リュートが鏡を超えた先で一番最初に見たものは、リュートよりも一回り若そうな、黒いマントを着た多くの少年少女たちが固まった表情でした。
「平民…か?」
「あのタバサが平民を召喚した!?」
「なん…だと…!?」
「だけど背中になんか楽器っぽいの背負ってるぞ」
「それじゃ、楽士なの?」
ざわざわと周りがざわめく中、リュートは周りを確認します。そこはトリニティのような近未来的な街並みではなく、見たことのない風景でした。
(どうやら会議からは逃げ切れたかな。…それにしてもここどこだ?)
「静まりなさい!」
そんな中、今度はリュートよりも一回り年がありそうで、物腰の柔らかそうなハ…髪が薄い、メガネをかけたおじさんが出てきて少年、少女を一喝しました。
「…静まりましたね。それではミス・タバサ」
「…はい」
そう返事をしてリュートの前に出てきたのは少し小さな、メガネをかけた美少女でした。サラサラとした青い髪は短く切り揃えてあり、色白で綺麗な肌。顔立ちは人形に見紛うほど整っており、眼も深い蒼色でした。
ミス・タバサと呼ばれた少女は無表情にリュートの前で立ち止まると、何かぶつぶつ唱えて始めました。それを気にせずに、リュートは彼女に質問しようとします。
「あのー、ここは」
どこ?と完全には言えませんでした。何故かと言うと、彼女からキスをされたからです。口から口に。いきなりのことにリュートは機能停止に陥りかけましたが、
「……ってなんか手がっていったああぁぁ!?」
左手に焼け付くような痛みを覚えたせいで、こちらに戻ってきました。リュートが左手をみると、手の甲には妙な形をした紋章みたいなのが刻まれていました。
「ふむ。見たことのないルーンですが……。ちょっとスケッチさせてもらいますよ。ミス・タバサのサモン・サーヴァントは一応成功ですね」
そう言ってスケッチを取るメガネの人。全く状況が把握出来ていないリュートはタバサに質問します。
「あのー、今度こそ聞きたいんだけど、ここどこ?」
「ここはトリステイン」
そう短く答え、視線を外すと手に持っていた本を読み始めました。
「お嬢さんはどちらさんで?」
「タバサ」
構わず話しかけるリュートでしたが、タバサはリュートを一瞥すると、再び本を読み始めます。
「タバサ、ね。俺はリュート。よろしく」
握手の為に手を出しますが、少女は見向きもしません。リュートは苦笑して手を引っ込め、今度は別の質問をします。
「もしよかったら、俺は今どういう状況か教えてくれない?」
少女は本に視線を向けたまま、リュートの問いに答えます。
「あなたは使い魔として呼ばれた」
「へっ?」
彼女の話によると、この学校、トリステイン魔法学院では春に使い魔を召喚する儀式があるらしく、タバサが召喚してみるとリュートだったので契約したとのこと。再召喚する、というのはなしらしいです。
「契約っていうと?」
「さっきのキス」
そういうことだったんだと納得しつつ、微妙に顔が赤いリュート。誤魔化すために別の話をします。
「えーと、シップ到着場ってどこにある?」
「シップ?」
聞きなれない言葉に、タバサは本から目を離し、リュートに視線を向けます。
「……えーと、リージョン、って知ってる?」
首を横に振るタバサ。
「知らないならいいや。気にしないで」
彼の世界では混沌の中に領域が存在し、様々な世界観を持っています。リージョンというのはその領域といった感じです。リージョン間を移動するためにはリージョンシップなどの移動手段があります。
(まさか、未開のリージョンに来ちまったのか?)
