とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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明けましておめでとうございます。
まだ覚えていて下さる方がいる事を信じて書いております。マルクです。

後2話でデスクィーン島編を終了させると宣言してしまった事もあり、かなり文章量の調節に苦労しました。
かなり詰め込んでしまった気がしますが、大目に見てくれると幸いです。

それではどうぞお楽しみください。



16/死闘

 甲板上を行人が一陣の風となって駆け抜けていく。その軌道は愚直な一直線。最短距離にして最速の攻撃も、ヴァレリーの動体視力にハッキリと捉えられていた。

 

(フフッ。活きこんでいるのに悪いけど一撃で死んでもらうよ)

 

 敵の速度(スピード)を目測し、頭の中で数回シミュレートを行いタイミングを計る。拳が届くのにゼロコンマ数秒と掛からないのに、小宇宙(コスモ)によって思考速度を加速させたヴァレリーにはそれだけの事を行う余裕があった。

 

 だからこそ――

 

「なっ!? ゲフッ!!」

 

 この結果に彼は驚きを隠せない。

 

 ヴァレリーの目前で行人の動きが急加速し、顔面に有効打(クリーンヒット)を許してしまったのだ。

 

「おぉおおおっ!!」

 

 思いもよらぬ一撃によろめくヴァレリーは胸ぐらを掴まれて、行人の飛び膝蹴りによって顎を打ち上げられる。頭を強く揺さぶられ膝をつき、意識が朦朧としているところへ今度は右肘が振るわれた。

 

 刀剣を思わせる一閃を、ヴァレリーは相手の懐に飛び込み寸でのところで躱す。しかし完璧とは言えず、パキンッという音と共に頭部を守っていた暗黒聖衣(ブラッククロス)のマスクが剥がされてしまう。

 

「チッ、調子に乗るな!!」

 

 落ちたマスクを見てヴァレリーの眼が変わる。瞳の奥には反撃された敵に対して、慢心を捨てきれなかった己に対して怒りの炎が灯っていた。

 

 音速で間合いを詰めたヴァレリーの拳が行人の腹部に深々と突き刺さる。そのまま蹴りで行人を吹き飛ばすと、宙に浮いた彼の頭を掴んで甲板に叩き付けた。

 

「…ガッ!? このっ!!」

 

 常人が受ければ死亡確実の連撃だが、行人はそれに耐えきり拘束から逃れるという偉業を成し遂げて見せる。距離を取られたヴァレリーはというと、己の掌を開閉して行人に触れた時に感じた違和感について考察していた。

 

(今の感触、また障壁を張っているのか!?)

 

 感触からすると“膜”とでも言おうか。行人の体を薄い防御膜が覆って、ダメージを和らげているのだ。

 

さらに――

 

(拘束を振り解いた時にみせた小宇宙(コスモ)の動き。瞬間的に爆発させた事による、身体能力の向上といったところか。厄介ではあるが、タネが分かればやりようはある。   

向こうが高める瞬間を見計らって、こちらも高めれば良い)

 

 思わぬ反撃に混乱していた頭も、分析を続ける事で冷静さを取り戻していく。防御膜の方も、ダメージを完全に遮断する事はできないので、手数を増やせばいずれ力尽きる。早めに決着を着けたかったが、こうなっては仕方がない。目の前の小さな戦士がどう抗うか、試させてもらおう。

 

「さぁ、今度はこちらの番だ。最後の晩餐をご馳走してあげるよ!!」

 

 行人の動きを一つ残らず見過ごすまいと、全身に小宇宙(コスモ)を漲らせながら黒き野獣が襲いかかった。

 

 

 

 黄泉平坂にて杳馬とアヴィドが小宇宙(コスモ)を込めた拳を、蹴りを、意地をぶつけ合う。2人の拳が激突し、冥衣(サープリス)暗黒聖衣(ブラッククロス)が火花を散らす。

 

「んははははっ! 聖闘士(セイント)になれなかった落ちこぼれのわりには粘るじゃねェか! お山の大将気取るだけのことはあるぜ!!」

 

「フンッ、修行に耐え切れず逃げ出した奴らと一緒にするな! 俺は思うがまま力を振るう為に暗黒聖闘士(ブラックセイント)になったのだ! 聖衣(クロス)にしても、あれは俺が譲ってやったにすぎん!!」

 

