怠け者の魔法使い   作:ゆうと00
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番外編3 『今井加奈に見る、新人アイドルへの道』

 346プロのアイドルになる方法は、大きく分けて2つある。

 1つは“スカウト”だ。346プロではプロデューサー自身がスカウトも担当し、それによって所属入りしたアイドルについてはそのプロデューサーに担当権が優先される。なのでプロデューサーは様々な仕事の合間に街へ繰り出しては、将来のトップアイドルがいないか探し回るのである。

 しかしもちろん、全てのアイドルがスカウトによって346プロ入りするわけではない。むしろ割合としてはずっと少ないだろう。

 大半のアイドルは、もう1つの方法である“オーディション”によって選ばれる。346プロでは常にオーディションの間口が開かれており、まずは履歴書を送って書類審査を受け、それに合格した者が実際に事務所に足を運んで面接を受ける。それに受かると、晴れて“アイドル候補生”として346プロ入りとなる。

 

「うぅ、緊張する……」

 

 この日面接を受けることになっている少女――今井加奈は、オーディション会場である部屋の前に並べられた椅子に座り、今にも心臓が飛び出そうなくらいに鼓動をバクバク響かせていた。

 アイドルになることを夢見ていた彼女は、書類面接に通ったという知らせを受けて、この日のために高知から母親と共に上京した。ちなみに本人以外はオーディションに立ち会うことができないので、現在は346プロの敷地内にあるカフェで待機している。

 名前を呼ばれるまでやることが無い加奈は、ちらちらと左右に視線を振った。

 加奈の両脇には自分と同じように椅子に座って出番を待つ少女が、総勢10人ほどずらりと並んでいた。その全員がまるで既にアイドルになったかのように着飾っており、そして加奈の目には全員が魅力的に見えていた。

 

 ――うぅ、みんな凄い可愛い……。これじゃわたしなんて、絶対に受からないよ……。

 

 高知の同級生からは「加奈ちゃんくらい可愛い子なら絶対に受かるよ!」と言われて送り出された彼女だが、今の彼女は人生で初めて味わうオーディションの独特な雰囲気にあてられ、すっかり萎縮してしまっていた。

 と、そのとき、

 

「あっ、あった!」

 

 廊下の向こうからホッと胸を撫で下ろすような声が聞こえ、加奈や他の少女達が一斉にそちらへ顔を向けた。

 先程の声と同じように安心したような顔つきでこちらへ駆けてくるのは、栗色の長い髪を後ろで縛る少女だった。右手に大きめのバッグを握りしめた彼女は、ちょうど空いていた加奈の左隣の椅子に腰を下ろした。

 そして座った瞬間、加奈へと体ごと向けて、

 

「会場が見つからなくて、ずっと迷ってたんだぁ。ねぇ、あたし椎名法子っていうんだけど、もうあたしの名前呼ばれちゃったかな?」

「へっ? ……え、えっと、多分大丈夫だと思う……」

 

 いきなり喋り掛けられて驚いた加奈だが、法子と名乗った少女の天真爛漫な笑みを見て落ち着いたのか、今まで呼ばれた名前を頭の中で振り返りながらそう答えた。

 

「そっかぁ、良かったぁ。何か走り回ってたら、疲れちゃった」

 

 法子はそう言うと、おもむろにバッグを開けてがさごそと中をまさぐり始めた。

 そうして取り出したのは、ドーナツの絵が大きくプリントされた紙製の箱だった。その箱を開けると、カラフルな色合いが目にも鮮やかなドーナツが、隙間無くびっしりと敷き詰められていた。

 突然の出来事に目を丸くする加奈を横目に、法子はドーナツを1つ手に取ると、大きく口を開けてそれを頬張った。途端、顔全体で美味しさを表現するかのように満面の笑みを浮かべた。そんな見ただけで幸せだと分かる彼女の笑顔に、加奈は思わず目を奪われていた。

 すると法子が、そんな加奈の視線に気づき、

 

「あっ! ひょっとして、ドーナツ欲しい?」

「えっ? えっと、わたしは――」

「まぁまぁ、ドーナツどうぞ!」

 

 法子がそう言って差し出したのは、ピンク色のチョコレートがコーティングされたドーナツだった。甘い匂いが加奈の鼻をくすぐり、それに誘われるように加奈はそれを受け取った。

 

「えっと……、ありがとう、法子ちゃん!」

「うん、どういたしまして! えっと……」

「あっ! わたしは今井加奈っていうの!」

「加奈ちゃんだね! よろしく――」

「ちょっと、あんた達!」

 

