GW中も少しずつ書いていたのですが、とあるキャラの掛け合いがかなり難しかったです。なるべく雰囲気を崩さないよう気を使ったつもりですが自信がありません。もしお気を悪くされたら、どうかお許しください。
都会ではまずお目にかかることができないだろう満天の星々。夜空を彩るそれらの下には子供達の一群がワイワイと騒ぎながら見上げていた。
「こら、皆! 楽しみなのは分かるが、これも大切なお勉強なんだから静かに!!」
子供達に向かって、引率している教師が声を張り上げるものの大して効果がない。それもそのはず、子供達にとって今日は特別な日だった。
何故ならここは『自然の家』
科学によって守られた都会から離れた、自然豊かな地。自然の中で集団生活を行い、心身を鍛え上げて健全な子供達を育成することが目的の学業である。その目玉の一つに数えられる『天体観測』――――――それが■■には以前から楽しみだった。
ベランダや本で眺めることしかできなかった星々が、視界を埋め尽くしている。そしてこの授業では念願の望遠鏡を覗けるのだから、■■の心はかつてないほど浮き立っていた。
■■の年齢は幼く、親から貰えるお小遣いも僅かしかない。
どんなに星好きでも、天体望遠鏡など子供の■■には夢のまた夢の存在だ。アルバイトもできない■■が購入するには、それなりの時間が必要となる。
よしんば買えたとしても、あんな巨大で、部屋の
結局、一人暮らしするまで諦めるしかなかったのだ。
「よし。次は…。■■ッ! お前の番だ」
「は、はい!」
いよいよ■■に順番が回ってくる。砂がついた腰を掃いながら教師に望遠鏡に触れないよう念を押されて覗き込む。
「わぁ…」
思わず感嘆の息が漏れた。星々の中に浮かぶ目的の惑星。その巨大さと横向きの
「これが土星…」
表面には色違いの横縞模様がある。本によると土星を囲む
「■■、もういいだろ。後がつかえているんだから、早く代わってやれ」
教師からの催促により、望遠鏡を後にする。少し名残惜しいが望遠鏡は複数設置されているので、そちらを見ることにしたのだ。
■■の足取りは軽く、興奮が抑えきれないでいる。あの幻想的な光景がまた見られるのだ。用意された望遠鏡はそれぞれが異なる星に向けられていた。
次の星はどんな姿を見せてくれるのかと頭の中で想像しながら、■■は足を速めるのであった。
◆
「……ッ!? ゲホッ! ゲホッ! う……う、ウォエエエエエ!!!」
胸に受けたダメージを堪えきれずに、行人は嘔吐した。吐瀉物が大地を汚し、鼻につく異臭が意識を覚醒へと導く。何か懐かしい夢を見ていた気がするが、激痛で吹き飛んでしまった。
「ハァ、ハァ……よく…生きて…」
よく生きていられたなと言いたいのに、肺を痛めているのか上手く声が出せない。
暫く安静にして痛みが和らぐのを待つ。数分が経過し、ようやく痛みが落ち着いたので次は応急処置に取り掛かる。
修業中に負傷してもすぐに手当てができるよう、行人は腹部にさらしを巻くようにしている。包帯代わりに使えるからだ。
傷を確かめようと上着を脱ぐと、懐から一つの物体が転がり落ちる。ゴトリと音を立てたそれを見て、行人は合点がいった。
「そうか…これのおかげ、だったのか…」
彼を救ったのは
「助けてくれて有り難う。そして、忘れててゴメン…」
感謝と謝罪を箱に送り、行人は箱につけられた傷に触れる。美しかった無地の表面には大きな亀裂が入り、中身が露出していた。気になった行人は、慎重な手つきでそれを取り出す。
「え? こ…これって…」
◇
島のある一角に、
「師弟揃ってやってくれる! よくもこんな真似を…!」
甲板に広がる血だまりの中に、船番を任せた船員が躯となって転がっている。勿論、下手人はヴァレリーではない。彼が行人と戦っている間に、杳馬が彼らを殺していたのだ。
(これでは船を動かせない! 嫌でも奴の!
