ダンジョンに神秘メイジがいるのは間違っているだろうか 作:猫の手
後、UOの髪型でクラウンブレイドはありませんのであしからず
夜明け前。月はまだ沈んでおらず、日が昇る直前。
深紅の瞳の少年はまだ寝ている幼女と主神を起こさないように静かに起き上がる。音を立てないように注意して鎧を着込み 武器の確認。忘れ物や足りないものがないことを確認すると真剣な表情になりドアを開く。
「ベルさん……訓練ですか?」
眠たそうに目を擦りながら、幼女は体を起こす。静かにしたつもりだったが幼女には気づかれていたようだ。ベルは幼女の言葉にどことなく罪悪感を覚えるが、嘘ではないと自分を誤魔化しながら答える。
「うん、ダンジョンに行く前にね。」
「ん……終わったら戻ってきてね、朝御飯用意しておくから。」
「ありがと、じゃぁ、また後でね。」
幼女はベットから起き上がると訓練に向かうベルの背中を見送った。
ダンジョンに神秘メイジがいるのは間違っているだろうか。
第一章:ようこそ オラトリオヘ
~第3話:ヘスティア・ファミリアの食糧事情とダンジョン初体験の幼女のサットル~
ベルを見送った後、幼女は自分もしっかりしなくてはと気合を入れて起きる。アイズやベルに頼りっぱなしでは駄目なのだ。ベットから降りると洗面台に向かう。ヘスティア・ファミリアの先輩であるベルが訓練をするなら後輩である幼女が訓練しないのは間違っているだろう。ベルの瞳と同じぐらい鮮やかな深紅の髪を櫛でとかす。
身嗜みを整えながら昨日の弱い自分から冒険者時代の強かったアリスの仮面を被る。正直に言うと幼女はベルやフィン以外の男は怖い。素の自分であれば泣いてしまいそうだ。だからこそ、かつてのアリスを仮面として被る。いつか自然体でそうなれるように願いながら……
紅玉を溶かしたかのような鮮やかな深紅の髪を三つ編みで纏めるとぐるっと顔の周りに巻き付ける。これはクラウンブレイドという髪型。嘗てのアリスが好んだ髪型でもある。可愛らしく体を動かすときに邪魔にならないためアリスは好んでこの髪型にした。
幼女は鏡を見て髪型をチェックし満足すると、今度は昨日購入したばかりの鎧を取り出し身に纏う。本来であれば竜の皮などで作りたかったのだがレベルに見合わない装備は良くないと諌められ致し方なくハード・アーマードの甲羅を加工した鎧を購入した。
幼女はレスリング技能を持っているため、ガントレットでしっかり指を保護できる篭手も用意して貰った。素材としては大した物ではないのだが、職人の腕が良い。動きを阻害しない素晴らしい技術をハードアーマード程度の素材に振るってもらって申し訳ないほどだ。
それらの鎧をを身に纏うともう一度鏡を見る。そこにいるのは弱々しい幼女ではなく、ブリタニアの最前線で冒険を続けていたベテランの冒険者アリス・アカンサスだった。幼女はアリス・アカンサスの仮面を被る。
教会の外、少し離れたところにある空き地でアリスは自分の動きを確認するためにゆっくりと套路を練る。大気を切り裂く音が響く、ステータスを刻んでから体のキレが異常に良くなった。身体能力に振り回されるほど未熟ではないが調整は必須だ。
その流麗な動きはアリスの姿と相まって舞踏のようにも見える。だが、その実は相手を確実に仕留めるための動きであり、相対するものを冥土へ追いやる『ダンス・マカブル』だ。
アリスはゆっくりとした動きで問題点を発見すると修正し、己が得た新たなる力と今まで培ってきた技術の融合を進めていく。鎧はダンス・マカブルを踊るアリスの動きを阻害することなく、むしろ鎧をつけていることを忘れさせる着心地は体を動かせば動かすほど作り手―ドワーフの気難しげな親父さん―の技術の確かさを感じさせた。次の鎧も彼に頼もう。アリスはそう誓った。
