リュートはタバサに連れられて食堂の裏口に来ました。
そのとき、ちょうど裏口からメイドさんが出てきました。髪はショートカットで黒く、素朴で可愛らしい顔にそばかすがマッチしています。
「こ、これは貴族様!いかがなされましたか!?」
メイドさんはタバサの姿を見るなり、慌てて頭を下げたあと、タバサに恭しく訊ねます。
「彼にご飯を」
「わ、分かりました!」
「昼食が終わったらまた来る。私は食堂で食べる」
タバサはメイドさんにご飯を頼むと、歩いて行ってしまいました。メイドさんは動揺して、リュートの顔を見てはなんて話したらいいか分からず、視線を上げたり落としを繰り返しています。リュートはそのメイドさんを見て、とりあえず声をかけます。
「えーと、メイドさん?」
「すすすいません、いますぐご案内…」
「あーと、ちょっと待って。俺は貴族じゃないから、そんなに恭しくしなくていいよ」
「へっ!?」
メイドさんの動揺した状態が続いているので、とりあえず落ち着かせます。
「はい、息すって―」
「はい!?……すぅー」
「はいて―」
「はぁー」
「落ち着いた?」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました」
メイドさんは先ほどより落ち着いた声でリュートにお礼を言い、頭を下げます。リュートはにっこり笑って頷くと、メイドさんに改めて挨拶をします。
「気にしなくていいよ。俺はリュートってんだ、よろしく」
「わたしはシエスタといいます。…それでリュートさんはあの貴族の方とどんな関係でなんですか?」
少し怯えた目ですが、私、気になります!といった表情でリュートを見つめるシエスタ。
「俺はタバサ――さっきの女の子の使い魔なんだ」
「ええっ!?貴族の方が人を召喚したっていう噂は聞いていたのですが…。本当だったんですね」
「俺以外にもあと一人いるんだ」
驚くシエスタに頷くリュート。話にも熱が入ると思われましたが、グーッというお腹の音でリュートがここに来た理由を思い出します。
「そういえばお腹が空いたからここにきたんだった」
「ふふっ。ちょっとお待ちください」
シエスタは微笑んだあと、厨房へと入って行きました。少しした後、
「賄い飯ですが…」
といって、シチューを持ってきてくれました。その後ろから髭面のおっさんが現れました。
「こちらはマルトーさん。顔が怖いコック長です」
「顔が怖いは余計だ。まあ間違っちゃいないがな。ガッハッハッ!」
マルトーは豪快に笑った後、リュートの顔を見ました。
「こいつが使い魔になった兄ちゃんかい。まあ、たんと食っていきな!」
「ありがとう、マルトーのおやっさん。いただきます!」
初対面の人をおやっさん呼ばわりしてますが、怒られないのはリュートの人柄とマルトーの器量の大きさのおかげです。
「なに、いいってことよ。平民だったら助け合うのは当たり前だ!しかも、青い髪のお嬢ちゃんの使い魔なんだろ?たんと食ってけ!」
「タバサと知り合いなの?」
マルトーの言葉に、リュートはスープをすすりながら質問します。
「知り合いではないが、あのお嬢ちゃんの食べっぷりは食堂で働いてる連中だったら誰でも知ってるさ」
「へっ?タバサってそんなに食べるの?」
体は大きくないタバサを頭に思い浮かべ、リュートは首をひねりました。ですが、マルトーと頷いているシエスタの顔を見る限り、嘘をついてるようには見えません。
「まぁ、見た方が早いかね。兄ちゃん、この後暇だったら見ていくといい。圧巻だぜ?」
「うわぁ…」
賄いを貰ったお礼に、とリュートは配膳をしながらタバサの食べる量を見ました。ステーキ、ライス、サラダ、デザートのクックパイをそれぞれ3人前。それらがみるみる減っていき、なくなったと思ったら足りなかったらしく追加でサラダを注文。
「おーい、兄ちゃん!ちゃっちゃとサラダをお前のご主人さまに持って行ってくれ!」
「はーい!」
リュートは若干の胸やけを覚えつつ、タバサにサラダを運びます。
「何やってるの?」
「シチューを食べさせてもらったお礼だよ。さっきのステーキを運んできたのも俺なんだけれど…」
運ばれてきたサラダを受け取りつつようやくリュートに気付いたタバサは、端的に質問します。
「しかし、よく食うねタバサ…」
「普通」
リュートが食べる量を指摘すると、タバサは照れ隠しでもなく、本当に普通の量を食べたといった感じで答えます。
「あははは…」
それを聞いたリュートは乾いた声で笑うしかありませんでした。
タバサが食べ終わり、物のついでとリュートが他の生徒たちにも配膳をしている途中。
「おや、そこにいるのはタバサの使い魔じゃないか?」
と背後から声がかけられました。リュートが振り返ってみると金髪の見るからに優男が配膳を待っていました。金髪の優男は見るからにキザったらしく、胸ポケットにバラを入れており、襟は他の生徒と違いヒラヒラしていました。
「もう使い魔をクビになったのかい?」
イヤな笑みを浮かべながら優男はからかってきます。その周りにいた、取り巻きの生徒たちも嘲笑しています。
ですが、リュートもニコッと笑い、頭をかきながら答えます。
「いやー、タバサの着替え中に出くわすとは思わなくて…」
「へっ!?本当にクビ!?」
「冗談だ。えーと、君は?」
からかったつもりが逆にからかわれて顔が真っ赤になる優男。それでも高圧的に、
「ふん、名乗るときは自分からじゃないのか?」
と、優男は嫌みったらしく言いました。そんな優男に特に気分を害するわけでもなく、リュートはいつものように自己紹介をします。
