とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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夏に書き上げる予定が、秋になってしまいました。

やはり、戦闘描写がかなり難しかったです。

格上の敵に創意工夫して勝利することは王道なのですが、いざ書いてみるとどれほど大変な作業なのかがよく分かります。(主人公最強物が流行るわけですね)




13/禍月

 

 

「アハハハハハッ!! ほらほら、どうしたんだい!? 逃げてるだけじゃ、僕には勝てないよ!!」

 

獲物を仕留めんと、山猫の爪が縦横無尽に振るわれる。迫りくる爪を躱そうとするものの、行人の動きに合わせるかのように軌道が変化して逃げられない。そこまで傷は深くないが、それはヴァレリーの手加減によるところが大きい。

遊ばれていることは素人目から見ても明らかだ。

 

「でやぁあああっ!」

 

 負けじと行人も反撃の拳打を放ってはいる。だが、暗黒聖衣(ブラッククロス)によって阻まれて、ヴァレリーにまで届いていない。それどころか打ち込んだ行人の拳の方が傷んでいた。

 

 

(俺の拳は! 小宇宙(コスモ)は! どうしてこんなにも弱いんだ!! 

まず、あの暗黒聖衣(ブラッククロス)を何とかしないといけないのに、それすらできないなんて…)

 

 

一撃も有効打を当てられない己の非力さに、行人は憤りを感じずにはいられなかった。身体に裂傷が刻まれるたびに相手の力量が伝わり、心に諦観の二文字が浮かび上がる。まるで血と共に希望も流れ落ちていくように……。

 

抵抗する行人の思いも空しく、彼の修業着は少しずつ真紅に彩られていく。革製のプロテクターなど気休めにもならず、既に原形を留めていない。聖衣(クロス)の有無が如何に戦況を左右するかを、身をもって知ることとなった。

 

(いけない、弱気になるな。この程度の敵すら倒せないなら、聖戦に参加する意味がないだろ!!)

 

 

 いくら嘆いたところで現状は変わらない。

 

前世には戻れず、今世の家族の元にも帰れない。行人には、もはや身一つしか残されていないのだ。

 

 

 戦局はヴァレリーに有利に働いている。しかし、彼はひと思いに決着を着けようとはしなかった。

何故かというと、島に到着したら得体のしれない力が働き上陸ができないので、船上で何日も過ごすハメになったからである。

 

首領(ドン)からの催促が何時やってくるのか分からず、昼間は恐怖に怯え、夜は船酔いと悪夢に苦しめられるという毎日。行人にはたっぷりと絶望を味わって貰わなければ、気が済まなかったのだ。

 

 

鳳凰星座(フェニックス)聖衣(クロス)は使わないのかい? 

誰もが存在を知っているのに、目にした者はいない伝説の聖衣(クロス)。希少価値なら黄金聖衣(ゴールド)すら超える至高の一品。

僕が記念すべき最初の一人になれると思っていたんだけどね」

 

 

聖衣(クロス)が言ってるんですよ! 『この程度の敵すら倒せないようでは、我を纏う資格なし』ってね!」

 

 挑発を挑発で返す行人であったが、心臓が早鐘のように脈打つのを感じていた。今の敵の言葉の裏に隠された意味に気づいたからだ。

 

 小宇宙(コスモ)増幅器(ブースター)の機能を持つ防具――――聖衣(クロス)を纏うことこそが、ヴァレリーとの実力差を埋める唯一の手段。それなのに、生身で戦い続ける人間は、愚者か勇者のどちらかだろう。

 

 

 

――――()()()()()

 

 

 

反抗的な態度で返されても、ヴァレリーの表情は涼やかだ。むしろ憐れみの視線を向けながら訥々と語りだす。それは行人にとって『死刑宣告』と言えるものだった。

 

「フフッ、強がりは止めておくといい。少なくとも僕には通用しないよ。さて……君の不可解な行動だけど、その聖衣(クロス)についての知識があれば(おお)よその見当は付く。

 君は使わないんじゃない。使いたくても使えないんだろう?」

 

ヴァレリーの推論に無表情を貫く行人ではあるが、小宇宙(コスモ)の乱れまでは隠せず、平静を装っているだけだと教えてしまう。己の考えに確信を強めたヴァレリーは更に話を進める。

 

 

