怠け者の魔法使い   作:ゆうと00
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第23話 『過去』

「北条さんって、何かノリ悪いよね」

 

 授業が終わった放課後の教室にてクラスメイトの少女からそう言われたとき、加蓮は自分の爪を磨いていたその手を止めて彼女を鋭い目で睨みつけた。そしてそんな目を向けられた彼女は、そんなことを言えばそんな反応になることが分かっていたはずなのに、ビクッと肩を震わせた。

 しかしその少女は、自分の他にも何人かクラスメイトが集まっているのを思い出し、即座に強気な表情へと戻っていった。おそらく彼女達が自分の味方になってくれると踏んでのことであり、現に加蓮の席を取り囲むように立つ彼女達は、その少女を睨みつけた加蓮に対して敵意にも似た目を向けている。

 

「何、いきなり?」

「別にいきなりって訳じゃないでしょ? 今も私達がカラオケ誘ってもすぐ断ったし、今までだって私達の誘いに乗ったこと無いじゃない」

「私にだって都合があるんだから、いつも誘いに乗れるとは限らないでしょ。別にみんなだけで楽しめば良いじゃん」

「じゃあさ、北条さんの予定に合わせるよ。いつだったら都合が良い?」

「さぁ、いつだったら空いてるかしらねぇ……。その内じゃない?」

 

 加蓮がそんな曖昧な返事をして再び自分の爪を弄り始めた途端、彼女を囲むクラスメイト達の雰囲気が変わった。擬態語を付けるとしたら“ピリッ”という具合だろうか。

 

「北条さんさぁ、そういう態度って無いんじゃないの?」

「アタシらはさ、入院が多くてクラスに馴染めない北条さんのために、こうしてみんなと仲良くなれる機会を作ってあげてるんだよ?」

「せっかく誘ってあげてるんだからさ、少しは素直になってくれても良いんじゃないの?」

 

 そして加蓮を取り囲む少女達が、次々と彼女にそんな言葉を掛けてきた。教室の隅の方で行われているとはいえ、その光景は授業が終わって教室を出ていこうとしていたクラスメイト達の目に留まり、皆が動きを止めてその様子を遠くから見守っている。

 

「――――、ハンッ」

 

 そして皆の視線を集める中、加蓮はそんな少女達をまっすぐ見据え、鼻で笑った。

 彼女の真正面にいた少女が、カッと顔を紅くして加蓮を睨みつける。

 

「何が可笑しいのよ!」

「いやぁ、随分と恩着せがましいなぁって思ってさぁ。早くクラスに馴染みたいとか、早くみんなと仲良くなりたいとか、私がいつそんなことを言ったっけ?」

「私達はただ、北条さんのためを想って――!」

「だぁかぁらぁ、私がいつそれを望んだっていうのよ? 大して喋ったことも無い癖に、勝手に私の想いを決めつけないでよ」

 

 それを聞いた少女達の1人が何か言おうと口を開いたが、声となる前に加蓮がそれを遮るように話し始める。

 

「どうせあんた達、入院を繰り返してる私のことを可哀想だとか思ったんでしょ? それで『恵まれないあの子に救いの手を~』とか思っちゃったんじゃないの?」

「―――――! あんたねぇ――」

「でもさぁ、相手の気持ちを考えないでやったところで、結局はただの自己満足でしかないんだよねぇ。あ、それとも『こんな素晴らしいことをするなんて、私はなんて良い人なんだろう!』って自分に酔いたかったのかな? だったらごめんね、当てが外れちゃって」

 

 ばんっ!

 

 とうとう耐え切れなくなった少女達の1人が、加蓮の机に両手を叩きつけた。遠巻きに眺めていたクラスメイト達は揃ってビクッ! と肩を震わせたが、一番近くでその音を聞いた加蓮はつまらなそうな表情で彼女を眺めるのみである。

 

「あんたさ、いい加減にしなよ! せっかく人が親切に話し掛けてやってるっていうのに!」

「そんな目の前で大声出さなくても、ちゃんと聞こえるよ。耳鼻科には通ってないんだから。――っていうか、ついに本音が出たね。『親切に話し掛けて()()()()』だってさ」