小一時間ほど続いた。ダンス・マカブルもフィナーレへと進んでゆく。ギアを上げて行き、限界を挑むように更に、更に早く荒々しく、だが、丁寧に套路を練る。強く地面に足を踏み込み拳打を放つ。空気を貫く音が響き渡りアリスは動きを止める。
最後まで淀みなく終えられたのは伝説級のレスリングスキルの面目躍如といったところか。廃協会へ帰ると玄関のドアの前で目を覚ましたヘスティアが眠たそうに欠伸を噛み殺しながら待っていた。
「おはよう。幼女君……朝から元気だね。ベル君はどこへ行ったかしらないかい?」
「おはようございます。早朝のトレーニングに行ったみたいですよ。」
大気を切り裂く音が聞こえていたのだろうか軽く汗ばんでいるアリスをみて感心感心と言いながら、お目当ての深紅の瞳のウサギさんの行方を聞く。まるで恋する乙女のようだと思いながら、アリスは己の主神の言葉に答えた。
「むぅ……朝ごはんも食べずにかい?」
「ご飯を食べた後にそんなことしたら吐くよ。」
特にあのウサギさんはそこまで消化器官は強くないだろうし……面白くなさそうにぶつぶつとベルへの文句を連ねるロリ巨乳の主神様は頭で理解をしながらも感情が納得できないのだろう。あーだ、こーだと言いながら兎さんに対する不満を漏らす。
ヘスティアのそんな様子に呆れながらもベルが戻ってくる前に朝ごはんを作る必要があると考えたアリスはヘスティアに声をかけて廃教会の中へ入ってゆく。恐らく、料理の戦力には数えられないだろうなと考えながら。
「吾(わたし)は朝ごはん作りに行くよ。ヘスティア様。」
ヘスティアがアリスの言葉を聞いておやっという表情を浮かべる。一人称がの微妙な違い、微妙な違和感をヘスティアは感じた。だから、アリスにヘスティアは声をかける。
「幼女君、無理は禁物だよ。」
「ニートとしてだらだら暮らしていいなら、無理するのはやめるけど、そーもいかないでしょ」
アリスの言葉にヘスティアは声が詰まる。零細ファミリアにニートを養う余裕はないのだ。けれども、素直じゃないアリスの返事にヘスティアは釘をさせいておく。
「まったく君は………幼女君、何かあったら誤魔化さず言うんだ。君はボクの眷属だ。頼りにしていいんだぜ」
「はい、何かあったら相談するよ。吾(わたし)の神様。」
そういってアリスは無理の無い心からの笑顔を浮かべる。それを見てヘスティアは満足げに頷くと再び懸想の相手が帰ってこないかと外を見始めた。アリスはそんな神様の様子に恋する乙女のようだなと思いながら、ホームの台所へと向かっていった。
台所に行くと、包丁、まな板、フライパンを取り出し、調味料の確認をする。塩と胡椒と料理酒、オリーブオイルにサラダ油一通り確認をすると頷く。――ブリタニアのヒューマンは種族特性として全ての技術(スキル))をある程度こなすことができるという特徴を持つ。故にアリスは一通り料理ができる。また、"少年の記憶"の一部を受継いでいるため飽食の世界を生きる現代日本人の料理レシピも持ち合わせていた。
冷蔵庫を開けるとアリスは固まってしまった。いくら優れたレシピを持っていようとも、ヘスティア・ファミリアの冷蔵庫という現実にはかなわなかった。冷蔵庫の中にはじゃが丸君しか入っていなかったのだ。
「なんでよ」
煤けた表情でヘスティア・ファミリアの冷蔵庫という現実に突っ込みを入れる。周りを見回してみる。すると、野菜を保管するための棚が存在することに気がついた。野菜は分けて管理しているんだとほっとした表情を浮かべ棚を開く。
…そこは絶望の、地獄の、入り口でしかなかった。野菜棚にはジャガイモ以外入っていなかったのだ。
「何でジャガイモばかりなんだよ……そんなにジャガイモ好きなの?ヘスティア様にベルさん……」