 光の奔流が大気を切り裂いて疾走する。命を刈り取る閃光は、衝突すれば星屑となって黄泉平坂を彩る“華”と化す。

 

 もしこの戦いを第三者が観戦していれば自ずと次の言葉が頭に浮かぶだろう。

 

 千日戦争(ワンサウザンドウォ―ズ)――――聖闘士(セイント)の頂点に位置する黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士が戦った時、たとえ千日経とうと決着がつかないという膠着状態を指す言葉。異常なのは、両者が聖闘士(セイント)ではない身でありながらその現象を引き起こしている事だ。これは彼らの力量が黄金聖闘士(ゴールドセイント)に匹敵する事を意味していた。

 

 体術では互角とみた彼らは、拳を打ち付けた反動を利用し一旦距離を取る。

 

積尸気鬼蒼炎(せきしききそうえん)!!」

 

 アヴィドから放たれるのは、自然界には存在しないはずの蒼い炎。召喚した霊魂を種火とし、葉巻の先端から発せられる燐光で燃焼させて作り上げた()()()()炎である。

 

「流星拳!!」

 

 迎え撃つ杳馬の技は小宇宙(コスモ)を込めた拳の弾幕。一見簡素な技にも思えるが、流星拳は込められた小宇宙(コスモ)次第で無限に変化するという特徴を持つ。それ故、基礎的な技だというのに聖闘士(セイント)の間でも愛用者は少なくない。黄金聖闘士(ゴールドセイント)にはこの技を極め、己の必殺技にまで昇華させた者もいるくらいだ。神族の杳馬が使えば、その威力は絶大である。

 

 紫水晶(アメジスト)の流星群と煉獄の蒼炎によって轟音と衝撃波が生じ、亡者が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。心を持たない彼らが悲鳴を上げる姿は、まるで死を拒む生者のようだ。金も、知性も、愛する者も、命も失ってしまった。だというのに、この上“魂”すら失わなければいけないのかと…。

 

 

「おいおい、鬼蒼炎ってのは魂を焼くだけのはずだろ? それ以外のモンも燃やすんじゃねェよ。自然には優しくって教わらなかったのかい?」

 

 鬼蒼炎が飛び散った箇所は凄まじい熱量によって焼き砕かれていた。数多くの聖闘士(セイント)を見てきた杳馬であったが、彼もここまでの積尸気使いは数える程度しか覚えがない。

 

「十分優しいだろう。冥闘士(スペクター)というこの世に湧き出た(ゴミ)を掃除してやっているのだ。素直に受けてくれれば全て燃やして、この世からもあの世からも滅してやる」

 

 己の技を流星拳という基礎中の基礎で防がれたというのに、アヴィドはさして気にした様子はない。それどころか挑発で返すほどの余裕を見せている。

 

 しかもその内容というのが――

 

(転生することすら許さねェってか? 人間如きが生意気な…)

 

 今日出会ったばかりのアヴィドは勿論、杳馬の事情など知る由もない。杳馬がクロノスによって人間の生を何度も繰り返している事など想像すらできないだろう。先の発言も、冥闘士(スペクター)を粛清するという意味でのものだと考えられる。

 

 しかしそんな事、杳馬にはどうでもいい。

 たかが人間が神である自分を『完全消滅』させると宣言したのだ。どれほど才溢れる人間だとしても、目上の者への畏敬の念を忘れてしまえばゴキブリ以下、塵芥も同然である。

 

「ちょっと褒めた程度で図に乗るんじゃねェよ。どうやらテメエには、世界の広さっつうのを教えなきゃいけねェようだなァ」

 

「ほう、それは楽しみだ。敗北の経験しか持たん冥闘士(貴様ら)が一体何を語るのか興味がある。ぜひ、ご教授願おうか…」

 

 アヴィドが言い終わるや否や、杳馬が時間を止めようと懐中時計を取り出す。そして力を解放しようとした瞬間――蒼い炎が杳馬を包み込んだ。

 

「んなっ!?」

 

 杳馬は一瞬何が起きたのか分からなかった。蒼炎からアヴィドが何かをしたのだという事だけは分かる。混乱する杳馬などお構いなしに1撃、2撃と次々と爆炎が撃ち込まれていく。アヴィドはというと手元を軽く動かしているだけだ。

 

  そう、ただ葉巻の炎を地に落としているだけなのだ。

 

 地面に落ちると同時に炎が地を走り、杳馬の足元で爆発を生じていたのである。

 

