怠け者の魔法使い   作:ゆうと00

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第2話 『方針』

 346プロの事務所は、一見すると芸能事務所というよりも“複合施設”と称した方がしっくり来るほどに充実した場所である。都心にあるとは思えないほどに広大な土地には複数の建物が並び、ここで働く社員やアイドル達にとって憩いの場となるように広場などの緑も植えられている。

 建物の中に目を遣ると、実際に社員達が働くことになる事務スペースだけでなく、アイドル達のレッスン場、CDを録音するためのレコーディングブース、宣材写真などを撮るためのスタジオ、体を鍛えるためのスポーツジム、一度に何百人もの人々が一度に食事できるほどに広い社員食堂、さらには社員やアイドルの疲れを癒すためのエステサロンなど、ありとあらゆる設備が整っている空間だった。しかもこれらはすべて、ここ数年間で揃えられた設備だというのだからその急成長ぶりが伺える。

 

 これだけ充実していることもあり、実は他の事務所もよくここの施設を利用していたりする。そして346プロの社長は『業界の活性化が結果的に自分達の利益に繋がる』という考えを持っているので、その申し出も快く受け入れている。もちろん、貰えるものはしっかり貰っている。

 そういう理由もあり、346プロに外部の人間が出入りしているというのは珍しいものではない。そもそも取材に来たメディアの人間もよく出入りしているのだから、ちょっと名の売れた人間を見掛けたとしても、普通だったら社員やアイドルがそれに反応するということはまず無い。

 だが、この日は明らかに様子が違った。

 

「おい……! あれってまさか、双葉杏じゃねぇか……!」

「マジかよ……! 本物初めて見た……!」

「現役の“奇跡の10人”ですらなかなか見られないってのに、まさか引退した双葉杏に会えるなんて……!」

「私、あの子に憧れてアイドル始めたのよ……! どうしよう、サイン貰っちゃおっかな……!」

「きゃあ! 本当にちっちゃくて可愛いー!」

 

 杏が346プロの正面玄関ホールへと足を踏み入れた途端、そこに居合わせていた社員やアイドル候補生が一斉にざわつき始めた。1人1人は内緒話の大きさでしか喋っていないのだが、あまりに多くの人間が喋っているために、当の本人である杏にノイズとして普通に届きまくっている。

 

「もう……、人を珍獣か何かのように……」

 

 杏は少々気分が悪くなったが、今日の用事に比べたら些細なことだ。杏は一直線に、彼らと同じように口をぽかんと開けている受付へと歩いていく。

 

「武内プロデューサーに会いたいんだけど、許可証貰える?」

 

 346プロはアイドルを扱うという性質上、正社員ですらID管理された許可証が無いと部屋に入ることすらできなくなっている。もちろん、無断で人に貸したりなんてしたら厳重に処罰される。

 

「ア、アポはお取りでしょうか……!」

 

 勤務上名の知れた人とも話す機会のあるであろう受付嬢がガチガチに体を強張らせているが、杏はそれを気にする様子も無く(おそらく取り合うと面倒だと思ったのだろう)彼女の質問に考える素振りを見せる。

 

「……あ、ごめん、すっかり忘れてた。どうしよう、もしかしてここにいないかな……?」

「い、いえ! すぐに確認致します! 少々お待ちください!」

 

 受付の女性はそう言うと、すぐさま目の前のパソコンを操作し始めた。おそらく部屋に入るときに認証された許可証の情報を辿って、武内が今どの部屋にいるのか割り出しているのだろう。

 

「お待たせ致しました! 5階のチーフプロデューサー室におります! 失礼ですが、道順はお分かりになりますでしょうか……?」

「あぁ、この事務所が出来る前に杏は引退したから、ここに来るのは初めてなんだよね」

「それでしたら、私がご案内致します! どうぞこちらへ!」

 

 受付の女性はそう言うと、すぐさま立ち上がってカウンターから出てきた。隣にいた別の女性が「あ、ずるい!」と不満の声を漏らしているが、彼女はまるで聞く耳を持っていない。

