怠け者の魔法使い   作:ゆうと00
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第12話 『転機』

 眩いばかりの照明に、割れんばかりの歓声。目の前に広がる光景は、ペンライトによって造られた人工の宇宙。

 渋谷凛は、ライブのアンコールを終えたこの瞬間が最も好きだ。数ヶ月の成果を余すことなく出し切り、それを目の前の観客が全て受け止めてくれる。2万人もの人間が収まるほどに広い会場なだけに1人1人声を掛けることはできないが、自分が一度(ひとたび)声をあげれば、興奮した2万の声が一斉に自分に押し寄せてくる。

 日常では絶対に経験できない、“あのとき”にアイドルになる決意をしなければおそらく一生経験することのなかったであろうこの瞬間が、凛は堪らなく好きだった。

 

 ふと隣に視線を遣れば、全てを出し切った顔で放心状態となっている奈緒と加蓮の姿が目に映った。汗をびっしょりと掻いて肩で息を上下させている2人に、凛はフッと笑みを漏らし、そっと手を差し出した。そしてそれに気づいた2人も同じように笑みを漏らし、彼女の手を取ってしっかりと握りしめる。

 繋いだ手を一斉に挙げ、それを下ろすときに頭も下げて観客に礼をする。彼女達のその行動に、観客から一斉に歓声と拍手が沸き起こる。つい先程まで興奮と熱狂と感動に包まれていたアリーナが、最後の輝きを放つように一層の盛り上がりを見せる。

「トライアドプリムスでした! みんな、またね!」

 3人を代表して観客に呼び掛けた凛に、観客は涸れた喉であげる叫び声で返した。

 以上をもって、日本全国を股に掛けたトライアドプリムスのアリーナツアーが幕を閉じた。

 観客動員数は、延べ20万人。

 トライアドプリムス過去最大のツアーは、まさしく大成功と言って良い結果だった。

 

 

 

 ステージに上がるアイドルにとってライブを“戦場”に例えるとしたら、その裏で働くスタッフにとっても間違いなく“戦場”と言える。バックバンド・照明・カメラ・音響・舞台監督・大道具・スタイリストその他数え切れないほどの人間が、本番前から本番中まであちこち駆け回っている。

 

「お疲れ様でしたー!」

「みんな、最高だったよ! お疲れ様!」

「お疲れー! みんな、凄かったぜ!」

 

 楽屋へと早歩きで戻っていく凛達3人に向けて、長い長い戦いから解放されたような笑顔でスタッフが声を掛けてくる。凛達はそれに手を挙げて応えながら、楽屋へと入っていった。

 楽屋までの廊下はスタッフが行き交うため騒がしいが、楽屋周辺はあまりスタッフの姿も無く静寂に包まれている。楽屋に備えつけられているソファーに3人並んで座り込んだ途端、本番中は脳内でアドレナリンがドパドパと分泌されて感じなかった疲労が一気に押し寄せてきた。

 普段は楽屋内でも仲良くお喋りに興じている3人も、このときばかりは黙り込んだまま誰も口を開こうとしない。

 その静寂を最初に破ったのは、奈緒だった。

 

「……なぁ加蓮、明日からどうする?」

 

 346プロでは今回のような長期間のツアーを組む際、どれだけそのアイドルが売れていようと、最後の公演が終わってから1週間はオフになるようにスケジュールが組まれている。かつての“悲劇”を2度と繰り返さないための措置であり、もちろんこの3人にも明日から1週間のオフが用意されている。

 とはいえ、

 

「まぁ仕事が休みになっても、明日は月曜日なんだから普通に学校に行くでしょ」

「いや、放課後だよ。せっかくだし、どっかに遊びに行こうぜ?」

「遊びにねぇ……。正直、ゆっくり体を休めたいんだけど……。っていうか、今回のツアーでかなり学校休んでるから、多分放課後は補習の嵐じゃない?」

「マジかよ……、勘弁してくれ……」

 

 奈緒が嘆きの呟きを漏らしながらソファーに体を沈めたのと同時、コンコン、と楽屋のドアを叩く音がした。

 

「皆さん、お疲れ様です」

「プロデューサー」

 

 ドアの向こうから聞こえるバリトンボイスに真っ先に反応したのは、凛だった。

 

「渋谷さん、ライブ終了直後で申し訳ないのですが、少しお時間宜しいでしょうか?」

「うん、良いよ。――2人共、先にシャワー浴びて着替えてて良いからね」

 

 凛はそう言い残して、楽屋を出ていった。ドアが少し開いた際、肩幅の広い長身のスーツ姿がちらりと見えた。

 

