――レミリアの部屋――
レミリアさんの部屋の前まで来たのはいいものの、正直不安でいっぱいだった。人と関わることすら少なかった俺が何でこんなことをしているのか、今さらだが不思議に思える。ましてや、他人の家族事情なんて知ったこっちゃ無いし、逆に自分もそうされたくない。どうしてそこまで分かっているのに俺はここに来たのか。
…放っておけないのは…何でだろ……
レミリアさんと出会って日もまだ浅い。会話も数える程にしかしていない。だけど泊めてくれたことにはすごく感謝していて、恩返しをしたいとも思っている。では、これは恩返しの為なのだろうか。少なくとも、レミリアさんの苦しんでいる姿を見たくはなかった。
俺は決心して扉をノックした。
コンコン…
「誰…?」
部屋の中から声が聞こえた。もちろんレミリアさんのものである。
「えーと、俺です…」
この紅魔館で男は俺しか居ないのだから、俺、と言っただけで俺だということがわかるらしい。
「何の用かしら…?」
続いてレミリアさんの声が聞こえる。心なしか、声に儚さが混じっている気がした。
「少しお話したいことがありまして…」
レミリアさんの過去について、とは言えなかった。いきなりこんな話題を出せば拒絶されるに決まっている。俺はどうやったら自然な流れでその話を持ち込めるか、頭で模索し続けた。
「…今は話をする気分じゃないわ……」
予想通りの返事だった。あんな辛い過去を思い出してしまったのだ。当然のことだろう。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「大事なお話なんです。それに、泊まる条件として、お話するって約束もしましたから。」
こんな暗いお話をするなんて思っていなかった。しかし、だからといって約束は破らないし、放っておくこともできない。
「後にしてくれるかしら。お願いだから今日は下がって」
「ですけど……」
「下がって!!!」
レミリアさんの怒鳴り声が辺りと俺の頭の中に響いた。
俺は怒られ慣れていない。声を出すべき時は出して、あとは黙っていれば怒られることもなかったからだ。だからレミリアさんに怒られて、少し胸が痛んだ。
怒られると、胸が痛くなる。
久しぶりの感覚だった。
今までの俺なら、一目散にこの場を去っただろう。
だけど、俺の足は動かなかった。
何でだろう……火に油を注ぐような行為はしたくなかったし、火傷だってしたくない。
だけど、それは相手が油だった場合だ。俺にはレミリアさんが油であるようには見えない。どちらかと言えば、心に傷を負って萎れた花のようで……
ああ… 俺らしくもない考え方だ。
俺は一度思考を振り払った。
「………」
だけど言葉が続かなかった。触れてしまっては朽ち果ててしまいそうな脆くて儚い花。俺がどうやって元気付けられようか。
次第に自信が無くなってきた。
俺は人間で、レミリアさんは吸血鬼。
分かり合うことの出来なかった種族が、元気付けるだなんて……
いや…パチュリーさんも言っていたじゃないか。
霊夢や魔理沙、それに咲夜さんだって人間なんだ。
言い出しっぺの俺が諦めてどうする。それこそ人間としても、男としてもヘタレだ。
怒られるより、後悔するほうがずっと嫌だ。
怖いことから逃げて、そんなのはもうごめんだ。
「………」
俺は根気強くレミリアさんの返事を待った。扉の前に座り込んで。時折、妖精メイドさん達が通りかかって、訝しげな視線を向けてきたが、その都度笑顔で挨拶をして誤魔化した。
…こうやって表面だけの笑顔をするのは何回目だろう。きっと三桁はいってるに違いない。自分の気持ちを圧し殺しての笑顔は決して気持ちいものではなかった。
こうやって考えてみると、俺とレミリアさんはまったく正反対なのかもしれない。
他人の顔を伺って感情圧し殺す俺と、誰彼構わず気楽に接して喜怒哀楽の激しいレミリアさん。
これじゃあ相性もわるいよなぁ…… 俺は苦笑した。
どれだけ待っただろうか。………いや、思ったより時間は経っていない。一時間程だ。何もすることがないと、体感時間が長く感じるんだなってつくづく思う。
レミリアさんは……今どんな思いをしているんだろうか。
俺みたいに、一秒を長く感じているんだろうか。
もう寝ちゃったかな……
俺はいつまで経っても、そこを離れる気になれなかった。
ガチャ……
ふと、微かな音が背後でした。振り返ってみると、扉の隙間からレミリアさんの大きな瞳が覗いていた。