「『積尸気魂葬波(せきしきこんそうは)』――霊的な物を火薬とし爆発させる技よ。誇ってもいいぞ? 大抵の奴は鬼蒼炎(きそうえん)だけで死んでしまうからな」

 

「地面が導火線になってるって事は…。テメエ…まさか!?」

 

 杳馬の疑問に答えるかのように足元の岩肌が一変する。浮かび上がるのは無数の人間の顔。どの顔も苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げている。その阿鼻叫喚の様相は、杳馬ですら思わず眉をひそめてしまうほど凄惨なものだった。

 

「ククッ。お前の読みどおり、この一帯は俺が積尸気を用いて作り上げた土地よ。なかなか面白い趣向だろう?」

 

 デスクィーン島に入れなかった間、アヴィドはただ何もしなかったわけではない。黄泉平坂を経由しても侵入できない謎の結界。結界を張った者が島にいる以上、戦闘は避けられぬと考えたアヴィドは対策を練っていたのだ。それがこの魂葬波(こんそうは)による零距離攻撃である。

 霊魂を操る積尸気使いならば『魂の物質化』が可能だ。葉巻や外套(コート)と同じように、自分に有利な戦場(フィールド)を作ることなどアヴィドには造作もない。

 強力な技ほど発動にはそれなりの時間を要する。敵の能力が分からずとも、発動前に叩いてしまえば無いも同然。

 

「名付けて『積尸気爆砕陣(せきしきばくさいじん)』と言ったところか。さて、お前の魂は何発耐えられるかな!!」

 

 魔人による爆炎地獄が、悪魔の身を炎で包み込んでいった。

 

 

 

「…あ、ガッ……」

 

 甲板に倒れ伏す行人をヴァレリーは見下ろしている。追撃ちをかけてもできるが、彼には行人に対してある疑念が生まれていた。

 

「少年、君はどうしてこの世界に飛び込んできたんだい?」

 

「な…にを、言って…」

 

「君の体術は実によく鍛えられている。まだ幼いのに音速拳を会得している事から半端な努力じゃなかっただろうに…。でもだからこそ分からない。君…人を殺した事がないだろう?」

 

「っ!?」

 

「よしんばできたとしても倒すだけで、それ以上はできない。小宇宙(コスモ)から君の心情が伝わってくるよ。“恐怖”という感情がね」

 

 ヴァレリーの推理は的を得ていた。

 銃や刀剣ならば、使い手にその気がなくても容易く対象を殺害することができる。確実な信頼性と安定した戦闘力。それこそが武器の強みだからだ。

 それに対し戦闘に小宇宙(コスモ)が関わると、『意思を込める』という余計な過程(プロセス)を経なければならない。込められた意思の強さに比例して、拳に重さが生まれるので不安定極まりなかった。

 

 そんな伸び悩む行人を見かねて、杳馬は小宇宙(コスモ)を高めるコツを伝授していた。

 

『憎め』

 

 神である杳馬は人間を殺すのに躊躇しない。ゴキブリを殺して罪悪感を感じる人間がいないように、殺人を犯して苦しむ神など精神異常者とすら考えている。生来の莫大な小宇宙(コスモ)とブレない精神(こころ)こそ、杳馬をはじめとした神族の強さの真髄である。

 

 けれども行人は人間。その方法は当て嵌まらない。それゆえに杳馬はひたすら敵を憎むよう説く。極一部の例外を除き、傷つけられて喜ぶ人間はいない。烈火のような怒りと表現されるように、炎を連想させる“憤怒”と“憎悪”ほど攻撃的で戦向きの想い(ちから)はないのだ。

 

 行人自身、別に不殺(ころさず)を誓っているわけではない。杳馬の教えを実践しようにも、心のどこかで無意識にブレーキをかけてしまうのだ。敵を一人の人間と認めたまま殺害する。口で言うのは簡単だが、実践するのは一流の軍人でも至難の業とされている。

 

「君の拳には芯がない! 敵を殺すという気迫が感じられない!! そんな半端な覚悟で倒されるほど、僕は甘くないぞ!!」

 

 これが手本だと言わんばかりに、ヴァレリーの蹴りが行人の体を甲板にめり込ませる。

 

「グェッ!?」

 