「何の話だろ?」

「次のソロツアーの打合せじゃないか? ほら、半年後に凛さんがやるヤツ」

「あぁ、そっか。確か次のって、全公演で80万人動員する予定なんだっけ? さすが“奇跡の10人”だよね、当たり前のようにドームツアーなんだから。――私達も頑張らないと」

 

 ぽつりと漏らすように呟かれた加蓮の言葉に、奈緒は「そうだなー」と気楽そうに返事をした。

 それとは対照的に、加蓮の表情はどこか思い詰めたようなものだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 奈緒と加蓮の通っている学校は、346プロに程近い場所にある小中高一貫の私立女子校である。

 この学校はアイドルの受け入れに積極的で、一般の生徒を対象とした“普通科”とは別に、アイドルなどの芸能人を対象とした“芸能科”が存在する。2つのコースは建物自体が別々となっていて、互いに行き来することはできなくなっている。

 奈緒と加蓮は、もちろん芸能科に通っている。学生の身で既に仕事をしているため、クラスの生徒全員が顔を揃えることはまず無いと言って良い。というより、どれだけ授業を休めるかがステータスとなっている節すらある。

 

「2人共、おはよう!」

「おはよー! 奈緒も加蓮も久し振りだね!」

「おはよ! ツアーの成功、おめでとう!」

 

 奈緒と加蓮が揃って校門(普通科の生徒が通るものとは別)を抜けると、周りの生徒達が次々と2人に挨拶をしてきた。2人は笑顔で手を挙げて挨拶を返しながら、校舎へ向かって歩いていく。

 芸能人が通う学校だからか、ここは普通の学校のような年功序列の力関係ではない。それこそ芸能人としてのランクがそのまま反映されるような雰囲気となっているため、この学校では奈緒も加蓮も最高ランクの立ち位置にある。とはいえ2人共権力を笠に着るような性格ではないため、学校ではフレンドリーに接して友人も多い。

 とはいえ、周りの生徒はそうもいかないようで、

 

「あっ! 奈緒ちゃんと加蓮ちゃんだー!」

 

 2人の後ろから嬉しそうな声をあげて元気いっぱいに駆けてくる少女の姿に、先程まで2人に挨拶していた生徒達は遠慮するようにその勢いを(すぼ)めていった。

 その少女は2人と比べても随分幼いが、長い金髪の一部を後ろで2つに纏め、可愛らしくオシャレなアクセサリーを散りばめ、ばっちりとメイクを決めるその姿は、同年代と比べても明らかに纏っているオーラが違う。

 

「もう、莉嘉! いきなり走ったら危ないでしょ!」

 

 そして彼女を後ろから追い掛ける、奈緒や加蓮と同年代の少女は、ボリュームのあるピンク色の髪を後ろで1つに纏め、先程の少女と同じようにアクセサリー(よく見ると先程の少女とお揃いのものが幾つかある)を散りばめ、そしてばっちりとメイクを決めている。先程の少女にも負けず劣らずのオーラを持つその少女は、先程の少女とどことなく似た雰囲気を持っている。

 それもそのはず、2人は正真正銘の姉妹である。

 姉・城ヶ崎美嘉(高校2年)に、妹・城ヶ崎莉嘉(中学1年)。

 346プロに所属するアイドルである2人は、現在“ファミリアツイン”というユニットで活動している。2人共同世代のカリスマとして圧倒的な人気があり、彼女達が身につけた服やアクセサリーが爆発的に売れる“城売れ”という社会現象を呼ぶほどである。

 

「おはよ、美嘉、莉嘉ちゃん。2人が一緒に登校するなんて珍しいな」

「ま、アタシは午後から仕事だけどね。たまには一緒に登校してあげないと、莉嘉が拗ねて不機嫌になっちゃうからねぇ」

「あー! お姉ちゃんだって、アタシと一緒に登校できて嬉しそうだったじゃーん!」

「ちょっ! それは……まぁ、そうだけど……」

「あはは、2人共相変わらず仲が良いね。こっちが熱くなっちゃうわ」

 

 姉の腕に抱きついて体を擦り寄せる莉嘉に、嬉しいのを隠しきれない緩んだ笑みを浮かべる美嘉に、奈緒と加蓮は微笑ましそうに2人を眺めていた。

 

「2人は今日から1週間オフなんでしょ? 今まで休んでた分、たっぷり補習が待ってるよー」

「うげぇ……。やっぱしそうなるよな……」

「あっ、何か昔の病気が再発したかもー。大事を取って今日は休むかー」

「おい加蓮、そうはいかねぇぞ」

「ホシューって大変だよねぇ。アタシきらーい」

「まぁ、これもアイドルとして贅沢な悩みなんだろうけどねぇ」

 

