怠け者の魔法使い   作:ゆうと00
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番外編5 『個性的なアイドルと、個性的なプロデューサー』

 346プロでは数ヶ月に1度、定期的に新人アイドルが集う合同ライブを開催している。

 大多数のアイドルにとって、このイベントが最初に訪れるブレイクのチャンスだ。ここで他のアイドルに差をつけて注目を集められれば、他のメディアから声が掛かるようになるし、単独ライブでも客が集まるようになる。だからこそ、このライブではそんな彼女達の初々しい、そして絶対に夢を掴み取ってやろうという強い意志の籠もったパフォーマンスが観られる。

 さらに、このライブ自体には“新人であること”以外にテーマというものが存在しない。よって他のイベントよりも個性の振り幅が大きく、バラードが得意なアイドルの直後に激しいダンスが得意なアイドルが登場する、ということもザラである。

 よってこのイベントは、数多く存在するアイドルファンの中でも特に熱心な人々がこぞって押し掛ける。皆がアイドル業界に新たな風を吹き込む新たな才能の存在に興味津々だ。

 そんなライブイベントの裏側で現在、静かに事件が始まっていた。

 

 

 *         *         *

 

 

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様です、皆さん!」

「お疲れ! いやぁ、楽しかったわ!」

 

 たった今ライブを終えた少女達がステージを降りて、舞台袖にいたスタッフ達に挨拶を掛けていく。自分達の力を出し切ったという充足感からか、汗を滲ませる彼女達は皆一様に晴れやかな笑顔を浮かべている。

 帽子の付いた青いマーチングバンド風のステージ衣装に身を包んでいるのは、4人組のユニット“ブルーナポレオン”の面々だ。黒いミドルヘアに赤縁眼鏡が特徴の上条春菜、メンバー最年少の11歳ながら落ち着いた雰囲気の佐々木千枝、その豊満な胸と悪戯っぽい目つきが印象深い松本沙理奈。

 そして、そんな彼女達より遅れてステージを降りたのが、

 

「……お、お疲れっス」

 

 顔を真っ青にして膝をガタガタと震わせた、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうに疲労困憊となっている少女・荒木比奈だった。元々柔らかい癖っ毛を持つ彼女の髪は、すっかりセットが崩れてボサボサになっている。

 そんな彼女の姿に沙理奈は呆れたように溜息を吐き、春菜は乾いた笑い声をあげ、千枝は心配した様子でスポーツドリンクを比奈に差し出した。

 

「大丈夫ですか、比奈さん?」

「あ、ありがとうっス、千枝ちゃん……」

 

 これでも彼女は立派に20歳の大人なのだが、小学生に世話をされている彼女はお世辞にもそうは見えなかった。デビュー前のレッスン時から散々見てきた光景とはいえ、リーダーである沙理奈としては再び溜息を吐いても仕方ないだろう。

 

「トレーナーさんに散々『体力付けろ』って言われてたでしょ。これに懲りたら、少しはトレーニングに力を入れなさいね」

「ほ、ほら、アタシってインドア派でスし、体を動かす担当は沙理奈さんに任せるってことで――」

「確かに比奈ちゃんは“漫画家”とか“デザイナー”って肩書きがあるけど、それはアイドルとしての実力を付けてこそ意味があるものでしょ。じゃなかったら、アイドルをやっている意味が無いんだから」

 

 比奈はアイドルデビュー前から漫画を描いている同人作家であり、その世界ではちょっとした有名人(“荒木比奈”名義ではないが)だった。そしてその技能を活かして、CDジャケットやグッズのデザインなどの仕事も請け負っていた。“ブルーナポレオン”の関連グッズも大半が彼女の手によるもので、ユニットを美術面から支える屋台骨である。

 しかし沙理奈の言う通り、だからといってアイドルの仕事を疎かにして良い理由にはならない。今でこそ様々な分野で活躍している“奇跡の10人”も、スタート地点であるアイドル活動で結果を残したからこそ今の地位を築けているのだから。