アリスが呻き声を上げる。どうやらヘスティア・ファミリアはジャガイモ好きの集まりのようだ。アリスの主神に対する敬意と所属した喜びが鑢にかけられガリガリと削られていく。ジャガイモが好きにもほどがあるだろう。
ここに至れば已む無し、魔法を使うことを決める。
「In Mani Ylem」
『CreateFood』(食物創造)を詠唱する。『CreateFood』(食物創造)とは文字通り食料を作り出す第一サークルの魔法である。これがあれば漂流しようが遭難しようが、ジャガイモ好きのファミリアに所属しようが食料に困ることの無い偉大な魔法だ。ただし、出てくるものがランダムでほしいものが出てくるとは限らないのが玉に瑕だ。
アリスは『CreateFood』(食物創造)を詠唱し、ハム、チーズ、りんご、ピーチを作り出す。
ある程度材料はそろったのでこれ以上と作り出しても仕方が無いと判断。作り出した材料を元に朝ごはんを作ることにした。材料と種類が限られるため少々雑な料理になるのは仕方ないだろう。
「せめて、玉ねぎがあればなぁ……」
昨日確認しておけばよかったと後悔するものの現実が変わるわけではない。千切りにしたジャガイモでハムとチーズ包み焼きにしポテトガレットにする。余ったハムの骨で出汁をとり、ジャガイモを角切りにして具材にする。りんごとピーチは特に加工せず、皮をむいて切り分けそのままデザートに、最後にヘファイストスから分けてもらった紅茶を準備し朝食が完成する。
ヘファイストスから分けてもらった紅茶は割と良いお茶で後でケーキか何かおやつを作ってそのときに飲もうと秘かに考えていた一品である。紅茶を入れた後で白湯にでもすればよかったかなぁと少し後悔する。
料理が完成したころ、ホームのドアが開く。ベルが朝練から戻ってきたようだ。よほど激しい特訓をしたのだろう。体はぼろぼろになっていた。その努力の跡にアリスは好感を覚えた。自分がベルの代わりに家事を引き受けてもよい程度。
「ちょうど良いタイミングだね。朝ごはんできたところだよ。」
テーブルにポテトガレット、スープ、デザートに切り分けられた林檎とピーチを並べていく。台所においてある食材はジャガイモのみだったはずなのだが……ベルはどうやって作ったのか気になり確認することにした。
「ざ、材料はどうしたの?」
「こうやって作ったんだよ。――In Mani Ylem。」
アリスが聞きなれない言語で詠唱をすると、目の前に葡萄が一房現れた。絶句するヘスティアとベル。幼女はちょうど良かったとばかりにデザートに加えてしまう。
食料が出てくる魔法を見て、ヘスティアは絶句する。そんな魔法が存在することは予想外であった。想定の斜め上の事態に口をパクパク動かしていたヘスティアはどうにか声を絞り出す。
「べ、便利だね。幼女君」
「ヘスティア様、これは非常時に使う魔法なんだ。例えば、ジャガイモ以外の食材がないときとかね。」
割と腹据えかねていたのか。アリスが毒を吐く。その一言はベルとヘスティアの心に突き刺さったのだろう。「うぐっ」と唸り黙ってしまった。
「とりあえず、食事にしましょ。冷えると良くないし、ご飯が終わったら、吾(わたし)はヘスティア・ファミリアの食糧事情について聞きたいな。食材がジャガイモだけってどうしてなんだろうね。」
その後、ヘスティアは神友のヘファイストスに会ったとき、このときのことを述懐した。廃教会が拠点になってから初めて食べるおいしい朝ごはんだったけど、食事を蔑ろにしていることを知ったアリスが怖かったと……そのことを聞いたヘファイストスは「自業自得よ」と無常の言葉を投げかけたそうだ。