 将来を期待されている新人アイドル4人の会話を、同じ芸能人であるはずの生徒達が羨ましそうな顔で眺めていた。別に会話に割り込んだところで4人が嫌な顔をするなんて有り得ないのだが、彼女達が勝手に壁を作って遠慮してしまっているのである。

 と、そんな彼女達がふと校門へと視線を遣り、息を呑んだ。

 その雰囲気が伝わったのか、4人も会話を止めて校門へと顔を向ける。

 

「お、4人揃ってるところを見られるなんて、今日はラッキーだね」

 

 その雰囲気を作り出した原因であるその少女は、それとはまるで対照的な飄々とした態度だった。銀色のショートカットに色素の薄い色白な肌、そして狐を連想させる大きな吊り目が不思議な印象を与える少女である。

 

「……あらら、随分と珍しい顔じゃん? ホント、今日はどうしたの?」

「あー! 周子ちゃんだー!」

 

 普段滅多に学校で見掛けることのない少女の姿に、美嘉が不敵な笑みを浮かべて呟き、莉嘉が嬉しそうな表情で叫んだ。

 少女の名は、塩見周子。

 346プロに所属する彼女は、現在同事務所の新人アイドルの中でも一番の注目株だと業界では持ちきりである。

 “奇跡の10人”のプロデューサーとして知られる武内P直々にスカウトされ、1年以上掛かるのが普通と言われるレッスン過程を僅か1ヶ月で修了し、そしてデビュー後は武内Pの下、ソロ活動とユニットそれぞれで大ブレイクを果たすという破竹の勢いだ。そのブレイクぶりから、業界人の間では“奇跡の再来”と持て囃されている。

 しかし当の本人は、そんな評価などお構いなしに飄々と振るまい、良く言えば“気楽”、悪く言えば“脳天気”な言動をしている。そもそも武内Pにスカウトされたときの状況が、学校にも通わずに実家でゴロゴロしていたら親に追い出された、というのが彼女の性格を如実に物語っている。

 

「んで、今日は“保護者”はどうしたの?」

「紗枝ちゃんは、今日は朝からお仕事。あたしも午後から仕事だから本当は休みたかったんだけど、武内さんが『学校にはできるだけ行ってください』って言うからさぁ。まぁ、仕方なくね」

 

 周子はそう言って、にっこりと笑った。大きな吊り目を細めて笑うとますます狐っぽい印象になり、『実は化け狐が人間に変身している』と言われても納得してしまいそうになる。

 

「まぁ、武内さんの言うことも分かるよ。“アイドル”はこれから先も経験できるけど、“学生”は1度きりだもんね。というわけで、シューコさんは学生生活を満喫するですよー。それではー」

 

 おちゃらけた調子でそう言い残し、周子は校舎へと去っていった。最後の台詞は、最近346プロに所属した海外出身のアイドル候補生の真似だろうか。

 

「うーん、相変わらず掴み所が無い子だわ」

「まぁな。でもまぁ、それが周子の魅力ってやつなんだろ」

 

 美嘉と奈緒はその後ろ姿を眺めながら、苦笑混じりにそんな会話を交わしていた。

 そして、

 

「どうした、加蓮? そんな怖い顔して」

「……えっ? ああ、ごめん。何でも無いから、気にしないで」

 

 加蓮は2人の会話に参加することなく、眉間に皺を寄せて周子の背中をじっと見つめていた。奈緒が不審に思って尋ねてみるも、加蓮は誤魔化すような返事で答えをはぐらかす。

 そんな彼女の態度に、奈緒はますます気になった。普段から加蓮は自分の感情を開けっ広げに話すように見せかけて、肝心な部分は巧妙に隠すところがある。奈緒は食い下がってもう1度尋ねようと――

 

「あっ、小梅ちゃんだ!」

 

 したところで、莉嘉がそう叫んでどこかへと走っていった。当然美嘉が真っ先にその後を追い、奈緒の行動を察したのか加蓮が逃げるようにその後を追い、奈緒は諦めるように溜息を吐いてその後を追った。

 

「小梅ちゃーん! おはよー!」

「あ、り、莉嘉ちゃん……。おはよ……」

 

 莉嘉が勢いよく抱きついたのは、学校指定の制服を改造してまで両手を隠す(芸能人を相手にしているせいか、芸能科に限っては制服の改造に対して規制が緩い)小梅だった。李衣菜達の住む街から引っ越してきた小梅だが、新たに通うことになったのがこの学校だったのである。

 そんな小梅の学校での立ち位置だが、はっきり言えば“微妙”だった。他の生徒がテレビなどを中心に活動する芸能事務所に所属しており、その点では地下アイドルとして活動する小梅は一段低く見られている。しかし小梅の所属する事務所の代表は()()双葉杏であり、自身もネットを中心に注目を集めており、そこら辺のアイドルよりもよっぽど稼いでいる事実は彼女達とて到底無視できるものではなく、早い話が態度を決めかねているという状況だった。

