記憶喪失な雪風と勇者王(改訂中) 作:蒼妃
―――研究所周辺―――
「警備に2人、武装は軽装備。制圧は容易そうね。」
研究所を取り囲むように広がる森の中。
先行した不知火は、周辺をパトロールする警備隊に気付かれないように姿を隠しながら研究所の様子を監視していた。
「警戒が続いてる所を見ると、脱走した子は捕まってないみたいね。」
「そっちは陽炎が無事に確保したみたいだよ。」
まるで初めからそこに居たかのように川内とボルフォッグ、そして長月が姿を見せる。
川内はすでに短刀を両手に握っており、ボルフォッグもビークルマシン形態からビークルロボ形態に変形しており、突入準備は万全だ。
「ベイタワー基地からの援軍ももうすぐ到着するとのことです。」
「良し。予定通りに開始できそうだね。」
「陽炎がまだ合流してませんが?」
「作戦手順は知ってるだろうし、後から参加でも大丈夫でしょ。」
「……どうやら来たようですね。」
「予定時刻も早いご到着だねぇ。」
雲の隙間から顔を覗かせる星空を見上げれば、ひと際明るく輝く1つ星。
その星は徐々に大きくなっていき、その正体が鮮明になっていく。
星の正体は、黒光りするボディに取り付けられた照明だ。
「作戦、開始!!」
真っ先に川内が飛び出し、入り口を守る警備員に襲いかかる。
「な、何者だ!?」
川内に気付いた警備員はすぐに武器を構えるが、遅かった。
霊力によって強化された身体能力に普通の人間が叶う訳がなく、警備員は意識を刈り取られる。
「第1段階完了、と。」
「お見事です、川内隊員。」
「まあ、普通の人間2人だけだしね。警備も薄くなってるし。」
警備員を手際よく拘束しながら答える川内。
そして、警備が無力化された所で、GGGの援軍を乗せた輸送列車が研究所近くに着陸する。
「ちょっと、夕張。急に作戦時間早くするの、やめてよね。」
「ごめんごめん。時間計算、間違えちゃってね。」
ガジェット・ライナー1号車の運転席から顔を出す夕張。
それに釣られるように2号車、3号車に乗っていた本部からの援軍も外に出る。
全員がすでに艤装の装着を済ませており、凱も“IDアーマー”という戦闘用の甲冑を身に纏っている。
「お久しぶりです、凱機動隊長。」
「ああ。諜報活動ご苦労だったな、ボルフォッグ。」
「この程度、くぐって来た激戦に比べれば、どうということはありません。」
「頼もしい限りだ。此処からは俺たちの仕事だ。
ボルフォッグは研究所周辺の警戒とガジェット・ライナーの警備を。」
「了解しました。」
「じゃあ、こっちも取り掛かるわよ。朝潮」
「はい。」
Gウェポン―ウィルナイフを装着した朝潮が前に出る。
そして、緑色の刀身を展開すると、研究所の扉を十字に切り裂いた。
「さぁ、第2段階開始よ!!」
研究所の警報が鳴り響くのと、GGGが研究所に乗り込むのはほぼ同時だった。
________________________________________
GGG部隊が突入を開始した頃。
「土佐」と名乗る少女を救助した陽炎は、森の中をガンドーベルで疾走していた。
「あっちゃぁ……間に合わなかったか。」
『はい。陽炎隊員もお急ぎを。』
「わかってるって。」
ボルフォッグの通信を切り、さらに速度を上げる陽炎。
その背後では、土佐が腰に手をまわして、振り落とされないようにしがみ付いている。
「それにしても、転生体ねぇ。まさか、本当に居るとは思わなかったわ。」
「転生体は前世の記憶を明確に覚えていません。
日常生活で自分が転生体であると気付く人は居ないと思います。」
「だけど、霊結晶《セフィラ》を取り込むと、前世を明確に思い出す。」
「はい。私や他の人もそうでした。後、あの“始原の艦娘”も転生体だったみたいです。」
「始原の艦娘……敗戦寸前の国を守り抜いた英雄、ね。」
転生体というのは、かつての戦舟の魂――船魂が人に転生した存在のこと。
その最大の特徴は人の身でありながら、霊結晶《セフィラ》に適合できることだ。
また、転生体が霊結晶《セフィラ》を取り込むと、特殊な能力を発現すると言われている。
この世界に最初に現れた5人の艦娘――通称、始原の艦娘もこの特殊な能力を使って、深海棲艦の手から国を守護したのではないかと言われている。