アリスは努力家の先輩のためにお弁当の準備をしていた。ガレットの余りに薄くスライスしたハムとチーズ。マヨネーズの代わりにドレッシングを使用したポテトサラダ。四つ切にした林檎に葡萄をバスケットに詰め込む。よく冷やしたストレートの紅茶を水筒に入れるとベルに手渡した。
「ベルさん、お弁当です。」
「ありがとう。アリス」
アリスからお弁当を手渡されると嬉しそうな照れくさそうな笑顔を浮かべる。今日はアリスとベルは別行動を取る予定だ。アリスはダンジョンに体を慣らすために比較的浅い階層のみで終わらせる予定であり、ベルは10階層近辺を目指すからだ。更に言うとアリスはダンジョンに行く前に夕食の食材を購入する予定であり、ベルはなるべく長い時間潜り続ける予定だ。ヘスティア様は早番らしく朝ごはんを食べると足早にバイト先へと向かっていった。
玄関の扉がノックされる音が響く。ベルが玄関へと向かいドアを開くと玄関の前には彼の仲間のシアンスロープの少女がいた。ベルの仲間でサポータをやっているらしい。シアンスロープの少女はアリスに気がつくと驚いた表情を浮かべる。見知らぬ女が仲間の家にいたら驚くのは当然だろう。アリスは玄関へ向かいシアンスロープの少女に自己紹介をする。
「おはよう。初めまして、吾(わたし)は昨日ヘスティア・ファミリアの眷属になったアリス・アカンサスだよ。」
「おはようございます。ベル様、アリス様。リリはリリルカ・アーデと申します。ベル様のサポーターをしております。」
菩薩相を浮かべるアリスと警戒心をあらわにするリリルカ、対照的な二人。
「おはよう、リリ。アリスは僕と同じファミリアの仲間でいい子だから仲良くしてね。」
「よろしくね。」
ベルにフォローしてもらったアリスはリリルカに対し右手を差し出す。リリルカもその手をとり握手をする。握手をしながら、リリルカはアリスを観察していた。隙のない身こなし、駆け出し程度では手が出ないハードアーマードの甲羅製の軽装鎧、綺麗にクラウンブレイドで纏められた鮮やかな赤い髪を見て、リリルカはアリスが好きになれなかった。
駆け出しの冒険者としては場違いなのだ。どこかの貴族が暇潰しに冒険者にでもなったのだろうか?故にリリルカは少し維持の悪い質問をすることにした。
「アリス様」
「アリスって呼んでほしいな。」
アリスの言葉と人畜無害そうな笑顔にリリルカは言葉を詰まらせる。しかし、あえて言いなおすことはしない。
「アリス様、その装備はギルドの支給品ではないみたいですね……」
「アリス……だよ。この街にやってくる前に貯めたお金で購入したんだよ。」
「なるほど……」
拗ねたように名前を言い直すアリスを見ながら、リリルカは得心する。つまり、小遣いでも貯めたのだろうか。ベルの腕を取り抱きしめながら、アリスを見る。お金持ちのお遊びに巻き込まれてベルが大変な目に合うのは避けたかった。故にリリルカは確認をする。
「アリス様、今日はリリたちと一緒にダンジョンを探索されるのですか?」
「今日は吾(わたし)は一人で1階層を回るつもりだよ。ダンジョンに初めて潜るからね。自分がどの程度出来るか確認しないと危険すぎてパーティを組んでほしい何ていえないよ。」
どうやら慎重な性格のようだ。遊びかどうかは判別は出来ないが、真面目にダンジョンに挑む気がある人間の言葉にリリルカは安堵を覚えた。性格も悪くないようだから、ベルを巻き込んで不幸にすることはないだろうと考えた。リリルカとしては余り好きに慣れそうにないけれど……
一方アリスの中でベルの株は暴落していた。
(ベルさんって女の人にだらしないんだ……)
目の前のウサギは肉食系のウサギらしい。悪い大人の見本とアリスは心のメモ帳に記載する。たぶん色々な女の人を泣かせる悪い大人なんだろうなと考えた。女性関係を含め色々と確認したいことは多いが余り時間がない。アリスはダンジョンに行く前に市場へ行かなければならないのだ。
