雪風のリュート   作:あきゅおす

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セクハラ学院長と眼鏡な秘書さん

 この学院の学院長室は本塔の最上階にあり、その部屋の持ち主―つまり学院長―であるオスマンは白い髭と髪を揺らしながら今日も元気に…

 

「オールド・オスマン。暇だからといって、わたくしの胸をガン見するのはやめてください」

 

部屋の隅に置かれた机で仕事をしている、秘書のロングビルにセクハラをかましていました。ロングビルの理知的な顔立ちのコメカミが微妙にひきつっています。

 

「あと、机の下にネズミを忍ばせるのもやめてください」

 

 オスマンは悲しそうな顔をしたあと、

 

「モートソグニル」

 

と、呟きました。すると、ロングビルの机の下からネズミが出てきて、オスマンの足を登り、彼の肩まで上がってきました。そして彼の耳に近づき、チュウチュウとなにかを伝えています。

 

「そうか、白、純白か。じゃが、ミス・ロングビルは黒が似合うと思わんか、親愛なるモートソグニル?」

 

 そんな呟きをロングビルに聞こえるようにわざと言うオスマン。自分の秘書だからってやりたい放題です。優しい緑色をしたロングヘアーの間から見えるこめかみを引きつらせながら、ロングビルはオスマンに伝えます。

 

「オールド・オスマン。今度やったら王室に報告します」

 

 その瞬間、オスマンは年寄りとは思えないほどの迫力で怒鳴りました。

 

「王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!王室が怖くてセクハラやれるかーッ!」

 

 それは清々しい程見事な開き直りでした。

 

      @

 

「王室が怖くてセクハラやれるかーッ!」

 

 リュート一行が学院長室のドアの前に立った直後、そんな声が聞こえてきました。

 

「…コルベールさん、今のは?」

「なんでもないよ」

 

 コルベールはリュートの質問に笑顔で返しましたが、目が笑っていません。その笑顔に、リュートはもちろんのこと、タバサまで気圧されていました。

 

「ちょっと待っててね」

 

 その笑顔のまま、コルベールは学院長室へと入っていきました。

 

 ドガッベキッメチャグチャメメタァ

 

 そんな物騒なBGMを背に、リュートはタバサとコミュニケーションをはかろうとします。

 

「なぁ、タバサちゃん。ここの学院長っていつもこんな?」

 

 頷くタバサ。

 

「権力も魔力も強いひょうきんなエロジジイ」

「…結構毒舌だね」

 

 簡潔だけど、最も当てはまる言葉です。すぐに会話が終了し、なんか話のネタがないか考えていると、タバサが口を開きました。

 

「タバサ」

「んっ?」

「ちゃん、は付けなくていい」

「ああ、呼び方ね。そしたら俺のこともリュートでいいよ」

「分かった」

 

 そんな会話をしていると扉が開き、中からコルベールが顔を出しました。

 

「2人とも、なかに入ってくれ」

 

 どうやら処置を終わらせたらしく、コルベールの顔はいい汗かいたという感じの、晴れやかな表情でした。部屋の中に案内するときのコルベールのマントの背中に“天”と書いてあるような気がしましたが、2人は見なかったことにしました。

 部屋の中に入ってみると、同じくいい汗かいたという表情のロングビルが秘書席に座っており、ボロ雑巾のような服のオスマンが学院長席に座っていました。

 

「ミス・タバサと…見たことない顔じゃの。ミスタ・ツルベール、彼は?」

「コルベールです!…彼はミスタ・リュート。ミス・タバサの使い魔です」

 

 少し驚いた表情になるオスマンとロングビル。

 

「まあ立ち話もなんじゃ。そこに座ってくれい」

 

 リュート達はオスマンの机の前にある来客用のソファに座りました。オスマンもそちらの方に座ります。

 

「して、ミスタ・コルベール。彼が使い魔とな?」

「はい。証拠に彼の左手にルーンがあります」

「ミスタ・リュート、すまぬが、そのルーンを見せてくれないか?」

「分かりました」

 

 リュートが左手をさしだすと、オスマンは唸りながら呟きます。

 