 少々張り切っている様子の彼女に圧倒されながら、杏はその部屋まで案内された。

 

 

 

「やっほー、プロデューサー。随分と偉くなったみたいで、感心感心!」

「……双葉さん、直接顔を合わせるのは随分久しいですね」

 

 武内1人のためだけに用意された部屋に通された杏は、初めて来た場所だというのにまるで自宅のようなリラックスした雰囲気で、部屋の中央に置かれた打ち合わせ用のソファーにどっかりと座り込んだ。武内はそれを咎める様子も無く、作業の手を止めて立ち上がり、杏と向かい合わせになるようにソファーに座った。

 

「それで、こうしてここにいらっしゃったということは、双葉さんの“答え”を見つけることができたということでしょうか……?」

「もう、プロデューサー。せっかく杏がこうしてやって来たんだよ? 少しは昔話に華を咲かせるみたいなことをしても良いんじゃないの?」

「……申し訳ありません。では何から――」

「もう、相変わらずクソがつくほどの真面目っぷりだねぇ。そんなのテキトーで良いのに」

「……すみません」

 

 本気で申し訳なく思っている様子の武内に、杏は思わず笑みを零した。

 

「ところで、さっきまで何の仕事をしてたの?」

「渋谷さんが提出した“トライアドプリムス”のライブ案です。私の方でもチェックをして、問題が無ければ正式な企画としてゴーサインを出します」

「ああ、そういえばこの前の食事会でも言ってたヤツか……。それで、問題は無さそう?」

「はい。予算面でも期日面でも問題はありませんし、彼女達のイメージにぴったりでありながら意欲的なライブとなっています」

「へぇ……、凛もすっかり一人前のプロデューサーだねぇ。やっぱり凛がプロデュース業に挑戦し始めたのって、プロデューサーが理由だったりするの?」

「……それは分かりませんが、もし彼女が興味を持った理由の一端に私が関われていたとしたら、嬉しい限りです」

 

 ――間違いなく、プロデューサーが理由だと思うけどねぇ……。

 

 杏は心の中でそう思ったが、2人のためを思ってそれを口にすることはなかった。

 

「それで双葉さん、本日はどのような用件で……?」

「ああ、そうだった。とはいっても、杏にとっては単なる“決意表明”みたいなものなんだけどね。やっぱり何だかんだ言ってプロデューサーにはお世話になったし、電話じゃなくて直接報告したいなって思ったから」

「……そうですか。それで、どのような?」

 

 武内が続きを促すと、杏は彼に向き直って真剣な表情でこう言った。

 

「杏、プロデューサー達の“ライバル”になったから」

「……そうですか」

「えっ、それだけ? もっと色々反応することがあるんじゃないの? かつて自分が育て上げたアイドルが、ライバルになっちゃうんだよ?」

 

 あまりにもあっさりとした武内の反応に、杏の方が逆に戸惑ってしまった。

 

「いえ、驚いていないわけではないのですが……。双葉さんの場合、そのような道に進まれると聞いて、何だか納得していると言いますか……」

「納得?」

「はい……。双葉さんは現役の頃から、自分のことを客観的に見られる方だと思っていました。私が取ってきた様々な仕事に対して、どれが自分のイメージに合っているか、どのタイミングでこの仕事を受けるのが最も効果的か、色々な要素を吟味した上で仕事を選んでいたように思えます」

「……いや、それはプロデューサーが見境なしに色々仕事をさせようとするから、それなりの理由をつけて極力避けようとしていただけであって……」

「双葉さんは、自分のことを“怠け者”だとよく評していました。確かに双葉さんは最低限の仕事しか受けず、その仕事もできるだけ手を抜こうとしていた節がありましたが、それは言い換えるなら“最小限の労力で最大限の効果を生む”ということを常に心掛けていたように感じました」