「それじゃ、吾(わたし)は夕食の材料を買ってからダンジョンに向かうから、もう行くね。リリちゃんもまたね。」
「はい、アリス様。また今度」
「リリちゃん、次会うときはアリスって呼んでくれると嬉しいな。」
「また後でね。アリス」
ベルとリリルカに断りを入れて、アリスはヘスティア・ファミリアの食生活改善のため、市場に向かう。ふと思い出したかのように立ち止まり、振り返ってベルに向き直る。
「そうだ。ベルさん」
向き直ったアリスは人畜無害な笑顔を向ける。ベルはないか忘れ物をしたのかなと思い、アリスの言葉に耳を傾ける。アリスはゆっくりと口を開き
「八方美人は良くないと思います。」
ウサギの皮をかぶった狼さんに言葉のボディーブローを放つ。ベルにとってクリティカルヒットだったらしい。精神的なダメージでノックダウンされかかっているベルとそれを見てあわてるリリルカを横目にアリスは市場へと向かっていった。
アリスの後方で「リリはベル様が傍にいてくださるなら、他の方が一緒でも……」という声が聞こえたが気のせいだろうと思うことにした。
市場で肉と野菜、穀物を手に入れて魔石式冷蔵庫に放り込むとアリスはギルドへと向う。市場で買い物をしていたときに噂好きの神につかまりお話をしたのが不味かったのか予定の時間を越えてしまった。
お昼前のギルドは冒険者が出払っており閑散としていた。アリスは急いで自分に割り振られたアドバイザーを探す。彼女は受付で眠そうにしていた。もしかすると、眠りかけているのかもしれない。足早に受付に向かい、夢の世界へ旅立とうとしていたアドバイザーに声をかけた。
「おはようございます。ミィシャさん」
声をかけられてびっくりしたのか慌てふためいたミィシャは忙しそうに周囲を見るとやがてアリスを見つけたのか安どの表情を浮かべる。
「こんにちわだよ。アリスちゃん、遅かったね~」
ミィシャは慌てて取り繕うと、真面目に仕事をしているよと言いたげにアリスの挨拶をする。ミィシャは割りといい加減でお喋りな部分が多いアドバイザーだ。最低限の仕事が出来るため、及第点をだけれども、ダンジョンの攻略については相談できないだろう。後ろでこちらを見ているミィシャの上司、彼はミィシャの挙動不審な行動ですべてを察したらしい。アリスがいるのでこちらには来ていないが、アリスの用事が終わったら時が、ミィシャの命日だろう。
「買い物が長引いたからですよ。それよりも、今日は一階層を探索するつもりです。」
「そーなんだ。うん、頑張ってきてね~」
それだけを言うとミィシャはアリスを見送る。さっさと追い出したように見えるが、冒険者の数は多いため、一人当たりにゆっくりと時間を割く余裕はない。このぐらいの挨拶で送り出すものは割と多いケースだった。
ミィシャはアリスの服装を見て首を傾げる。髪も下手をするとギルドの顔であるアドバイザーよりも丁寧に整えており、鎧姿ではあるが、小奇麗でしっかりと身だしなみを整えていた。女の冒険者でも身嗜みは雑なものが多い。なんというか非常に冒険者らしくないとミィシャは感じた。
(冒険者が小奇麗な格好をする必要なんてないし、意味もないと思うんだけどなぁ……)
そう思いながら、ミィシャはアリスを見送る。アリスの姿が見えなくなったころにミィシャの肩が叩かれる。ミィシャの経験が最大級のピンチとアラームを鳴らす。しかし、そのアラームが鳴るのは遅すぎた。ミィシャは恐る恐る振り返ると、阿修羅の如き表情を浮かべた上司がいた。
ギルドに轟雷の如き怒号が響き渡る。ミィシャは上司からの特大の雷を落とされた……
バベルの地下、ダンジョンの一階層を下る。