「……りなさいよ……」
「…え?」
「は、入りなさいよ…!」
どうやら、俺の思いが伝わったようだ。
レミリアさんはベッドに腰かけ、俺は促されるままに椅子に腰かけた。
「話ってなに…?」
レミリアさんは目を合わせずに聞いてきた。
「ええっと……レミリアさんはどうして、幻想郷に来たのですか?」
俺はまだ不安が抜けていなかった。その結果、このような遠回しな質問になってしまった。
「…なんでそんなことを聞くのかしら?」
「何となく、です」
レミリアさんの声のトーンが少し下がったことで、俺は少しビビってしまった。
「別に、外よりこっちの方が暮らしやすいと思ったからよ…」
…やはり、本当のことは言いたくないのか。
「それって、自分の為、ですか?」
「そうよ。本当は幻想郷を支配するのが目的だったけど、今はもう諦めてるわ」
……自分の為……きっと、それは違う。
「こっちに来てからは色々大変だったわ。フランがおかしくなっちゃうし、幻想郷支配の野望も、人間の手で砕かれたし…外とはやっぱり違うわねぇ…」
平静を装っているつもりなのだろう。しかし、手は微かに震え、言葉使いに反して、声もか細かった。…無理して話しているんだろう……
「でも、やっぱり良いところよ。のどかで、美しくて、それに比べて、外は汚くて、空気も不味くて……何でかな。それでも忘れられないのは…」
本当は、すごく迷ったんじゃないだろうか。人間の手から逃れてこの世界に来ることと、大切な人と一緒に過ごしてきた地に残ること……
「外の世界も、悪いことばかりじゃなかったってことね。憎らしい、に、人間も…沢山殺してやったし…」
「…レミリアさん……」
「いい加減…聞いたらどうなの?」
!
「この話を、まさかあなたにしなくちゃならないなんてね…運命もなかなか残酷だわ…」
「…気づいてたんですか?」
「私の能力…言ってなかったかしら?」
あ、運命を操る程度の能力…
俺がこの話をする運命が見えたのだろうか?
「私はまだ未熟だから、運命を操ることなんてできない…運命を見ること位しかできないけどね」
運命を操る…つまり未来を自分好みに操ることの出来る、反則級の力。
「私は自分の力に絶対の自信を持っていた…だからこそ、私は…いや、私の仲間は不幸な目にあった……」
「不幸なこと…」
一族が滅びたこと……それはレミリアが原因で…?
レミリアさんは一つ、ため息をついてから話始めた。
「私の一族、スカーレットは、純血の吸血鬼として恐れられていた。昔から人間の血を糧として生きてきたの。」
現在の資料ではよく見る話だった。ある説では、人間は体が蒸発するほど血を吸われたり、またある説では、血を吸われて人間から吸血鬼になった話など、様々な説がある。
「だけど、私の父は人間を襲わなかった。それどころか、人間と友好的な関係を築こうとした。吸血鬼と人間は共存すべき。毎日のように言っていたわ。」
俺は黙って話を聞いていた。
「その努力も報われ始め、吸血鬼、人間、それともう一つ、魔法使いと、三つの種族が互いに関わり始めた。物資交換や、観光に来ることもあったわ。父の長年の願望がついに叶った時、本当に嬉しそうだった。」
知っている話と、異なる点がたくさんあった。人間と吸血鬼とが、共存。
なら、なぜ…
「そして、正式に和平条約が結ばれようとした矢先、事件が起きた。………わ、私が、誤って………に、人間を、殺してしまった……」
「その事件は瞬く間に広まり、人間は激怒。私も父にさんざん怒られた。………でも、もう遅かった………」
「人間は吸血鬼の恐ろしさを思い出し、和平条約を破棄。それどころか、頻繁に攻撃的な姿勢も見せてくるようになった。………私の、私だけの失敗で、全てが壊れた瞬間だった。」
「その後は早かった。ある日の真昼に、突然人間達がやってきて、私の家族と同胞を、一人残らずころした。……今思えば、なぜ私があそこで死ななかったんだろうって思う。……私は目の前で父と母を殺された。そして、怖くなって、フランと逃げ出してしまった……フランは泣き叫んで、私も泣きたくて……でも、泣いたらダメだって自分に言い聞かせて………」
「私達は必死に逃げて、隠れて、抗った。………全てが終わった時には、私にはフランしか残っていなかった……だけど、フランはまるで心に穴が空いたように泣かなくなって、笑うことも、怒ることも無くなった。……私は自分に絶望したわ。いっそ、自分から死んでやろうかって思った程に。……だけど、私が死んだら、フランがひとりぼっちになってしまう。フランは何も悪くないんだから、寂しい思いをさせたくない。…私は醜く生きてしまった…」
