風見幽香に転生した私は平和を愛している……けど争い事は絶えない(泣)   作:朱雀★☆

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第四話・吸血鬼と花妖怪

 あぁ、なぜ私はこんな所にいるんだろう。

 なんで争い事嫌いなのに争ってるんだろう。

 平和を、癒やしを、誰かプリーズ……。

 

「はぁ……」

「溜め息を吐くなんて随分と余裕ね」

 

 盛大な溜め息を吐く私に、目の前の少女は腕を組んでこちらを睨みつける。

 そんなの知った事か。私は今、現実逃避で忙しーの。

 

 それにしても、どうしてこうなったのだろう。私の役目は確かに出会ったやつを片っ端から倒すのが私の役目だ。けど、吸血鬼、つまりレミリアを相手にするのはゆかりんの仕事、まさかゆかりんが負けた、なんてあるわけがない。

 また良からぬことでも企んでいるのかな……。

 

 ゆかりんの、あの人を試すような真似をするの、出来たらやめてほしいものだ。試される方はたまったもんじゃないんだからね。

 

 はぁ、考えていても何も解決しないし、目の前の厄介事をなんとかしないとダメか。

 

 全くもって、憂鬱である。

 

「小さな吸血鬼さん、なぜそこまでムキになっているの?」

「あの胡散臭い妖怪が私よりもアンタの方が強いとかふざけた事を言っていたからね。試しに来たのよ」

 

 不機嫌を隠そうともせずに言うレミリア。私は思わず目を隠すように片手で覆う。

 やっぱりゆかりんのせいか。九十九%ゆかりんのせいだと思っていたけど、残りの一%は違うかも知れないと考えていたのに。

 

 裏切られた気分だよ!

 

 全然信じてないとか思う人、ゆかりんを信じるって相当お人好しじゃないと無理だと思うからね?

 

「質問があるわ。その胡散臭い妖怪とは戦わなかったの?」

「……戦ったわ。忌々しい事にこの私の敗北を喫する形でね。そこで面倒な契約をしたし、侵略も終わったわ」

 

 ふむ、どうやらゆかりんはちゃんと仕事を果たしたようだ。

 何故この目の前の小さな吸血鬼を煽る行為をしたのかは不明だけど。

 

「それなら私はここにいる意味はなさそうね。帰るわ」

「逃げるの?」

「貴女と戦う意味がないわ」

「貴女の意思は関係ない。私が決めるのよ」

 

 レミリアは妖力を開放し、場が圧迫感に支配される。

 いやもうホント勘弁してよ。私は早く花畑でこの荒んだ心を癒やしたいのに。

 

 て言うかさ、咲夜かパチュリーもなんでこの暴走ガールを止めないのさ。パチュリーにいたっては自分の周りだけ結界張って読書に勤しんでいるし、咲夜は涼しい顔でその結界に逃げてるし、静観する気まんまんだなおい!?

 

「さぁ、諦めなさい。貴女はここで人生を終えるわ」

 

 コウモリの翼を大きく広げ、宙に浮かんだレミリアは私を見下しながら言葉を吐く。

 もう、戦いたくないとか言っても無理そうだな……仕方ない。レミリアが満足するまで相手をするしかないかな。

 

「“子供”の相手をするのは大人の役目ね。仕方ないから相手をしてあげるわ」

 

 おぉう、相も変わらず私のこの口は敵を挑発するような言動を吐くね。

 

「その余裕な態度、いつまで持つのか楽しみね!」

 

 人間の目ならレミリアが消えたように見えたことだろう。それほどまでに早い動きで私に肉薄するレミリアに、私は真正面から受けて立つ。

 

 ズンッ! と、重い音が大図書館内に響く。

 その音の正体は、レミリアから放たれた拳を片手で受け止めた瞬間に起きた衝撃音だ。

 

「やるじゃない。私のスピードとパワーに真っ向から受け止めるなんて」

 

 どこまでも傲慢な少女だ。自分の力に絶対の自信を持つからこその余裕、流石は吸血鬼、流石はレミリア・スカーレットか。

 

 それならその自信を折るまで。

 

「それで本気なの? だとしたらガッカリね」

 

 わざとらしく心底残念な声で私はレミリアに言い放つ。

 

「ナメるなっ!」

 

 安い挑発にレミリアは激高し、空いた手で私の頬に向かって拳が振るわれる。

 私はそれを“敢えて”何もせずに受ける。

 

 頬にトラックが衝突したんじゃないかと思うほどの衝撃がくる。これがそこらの妖怪または人間なら首から上は吹き飛んで消えていただろう。

 

 それを私は見事受け止め、まるで全然効いていないというように笑みを作り、レミリアを見る。

 

「吸血鬼といってもこの程度ね」

「減らず口をたたくな」

 

 はい全くその通り、痛すぎて涙流すのを必死に堪えてるのでいい返す言葉もない。

 

「なら、証明してあげるわ。貴女の攻撃が効かないと言うことを」

 

 けど我慢すれば私の“勝ち”だ。だから、私はレミリアにある提案をする。

 

「貴女の攻撃をこれから全て受けきる。勿論防御もしないし、制限時間もないわ。ちょっとしたゲームよ、どう?」

「アンタ馬鹿? それともさっきの攻撃で頭がイカれた? そんな提案をしてアンタにはなんの得もないじゃない」

 

 呆れた視線を送ってくる少女に、私は笑みを深める。

 

「なに? 怖いの? 自分の力に自信がないのかしら?」

「……いいわ。その提案乗ってあげる」

 

 私の言葉を聞いたレミリアの瞳は一層冷徹になり、表情をなくす。

 