「あんた、自分が他の人と違うからって特別だと思ってんじゃないの? そんなんじゃ、一生友達なんて出来ないわよ」

「お生憎様、私はあんた達みたいな“仲良しごっこ”は趣味じゃないの。ごっこ遊びするにしても、自分の遊び相手くらいは自分で決めるわ。少なくとも、あんた達みたいなのは願い下げね」

「―――――! 良いわよ、そこまで言うなら二度と誘ってやらないわよ! さっさと病院に戻ってろ、このビョーニンが!」

 

 そんな捨て台詞を残して、彼女達は加蓮の傍を離れてゾロゾロと教室を出て行った。遠巻きに眺めていたクラスメイト達も、それに合わせて続々と帰り支度を始める。

 ちらり、と加蓮が周りを盗み見る。こちらに向ける視線を幾つも感じるが、その大半は自分に対して否定的なものであると、彼女は経験則から感じ取った。

 

「…………」

 

 それに対して特に表情を変えることなく、加蓮は自分の鞄を持って足早に教室を出ていった。

 

 

 

「神谷さんって、何かノリ悪いよね」

 

 授業が終わった放課後の教室にてクラスメイトの少女からそう言われたとき、奈緒は今まさに喋っていた彼女に耳を傾けるのを中断して彼女を戸惑いの目で見つめた。そしてそんな目を向けられた彼女は、そんなことを言えばそんな反応になることが分かっていたはずなのに、キョトンと首をかしげた。

 しかしその少女は、自分の他にも何人かクラスメイトが集まっているのを思い出し、即座に彼女達へと視線を遣った。おそらく彼女達が自分の味方になってくれると踏んでのことであり、現に奈緒の近くに立つ彼女達は、その少女を見つめた奈緒に対して非難にも似た目を向けている。

 

「何だよ、いきなり?」

「別にいきなりって訳じゃないでしょ? 今も私達の話題にテキトーな返事してるし、今までだって私達の話ちゃんと聞いてないじゃない」

「い、いや、別に聞いてない訳じゃないんだけどな、アタシにだって知らないことがあるんだから、いつも話題に乗れるとは限らないじゃんか。別にみんなが話してるのを聞いてるだけでも楽しいからさ」

「じゃあさ、神谷さんの好きな話題に合わせるよ。何が良い?」

「さ、さぁ……? 何が良いかなぁ……?」

 

 奈緒がそんな曖昧な返事をして自分の髪を弄り始めたが、それによって彼女に寄り添うクラスメイト達の雰囲気が変わるようなことは無かった。せいぜいが、彼女の態度を訝しんで首をかしげる程度である。

 しかし少女達の1人が「あ、そういえば」とスマートフォンを取り出して何かの画像を画面に映したことで、彼女達の雰囲気が変わった。擬態語を付けるとしたら“ザワッ”という具合だろうか。

 

「ねぇ、これって神谷さんだよね? こういうの好きなの?」

「えっ? あっ、ちょっ――!」

 

 何かに気付いた奈緒が手を伸ばして止めようとするも、その少女は画像を他の皆にも見えるように掲げてみせた。

 その画像は学校帰りなのか制服を着ている奈緒が、店の前に置かれたショーケースを熱心に見つめているものだった。

 そしてその中に入っているのは、カラフルな着色が施されフリフリの衣装を身に纏った、大きな杖っぽいものを持つ少女を象ったキーホルダーだった。日曜朝にやっているような女児向け魔法少女アニメに見えなくはないが、彼女の穿くスカートは太腿が露わになるほど捲れ上がっており、過度な装飾に反して必要以上に肌が露出しているように思える。

 つまりそれは、

 

「えぇっ? もしかしてこれって、オタクってやつ?」

「うわぁ、神谷さんてそうだったんだー」

「あぁ、だから私達と話が合わなかったんだね。納得だわ」

「っていうか、もしかしてこれ男向け? うっそ、もしかして私達のこともこんな目で見てたってこと? それはさすがにキモくない?」

「――消せっ!」

 

 口々に好き勝手な感想を呟く少女達に奈緒は顔を紅くし、元凶となったスマートフォンを取り上げようと腕を伸ばした。しかしその手がスマートフォンに届く前に、その少女を庇うように他のクラスメイト達が奈緒の体を押さえつけた。

 

