やはり俺の日常は酷くまちがっている。   作:あきさん

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これ単体でも読めますが、とある過去作を読んでいたほうがより楽しめるかなーって。
そちらを既読の方はアフターやらアナザーやら。そんなイメージでお読みくださると幸いです。


十年後、川崎京華はその想いを一人枝折る。

  +  +  +

 

 今でも覚えてる。

 一つ一つ、全部、はっきりとまではいかないけど……それでも、あたしは覚えてる。大切なところは、ちゃんと思い出せる。

 あたし用に用意されたアルバムを一冊一冊、順番に眺めては懐かしみ、しまわれていた場所に戻しては噛みしめ、また次のものに手を伸ばし――そして、その“終わり”を避けるかのように、最後のそれを開くことなく、最初のアルバムへと帰ってくる。

 そんな思い出巡りを、あたしは、何度も何度も繰り返していた。

 

『京華 保育園』

 本の背にそう書かれている、一番初めの、ある意味じゃ原点ともいえるアルバム。だって、あの人――はーちゃんとの出会いも、ここだから。

 といっても、前半だけ見れば、どこにでもある普通の家族アルバムだと思う。……まぁ、あたしとさーちゃんのツーショットが多すぎるところは普通じゃないような気もするけど。

 でも。

 そんな、どこにでもある、普通の家族アルバムが。

 ページの後半に進んでいくにつれて……ちょっとずつ、変わっていく。

 

 たとえば。

 恥ずかしいのか、単に慣れてないのか、ちょっと見切れてたり。

 あたしにぐいーっと引っ張られているせいか、変な体勢になってしまってたり。

 さーちゃんが怒ってるのか、びくっと驚いた顔してたり。 

 ちょっぴり困った顔で笑いながら、あたしを肩車してくれてたり。

 ……みたいな感じで、何かがズレてたり微笑ましかったりと映り方はいろいろあっても。一枚、また一枚と、はーちゃんも一緒の写真が増え始めていって。

 確か、このくらいの頃から、それも当たり前になっていったんだ。

 だから、幼かったあたしにとってのはーちゃんは……たぶん、お兄ちゃんのような存在として認識してたと思う。

 きっと、それははーちゃんも、同じ。

 その関係性は、今も変わらない。

 十年経った今でも、それは変わらない。

 だからこそ、今は――それがとにかく、悔しい、かな。

 

 …………。

 

『京華 小学校①』

 保育園を卒園して間もなく、あたしは小学生になった。

 さすがに入学式の時は写ってなかったけど、それ以降、運動会や学芸会といった行事の時なんかは必ずといっていいくらいに、あたしとはーちゃんは写真の中で一緒だった。

 ただ、保育園の時と全然違うのは――二人の、心の距離。でも、その相手は、はーちゃんにべったりくっついているあたしじゃなくて……。

 当時は、なんか二人が前より仲良くなってるーとか。はーちゃんがいっぱい遊びに来てくれて嬉しーとか。ほんとに、そのくらいの、子供らしい見方で。

 

 それだけに――。

 

 さーちゃんが、あたしたちにしか見せない顔を、はーちゃんにも見せるようになったこと。

 また、あたしたちですら見たことない顔を、さーちゃんが見せるようになったこと。

 

 それらが、一体何を意味しているのか。

 それらが、二人の間で、どんな関係の変化が起きたからなのか。

 それらは、未来のあたしにとって、一体何を意味しているのか。

 それらは、将来のあたしにとって、どんな結末を迎えてしまうのか。

 

 幼すぎたあたしは、何も知らなかった。

 まだ、何も、わからなかった。わかっていなかった。

 

 …………。

 

『京華 小学校②』

 好きに嫌いに、恋や愛。

 誰が誰を好きなんだだとか、誰が誰に告ったらしいだとか。

 あたしのクラスでも、そういった話を耳にすることが日に日に多くなっていった。進級すればするほど、話の種として蒔かれることが多くなっていった。

 どこかからそれに関係する単語が流れてくるたび、みんなはわーわーきゃーきゃー面白そうにしゃべっていたけど……逆にあたしは、その手の話が苦手だったっけ。

 だって、何が面白いのか全然わからなかったから。まだ、どうにもぴんとこなかったから。うんうん相槌は打っていても、心の中ではしょうもなーって、ばっさり切り捨てていたこともあるくらいだ。

