型ブレードでビットを切り裂き、一気に間合いを詰める。
「くっ……!」
間合いに入られ、セシリアは後方に回避する。その隙に切嗣は停止していた残りのビットを切り裂いた。
ピットを切り裂いた後、切嗣はすかさず追い討ちをかけ、銃のみになったセシリアめがけて斬りかかる。
「━━かかりましたわね?」
その時、セシリアがにやりと笑う。彼女の腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れて動いた。
「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!」
先程までのレーザー射撃を行うものではなく、固定型のビット。ナイフしか展開せずにセシリアに突っ込んだ切嗣にとっては致命的な状況になるはずであった。
「これで本当のおしまいですわ……っ!?」
セシリアの勝ち誇った声と共にビットからミサイルが放たれることは━━━なかった。ミサイルが発射する寸前に切嗣が投擲したナイフがセシリアのピットに突き刺さり、誘爆したのである。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
セシリアは腰のあたりから、火花を散らしながら地面に落ちていった。
「やりました!衛宮くんが代表候補生のオルコットさんに勝っちゃいましたよ!」
「まさか、本当に衛宮が勝ってしまうとはな……。さて、我々も生徒たちのところに向かうとしよう」
そう言うと、真耶と千冬はモニタリングルームを出た。
授業が終わり、オルコットは更衣室で着替えながら、先ほどの戦いのことを思い出していた。衛宮切嗣。男性でありながらISを駆使し、代表候補生であるセシリアをあと一歩というところまで追い詰めた人物。そして、オルコットが今最も関心を寄せている人物でもある。
彼は一夏や本音といつも一緒にいる。しかし、オルコットから見るとその表情はどこか儚げで、ふと目を離したすきにどこかに消えてしまいそうに見えた。
(あの方はなんと悲しい目をしていらっしゃるのでしょう……)
そして彼女の足は、自然と切嗣のもとへ向かう。
「……少し、よろしいでしょうか?」
「?」
「ここでは話しにくいことなので、後ほどクラスに来てもらえますか?」
「……分かった」
放課後、切嗣はセシリアに呼び出され一組に来ていた。
「それで、話というのは?」
「ええ。その事なのですが……」
セシリアは何故か顔を赤くして言い淀んでいた。切嗣は不思議に思いながらも彼女が言い出すのを待つ。
「こ、これから貴方のことを名前でお呼びしてもいいですか?」
切嗣はしばらく考え込んで、返事を返す。
「ああ、僕は別に構わない。よろしくな、オルコット」
するとセシリアはむっとした顔で答える。どうやら切嗣が名前で呼んでくれないことが不満のようである
「なぜ私だけ名前で呼んで、貴方は名前で呼んでくださらないんですか!?不公平ですわ!!」
「……それはすまない。そういうことでこれから宜しく頼む、セシリア」
「!!ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、切嗣さん」
切嗣の答えに満足したのか、セシリアは満面の笑みで答えを返した。
「切嗣くん、恐ろしい子!」
一方その頃、帰宅途中の2年生が一年の廊下の隅で扇子を出して意味深な笑みを浮かべている生徒会長を見たとか見なかったとか
翌週の月曜日の昼休み、一組では代表についての話し合いが行われていた。
「オルコットと衛宮は土曜日の試合でISを激しく損傷したせいで、代表戦に間に合わなくなってしまった。よって一組の代表は織斑とする」
「ちょ、千冬姉!俺はろくにISを操作することは出来ないんだぜ!だからクラス代表なんて無理だって!!」
一夏が即座に反論する。確かに、戦ってもいないのにいきなりクラスの代表に祭り上げられた本人としては溜まったものではないだろう。
