風見幽香に転生した私は平和を愛している……けど争い事は絶えない(泣) 作:朱雀★☆
「紫様、お茶です」
「ありがとう藍」
静かな空間に包まれた居間で、私と紫様はお茶を飲みながらゆっくりとしていた。スキマを覗きながらだが。
「紫様、なぜ幽香にあのようなことを?」
レミリアと幽香の戦いが終わったのをスキマから確認した私は、紫様に問う。
紫様の考えることはわからないことが多い。従者である私は紫様の考えることを誰よりも理解しなければならないが、まだ私が未熟ゆえに、それが出来ない。
まだまだ精進が必要だな。
「幽香の事を知りたかったから、かしらね」
優雅な動作で扇子を開き、それで口を隠しながら紫様は言葉を吐く。
「幽香の事を知りたかった、ですか……?」
「そうよ。幽香はどんな考えをしているか、どれほどの力を持っているか、幽香に関する事をもっと知りたいのよ」
紫様は楽しそうに目を細める。
その様子に、私はなんとか溜め息を吐くのを我慢する。
困ったことに、紫様は幽香の事になると暴走するのだ。それも毎回。
私としてはその暴走は即刻やめていただきたい。幽香に会う度に私の胃がキリキリとするのだ。正直生きた心地がしない。
幽香は普段は優しく穏やかだ。長年生きた妖怪だからこその余裕があるのだが、一度でも怒りを買えば対応は大きく変わる。
因みに、彼女を怒らせた者が絶対に口にするのは“風見幽香”は絶対に怒らせてはならない妖怪である。ということだけだ。
どんな目にあったかは明確には聞いたことはないが、想像を絶する体験をしたのだろうな。
「幽香の事でなにかわかりましたか?」
「……変わらない、そう、幽香は昔から何も変わっていないと言うのはわかったわ」
「昔……紫様が出会った頃の幽香は今とそれほど変わらないのですか?」
それはちょっとした好奇心。
紫様が初めて会った頃の幽香はもしかしたら今とは少し違うかもと、ちょっとした期待があった。先ほど昔から変わらないと紫様は言っていたが、流石になにかしら変わっている部分はあるはずだと思ったのだ。
「そうねぇ、どれぐらい前だったかしら?」
紫様の口から出てきたのはそんな言葉だった。昔を思い出すように視線を上に向け、扇子を膝に下げて、遠くを見ながら懐かしむように笑みを作る。
「幽香は今も昔もちっとも変わらないわ。誰にも媚びず、どんな妖怪よりもただただ強く、その笑みは木っ端妖怪、人間を恐怖させていたわね。それでも歯向かうものには容赦なく恐怖のドン底に落とし、二度と歯向かおうなどと思わせない様にしていたわ」
「幽香は今も昔も本当に変わらないのですね」
少し期待していたが幽香は今も昔も本当に変わっていないようだ。心の中で残念に思いながら私は苦笑気味に言うと、紫様は同じように苦笑する。
「幽香は一貫した態度を崩さないわ。どんな相手であろうと恐怖も怯えも見せない。けれど、そんな彼女の事を、偶に人間臭く感じる時があるわ」
「人間臭い、ですか」
「えぇ。妖怪である私達の多くは身勝手で人間の都合なんて考えなければ価値観も違う。そうでしょ?」
突然違う話題で問いかける自分の主に、私は無言で頷く。
「そう、人間と妖怪は根本的に違う。人間は殺すことに忌避感を感じるけれど、妖怪は殺す事に忌避感など感じないわ。なのに、幽香はどこか、殺すことに忌避感を感じているように思えるのよ」
紫様の口から放たれた言葉を理解するのに数十秒掛かってしまう。その間、私は頭の天辺から足のつま先まで微動だにせず、紫様を見ていた。
“あの幽香”が殺す事に忌避感を感じているなど、私にはどうしても思えない。
頭の中でそんな事ばかりが思い浮かぶ。紫様は私の考えなどお見通しなのか「しょうがないわね」と、溜め息を吐きながら言葉を続けた。
「今回の事件で戦った幽香の敵はどうなったか、そして、私は幽香にどんな頼みをしたのか思い出してみなさい」
答えを言わず、自分で考えなさいと紫様は言うと、そのまま黙りこむ。恐らく私が正解の言葉を導き出すまで待つということなのだろう。
それなら私はその期待に応えなくては。
まず、幽香と戦った相手がどうなったか、だな。門番は幽香の手で半殺しにされた。その次の魔法使いは魔法を全て無効化されて持病の喘息で降参。最後に吸血鬼レミリア・スカーレットも魔法使い同様降参して終わった。
紫様は幽香に敵を見つけ次第殲滅と言っていた。
……なるほど、幽香は殺すことに忌避感を感じていると言う紫様の気持ちが少しはわかった気がする。何故なら紫様は『敵を見つけ次第殲滅しろ』と、確かに言ったはずだ。
だが、幽香は敵を無効化こそしたが殺していない。それも誰一人としてだ。
私は自分の中で整理した答えを口にする。
「殺すことなど容易い筈の力を持ちながら今回敵対した相手を殺さずに無効化した幽香は、確かに見方によれば殺すことに忌避感を感じているかも知れません。ですが、彼女からしたらあれは遊びだったかも知れませんよ?」
「その考えもないとは言わないわ。それが今回だけの話しなら、私もこんな事を考えたりしないわよ」
再び扇子で顔を隠す紫様は、そのまま話を続ける。
「幽香が誰かを死に追いやった所を、私は見たことがないわ。妖怪も人間も、大怪我をすることはあっても死ぬほどではなかったのよ。ねぇ、藍。これを聞いても幽香は殺しに忌避感を感じていないと言えるかしら?」