 ……確かに、あたしのそういうところは、昔のさーちゃんと似てたのかもしれない。

 膨大な思い出の海からその一幕をすくい上げ、一人くすりと笑いを漏らしながら。

 

『最近、クラスのみんなが恋バナしかしなくて話についていけない件』

『……そうなのか』

『よくわかんないし、そもそもこの年で恋とか愛とか何言ってんのって思っちゃう』

『どんだけ達観してんだよお前……』

『んー、別に普通じゃない?』

『いや、全然普通じゃねぇから……あーでも、昔は沙希も似たような感じだったな。あっちは単純に興味がなかっただけみたいだが』

『ほうほう。詳しく』

『そうだなぁ……んじゃ、捻くれ全盛期だった頃の沙希がクラス一のイケメンリア充を容赦なくばっさり切り捨てた時の話でも……』

『なにそれ超興味ある。続きはよ、はよ』

『……ちょっと。京華にまで変なこと吹き込まないでよ。ていうか、あんたにだけは捻くれてるとか言われたくないんだけど』

『げっ……』

『げっ、捻くれさーちゃんだ』

『京華……』

『ひえー、ごめんあそばせー』

 

 …………。

 

『京華 小学校③』

 ほんとに突然だった。や、実際にはいくつもいくつも予兆はあった。

 けど、あたしがそのことに気づくには、子供すぎただけ。気づけたのは、あたしが前よりもちょっぴり大人になっただけ。……無意識に気づいていないふりをしてただけ。

 

『京華。俺たちな……近々、結婚するんだ』

『…………え?』

 

 時間が、ぴたっと止まった。

 衝撃が大きすぎて、頭の中がぐらぐらした。

 嘘でしょって、心がぞわぞわし始めた。

 そうなんだって、いつもみたいに言えなかった。

 

 ただただ、胸の奥がきゅーってなって、苦しくて。

 ちくちくしていたものが、今はずきずきして、痛くて。

 

 嫌だ。

 認めたくない。

 

 心からそう叫びたがっているあたしがいる一方で。

 

 よかった。

 幸せになってほしい。

 

 心からそう思っているあたしも、確かにいて。

 

 あまりにも遠すぎて、見つけられなかった。

 あまりにも近すぎて、見えなくなっていた。

 

 でも。

 

 あまりにも近すぎたから、たくさんの時間を、そばで過ごすことができた。

 あまりにも遠すぎたから、あたしにしかできないことが、たくさんあった。

 だから、その時になって、やっとわかったんだ。

 

 自分の中にあった、よくわからない気持ちの正体が。

 そして、自分がどんな立ち位置に収まらなきゃいけないのかが。

 

 あたしの、初めての恋は、そんな恋。

 最初から“終わり”以外の選択肢がなくて、最後まで“義妹”のまま、終わった恋。

 

 …………。

 

 アルバムを閉じると、もはや何度目かもわからない、空虚で乾いた音が響いた。

 暗さの増した部屋の中、目を凝らして時計を見てみれば、短針はそろそろ2の数字に辿りつこうとしている。ずいぶん夜更かしをしてしまった。

 あたしは結局、まだ何も写真が貼られていないページだらけの、一番新しいアルバムを開こうとはしないまま。

 いい加減、前に進まなきゃ……と。一区切りつけるための、独り言めいたため息をつく。

 