 

「おう、みんな。お疲れ」

 

 と、そのとき、彼女達4人の担当プロデューサーである男がやって来た。30代半ばであるその男は元々他の芸能事務所にいたベテランであり、そこで人間関係のトラブルを起こして346プロに鞍替えしたという経緯を持つ。

 

「比奈に関しては沙理奈が大体言ってくれたから、俺から言うことは何も無いな。でもまぁ、今回のライブでは特に失敗があったって訳でもないし、次から気をつけてくれれば問題ないさ」

「……分かったっス。みんなも、迷惑掛けてすまないっス」

「大丈夫ですよ、比奈さん。アタシ達がしっかりフォローしますから!」

「そうですよ! みんなで頑張りましょう!」

 

 春菜と千枝の励ましに、比奈はふにゃりと柔らかい笑みを浮かべた。普段から気怠い雰囲気を醸し出す彼女がよく浮かべるそれに、沙理奈もフッと笑みを漏らした。

 

「んじゃ、千枝。そろそろ“向こう”と合流してくれ。出番はまだ先だけど、最後の確認くらいは必要だろう」

「あっ、そうでした! 行ってきます!」

 

 千枝はそう言って頭を下げると、その場から走り去っていった。つい先程までパフォーマンスをしていたというのに、その足取りは未だ力強い。

 

「子供の体力って、本当に無尽蔵っスね……。ユニットの掛け持ちなんて、今のアタシには絶対無理っスよ……」

「私もさすがに“ブルーナポレオン”で精一杯だわ……。千枝ちゃんが次に出るのって、確か“リトルスマイルズ”でしたっけ?」

「そうそう。高畑さんが担当してる横山千佳ちゃんと、()西()()()が担当してる赤城みりあちゃんとのユニットだな」

「それ以外にも“L.J.B.G”(リトル・ジャズ・バンド・ガールズ)にも参加してるんですよね? しかもそのユニット、凄く練習量が多いって聞くし……。年少組って、そういうユニットの掛け持ち多くないですか?」

「小さな子は色んなことをすぐに吸収するし、それをこなすだけのバイタリティがあるからな。――まぁ、おまえ達は最後のトークコーナーまで出番が無いんだ。ゆっくり体を休めながら、他の奴らのパフォーマンスを楽しんでな」

 

 俺はちょっと仕事があるから、と言い残して、プロデューサーの男はヒラヒラと手を振ってその場を離れていった。

 

「とりあえず、楽屋に戻ろっか。確かそこのテレビからでもステージって観られたわよね」

 

 沙理奈の言葉に春菜と比奈が揃って頷き、未だ慌ただしい舞台袖から楽屋へ続く廊下へと歩いて行った。

 

 

 しかし結局、彼女達がトークコーナーの時間まで楽屋に戻ることは叶わなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「おや、君達は“ブルーナポレオン”だね。お疲れ様」

 

 廊下を少し歩いた先で、沙理奈達は思わぬ人物と遭遇した。ロマンスグレーの髪に、眼鏡の奥から優しく細められた目を覗かせるその男は、新人アイドルである彼女達ですらよく知っている顔だった。

 

「お、お疲れ様です! 今西部長!」

「あはは、そんなに畏まらなくて良いよ。それに今日の僕はあくまでも、“アイドルのプロデューサー”としての立場でここに来てるんだからね」

 

 そう言って笑い声をあげる今西だったが、だからといって彼女達も「はいそうですか」と態度を崩す気持ちにはなれなかった。

 346プロの花形であるアイドル部門の部長である今西、そして常務取締役である美城の2人は、プロデューサー達を統括する立場でありながら、彼らと同じようにプロデューサー業を行っている。現場の空気を知るという目的があってのことだが、元々優秀である2人だけあって、担当アイドルは揃って売れっ子への道を着々と歩んでいる。