 背中に衝撃を感じながら、行人は拳を真下に打ち込み床板を破壊する。ヴァレリーの蹴りの勢いを利用した一撃は凄まじく、両者は船室まで落ちていった。

 船室の中は闇で満ちており、上から差し込む星明かりだけが唯一の光源だった。そこは恐らく食堂かキッチンなのだろう。漂う香りが行人の空腹感を刺激する。

 

 現在地を確認した行人は目についたテーブルクロスを抜き取りヴァレリーに向かって放り投げる。純白の布地がすぐさま爪によって引き裂かれるものの、行人が身を隠すには十分な時間だった。

 

「それで隠れたつもりか!!」

 

 小宇宙(コスモ)を頼りにヴァレリーは爪から真空の刃――“かまいたち”を飛ばす。テーブルを真っ二つにされて、再び行人は姿を晒してしまう。続けて次弾を飛ばそうと振りかぶったところに、ヴァレリーは突然技を中断し、明後日の方向へ裏拳を繰り出した。

 

ガシャン

 

 拳が砕いた物の正体は、食卓に並べてあった“皿”だった。あの一瞬の隙を突いて行人は皿をフリスビーの要領で飛ばしていたのである。その軌道は恐ろしい回転速度によって曲線を描き、敵の首を落とそうしていたのだが、ヴァレリーはそれすら破って見せた。

 

「このっ!」

 

 通用しないと理解していても、行人は背後の食器棚から皿を取り出して飛ばし続ける。音速拳が使えるといってもそれは小宇宙(コスモ)を最大限に高めた場合だ。常時出せるわけではないので、遠距離攻撃をしたい時は物を投げつけるくらいしかできないのだ。

 

「ハッ、御者座(アウリガ)の真似事かい? 足元にも及ばないよ!!」

 

 複数の飛来物をものともせず、皿を砕きながらヴァレリーが迫ってくる。

 

「くそっ!」

 

 次に行人が飛ばしたのは純銀に輝く鋭利なナイフ。先ほどの皿とは違う直線軌道による攻撃だ。皿とナイフが同時に別方向から襲うものの、敵は行人の想像以上の行動で防いでみせた。

 

「無駄なんだよっ!!」

 

 ヴァレリーは飛んできたナイフを掴み取り、それを用いて皿を斬り裂いてそのまま行人へ投げ返す。左肩に生じた焼けるような痛みで残りのナイフも落としてしまい、行人は最初と同じ丸腰と化した。

 そこへ間髪入れず、ヴァレリーの掌底が肩のナイフに叩き込まれる。

 

「ガァああぁぁああああああああ!?」

 

 柄までめり込んだナイフは、肉を突き破り白刃の刃を後ろの壁に打ち付けた。行人は虫の標本のように縫い止められ身動きできなくなる。

 止めの一撃として行人の腹部に向かって左拳が撃ち込まれた。薄い防御膜を貫き、爪が体に突き刺さる。

 

「…ガフッ!?」

 

 傷口から流れる鮮血が爪を伝って滴り落ちていく。体を支える両足は今にも崩れそうだ。血が、力が、小宇宙(コスモ)が抜けていく。視界は霞み、行人にはもうヴァレリーの姿が捉えられなくなっていた。いかなる技を駆使しても目の前の敵には届かない。その事実は行人の心に重く圧し掛かり、遂に瞳に絶望の色が浮かび上がる。

 

――殺った

 

 その色を確認したヴァレリーは心の中で勝利を確信した。後はほんの少し力を込めるだけで決着がつく。しかし、彼の思惑を嘲笑うかのように運命の女神は行人に味方した。行人の右拳がヴァレリーの爪を破壊したのだ。

 

「バカな!?」

 

 もはや“死に体”の行人にそこまでの力が残されているはずがない。しかも打ち込んだのは負傷している右拳。信じられないといった表情でヴァレリーは見つめるものの、とある一点に目が留まった。

 

「その握り…空手の拳の型の一つ“一本拳”か!?

 

 中指を突出させて、人差し指と薬指を両脇から押さえる。更に親指を添える事で安定性を上げていた。この状態――中指の第二関節での突きを“中高一本拳”と呼ぶ。まさかこの辺境の島で、最凶の貫手の一つに数えられる拳を見られるとは夢にも思わなかった。

 面ではなく点による一撃。打撃箇所は爪という装甲が薄い部分なので横からの衝撃には非常に脆い。

 

(でも、それだけじゃ説明できない! これは指先に小宇宙(コスモ)を集中させないと実現できない戦法だ!)