「その聖衣(クロス)があった場所は火口の中。この状況なら小宇宙を高めることで攻略しようと考えるのがセオリーだ。

聖衣(クロス)の中でも鳳凰座(フェニックス)は特に強い小宇宙(コスモ)が必要になるからね。

()()()()()()()()()()()()

 

 

 行人はその言葉に悔しく歯軋りする。ヴァレリーの言う通り、最後の試練で求められていたのは、マグマの高熱にも耐えうる莫大な量の小宇宙(コスモ)

 

聖衣(クロス)は余人が考えているほど万能な武具ではない。たとえ手に入れたとしても、それに見合った力量が無ければ逆に聖衣(クロス)に振り回されてしまうという落とし穴があるのだ。

 

 

 

それを正道ではなく、『波長合わせ』などという邪道を用いた卑怯者を、鳳凰座(フェニックス)聖衣(クロス)は決して認めないだろう。

 

 

(……正解…。あとは相応しくない者が開けると、不吉な事が起きるからというのもあるんだけどな…)

 

 

聖衣箱(クロスボックス)にはパンドラの箱(パンドラボックス)という別名が存在する。

 

パンドラの箱とは、ギリシャ神話にある『この世の全ての災いが封じ込められた箱』だ。

プロメテウスが火を盗み出して人類に与えたことに腹を立てた大神ゼウスは、人類に『災い』をもたらす為、神々に『女性』を創るよう命じる。誕生した彼女はパンドラと名付けられ、神々から『知恵』、『美貌』といった様々な贈り物を与えられたのだが、その中の一つに『箱』はあった。

 ある日、決して開けてはならないと忠告されていたにも拘らず、彼女は好奇心を抑えきれずにとうとう箱を開けてしまう。最後は世界中に災厄が降り注ぎ、人類は苦しむこととなったという伝説だ。

 

 

 聖衣(クロス)という神聖な存在は、おいそれと人目に晒して良いものではない。

 

 然るべき時、然るべき理由で、正しい者以外がこの箱を開けた場合は相応の罰が下されることとなる。そういった伝承があるからこそ、聖衣箱(クロスボックス)はパンドラボックスとも呼ばれるようになったのだ。

 

 

 そもそも冥闘士(スペクター)になる為に転生した行人に、アテナの加護を受けた聖衣(クロス)が力を貸す確率は限りなく低い。

 

 

 

聖衣(クロス)を渡して許しを請うかい? 社会勉強も兼ねて、腕の1本は置いていってもらうけどね」

 

「冗談じゃない!」

 

 ヴァレリーの提案を蹴り飛ばし、行人は拒絶の右拳を打ち出す。再び腕を使って防御(ガード)されるが、動きを読んでいた行人はそのまま腕を掴み、己の体を持ち上げて顔面に水面蹴りを浴びせる。

 

 その攻撃を首を反らしただけで回避したヴァレリーは、力任せに振り解く。そして空中に投げ出されて攻撃を躱せない行人に向かって、彼の爪が振り下ろされた。

 

「そらっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 間一髪のところで、行人は体を捻り背にある聖衣箱(クロスボックス)を敵に向けた。楯代わりにされた聖衣箱(クロスボックス)暗黒聖衣(ブラッククロス)の爪と激突し、金属音と共に生じた火花が周囲に飛び散る。

 

止めとして放ったはずの一撃は、使命を果たせずに終わることとなった。

 

ヴァレリーは行人の聖衣箱(クロスボックス)の使用法に再び驚く。女神を守る為に創造された聖衣(クロス)。中身が使えないからとはいえ、こうもぞんざい扱う者は初めて見たからだ。

 

「中々やるね! だけど……詰めが甘いよ!!」

 

 攻撃を防いだのは評価できても、背を向けているせいで敵の動きを確認できていない。すぐさま攻撃を爪から足へ切り換えて、今度は音速(マッハ)の打撃が行人を襲う。軽い体重では抗えるはずもなく、遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

着地点にあるものを見て、行人は愕然とする。

 

(ヤバい! 狙いはこれか!!)