 そして今西が現在担当しているのは、計3人。先程の会話にも出てきた赤城みりあ、今回のイベントでもトリを務める緒方智絵里、そして――

 

「本番が終わって疲れているところ悪いけど、森久保くんを知らないかな?」

「乃々ちゃんですか? 見てないですけど……、もしかして()()逃げ出したんですか?」

 

 沙理奈の問い掛けに、今西は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

 今西が担当しているアイドルの1人・森久保乃々は、人と目を合わせることもできない引っ込み思案で、自分に自信が無くて、アイドルとしてデビューしてからも「アイドルを辞めたい」と公言する、レッスン生の頃からの“問題児”である。

 そんな彼女の最も問題な行動が、こうして今回のように度々起こす“逃亡癖”だった。

 

「森久保くんを見掛けたら、僕に連絡してくれるかな?」

「アタシ達も探しましょうか?」

「いやいや、君達は体を休めなさい。彼女は僕達で探すから」

 

 僕“達”ということは、他にも彼女を探してる人がいるのだろう。それはそうだ。彼女の出番はまだであり、このままではライブに穴を空けてしまう。いくら所属事務所主宰のライブとはいえ、プロとしてはかなりマズイ事態には違いない。

 今西が「それじゃ」と短く言い残して去った後も、沙理奈達は楽屋へ戻ろうとしなかった。

 3人が顔を見合わせて、小さく頷いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「乃々ちゃん? そういえば見てないなぁ」

 

 3人が最初に訪れたのは、“ブルーナポレオン”の1つ前に出演した“イエローリリー”の楽屋だった。先程質問に答えたのは、ユニットのメンバーの1人である今井加奈である。

 現在彼女達は、楽屋にあるテーブルを埋め尽くすように紙製の箱を並べていた。その1つ1つにはドーナツがぎっしりと詰められており、ざっと見渡しただけでも100個近くはあるかもしれない。それによって部屋中が甘ったるい匂いに包まれ、最初3人が部屋に入ってきたときは思わず顔をしかめたほどである。

 

「せっかく来たんだし、みんなもドーナツ食べてってよ!」

 

 そんな光景を生み出した元凶である椎名法子は、自身もドーナツを頬張りながら3人に向けてドーナツを差し出してきた。

 

「あ、ありがとう、法子ちゃん……。疲れてるから、甘い物が美味しいわ」

「ありがとうございます。お礼にこの眼鏡をあげましょう」

「あぁ、確かに美味しいっスね。もの凄い勢いで、口の中の水分持っていかれるっスけど」

 

 そして3人は律儀にそれを受け取り、モグモグとドーナツを頬張っていた。そして春菜はなぜか、どこからか取り出した眼鏡(度は入っていない伊達である)を法子に渡していた。よく分からない物々交換の成立である。

 

「それにしても乃々ちゃん、またいなくなっちゃったんだね……」

「そうっスね……。セットリストを見る限り、そろそろ準備しなきゃマズイ時間なんスけど……」

 

 ドーナツを頬張りながらも、3人の表情は心配の色に染まっている。それが伝染するかのように、“イエローリリー”の5人も姿の見えない同僚を心配する表情になっていく。

 そしてその表情に、決意の色が浮かんだ。

 

「よし! わたし達も一緒に探そう!」

 

 加奈の宣言に、他の4人も力強く頷いて応えた。

 

「えぇっ! いや、悪いよ! みんなだって疲れてるでしょう?」

 

 沙理奈が慌てた様子で止めようとするが、それでも加奈達の決意が揺らぐことはない。

 

「だってこのままじゃ、乃々ちゃんがステージに立てなくなっちゃうでしょ? せっかく今日のために練習したのに、そんなの嫌だもん!」

「そうですね。もしかしたら、一時の気の迷いかもしれませんし」

「何か心配なことがあるんだったら、あたし達がそれを取り除いてあげないと!」

「私達のことなら心配しなくても大丈夫よ。この後の出番はトークコーナーだけだもの。みんなもそうだから、こうして乃々ちゃんを捜しに動こうと思ったんでしょ?」

 