そうであったら一大事です。帰る方法がありません。頭をうんうん悩ませていると、タバサが質問してきました。
「どこから来たの?」
「ああ、それは…」
彼女の質問に答えようとしたとき、再びざわめきが起こりました。
「ゼロのルイズも平民を召喚した!!」
騒ぎになっている中心を見てみると、タバサと同じぐらいの女の子と青年がいました。青年は先程のリュートと同じ様に呆然と座っていました。
@
「あんた誰?」
召喚された少年を1人の少女が覗き込んでいました。
くりくりとした鳶色の目に桃色がかったブロンドの髪、そして透き通るような白い肌。美少女と呼ばれる部類に十分当てはまります。
「誰って…。俺は平賀才人」
サイトと名乗った青年はパーカーを着ており、手には四角い物体―――ノートパソコンをもっていました。
「ルイズも平民を召喚したっ!?」
「なん……だと……!?」
「とすると、ルイズもタバサ並みの力を…ってそれはないか」
周りの子どもたちは笑い出しましたが、座学も実技も優秀なタバサも平民を召喚した、ということもありその笑いもすぐに収まりました。
しかし件のルイズは、幻獣や韻竜を召喚してみんなを見返すと息巻いていたせいか、赤い顔でプルプル震えていました。
「ミスタ・コルベール!」
すると、先程のメガネの人が出てきました。
「なんだね、ミス・ヴァリエール?」
「もう一度召喚をさせてください!」
コルベールと呼ばれたメガネの人は首を横に振り、ルイズを諭します。
「ダメだ、ミス・ヴァリエール。春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。やり直しは認められない」
「ですが!」
それでも首を振るコルベール。
「それに、ミス・タバサも人と契約したんだ。早く契約をしたまえ。次の授業が始まってしまうぞ?」
「……わかりました」
諦めたようにため息をつくルイズ。
「あんた、感謝しなさいよねっ。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
ルイズは目をつぶりました。
「はあっ?」
サイトはなにいってるんだコイツといった表情でルイズをみますが、ルイズは先程のタバサのように何か呪文を唱えていました。唱え終わったあと、先ほどのタバサと同じようにルイズは才人にキスをしました。先ほどのリュートのように固まる青年と顔を真っ赤にした少女。一瞬の間のあと、ルイズはサイトから離れました。
「お、終わりました」
「ちょっ、おま…」
「『サモン・サーヴァント』は何度も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
コルベールは嬉しそうに言いました。
普段だったらここで、ルイズは平民だから『契約』できたんだだの、高位の幻獣だったら『契約』なんかできないってだの周りが嘲笑込みで言いそうですが、秀才であるタバサも平民を召喚したので、凄いんだか凄くないんだかよく分からないといった顔をしています。周りの子どもたちは2人の平民を見比べます。
「…なんか顔についてる?」
1人はそんなとぼけた感じ。
「何だよ、何なんだよこれ…」
もう1人は、自分の身にまだ何があったか理解できていない感じでした。二人を見比べてとそのとき、才人が、
「グアアァァ!」
と左手を押さえました。彼の左手の甲には何かの文字のようなものが刻まれています。コルベールはサイトに刻まれたルーンを見ました。
「ふむ、これも珍しいルーンだ。スケッチを取らさせてもらうよ。……よし。それじゃみんな、教室に戻るぞ」
そう言うと彼は踵を返し、宙を浮きました。コルベールに続いて周りにいた子どもたちも浮いて教室へと向かいました。
(靴にはなんも仕掛けがなさそうだから…こっちのとは違う術かな?)
リュートは彼の世界にある(というか、彼が今履いている)ジェットブーツのお陰で人が浮いてるということには耐性があったので冷静に考えましたが、サイトには、その耐性がなかったらしく、口を開けてポカンとしていました。
「付いて来て」
タバサはそう言ってリュートに浮かせる呪文―――レビテーションをかけようとしましたが、
「ああ、俺にはかけなくていいよ」
とリュート。タバサは微かに疑問の表情を浮かべましたが、
「ほいっと」
と杖無しで飛ぶ彼を見て、タバサはリュートに素早く杖を突きつけながら問います。リュートは自然と両手をあげていました。
「あなた、何者?」
この世界では魔法を使う際には杖――もしくはそれに代わる物――を介さないと使えません。
「何者?っていわれてもな…」
警戒し始めたタバサを見て、リュートがどうしようか頭を悩ませていると、
「タバサ、遅れるわよ…ってどうしたの、そんなに警戒して」
紅い髪の女の子がリュートたちの方にきました。