 

 眼下にはデスクィーン島名物の『赤い海』。

 

この中に落とされれば、水の抵抗によって速度の低下は避けられないだろう。急いで這い上がろうとしても、そんな無防備な姿を黙って見ているほどヴァレリーは甘い相手ではない。

 

 

――――海中に落とされた時点で、行人の命運は尽きることとなる。

 

 そう結論付けた行人は体を捻じり何とか食い止めようとするものの、再び背中に衝撃が走る。

 

「無駄な足掻きを!!」

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

 止めの駄目押しとして放たれたヴァレリーの一撃により、今度こそ行人は絶望の海へと叩き込まれてしまう。

 

 空を彩る火柱から火の粉が舞い散る。周囲に舞うそれは蛍の如き儚さで、美しく闇へ溶けていった。

 

まるで首領(ドン)積尺気(せきしき)を思わせるような光景に、ヴァレリーは苦虫を噛み潰したような顔になる

 

 

古来より、蛍は動物の魂がこの世に現れた姿といわれている。

 

――――肝試し然り

 

――――お盆然り

 

何故よりにもよって夏に霊に纏わる話が多いのかというと――――古来、墓地に飛ぶ人魂は、死体が分解されて生じるリンが原因ではないかと考えられていた。偶然にも同じ時期に羽化を迎える蛍が飛び交う光景は、先人達には肉体を失った死者が現世に帰ってきたように見えたのだろう。

 

 ヴァレリーはかぶりを振って意識を現実に戻す。未だにマグマの液面には変化が見られない。いつ行人が飛び出てきても迎え撃てるように、彼の準備は万端だ。

 

 

(さあ、早く出てきたまえ。まさか溺死などという、つまらない幕切れにはしないでくれよ)

 

 

それから10秒、20秒と待ち続けるヴァレリーの期待に反して、一向に行人は上がってこない。訝しむヴァレリーは、行人の現在位置を確認する為に小宇宙(コスモ)の探索を開始した。

 

(やれやれ、無駄なことを…。僕から逃げられると思っているのかい?)

 

 強者に出会った弱者が逃亡を図るのは賢明な判断だ。

 

しかし、ヴァレリーは聖衣(クロス)の探索ができるほど優れた感知能力を持つ男。彼にとって、未熟な行人の小宇宙(コスモ)を見つけるなど造作もない。

だからこそ、行人の選択は明らかに失策―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――のはずだった。

 

「…………ん? こ、これはどういうことだ!?」

 

 信じられないとばかりに、ヴァレリーの眼は大きく見開かれる。戦闘が始まって以来、初めて見せる彼の動揺。

 

 

――――有り得ない

 

――――何故

 

 

 なんと、行人の小宇宙が()()に分裂していたのである。それも1つ2つではなく、最低でも6つは感じ取れた。

 

 

まさかの事態にヴァレリーの頭は混乱する。これが東洋の神秘と名高い“分身の術”かと思いきや、すぐにその可能性を否定した。そんな便利な技があるならば、とっくに使っていたはずだ。

 

――――ではどうやって?

 

頭の中で様々な方法を模索するも、あの状況で自分を出し抜く手段が思いつかない。それが意味することは、ほんの一瞬とはいえ戦士としてヴァレリーを上回ったということになる。

 

 そうこうしているうちに、行人の小宇宙(コスモ)はヴァレリーからどんどん遠ざかってゆく。その速度は緩慢だが、確実に距離を引き離していた。せっかく見つけた聖衣(クロス)を見失う訳にはいかず、ヴァレリーは動揺する心を抑えながら後を追う。

 

「シャアァアアアアッ!!」

 

 彼の手が鉤爪状になり大気を抉り取る。すると空気と空気の間に溝が作られ、炎を切り裂く真空の刃となって標的に向かう。

 

刃が正確に着弾したと同時に反応は消失。しかし、死体が上がって来ないところを見るとハズレだということが分かる。残りの確率は5分の1。そのどれかにいる行人の命を奪う為に、再びヴァレリーは斬撃を放つのであった。

 

 

 

 

 

 

ヴァレリーとの戦場から少し離れた林の中、行人は屈辱の敗走を余儀なくされていた。

 

「はぁ、はぁ……。クソッ!! なんて……情けない…」

 

 初めての戦闘ということもあり、自分なりに足掻いた小1時間。得られたのは、自分ではヴァレリーに勝てないという非常な現実だった。

 

2年の月日で培ったプライドはズタズタにされ、微塵も残ってない。

 

(畜生! あんなに修業したのに、全然敵わない! あの苦労は全部無駄かよ!!)