弟子が敗れた後、師が始末をつけるつもりだったのだろうか…。そして先の
「落ち着けヴァレリー。なんとか上手い言い訳を考えるんだ。
興奮したせいで、先ほど受けたダメージがヴァレリーの体に蘇る。口から血を吐き、血痕が床に染みを作った。
(このダメージ……使い手が未熟で助かった。あの若さで
口元を拭いながら、行人の技について振り返る。
(確か、ライコウルテンケンと言ったか。一瞬で5発撃ち込んできたが、その全てが
人体急所とされる顎、心臓、鳩尾、両脇の合計5ヵ所。全
しかも“流星拳”は弾幕を作る事、平たく言えば“数撃ちゃ当たる”に重点を置いているので、命中率も悪い。
それに比べて“流転拳”は、足りない破壊力を与えたダメージで補うという、行人自身の力量を良く捉えた技だった。
そこまで考えて、ヴァレリーは体に付けられた傷痕をそっとなぞる。
(侮っていた積りはなかったんだけどね。もし彼が
胸中に僅かな安堵感と寂寥感を抱き、彼はこれからの事態に頭を悩ませるのであった。
◇
魂は天とは真逆の地下深くにある冥界へと向かう。そこでは裁判官によって生前の罪を暴かれ、罪の重さに見合った地獄へと落とされるのだ。死後に待つのは、決して安息の地ではない。
その冥界に行くには必ず通過しなければならない箇所が存在する。『
彼らが目指しているもの――――『死界の穴』。冥界に繋がる大穴に落ちれば二度と現世に戻ることはできない。
そして現在、その危険極まりない場所に一人の男が立っていた。
なぜなら、彼にとって死とは身近なものだからだ。
武力、知力、権力、財力…この世に存在する力をいくらかき集めようとも、生命ある者は必ず死ぬ。子供でも知っている常識だが、皆がその事実を忘れて――――いや、眼を背けて生きているのだ。背けたところでどうしようもないというのに、何故そうしてしまうのか男には疑問だった。
(ひょっとしたら、生存本能とやらが関係しているのかもしれないな…)
もしそれが事実だとしたら、実に愚かなことだと男は考える。
怖いものは怖い。これを否定する気はない。醜いものには視線を向けることすら億劫だ。では、そうしたところで何かが変わるだろうか。それは問題の後回しと言えないだろうか。
速く走りたいという願いから“馬車”が生まれた。
海を渡りたいという願いから“船”が生まれた。
森羅万象を解き明かしたいという願いから“学問”が生まれた。
死を免れたいという願いから“医術”が生まれた。
世界は人間の欲望によって形成されている。
これは、己の欲の赴くまま生きることこそ人の本性という証明に他ならない。
そう結論付けた男が選んだ道は、実に人間的なものだった。
“生きている間にこの世を存分に楽しもう”
どうして己を殺してまで、他者に尽くさなければならないのだろう。自分の人生を背負えるのは自分だけだというのに…。
「人間には2つのタイプが存在する。主人に媚びへつらい、おこぼれを貰いながら細々と生きる『奴隷』。その奴隷共に仕事を与えて、自分が啜った美味い汁の
社会は利用する者とされる者で成り立っている。こう考えると、人間とは本当に高尚な生き物なのか疑わしくなると思わないか?」
外套の男が虚空に問いかける。すると空間の一部が歪曲して、中から杳馬が現れた。ラドルの特攻の余波により衣服は至る所が焼け焦げているものの、それを着込んでいる彼の肉体は無傷だ。
「前者は兎も角、後者のような奴を王様とは言わねぇよ。外道がお似合いさ。手下が命張って戦ってる最中に、敵諸共吹き飛ばすドコかの誰かさんとかなァ」