 思いやりに溢れた彼女達の言葉に、沙理奈達はこれ以上止めることはできなかった。止める方が失礼だと思ったからである。

 

「……えっと、じゃあ、よろしくね」

「うん!」

 

 沙理奈のお願いに、加奈が代表して返事をした。

 

 

 *         *         *

 

 

「乃々さんですか……。残念ですけど、私は見てないですね」

 

 3人が訪れたのは、12歳でありながらソロとして活動する、艶のある長い黒髪が特徴の橘ありすだった。ステージ衣装に身を包んだ彼女は、本番前ということもあって曲の歌詞やライブ全体の流れなどをチェックしている真っ最中である。

 

「そっか……。ごめんね、ありすちゃん。本番前に話し掛けちゃって」

「橘です。別に構いませんよ、私は気にしていないので」

「ありがとう、ありすちゃん。本番、頑張ってね」

「橘です。私は探すのを手伝えませんが、早く見つかると良いですね」

「乃々ちゃんはアタシ達で見つけるっスから、ありすちゃんは気にしないで良いっスよ」

「橘です――って、なんで皆さんして私を名前で呼ぶんですか! 最初に会ったときから『名字で呼んでください』って言ってますよね!」

 

 3回目ともなればさすがに我慢の限界だったのか、ありすが歌詞カードをテーブルに置いて声を荒げた。とはいえ、140センチを僅かに超えている程度の彼女ではいまいち迫力に欠け、3人は怖がるどころかほんわかとした笑みを浮かべている。

 

「だってありすちゃん、自分の名前をユニットに付けてるから、もう気にしていないのかと思って……」

 

 ありすが日本人っぽくない自分の名前をコンプレックスに思っていることは3人共知っているが、現在の彼女はソロユニット“ALICE IN WONDERLAND”名義で活動している。ライブの世界観もそれに合わせ、物語性に富んだ歌詞やライブ演出となっている。

 なので3人がそう思うのも無理はなく、現にそれを指摘されたありすは、答えに窮するかのように口を引き結んで苦い表情となっていた。

 

「……これは文香さんが名付けてくれたから、そのユニット名で活動しているだけです」

「つまりありすちゃんは、嫌々その名前で我慢していると?」

「なっ……! 誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」

 

 顔を真っ赤にして否定するありすの姿に、彼女達はますますその表情を綻ばせた。真面目な性格をしている彼女は、こうしてからかうと全力で反応してくれるので、悪戯好きなアイドル達にとって格好の餌食となっている。

 しかしこれ以上からかうのは、本番を迎える彼女の精神衛生的によろしくないだろう。

 

「ごめんね、からかっちゃって」

「あり……橘ちゃんがあまりに可愛いから、ついからかいたくなっちゃって」

「ほら、好きな女の子に意地悪する男子小学生的なノリってやつっスよ」

 

 3人が頭を下げて謝ると、ありすは不機嫌そうに口を尖らせながらも、

 

「……まぁ、許してあげますよ。私は大人なので」

 

 プイッと3人から目を逸らして、再び歌詞カードをチェックする作業に戻った。

 あぁ可愛いなぁ、と3人は思ったが、再び怒られるのは嫌なので黙っていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 このように、様々なアイドル達が乃々の捜索に当たっていた頃、

 

「出囃子と一緒にステージに挙がって、そのまま『memories』と『любовь(lyubov')』を続けて歌う。それが終わったら最初のMCね。ここまでは大丈夫?」

все в порядке(vse v poryadke)、大丈夫、です」

 