 

巨大な敵を前にして、頭では逃亡を拒んでも、体は勝利よりも生存を優先させようと動く。そんな醜い自分に吐き気を催しながらも、彼の足はこの島で最も安全な場所へと向かっていた。そこには行人が知る限り、“最強の男”がいる。

 

 

 この試験を冷静に振り返ってみると、行人が敵を倒す必然性はない。あくまで合格条件は聖衣(クロス)を持ち帰ることだと言ったのは、発案者自身である。

 もし試験の意義が、己の力量と戦況を照らし合わせた上で、適切な判断を下せられるかが問われているのだとしたらどうだろうか。

 

 

 敵を倒そうと死力を尽くすこと自体が間違い、と考えられなくもない。

 

 

 先程の攻防の最中にも、行人は状況を好転させようと必死で頭を働かせていた。そしてマグマに落とされて肝を冷やすが、相手から姿が見えないという点を利用して一つの策を思いつく。

 

隠し持っていた棒手裏剣を水中でバラ撒き、マグマの水流に乗せて(デコイ)に使用したのだ。ヴァレリーの感知能力を逆手に取ろうと、棒手裏剣には行人の小宇宙(コスモ)が込められている。

 

普通なら小宇宙(コスモ)を常に流し続けなければ、あっという間に枯渇して高熱により燃え尽きてしまうが、今回はそのような事態が起きていない。もし、ヴァレリーが壊さなければ数分は持ちこたえていただろう。     

 

 では、何故そんなことができたのかというと、棒手裏剣が()()だったことが大きな要因だ。

 

聖闘士(セイント)の……いや、神の戦士達の血液には小宇宙(コスモ)が含まれている。ヴァレリーとの戦闘により行人は全身血塗れだ。流れ出た血液の一部が懐に溜まり、植物である棒手裏剣へと染み込んでいたのである。

 

皮肉なことに、ヴァレリーは行人に逃走手段を与える形となってしまった。

 

 

 その後は(デコイ)に紛れて自らもマグマの流れに乗り、ここまで逃げてきたのだ。カラクリを見破られるのも時間の問題だろうが、とにかく距離を取りたかった。あのまま勝ち目のない戦いを続けるより、こちらの方が遥かに生存率が高いからこその選択である。

 

 この聖衣(クロス)を杳馬に渡してしまえば、後は行人の知ったことではない。追ってきたヴァレリーは、杳馬の手によって八つ裂きにされることだろう。

もし、何故敵を倒さずに逃げてきたのかと問われれば、あらかじめ条件を正確に設定しなかったことを理由に開き直るまでである。

 

 

 杳馬の元までかなりの距離があるが、ヴァレリーよりも行人の方が近い。全小宇宙(コスモ)を足に集中させた上での疾走ならば20秒、いや16秒で辿り着けるだろう。  

ただし、小宇宙を高めれば当然ヴァレリーにも気づかれてしまうので、これも決して安全な策とは言い難い。

 

(……でも、暗黒聖衣(ブラッククロス)を破る方法が見つからない以上、こっちの方が何倍もマシだ!)

 

 覚悟を決めて、いざ行動に移そうとした行人の隣の樹木に、風切り音を上げて何かが突き刺さる。

 

「なっ……なんでこれが!?」

 

 その正体は鮮血に染まった棒手裏剣であった。根本までめり込んでいることから、それが恐ろしい膂力で放たれたことを表している。先程、(デコイ)に使ったはずのこれがあるということは―――――――――――

 

 

 襲撃者を確認しようと、飛んできた方向に振り向く。

 

 

 

 

しかし、そこには誰もいない。

 

 

困惑する行人に頭上から一つの影が飛来した。

 

「っ!? くそっ!!」

 

 奇襲を仕掛けてきたのは、やはりヴァレリーだった。どのような方法で捕捉されたのか分からない行人は心を乱されて、反応がワンテンポ遅れる。回避を諦めた行人は、死を免れる為にまた一つ手札(カード)を切らざるを得なくなった。

 

「おおっ!? 今度は小宇宙(コスモ)を使った障壁とは、中々芸達者じゃないか!!」

 

 自分の爪を防いでいる不可視の壁の正体に気づいたにもかかわらず、ヴァレリーは尚も攻撃の手を緩めない。彼には自信があったのだ。落下のスピードと体重を乗せた一撃ならば、こんなもの大した障害にならないと……。

 

「くっ! うぉおおおおお!!」

 

 それを見越して行人は爪が食い込んだままの障壁を、横回転させていなすことで危機を脱する。地に叩きつけられるところをヴァレリーは爪を引き抜き、後方に跳躍して距離を取る。そして、そびえ立つ()()を踏みつけて再び行人に襲いかかった。

 

「とくと見よ! 山猫(リンクス)が描く、禍月(マガツキ)を!!」

 