「…………」

「双葉さんは先程『自分が育て上げたアイドルが~』と仰っていましたが、私には双葉さんを育て上げたなどという自覚がありません。むしろ私は、双葉さんを通してプロデュース業を学んでいったように思えます」

「……ちょ、何か恥ずかしいから止めてよ……」

 

 杏が現在感じているその感情は、この前の食事会で皆に一様に褒められたときのそれと酷似していた。同期の皆が思っていたことを上司である武内も思っていたことを知って、杏はおそらく居たたまれなくなったのだろう。

 

「……杏、プロデューサーに向いてると思う?」

「間違いなく、双葉さんにとっては天職だと思います。しかし初めてのことで色々大変なこともあるでしょうし、なかなか結果に結びつかないこともあるかと思います。もしも何か困ったことがありましたら、遠慮無く何でも仰ってください。できるだけ力になります」

「……ありがと。――それじゃあさ、早速なんだけど」

 

 杏はそう言って少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、ちょっとだけ武内へと体を寄せた。

 

「プロデューサー、うちの事務所で働かない?」

「魅力的なお誘いですが、この会社に恩義を感じているので、それはできません」

「それじゃ、346プロの候補生に有望そうなのがいたら引き抜いても良い?」

「駄目です」

「えぇっ、何でさぁ! 『遠慮無く何でも仰って』って言ったじゃんかぁ!」

「『できるだけ力になる』とも言ったはずです。双葉さんのその頼みは聞けません」

「スカウトするのにあちこち歩き回るの、もの凄く憂鬱なんだよー!」

「それは我慢してください、誰もが一度は通る道です。――その代わり、苦労してスカウトしたアイドルが立派に育っていくのを見るのは、何物にも代え難い喜びがありますよ」

 

 武内の真剣な表情に、このまま粘っても折れないことを悟った杏は、大人しく引き下がることにした。そういえば現役のときも、絶対にここは譲れないってときは同じような顔をしてたなぁ、と少々懐かしい気分になりながら。

 

「それじゃ、せめてレッスンを覗いていくのは良いでしょ? イメージを膨らませたいんだよ」

「それならば構いません、トレーナーの方に話を通しておきましょう。私は仕事があるのでご一緒できませんが、良い結果になることを期待しています」

「ふっふっふー、プロデューサーが欲しくて欲しくて堪らなくなるようなアイドルの原石をスカウトしてやるから、覚悟しておけよー」

 

 杏の冗談交じりの挑発に、武内も口元に笑みを浮かべて「楽しみにしています」と返事をした。

 その目に少しだけ挑戦的な色が含まれていたのは、おそらく杏の気のせいではないだろう。

 

 

 

「やっば、レッスン場ってどこだ……?」

 

 武内と別れてしばらくあちこちを歩いていた杏だったが、一向にレッスン場らしき部屋が現れなかった。もしかして自分は迷子になっているのか、と杏が自覚したときには、もはや自分がどの建物にいるのかすらよく分からない状況になっていた。

 

「ちくしょー、何なんだよこの事務所は! 無駄に広いじゃないか! 遊園地か!」

 

 杏のその叫びは、羨みの感情が多分に含まれていた。先程から色々と見て回っていると、エステサロンを始めとした福利施設も相当充実している。もし杏が現役の頃にこんな施設があったら、毎日そこに通ってだらだらと過ごしていたに違いない。もしかしたら、引退までの期間も結構延びたかもしれない。

 しかもこれだけの施設を揃えるための資金に、おそらく自分がアイドル業をやって稼いだお金も含まれているのだと思うと、何だかやるせない気持ちになってきた。

 

「ちくしょー、横暴だー、搾取だー、人権侵害だー」

 

 もちろん杏はしっかりと給料は貰っていたし、後で調べてみたところ、アイドル本人のギャラの取り分は346プロが一番高かったという事実もあった。なので自分の主張は完全なやっかみであることは分かっているのだが、それでも杏は叫ばずにいられなかった。

 と、そのとき、

 

「あれ? もしかして杏ちゃん?」

 