「それもそうだ。俺はリュートってんだ、よろしくな」
突っかかってくると予想したのとは真逆のリアクションだったので、優男は一瞬言葉に詰まりましたが、あらかじめ考えてた言葉を言います。
「僕は君に名前を教えるつもりはないけどね」
してやったり顔で笑う優男。周りの生徒も笑っています。
「そっか、それじゃその気になったら教えてくれ」
が、リュートはサラっと流しつつ、鼻歌交じりに配膳に戻りました。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」
完全に肩透かしをくらい、焦る優男。周りの笑いの目標は優男へと換わっていました。
「ん、なんだい?」
「普通そこで突っかかってこないのかい!?」
「んー、気乗りしない奴から強引に聞くのもあれだし」
「名前を名乗ったら名乗り返すのが普通って知らないのか!?」
「いや、俺田舎出身だからさ。そういうのには疎いんだ。教えてくれてありがとな」
相変わらず笑顔なリュート。そんなリュートに言い返す言葉が見つからない、見つかってものらりくらりとかわされるのが想像できた優男は何か言おうと口をパクパクさせていましたが、
「おーい、兄ちゃん!こっち来てくれ!」
「うーい!了解でーす!」
と、マルトーの呼ぶ声が聞こえたので、リュートは厨房へ返事をしました。
「そいじゃ、おっさんに呼ばれてるんで」
そう言うとリュートは厨房に向かいました。途中、タバサに杖で頭を一発叩かれました。なぜ叩かれたのか分からないといった表情のリュートの後ろ姿を、優男はしかめっ面で見ていました。
「リュートさん、心配しましたよ!」
「ガッハッハ!兄ちゃんやるじゃねーか!」
リュートが厨房に入るとシエスタが心配した表情で駆け寄り、マルトーが笑顔で出迎えました。
「シエスタが兄ちゃんが貴族に絡まれたって聞いたときゃ心配したが、その必要はなかったな」
「いやー、なんか普通に会話しただけなんだけど。そこまで心配されるとは…」
リュートにとっては普通に会話しただけだったのですが、ここは貴族社会。普通の平民には無理です。
「貴族の方に対して普通に会話できるなんて…」
「かっけぇ!貴族のぼっちゃんなんか目じゃねーぜ!」
「さすがリュートさん!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!」
やんややんやとはやしたてる料理人や配膳係の中、シエスタが心配そうな顔をしてリュートに忠告します。
「リュートさん、今日は上がった方がいいかもしれません」
「ん、なんで?」
「多分、貴族の方々からイタズラが増えると…」
「イタズラ?」
リュートはキョトンとした顔になりましたがすぐ笑顔になりました。
「あれぐらいイタズラはしょっちゅうだったよ」
リュートは近所の子供たちのイタズラを思い出し、苦笑しました。
「ですが…」
「大丈夫だって。なんとかなるさ」
シエスタが予想した通り、主に男子生徒からに嫌がらせに近いイタズラが増えましたが、リュートはうまく流していきます。例えば。
「平民!スープにはしばみ草が入ってるじゃないか!こんな不味い物出すなんて!」
と普通のコーンスープに、はしばみ草を入れて難癖付けてきたときは、
「後ろでずっこけたメイドさんのパンツが!」
「なに!?どこ!?……何もないじゃないか。それよりもスープにはしばみ草ってあるぇ!?」
普通のスープにすり替えたり。はしばみ草入りのスープはリュートが美味しく頂きました。
また、運んでいる最中に足を引っ掛けてこようとしてる様子が見え見えの生徒がいた時は、
「できたての料理が通るよー!アツアツだからずっこけた際に足にかけるかもしれないからそのときはごめんねー!」
と暗に足を引っ掛けたやつの足にかける、といったニュアンスを含んだ注意を配膳しながら大声で言い、生徒たちの足を引っこめさせたり。
そんなこんなしてるうちに夕食の時間が過ぎていきました。
「リュートさん、なんか慣れてましたね」
「近所の子供たちとか、飲み癖の悪い仲間とか、逃げた先……もといバイト先で鍛えられたからね。例えばね…」
再び厨房に戻ったリュートは、余りのハンバーグを笑顔で食べながら答えます。その横では、いつの間にか厨房に入ってきたタバサが黙々とハンバーグを食べており、その様子を見守るマルトーがいました。二人の間にはピリピリとした空気が流れています。
「で、貴族様。お味のほどはいかがで?」
乾いた唇で、絞り出すようにして声を出すマルトー。
「…おいしい。けど、おしい」
「…へぇ、どこがだい?ぜひともご教授願いたいものでさぁ」
知ったようなタバサの答えにムッとしたマルトーは、怒りを抑えつつタバサに聞きます。ですが。「まずは…」という言葉の後に続くマルトーが日ごろから思っていた欠点、それへの考え付かなかった改善策を言い当てられ、不満の表情は次第に感心したような表情になっていきます。
「なるほどな!そこは焼く前に小麦粉をまぶしゃあ良かったのか!やるじゃねーか、貴族様!」
「これだったらあまり手間もかからず美味しくできる」
マルトーとタバサはすっかり意気投合し、というよりもマルトーがタバサを一方的に気にいったので、ピリピリした空気もなくなりました。
「「ごちそうさまでした」」
「おう、お粗末さまでした」
「またいつでも来てください!」
ハンバーグを食べ終わった後、長年の悩みが解けて上機嫌なマルトーと面白い話が聞けて楽しめたシエスタに二人はお礼を言ってから厨房を出ました。