 

 小宇宙(コスモ)の総量で勝る者を破るにはそれしかないとはいえ、指という極めて矮小な部分に留めるのはかなりの技量が要求される。一歩間違えれば拳が使い物にならなくなる危険性があるからこそ、一本拳は()()なのだ。

 ヴァレリーですら暗黒聖衣(ブラッククロス)がなければ、そこまで緻密な制御はできない。それができるという事は、制御力だけなら黄金聖闘士(ゴールド)とは言わないまでも、白銀聖闘士(シルバー)級はあるとみていいだろう。

 

 改めて行人の異常性が際立つ。

 

 戦士というには逃亡してしまうほど臆病で、弱い割には時折ヒヤリとする場面が多々ある。まるで得体のしれない何かが殻を破るかのような錯覚を起こす。

 

「ど…し、た。俺、は…まだ……生…て…」

 

 肩のナイフを抜き取り壁にもたれかかる姿はあまりにも弱々しく、勇壮とはほど遠い。だが睨みつける眼には生気が戻り、ヴァレリーも僅かに気圧される。そんなヴァレリーの心情など気にも留めず、行人は再び“あの技”の構えを取った。

 

「『雷光流転拳』!? この期に及んで最後に縋るのがそれとは…。僕を侮辱しているのか!!」

 

 流転拳の恐ろしさは先刻味わったばかりだが、それは初見だったからだ。技の特性を見破った以上、その恐怖も半減してしまっている。だからこそ、いつまでも破られた技にこだわる行人の姿がひどく見苦しく感じた。

 

「いいだろう! ならば、その技と共に潔く散るが良い!!」

 

 戦士の誇りを刺激され、黒き野獣が激昂しながら地を駆ける。その右手が真紅に輝く事から最強の技である『クレッセント・リンクスクロー』を放とうとしている事が分かる。

 

「おォおおおおおおおおおっ!!」

 

 残された力を全て振り絞ろうと行人が吼える。背にしている壁に()を強く打ち付け、ヴァレリーに向かって特攻した。その速度はヴァレリーにも匹敵するほどのものだった。それもそのはず、これこそ『瞬動術』という足の裏から気を爆発させてロケット噴射の如く移動する歩法である。瞬動術によって音速に達した行人は最後の流転拳を解き放つ。

 

「くらえっ!!」

 

「甘い! そうくると思っていたよ!!」

 

 そのような荒業を目の当たりにしたヴァレリーであるが、彼の心は動じない。今までの行人の行動パターンから、素直に向かってくるわけがないと警戒していたからだ。それは功を奏し、彼は行人の片足に集中する小宇宙(コスモ)を見逃さなかった。

 

さよなら(アデュー)、少年! クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 リーチでは大人のヴァレリーに分がある。短い行人の腕をあっさり飛び越えて、流転拳が届く前に凶爪が額に直撃した。狙うなら的が大きい(ボディ)が常識。

 しかし、既に2回も仕留め損ねている。だからこその頭部(ヘッド)狙い。脳を破壊されて生命活動を維持できる生物は存在しない。

 

「…なん…だと……?」

 

 目の前の現実を受け入れられずに、思わず声を漏らすヴァレリーを誰が責められようか。

 

 鋼鉄すら両断する爪がその切れ味を発揮する事無く、行人の皮膚の上で止まっていたのだ。我が眼を疑うヴァレリーに、爪が行人の小宇宙(コスモ)の状態を伝えてくる。

  

 

「僕と同じ波長だと!? 波長合わせを防御術(ディフェンス)に利用したのか!!?」

 

 呼吸法を始めとした戦闘に使う技術には、独特のリズムが存在する。それは小宇宙(コスモ)も例外ではない。一つとして同じものはなく、戦士一人一人が全て異なるものを持つ。付け加えると、達人であればあるほどこのリズムは安定しているものだ。

 波長を合わせてしまえば、物理攻撃も放出攻撃も使い手を傷つける事は叶わない。

 

「獲ったぞ。俺の距離を…」

 

 ヴァレリーが下を向くと、爪を払いのけて一歩間合いを詰めた行人がいた。波長合わせというイカレた防御術(ディフェンス)を目の当たりにして動揺した時点で、この事態は決まっていた。

 

 もう躱す暇はない。

 

「断ち斬れ、俺の小宇宙(コスモ)!! 雷光流転拳!!!」

 

 肩に風穴が空いて左腕が使えない行人は、右拳を叩き込む。場所は左胸――心臓である。

 

(耐えろ! これに耐えさえすれば僕の勝ちなんだ!)