 その直後だった。

 背後から、ぎいとドアの開く音。

「……なんだ、京華か」

 うっすらながらもこんな時間に明かりがついていたことを不審に思ってか、それとも単に寝つけなくなってしまっただけか。ドアの向こうから実の兄が顔を覗かせた。

「こら。夜更かしはよくないぞー」

「いや、お前が言うなよ」

 開口一番、自分を棚に上げたお説教をかましたあたしに、たーくんがふっと笑う。

 しかし、あたしが手にしたままでいるそれに気づくと、その表情は途端に憂いを帯びる。

「……まぁ、あの時から大した時間も経ってねーしな。そうなんのも仕方ねーか」

「や、もうだいじょぶ……って言えたらよかったんだけどねー。実はまだちょっと……うん」

 吐息交じりの言葉が、二人分、静かな夜の中に溶けていく。

 たーくんが事情を知っているような口ぶりなのは、あたしの素直な吐露が示すとおり、ほんとに知っているからだ。

 恋した相手は姉の婚約者……なんて相談、姉にも本人にも義姉にも相談できるはずがない。

 だから、恋心を自覚して以降、もやもやばかりが溜まっていく一方のあたしは――ほとんど八つ当たりに近い形で実の兄を巻き込んでしまった。

 

『京華。お前、一体どうした……?』

『……なにがー?』

『なんつーか、姉ちゃんや義兄さんからわざと距離を置いてる気がして……』

『……もしそうだとしても、それはあたしの勝手でしょ。たーくんには関係ない』

『そりゃ……京華にとっちゃそうなのかもしれねーけど、気にするなってほうが無理だろ。特にお前と義兄さんはあんだけ仲良かったわけだし……』

『気にしてなんて頼んでない』

『……みんなに心配かけといてその言い方はないだろ』

『……っ、……じゃあさ、あたしが何もかも全部ぶちまけたら……そのみんなは、あたしの味方してくれるの……?』

『……は? いや、そんなの当たり前……』

『そんな、わけ……ない……』

『……京華?』

『あたしが今、何もかも全部ぶちまけちゃったら……みんな、どんな顔していいかわかんなくなるだけだよ……』

『…………』

『そんなことしたって……誰も……幸せになんか……ならないよ……』

『……お前、やっぱり義兄さんのこと……』

『無理だよ……昔からずっと……一緒にいるのが楽しくて、心地よくて、しょうがない……のに……そんな人を好きになっちゃいけない、なんて……あたしには、無理だよ……』

『京華……』

 

 …………。

 

「……結局、ずっと伝えてないままみたいだけど。京華は本当にそれでよかったのか?」

「んー?」

「義妹のまま……っつーか。お前の立場だったら、俺、そんなん絶対納得できねーし……」

「…………」

 そんなの……あたしだって同じだ。

 好きな人から妹扱いされて喜ぶ女の子なんて、どこにもいない。

 けど、それ以上に……あたしは、二人に、どうしたらいいかわからない顔はさせたくないから。

「……何言ってんのたーくん。はーちゃんの妹は小町でしょ」

「そういう意味じゃ……いや、やっぱ何でもねーや。邪魔してごめんな。俺もっかい寝るわ」

「んーん、だいじょぶ。おやすみ」

「お前もほどほどにな。……おやすみ」

 実の兄はそれ以上の言葉を返すことはなく、ばたんとドアを閉めた。

 たぶん、気を使ってくれたんだろう。あたしがもし泣いてしまっても、あたしが好きなだけ泣いてしまえるように。

「……ありがと」

 もう見えなくなってしまった背中に、時間差で、小さくお礼を返しながら。

 あたしは、その“終わり”が収められた――さーちゃんとはーちゃんの結婚式で撮った写真が含まれている――アルバムの背表紙を、ゆっくりと指でなぞる。

 たとえこの先ずっと振り向いてくれることがなくても。忘れられないくらい、簡単に割り切れないくらい、たくさんのものをくれた義兄が、あたしは今でも好きだ。

 けど、あたしもいつかは……違う人を好きになってしまうんだと思う。違う人に恋をしてしまうんだと思う。

 

 だから。

 

 あの人に恋する女の子を、ちゃんと卒業できるまでは。

 はーちゃんが好きなあたしに、ちゃんとさよならを言えるようになるまでは。

 姉と義兄の背中を、妹として、義妹として、ためらいなく押すことができるようになるまでは。

 

 ふと、ほっぺたの上をこぼれ落ちていった、想いの詰まったしるしと一緒に。

 ――今は、ここに、思い出の栞を挟んでおくことにしよう。

 

 

 

 

 




それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!
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