 体がぴったりとくっつきそうなほどの至近距離で舞台袖の隅に座り、本番前の最後の打合せをしているのは、長い亜麻色の髪を後ろで縛った、品のある立ち振る舞いでありながらどことなく色気のようなものを漂わせる少女・新田美波と、透き通った白い肌に銀色の髪が目を惹く、東欧系の顔立ちをした少女・アナスタシアだった。

 この2人は現在“LOVE LAIKA”というユニットを結成しており、そのクールで大人びた見た目と幻想的で儚げな世界観から人気急上昇中となっている。2人はその見た目を活かして歌手活動だけでなく、美城グループの化粧品会社のイメージキャラクターとしても活動している。

 

「……アーニャちゃん、緊張してる?」

「……да(da)、はい、とても緊張しています」

 

 少し迷ってアナスタシアが口にした言葉通り、今の彼女は表情が強張っており、その手も小刻みに震えていた。

 そんな彼女の手に、美波の手がそっと添えられた。震えを抑え込むように、ギュッとその手に力が籠もる。元々ほとんど距離の無かった2人の間が完全に埋まり、美波の体の熱がアナスタシアへと伝わってくる。

 

「大丈夫だよ、アーニャちゃん。今までずっと練習してきたもの、きっと上手くいくわ」

「……Это право(Eto pravo)、そうですね。それに、ミナミもいます」

 

 するとアナスタシアの表情から余計な力が消え、美波に応えるようにその手をギュッと握りかえした。体が触れ合うほどの距離で2人は見つめ合い、ニコリと穏やかな笑顔を浮かべている。

 

「……2人共、準備は整っているか?」

 

 そんな彼女達に声を掛けたのは、ハッキリとしたメイクに長い黒髪を後ろできつく縛った、30代後半から40代前半の女性・美城常務だった。そして彼女の隣には、光の加減で青色に見えるボブカットに、悪戯好きのネコを思わせる目つきをした大人の女性の雰囲気を漂わせる少女・速水奏の姿もある。

 

доброе утро(dobroye utro)、おはようございます、プロデューサー、カナデ」

「来てくれたのね、奏ちゃん」

「もちろん。同じプロデューサーの下で活動する者同士、あなた達の晴れ姿を見ておきたいもの」

 

 そう答えた奏と“LOVE LAIKA”の2人が、現在美城が担当するアイドルである。

 奏は現在ソロで活動しているが、2人と同じように化粧品会社のイメージキャラクターを務めている。特に彼女は最初に撮影した口紅のポスターの印象が非常に強く、未だに“速水奏=キス”のイメージが色濃く残っているほどである。

 このように美城の担当するアイドル3人は、全員が化粧品会社のポスターの仕事をしている。これはプロデューサーである美城が元々その会社を立ち上げたからであり、いわば彼女の持つコネによるものだ。しかしそれでしっかりと結果を残しているのは、間違いなくアイドル自身の力によるものだろう。

 

「別にこれが初めての舞台って訳じゃないし、普段通りやれば自ずと結果はついてくるわ」

「速水の言う通りだな。全力を出してくるんだ、君達の実力は私が保障する」

「――はいっ!」

 

 美城と奏の激励に、美波とアナスタシアは力強く返事をした。その表情には、つい先程までの不安はどこにも無かった。

 

「それにしても、やけにスタッフ達が慌ただしいな……。何かトラブルがあったのか?」

 

 ふいに周りを見渡してそう言った美城は、一番近くにいた若いスタッフを捕まえて事情を尋ねた。

 すると、スタッフはこう答えた。

 

「それが……、乃々ちゃんがどこかに逃げちゃったみたいで……」

「何だと――?」

 

 

 *         *         *

 

 

「今西さん、森久保乃々がいなくなったそうですね」

 

 乃々の担当プロデューサーである今西の下へと駆けつけた美城は、開口一番にそう切り出した。その迫力に、彼の傍にいた赤城みりあと緒方智絵里の2人が、ビクッ! と肩を跳ねさせた。そしてそれは、みりあの後ろにいた佐々木千枝と横山千佳の2人も同じだった。