燃えるような真っ赤な髪に深紅の目、そして褐色の肌にボンッキュッボンッなスタイル。そして、男性を惹きつけそうな艶やかな色香。タバサ、ルイズを美少女とするならば彼女は美女というところでしょうか。普通の男性なら(主に胸元に)釘付けか視線を反らすかです。が、リュートはノーリアクションです。鈍感という訳ではなく、彼の仲間の元トップモデルがきわどいコスプレしながら戦っていた、そこからの慣れです。
それはさておき。
話しかけられたタバサは警戒を解かずにその美女に言葉を返します。
「浮いた。魔法なしで」
「はあっ?」
何の冗談?と美女は思いましたが、タバサの警戒の色を見ると冗談ではないようです。その美女はリュートを観察するように見たあと、
「…そんなに警戒しなくてもいいんじゃない、タバサ」
そうタバサに告げました。
「敵意とか殺気とか全くないし、顔も悪人とは程遠い。浮いたのは確かに気になるけど、ね」
「…」
そう説得され杖を下ろすタバサ。ですが、目にはまだ警戒の色があります。杖が下ろされたのでリュートは取りあえずホッとしました。
「だけど得体が知れないからやっぱりそこまで警戒したほうがいいかも」
が、美女の余計な一言で再び杖を上げるタバサ。
「どっち!?」
ツッコミを入れるリュート。
「あははっ。冗談よ、冗談」
笑い声を上げる美女。
そのやりとりをきっかけに張り詰めていた空気が緩み、タバサの警戒も薄れ、また無表情に手に持っていた本を読み始めました。
「しかし不思議ね。サモン・サーヴェントで平民が召喚されるなんて」
美女は改めてリュートを観察し始めました。
「……あなたどこから来たの?よく見るとあなたの背中の楽器なんか見たことない
し」
リュートがちょっと考えてから答えようとしたその時、
「ミス・タバサ、ミス・ツェルプストー、ミス・ルイズ。教室にいないと思ったらまだここにいたのか」
さっきのU字ハ…コルベールがこっちにやって来ました。
(話の途中で来るなんて空気読めてないわね、このコッパゲは)
ツェルプストーは内心そう思いましたが、立派なレディである彼女は表面上は取り繕って笑顔で対応します。
「ミスタ・コッパ…コルベール」
訂正。内心が軽く出ていました。
「今なんか言い掛けなかったかい、ミス・ツェルプストー?」
「気のせいです。それよりも、タバサの使い魔が魔法無しで浮けるらしいのですが」
「…えっ?」
コルベールも何言ってんだこの子は、と言う表情になりました。そこでツェルプストーは目で合図をしてきました。浮かんでみて、ということです。その合図に頷き、リュートはジェットブーツを起動させ浮かびます。
「なあっ!?」
心底驚いたらしく、コルベールはかけている眼鏡をずり落とさんばかりのリアクションを見せました。
「あら、本当に浮くのね。ちなみに私たちは杖を握ってすらいませんわ」
ツェルプストーも聞いてはいたものの、魔法無しで浮かぶリュートを見て少し驚いています。
「うむ…」
少し考えた後、コルベールはリュートに話し掛けました。
「申し遅れました。私、この学園で教師をやっておりますジャン・コルベールと申します。お名前は?」
「リュートと言います」
「ミスタ・リュートですね。ミス・タバサ、ミスタ・リュート、すいませんがちょっと付いて来て下さい。それとミス・ルイズとその使い魔の方も…」
コルベールはルイズにも声をかけようとしましたが、ドゴォという音に阻まれました。
4人が音のする方を見てみると、サイトが地に伏していました。コルベールは才人に慌てて駆け寄り、大丈夫か確かめます。
「…ルイズ。なにやったの?」
「この平民が“夢から覚めたいから殴ってくれ”って言ったから殴ったら気絶したのよ」
「…そこまで強く殴らなくてもよかったんじゃ?」
「強く殴っていないわよ!ただ、あごにかすっただけよ」
(そりゃ気絶するわな…。しかもさっきの音は絶対強く殴ってる。ファーストキスを奪われたから全力で殴った、とか)
顎に入ったのはたまたまですが、ファーストキスを奪われたから全力出したのは正解だったりします。
「そこの平民、なんか思った!?」
「いや、なにも」
コルベールは何度かサイトの頬を軽く叩きましたが、まったく目覚めません。
「これは完全に気絶してるな…。ミス・ツェルプストー、すまないがミス・ヴァリエールの使い魔を運んでくれないか?」
「ミスタ・コルベール、キュルケに頼むぐらいなら自分で運びます!」
どうやらルイズとツェルプストーは犬猿の仲らしいです。ルイズはひとりでサイトを背負って運ぼうとしますが、
「きゃっ!」
歩こうとした瞬間、こけてサイトの下敷きになりました。
「……ルイズ、あなた『フライ』はおろか、『レビテーション』すら使えないんだから、無茶しない方がいいわよ。ミスタ・コルベール、ルイズの使い魔を運んでから行きます」
「よろしく頼むよ。運び終わったら学院長室に来てくれ」
「分かりました」
キュルケは『レビテーション』をかけて気絶したサイトを運びます。その後ろから、
「運ばなくていい!」
と言いながらルイズが慌てて追っかけて行きました。
「それではミスタ・リュート、ミス・タバサ、ついてきてください」
コルベールは改めて踵を返し、歩き出します。その後に2人はついて行きました。