リュートが起きたとき、彼はベットに寝かされており、周りはカーテンで仕切られていました。リュートが体を起こそうとすると、眉間にズキッと軽い痛みが走りました。
「あたたた…」
「あっ、お起きになられましたか?」
思わず声を出すと、シエスタがカーテンを開いて入ってきました。
「やぁ、シエスタちゃん。ここは?」
「保健室です。ミス・タバサが食堂に来て、私に後を頼んでいかれました」
「なるほどね。んで、当のタバサは?」
「図書館に行くとおっしゃっていました。何やら授業が休講になったとか…」
(ああ、あの爆発だったもんな)
状況を把握してからシエスタと軽い世間話を交わしていると、シエスタが思い出したように手をたたきました。
「そういえば、リュートさんが起きたら保健室の先生を呼ぶように頼まれたのでした」
「保健室の先生?」
「はい。1ヶ月ほど前に来られた先生なんです」
シエスタが呼びに行こうとカーテンをずらすと、カーテンの向こうに椅子が見えました。それには見覚えのあるものが座っており、リュートは嫌な予感を覚えました。
「シ、シエスタちゃん。…その人ってさ、眼鏡をかけてて白衣を着ていて、部屋に笑うガイコツを飾っちゃう、すぐ手術をしたがる人?」
リュートはそうでないことを祈りながらシエスタにたずねましたが、その祈りは届きません。
「そうですよ、よくご存知ですね」
あはははと笑顔で答えるシエスタでしたが、目が笑っていませんでした。
「よし、俺はもう大丈夫だから図書館行くんでシエスタちゃんも一緒に行こう!」
リュートは素早くベットを下り、急いで保健室のドアへと向かいました。
件の椅子の前を通ると、その何か――ガイコツは体が崩れましたが、頭は空中に浮いていました。そして、リュートの方を向いて
「ケケケケケケ!」
と笑い、その後、床に落ちました。その声を背中で聞きながら、リュートは保健医は誰かを確信し、ドアを開けました。
「起き」
ドアの外に誰かがいましたが、リュートは気にせずドアを閉めました。
「ふん、とんだ挨拶だな」
その誰かはいつの間にかリュートの背後にいました。シエスタは驚いていましたが、リュートは全然驚いてません。
「いやー、逃げようとしていただけさ」
「何故逃げる?」
「だってすぐ手術したがるじゃん」
「ふっ、そうだな」
リュートは諦めと喜びが混ざった顔をして声の主の方へと振り向きました。
「久しぶり、ヌサカーン先生」
「久しぶりだな、リュート」
ヌサカーンと呼ばれた男性は妖艶に、リュートは乾いた、お互いにそんな笑いを浮かべていました。
ヌサカーンは保健医用の席に座り、リュートとシエスタは席の近くにあった椅子に座りました。その後ろの椅子ではガイコツがケタケタと笑っていましたが、ヌサカーンが目配せすると何事もなかったように静かに座りました。
「しばらくクーロンにいないと思ったら何でここに?」
クーロンというのはリージョン船の発着の中心となっているリージョンであり、ヌサカーンはそこの裏通りでモグリの医者をしています。
「お前の故郷の富豪の娘がいただろう。あの娘の術後診療の帰りにタンザーに飲み込まれてな。脱出時にリージョン船に乗り遅れてしまって、気がついたらこの世界だ」
上品に紅茶を飲みながら語るヌサカーン。
タンザー、というのはリージョンとリージョンの間に存在するバカでかい生物であり、時々リージョン船を飲み込んだりします。脱出する方法はただ1つ、タンザーの心臓を叩いて吐き出させるしかありません。
「こっちの世界では気がついたらベッドに寝かせられていた。森に飛ばされていたらしく、オールド・オスマンが運んでくれたらしい」
そこでヌサカーンは紅茶に口を付けます。
「私が医者であることを話すと、保険医にならないかと誘われてな。ここで雇われる形になった」
「…よく雇ったな、オスマンさん」
「怪しいか?」