アリスは魔法使いであり、無手の体術を学んでいたため、本来であれば武器は不要であった。しかしながら、吾が主神様やアイズより武器を持たずにダンジョンへ行くと怪しまれるといわれ已む無く、鉱石エレメンタル狩り用のロングソードをぶら提げることにした。物理攻撃を反射する(とはいえ、鉱石エレメンタル自身もダメージは受ける)嫌な奴を殺すために作った剣。アリスの価値観で言えば玩具程度の剣だ。だが、オラトリオでは二等級武装に数えられる。レベルの低い彼女には過ぎた武器である。
今回は1階層のみで終わらせるつもりのため、正規ルートから外れる。紙とペンを用意しマッピングをしながらダンジョンの探索を進めていった。
壁より現れたゴブリンの首を手刀で貫き、その死体をアリスへ襲い掛かるコボルトに向かって蹴り飛ばす。慌ててゴブリンの死体を回避しようとするコボルトに対し
「In Por Ylem」
MagicArrow(魔法の矢)を打ち放つ。魔法の矢はコボルトの頭蓋骨を砕き、命を一撃で奪う。それを見て逃げ出そうとしたゴブリンの膝の裏を踏み抜き、仰向けに倒すと首を踏み潰す。
その様子はとても今日始めてダンジョンに入る冒険者とは信じられなかった。上級冒険者でもここまで鮮やかにモンスターを倒せるものは少ないだろう。
「これが『恩恵』……」
その強力な力はアリスの予想を超えていた。魔法も、拳打も想像以上に強化されている。下手に範囲魔法を使えばどの程度の威力になるか……試すにしても場所を選ぶ必要があるだろう。
次々と現れるモンスターに対しMagicArrow(魔法の矢)を叩き込み潰して行く。殲滅したことを確認してから魔石とドロップアイテムを拾い集める。モンスターを解体する必要がないのは楽でいいとアリスは考えていた。
大体、魔法の威力については理解が出来てきた。次は体術を試してみようと考えた。バックパックは後半分ぐらい入る容積がある。これが満タンになったら帰るかとアリスは考えた。
アリスはゴブリンやコボルトの動き、そして体の構造を大体把握してきた。ハード・アーマードの甲羅を使用したガントレットを手刀の形に伸ばすとゴブリンの胸部を貫き、魔石を抜き取る。一連の動作に淀みがなく、無駄が時間を追うごとに削ぎ落とされてゆく。わざと大量のモンスターをひきつけ体捌きのチェックをしたり、死角、位置取りを確認する。
もう少しでバックパックがいっぱいになる。今日はそろそろ引き上げるべきかと考えた。次にダンジョンにくるときはもっと大きめなバックパックを買ってからにしようと誓った。
少し離れたところから鋼をぶつけ合う音が響いた。こんな浅い場所でわざわざ冒険者同士の殺し合いはないだろうが、気になったため、音の方向へいくことにした。
鋼の打ち合う音が響く場所ではエルフの少女と剣姫がトレーニングをしていた。トレーニングというには一方的に叩きのめされているように見えるから、散打だろうか……特に気配は隠さなかったため、直ぐにアイズはこちらに気がついた。
邪魔をしないように直ぐに帰るつもりだったが、気が付かれた以上は挨拶ぐらいするべきだろう
「こんにちわ、アイズお姉ちゃんと、エルフのお姉さん」
「こんにちは、アリス…」
「……こんにちわ」
『ルーム』の入り口からアリスはアイズ達に挨拶をする。近づいてきた相手がアリスだと気がついたアイズは警戒を止め、嬉しそうな表情を浮かべる。その様子を見たレーティアは警戒心を露にする。せっかくの二人っきりの時間をお邪魔無視が来たとか、新たなライバルの登場か!?レーティアの脳裏にはそんな言葉がぐるぐると回っていた。
アリスがアイズたちの元に向かおうとすると、周囲の地面が砕け、コボルトが発生した。その数はアリスを取り囲むように4体。アイズは顔色を変え救出しようと走り出した瞬間。