 

「やぁ、美城くん。来ていたんだね」

 

 しかし今西はそれにもまったく動揺を見せず、いつもの穏和な笑顔のまま美城を迎えた。

 

「彼女の出番は“LOVE LAIKA”の次です。このまま姿を現さないと、ライブに穴を空けることになります」

「あぁ、そうだね。だから今、こうしてみんなに話していたところだよ」

 

 今西はそう言って、みりあ達へと視線を向けた。

 それに合わせるように、みりあが1歩前へと踏み出す。

 

「ジョームさん! 乃々ちゃんのこと、待っててほしいの! みりあ達が、乃々ちゃんよりも先に出るから!」

「つまり本来彼女よりも出番の後だった君達が先に出ることで、彼女が来るまでの時間稼ぎをするということか」

「そういうことだよ。その間に森久保くんは僕達が見つけるから――」

「駄目です」

 

 今西の言葉を遮って、美城は力強く言い放った。

 

「彼女は過去に何度も、今回のように本番前に姿を眩ましています。それだけじゃなく、彼女はレッスンのときにも度々逃亡を図っているようですね。そのような人間を、神聖なステージに立たせる訳にはいきません。あそこは血の滲むような努力を積み重ねてきた人間が立つべき場所です」

「ジョームさん! 乃々ちゃんは凄く頑張ってるよ! レッスンだっていつも逃げようとするけど、ちゃんと全部受けてるし!」

「確かに彼女はデビューできただけあって、実力はそれなりにあるようです。しかし私が問題にしているのは、彼女のアイドル活動に対する“姿勢”です。本人が嫌々やっているのなら、わざわざ続けさせる必要が無いと思うのですが」

「…………」

 

 美城の言葉を、今西は黙って聞いていて口を開こうとしない。みりあ達小学生組は不安そうな表情で、今西と美城の間で視線を行ったり来たりさせている。

 そんな中、動いたのは智絵里だった。

 

「えっと、常務さん……。私には、乃々ちゃんの気持ちが凄く分かります……」

 

 彼女の今にも消え入りそうな辿々しい声に、その場にいる全員の目が彼女へと向く。

 

「……多分乃々ちゃんは私と同じように、自分に自信が持てないんだと思います。もし失敗したらどうしよう、自分を応援してくれてる人の期待を裏切っちゃったらどうしよう、っていつも怖くて仕方ないんです」

「しかし君は、そこから逃げずにいつもステージに立っている。そして君のパフォーマンスで客はいつも盛り上がり、だからこそ今日のライブでも君がトリを任された。彼女と違い、君はアイドルを真正面から向き合っている。それに、本番前・本番中の忙しいスタッフの手を患わせるのは、プロとして疑問を感じざるを得ない。そして君達自身にもその皺寄せが来ている。君達だって、彼女に迷惑を掛けられて憤りを覚えるのでは――」

「めーわくなんかじゃないよ!」

「私達で、乃々さんを助けるんです!」

「そうそう! 乃々ちゃんもみんなも、みーんな大事な“仲間”だもん!」

 

 美城の言葉を必死に否定したのは、みりあを始めとした小学生組だった。彼女達の純粋で真摯な眼差しに、美城は口を閉ざして彼女達をじっと見つめる。

 

「お願いします……。乃々ちゃんを、信じてあげてくれませんか?」

 

 そして智絵里が、胸の前で両手を結んで祈るようなポーズで美城にそう言った。

 美城はしばらくの間考える素振りを見せ、何か言おうと口を開いた、

 そのときだった。

 

 

「乃々ちゃん、見つかったよ!」

 

 

 *         *         *

 

 