「まぁまぁ、神谷さん。そんなに気にしなくても良いじゃない?」

「そうそう、人の趣味なんてそれぞれなんだから」

「それにしても、神谷さんには悪いことをしたわね。趣味の合わない私達にむりやり付き合わせちゃって」

 

 口では随分と奈緒に配慮したことを言っているように思えるが、直前であれだけ散々悪口を言っており、口元が笑いを堪えるように歪み、完全にこちらを見下しているのがよく分かる目つきをしていては、奈緒としてはまったく説得力を感じない。

 

「…………」

 

 奈緒自身、こういった趣味が一般的にはあまり受け入れられないことは分かっている。だから学校ではそれを表に出すことは一切無かったし、皆が話題にする趣味の合わない話についていけるよう調べたりもした。

 

「……アタシがおまえらに何をしたっていうんだよ」

 

 この場の空気にとうとう耐えきれなくなった奈緒は、鞄を持ってそのまま教室の出口へと早足で向かっていった。背後から「あーあ、神谷さん泣いちゃったじゃん」とか「いや、でもオタクは無いわ」とか「ちょっと付き合い方考えよっか」とか聞こえてきたが、彼女はそれを無視して教室を出ていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「あれっ、早いな加蓮。いつもだったら、アタシが起こすまで絶対にベッドから出ないのに」

「失礼な、私だって早起きくらいするよ」

 

 パジャマ姿の奈緒がリビングにやって来たとき、キッチンのカウンターに隣接するテーブルにて加蓮がノートを広げていた。その隣には、白とピンクの可愛らしいデザインをした携帯の音楽プレーヤーも転がっている。

 奈緒はそのノートをちらりと見遣ると、テレビを中心にL字に配置されたソファーへと腰を下ろした。そして自分の太股をテーブル代わりにノートを広げ、ポケットから青を基調とした格好良いデザインの携帯音楽プレーヤーを取り出した。

 ちょうどそのタイミングで、加蓮がおもむろに口を開いた。

 

「本当はもう少し遅くまで眠る予定だったんだけどね、“胸糞悪い夢”を見たせいで妙に目が冴えちゃって」

「……アタシも同じだよ。やっぱり“コレ”のせいか?」

 

 奈緒がそう言って手元のノートを掲げると、加蓮はフッと苦笑いを浮かべた。

 今日は土曜日。休日なので当然“アプリコット・ジャム”の公演日であるし、隣に住む菜々達もいつもと同じように朝早くから劇場へと向かっていった。奈緒と加蓮もその公演を手伝うために一緒に部屋を出るのが、208プロに移籍してからの2人の日常だった。

 しかしここ最近、2人は劇場の手伝いをしなくなり、公演日もこうして部屋に籠もることが多くなった。もちろんサボりなどではなく、杏にそうするように言いつけられたからである。

 その理由というのが、

 

「それでどうよ、加蓮? 進捗の程は?」

「もう少しって感じかな。奈緒の方は?」

「アタシもあと2、3曲って感じ。このペースだったら、月末のレコーディングには充分間に合うかもな」

 

 2人がやっているのは、自分のソロアルバムに収録する楽曲の作詞作業である。

 元々2人はソロでステージに立つために208プロに期間限定で移籍したのだが、方向性に迷っていたために難航していた時期もあった。しかし文香の家にお邪魔したその日をきっかけに何か掴んだのか、2人はその日の夜の内にアイデアを纏めて杏に提案した。

 そしてその提案を杏が了承したことで、さっそく曲作りが始まった。2人が話すイメージに沿った楽曲が次々に作られ、2人はそれを何度も聞きながら初めての作詞に四苦八苦している。

 ちなみに楽曲制作の流れとしては、曲の方をアレンジまでほぼ完璧に仕上げてから作詞作業に入る、という方法を採用した。これは実際に輝子が曲を作るときにやっている方法であり、何も無い状態で手探りのまま作詞をするよりはハードルが低いためである。

 

 2人がそれぞれ作詞作業に入ると、途端にリビングは静まり返っていった。ペンを走らせる音と、時折2人が自分で付けた歌詞を口ずさむ以外、何の音も聞こえない時間が過ぎていく。

