次の日の朝。リュートがタバサに起こされ、きしんだ体をほぐしていると、ノックの音が聞こえました。
「入って」
「き、貴族様、おはようございます。洗濯物を取りに来ました」
ノックの主はシエスタでした。緊張しているらしく、声が上ずっていました。
「やあ、おはよう」
「あっ、リュートさん。お早うございます」
リュートがいてほっとしたのか、シエスタの声から少し緊張がとれました。
シエスタが洗濯場に行くというので、リュートは散策がてらシエスタについて行くことにしました。
「で、あちらが…」
「へぇ、なるほどね。…おや?」
シエスタの案内を聞きながら洗濯場へと移動していると、昨日聞いた声が聞こえてきました。
「また私をからかおうとしているんでしょう!」
「ウソじゃないわよ。私もまだ驚いているのよ」
声のする方へ行ってみると、キュルケとルイズが話しており、フレイムとサイトが戯れていました。
「や、赤髪ちゃんと桃髪ちゃんじゃないか」
「リュート、ちょうど良かったわ」
「誰よ、馴れ馴れしいわね」
リュートを見たキュルケはホッとし、ルイズは不審者を見るような視線を浴びせました。
「俺はリュート。今はタバサの使い魔をやっている。よろしく、桃髪ちゃん」
「………はっ?」
「だーかーら、さっきから言ってるじゃないの。タバサの使い魔も平民だって」
「………」
「……ルイズ?」
ルイズはあまりの驚きにそのまま固まりました。固まってしまったご主人様の代わりにサイトがリュートに詰め寄ります。
「あなたも使い魔ってことは召喚されたんですか!?」
「ああ。そうだよ」
「もしかして異世界から!?」
「ま、まあそうなるね。と、とりあえず落ち着いて」
かなり必死になっているサイトにちょっと引きながらもどうどうと納めるリュート。サイトがある程度落ち着いたのを見計らい、リュートは会話を続けます。
「とすると、君も?」
「はい!日本、って言葉に聞き覚えあります?」
「にほん?…うーん、聞いたことないや」
「それじゃあ地球は?」
「わからないなぁ」
それからサイトは何個か単語を上げますが、リュートが分からないものばかりでした。
「どうやら、俺と君は違う世界からきたらしいね」
「……そうですか」
落胆するサイト。そんなサイトを気遣い、リュートは声をかけようとしますが、その前にサイトが調子を戻して自己紹介をします。
「あっ、すいません、取り乱して。俺、平賀才人っていいます」
「俺はリュート。よろしく。あと、タメ語でいいよ。そっちの方が話しやすいや」
「はい……うん、分かった」
「シエスタちゃんもね」
「は、はい!?」
リュートは仲間外れな雰囲気になっていたシエスタに話を振ります。
「あの、いや、その…」
話を振られると思っていなかったシエスタは一気にパニックになり、はわわとか言ってます。そんなシエスタを見てサイトは、
「うわっ、生メイド!?しかもはわわってドジっこか!」
とか言って食い入るように見つめていました。先ほどのリュートへ問い詰めるときよりも必死にでした。
「くをんのバカ犬!」
その目に復活したルイズがつぷりと人差し指と中指を突っ込みます。
「…っ!」
サイトは声にならない声をあげながら床を転げまわりました。
「キュ、キュルケだけじゃなくてメイドにも尻尾を振るなんててて!駄犬には躾が必要ね!」
ルイズはサイトの首を掴んで自分の部屋へと戻っていきました。
「若さの故の過ちだよおおおぉぉぉ」
とエコーをかけながら引きずられて逝きました。
その様子を茫然と見ていた3人プラス1匹でしたが、何処からともなく聞こえてきたピシーン!とかパシーン!の音が合図となってか、我に戻りました。
「あーと。じゃあ、行こうか、シエスタちゃん」
「は、はい」
「それじゃあね、赤髪ちゃん」
「え、ええ、また後で。あとキュルケでいいわよ。ちゃん付け無しでね」
「わかった、キュルケ。火トカゲ君もね」
「キュルキュル」
リュートはサイトの冥福を祈りながら洗濯場へと向かいました。
2人は洗い物を終え、干した後にタバサの部屋へと戻りました。途中、朝食の準備があるということでシエスタは厨房の方へ。
「道の方は大丈夫ですか?もし分からないようでしたらお送りしますよ?」
「大丈夫だよ、そんな簡単に道に迷わないさ」
「…分かりました。それでは失礼します」
「またねー」
リュートは笑顔でシエスタを送り出すと自分の記憶をたどりながらタバサの部屋へと向かいました。
「やっべー、ここどこ?こんな道あったっけな?……うんあったよな」
が、辿ってしまった記憶は昨日学院長室へ行くときに通った道の記憶でした。リュートはその事に気付かず、その道を更に進んで行きます。
「あれ、ここって確か…。ちょうどいいや、道聞こう」
その道を進み続けた結果、学院長室へとたどり着きました。リュートが中に入って道を尋ねようとドアノブに手を掛けたとき、
「王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!王室が怖くてセクハラやれるかーッ!」
昨日と同じセリフが聞こえてきました。直後、
ゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴス
との地を這うような重音が聞こえてきました。
「ごめん。もうしない。触らない。痛い。本当に」
その後から聞こえる学院長の謝罪の声。サイレントをかけ忘れているらしく、音が完全に漏れています。
(……今は入らない方がいいな。っていうか昨日の今日でまたセクハラって。オスマンさんも元気だな)
何が起きているか何となく想像がついたリュートは壁に寄っ掛かり、音が鳴り止むのを待っていました。
「あだっ。年寄りを。いたっ。そんな風に」
なかなか終わらないなーとリュートがぼーっとしていると、物凄い勢いでコルベールが走ってきました。
「あ、コルベールさん。おはようござ…」
そしてリュートに気付かずそのまま学院長室へと入っていきました。
「オールド・オスマン!」
「なんじゃね?」
ドアが少し開いていたので、リュートはそこから覗きこむと、ロングビルは何事もなかったかのように席について仕事をしており、オスマンは腕を後ろに組み、重々しく立っていました。
(うわっ、変わり身はやいな)
「たったっ大変です!これをご覧ください!」
「大変なことなどあるものか。すべては小事じゃ」
その言葉を聞き、ロングビルの持っていた羽ペンがへし折れました。
「おや、羽ペンが…。まだ新しかったのに不吉ですね、オールド・オスマン」
にっこりと笑いながらオスマンに声をかけるロングビル。よく見ると額に青筋が浮かんでいます。
(お、オールド・オスマン!また何したんですか!?)