 2人で喋っていたそのとき、ふいに加奈の背後から鋭い声が飛んできた。2人は同時に肩をビクンッ! と跳ねさせて、同時にそちらへと恐る恐る顔を向けた。

 華やかな服を身に纏い、薄く化粧をしている整った顔立ちの少女が、眉間に皺を寄せた鋭い目つきで2人を睨みつけていた。そしてそんな表情をしていたのは彼女だけでなく、2人以外の少女全員が同じような顔で2人を睨みつけていた。

 

「私は本気でアイドルになりたいと思ってるの! あんた達みたいに“遊び感覚”でオーディションを受けに来た奴は、はっきり言って邪魔なのよ! それ以上騒がしくするんだったら、さっさと帰りなさい!」

「……ご、ごめんなさい」

 

 加奈と法子が同時に頭を下げると、少女は「ふんっ!」と前へと向き直った。

 

「ごめんね、加奈ちゃん。あたしが騒がしくしちゃったから……」

「ううん、そんなことないよ。ドーナツ、ありがとうね」

 

 すっかりしょげてしまった法子に加奈は首を横に振って答えると、そのドーナツを一口食べた。甘いチョコレートと柔らかい生地が口の中いっぱいに広がり、落ち込みかけていた加奈の心をふわりと浮き上がらせる。やがて1つを食べきり、加奈はホッと小さく息を漏らす。

 

「今井加奈さん、どうぞお入りください」

「――は、はいっ!」

 

 そしてその直後、会場から顔を出したスタッフに名前を呼ばれた。加奈の心は一瞬の内に跳ね上がり、最初の頃のように心臓をバクバクと響かせる。

 

「加奈ちゃん、大丈夫だよ」

 

 しかし法子のその一言で、加奈の心は幾分か落ち着きを取り戻した。そして法子の顔を見たことで、加奈の口の中に先程食べたドーナツの甘みの記憶が蘇る。

 

「頑張ってくるね、法子ちゃん」

「うん、ファイトだよ!」

 

 両手をグッと握りしめる法子に加奈は大きく頷いて、会場のドアを強くノックした。

 

 

 

 加奈の実家にオーディションの合格通知が届いたのは、それから1週間後のことだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 オーディションやスカウトを経て346プロに入ったからといって、すぐにアイドルとしてデビューできるわけではない。彼女達は“アイドル候補生”となり、専属のトレーナーによる厳しいレッスンを受けることになる。ちなみにその際に費用は一切掛からず、地方から上京してきた場合は敷地内の寮に住むこともできる。

 レッスン内容は多岐に渡り、アイドルにとって重要なヴォーカルレッスンやダンスレッスン、そして演技力や表現力を磨くために候補生同士で演技をするレッスンも含まれている。

 

「ワンツー、ワンツー! もっとリズムに乗って!」

 

 現在行われているのは、ダンスレッスン。前面に大きな鏡の張られた大きな部屋で、トレーナーである若い女性が先頭に立って踊ってみせ、彼女の後ろでアイドル候補生達が必死にその動きに食らいつこうと体を動かしている。346プロ所属のアイドルが歌う軽快な音楽に合わせ、ダンスシューズがキュッキュッと床を擦る音が鳴り響く。

 しかしいくら部屋が広いとはいえ、この場で踊る候補生の数は50人にも上る。当然それぞれが好き勝手な場所で踊るわけにもいかないので、現在の彼女達は綺麗に整列して互いに距離を取っている。その光景はさながら、よく訓練された軍隊のようである。

 だが、きちんと整列すれば部屋のどこで踊っても良い、というわけではない。

 ダンスレッスンを受けるからには、当然ながら鏡で自分やトレーナーの動きを確認できた方が効率的だ。レッスンは縦に6列に並んで行われるので、鏡がよく見える1列目を巡って激しい争奪戦が起こることが予想される。

 しかし実際にはそんなことはなく、毎回レッスンは滞りなく開始している。

 

 理由は、至って単純。

 1列目に立てるのは、トレーナーによって()()()()()候補生のみだからだ。

 これは1列目に限った話ではなく、それぞれの候補生がどの列に並んでレッスンを受けるかはあらかじめ決められている。候補生になったばかりの新入りは最後方の6列目でレッスンを受け、トレーナーによって認められた者のみが前の列に行くことを許される。

 つまり候補生となった時点で、“レッスンでの自分の立ち位置”という明確な指標によって、既に競争が始まっているということを意味している。

 

「はぁ――はぁ――」

 