「ほう?教師の決定に逆らうというのか、織斑。あと、学校では織斑先生と呼べといったはずだが」
一夏の頭に出席簿が炸裂する。一夏は頭を押さえて呻いていた。
「これはすでに決まったことだ。誰かこの決定に不服がある奴は私のところまで来るように、以上」
もう用はないとばかりに千冬は教室を出ていった。
「助けてくれよ、切嗣」
千冬が去ったあと一夏は切嗣に助けを求める。
「すまないが、現在ISを使えない僕らでは何もすることが出来ないんだ」
「だったら、私たち専用機持ちがISの操作を教えたりすることは出来ないでしょうか?一年の中ではたった3人の専用機持ちなんですし」
「その情報、古いよ!」
聞きなれない声がしたので、切嗣たちは声が聞こえた方向を向く。そこには━━
「中国代表候補生、凰鈴音!明日からこの学校に転入することになったからよろしくね」
中国からの転入生がいた。
放課後、授業が終わり切嗣がカバンの中に荷物を入れて寮に帰ろうとしていると、一組のドアが開き2年生が教室に入ってきた。
「衛宮切嗣くんに織斑一夏くんとセシリア・オルコットさん。はじめまして。私は新聞部で部長をやっている二年生の黛 薫子です。今からクラス代表決定戦のことについて取材をしたいんだけど、時間は大丈夫かな?」
「俺は大丈夫です」
「僕も大丈夫です」
「私も大丈夫ですわ」
「オッケー。それではまず衛宮切嗣くん、君はイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットさんと対決してギリギリだったけど彼女に勝ったんだよね?その時の状況を詳しく聞かせてもらえるかな?」
「……別に特別なことをしたわけじゃないですよ。唯唯必死でやっていて、その時の状況が僕にとって少しだけ有利に働いていたと言うだけですから」
「うーん、なんか釈然としないけど……まあいいや。それでは今回クラス代表になった織斑くん。代表として何か一言!」
「まあ……頑張ります」
「えぇ!?なんかもっといいコメントないの!?」
「自分……不器用ですから」
「うわぁ……。まいっか、ない場合はこっちで適当にでっち上げておけばいいし」
「では私の番ですわね。今回、私がなぜ織斑さんや切嗣さんと同様にクラス代表に立候補したかというと━━」
すると。黛の眼鏡が怪しく光る。
「……ほほぅ?会って間もない仲のはずなのに衛宮くんを下の名前で読んでいるとは……」
「これはクラス代表なんかよりもっと面白い記事が作れそうな予感。面白そうなのでたっちゃんにも報告しておこっと♪」
「……何を考えているのか知りませんが、僕と彼女は貴方が思っているような関係ではな━━━っ!」
切嗣は右足のつま先に痛みを感じて下を見ると、セシリアがつま先に全体重をかけ、切嗣のつま先を踏んでいた。
(いきなり何をするんだ!)
切嗣は怒りを込めてセシリアを睨むが、セシリアはそんな切嗣に満面の笑みで返す。黛はそんな切嗣とセシリアの行動を呆れ顔で見ていたが、このままでは話が進まないため、2人に声をかける。
「……はいはい、ごちそうさま。それよりこの3人で記念撮影をしたいんだけど」
「では私は切嗣さんの隣に「それじゃあ、一夏くんを真ん中にして二人はその隣に並んでもらえるかな?」ちょっと!?」
「僕は別に構わないが……」
「それじゃあ三人とも右手を前に出して相手の手に重ねて、こっちを見てくれるかな?」
するとクラスメイトが全員3人のところに集まってきた。
「なんですの!?全員で集まっては暑苦しいではありませんの!!」
「まあまあ、今回はおめでたいことなんだから堅苦しいのは抜きで行こうよ、せっしー」
「せっしーって……。もう、いいですわ」
「はーい、それじゃあ写真を撮りまーす。35×51÷24は?」
「…………」
「えっと……2?」
「ぶー。正解は74.375でした」
パシャと言う音の後にフラッシュが焚かれる。
「え~……」
一夏の不満の声はほかのクラスメイトの歓声にかき消された。