「それは……」
それ以上私の口から言葉が出なかった。
紫様はそんな私に、気にした様子もなく話を再開する。
「幽香は殺すことに躊躇しているようにも見えるわ。更に言えば、人間に見えないように手助けをしている所を私は何度も目にしているのよ。もしかしたら人間の男に“恋”をしていたかもしれないわね。私にはその気持ちがわからないから断言は出来ないのだけど」
紫様の口から出てくる言葉はどれも信じられないような内容で、私の脳内は混乱していた。
幽香は紫様と同等の存在で、人間だけでなく同じ妖怪にも恐れられる存在。その彼女が人間の男に恋を抱く? 人を助ける? およそ信じることなど出来ないものばかりだ。
私の主である紫様は様々な者に胡散臭いと言われている。それは紫様がよく言葉遊びをしている事が原因で、相手に真実も伝えるが嘘も伝えるからだ。
だが、いま紫様が話していることが嘘偽りがないとしたら、私は幽香の見方が大きく変わるだろう。
「紫様が幽香の事を人間臭いというのはそういった事を見たからだったんですね」
「そうなるわね。と言っても、そう思うだけで私の推測が正しいとも限らないわ。人間に恋をしていたというのも間違いの可能性だってあるわ。いえ、間違っている可能性の方が大きいかも知れないわね。幽香の表情を見ても何か変わった所があった訳でもなかったし……結局のところ想像の域を出ないのよね~」
扇子で口元を隠しながら欠伸を噛み殺し、紫様は言った。
つまるところ、全てが想像の中で、それが事実だと証明するには証拠が不十分なのだ。彼女が人間に優しくするのだって気まぐれの可能性は高い。紫様が見たのが偶々そういう現場だったと言われれば何も言えない。
妖怪や人間を殺さないのだって彼女が優しいのではなく、恐怖を植え付けるためと言われれば納得してしまうだろう。寧ろ、私はそれが目的ではないかと思ってしまう。
「わからないから今回の事件を利用して少しでも知りたかった。そういうことなんですね?」
「えぇそうよ~最初に言ったでしょ? 幽香の事を知りたかったからって……まぁそれだけじゃないけど」
「まだ何かあるんですか?」
「幽香の方はついでよ。何かわかればいいなぁ~って程度、本命はレミリア・スカーレットよ」
「あの吸血鬼ですか?」
私の問に紫様は扇子を閉じ、真剣な眼差しを私に向ける。
「藍はレミリアをどう見ているのかしら?」
「そこそこ力のある妖怪だと思っています。もう少し成長すれば幻想郷の力関係のつりあいがとれる者の一人になれるかと。ただプライドが高く傲慢なところは目に余りますかね」
「悪くない回答ね。けど、私が求めていた回答とは違うわ」
どうやら紫様が納得する回答を出来なかったようだ。無念。
項垂れる私に紫様は閉じた扇子で一度頭を叩かれる。地味に痛いです……。
「藍、項垂れていないで聞きなさい。これから話すことは大事なことよ?」
「うう、はい。紫様」
「よろしい。それで、話の続きだけど、レミリアにはある能力があるのは知っているわね?」
「運命を操る程度の能力、ですね」
「そうよ。自慢気に言うレミリアはやはりまだおこちゃまだったけれど、あの能力を甘く見てはダメよ」
紫様の言葉に私は少し疑問が残る。レミリアは確かに運命を操る程度の能力という一見反則的な能力に思える力を持っているが、実際はそこまで万能な能力ではなかったのだ。
相手の運命を直接変えるような真似はどうやら出来なかったようだし、未来予知というのも確実ではないようだ。もしそんな事が出来れば紫様や幽香に敗北するはずがない。
「紫様、レミリアの運命を操る程度の能力は完全ではなく、そこまで警戒するほどでもなかったかと思うんですが」
「確かに“今は”まだ警戒するほどの能力ではないわ。それはレミリアが能力を操りきれていないからよ。長い時が経てば、レミリアは能力を完全にものにするでしょうね。まぁ、それでも運命を自在に操る事は不可能だと断言できるけど」
「でしたら尚更そこまで警戒することもないのでは?」
「完全でなくてもある程度操ることが出来ればそれだけで脅威になる可能性が高いわ。いつも最悪な事態を想定しておいたほうがいざという時に冷静に対処ができるものよ?」
いつもの変わらない笑みを作りながら言う紫様だが、一つ、言わせて欲しい。
その最悪な事態を想定しているのに、その状況を面白おかしく引っ掻き回しているのはどこの何方か問いたい。
だが言ったところで無意味なことは知っている。紫様は面白ければそれでいいなどという考えを持っている困った主なのだ。
今も紫様は私に良いことを言ったと誇らしげに胸を張っている。確かに言っている事は正しいのだが、紫様が言っても説得力がないのだ。
もう慣れてしまったので口にこそしないのだがな。
「わかりました紫様、ではこれから紅魔館を監視しようかと思います」
「ずっとじゃなくていいわ。偶に観察してなにかしでかしそうなら私に言いなさい。いいわね?」
「御意に」
私が了承すると、紫様は立ち上がる。
「それじゃ、時間もそろそろ良さそうだし、博麗神社にいくわよ。これからの事を話し合わなければいけないわ」
鼻歌を歌いそうな雰囲気で言う紫様は、スキマを作り、サッサと行ってしまう。
全く、どこまでも自由なお方だ。