 しかしそんな事情は、ここにいる4人にはまったく関係無い。特に莉嘉は学年が一緒ということもあって、小梅が転入してすぐに仲良くなった。そして奈緒も“或る事情”により小梅と仲良くなり、そうなれば美嘉と加蓮が小梅と仲良くなるのは自然な道理である。

 さて、ここで気になるのは奈緒が小梅と仲良くなった“或る事情”とやらだが、別に後々まで隠すような重大なものではない。平たく言うなれば、

 

「あ、そうだ……。奈緒さん、この前はライブに来てくれて、ありがとうございます……」

「えっ? 黙って行ったつもりだったんだけど、もしかしてバレてた?」

「う、うん……。奈緒さん、よく来てくれるから……、すぐに見分けられるようになった……」

「ま、まじか……。何か照れるな……」

 

 奈緒が、小梅達のファンだからである。

 

「小梅ちゃん、昨日もライブだったんでしょ? 週末は欠かさずライブなんて、大変だよねぇ」

「そ、そんなことないです……。ライブ楽しいし、お客さんも楽しんでくれるから……」

「アタシ達もツアーしたりイベントでミニライブやったりするけど、小梅ちゃんほどたくさんはやらないもん! 小梅ちゃんは凄いよ!」

「そ、そうかな……? えへへ……」

 

 最初の頃は他人と壁を作っている印象のあった小梅だが、こうして話していく内に笑顔を見せる頻度が多くなっていった。そしてその度に莉嘉達は、彼女に見とれてハッと我に返るという行為を繰り返していた。小梅の持つ“武器”は、同業者相手にもしっかりと作用しているようだ。

 

「そうだ、小梅ちゃん。今週の土曜日も劇場に行こうかと思うんだけど、チケットってまだ残ってるかな?」

「えっ、でも奈緒さん、ツアーが終わったばかりで疲れが……」

「大丈夫だって。土曜日までには回復してるし、小梅ちゃん達のパフォーマンスを観て元気を出そうって思ってるんだからさ」

「え、えっと……、ありがとうございます……。今週分のチケットはもう無いけど、杏さんに頼めば1人くらいは融通が利くと思う……」

「おぉっ! サンキューな!」

「あららー? 奈緒ったら、芸能人パワーで無理を通しちゃうのー?」

「いやぁ、フェアじゃないってのは分かってるんだけど、自分の好きなものに関してはどうにも我慢ができなくて……」

 

 小梅と仲良く会話を交わし、美嘉のからかいにバツの悪そうな笑みを浮かべる奈緒の姿を、加蓮は何か考えるようにじっと見つめていた。

 そして、ふいに口を開いた。

 

「ねぇ、小梅ちゃん。その日、アタシも行って良いかな?」

 

 加蓮のその頼みに、奈緒は意外そうな表情を彼女に向けた。

 

「珍しいな、加蓮。加蓮の方から、わざわざ人混みに行こうとするなんて」

「……たまには、小梅ちゃん達のライブを観に行こうかと思ってね。大丈夫かな?」

「う、うん……。帰ったら、杏さんに確認してみる……」

「ありがとう、宜しくね」

 

 そう言ってにっこりと笑った加蓮は、小梅の頭を優しく撫でた。小梅は照れ臭そうに頬を紅く染めるも、気持ち良さそうに目を細めている。

 

「…………」

 

 そしてそんな加蓮を、奈緒は納得していないような表情で見つめていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 杏主宰の劇場“アプリコット・ジャム”がスタートして、早数ヶ月。この短期間ですでに、劇場は独自の地位を築き上げていった。

 ホームページ上で展開されるアイドル自身が企画した様々なネットコンテンツは好評で、月ごとのアクセス数は順調に伸びていっている。そこから興味を持った人がアルバム(DL版)を購入し、そこから嵌った人が劇場に足を運んでライブを鑑賞し、アルバム(CD版)やグッズを購入してくれる。

 劇場の来場者数も安定しており、ライブチケットが売り切れる日も珍しくなくなった。劇場に併設されているカフェも順調で、ライブの無い平日にもファンが足を運び、ライブ映像を観ながらの食事を楽しんでくれている。また、興味本位でカフェに訪れた人の中にも、その映像をきっかけにアイドルに興味を持ち、そしてそこからファンになるというケースも多く見受けられている。

 奈緒と加蓮が訪れたその日も、ライブを心待ちにしている人やカフェにやって来た人やグッズを買いに来た人でごった返していた。

 