 聞き覚えのある声に杏が振り返ると、見覚えのある顔が1人と、見覚えの無い顔が2人いた。

 

「おー、卯月じゃん。久し振りー」

「はい! お久し振りです、杏ちゃん!」

 

 見覚えのある顔――島村卯月に挨拶をすると、彼女はパァッと見ているこっちまで心が温かくなるような笑顔を浮かべて挨拶を返した。その笑顔はテレビで観ているときと何ら変わりないものであり、相変わらず表も裏も無いなぁ、と杏は感心したようにそれを眺めていた。

 と、そんなことをしていると、見覚えの無い顔2人が卯月の後ろに隠れるように、しかし時々ちらちらと杏のことを盗み見ていることに気がついた。1人は杏とほとんど身長が変わらない可愛らしい少女、そしてもう1人はなぜかカメラも何も無いのに猫耳をつけた少女だった。

 

「その子、誰? 新人?」

「うん、新人のアイドル候補生だよ! 幸子ちゃん、みくちゃん、ご挨拶!」

 

 卯月に促される形で、幸子とみくと呼ばれたその2人は、杏を目の前にして若干緊張しながら自己紹介を始めた。

 

「346プロの新人アイドル、輿水幸子です! こ……、こんなカワイイボクに出会えるなんて、杏さんは何て幸せな方なんでしょう!」

「346プロの新人アイドル、前川みくだにゃ! 可愛い猫ちゃんキャラでやっていくから、どうぞ宜しくお願いしますだにゃ!」

「…………、おぅ……」

 

 片や得意満面の笑み(いわゆるドヤ顔)をしっかり決めて、片や猫っぽく手首を曲げてしっかりとポーズを取って自己紹介した2人に、杏は呆気に取られていた。

 

「ふふーん、ボクのあまりの可愛らしさに、声も出ないみたいですね!」

「あの双葉杏さんに認められるなんて、みく達って凄く将来有望なんじゃないかにゃ!」

「良かったね! 幸子ちゃん、みくちゃん!」

 

 杏の反応をどう勘違いしたのか、幸子とみくは互いに手を取って喜びを露わにしていた。そしてその中に平然と卯月が混ざっていることに、何だか杏は色々とツッコミする気が失せていった。

 

「……その芸風は、自分のプロデューサーに指示されてやってることなの?」

「あ、この2人はまだ自分のプロデューサーがついていないんだ」

「え、そうなの?」

「この子達はまだデビューしていないアイドル候補生なんだよ。それで今は、私の付き人をやってもらってるんです」

「付き人?」

 

 杏の問い掛けに、卯月はこくりと頷いた。

 

「私って他のみんなと違って、まだアイドルだけでお仕事してるでしょ? だから『デビュー間近のアイドル候補生に島村さんの付き人をやらせてほしい』ってプロデューサーに頼まれることがあるんです。何だか、私の言動を見て“アイドルとは何か”をしっかり勉強してほしい、らしいんですけど……。正直、私なんかで務まるのかなぁって思ってて……」

「そ、そんなことありません! 卯月さんは、ボクにとって最高のアイドルです!」

「そうだにゃ! 卯月さんほど“アイドルらしいアイドル”はいないんだにゃ!」

 

 自信なさげに呟く卯月に、幸子とみくが即座にそれを否定していた。

 杏も2人の意見に賛成だった。すでに引退してしまっている自分は論外として、他の同期もアイドルとしてブレイクした後は他の職業にシフトしている。本格的な歌手だったり、ユニットをプロデュースしたり、バラエティ番組の司会をしたり、女優業をメインにしたり、果ては自分の好きなことで会社を経営したり――。そんな中、卯月だけは今も正統派アイドル一本のみで勝負しており、そしてデビューから7年経った今でも最前線に立ち続けている。

 一緒にユニットを組んでいた凛や未央でさえ、卯月に対して『アイドルという面では、今まで一度も彼女に勝ったと思ったことがない』とまで言わしめるほどだ。そんな彼女は、アイドル候補生からしたらまさに“生きた教材”だろう。