「ねえ、転生体って研究所に何人ぐらい居るの?」
「詳しい人数は分かりません。私も同室の子以外と会う機会は皆無でしたから……」
「―――ってことは、手当たり次第か。」
「お役に立てなくて、すいません。」
「気にしなくていいわよ。―――っと、見えて来たわね。」
突入開始からおおよそ3分の遅刻で、陽炎も作戦現場に到着した。
「みんなはもう中に?」
「盛大に暴れてるみたいよ。陽炎も混じってきたら?」
「そうさせてもらいます。土佐、アンタはどうする?」
「私も連れて行ってください。少しぐらいなら施設の中を案内できます。」
「じゃあ、お願いするわね。」
「はい!!」
「あっ、そうそう。陽炎に渡すモノがあったのよ。」
そう言って、夕張は陽炎に向かってメタルケースを放り投げる。
受け取ったケースの中身を確認すると、1丁の銃とマガジンのセットが収められていた。
銃には金色の装飾が施されており、グリップの部分にはGGGの紋章が刻まれている。
「技術開発部最新作スタンバレット専用銃とマガジンよ。
大人の象でも1時間ぐらいは気を失うような代物だから、扱いには注意してね。」
「ん。ありがたく使わせてもらうわ。」
ケースから銃本体とマガジンを取り出し、マガジンをセットする。
片手でしか運転できなくなるが、ガンドーベルにはAIが搭載されているので、勝手に運転を補助してくれるため、安全だ。
「それじゃあ、陽炎。遅ればせながら作戦に参加しまーす。」
再びバイクを発進させ、研究所内に突入する陽炎。
先行隊が破壊したのか、侵入者迎撃用のトラップらしきモノは全て無力化されている。
「派手に暴れてるわねぇ。楽が出来ていいわ~」
「これ、全部陽炎さんの仲間が?」
「そうよ。」
巧みな運転技術で直角に曲がっている通路を曲がる陽炎。
その先にも先行部隊の戦闘の形跡が残されており、機械の残骸が広がっていた。
『こちら満潮。陽炎、聞こえる?』
「聞こえるよ~。どったの?」
『被験者が集められてる区画は占領したんだけど、問題が発生したのよ。』
「問題?」
『ちょっと2人だけ別の所に捕まえられてるみたい。そっちで確保してもらえる?』
「りょーかい。場所は分かってるの?」
『研究所内を動き回ってるでしょ。この状況だし。』
「それもそうか。――――ん、どうかしたの?」
満潮と話をしていると、後部座席の土佐が服の裾を引っ張った。
ガンドーベルを止め、どうしたのか尋ねると、彼女はある方向を指差した。
その方向に居たのは、鎖で両手足を拘束された2人の少女とそれを引きずって歩いている研究者の集団。さらに、その周りを武装した警備兵が守っている。
「わぉ、すっごい偶然。」
陽炎はバイクから降りて、艤装を装着する。
「ガンドーベル、土佐を少し離れた場所に。」
陽炎の命令を受け、土佐を乗せたバイクは危険が及ばない距離まで離れる。
十分に離れたことを確認した後、陽炎は被害者を確保するために走りだす。
「し、侵入者だ!!」
「遅い!!」
死角から現れた陽炎に応戦するため、警備兵が武器を構える。
しかし、霊水晶《セフィラ》から供給される霊力によって強化された身体能力を持つ陽炎は、それよりも早く引き金を引く。
「ぐわぁ!!」
放たれたスタンバレットは警備兵の肉体の自由を奪う。
「もう一発!! ついでに、これもオマケよ!!」
素早く弾丸をリロードし、もう一度を引き金を引く。
そして、ポシェットから手榴弾のような物を取り出して、放り投げる。
「そこの女の子2人!! 目を閉じなさい!!」
「「っ!!」」
GGG技術開発部謹製のスタンバレットが着弾し、警備兵がまた1人倒れる。
その直後、眩い閃光がその場に居る者たちの視覚を一時的に奪い去る。
視覚麻痺を免れたのは、目を閉じていた陽炎と2人の少女だけ。
「ぐわぁぁ、な、何も見えない!!」
「ふ、フラッシュグレネードか!!」
「はぁっ!!」
フラッシュグレネードが効いている間に距離を詰め、掌打を放つ。
「人を殺してはいけない」というオーダーがあるため、もちろん手加減しているが、急所を突かれた警備兵はしばらく動けないだろう。
(残り2人!!)
