偽書魔法少女しゅな☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLAMAGI SYUNA MGICA 作:ジャックノルテ
次の日、河川敷の公園でわたしは、ずっと暁美さんを待っていた。暁美さんから午後なったら河川敷の公園に来て欲しいとわたしにテレパシーが届いたから。
わたしは3人掛けのベンチに座って大人しく待っていた。
待っている間に色々な人たちが河川敷を歩いて行くのが見えた。
お年寄りや夫婦、恋人、親子、友達同士や姉妹と思しき人たちが私の目の前を通って行く。それらはわたしが欲しいと願いながらも手に入れられない物。
わたしは家族や友達が欲しかった。けれど右目に呪いがあった時はそんな事は望めなかった。普通の人間では呪いが引き寄せた《魔女》や《使い魔》に殺されてしまうからだ。
そして今もわたしは《魔法少女》となってしまいやはり望めなくなっていた。
だって《魔法少女》は最終的には《魔女》になってしまうのだから・・・。
それでもわたしは思い続けている事がある。
もしも記憶が戻ってわたしの本当の家族と会えたら・・・。
わたしはたとえ《魔女》になるのだとしても会って見たかった。
記憶が無いからわたしは父親や母親をどう呼んでいたのだろう?
パパ、ママ、父さん、母さん、お父様、お母様。
兄弟や姉妹はいるのだろうか?
わたしは無くした記憶に希望を見出していたの。
けれどそこまで考えてわたしは思い出した。
昨夜、戦った《ハコの魔女》が見せた左右非対称な髪型で髪を赤と青に染め分けた女性。
あの人は一体、誰だったのだろう?
どうして懐かしさが込み上げたのだろう?
「朱奈」
わたしを呼ぶ声がして私が俯いていた顔を上げると制服姿に鞄を持った暁美さんがやって来た。その隣には昨日、会った志筑さんも一緒にいた。
心なしか志筑さんの表情は緊張した様な感じがした。
「待たせたわね。まずは座りましょうか」
私と暁美さん、志筑さんの順で並んで私たちはベンチに座った。
「まずは・・・。志筑さん。この子は朱奈。私と一緒に戦っている私やあなたと同じ《魔法少女》よ」
暁美さんはまずわたしを志筑さんに紹介した。わたしは黙って頭を下げた。
それを見た志筑さんは微笑んで私に向かって頭を下げた。人見知りな私は志筑さんに自分から話し掛ける事が出来なかった。
「では私(わたくし)の事もお話しますわ。私(わたくし)は志筑仁美。暁美さんと同じクラスメートです。そしてお二方と同じく《魔法少女》ですわ」
そう言って志筑さんは左手を誇らしげに自分の胸の前に掲げた。
左手の中指には緑色の宝石が入った《ソウルジェム》が変形した指輪をしている。
しかし会話を聞いていると志筑さんはわたしや暁美さんと一緒に戦うつもりらしかった。
「ねえ。志筑さん。あなたはどうして《魔法少女》になったの?」
間髪入れずに暁美さんは志筑さんに質問をぶつけました。
「それは・・・」
途端に志筑さんは少し思案している表情を見せました。
「話したくないのなら構わないわ。ただの好奇心だから」
気を使ったのか暁美さんはそう言いました。
「いいえ。これから一緒にこの街の平和を乱す《魔女》と戦う同志であるお二人に隠し立てする事ではありません。私(わたくし)は、私(わたくし)にとって大切な2人を助ける為にキュウべえさんと契約をしたのです」
「大切な人・・・」
わたしはその言葉を聞いて、今のわたしにとって大切な人たちの顔を思い浮かべた。
暁美さん、鹿目さん、杏子さん、マミさん。
わたしにとって大切な人たち・・・。
けれども今、マミさんは行方不明になっていました。
「それってもしかして美樹さやかと上条恭介の事?」
暁美さんがその名を口にした瞬間、志筑さんの顔は驚きで溢れていました。
「どうして分かったのですか?」
「会話を聞いていれば察しは付くわ。早乙女先生もホームルームで言っていたじゃない。まるで奇跡の様な事が起こって美樹さやかと上条恭介は今日、退院して明日から学校に登校出来る様になると。一昨日、重傷を負った人間がそんな風に簡単に回復する筈は無いわ。奇跡でも無い限り」
暁美さんの言葉はただ淡々と事実だけを語っている様に聞こえました。