 薄い色素を持つセミロングの髪を後ろで幾つもの小さな束に分け、毛先をドリルのようにクルクルと巻くという独特のヘアスタイルをした少女・森久保乃々は、楽屋からステージへと続く廊下の途中にあるソファーに座っていた。

 

「やぁ、乃々くん。やっと見つけたよ」

「あ、えっと……、プロデューサーさん……」

 

 そんな彼女の担当プロデューサーである今西は、普段から浮かべている穏和な笑みを一切崩すことなく、乃々の隣へと腰を下ろした。乃々はそんな彼にビクッ! と肩を跳ねさせ、彼から逃げるように視線を逸らす。

 

「みんなから聞いたよ……。外の非常階段の踊り場で(うずくま)っていたようだね……」

「えっと、その……」

 

 乃々は助けを求めるようにあちこちに視線をさ迷わせたが、2人の周りに人影は無かった。彼女と2人きりで話をしたかった今西によって、人払いが行われているためである。

 

「君はいつも僕に『アイドルを辞めたい』と言っている。そして仕事の時間になると、逃げようとして姿をくらますことが多い」

「…………」

「君にとって“誰かに注目される”というのは、非常に怖いことなのかもしれない。ましてやアイドル活動ともなれば、その視線の数は尋常なものではない。だから君が本番前に逃げ出そうとするのは、或る意味自然な行動なのだろうね」

「……そ、それが分かってるんなら、なんでもりくぼを辞めさせないんですか……?」

 

 辿々しくも、乃々は今西に問い掛けた。

 それだけ分かっていて、なぜ自分にアイドルを続けさせるのか。

 なぜ自分を、見捨てないのか。

 そんな想いが込められた彼女の問い掛けに、今西は尚も穏やかな笑みで答える。

 

「――君が、()()()アイドルの仕事から逃げたりしないからだよ」

「…………えっ?」

 

 今西の言葉を、乃々は理解することができなかった。

 

「何を言ってるのか、全然分からないんですけど……。今日だってライブが嫌だから、もりくぼは逃げたんですけど……」

「それじゃ逆に訊こうか。――君が本気でアイドルの仕事から逃げたいと思ったのなら、どうして敷地の外に行かなかったんだい?」

「…………」

 

 今西の問い掛けに、乃々は答えなかった。

 あるいは、答えられなかった。

 

「君が敷地を出て街に飛び出してしまえば、君を見つけるのは非常に困難になっていた。そうなれば君は誰にも見つかることなく、こうして僕の所へ連れ戻されることも無かった。――なぜ君は、そうしなかったんだね?」

「それ、は……」

 

 まるで喉に何か詰まったかのように、彼女の言葉は途中で引っ掛かって続きが出てこなかった。

 それを代弁するかのように、今西が話を続ける。

 

「君は、確かめていたんだよ。自分がみんなから必要とされていることを。自分が“ここ”に立っても良いということを。――君は自己評価がとても低いから、自分でそれを判断することができない。周りの人間が必死になって自分を探してくれることで、君はそれを確認することができる。安心して、舞台に立つことができる」

「…………」

「まぁ、これは僕の勝手な想像だからね。自分の気持ちを勝手に推測されるほど腹の立つこともないだろう、違っていたのなら遠慮無く指摘してくれて構わないんだよ」

「そんなの、できるはずないんですけど……。プロデューサーさんは、346プロの部長さんな訳ですし……」

「君はそんなこと気にしなくても良いんだよ。346プロに所属しているとはいえ、君は僕達とは違う立場にいるんだから。――それに、君と向き合っているときは、僕は単なる1人のプロデューサーだ」

「…………」

 

 その言葉に、乃々は初めて彼へと視線を向けた。

 彼女の不安に揺れる目が、今西の優しく細められた目と向かい合う。

 

「大丈夫だよ。君は自分が望む望まないに関わらず厳しい競争を勝ち上がり、デビューの座を掴み取った“アイドル”だ。君の実力は、プロデューサーである僕が保障する。――それでも不安だというのなら、僕が傍で君のことを見ていよう」