「くそぉ!! 何処に居やがる!?」
「そんなモノ、振り回すんじゃないわよ!!」
無闇矢鱈にナイフを振り回す警備兵の足を払い、転ばせる。
さらに、リロードしておいた銃の引き金を引き、また1人の警備兵を痺れさせる。
「暴れないでね。」
警備兵を無力化した陽炎は捕まっていた少女2人を抱えて、地面を蹴る。
抱える時に投下した煙玉が破裂し、真っ白な煙が通路を埋め尽くす。
だが、この行動を陽炎はすぐに後悔することになった。
(やばっ!! 電探の修理が終わってないの、忘れてた!!)
煙幕の中でも周囲の状況が大まかに分かる高性能電探が陽炎には支給されている。
しかし、作戦開始前の不知火とのいざこざ――という名の全力戦闘の際に電探が破損してしまい、一度基地で修理してもらう必要があったのを彼女はすっかり忘れていた。
(えっと……少しなら覚えてるけど……)
「そのまま前に走りなさい。そうすれば、研究所の外に出られるわ。」
「この声……満潮?」
「いいから、さっさと真っ直ぐ全力疾走!!」
「わ、分かった!!」
陽炎は言われた通り、全力で走る。
やがて煙幕が晴れ、視界が回復すると、そこには薄暗くなった世界が広がっていた。
「みっともないわね~。自分の罠に自分で引っ掛かるなんて~」
「ぐっ、何も言い返せない……」
脱出した陽炎を待っていたのは、《ボルティングドライバー》を装着した荒潮。
そして、同じような方法で一足先に脱出していたであろう土佐とガンドーベルだ。
「霞から聞いたわよ。アンタ、作戦開始前に電探、壊したんだって?」
「そ、その通りです……」
「まったく……諜報部隊の自覚あるの!?
アンタたちは、いわば先遣隊!! そんな部隊が備えてないとか、何考えてるの!?」
「か、返す言葉もございません……」
「満潮姉~お説教は後にしましょ~? 怖い人たちが追いかけてくるわよ~」
「……そうね。一応、通って来た道は潰したけど、あんまり長居する訳にはいかないわ。」
振り返ってみると、研究所の壁には穴が開いているが、それは瓦礫で塞がっている。
満潮が通り過ぎる直前に天井の一部を破壊して、通り穴を潰したのだろう。
「満潮機動隊長、被験者の収容完了しました。」
「ん、了解。突入した他のメンバーも帰って来た?」
「いえ。朝潮隊員と凱機動隊長がまだ戻っておりません。」
「2人が? まあ、あの2人なら大丈夫でしょ。
私たちは先にガジェット・ライナーで待ってましょう。」
________________________________________
「ああ、分かった。俺もすぐに戻る。」
研究所内に侵入している凱は、そう返事をすると通信を切った。
「どうかされましたか?」
「被験者全員の収容が完了したらしい。残ってるのは俺たちだけだ。」
「そうですか。流石、満潮ですね。」
「この部屋を確認したら、俺たちも脱出するぞ。」
「はい!!」
凱と朝潮は最初満潮たちと行動していたが、研究所に囚われていた子供を一足先に収容するために別行動することになった。
経験の豊富さと閉所における武器の相性のため、凱と朝潮が選抜され、研究所内の怪しい場所を徹底的に調べている最中なのだ。そして、目の前にある部屋が調査していない最後の部屋になる。
「はぁっ!!」
《ウィルナイフ》で扉を切断し、破壊する朝潮。
「「なっ!!」」
破壊した扉の先に広がる衝撃的な光景に絶句するしかなかった。
なぜなら、そこに広がっていたのは大勢の艦娘の死体だったからだ。
次話で第1章が終了して、第2章に突入します。