 ヴァレリーから放たれる小宇宙(コスモ)が真紅に輝き、光が腕を伝って右爪に集中する。(あか)い残光が弧を描く姿は、まさしく夜天を斬り裂く三日月の如し。

 

突如出現した紅い月が醸し出す妖美さに、死地に立たされている行人は不覚にも見惚れてしまう。

 

「クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 これまでに見た中で最速の攻撃を前に、行人は奇襲時と同じく障壁を張って防ごうとする。しかし、真紅の爪の前には紙切れ程度の抵抗力しかなく、障壁ごと右腕が斬り裂かれてしまった。

 

「あ……あぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫が木々の中に響き渡る。二の腕を深々と裂かれ、傷口の下から白い何かが見えたのは気のせいだと信じたい。

 

「ああ、良い声だ。だけど……足りないよ。まだ君の眼は死んでないね。出し惜しみせず、全力できたまえ」

 

 

 死を覚悟した者の眼には、言葉では表すことができない輝きが出ることをヴァレリーは経験により知っていた。だからこそ、行人が切り札を隠し持っていることに気づいたのである。

切り札を敢えて出させるヴァレリーだが、勝機は彼の方にあった。腕を痺れさせることすらできない行人の技などたかが知れている。暗黒聖衣(ブラッククロス)を壊せるとは思えない。ならば、行人の心を折る為に危ない橋を渡るのも一興と考えたのである。

 

 確かにヴァレリーの推察通り、行人には切り札が残されている。小宇宙(コスモ)の恩恵によって、ようやく形にできた“とっておき”だが、迂闊に使うわけにはいかなかった。

 

 

 何故なら、聖闘士には“1度見た技は2度と通用しない”というジンクスが存在するからだ。

 

 

おそらく、体内の小宇宙(コスモ)の流れを読み取り、技の原理を理解することで可能としているのだろう。

暗黒聖闘士(ブラックセイント)は落ちぶれたとはいえ聖闘士(セイント)のはしくれ。同じことができると考えるべきだ。撃つ前に、絶対躱せない状況を作る必要があったのである。

 

 

「フフッ、何をためらっているんだい? 運が良ければ、僕を倒せるかもしれないのに…」

 

「ぐっ、ううっ……ヒトの腕に、デッカい傷つけた上で、よくもいけしゃあしゃあと……。恥ずかしく……ないんですか!?」

 

「全然、全く、これっぽっちも思わないよ。

いくら僕でも保険ぐらい賭けておかないと、こんな見下したような真似はしないさ。むしろ、君を高く評価しているからこそだと受け取ってほしいね」

 

 力、速度(スピード)、そして経験でもヴァレリーが勝っている。更に暗黒聖衣(ブラッククロス)という絶対的優位性(アドバンテージ)があるにも拘らず、この用心深さ。彼の実力の高さがうかがい知れる。

 

利き腕を潰された状態で撃ったとしても、本来のものと比べれば威力と速度(スピード)の半減は免れない。ただでさえ勝率が低い相手に、不完全な切り札をどうして撃てようか……。

 

 

「その余裕、後悔させてみせます……」

 

 

 かといって、良案が浮かぶわけでもない。行人に残された道は、ヴァレリーの言う力技による真っ向勝負しかなかった。

 

決着をつける為に、行人は木を背にして腰を落とし構えを取る。師範代が杳馬相手に見せた戦法で、技を最大限に引き出すことに専念する。

 

行人の内在する小宇宙(コスモ)から、生半可な技ではないことが離れているヴァレリーにも理解できた。

 

(でも、僕を凌ぐ大きさではない。所詮は半人前ですらない候補生。これがこの少年の限界か…)

 

 期待していたほどのモノではなく、失望したヴァレリーは再び爪を構える。数多の命を奪い、彼に勝利をもたらした山猫(リンクス)の爪。今宵、新たな犠牲者を生む為に、その身を真紅に染めていく。

 

 そして、高めあった小宇宙(コスモ)が同時に放たれた。

 

 

「雷光流転拳!!」

 

「クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 

音速を超えて互いの秘拳が交差する。衝撃波により大気が震え、島が奏でる爆音を掻き消して、一瞬の静寂を与えたのだった。

 

 

 

 




貧相な戦闘描写で申し訳ありません。これが私の限界でした。(泣)


次話は少し文字数が短くなる分、早く投稿できるかもしれません。
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