 

「……2人共、しっかりと卯月を見て勉強しておくんだよ。そして“正統派アイドルの素晴らしさ”を、ちゃんとその目に焼き付けておこう」

「もちろんです、杏さん! こんなにカワイイボクに、今更キャラなんて必要無いですもんね!」

「卯月さんの素晴らしさは分かってるにゃ! でも卯月さんくらい成功できるのは、よっぽどの実力が無いと無理なのにゃ! だからみくは、このままで行くにゃ! みくは自分を曲げないよ!」

「……そう、ですか。はい、頑張ってください……」

 

 まるで武内の口調が乗り移ったかのように杏はぼそぼそと喋ると、まるで2人から逃げるようにその場を後にした。途中で振り返ると、幸子とみくが何やら楽しそうに卯月に話し掛け、彼女もそれに楽しそうに答えている。その様子はトップアイドルとその付き人というよりは、仲の良い友達同士という関係に見える。

 

「……うーむ、でも確かにあれくらい強い個性は武器だな……」

 

 あの2人との出会いは、確実に杏の心の中に残った。

 それがどのような変化を生むのかは、とりあえずレッスン場の場所を突き止めてから考えることにしよう。

 

「――ていうか、あの3人にレッスン場の場所を訊けば良かった……」

 

 

 *         *         *

 

 

 かな子が経営しているスイーツ専門店であり、安部菜々が働いているその店には、今日も杏の姿があった。いつものように通された個室には、いつものように菜々の姿もある。

 しかし今日は、いつものように暇潰しでだらだらとお喋りするために来たのではない。

 

「そういえば菜々さん、店長にはアイドルになることは言ったの?」

「はい! 店長は少し残念そうにしていましたが、『自分の夢に向かって頑張れ』と応援してくれました! それと『売れるまでは大変だろうから籍は置いておくよ』とも仰ってくれて……」

「そっか。それじゃ、店長さんのその気配りが無駄になるように頑張らなきゃね」

「そうですね、杏ちゃん! 一緒に頑張りましょう!」

 

 拳をぐっと握りしめてそう言う菜々に、杏も真剣な表情で頷いた。“頑張る”なんて言葉、杏が最も嫌いとする類の言葉だというのに。

 

「それで杏ちゃん、ナナはどういう方針で売り出すことになるのでしょうか?」

「うん、実は今日の午前中に346プロに行って、アイドル候補生のレッスンを見せてもらったんだけど――」

「おぉう、さりげなく凄いことを言いますね……。そうやって聞くと、杏ちゃんもちゃんと“奇跡の10人”だったんですね……」

「ちょっと、それってどういう意味?」

「いえいえ、もちろん知ってはいたんですよ! というか、杏ちゃんがデビューした頃から、ナナは杏ちゃんの大ファンだったんですから! でもこうしてお店でだらだら話していると、何だか全然そんな気がしなくて、昔からの友人って気になってきちゃうんですよねぇ……」

「……まぁ、良いさ」

 

 そうやって自然体で接してくれるから、よく菜々に会いにここに来ていたんだから、と言うのは恥ずかしいので、杏は絶対に口にしない。

 

「それで、候補生のレッスンを見て、イメージは掴めましたか?」

「……ちょうど新人ユニットの練習をしていたからさ、それを見学させてもらったんだよ。“フリルドスクエア”っていう名前だったかな? 4人共個性があって、だけどユニットとしては正統派な感じの」

「はいはい! 良い感じですね!」

「その中に混じって、菜々さんが踊っている姿を想像してみたんだよ」

「はいはい! それで!」

「……全然、想像できなかった」

「……はい?」

 

 どんどん期待が高まっていった菜々は、そのわくわくした笑顔のまま固まった。

 

「普通のアイドルみたいに歌って踊って、ユニットとか組んじゃって、さらにはテレビとかの歌番組にも出るような、そんな正統派アイドルの姿を想像してみたんだけどさ、……菜々さんで想像しようとすると途端に景色がぼやけちゃうんだよね」