 そうして、影が移動していることがハッキリと分かるくらいに時間が流れた頃、ふいに加蓮が奈緒に話し掛けた。

 

「そういや奈緒ってさ、最初に出会った頃は頑なに自分がオタクだって隠してたよね」

「…………、何だよいきなり」

「いやいや、せっかく“こういう機会”なんだからさ、昔話に花を咲かせようかと思って。ひょっとしたら、作詞の参考になるかもしれないよ?」

「………まぁ、あの頃はまだ自分をさらけ出すのが怖かったからな。それに経験上、加蓮みたいなタイプが一番アタシのことを馬鹿にしていたし」

「えぇっ? 私って、そんなタイプだったかなぁ?」

「最初に出会った頃の加蓮は、まさにアタシが一番苦手にしていたタイプだったよ。正直、レッスンの度にアタシに絡んでくるのも嫌だったし」

「えぇっ、そうだったの? ショックだなぁ。私は最初から、奈緒のこと好きだったのにぃ」

 

 加蓮の言葉に、奈緒は「好きって――!」と顔を紅くして大声を出しかけたが、すぐに気を落ち着かせて別の言葉を口にした。

 

「というか、なんで加蓮はアタシに絡んできたんだよ? 別にアタシ、加蓮が怒るようなことしなかっただろ」

「うーん、まぁ、候補生の中で奈緒が一番上手かったからっていうのもあったけど……。――奈緒は憶えてる? 私達が初めてレッスンに参加した日、私が貧血起こして倒れちゃったこと」

「あぁ、確かにそんなことあったなぁ。いきなりでビックリしたからよく憶えてるよ」

「そのときにさ、奈緒が一番早く駆けつけてくれたじゃない? 他の人達が遠巻きに眺めてたり、むしろライバルが減って内心嬉しそうにしてる中で」

「いや、それはたまたまアタシが一番近くにいたからで、他にも駆けつけてくれた人がいっぱいいたじゃねぇか」

 

 奈緒の言葉に、加蓮は「確かにそうなんだけど……」と呟いて話を続けた。

 

「むしろ私が嬉しかったのは、次の日レッスンに来たとき、他の人達が私のこと凄く心配してきた中で、奈緒だけが特に心配しないであっさりしてたことなんだよ」

「えぇっ、そうだったっけ?」

「そうだよ。他のみんなが『大丈夫?』とか『無理しないで休んで良いんだからね』って凄く声を掛けてきたのに、奈緒は『おっ、来たのか』って感じでちょっと視線を向けるだけだったの」

「マジかよ、全然憶えてねぇ。というかそれ、アタシが凄く冷たい人間みたいじゃねぇか」

「いやいや、それが嬉しかったんだって。私のことを腫れ物に触るみたいに扱うんじゃなくて、ごく普通の人と同じように接してくれるのが良かったんだよ。当時の私って、人が心配してくるのとか凄くウザいって感じてたから」

 

 本当に嬉しそうに話す加蓮に、奈緒は「ふーん、そんなもんか……」と半分納得していないような表情で呟いた。

 自分のターンが終わったから今度は奈緒の番、と思ったかどうかは定かではないが、今度は加蓮が彼女に質問をぶつけてきた。

 

「そういう奈緒はさ、いつからか私の前でもオタクを隠さなくなったよね。何かきっかけとかあったの?」

 

 しかし加蓮のこの質問に対して、奈緒は苦虫を噛み潰したような何とも言い難い表情になった。

 

「……いや、アタシとしては今も隠してるつもりなんだけど」

「えっ、そうなの? ぶっちゃけバレバレなんだけど」

「嘘だろ……。――まぁ確かに、あんまり意識的に隠そうとはしなくなったと思うけど」

「やっぱりね。なんで?」

 

 加蓮の問い掛けに、奈緒は腕を組んでしばらく考え込んでから、

 

「やっぱりアレかなぁ? アタシと加蓮が“待機組”に昇格したときくらいのことなんだけど」

「えっ? 何かあったっけ?」

「レッスンスタジオから駅に行く途中にさ、フィギュアとか同人誌とかが売ってる店あったじゃん。あそこの前を2人で通り過ぎようとしたときに、表のショーケースにアタシがずっと欲しかったフィギュアが並んでて、加蓮がいることも忘れて思いっきり反応しちゃったことがあってさ」