「そうですわね・・・。《魔法少女》として先輩である、暁美さんにはお見通しなのかも知れません。その通りです。私(わたくし)は一昨日、上条君とさやかさんを助ける為にキュウべえさんと契約をしたのです」
志筑さんは意を決したかの様に自分が契約した理由を話した。
「あの日、私(わたくし)は偶然、病院の前を通りました。その時、目の前をさやかさんが歩いているのが見えて声をかけようとしました。すると突然、さやかさんは倒れてしまったのです。目の前が病院でしたから直ぐに私(わたくし)は病院に駆け込みました。看護士さん達をさやかさんが倒れた場所へ案内しようとした直後に病院の屋上から誰かが飛び降りたのです。その飛び降りた人は偶然にも私(わたくし)の目の前に落ちて来たのです。それが上条君だったのです・・・。さやかさんと上条君は直ぐに緊急治療室に入りました。けれど看護士さんたちの会話を聞くつもりは無かったのですが私(わたくし)は聞いてしまったのです。2人の容態は今夜が山だと。それを聞いて私(わたくし)はお稽古事に行く気分にもなれず自宅で蹲っていました。そんな時に、キュウべえさんが来て私(わたくし)に《魔法少女》の契約を提案して来たのです。俄かには信じられませんでした。命懸けの戦いになると言う事も聞きました。けれども・・・。私(わたくし)は自分が命懸けの戦いを行っても良いと思ったからこそキュウべえさんと契約をして上条君とさやかさんを奇跡で助けたのです。私(わたくし)には上条君やさやかさんのいない世界を認める事が出来ませんでしたから」
長い話を終えて志筑さんは肩で大きな息をしました。
「志筑さん。《魔法少女》の事はどれ位、聞いているの?」
「キュウべえさんからは奇跡と引き換えにこの世に災いをもたらす《魔女》や《使い魔》と戦うのが《魔法少女》だと聞きました」
「そう・・・。志筑さん。《ソウルジェム》を見せてくれない?」
「はい」
暁美さんの求めに応じて志筑さんは素直に《ソウルジェム》を左の手の平に出現させました。志筑さんの《ソウルジェム》を暁美さんは凝視しました。
「ほんの少しだけ濁っているわね。志筑さん。私たち《魔法少女》の《ソウルジェム》は《魔法》や肉体の維持にも魔力を使うわ。そして魔力を定期的に維持する為にはこの《グリーフシード》が必要なのよ」
暁美さんはそう言って昨夜の戦闘で手に入れた《ハコの魔女》のグリーフシードを志筑さんに見せた。
「まあ。これが《グリーフシード》。キュウべえさんからは聞いていましたけれども昨日は始めての戦いで慌てていて気が付きませんでしたわ」
志筑さんは隠す事無く驚きを表現していた。
「《グリーフシード》が無ければ私たちは魔力を維持する事も出来なくなるわ。《魔法少女》にとってはとても大切な物だから忘れては駄目よ。それに《グリーフシード》は《魔女》の卵だけれど《魔女》が必ず持ち歩いているとは限らないわ。だから本当は《魔法少女》同士って物凄く仲が悪いのよ。《グリーフシード》があれば魔力を使って日常生活においても他者よりも優位に立てるから」
「そんな・・・」
志筑さんは暁美さんの言葉にはっきりと分かる様に驚きを見せていました。
「《魔法少女》は正義の為に《魔女》や《使い魔》と戦う存在では無かったのですか?」
「違うわね。結局の所、《魔法少女》って自分の叶えたい願いを奇跡によって実現させその対価として死ぬまで命懸けの戦いを強いられる存在。それが決して起こり得ない奇跡を起こした代償なのよ」
暁美さんは淡々と言葉を続けた。
その言葉にはわたしにも分かる様な冷たさが感じられた。
志筑さんは思い悩んでいる様な様子だった。
「さて・・・。それじゃあ行くわよ」
そう言って暁美さんは鞄を手に急に立ち上がった。
「どこへ行くの?」
思わず聞いたわたしの質問に志筑さんも同じ様な当惑の表情を暁美さんに向けていた。
「今からこの街をパトロールするのよ。その上で志筑さん。あなたの実力を見極めさせて貰うわ。それによっては・・・。私はあなたの敵になるかも知れないから」
暁美さんは感情を見せない冷静な眼差しで志筑さんを見つめていた。
その暁美さんの眼差しを見返していた志筑さんは意を決した様に口を開いた。
「分かりました。暁美さんが何をされたいのかは存じ上げませんがお供させて頂きます」