 そして今井加奈も、そんな競争に身を投じる少女達の1人となっていた。オーディションに合格して346プロの一員となり、寮から学校に通いながらレッスンの毎日を送っていた彼女は、半年ほど掛けてようやく3列目にまで来ることができた。

 やがて音楽が終わり、ダンスも最後のポーズを決めて終了となった。全員がそのポーズを維持したまま、大きく肩を上下させて息を荒げている。最初は1曲踊りきるのも苦労していた加奈だが、今では最後のポーズでふらつかない程度には体力がついている。

 

「はい、それじゃ10分ほど休憩にします」

 

 トレーナーのその言葉に、部屋のあちこちからホッと息を吐くようなリアクションが返ってきた。加奈もそこまで露骨ではないが、強張っていた全身を脱力させてリラックスする。

 そんなときだった。

 

「塩見さん。次のレッスンからは、1つ前の列で踊ってください」

「はい」

 

 先程のレッスンにて加奈の隣で踊っていた、大きな吊り目と銀色に見える薄い色素の髪が特徴の少女――塩見周子は、トレーナーの言葉にもこれといった反応を見せずに簡潔な返事をした。むしろ2人の遣り取りを横で見ていた加奈の方が大きな反応だった。

 トレーナーが部屋を去り、候補生達は壁際に寄せていた自分の荷物へと歩いていく。加奈も同じように自分の荷物へと走り寄り、タオルで汗を拭いながらスポーツドリンクを取り出した。

 

「加奈ちゃん、お疲れー」

 

 すると加奈の下へ、1人の少女が駆け寄ってきた。長い髪を後ろで縛る彼女のトレーニングウェアにはドーナツがでかでかと描かれており、そして右手には実際に食べかけのドーナツが、左手にはそのドーナツが元々入っていたであろう紙製の箱が握られている。

 椎名法子だった。彼女もあのときのオーディションに合格し、加奈と一緒に厳しいレッスンを受けている。そして彼女も加奈と同じく、現在3列目にまで進んでいる。

 

「加奈ちゃんも、一緒にドーナツ食べる?」

「……えっと、レッスン中はいいかな?」

 

 法子の申し出を加奈が苦笑いでやんわりと断ると、法子は「そっかー」と言いながら右手のドーナツを頬張り、左手の箱から2つ目のドーナツを取り出した。相変わらずマイペースな彼女に、加奈はむしろ感心するようにその様子をじっと眺めている。

 

「それにしても、凄いよねぇ」

 

 そしてドーナツを頬張りながら法子がふいに口にした言葉に、加奈は何のことか分からずに首をかしげた。

 

「周子ちゃんのことだよ。まだここに来てから、3週間くらいしか経ってないよね? なのにもう2列目だなんて、本当に凄いよねぇ」

 

 半年掛けて3列目にまで進んだ2人のペースは、他の候補生と比べても割と早い方である。それを示すように、現在3列目で踊る候補生の中では2人が最も候補生歴が短い。

 しかし塩見周子は、そんな2人が半年掛けて歩んできた道のりを、たった3週間で追い越していった。

 

「周子ちゃん、ここに来る前にダンスとかしてたのかな?」

「ダンスしてたかどうかは知らないけど、この前ちょっと話したとき、実家が和菓子屋さんだっていうのは聞いたよ」

「和菓子屋さん! 良いなぁ、毎日和菓子が食べられるなんて!」

「だよねぇ。あたしの家もドーナツ屋さんだったら、毎日ドーナツ食べ放題だね! ――なんかドーナツ食べたくなってきたかも」

 

 法子がそう言って自分のバッグを漁り始める横で、加奈は周子へと視線を向けた。彼女は誰とも話さずに壁に寄り掛かってスポーツドリンクを口にしており、その立ち振る舞いは特に気取った様子はない飄々としたものだが、加奈は目を奪われたようにじっと彼女を見つめていた。

 こういう人がトップアイドルになるんだろうなぁ、と加奈は何となく思った。

 

 

 

 それから1週間。

 この日も加奈はいつものように、法子と一緒にレッスンルームへと足を踏み入れた。そしてぐるりと部屋を見渡して、普段なら真っ先に目に留まる少女の姿が無いことに気がついた。

 

「あれっ? 周子ちゃんは?」

「本当だ。今日は休みなのかな?」

「でも、寮で見たときは元気そうだったよ?」

 

 2人で揃って首をかしげていると、近くにいた候補生の1人が彼女達へ近づいていく。その少女はダンスレッスンで4列目に並んでいる子であり、今の彼女はその顔にありありと不満の感情を表している。

 