「うーん……? あぁ、言われてみれば何となくそんなことがあった気がする……」

「そのときに加蓮が『奈緒ってこういうのが好きなの?』って訊いてきて、アタシは内心でめちゃくちゃ焦ってたんだけど、加蓮はそのフィギュアをじっと見つめてさ、『私にはよく分かんないや』って言うだけだったんだよ。その後にも何か言ってきたりしないで、それまでと変わらずにアタシと付き合ってくれて……。多分、それがきっかけだったんじゃないかな」

 

 懐かしむような遠い目でそう言う奈緒に、加蓮は不思議そうに「えぇっ、そんなことで?」と首をかしげた。

 

「でもさ、私は別に奈緒の趣味とかよく分かんないんだよ? どうせだったら、同じような趣味を持ってる人の方が色々と良いんじゃないの?」

「いや、別にそれはそれで良いんだけどな? 何て言えば良いか分かんないけど、自分と違う価値観を持っているのに、自分のことをありのままに受け入れてくれたっていうか……。とにかく、そんな感じなんだよ」

 

 若干嬉しそうに話す奈緒に、加蓮は「ふーん、そんなもんか……」と半分納得していないような表情で呟いた。

 と、そのとき、

 

 ぴんぽーん。

 

「んっ?」

 

 部屋のチャイムが鳴って、2人は揃って玄関へと顔を向けた。それはこの部屋の玄関のチャイムを押したときに鳴る音であり、マンションの正面玄関をスルーしてここに辿り着いたことを意味する。そんなことができるのは、このマンションの住民か、住民が玄関を通るときに一緒に入ってきた者のどちらかだ。

 後者を警戒して若干緊張の面持ちでインターフォンの画面を覗き込んだ奈緒が、そこにいる人物の姿に少しだけ目を見開いた。

 

「あれっ、杏さん?」

「えっ? まだ劇場が開いてる時間だよね?」

 

 奈緒と同じく疑問の表情を浮かべる加蓮だったが、とりあえず杏を部屋に招き入れた。

 

「いやぁ、ごめんね突然お邪魔して」

「別にそれは構わないんだけど……。もしかして劇場で何かあったのか?」

「いやいや、そういうんじゃないって。単純に2人の様子を見に来ただけ。はいコレ、差し入れ」

 

 杏はそう言って、如何にもケーキが入っていそうな紙の箱を2人に差し出した。しかもそこにプリントされているのは、常に行列が絶えずなかなか買えないことで有名な人気スイーツ店のロゴということもあり、2人のテンションが一気に高くなる。

 

「マジかよ杏さん! サンキュー!」

「えっ、どうしたのコレ! まさか並んだの?」

「はははっ、まさかそんな訳ないじゃん。そこの店のオーナーとは現役時代のちょっとした知り合いでね、取り置きしてもらったのを裏口で渡してもらったんだよ」

「すげぇ! さすが“奇跡の10人”!」

「はっはっはー。もっと崇めたまえー」

 

 箱の中には、この場にいる3人分として3種類のケーキが入っていた。菜々達の分は別にとってあるとのことなので、2人は遠慮せずに頂くことにした。いそいそと紅茶の用意をして、あっという間に3人のお茶会が組まれていく。

 こうして3人によるお茶会が幕を開けた。とはいえ基本的に真面目な性格である加蓮と奈緒は、せっかくだからと杏に作詞のアドバイスを求めてきた。彼女もケーキを摘みながらではあるが「ここの部分はリズムに合わせて母音を揃えた方がより印象的になるよ」と真摯に答えていく。

 そうしてアドバイスが一通り出揃った頃、杏が感心するようにこんな言葉を口にした。

 

「それにしても2人共よくやるよ。2人が今ファンの人達に曲を通してさらけ出そうとしてるのって、或る意味自分にとって一番デリケートな部分じゃん」

「まぁ、確かに色々と葛藤もあったけど、結局それを含めて今の私があるからね。ファンの人達にも、今まで私達が見せてこなかった“ありのままの自分”を見てもらいたいし」

「アタシ、今になって思うんだよ。もしかしたら最初に話を貰ったときからこのテーマでやること自体は決めていて、足りなかったのは“覚悟”だけだったんじゃないか、ってな」