「馬鹿な提案をしたとアンタは後悔する。やめてと言っても私はやめないわ」

「寧ろそれを言わせて見なさい。やれるものなら……だけど?」

 

 私の言葉が終わると同時にレミリアの猛攻撃が始まる。

 

 顔を集中的に殴られ、強烈な蹴りは肉を抉る。

 嵐のような連撃に、私はただ耐える。

 

 

 

 時間にして数分、その間レミリアの攻撃を受け続けた私の身体は一度足りとも後ろに下がっていない。

 

「もう終わりかしら?」

 

 服は破れ、口から血が流れていようと、私は笑みを浮かべる。

 その姿に、レミリアは初めて驚愕の表情を見せ、少し顔を強張らせる。

 

「痩せ我慢してないで降参したら?」

「別に痩せ我慢なんてしていないわ。ほら、ゲームは始まったばかりよ? 続けましょう」

 

 腕を広げ、私はただゲームを続ける様に言った。

 レミリアは戸惑いを見せ、焦りを見せる。

 

 それはそうだろう。自分の全力の攻撃を無防備に受け続ける事が出来る敵など、いなかったはずだ。

 いても一撃か二撃か、手で数える程度なのは想像に難くない。

 

「どうしたの? ほら、遠慮無く来なさい」

 

 頬に指を当てて、ここに拳を撃ちこめと私はレミリアに言う。

 けれど、レミリアはその挑発に答える気配がない。

 その代わり、小さな、それこそ囁く程の声で、何かをブツブツと言っている。

 

「そんな、こんなこと、ありえない。ありえるはずがない。私は誇り高きスカーレット家当主よ。こんな奴に、負けるなどありえないっ!!!」

 

 最後の方は絶叫に近い。後方に飛び、レミリアは妖力を一点に集め、形を作り出す。

 それは紅い槍、少女の身体の倍以上もある巨大な紅い槍。

 

 ――神槍『スピア・ザ・グングニル』

 

 少女は全ての妖力をその槍に込め、私の身体に向けて投げ込む。

 直線に投げ込まれた神槍はわたしの胸に吸い込まれるように進み、抵抗もなく肉を裂き、骨を断ち、貫く。

 

「はぁ……はぁ……これで、終わりよ」

 

 肩で息をするレミリアは、初めて大きなキズを私につけることが出来て、失いかけていた自信を取り戻したのか、勝ち誇った顔をする。

 

 神槍を胸に貫かれた時に下がってしまった顔を、私はゆっくりと上げ“変わらぬ笑み”を浮かべる。

 

「次はどんな攻撃をするのかしら?」

 

 どこまでも平気な顔で、まるで効いていないと言うように言ってのける。

 怪我を負っている、それも胸を貫かれるという酷い傷を受けているのだ。そんなもの痩せ我慢であると、冷静に考えればわかるはずだ。

 

 だが――レミリアにはその冷静な考えが出来なくなっていた。

 

「……こ……よ」

「ん? 何か言ったかしら? よく聞こえなかったわ」

 

 ふるふると震えながら、少女は振り絞るように言葉を吐く。

 

「降参よ!! これでいいんでしょ!?」

 

 若干涙目で叫ぶように放った言葉に、私は小さく、レミリアにバレない程度に安堵の息を吐く。

 

「そう、それじゃあ私の勝ちね」

 

 疲れた声で私は言い、いつの間にか胸にあった神槍が消えていることに気づく。つかめっちゃ痛い。

 

 今回は少し無茶をしすぎた。

 けど、これでレミリアはしばらく大人しくなるだろう。

 プライドを砕かれ、自身の力ではどうすることも出来ない相手がいる事を知った。

 もしかしてゆかりんは自分以外でこういった強力な妖怪の抑止力が欲しくてこんな回りくどい事をしたのだろうか。

 

 なんだかありえそうだ。

 

「それじゃあ私は帰るわ」

 

 大きな傷があるとは思えない軽やかさで、出口に向かう。

 

 

 

 花畑で休もう。今日は疲れた。

 

 

 

 

 

 

 風見幽香がいなくなったのを確認したレミリアは、その場に崩れる。

 

「お嬢様!?」

「大丈夫よ。咲夜」

 

 頼りない声音に、咲夜は心配そうな顔をする。

 

「なぜ一人で挑むと言ったのですか。私の力があればもっとやりようはあったでしょう」

「二体一なんてそんな卑怯をすればスカーレット家の名に傷ができるわ。でも、流石にここまでの力の差があるとは、思わなかった」

 

 苦笑する目の前の主人に、咲夜は困った顔をする。

 

「レミィ、この結果は“見えて”いたの?」

「いいえ、何も見えてないわ。だからこそ挑んだのよ。結果は惨敗。敵は私に攻撃をせずに勝った。忘れ去られた妖怪と聞いて弱った妖怪しかいないと思っていたけど、それは間違っていたわね」

 

 悔しそうに手を握るレミリアに、パチュリーは頷く。

 

「そうね。あの妖怪は危険だわ」

「えぇ。単純な力だけじゃない。妖怪としての格が違う。正直、二度と戦いたくはないわね」

 

 無意識に身を震わせるレミリアに、パチュリーは同意するようにもう一度頷き、最後まで余裕の笑みを浮かべていたあの妖怪が出て行ったところを見つめる。

 

 

 今日、この日、紅魔館に多大な損害を与え、レミリアの心を折るという事を成し遂げた風見幽香という妖怪に、紅魔館のメンバーは畏怖を覚えさせられた。

 

 

 だが、そんな事も知らずに幽香が紅魔館に遊びに行って、紅魔館が騒がしくなるのは、少し先の未来。


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