「塩見さんなら、もうここには来ないよ」

「えっ、なんで! もしかして、辞めちゃったの?」

「それだったら、どんなに良かったか……。――“待機組”に昇格したのよ」

 

 忌々しそうに吐き捨てる彼女に対し、加奈と法子は素直に驚いた。

 彼女の話す“待機組”という名称は、346プロが正式にそう名付けたものではない。しかし他の候補生よりも上級のライセンスを持つトレーナーのレッスンを受けるようになったり、先輩アイドルのバックダンサーとしてステージに上がるようになるなど、他の候補生よりも明らかに待遇が変わるため区別されている。

 この状態になって初めて、彼女達にデビューのチャンスが訪れるのである。

 

「周子ちゃん、すごーい! まだここに来てから1ヶ月くらいしか経ってないよ!」

 

 まるで自分のことのように喜ぶ加奈に対し、その少女は苛々したように顔を歪めて、

 

「トレーナーさんの話だと、今までで最短記録だってさ。――ふんっ、アタシなんて1年もレッスンしてるっていうのに……」

 

 そしてその少女はブツブツと愚痴を零しながら、その場を離れていった。

 加奈は周子の後に続こうと、より一層レッスンを頑張ることを心の中で誓った。

 そして法子は自分のバッグからドーナツを取り出し、それをモグモグと食べていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 それから更に数ヶ月経過し、加奈と法子は揃って“待機組”へと昇格した。

 その間にも、様々な出来事があった。

 まずは、一緒にレッスンしていた(といっても1ヶ月程度だが)周子がアイドルデビューした。しかも彼女の担当プロデューサーは“奇跡の10人”をプロデュースした武内Pであり、周子は彼の下でソロアイドルとして、そして小早川紗枝とのユニット“羽衣小町”として瞬く間にヒットし、一躍“超大型新人”として注目を集めている。加奈は彼女の活躍をテレビで観る度に、彼女に負けないくらいに頑張ろう、と決意していた。

 そして、周子が“待機組”に昇格したときに愚痴を零していたあの少女は、加奈達が“待機組”に昇格する少し前に姿を消した。疑問に思っていた加奈に、他の候補生が『学業に専念する』との理由で辞めたことを教えてくれた。そしてこの理由は、なかなか昇格できない候補生が事務所を去るときの常套句だ、ということも教えてくれた。

 

 とにかくこれで、加奈と法子にもデビューのチャンスがやって来た。2人は互いに励まし合いながら、今までよりもさらに厳しいレッスンをこなしていった。そしてアイドルとしての経験を積むために、先輩アイドルのバックダンサーとしてステージに上がったり、スタッフの一員としてライブを手伝ったりした。

 そんな経験の中で、特に印象に残ったライブが2つある。

 

 

 

 1つ目は、2人が初めて“バックダンサー”として駆り出されたライブ。

 そのライブの主役である少女と出会ったのは、本番3日前のリハーサルだった。しかし主役であるはずの彼女は白衣を身に纏って歌リハそっちのけで機械をいじくり、大道具のスタッフに次々と指示を出していた。

 

「あぁっ! 君達が今回のバックダンサーだね!」

 

 加奈と法子が戸惑っていると、彼女のプロデューサーと思われる若い男性がやって来た。「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げる2人に、彼は「あんまり緊張しないで気楽にねー」と爽やかな笑みと共にそう言った。

 

「ほらっ、晶葉! バックダンサーの子が来たぞ!」

 

 3人が挨拶をしている間中もずっと機械をいじっていたその少女に彼が呼び掛けると、その少女はやっと顔をこちらへ向けた。小さな体にツインテールという幼い外見ながら、眼鏡の向こうから覗くその目つきは鋭く力強い。

 その少女――池袋晶葉は、2人に向き直って腕を組んで胸を張った。

 

「うむっ、よく来たな2人共! 私が池袋晶葉、天才少女だ!」

 

 何とも自信過剰な自己紹介だが、加奈も法子もそれが誇張ではないことをよく知っていた。

 彼女は紛れもないアイドルであるが、それ以上に“舞台演出”としての仕事の方が多かった。そもそも彼女は候補生のときから異端児であり、“待機組”でないにも拘わらず先輩アイドルのライブに駆り出され、持ち前の機械技術の高さを活かして近未来的なライブ演出に一役買っていた。

 そして彼女はその働きぶりによって注目を集めるようになり、様々な過程をすっ飛ばしてデビューの座を勝ち取ったのである。ちなみに神崎蘭子がライブのときに使用するレーザーハープや様々なシステムは、彼女の手によって作られたものだ。

 