「おぉっ! 新しいミニアルバムが並んでる! やっぱCDで実際に見ると印象が違うなぁ!」

「ねぇ、それってもうDL版を購入してるんだよね? わざわざCDを買う意味ってあるの?」

「あるよ! こうやって実際に手に取って見ることができるし、保存用にもなるし、何より“自分がこれを買った”っていう実感があるからな! そりゃあDL版は便利だけど、やっぱり実物が無いと満足できない(たち)というか……」

「ふーん……。まぁ、どちらにしろ、それを買うのはライブが終わってからの方が良いでしょ? 荷物を持ったままライブを観るとか辛いし」

「おう、そうだな。ふふーん、帰りの楽しみが増えたぜー」

 

 ニコニコと楽しそうに商品を陳列棚に戻す奈緒に、加蓮は物珍しそうに彼女を見つめる。

 

 ――アイドルになる前は“オタク”だったって聞いたけど、やっぱり本当だったんだ……。

 

 加蓮がそんなことを考えていると、入場の時間がやって来た。奈緒はわくわくしながら、加蓮はどこか緊張した面持ちで、ライブフロアまでの階段を下りていく。

 自分達が先週までライブをしていたようなアリーナとはまるで違う、数百人ほどが入るだけであっという間に満杯になってしまうほどに狭く、手を伸ばせば届きそうなほどにステージまでの距離が近い会場。

 しかしだからこそ、客の熱気がダイレクトに伝わってくる。

 そしてその熱気は、フロア全体の照明が落とされて暗くなったときに最高潮となった。

 

 重低音が響く出囃子に乗って現れる、バックバンドのメンバー。出囃子に取って代わるように演奏を開始し、これから始まる狂乱の時間を予感させるような抑制の効いた音楽に、奈緒を含めた客全員が徐々に高揚感に包まれていく。

 そして満を持して現れたのは、星輝子だった。いつもの衣装とは雰囲気の違う、黒白のメッシュと白地がちょうど左右で分かれた特徴的なジャケットに黒い半ズボン、そして裏面が紫となっている黒の大きなマントを羽織り、左目には蜘蛛の巣のペイントが顔を浸食するように大きく描かれている。

 そしてもう1人――白坂小梅。

 一言で表すなら“黒魔術の魔法使い”という印象である彼女の衣装は、青いバラをあしらった紺の頭巾と暗い赤のマントで身を包み、手にはドクロのついた杖が握られている。そのドクロの部分がマイクになっており、小梅はそれを持ちながらステージの中央へと歩みを進める。

 やがて中央に辿り着いた小梅が、ドクロ型のマイクに口を近づけてぽつりと呟いた。

 

「こんにちは……、“NiGHT ENCOUNTER”です……」

 

 その瞬間、輝子が思いっきり掻き鳴らしたギターを皮切りにライブはスタートした。

 全員がソロ指向の劇場において、初めてのユニットとなる“NiGHT ENCOUNTER”は、輝子の“メタル”と小梅の“ホラー”が合わさった音楽性となっている。元々メタルには悪魔崇拝をテーマにした“ブラックメタル”なるジャンルも存在しており、この2つの親和性は長い歴史の中で証明されている。

 輝子が作った、普段以上に重苦しく、そしてクラシックを連想させる弦楽器やオルガンなどによる壮大な音楽に乗せて、小梅が作った、悪魔や宗教、そしておどろおどろしい神話の世界をテーマにした歌詞が紡がれる。メインボーカルは小梅だが、普段はアイドルらしく歌ってみせる彼女が高音のシャウトにも挑戦し、輝子と一緒に歌うパートも存在する。

 テレビには絶対に乗せられない歌詞を大声で歌い上げ、バックバンドと共に轟音を唸り上げる2人の姿に、観客は我を忘れて熱狂していた。人に聞かれたら白い目で見られるに違いない言葉を喉が枯れるまで叫び、普段ならば絶対に苦情が殺到するほどの爆音で踊り狂う彼らは、普段溜まりに溜まっている鬱憤をステージ上の2人に託し、そして晴らしてもらっているのかもしれない。

 

「ひゃっはああああ! さすが輝子ちゃんと小梅ちゃんだよなぁ! 最高だぜぇ!」

「……うん、本当に凄い」

 

 普段のアイドル活動では絶対に接することのない類の熱気に、奈緒は普段の性格も忘れてはしゃぎまくり、加蓮はそれを噛みしめるようにじっとステージを見つめていた。

 

 

 

『ウサミン星より《太陽系ロップポイント》を経由して報告、kbyarebnhgujy7、応答せよ』

「こちらkbyarebnhgujy7、メルヘンネーム“安部菜々”」

 

 この遣り取りで始まったのは、ウサミン星による《メルヘン》――地球での活動を描いたストーリーとリンクする安倍菜々のライブである。メイド服をモチーフにしたいつもの衣装を着た菜々がステージに現れると、ペンライトといういかにもアイドルのライブらしい物を持った観客達が一斉に声をあげ、手に持ったそれを勢いよく振る。