「あの状況下で特攻を選んだのはラドル自身だ。大方、部下を殺された恨みで一矢報いろうとしたんだろう。随分と恨まれてるじゃないか…」
「ハッ! よく言うぜ。紛れもなく、テメエの
あいつの眼……あれは恨みっつうより、何かを守ろうとしている眼だったぜ」
棘のある会話の応酬を繰り広げながら、両者の
杳馬の言葉に対し、外套の男はただ笑みだけを返す。それだけで杳馬は全てを悟った。
ラドルの命令に部下が迷いなく従っていた事から、彼の人柄が伝わってくる。己の命運を他者に委ねるには“信頼”という感情が必須だ。部下達にそれがあったラドルはかなり慕われていたのだろう。組織を束ねる者として、自分の地位を脅かしかねない存在は面白くあるまい。
ではどうする。
簡単だ。殺せばいい。
任務上で戦死させてしまえば、恨みは殺した敵へと向かう。例え自分に向かったとしても、当人の能力不足とでも言えば正当性が保たれる。
「やれやれ、死んでくれて都合が良いってかァ? 随分と器が小っせぇじゃねぇの」
「別に俺自ら手を下しても構わんさ。だが、敵討ちを一々相手にする程こちらも暇ではない。ならばせめて……恨める相手ぐらい
その恨める相手というのは勿論、敵討ちが可能な人間が良い。そうすれば当人は恨みを晴らせ、組織は任務を達成でき、どちらも幸せになれるからだ。討たれた人間以外ではあるが…。
「……訂正するぜ。テメエは外道なんてお上品なもんじゃねェ。下衆野郎だ」
「人に説教できる立場か?
男の口から
「何を驚く。積尸気も使わずに、この地に来る方法など限られている。更に付け加えれば、今回の聖戦の相手は冥王ハーデスと聞く。
その配下である
しかし、
その闘法は精神と密接な繋がりがあるが故に、心の乱れが
実力を発揮できずに戦死させたくない、又は敵に恐れをなしての脱走を防ぐという考えもあり、伝えるべき事を伝えずに、敢えて偏った知識を与えてしまう師も決して少なくない。
ただでさえ
余計なことは考えず己の命を
それらを踏まえた上で、眼の前にいる男を見てみると――――
荒くれ者共を纏め上げる“カリスマ”
杳馬を前にして一歩も退かぬ“度胸”
それらを裏付けるように鍛え上げられた“肉体”
敵に対する“正しい知識”
どれもが高水準でまとまっていた。間違いなく最高の環境で教育を受けていた事が分かる。ここまでの逸材となると、自ずと師を務めた人間も想像がつく。
(考えられるとすりゃ、
杳馬が男の師について推理していると、男の持つ葉巻から“青い炎”が立ち昇った。
「貴様が何者であろうと、
そう言い放ち、男――アヴィドの背後から一体の
「へェ、テメエが
杳馬も己の武具を、半身を呼び寄せる。現れ出たのは円盤上に腰掛ける悪魔のオブジェ。悪魔はシルクハットを被り、左右非対称の針を持っている。円盤から伸びる蜘蛛の巣状の針はローマ数字で時計順に並んでいた。アヴィドの時と同じ様にそれらが分解し、杳馬の体を包み込む鎧と化した。
「それが冥王より賜りし鎧――――噂に名高い
色彩は
一説には冥界の鉱物で作り上げられたといわれているが、神の加護を受けているものとそうでないものの差なのかもしれない。
「そういや、こっちも名乗っておこうか。天魁星メフィストフェレスの杳馬だ。別に覚えなくても良いぜ。
テメエはここで死ぬからなァ!!」
「フンッ。何千年経っても
流石は負け犬……よく吠える!!」
杳馬とアヴィドが同時に踏み込み、拳をぶつけ合う。激突する光速拳によって空気が弾け飛び、大地が鳴動する。
魔に堕ちた神と魔に堕ちた人。
悪魔と魔人の戦いの火蓋が切って落とされた。
◇
杳馬とアヴィドの戦闘が始まった頃、行人も再戦を望むべくヴァレリーの下へ辿り着いていた。