「In Por Ylem」
MagicArrow(魔法の矢)で前方のゴブリンを貫き、包囲網を崩す。前方に開いた空間より包囲網を脱出すると、相手を見失ったコボルト達は勢いが止められずそのまま走りこみ。お互いの体をぶつけあう。
「In Por Ylem!!、In Por Ylem!!」
すかさず、二連続でMagicArrow(魔法の矢)打ち込み。体制を崩したコボルト二匹を仕留める。最後に残った一体に近づき、抜き手を放つと、コボルトの体内から魔石を抜き取る。
その鮮やかな手並みにレーフィヤは驚きの表情を浮かべ、アイズは安堵の表情を浮かべる。レーフィヤは無意識のうちに杖を強く握り、強く警戒し始める。そんなレーフィヤの警戒に気がつかない振りをしてアリスは自己紹介を始めた。
「初めまして、エルフのお姉ちゃん。吾(わたし)はアリス・アカンサス。今日初めてダンジョンに潜る冒険者だよ」
レーフィヤは絶句した、初心者どころか第一線冒険者ですら、今のアリスの動きができるものは少ない。色々と疑念を覚えつつもアイズの知り合いである手前、礼を欠くわけには行かない。親しそうだし
「……初めまして、レーティヤ・ヴィリディスと言います。本当に初めてなんですか?」
「うん――、ああ、他の所で冒険者家業はしていたよ。ただ、ダンジョンに潜るのは今日がはじめてってだけだよ。」
アリスの言葉にレーフィヤは納得する。どこでその技術を学んだのかという疑問こそ発生したが、下地はあったのだ。でなければ、あのような動きは出来ないだろう。
「レーフィヤさんとアイズお姉ちゃんはなにをしていたの?」
「訓練を、していたんだ」
「訓練って杖術?」
まるで妹に接する姉のような態度でアリスの問いに答えるアイズ。それを見たレーフィヤは羨ましいと地団駄を踏む。レーフィヤだって、お姉ちゃんと呼びたいのだ。でも憧憬の相手にそんな恐れ多いことは出来ない。
そんなレーフィヤの様子を知ってか知らずか、アイズはアリスの質問に少し考えて隠すことでもないと思い、素直に答える。
「並列詠唱の訓練……モンスターと、戦いながら詠唱することを、並列詠唱というんだ」
その言葉を聞いて、アリスの頭にははてなマークが大量に浮かぶ。レーフィヤの杖術は拙い。アイズとは天と地ほどの差がある。この手の技術の練習は技量の劣る相手から徐々にハードルを上げていくやり方をするのが基本だ。
だから、アリスはこう考えた。並列詠唱の前提となる杖術の訓練をしているのだろうと、そう考えればアイズとの訓練は非常に有用だ。何せ第一線冒険者なのだし……
「アイズお姉ちゃんもレーフィヤさんも頑張ってくださいね。」
なので、アリスは特に何も考えず、素直に応援をする。
「ありがとう、アリス。頑張るよ。」
アイズも可愛い妹分からの言葉に更にやる気になる。その言葉を聞いたアリスはバックパックがいっぱいになったから帰るねと言いルームから立ち去っていった。残されたのは嫉妬心渦巻くレーフィアと非常にやる気になったアイズだ。
「レーフィヤ、再開しよう」
「はい、お願いします。」
再び始まる二人だけの時間、だが、やる気が上がって剣戟の鋭さが増したアイズの攻撃にレーフィヤは悲鳴を上げる。先程よりも苛烈な攻撃にレーフィヤは絶叫する。根性と憧憬とライバル心でボロボロになった体を動かしていたレーフィヤはどうにか夕方までアイズの訓練に耐え切ったが肝心の並列詠唱の技量は上がらず、その前提となる杖術の技術ばかりが上手くなっていた。
アリス無双でした。
ただ、割とカンストしているキャラなのでこの程度は出来るだろうと考えております。
また、UOのレスリング技能は素手全般の技能と解釈しました。
中国拳法っぽいのは筆者の趣味でUOとは関係ありません。