 

 てっきり無防備の顎狙いと考え守っていたヴァレリーには当てが外れたとしか言いようがないが、これは僥倖だった。

 

――残り、4発

 

「あァあああああ!!」

 

 次弾が放たれる。恐らく次は腹部(ボディ)。ここを打たれると体がくの字に曲がり、頭が下がるので行人にも狙いやすくなる。

 

「グッ、ハッ!?」

 

 ところが打たれたのはまたしても心臓だった。この2撃目でヴァレリーは行人の思惑に気づく。

 

(一点集中狙い!? まさか5発全てが!!)

 

――点滴、岩を穿つ

 

 どんな硬い物体も、何度も打ち続ければいつかは砕くことができる。小宇宙(コスモ)で障壁を張ろうとしても、行人の拳の方が速い。続けて3、4発と打ち込まれるたびに暗黒聖衣(ブラッククロス)に異変が生じる。

 

バキッ

 

 あらかじめ付けられていた罅が大きくなり、とうとう暗黒聖衣(ブロッククロス)が剥がれ落ちてしまう。こうなれば己の肉体を信じるしかなかった。所詮は子供の拳。自分なら耐えられる――そう信じるしかない。

 

 そして、剥き出しになった心臓めがけて最後の5発目が放たれる。

 

「これで、最後(ラスト)だァあああああ!!」

 

「ウグッ! ウぅうう!!」

 

 筋肉を引き締め5発目に耐え抜いたヴァレリー。己の体に賛辞を送り一息ついたところへ、再び衝撃が生じる。突き刺さったままの行人の拳から存在しないはずの6発目が放たれたのだ。

 

「グァアあああああああああ!!?」

 

 今までとは全く比較にならない6発目。それこそ小型の炸裂弾が爆発したような一撃である。その威力は暗黒聖衣(ブラッククロス)のチェストパーツを8割は吹き飛ばしていた。

 

 『炸裂拳(バーストナックル)』――試験時に使用した行人のもう一つの技である。行人は雷光流転拳と炸裂拳(バーストナックル)を組み合わせて暗黒聖衣(ブラッククロス)を破ったのだ。

 

 

 

「ハァ、ハァ……や、やったのか? 本当に?」

 

 動かないヴァレリーを確認しても、行人は自分の勝利が信じられずにいた。なにせ相手は小宇宙(コスモ)を操る人知を超えた存在だ。少年時代に、『誰がこんな男達を倒せるんだ』と思いながら漫画を読んでいたのは今でも覚えている。なのに――転生者が、この世界にとって異物(・・)でしかない自分が成し遂げられるとは思えなかったのだ。

 

「お…お、おォおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 行人の勝ち鬨に呼応するかのようにデスクィーン島の噴火が勢いを増す。噴火は止まることを知らず、次々と上がり空というキャンバスを染め上げる。もしかしたらそれは行人という異物(イレギュラー)にたいしての祝砲だったのかもしれない。

 

 

『ようこそ。この優しく、そして残酷な世界へ』

 

 

 どこからかそのような声が聞こえた気がした。

 

 ようやくこの世界に住人として認められた気がした。

 

 そう結論付けた瞬間、気が抜けたのか行人は吐血する。そう言えば腹に穴が空いたままだった事を他人事のように思い出し、視線を下に向ける。

 傷口から出血が止まらずに血だまりが広がっていく。これはマズいと思う間もなく膝が砕け落ちて身を沈めてしまう。血を流し過ぎたのか四肢が動かせない。脳に回す血も少なくなっているのか、思考力さえ上手く働かなかった。

 

 せっかく認められたのにこんな所で死ぬのかという思いはある。でも、こんな終わり方も自分らしくて良いのかもしれない。

 たった一度しかない人生を全力で生き抜く事こそ人間の本懐。それに反して転生という道を選んだ時点で、行人は人間の屑の烙印を押されても仕方のない存在なのだから…。

 ヴァレリーを倒し鳳凰座の聖衣(フェニックス)を守り抜いただけでも儲けもの、そう考えるべきだろう。

 

 

 ほんの僅かな達成感を胸に、行人の意識は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 




行人、辛勝!!

最後で少し鬱展開が入ってしまい申し訳ありません(汗)
この主人公、少し自虐癖がありますので…。
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