「……えっと、それってつまり……」

 

 みるみる不安そうな表情になる菜々に、杏ははっきりと言った。

 

「もし菜々さんがウサミン星人のキャラで行くんだったら、346プロがやっているような正統派の売り出し方は止めた方が良い。さらに言えば、テレビとかライブツアーとか、そういうのを目指すのもリスクが高い」

「……そ、そうですか」

 

 これまで数々の事務所(そしてその中には、346プロも含まれている)に落ち続けてきた菜々であるので、ある程度のことは覚悟していた。しかしこうして仲の良い杏からはっきりと言われると、さすがの彼女も心に来るものがあった。

 そんな彼女に、杏はさらに続けた。

 

「だから杏達は、“地下アイドル”で行こうと思う」

「……地下アイドル?」

 

 その言葉自体は、菜々も聞いたことがある。テレビに出たり、ライブハウスやドームでライブをする普通のアイドルとは違い、専用の劇場を拠点にライブ活動をするアイドルのことである。メディアなどに取り上げられることが少ないために有名になることはあまり無いが、既存のメディアではできないような尖った路線のパフォーマンスが行えるという利点もある。

 

「菜々さんの路線は万人受けしない。でも、必ずそれを『良い』って言ってくれる人がいる。その人達を狙い撃ちするには、地下アイドル路線っていうのは有効な手なんだよ。それに活動する場を限定することで、そこでしか観られないっていう“希少価値”を演出することができるし、CDやグッズを劇場限定で販売すれば、売上を読みやすいから不良在庫を生む危険も少なくなる」

「……成程」

「菜々さんが夢見ている、キラキラしたアイドルとは少し違うと思う。でもこの方法が、菜々さんがアイドルとして生活できる最も確実な方法だと思う」

「……そう、かもしれません」

「それにこの方法なら、あちこち走り回ってどこかのお偉いさんに営業する必要無いし」

「…………」

 

 思わず零れた杏の本音に、菜々は白けるような視線を彼女へ向けた。

 

「……まさかそのために、菜々を地下アイドルにするつもりじゃないですよね?」

「いやいや、そんなことないって! たまたまだよ、たまたま!」

 

 杏が慌ててそれを否定するが、菜々の疑惑の目はますます強くなる。杏が気まずそうに菜々を上目遣いで見つめると、菜々は大きな溜息を吐いて、

 

「……分かりましたよ、結局それが一番だっていうのは理解できますし。――それで、ナナ達はこれからどうするんですか?」

 

 菜々が許した途端、杏はパァッと晴れやかな笑顔を浮かべた。調子が良いんだから、と菜々は不満に思うが、そんな仕草でも可愛らしく見えてしまう杏に、菜々は何だか手の焼ける妹を見ているようでフッと笑みを漏らした。

 

「とりあえず菜々さんの活動方針を固めながら、別のアイドル候補生を探すのが先かな? いくら何でも、菜々さんだけでやっていくのは厳しいから」

「他のアイドル候補生、ですか」

「そ。菜々さんに負けないほどに個性があるのが良いよね。それこそ、テレビではまず見せられないような感じの」

「……杏ちゃん。ナナ達って、アイドルを目指すんですよね?」

「うん、もちろん。でも、今までのイメージで思い浮かべるようなアイドルではないからね?」

「……そうですね。何だか、そんな感じがしてきましたよ。――ところで、肝心の劇場をどこにするかっていうのは、決めなくても良いんですか? ちょうど良い物件とか、結構探すのに苦労すると思うんですけど」

「ああ、それは大丈夫。もう決めたから」

「――えっ?」

 

 あっさりとそう言ってのけた杏に、菜々はぽかんと口を開けていた。

 

「……菜々さん、明日暇? 何ならその物件を見に行こうか?」

「はいはい! 行きます行きます!」

 

 興奮した様子で即答して詰め寄る菜々に、杏は若干引き気味になりながら笑みを浮かべた。


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