「珍しい、と言うよりも、見たことないルーンじゃの」

「彼の他にもミス・ヴァリエールの使い魔も平民でした」

 

 黙考するコルベールとオスマン。その間にロングビルが人数分の紅茶とお菓子を持ってきました。

どうも、と会釈するリュート。いえいえ、これが秘書の仕事ですので、と会釈を返すロングビル。リュートの隣で、お菓子を無表情に頬張るタバサ。当の本人たちは他人事の様に振る舞っています。

 

「…私に報告にきたのは平民が召喚されたから、だけではないのじゃろ?」

 

 オスマンはそんな2人に苦笑したあと、本題をコルベールに振りました。

 

「ミスタ・リュートは魔法無しで空を飛ぶことができます」

 

 その瞬間、はぁ?なにを言っとるんじゃ(のかしら)、このツルッパゲは?と言いたそうな表情になるオスマンとロングビル。

 

「はぁ?なにを言っとるんじゃ、このツルッパゲは?」

 

 オスマンに関しては本当に口に出しました。

 

「燃やしますよ?」

「冗談じゃ。…本当の話か?」

「本当です。実際に見た方が早いでしょう。ミスタ・リュート、お願いできますか?」

「分かりました」

 

 リュートが立ち上がり数瞬後、彼の体が浮きました。

 

「ほぅ…」

「まぁ…」

 

 2人ともルーンのことよりも驚きました。

 

「ミスタ・リュート、あなたはメイジなのかのぉ?」

 

 オスマンがそう訊ねました。口調はとぼけていますが、嘘はつけない雰囲気をかもし出しています。オスマンが質問したあと、少し間がありました。その間、タバサがモシャモシャとお菓子を食べる音しかしませんでした。

 そして、リュートが口を開きます。

 

「質問を質問で返して申し訳ないんですけど、メイジってなんですか?」

 

 タバサ以外全員が肩透かしを喰らったようにカクンとなりました。

 

        @

 

「つまり、メイジというのは魔法使いであって貴族でもあるっていうことですか、……えーと、お名前は?」

「ロングビルです。だいたいはその解釈であっています」

 

 ロングビルから説明を受けて納得するリュート。ロングビルの説明中にキュルケが尻尾に火のついた巨大なトカゲ――サラマンダーのフレイムと共に入ってきてタバサの隣に座りました。

 

「そしたら俺は貴族じゃないからメイジじゃないですね」

「だったらどうして飛べるのかのう?」

「それはこいつのおかげです」

 

 リュートは自分の履いてるブーツをコンコンと叩きます。

 

「ブーツのおかげ、とな?」

 

 オスマンはリュートのブーツを見て、目を細めました。この世界で旅人などが履いているような革のブーツではなく、少しゴツゴツとした、兵士が履いていそうなブーツです。

 

「はい。このブーツを履けば誰でも飛べます。…まぁ、慣れるまで時間かかりますが」

 

 リュートは最初は縦に回転して大変だったことを思い出しました。

 

「で、慣れると…この通り」

 

 リュートは立ち上がると先程と同じ様に浮かびました。

 

「なるほど。しかし、そんなものをどうやって手に入れたのかの?」

「俺らの世界じゃ普通に売ってますよ」

 

 お値段格安の一足、250クレジットです。

 

「なんと、売っておるのか!……はて、俺らの世界、とは?」

「ああ、俺は異世界から来たんですよ」

 

 少しの静寂のあと。

 

「「「「はっ?」」」」

 タバサ以外の口から疑問の感嘆詞が出てきました。タバサも驚いてリュートを見ています。

 

「異世界、とな?」

「はい」

 

 実際は彼自身もリージョンの概念がよく分かっていないので、細かい説明は省略しつつ説明します。

 

「いくつかの世界が混ざりあった世界みたいなもの…と言ったらいいんですかね。ともかく、ここではないところから来ました。証拠はこのブーツ以外にはないんですけどね」

「ううむ…。にわかに信じられんのぉ」

 

 オスマンは相槌を打ちましたが、リュートを険しい目つきで見ていました。そのまま2、3秒すると、オスマンは急にその目を緩めました。

 