 

 先週発売されたばかりのミニアルバム『ファーマー』によって描かれるのは、ウサミン星人によって死活問題となっている《ニンヅン》を生成する原因である人物《ファーマー》との初めての直接対決である。地球でのミッションを遂行していた安部菜々が《ファーマー》の1人と出会い、《ニンヅン》の生成を阻止するべく白熱の戦いを繰り広げるというストーリーであり、デビューアルバムと違って緊迫した雰囲気の曲が揃っている。

 今回のライブでは早速そこに収録された曲が披露され、そして観客達は事前にDL版でしっかりと予習していた。表題曲でもある『ファーマー』では高らかに拳を突き上げ、《ニンヅン》による被害状況を描いた『ドノ』では菜々の合図に合わせてコールを揃え、故郷への想いを歌った『サンカ』ではスクリーンに流れるウサミン星の映像と共にしんみりとした空気に浸る。

 もちろん、デビューアルバムの曲も引き続き歌われる。特にトリを飾る『メルヘンデビュー!』はすっかり彼女の代表曲として定着し、曲間でのウサミンコールや途中の合いの手がバッチリ決まっていく。

 

「皆さーん! 本日のライブは、これにて終了です!」

 

 菜々のその言葉にフロアのあちこちから「えー!」と声があがり、菜々は律儀に「えー、じゃありません!」と返していた。客との精神的な距離が近いことも、菜々のライブの魅力的なところだろう。

 

「また会いたいときには、いつでもここに来てください! 菜々はいつもここでライブをしていますし、ライブが無い日には上のカフェで働いていますので! ――それでは、《リシー》!」

 

 ウサミン星で別れの挨拶を意味するその言葉で呼び掛けると、フロア中の観客が一斉に「リシー!」と返していた。その際に菜々も観客も、親指・中指・薬指を1点でくっつけ、人差し指・小指をピンと立てる、日本でいう“狐”を表すポーズを掲げている。

 ノリノリでそのポーズを掲げる奈緒を隣で見遣りながら、加蓮は『何かこっちの方がよっぽど洗脳しているように見えるな』と思ったが、誰かに迷惑を掛けているわけでもないし何より楽しいので、それを指摘する代わりに奈緒と一緒にコールをした。

 

 

 

 他のアイドルは新ユニットや新アルバムへと展開を広げているが、蘭子の場合は新たなアルバムの度にストーリーを作らなければならない。しかもストーリーには幾つもの分岐点と結末が必要であり、それに合わせて新しいムービーを制作しなければならない。つまり蘭子の場合、他のアイドルよりも制作に時間が掛かるのである。

 なので蘭子だけはデビューアルバムのストーリーを続けているのだが、ルートや結末が幾つもあるので観る度に新鮮な発見があり、結果的に蘭子のファンは他のアイドルよりもリピーター率が高くなっている。さらに新曲は幾つか出来ており、それを現在のライブにも組み込んでいるので、ルート選択によっては新曲を聴くことができる。

 よって観客は皆、自分が見たことのないルートを選択しようと必死になっている。事前にフロアに集まった観客達が相談し、その際に水面下での攻防を繰り広げ、そして最終的に本日のライブで選択するルートを決定する。

 しかしながら、素性を隠してライブを観ている奈緒がそれに参加するわけにはいかない。なので奈緒はその相談をいつも傍らで眺めているしかなく、その結果、

 

「デビューライブのときのルートになっちまった……」

「あらら、残念。でもまぁ、せっかくだし観てこうよ。蘭子ちゃんのパフォーマンスも観たいし」

 

 ちなみに一部の観客による“裏切り”で別のルートが選ばれたとしても、他の観客がそれを責めることはないし、むしろそれすら楽しんでいる節がある。しかし素性を隠している奈緒がそれを画策することはできないため、どちらにしても奈緒はどうしようもなかった。

 しかしいざライブが始まれば、奈緒はそんなことを忘れて熱中していった。先程までの観客が声をあげてノリノリになるライブとは違う厳かな雰囲気に、加蓮も自然と物語と曲の世界観に引き込まれていく。

 蘭子のパフォーマンスは、デビューのときから比べて明らかに向上していた。デビューのときには動きの端々に硬さが見られていたが、今はストーリーの語り部としての役目を見事に果たし、リラックスした雰囲気で楽器(のようなもの)を演奏し、朗々と歌い上げている。毎週2回、しかも1人っきりで舞台に立つという経験が、彼女をここまで成長させたのだろう。

 

 そして、ストーリーも終盤に入っていった頃、

 

「……ん?」

 