「それじゃ助手、例の物を」

 

 晶葉がプロデューサーにそう言うと、彼はキビキビとした動きで一旦その場を離れ、すぐに段ボール箱を両手で抱えて戻ってきた。2人揃って中を覗き込むと、そこには丸くて小さな部品が幾つも取りつけられたタイツのような服が入っていた。

 

「よし。それじゃさっそくそれを着て、テストしてみよう」

「えっと……。これがわたし達の衣装ですか?」

 

 加奈が疑問を声に出し、法子が首をかしげる。

 晶葉は2人のそんな反応を見て、小さく溜息を吐いてプロデューサーを睨みつけた。

 

「……助手よ、2人に今回のライブについて話していないのか?」

「えっ? あぁ、話してなかったかも。ごめん、今から話すよ」

「……いや、いい。私の口から説明しよう。――ついてきてくれ」

 

 加奈達が晶葉の後をついていくと、ステージの端に白い布で覆い隠されている何かがあった。

 晶葉が布を取り払うと、2頭身から3頭身をしたロボットが2体姿を現した。ロボットの頭部はブラウン管テレビにウサギの耳を取りつけたようなフォルムをしており、テレビ画面の部分にはいかにも子供が描きそうなデザインをしたウサギの顔が映っている。ちなみにウサギをモチーフにしているが、2本足で立っている。

 

「わぁっ、可愛い!」

「そうだろう! 私の自慢の作品、“ウサちゃんロボ”だ! 今回のライブでは、この子達にバックダンサーを務めてもらう!」

 

 加奈のリアクションに気分を良くしたのか、晶葉は自信たっぷりに胸を張ってそう言った。

 

「ってことは、あたし達はこの子達と一緒に踊るの?」

「いや、違う。ステージに上がるのはこの子達だけだ。今回のライブでは、ステージ上には私以外の人間はいないからな」

「えっ? でもあたし達、バックダンサーとして呼ばれてて――」

「助手からどんな風に聞かされているのか知らないが、2人にはステージに上がらずに舞台袖で踊ってもらうことになるな」

 

 晶葉がそう言うと、加奈と法子は見るからに落ち込んでいった。バックダンサーを務めることが決まったと事務所のスタッフに聞かされたとき、不安も大きかったがそれ以上にステージに上がることが楽しみで仕方がなかった。なのに実際は舞台袖で誰にも見られることなく踊るだけという内容に、2人は残念に思う気持ちを抑えることができなかった。

 そしてそれに気づいた晶葉は、ハァッと大きな溜息を吐いて、

 

「確かに君達はステージに上がれない。――だが、君達の動きをトレースしたこの子達が、ステージ上でスポットライトを浴びて踊るんだ。数千人の観客の眼前でな」

 

 晶葉が腕を伸ばすのを目で追った加奈達の視界に、先程紹介されたウサギのロボットが映った。

 

「いかに天才と呼ばれる私といえど、機械で生命を作り出すことは不可能だ。しかし君達がこの衣装を着て踊ることで、このロボットに君達という“生命”が吹き込まれる。――たとえ観客の誰もが君達のことを認識していなくとも、君達はこのライブにおいて非常に重要な役目を担っていることを忘れるな」

 

 鋭い目をまっすぐ向けて話す晶葉に、最初は落ち込んでいた2人の目に徐々に活力が戻ってきた。いや、来たとき以上に張り切っているかもしれない。

 

「分かったよ、晶葉ちゃん! わたし達、一生懸命頑張る!」

 

 2人にとっての初ライブは、観客の誰にも観られることは無かったが、間違いなく彼女達の中で思い出に残るものとなった。

 

 

 

 そして2つ目は、ユニット“イエローリリー”としての初仕事となるライブだった。

 しばらくは加奈と法子の2人でライブの手伝いをこなしていたが、ある日2人に担当のプロデューサーがついた。そのプロデューサーは他にも3人のアイドル候補生を担当しており、彼女達とユニットを結成してデビューすることが決まった。

 その3人のアイドルとは、小柄な体格ながら空手で黒帯の実力を持つ中野有香、フルートが得意でお嬢様然とした水本ゆかり、そして旅行が趣味で20歳と最年長の間中美里である。最初は仲良くなれるか不安だった加奈だったが、数時間ほどもすればすっかり打ち解けていた。

 そしてそんな5人がユニットとしての経験を積むために、バックダンサーとして挑んだライブというのが、塩見周子のソロライブだった。

 1ヶ月間だけとはいえ過去に一緒にレッスンを受けたアイドルが、自分達がデビューもしていない間に1万人規模のアリーナでライブを開催できるほどにまでに売れていた。チケットは既に完売しており、全国の映画館でのライブビューイングの売上も好調らしい。