レミリアさんの話は、俺が想像していたものよりもずっと悲しく、重く、どうしようもなかった。
「私が犯した過ちはそれだけじゃない。幻想郷に来てから、フランの様子がおかしくなった。近づくものは何でも破壊して、私にも牙をむきはじめた。……あの子に芽生えたのは、ありとあらゆる物を破壊する程度の能力。……正直に言うと、フランは私なんかより、ずっと強かった……だから、私はフランに恐怖した。怖くなって……あの子を閉じ込めてしまった………暗くて狭い、地下部屋に………」
「でも、それは、周り被害がいかないように…」
「違う!そんなんじゃない…私が、ただ怖かっただけ…姉として、妹に超えられることが怖くて………」
レミリアさんは、自虐的になっていた。全ては自分のせい。そう強く感じているようだった。
「私が……皆を殺した……私が……全て壊したの………フランを悲しませて……無様に生き続けて………もう……嫌なの……思い出してしまったら死のうって………思ってたのに………私は姉失格よ……フランを………安心させてあげたかった………」
もはや、レミリアさんにいつも威厳は無かった。大粒の涙を流して、それは見た目相応の少女で、とてもこの少女が仲間を殺したとは思えなかった。
「レミリアさん……俺は、レミリアさんが失格だなんて……思いません……」
「だからっ、なに…?あなたが、なんて言ったって…!」
「レミリアさんが死んだって…誰も救われませんよ…」
「う、うるさい……」
「レミリアさんが、皆の分も生きないと……」
「うるさいッッ!!!」
レミリアさんが腕を振りかざした。
ズバッ
「……ッ!」
ポタポタ
「あ……!」
レミリアさんが腕を振りかざした時、その鋭い爪が俺の腕の肉を引き裂いた。
「ご、ごめんなさ……あ、ああ……!」
…? 痛みに堪えながら、レミリアさんの様子がおかしいことに気づいた。
「血…人間の、血…!…だめ、人間の血は……でも……」
俺は直ぐに理解した。吸血鬼は人間の生き血を欲する。レミリアさんは父の教えから、ずっと血を飲んでいない……
「血が、飲みたいんですか……?」
「飲みたくなんか…ない……!」
と、言いながらも血を睨み付け、苦しそうにしている。
役に立てないなら、せめて…
「飲んでください…」
「は……?」
レミリアさんは呆気にとられた顔をしていた。
「血が飲みたいなら、俺の血を飲んでください」
「…ふざけないで…誰が血なんか……!」
俺は裂けた腕を差し出した。
「俺は……レミリアさんが苦しむところを見たくありません。ましてや、死ぬなんてもっての他です。勝手なことを言ってしまいますけど、俺の血を飲んで、それを生きる意味にしてください。あなたは吸血鬼だ。吸血鬼は吸血鬼らしくていいんです」
吸血鬼は吸血鬼らしく。今だけなら、我慢しなくていいから……
レミリアさんは泣きながら俺の血を舐めとった。
「……っ、うぅ……!」
俺はそっとレミリアさんの頭を撫でた。
「レミリアさん。レミリアさんが正しいのか正しくないのかは、俺には分かりません。俺、頭悪いですから。でも、外の世界で、ある人が言ったんです。
『正しい事が幸せとは限らない。たくさんの間違いをして、愚かでもただ純粋に生きろ。自分を信じられなくたって、信じてくれている人がいる限り、それが生きる意味になる』
って。俺はレミリアさんが皆を不幸にしったっていうのは少し間違っている気がします。こうやって俺がレミリアさんや、皆に会えて、少なくとも俺は幸せなんです。だから、自分を責めないでください。死にたいだなんて言わないでください。俺は……皆が、レミリアさんが、大好きだから……」
少し恥ずかしかったが、これは本心である。
「あなた、つくづく勝手ね……でも、たまには、言いかもしれないわね……」
「はい。全部一人で背負わないで、たまには皆を頼ったっていいんです。もちろん、俺にも頼ってください。出来る限りのことをしますから」
「今日は負けたわ……もう少しだけ、血を頂くわ」
「甘えるのも大事ですよ」
その時、レミリアさんは、心から笑った気がした。
俺もいつか、あんな風に………
UVER world さん 「MONDO PIECE」 より、歌詞一部抜粋
作者はUVER好き
ちなみに、恋愛とか無しでいくつもりです。どっちかっつーと友情路線で。