「ふむ、信じよう。君が嘘つく理由もないしな。歓迎しよう、ミスタ・リュート」

「ありがとうごさいます」

 

 リュートはほっとした顔になりました。

 

「じゃが、他の者に話さない方がよいじゃろう。バレると色々厄介だからのう。ここにいる者たちも他言無用じゃ」

 

 他の4人は各々返事をしました。

 

「それで、ミスタ・リュートはこれからのことは考えておるのか?」

「…そういえばまだなにも考えていないです」

 

 オスマンに質問されて初めて今後のことを考え始めました。

 

「帰りたいと思うのかの?」

「うーん、最終的には帰りたいですね」

 

 その答えを聞いたオスマンは申し訳なそうに言いました。

 

「すまないがミスタ・リュート。今はまだ、儂らは君を元の世界へ帰す術がを知らんのじゃ」

「それなら心配しないでいいですよ」

 

 帰れないと聞いてもリュートは全然動揺しません。どうせ向こうから迎えにくるんだろうからそれまで休もう、 という魂胆です。あまり働いていませんでしたが。

 

「そう言ってくれるとはありがたいのう。そこでなんじゃが、君が元の世界に帰るまでミス・タバサの使い魔をして欲しいんじゃ。もししてくれたら衣食住は確保しよう」

「分かりました」

 

 あっさり了承するリュート。

 

「…本当にいいのかのう?使い魔になるのじゃぞ?」

 

 オスマンはあっさり了承されたので驚きました。

 

「他に頼れる人もいないんで衣食住が確保されてるんだったらむしろこっちからお願いします。……使い魔として召喚されたのは多分半分俺のせいだし」

「?まあ、よろしく頼むのう」

 

 最後の方が聞き取れずオスマンは首をひねりましたが、リュートが了承してくれたことに胸をなでおろしていました。

 

「細かいことはミス・タバサと決めてくれ」

「わかりました」

 

 あらかた話が終わったのでタバサとリュート、キュルケとフレイムは教室に向かおうとしました。その時、リュートは話してるときに気づいたことをいいました。

 

「そういえば話してるときに机の下にネズミいましたよ。ペットかなんかですか?」

 

 オスマンの体がビクッとしました。

 

「……どんなネズミでしたか?」

 

 ミス・ロングビルが物凄い怒気をはらみながらいいました。

 

「し、白いネズミでしたけど」

 

 リュートが気押されながら言った瞬間、リュート以外の視線がオスマンのいた方向に向きました。が、オスマンはいつの間におらず、窓の開き戸がが風に揺られていました。オスマンが座っていた場所には、『白、赤、黒。素晴らしい』と書かれた紙が置いてありました。

 

「まさかまた見るとは…」

 

 コルベールの目の奥には静かに炎――むしろ焔が灯っており、

 

「また見られましたか。さっきので懲りてなかったのですね…」

 

 ロングビルは震度7の地震並みに怒りに震えていて、

 

「…………………」

 

 タバサは無表情でしたが、よく見ると目が吹雪並に冷たくなっており、

 

「屈辱だわ……。惚れてもいない男に見られるなんて」

 

 キュルケの激情に反応してフレイム自身がビックリするほど尻尾の炎が燃え上がっていました。そしてタバサ以外の3人は同時に叫びました。

 

「「「学院長狩りじゃー!!」」」

 

 これが後々まで語り継がれる、学院長狩りの発端でした。後ほど捕まったオスマンがボコボコにされたのは言うまでもありません。

 

   @

 

 訳の分かっていないリュートを除く4人とオスマンの鬼ごっこが終わったあと、リュートとタバサは今後のことを話すため彼女の部屋に行きました。彼女の部屋には豪華なベッドや化粧品はなく、簡素なベッドに鏡台のない机に椅子、その机に本棚があるぐらいで、リュートは無機質に感じました。

 

「それに座って」

 

 タバサはベッドに座るとリュートに椅子を勧めました。リュートは椅子に座り、タバサに向き合います。

 

「あのー、これからのことを話す前にいくつか質問していい?」

 

 タバサは頷きます。

 