「…………」

 

 小さく、乃々は頷いた。

 

 

 

 346プロの新人アイドル達が集う合同ライブ。

 そのトリを飾るのは、ソロで活動する森久保乃々だった。秘かに絵本作家に憧れているというだけあって、彼女の紡ぐ世界観はメルヘンチックで、暖かみのあるものだ。庇護欲をそそられるような彼女の言動との相乗効果により、会場は他のアイドル達とも違う独特の雰囲気に包まれている。

 

「良かった、乃々ちゃん。ちゃんとライブやれてるみたいね」

「一時はどうなるかと思ったっスけど、一安心スね」

「うんうん! 乃々ちゃん、輝いてるね! 後は眼鏡があれば完璧だね!」

「ステージに立ってる乃々さん、とっても可愛いです!」

 

 舞台袖で見守るのは“ブルーナポレオン”の面々だけでなく、本日のライブに参加しているアイドル、彼女達の担当プロデューサー、そして手の空いているスタッフ達だった。結構な人数に上るので、舞台袖の人口密度は結構なものとなっている。

 

「……お疲れ様です、今西部長」

「あぁ、美城くんか。君もお疲れ」

 

 そんな人々に紛れて乃々を見守っていた今西の傍に、美城が静かに寄ってきた。今西に声を掛けたものの、今の彼女の視線はステージ上の乃々に固定されている。

 

「……今西さん、随分と変わられましたね」

「どうしたんだい、急に?」

「昔の今西さんならば、彼女のようなタイプは真っ先に切り捨てていたでしょうに」

「はははっ、それは誤解だよ。僕は今まで、部下を切り捨てたことなんて一度も無い」

「確かに、()()()()()切り捨てたことは一度もありませんでしたね。――常に高いハードル設定を課して部下を激しく叱咤し、しかし自分はそれを乗り越えていくあなたに心を折られた者は、皆が自分から辞表を提出していましたから」

「…………」

 

 美城の言葉に、今西は何も答えなかった。

 

「……あなたの目から見て、彼女はそれほどまでに逸材に見えるのですか?」

「あぁ、そうだね」

 

 美城の質問に対し、今西はほとんど間を空けずにそう言い切った。

 

「本気でアイドルを辞めようとは思っていないが、しかし普段の消極的な態度は単なるポーズではない。そもそも彼女がこの業界に来たのも、本人の意思ではなかったらしいしね。にも拘わらず、彼女はアイドルとしてデビューできるほどの実力を持っている」

「その実力をさらに高めるために、アイドルの仕事に対してもっと熱心に取り組むよう“指導”することはしないのですか?」

「あのスタンスこそが、彼女を彼女たらしめている所以だからね。僕も武内くんのように、アイドル1人1人の個性を尊重することにしているのさ。それに――」

 

 ステージ上の乃々を眺めながら、今西は言葉を続ける。

 

「彼女本人としては非常に迷惑だろうが、彼女は追い詰められれば追い詰められるほどに輝くタイプだ。今だって、自分が本番前に逃げたことで順番がトリになってしまい、その重圧と戦いながらステージに立っている。そのおかげで、今の彼女はレッスンのときよりも明らかにクオリティが上がっている。――だから僕は、ギリギリまで彼女を泳がせているんだよ」

「……今西さん、まさか最初から彼女の居場所を――」

 

 美城の言葉を遮るように、今西は彼女へと顔を向けた。普段と変わらぬ人の良さそうな笑みで、彼女のことをじっと見つめている。

 そして彼女が言葉を呑み込んだことを確認して、今西は再び乃々へと顔を戻した。

 そんな彼の背中を見つめながら、美城は確信した。

 この人は“やり方”を学んだだけで根本は何1つ変わっていない、と。

 

 

 

 新人アイドルの合同ライブは、大好評の内に幕を閉じた。



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