 

「10分くらいしたら君達にも入ってもらうから、準備してて」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 スタッフの言葉に、加奈達は緊張した様子で一斉に頭を下げた。そして頭を上げると、ぐるりと首を回してステージ上を見渡した。

 今回のライブのテーマは“和”であり、神社や鳥居や狐の石像などがセットとして組まれている。イメージとしては周子の出身地である京都の伏見稲荷神社で、周子自身の衣装も狐の耳や尻尾などがあしらわれた和装となっている。とはいえ、今はリハーサルなのでラフな私服姿なのだが。

 そんな巨大なセットの中を3桁に上る人数のスタッフが忙しなく動き回る光景に、加奈達5人はただただ圧倒されていた。後ろを振り返ると視界いっぱいに広がる客席やフロアが目に映り、数日後にはここが人で埋まること、そしてその人数を前に自分達が踊ることを想像して気が遠くなる心地になる。

 バックダンサーの自分達でもこの緊張だというのに、主役である周子が感じるプレッシャーはどれほどのものだろうか。

 

「あっ、もしかしてバックダンサーの子達? 今回のライブ、よろしくねぇ」

 

 と、そんなことを考えていたら、周子が5人の姿を見掛けて歩み寄ってきた。Tシャツ姿で肩にタオルを掛けて額には汗が滲んでいるという格好なのに、どことなくアイドルとしてのオーラを身に纏っているように感じるのは、5人が彼女を色眼鏡で見ているからだろうか。

 有香・ゆかり・美里の3人は、初めて会う大型新人アイドルに緊張している様子だったが、

 

「あの、周子ちゃん! えっと、わたし、少しの間だけ一緒にレッスンしていたんだけど……、憶えてる……?」

「うん、加奈ちゃんに法子ちゃんでしょ? ちゃーんと憶えとるよー」

「良かった、憶えててくれて! あっ、ドーナツどうぞ!」

「おお、ありがとねぇ」

 

 加奈と法子が周子と仲良く話しているのを見て、他の3人も次第に緊張を(ほぐ)していき、加奈達と同じように会話に混じっていった。

 

「それにしても凄いよねぇ、周子ちゃん。こんな広い会場でソロライブするんでしょ? お客さんの数も凄いだろうし、緊張しない?」

 

 しばらく他愛もないお喋りを楽しんだところで、法子がふいにそんなことを尋ねてきた。

 しかし周子はそれを聞いて、緊張を浮かべるどころかニカッと楽しそうに笑って、

 

「別に緊張はしないかなぁ。今はとにかく楽しみで仕方ないって感じだしね!」

「おぉ! さすが“超大型新人”!」

「ちょっ、止めてぇなその呼び方ー。照れるやろ?」

 

 周子の返事に、他の4人は素直に感心した様子だったが、

 

「……ねぇ、周子ちゃん」

 

 加奈だけは、周子に尋ねずにはいられなかった。

 

「んー? 加奈ちゃん、どうしたの?」

「周子ちゃんはさ……、怖くないの? 1人でステージに上がるんだよ?」

 

 まるで自分のことのように辛い表情を浮かべる加奈に、それでも周子はその楽しそうな笑顔を崩すことはない。

 

「1人じゃないよー。加奈ちゃん達だってステージに上がるじゃん」

「わ、わたし達はバックダンサーだもん! 主役は周子ちゃん1人でしょ? こんな広い会場を埋めちゃうくらいに大勢のお客さんが、周子ちゃん1人を観に来てるんだよ? 怖くないの?」

 

 加奈の言葉に、周子はフフッと笑みを漏らした。

 

「確かにお客さんから見たら私1人かもしれないけど、私は1人じゃないからね」

「へっ?」

「だってほら、周りを見てみてよ」

 

 周子に促され、加奈達は周りへと目を遣った。

 巨大なセットを建設し、見栄えの良いように微調整する美術スタッフ。周子を魅力的に見せるために奮闘する衣装スタッフ。ステージ上の世界観を視覚的に表現するのに欠かせない照明スタッフ。その瞬間の輝きを映像に収めようと工夫を凝らす撮影スタッフ。ライブの根幹を成す音楽を、最も良い状態で客に届けるために試行錯誤する音響スタッフ。

 

「今ここにいるスタッフ以外にも、今回のライブを宣伝してくれる広報スタッフとか、そんなスタッフ達がスムーズに仕事できるように色々調整する舞台監督とか、他にも色んな人達がこのライブのために仕事してるんだ。――そんな人達と一緒にいるんだから、何も不安に思うことなんて無いでしょ?」