「そりゃもう」
リュートは改めてヌサカーンを見ます。
常に白衣を着ており、話せば高圧的。更には人ならぬ雰囲気。怪しさ満点です。
「退職した保健医の後釜がおらず、ちょうど医者を探していたらしい」
そしてもう一口。空になったティーカップに再び紅茶を注ごうとしましたが、ティーポットから紅茶は出ませんでした。
「空か。飲むか?」
ヌサカーンはリュート達に尋ねます。
「うん、貰うよ」
「そこのメイドは?」
「い、いえ、お構いなく。あと紅茶なら私が…」
「私の淹れ方は独特でな。それ以外あまり飲む気にはなれない」
そう言うとヌサカーンは立ち上がり、保健室から出て行きました。それを見計らったシエスタが今がチャンスとばかりに声をかけます。
「リュートさん」
「なんだい?」
「ミスタ・ヌサカーンとお知り合いのようですが……」
「ああ、以前一緒に旅した仲さ」
リュートは彼との旅を思い出します。
緑色のモフッとした生き物のために指輪を集めるのに同行したり、手術しようとしてきたり、腹黒金髪策士の術集めに同行したとき一緒になったり、手術しようとしてきたり……。
(もうヌサカーン先生の診療所には行きたくないな…。暗い待合室、笑うガイコツ、時計の音、診療室からの叫び声、トドメは診療室に入った瞬間、手術をするからそこに寝ろ…)
保健室にはケタケタ笑うガイコツだけですが、彼のいた診療所は下手な幽霊屋敷よりも恐ろしいものでした。
顔を少し青くして黙ってしまったリュートを見て、シエスタが話題を変えました。
「そ、そういえばミスタ・ヌサカーンって不思議な雰囲気の人ですよね。こう、妖しくて、人間離れした雰囲気が…」
「そりゃそうだ。人間じゃないし」
「…………え?」
シエスタは驚いたようにリュートを見ます。
「あれ、もしかしてまだ知らなかった?」
しまった、といった表情で頭をかくリュート。
「別に話しても構わない」
「きゃっ!?」
いきなり背後からヌサカーンが現れたので、シエスタは驚きました。
「先生、それ止めてくれ。分かっていても心臓に悪い」
「すまない」
くくくっと笑いながら謝るヌサカーンからはあくびれた様子が微塵も感じられません。
そんなヌサカーンに苦笑しながらリュートはシエスタの質問に答えます。
「先生が何者か、だよね。先生は妖魔なんだ」
「妖魔、ですか?」
聞いたことがない、といった表情で尋ねるシエスタ。
「そう、妖魔。んーとね、外見は人間に似てるけど、中身は全く違うんだ。……なんていったらいいんだろう?」
ヌサカーンの方を向くリュート。
「貴族とエルフを足したようなものだ」
ヌサカーンはリュートに代わって説明を始めます。
「エルフってあの」
「貴族とエルフをですか!?」
リュートが質問しようとしましたが、驚くシエスタによってかき消されました。シエスタの目に怯えが宿っています。
「ああ。高貴にして傲慢。妖魔以外は全て下賤とみなす。人には使えぬ魔法を使う。それが妖魔だ」
その言葉に顔を青くするシエスタ。それを見て、ヌサカーンは笑いました。
「まあ、以前の話、だがな」
「………へ?」
「最近になって妖魔の長が変わったんだ。彼女は、他の種族との協調を重視するってね。っていうか、先生は元からそんなキャラ違うじゃん」
「ついこのメイドの反応が楽しくてな。私にとっては全てを患者。それだけだ」
ヌサカーンは特段特別なことは言っていない、という風にあっさり言い放ちました。
「あー、傲慢は当たってるかもね」
「ははは………」
笑いながら言うリュート。シエスタには、乾いた笑いしかでませんでした。
「そう言えばリュートさん。先ほど出て来たリージョンって何ですか?」
シエスタは先程出てきた聞き慣れない言葉について尋ねます。シエスタにとってはちょっとした混乱を拭うためにした質問でしたが、更なる混乱に飛び込んでいくことになりました。