「出てこい、ヴァレリー!! もう一度…俺と勝負しろ!!!」
呼びかけに反応し、船室の扉が開かれる。
「……悪運が強いんだね。僕の技を受けて生きているとは思わなかったよ。あのまま逃げようとは考えなかったのかい?」
「あいにく、ウチの師匠はスパルタでね。自分の命惜しさに
「
君の勝率は0%だ!!」
行人に才が有るか無いかを問われれば、ヴァレリーは有る方だと答える。少なくとも行人位の年齢で、
行人の
「勝負は断る。僕には何のメリットもない。結果が分かり切っているとはいえ、疲れるのはゴメンだよ。気が変わる前に視界から消えたまえ。
ああ、君の師のことなら心配しなくていい。どうやら、僕達の
そう言いつつ、ヴァレリーは子犬を掃うかのように手を振るう。間違いなく起きるだろうアヴィドの折檻に備えて体力を温存しておきたいのに、一銭の得にもならない労働をしたくないのだ。
船内に戻ろうとするヴァレリーを、行人の次の言葉が歩みを止める。
「これを見ても同じ台詞が言えるか?」
行人が取り出したのは例の箱。箱の傷でヴァレリーは己の拳が防がれたカラクリを知る。そして、箱の中が空洞になっていることも…。
続けて行人が取り出したのは、一冊の書物だった。
「
書物の正体を聞いてヴァレリーの顔色が変わる。一瞬行人のハッタリを疑ったが、可能性としてはあり得ない話ではなかった。
よくよく考えれば
技を伝承する人間がいるか、文献として形に残していなければこうはなるまい。もしこの仮説が正しければ、伝承する人間というのは島の管理者の一族。文献を隠すとなると
「面白い! その決闘……受けて立とう!! そして、ありがとうと礼を言わせてもらおうか。
合意を得られたことを確認し、行人は秘伝書を箱に戻して岸へ向かって放り投げる。
「秘伝書はあそこだ! 俺を倒してから取りに行け!! そして…」
次に行人は血染めの上着を脱ぎ捨てた。
負傷した胸や腕、そして右拳にさらしが巻かれているだけで、何かを隠し持っているようには見えない。懐から色々取り出してきた行人も、さっきの秘伝書で打ち止めのようだ。
「これで俺は丸腰だ!! この五体で勝負してやる!!!」
「……少年、良い事を教えてあげよう。逃げる時は
突然ヴァレリーは先程の追跡劇のネタ晴らしを始める。あまりの唐突な話題の切り替えに通常ならば矛盾を感じるが、この行為には重大な意味があった。
「アハハハッ、君のしようとしている事なんてお見通しだよ! 東洋のことわざで“窮鼠猫を噛む”というのがあると聞く! 君がやろうとしているのはそれだろう!?
だから秘伝書や丸腰をアピールする事で、自分を追い込んでいる!! だったら僕は君の疑問を解消して、心の負担を軽くするまでさ!!」
得意げに語るヴァレリーに行人は心の中で『ああ、やっぱりな』と、どこか他人事のように呟いていた。
己の策などヴァレリーが相手では浅知恵でしかない事は、先刻承知している。策が通用しようがしまいが、やるべき事は変わらない。
『目の前の敵を倒して、
その不断の覚悟のおかげか、今度は
「何を言っても無駄だ! もう俺には通用しない! あなたを倒して
「よくぞ吠えた! ならば、もはや問答は無用! いざ!!」
「尋常に!!」
「「勝負!!!」」
飛び掛かる行人と迎え撃つヴァレリー。
今回は杳馬とアヴィドの会話が一番苦労しました。放っておくと会話が止まらないし、アッサリ終わらせるわけにもいかない。どこで区切ったら良いか、頭が痛かったです。
デスクィ―ン島編は、あと2話位で終わる予定です。ダラダラ長引かせてすみません。どうかもう暫くお付き合い下さい。