「――――!」

 

 ニカッと笑ってそう言い放つ周子に、加奈はドキリと心臓が高鳴った。傍で聞いていた他の4人も、周子の話に真剣な表情で聞き入っている。

 すると、

 

「あないなこと言うてもらえるなんて、プロデューサーはんも嬉しいんやないどすか?」

「はい、とても光栄なことです。小早川さんも、そうでしょう?」

「――――!」

 

 そんな彼女達の背後から突然聞こえてきた声に、加奈達は驚きの表情で後ろを振り返り、そしてそこにいた声の正体にその驚きをさらに大きくした。

 そこにいたのは、“奇跡の10人”のプロデューサーとして知られ、現在は周子の担当プロデューサーでもある武内P。

 そして周子のユニット“羽衣小町”のメンバーであり、プライベートでも親交の深い小早川紗枝だった。

 

「おっ、2人も来てくれたんだね。お仕事は終わったの?」

「周子はんのハレやさかい、頑張って終わらせてきたんどすえ?」

「塩見さん、リハーサルは順調に進んでいますか?」

「うん、順調だよ。あっ、でも2人に相談したいことがあったんだ。今から大丈夫かな?」

「分かりました、伺いましょう」

「何でも相談しておくれやす」

「良かった。――すいません、スタッフさーん! バックダンサーとの歌合わせを、ちょっと遅らせてもらっても良いですかー!」

 

 周子が周りのスタッフに呼び掛けると、周りから一斉に肯定の返事が来た。体育会系の男性スタッフが多いためにその返事も野太くて大きく、加奈達が思わずビクッ! と肩を跳ねさせるほどの迫力がある。

 

「ごめんね、みんな。せっかく来てくれたのに待たせちゃって」

「ぜ、全然そんなことないよ! プロデューサーさんとの打合せ、頑張ってね!」

 

 拳を握りしめる加奈に周子は微笑ましそうにクスリと笑い、武内と紗枝と共に舞台袖へと移動していった。そしてそこで何やら真剣に話し込む3人の様子を、加奈も同じように真剣な表情でじっと見つめていた。

 

「さすが周子さんですね。あれが“プロ意識”というものでしょうか」

「そうだねー。私の方が年上なのに、何だか教えられた気分だよ」

「あたしもあんなアイドルになれるよう、頑張っていきます! 押忍(おす)!」

「うんうん! ――それにしても時間が空いたね。ドーナツ食べよ」

 

 そんな会話を交わす4人へと視線を移し、加奈はニッコリと笑みを浮かべた。

 

 

 *         *         *

 

 

 そうして様々な経験を積んでいった加奈達5人。

 そしてついに、この日がやって来た。

 

「――えっ? わたし達が、デビュー……?」

 

 自身のプロデューサーの口から語られたその言葉に、加奈達は呆然とした表情を浮かべ、そして徐々に笑顔になり、そして目に涙を浮かべて感情を爆発させた。普段なら人目を気にして出せないような大声を出し、それでも収まらない感情を全員でハグし合うことで発散させる。

 

「良かったな、みんな! 俺もこの5人でアイドル活動ができて嬉しいぞ!」

 

 喜びを全身で表す5人を前に感極まったのか、担当プロデューサーも目に涙を浮かべて笑っていた。まだまだ“新米”という肩書きが取れない彼にとって、いや、おそらくどんなベテランのプロデューサーでさえ、担当アイドルのデビューというのはそれだけ感慨深いものなのである。

 

「だがおまえ達、これはあくまで“スタートライン”だ! ここから先も色々と辛いことがあるかもしれない! だがおまえ達なら、きっとそれを乗り越えて素晴らしいアイドルになってくれると信じている!」

「はいっ、プロデューサー! わたし達、誰もが知ってるような有名なアイドルになれるように、精一杯頑張ります!」

 

 加奈の力強い宣言を筆頭に、他の4人も次々と力の籠もった言葉を口にしていった。それは担当プロデューサーに聞かせるためでもあり、自分に言い聞かせるためでもある。

 そして5人+担当プロデューサーは、デビューに向けた打合せを行うため、小さな会議室まで移動することにした。その間も、5人はデビュー後の将来について想いを馳せる。

 

「わたし達、どんなアイドルになるんだろうね!」

「たくさんテレビに出て、素敵なライブをやって、お客さんがいーっぱい来てくれて!」

「私達を見て、1人でも多くの人が元気になってくれたら嬉しいですね」

 