そう言って志筑さんも真剣な表情で立ち上がった。
二人の様子を見てわたしも・・・。黙って立ち上がって暁美さんの後ろに着いて行きました。
わたしたち3人は《ソウルジェム》を掲げた暁美さんを先頭に私と志筑さんと続いた。
大通りを抜けるとわたしたち3人だけで遊歩道を通っていた時、不意に暁美さんが声をかけました。
「志筑さん。そう言えば今日はお稽古事の方は大丈夫なの?確かいくつか掛け持っていたんでしょう?」
「大丈夫です。暫く全てのお稽古事は休ませて貰う様にして貰いました。これから命懸けの戦いを行うのにお稽古事に割く時間はとてもありませんわ」
そう志筑さんが答えるのを聞いてわたしはこっそりと後ろを向いて志筑さんの表情を見た。志筑さんの表情は何とも言えない悔しさの様にわたしには見えた。
きっと志筑さんはお稽古事を途中で止めてしまう事に悔しさを感じているのかとわたしは思った。
「そう言えば暁美さんと朱奈さんはどうして《魔法少女》になったのですか?」
気を取り直した様に志筑さんはそう質問を返して来た。
それを聞いてわたしは暁美さんの背中を見つめた。
「そうね・・・。私も朱奈も志筑さんと同じ様に大切な人を守る為に契約したと言うのが現状で答えられる事かしら」
迷う事無く暁美さんは答えを返した。わたしも暁美さんの言葉に答える様に志筑さんの方を見て軽く頷いた。
「志筑さんの奇跡を聞き出しておいて申し訳無いのだけれど私と朱奈は自分達の詳細な奇跡を答える事が出来ないのよ。言葉にしたら最後、キュウべえに聞かれるかも知れないから」
キュウべえの名前を口に出した途端、暁美さんの口調に攻撃的な物が混じったのをわたしは感じ取りました。
「そうでしたわね。暁美さんはキュウべえさんの事を嫌いでしたわね。今日も学校に現れたキュウべえさんに付いて来ない様にと念を押していましたから・・・」
(だからキュウべえがいないんだ)
そう思いながらわたしは志筑さんが悲しそうに答えるのを聞いて何とも言えない気持ちになった。
だってキュウべえは《魔法少女》が最終的に《魔女》になると言う事を隠しているのに・・・。
その事を知らない志筑さんにもその事を伝えたかったけれど暁美さんに口止めされているわたしは言葉を挟む事が出来なかった。
朝、暁美さんはわたしに
「志筑さんに《魔法少女》が《魔女》になると言う事は私の口から伝えるべき時に伝えるからあなたからは決して伝えないで」
と言って口止めを促した。
「そうよ。私はキュウべえが嫌いよ。あいつが原因で私はとても辛い事を体験したわ。だからこそ私はキュウべえの事は信用していないわ」
わたしが口止めの事を思い出していると暁美さんは志筑さんに言葉を続けていた。
暁美さんの言葉は重要な部分を隠してキュウべえが原因で何かが起こったと言う事を志筑さんに伝えようとしていたとわたしには思えた。
不意に暁美さんが足を止めた。
「どうやらこの先に《使い魔》の結界があるようね。2人共、準備は良い?」
暁美さんはわたしと志筑さんを交互に見た。
わたしと志筑さんが頷くのを見ると暁美さんは路地裏に歩を進めた。
路地裏から結界の中に入るとそこには緑色で回りに子供の書いたと思しき落書きが施された結界にわたしたちは足を踏み入れた。
「行くわよ」
そう言って暁美さんが《魔法少女》に変身したのを見るとわたしと志筑さんも変身した。
志筑さんの《魔法少女》としての姿は腰に着物の様な帯をして全体的に和風な服装だった。両の手の拳には殴る事に特化したと思しきグローブが装着されていた。
そこへ子供の書いた落書きその物と言える《落書きの使い魔》がわたしたちの前から逃げようとした。
それを見てわたしは反射的にボーガンで《落書きの使い魔》を撃った。わたしの矢は《落書きの使い魔》の体に命中したが致命傷には至らずそのまま結界内に落下して行った。
と同時に志筑さんが駆け出した。その速さはわたしや暁美さん以上のもので直ぐに《落書きの使い魔》との距離を詰めると魔力を込めた右腕で真っ直ぐに《落書きの使い魔》を殴った。殴ったと同時に突風が吹き荒れ《落書きの使い魔》は不自然に歪んだかと思うとバラバラに切り裂かれて消滅した。
《落書きの使い魔》が倒されると路地裏に広がっていた結界も消滅した。