 曲が始まった途端、奈緒の不思議そうな声と共に、フロアがにわかにざわめいた。行進曲のような迫力あるトランペットから始まるこの曲は、デビューアルバムには収録されていないものだ。

 つまり、

 

「……し、新曲だぁ!」

 

 突然のサプライズによってフロアから大歓声があがり、思わず加蓮の肩がビクンッ! と跳ねた。そこから数分間は先程まで静かに聞いていたのが嘘であるかのように観客がノリノリになり、そして新曲が終わると何事も無かったかのように再びいつものテンションへと戻っていった。

 

「皆の者、神崎蘭子である」

 

 このストーリーの中で最も救いの無いバッドエンドを迎え、改めて袖口から姿を現した蘭子がフロアに呼び掛けた。今日のライブで最初の、そして最後のMCである。

 そしてそこで、嬉しい発表が行われた。

 

「今より30の月が空を駆けた後、新たな物語が紡がれる。教典が白日の下に晒されるのも同じ頃であろう。それまでの間、皆も(おの)が腕を磨き、新たな物語に備えるが良い」

 

 簡単に言うと『1ヶ月後にライブのストーリーが新しくなり、アルバムも発売されるので楽しみにしてください』ということだ。すでに熱心なファンの中には彼女の真意を読み取ることができる者も少なくないので、この発表には大いに湧き上がった。

 

「それでは皆の者! また会おう! さらばだ!」

 

 そう言い残してステージ脇へと消えていく蘭子の姿に、観客は見えなくなった後も拍手を贈り続けた。

 

 

 こうして本日も“アプリコット・ジャム”は、大盛況の内に幕を閉じた。

 

 

 *         *         *

 

 

「お疲れ様です、蘭子ちゃん」

「フヒ……、お、お疲れ……」

「お、お疲れ様……」

 

 楽屋に戻った蘭子を出迎えたのは、すでに私服に着替えている菜々・輝子・小梅の3人だった。蘭子はそれに対して「うむ! 今日も素晴らしき儀式であった!」と答えながら、テーブルに置いてあった一口サイズのチョコレートに手を伸ばす。

 

「いやぁ、蘭子ちゃんの新曲のところ、やっぱり凄い盛り上がってましたね!」

「フヒ……、サプライズは、やっぱり盛り上がる……」

「カフェの方からも、お客さんの驚く声が聞こえてたよ……」

「ふっふっふっ! それでこそ“怠惰の妖精”に打診した甲斐があったというものよ!」

「あ、そうだ……。小梅ちゃん、ライブのときはごめん……。ギター、ミスっちゃって……」

「えっ、そうなの……? 全然分からなかったけど……」

「あー、ひょっとして『優しい悪魔』ですか? ちょっとギターの入りが遅れちゃったところ。特にお客さんが気にしてた様子も無さそうですし、それほど気にすることもないと思いますけど」

「……で、でも、やっぱり気になる……。後で練習しておく……」

「うーん……、さすがのプロ根性ですね……」

 

 デビューのときには緊張のあまり顔を真っ青にしていた彼女達も、この数ヶ月で数十回ステージに立ち続けたことですっかり慣れたのか、緊張は未だにするものの普段とほぼ同じテンションで挑めるようになっていた。ライブ前後の会話もリラックスしたものとなり、自分達でライブを振り返って反省して次に活かす、ということも自然とできるようになった。

 

「はい、杏ちゃーん。もう今日のライブは終わりましたよー。起きてくださーい」

 

 だから杏は安心して、楽屋の隅で居眠りができるのである。デビューライブのときから居眠りしてたじゃないか、というツッコミは禁止である。

 

「うーん……。あれ? もう終わり?」

「はい、そうですよ。……というか、楽屋で寝られると困るんですけど」

「ごめんごめん。ここんところ、ちょっと動き回っててさ。――あ、蘭子ちゃん。新しいアルバムのジャケットできたよ」

「何! 真か!」

 

 まだステージ衣装から着替えてもいない蘭子だったが、杏のその言葉に顔を綻ばせて彼女の下へ駆け寄っていく。興味を惹かれたのか輝子達も近づき、杏から茶封筒を受け取って中に入った紙を取り出す蘭子の背後からそれを覗き込む。

 

「はぁ……! 何という……!」

 

 そしてそこに描かれた、荒廃の世界に佇む蘭子(背中から悪魔のような羽が生えている)のイラストに、蘭子はその顔を一層輝かせて歓喜に震えていた。

 

「今回は漫画調なんですね。どなたが描いたものなんですか?」

「346プロの新人アイドルの中に、漫画の上手い子がいてね。その子に描いてもらったんだよ」

「フヒ……。本当に、346プロには何でもいるな……」

「うん……、346プロのアイドルだけで、何でもできちゃいそう……」

「本当だよねぇ。杏が現役の頃よりも、明らかにアイドルのレベルが上がってるよ」

 