(わしゃなんもしとらんぞ!)
「あらいけない。モートソグニルを踏みっぱなしでしたわ」
(朝っぱらから何やってんですか!うら…けしからん!)
(いや、だって朝の日課はセクハラって決めてたんじゃもん!)
(じゃもんじゃないですよ!気持ち悪い!何度怒られてるんですか!ちなみに何色ですか!?)
(学園長に向かって気持ち悪いとはなんじゃ!黒じゃ!)
2人が小声で罵り合っていながら情報を共有していると、またペキィと乾いた音が鳴りました。
「あら、移動させようと思ったら折れてしまいました。…骨が折れる音もこのような音なんですかね?」
今度はオスマンの杖が折られていました。
「と、ところでコルベール君!いったいどうしたんじゃ!?」
「こここれをご覧ください!」
2人は強引に話を逸らし、コルベールは手に持っていた本をオスマンに渡します。
「これまた古い文献を…。そんな暇があるのなら私にくれい、ミスタ・チルベール」
「今現在この学園にあなた以上に暇な人はいませんよ!あと私はコルベールです!…ともかく、これを見て下さい!」
そう言うとコルベールは次にサイトの手のスケッチを渡しました。それを見たオスマンは髭をさすりながら思案に更け、ロングビルに声をかけます。
「……ミス・ロングビル。席を外しなさい」
「…はい」
真剣な空気を感じ取ったのか、ロングビルはすぐ立ち上がり、ドアへと向かってきました。
(おっと)
リュートは覗くのを止めて、再び壁にもたれかかります。ドアから出てきたロングビルはうつむいたまま、リュートに気付く様子もなくため息をつきました。
「…あのー」
「え、あ、はい?」
リュートが道を尋ねようと声をかけて、ロングビルはやっとでリュートに気付きました。
「道を聞きたいんですけど…」
ロングビルが暇になったついでに朝食を取りに行く、ということでそのついでにタバサの部屋まで案内してくれることになりました。
「あのエロジ……オールド・オスマンのセクハラをどうやって止めさせるか…」
リュートが音が物凄く漏れていたことを伝えると、ロングビルは学院長室にサイレントをかけ、リュートに愚痴りつつ歩きはじめました。
「そんなにヒドいんだったら誰かに助けてもらったらどうですか?ほら、コルベールさんとか」
「ああ、彼に頼むと後々と…。前からアプローチをかけてくるんですよ。本人はさり気なくしてるつもりらしいのですが」
「ああ、なるほど…」
コルベールの実らなさそうな恋に合掌しつつ、リュートが話を聞いています。その一方で、ロングビルはリュートに話していて不思議な感覚を覚えました。
「…ミスタ・リュート。あなた聞き上手って言われたことありません?あなたにはなんというか…警戒心が薄れてしまう気がするんですが」
「んー、結構言われますね」
実際、リュートを仲間にする際には主人公達は初対面のリュートに対して、その話しやすさに、身の上話をつい話しています。
そのあともロングビルのグチは続き、タバサの部屋に着くまで止まりませんでした。
タバサの部屋の前に着くと、ドアには貼り紙が貼ってありました。何か文字のようなものが書いてありますが、リュートには読めませんでした。
「なんだこれ?」
「食堂に先に行く、と書いてあります。ちょうどいいので一緒に行きません?」
このセリフだとロングビルがリュートに好意を持っているように聞こえますが、実際のところは、
(この学園に来てから愚痴る相手がいなかったからねぇ。思い切り活用させてもらおうかしら)
と内心思っていました。
「いいですよー」
そんな考えを知ってか知らずか、リュートはヤな顔ひとつせずに快く引き受けました。その愚痴は食堂の入り口付近まで続き、そのころにはロングビルの顔はだいぶすっきりしていました。
ロングビルと別れると、リュートは裏口から厨房へと入りました。
「おはようございまーす」
「あっ、リュートさん」
「遅かったな、兄ちゃん。今準備するからちょっと待ちな」
ピークが過ぎたからか厨房内は落ち着いており、シエスタとマルトーが出迎えてくれました。
「タバサは?」
「タバサさんなら向こうの席で…」
シエスタが指差す方向を見ると、黙々と食べるタバサと、その横に何枚か積まれた皿がありました。
「あの嬢ちゃんはよく食うんだよな。ご主人様を見習っておまえもたくさん食うこった!」
「あそこまではさすがに無理かな…」
といいつつ、リュートは人より多い朝食を食べるのでした。