「なんでオスマンさん、ボコボコにされたの?」

 

 リュートにとってみればネズミを追い出すのが先です。

 

「使い魔の視覚は主人からも見ることができる。あのネズミはオールド・オスマンの使い魔」

 

「えーと、あの低さからだと…。ああ、つまりタバサやらロングビルさんやら赤髪ちゃんやらのスカートの中を…」

 

と言いかけてリュートは言葉を止めました。タバサから禍々しいオーラが滲み出てきたからです。

 

「と、ところでさ、使い魔ってやっぱりパシリみたいなもの?」

 

 リュートは必死になって話題をずらしつつ、さっきから気になっていることを聞きます。

 

「パシリ?」

 

 タバサは聞き慣れない単語に本から目を離しリュートを見ました。

 

「小間使いって言葉、こっちにある?それと同じ」

「だったらそれで大方合ってる」

「なるほど」

 

 タバサはその言葉に引っかかりました。

 

「使い魔をちゃんと理解せずに承諾した?」

「ん、まあね。契約は知らず知らずのうちにされてたけど」

 

 ちょっと意地悪な笑みを浮かべながらリュートはタバサにツッコミ入れます。

 

「ごめん」

「あ、いや、ごめん、謝らなくていいよ」

 

 冗談で言ったのに本気で謝られたので、リュートは思わず謝り返しました。

 

「…………初チッスが1回り年下と、になっちゃったけど」

 

 小さく呟くリュート。彼の世界でもアウトに近いです。というか、アウトです。

 

「なぜ?」

「ええええとなにがかなかな?」

 

 初チッスの事を聞かれたのかと思い、リュートは動揺しました。

 

「なぜそのまま使い魔になっていいと?」

「ああ、そっちね。ほら、タバサ最初で言ってたじゃん、使い魔ができなかったら留年って。せっかく召喚できたのにその使い魔に逃げられて留年ってのもいやじゃん?」

「……それだけ?」

「うん」

 

 さすが話を聞いただけで命を賭した戦いに手を貸すお人好しです。

 

「いや、それだけじゃないや。召喚される前は追い詰められてたからさ、そのお礼さ」

 

 そう付け加え、頭を下げるリュート。

 

「お礼を言うのはこっちの方。留年せずにすむ」

「んじゃ、お互い様ということで」

 

 そう言ってリュートが話題を変えようとしました。

 

「まだ伝えていないことがある」

 

 それをタバサが遮ります。

 

「?」

 

 タバサは無表情に続けます。

 

「使い魔との契約が切れるのは召喚した者、もしくは使い魔が死亡したときしか確認されていない」

「…………ええ!?」

 

 リュートは驚きました。その様子を見るタバサの表情はありませんでした。

 

「えー、本当に?本当か…。んーと…」 

 

リュートはしばらく考えていましたが、

 

「うん。まあ、大丈夫じゃない?」

 

笑顔でそう結論付けました。この言葉に今度はタバサは驚きました。

 

「なんであなたはあっさり受け入れられるの?」

 

 当然の疑問がタバサの頭に浮かびます。

 

「使い魔だからって死ぬワケじゃないんだよね?それに俺が必要とされてるんだったら手を貸さないわけにもいけないし。まっ、悪いこと以外だけどね」

 

 頭をポリポリとかきながらリュートは考えながら答えます。

 

「お人好し」

 

 賞賛でもなく、皮肉でもなく、タバサは言います。

 

「よく言われるよ。良くも悪くもお人好しだって」

 

 リュートは苦笑しながら答えました。

 

「えーと、次の質問いい?」

 

 タバサは微かに頷きます。

 

「この世界の魔法ってどんなのがある?」

 

 タバサは少し考えたあと、

 

「明日、授業がある。それを聞けばいい」

 

と答えました。

 

「分かった。それと、あと1つ質問いい?これは大事なことなんだけどさ」

 

 頷くタバサ。リュートは今までにないほどに真剣な顔をしてタバサに質問します。

 

「飯ってどこで食べる?逃げ回っててろくに昼食をとってないんだ」

 

 そのセリフと同時に、リュートの腹の虫が音を上げました。

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