 杏達による“奇跡の10人”芸能界席巻に触発されてか、その時期を境にアイドルブームが巻き起こった。アイドルが活躍するテレビ番組も増え、CDやライブ関連によるアイドル市場も拡大した。そして芸能事務所はこぞってアイドル部門に力を入れ、個性的で実力のあるアイドルが世間を賑わせるようになる。

 特に、ここ1年ほどはさらにその動きが顕著だ。スポーツや芸能といった分野は有能な人材が同年代に集中する傾向があるが、アイドルに関しては今がまさにそれである。“奇跡の10人”を予感させる新人が続々と現れ、デビュー以来芸能界のトップに君臨している“奇跡の10人”の牙城を崩すかもしれない、とまで言われている。

 

「まぁ、そういう点で考えると、そういう新人さんと一緒に仕事する機会っていうのは必要かもしれないねぇ。みんなにとっても良い刺激になると思うし」

「とはいっても、ナナ達はここを拠点とする地下アイドルですよ? 難しいんじゃないですか? テレビのお仕事を受けるっていうのなら、話は変わってきますけど……」

「テ、テレビはちょっときつい……」

「わ、私も……」

 

 “テレビ”という単語が出てきた途端、輝子と小梅が揃って難色を示してきた。

 

「大丈夫だよ、2人共。テレビの仕事は、よっぽどのことじゃない限り受けないから」

「では、“怠惰の妖精”は如何様に考えておるのだ?」

「そこなんだよねぇ……。何かこう、向こうから来てくれるような感じがあればなぁ……」

 

 コンコン。

 楽屋のドアをノックする控えめな音に、5人全員が一斉にドアへと顔を向けた。

 

「あ、あの! 346プロダクションの神谷奈緒と、北条加蓮です! 本日ライブを拝見致しまして、ご挨拶をさせていただきたく伺いました!」

「あ、奈緒さんと加蓮さん……。来てくれたんだ……」

 

 そしてドアの向こうから聞こえてきた声に、小梅が嬉しそうに顔を綻ばせた。杏が「どうぞ遠慮無くー」と呼び掛けると、ガチガチに緊張した様子の奈緒と加蓮が部屋に入ってくる。そして2人はこの中でも顔見知りである小梅の姿を見つけると、縋るように彼女へと駆け寄っていった。

 

「あっ、小梅ちゃーん! ライブ観たぞー!」

「ど、どうだった……?」

「すっごい良かったよー! 小梅ちゃん、普段と違って凄く格好良かったし! 歌詞がグロかったけど! ――あっ、他の皆さんもお疲れ様です! ライブ、凄く良かったです!」

 

 奈緒が菜々達を見渡して頭を下げると、菜々は「そ、そんな! 奈緒ちゃんみたいな凄いアイドルに褒めてもらえるなんて!」と恐縮し、輝子と蘭子は持ち前の人見知りを発動させて軽く頭を下げる程度に留まった。

 

「そういえば、小梅ちゃんは同じ学校に通ってるから知り合いなんだっけ」

「う、うん……。学年は違うけど、お昼は一緒に食べてる……」

「人気アイドルがたくさんいる学校ですか……。ファンの1人として、ぜひとも見てみたいものですね……」

「菜々さんは17歳なんだから、今からでも通えば良いんじゃないの?」

「い、いやですねぇ杏ちゃん! ナナはウサミン星のミッションがあるから、学校に通う暇が無いんですよ!」

「そういえば、輝子ちゃんと蘭子ちゃんは、アタシ達の学校には通わせないんですか?」

「我が偽りの器が通いし学舎(まなびや)には、我を“友”と慕う者がおるのでな!」

「わ、私はすぐにでも転入しようかと思ったけど……。クラスメイトの1人が『行かないでくれ』って泣きついてきてな……」

「えっ、そうなの?」

「う、うん……。ほら、前に杏さんの所に『アイドルになりたい』って言ってきた、ユリちゃんって子……」

「…………、いたっけ、そんな子?」

「えぇ……」

 

 杏達5人に混ざって楽しげに話す奈緒とは対照的に、加蓮はこの部屋に来たときの緊張した表情で、会話にも参加せずに杏のことをじっと見つめていた。

 そして、

 

「……双葉杏さん、お願いしたいことがあります」

 

 思い詰めたような表情で、杏をまっすぐ見据えながらそう言った。その雰囲気から真面目な話であることを悟った杏は、それでも普段の調子を崩すことなく「んー、何?」と軽い調子で尋ねる。

 そして奈緒や菜々達の見守る中、加蓮が口を開いた。

 

 

「私を、杏さんの劇場に所属させていただけませんか?」



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