 

 そう話す2人の表情には、つい先日まで浮かべていた迷いが綺麗に消え去っていた。今になって振り返ってみると、方向性そのものは頭の中に既に浮かんでいて、しかし行動に移す“覚悟”が足りなかったからあそこまで悩んでいたのかもしれない、とまで考えるようになっていた。

 吹っ切れた様子の2人に、杏も自然と笑みを浮かべた。

 そんな彼女の笑みが崩れる問い掛けが、加蓮の口から飛び出した。

 

「そういえばさ、杏さんって学生時代どんなだったの?」

「――――えっ?」

 

 フォークに刺したケーキを口に運ぼうとしていた杏は、間抜けな声をあげてピタリと動きを止めてしまった。柔らかいケーキが重力に耐えきれずにフォークから零れ、皿の上にべちゃりと崩れ落ちた。

 

「あっ、ひょっとしてあまり触れられたくなかった? ごめん、だったら別に話さなくても――」

「それは別に大丈夫だけど、そんな大したもんじゃないよ? ごくごく平凡な不登校からの引き籠りだから」

「いや、それって平凡じゃないと思う……」

 

 奈緒の遠慮がちなツッコミに、杏はケラケラと笑い声をあげた。何かを隠していたり変に気負っている様子は、少なくとも2人には感じられなかった。

 

「そんなに仲の良い友達はいなかったけど、別にいじめられたって訳じゃないんだよ。勉強もそれなりにできたから、特にそれで悩んだことも無いし」

「じゃあ、なんで……その、そういうことになったんだ?」

「特にコレっていうきっかけは無いんだけどね、何ていうか、今まで積もり積もったものがフッと湧いて出たって感じ? 『将来はこういう道に進め』って勝手に言ってくる親とか、考え方からして根本から合わないクラスメイトとか、そういうことでの疲れとかイライラが溜まっていって、ある日ふと『何かもう、どうでもいいや』って思っちゃったんだよねぇ」

「杏さんが引き籠るようになって、家族の人は何か言ってきたの?」

 

 加蓮のあまりにストレートな訊き方に奈緒が思わず顔を引き攣らせるが、杏は気にする様子も無く答える。

 

「父親は最初の頃は色々と言ってきたけど、説得を諦めてからは何も言わなくなったね。元々仕事人間だったけど、ほとんど家に寄り付かなくなるくらいに仕事をするようになったよ。――母親は自分のせいで杏がおかしくなったって勝手に責任感じてたのか、やたらと杏に対して優しくしてきたよ」

「あぁ、それはかなりウザいね」

 

 思い当たる節のある加蓮の一言に、杏は「でしょ? 小言を言ってきた方がずっとマシだっていうね」と笑い混じりに言った。

 

「それでまぁ、このままずっと社会復帰できないで人生終わるのかなぁって思ってたら、色々な偶然が重なってアイドルやるようになって、その勢いのまま実家を出ていったんだよね」

「それからは、一度も家族に会ってないの?」

「電話すらほとんどしないね。それこそ杏がアイドルを引退して少しした頃に不動産経営をしようと思い立って、実家の余ってる土地をくれって強請(ねだ)ったときくらい」

 

 久し振りの娘からの電話が『土地くれ』っていうのは親としてどうなんだろう、と横で聞いてる奈緒は思ったが、それを口に出す勇気は彼女には無かった。

 

「まぁ結局何が言いたかったかっていうと、ただ逃げただけの杏と違ってちゃんと向き合う決心をした2人は偉いなぁ、ってことよ。――頑張ってね、2人共。杏達もできるだけ手伝うからさ」

 

 杏はそう言って話を切り上げると、再びケーキへとフォークを伸ばした。

 2人は何か言いたげに口を開きかけたが、喉から出かかったその言葉をケーキと共に呑み込んだ。今の杏は否定や慰めの言葉を望んでいない、と何となく感じ取ったからである。

 その代わりにとりとめの無い話に花を咲かせ、束の間の休憩時間だったお茶会は楽しい雰囲気の中で終わっていった。

 

 そして杏が部屋を出ていった後は、再び2人して作詞作業に取り掛かった。

 2人のソロアルバムは、ほとんど形になってきつつあった。



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