 まさに希望に溢れた表情で、和気藹々とそんなことを話している彼女達の耳に、

 

「いい加減にしてくださいよ、プロデューサー!」

 

 少女の怒号にも似た叫び声が聞こえ、5人とプロデューサーは一斉にそちらへと顔を向けた。

 そこにいたのは5人もよく知っている、最近テレビで頭角を表してきた新人アイドル・輿水幸子と前川みくの2人だった。彼女達はいかにも不機嫌だと主張するような膨れっ面をしながら、大人の男性(おそらく彼女達のプロデューサーだろう)に詰め寄っている。

 

「ボク、この前も言いましたよね! 『もっと歌やダンスの仕事を増やしてください』って!」

「別にバラエティ番組が悪いって訳じゃないにゃ! でも最近ずっとバラエティ番組の仕事ばっかりだにゃ! このままじゃみく達、完全にバラエティ専門のバラドルになっちゃうにゃ!」

「それだけならまだしも、最近体張った仕事ばかりですよね! スカイダイビングとか、猛獣に追い掛けられるとか、虫を食べさせられるとか!」

「みくなんか、1週間に1度くらいのペースにプールに落とされてる気がするにゃ! しかもご丁寧にお魚泳がせてるし! 生臭いの止めてって言ってるのに!」

 

 2人の怒濤の文句に、彼女達のプロデューサーは真剣な表情でウンウンと頷いていた。

 

「2人の言いたいことはよく分かる。しかし向こうは2人にバラエティの仕事を求めているし、こちらも今こうして勢いがある内に2人の顔をお茶の間に浸透させたい狙いがある。確かに自分達の思い描く仕事とは違うかもしれないが、それでも2人は間違いなく売れっ子アイドルなんだよ」

「そんなこと言ったって、ボクは歌って踊れる正統派アイドルに憧れてたんですよ! それこそ卯月さんみたいに!」

「卯月さんの付き人に選ばれたときは、卯月さんみたいな正統派アイドルになれると思って喜んだにゃ! 小日向美穂チャンとか五十嵐響子チャンとか、卯月さんの付き人だった子ってみんなその路線だし!」

「なのになんでボク達だけ、こんな体張った感じのスタイルなんですか! これじゃ、せっかくのカワイイ美貌が台無しですよ!」

「そうにゃ! みくだって、こんな水に突き落とされるだけの仕事なんて――」

「そんなことない!」

「――――!」

 

 彼の突然の大声に、幸子やみくだけでなく、遠巻きに聞いていた加奈達5人も思わず驚きで体を跳ねさせた。

 

「良いか、幸子? おまえがバラエティ番組に呼ばれるのは、一生懸命何かをやろうとする幸子がとても魅力的だからだ。必死に汗を流して何かに取り組む幸子の姿は、ステージに立つアイドルよりもずっと可愛くて輝いているぞ」

「ふえっ! そ、そんな――」

「それに、みく。おまえは『水に突き落とされるだけの~』と言っていたが、おまえが番組に呼ばれるのはそれだけが理由じゃない。おまえは自分の番組での立ち位置を把握したうえで、番組全体の空気を敏感に察知して動くことのできる力を持っている。おまえのその気配りが、スタッフや視聴者に伝わっているんだ」

「ちょ、ちょっと――」

「身内の贔屓目だとかそんなの関係無しに、俺はおまえ達2人が346プロの中で一番魅力的なアイドルだと思っている。――それこそ、島村卯月よりもだ」

「…………!」

 

 担当プロデューサーの言葉に、幸子もみくも顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。何か言おうとしているのだが、それが声にならないために何を言いたいのか分からない。

 やがて何回も深呼吸をして気を落ち着かせたことで、ようやく彼女達の想いは声になった。

 

「……ま、まぁ、プロデューサーさんがそこまで言うなら、仕方ないですね」

「みくももう少し、バラエティのお仕事頑張ってみるにゃ。ほんの少しだけどね!」

 

 2人の言葉に、プロデューサーは満面の笑みを浮かべて「ありがとう!」と礼を言った。そしてその後に「それじゃこれから番組の打合せだ!」と言いながら、2人を連れて廊下の向こうへと消えていった。

 そんな3人の背中を眺めながら、5人+担当プロデューサーは思った。

 

 ――幸子ちゃんとみくちゃん、あの人にまんまと言いくるめられてる……。

 

 

 

 346プロからデビューした5人組ユニット“イエローリリー”。

 彼女達がこれからどんなアイドル人生を歩んでいくのか、それは本人達さえも知らない。



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