「ふう。どうですか。暁美さん。私(わたくし)の魔法は?」
わたしと暁美さんに歩み寄りながら志筑さんは優雅な仕草を見せて声を発した。
その言葉を聞いた暁美さんは難しい表情をしていたけれども直ぐに言葉を返した。
「凄いわね。風の魔法。速度だけなら私の知っている《魔法少女》の中では一番なのは間違いないわ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。暁美さん。それで・・・。答えは出たのですか?」
「ええ。出たわ。志筑さん。一緒にこの街を守る為に戦いましょう」
わたしは暁美さんがそう答えたのを聞いて驚いた。
「ありがとうございます。それじゃあよろしくお願いします。暁美さん。朱奈さん」
志筑さんはわたしと暁美さんの手を握って嬉しそうに微笑んでいた。
わたしもつられて微笑んでいた。
そんなわたしと志筑さんを見つめる暁美さんの瞳には何か違和感を覚えている様にわたしには見えていた。けどその問題が何なのかまではわたしには解らなかった。
《魔法少女》としての姿を解いた私たち3人は帰路に付く事にした。
志筑さんは嬉しそうに暁美さんと何事かを話していたけれど人見知りなわたしは2人の後ろで何を言ったら良いのか解らず、ただ2人の後ろを付いて行っていた。
公園の脇を通った時、不意に何かの音色がわたしの耳に入って来た。
「何だろう?」
「これは・・・。バイオリンの音色ですわ。この曲は確か・・・。アヴェ・マリア。もしかして・・・」
思わず回りに聞き耳を立てたわたしの疑問に志筑さんは答えると同時に音のする方向へと足を向けた。わたしと暁美さんは志筑さんの後を追った。
やがて志筑さんは木陰の前で立ち止まるとそこから前方を窺っている様だった。
それを見てわたしと暁美さんも志筑さんの見つめる方向に目をやるとそこにはバイオリンを持った私より1つか2つ年上の少年と青い髪をした少女が向かい合い親しげに会話をしていた。2人の様子には親しさだけでは無くわたしには分からない何か別な様子が窺えました。
「あれは・・・。美樹さやかと上条恭介ね」
「はい。良かった。2人ともお元気そうで・・・」
会話の様子からあの2人は暁美さんと志筑さんの知っている人の様だった。暁美さんはやや懐疑的とも言える表情をしていたけれど志筑さんは前を見るのに夢中で気付きませんでした。けれど私が見た志筑さんの表情は言葉とは裏腹に何か苦しげな様子でした。
「志筑さん。どうしたの?ケガでもしたの?」
思わず私は志筑さんに声をかけてしまいました。
「いいえ。大丈夫ですよ。ただ・・・。少しだけ胸が苦しくなりました。さあ帰りましょう。もうこんなに暗いのですし」
そう言って志筑さんは少年と少女に背を向けるとわたしと暁美さんの先を進んだ。
公園を出た所で暁美さんは志筑さんに声をかけた。
「志筑さん。本当に大丈夫なの?」
「ええ。大丈夫ですわ」
「あなた。もしかして上条恭介の事が」
暁美さんがそこまで言った時、志筑さんは手を上げてその先を言わせない様に制止しました。暫くすると観念した様に口を開きました。
「暁美さんは何でもお見通しなのですね。それも魔法の力ですか?」
「いいえ。単に推測を述べたに過ぎないわ」
ふうと一息付くと志筑さんは再び話し始めました。
「その通りですわ。私(わたくし)は上条恭介をお慕いしておりました。でも・・・。今のさやかさんと上条君の様子を見て悟ってしまったのです。今の2人の間には私(わたくし)が割り込む余地なんて無いと言う事に・・・。それに私(わたくし)はこの街を守る《魔法少女》なのです。色恋に割く時間なんて在りませんわ」
志筑さんは真剣な表情で暁美さんに宣言しました。
「本当に苦しくないの?」
「正直、少し苦しさはあります。けれど私(わたくし)は自分が苦しさを味わうと分かっていてさやかさんと上条君を助けたのです。後悔はありません」
志筑さんははっきりと自分の意思を暁美さんに述べていました。
「そう・・・。変な質問をして悪かったわね」
「良いのです。少し胸が軽くなりました。誰かと話すと言う事はとても大切な事なのですね」
志筑さんの言葉を聞いてわたしは志筑さんがとても心が強い人だと感じた。
わたしも志筑さんの様に心が強くなりたいと思った。