「異世界、ですか?」
リュートはつい1日前にした説明をもう1度しました。
「うん」
「またまた、リュートさんご冗談………へ!?」
シエスタが話している途中で空に浮かぶリュート。
「まあ、目で見た方が早いよなー。これは俺が履いてるこの……ってシエスタ?」
貴族ではない上に杖を持っていない人が浮かんでるというショッキングな光景に固まるシエスタ。目の前で手を振っても反応ありません。
「どうしよう、先生」
「すぐ復活するだろう。それより紅茶入ったぞ」
「リュートさんが浮いてる!?」
「あ、お帰り」
元の世界でのことやこの世界のことを話しながら時間を潰し、話がひと段落したちょうどいいタイミングでシエスタは帰ってきました。
「……あれ、夢?」
「夢じゃないよ」
もう1回浮こうか?とリュートは再び立ち上がります。
「い、いえ!大丈夫です!……そうですか、異世界、ですか…」
シエスタの混乱はまだ続いていましたが、目の前に起こった出来事に納得せざる負えませんでした。
「納得するのはいいが、メイド、もうすぐ昼食ではないのか?」
「あっ!そうでした!」
シエスタはすぐに立ち上がると、
「もしよければ、また色々と聞かせて下さい。失礼します」
と、お礼を言って急いで出て行きました。
「頑張ってねー」
そういってリュートはヌサカーンの方を向き、
「ふむ、この位置だとガイコツと分かりづらいな」
「……先生、それ置かない方がいいと思う。本当に怖い」
ガイコツの位置を調整しているヌサカーンに言いました。
シエスタが出ていってから少しヌサカーンと話したあと、リュートは、今度は迷わずに、食堂の裏口にまわりました。厨房に入ると、なにやら慌ただしい雰囲気に包まれていました。
「こんにちわー」
「おお、兄ちゃん!」
入ってきたリュートを見て、マルトーが料理をしながら声をかけます。
「すまねぇが手伝ってくれ!人手が足りないんだ!」
「はいよー。何すればいい?」
マルトーは手を動かしながら周りを見渡します。
「そうだな…。調理の方は大丈夫だから、配膳してくれ!」
「分かった」
「じゃあ早速頼む!」
リュートは盆に料理を乗せ、配膳を始めました。
タバサがその人集りに気付いたのは、キュルケと一緒に食堂に入ってすぐのことでした。
「キミのおかげで2人の女性《レディ》の名誉が損なわれたじゃないか!」
「す、すいません……」
「謝ってすむ問題かね!」
人集りの中心では、以前リュートにからんできた金髪の優男がシエスタにスゴい剣幕で怒っていました。シエスタは今にも泣き出しそうになっています。
「あーあー、ギーシュもよくやるよ」
「なぁ。どうしたんだ、あれ?」
「いやな、ギーシュが落とした小瓶をあのメイド――よく見りゃ可愛いじゃん――が拾って渡そうとしたら、その小瓶はモンモラシが自分の為にしか作んない香水でさ。それで、ギーシュとモンモラシが付き合ってるってのが分かったんだけどさ。そんとき、ちょうど一つ下の……確かケティだったかな?が目撃して、二股が発覚。それをあのメイドに責任転換しようとしてんのさ」
「あいつも懲りねえな……。こんまえも二股しようとしてモンモラシにボコボコにされてなかったっけ?」
そんな生徒たちの会話を聞いて、タバサはくだらないといった感じで空いてる席へと座ります。
「へぇ、ギーシュったら最悪ね。二股かけた上にそれを女に責任をなすりつけるなんて」
隣にいたキュルケはその話を聞いて呆れたように口にだします。その言葉にタバサが視線を向けると、気づいたキュルケは、
「あら、私は何股かけてもしっかり自分でどうにかしてるわよ。責任転換とかちっちゃなことはしないわ」
と大きな胸を反らして堂々と言い放ちます。特にリアクションを返さずにタバサは本へと目を移しますが、ほぼ同時に
「ちょっと待った!」
という青年の声が人集りの中心から聞こえてきました。