「コーディネーターになりたい?」
「あっと、その、ブリーダーにもなりたいんだけど、その……」
朝食の席で切り出した話題がまずかったか。父は目を丸くして驚き、母はあらあらうふふと微笑んでいる。紫苑は私と思っていることが同じなのでポケモンフーズを食べながらこちらを見上げている。期待しているのは丸わかりだ。梔子も心なしかそわそわしているので賛成ではあるらしい。うにゃうにゃと小さく声をあげながら食べている紫苑に目線を落とし、それから母と目を合わせる。
母は有名なコーディネーターだったらしい。きっかけは
地面を這うように広がっていった水の波動。
氷のフィールドと相手の泥を利用して素早く移動できるようにしたその機転。
吹雪を自ら受け、打ち返す見事なミラーコート。
味方にだけかけられた守る。
そしてその体を淡く包む
その華麗なバトルに私たちは魅了されたのだ。
勿論、ブリーダーになることも夢見たままだ。だが、それでもあんなバトルがしたいと感じた。この子達とあんなバトルがしたい。そう思ったのだ。
こればっかりは両親に反対されたって貫いてみせる。ジムバッチを回収しながらコーディネーターになることだってあるのだ。絶対に両立させてみる。そんな決意で話し出したことだったが、案外簡単に答えは出てしまった。
「いいわよ~。ね、セイジさん」
「うん、やっぱり僕たちの子だね。ブリーダーにとってパフォーマンスは重要なんだよ。ケイカが言い出さなかったらこっちから提案してたかもしれないくらいだよ」
「へ、それってどういうこと?」
両親から提案されてたかもしれないって?
「ブリーダーはただなるだけじゃ仕事にならないからね。いろんな大会に出たりして自分の実力を示さなくちゃいけないんだよ。そのほうがいい宣伝になるからね」
「それに私たちが出会ったのはコンテストだったのよ。リッキーと粘土ちゃんはそのときからのライバルよ~。仲いいでしょう? あの子たち」
なるほどなるほど。確かにそうだ。私がブリーダーにポケモンを貰うとするならやっぱり有名で実力が確かだって証拠のある人を選ぶだろう。要は実績を作っておくほうがいいということ。それがバトル方面かコンテスト方面かの違いしかないわけだ。
「って、ええ!?父さんが!?」
優男風だけれどそういう派手なのが得意だとは言えない父。持っているポケモンは地面タイプばかり。フライゴンならなんとなく分かるがトリトドンでコンテストか。いいや、でもベトベトンだってコンディションとかパフォーマンスで優勝できるのだし、審査基準はかなり平等なのか。可愛かったり格好良かったりするポケモンのほうが観客投票に有利だろうがそうか、人気のないポケモンでも優勝の可能性があるのがコンテストか。
差別かもしれないがその可能性を考えていなかった。そうだよね、当たり前だ。コンテストはみんな自分の大好きなパートナーと一緒に出るもんだ。
「セイジさんのバトルの仕方に凄く惹かれたの。それで思い切って訊いちゃったのよ、どんな風に思ってポケモンと接しているんですかって。彼、我が子のようにって答えたの。当時はそういうことを言う人なんて見たことがなかったから嬉しかったのよ」
「いや、照れるねー」
庭で朝食を食べている大型ポケモン達の中でトリトドンの粘土とキリンリキのリッキーが仲睦まじく隣り合って食事している。
確かにあの子達も仲がいい。昔馴染みだからなのか、それとも両親みたいに…… いや、いやいやいや、卵グループ違うしそんなことは。
「あら、あの子達も同じよぉ。ケイカとコリンクちゃん達のこと我が子だと思って接してるもの」
「そうそう、夫婦みたいなもんだよなぁ」
え、なんだって? 私の聞き間違いかな?
「もう一度お願いします」
「子供はできないからケイカたちのことを子供と思って育ててるみたいよ~?」
な、なんだって~!? と大袈裟に驚きつつ、納得する。種族違いの恋愛があることにもビックリしたが、まあ同じポケモンなのだからありだろう。ゲームでの固定概念でそんなこと思いもしなかったが。
リッキーは母親のように面倒見が良いし、粘土はいざというときに助けに来るなんて格好良いことをやってのけているし、保護者気分でやっていたのか、あれは。
「そっか、見てみたいね……二匹のコンテスト」
「ビデオあるわよ~」
「ホントに!?」
食卓に乗り出し、大声で叫んだ私を窘めながら父が続きを話す。
「取ってこようか」
「うん、よろしく!」
いつの間にか食べ終わった紫苑が私の膝を伝って頭の上に。そして梔子が膝の上によじ登って来る。爪を立てずに一息でジャンプをして移動してきたがそれよりもその重さの方が問題だ。紫苑が小柄だと言っても約8~9㎏が頭の上と膝の上に。油断すると頭の上で動く紫苑の重さに耐えきれなくなって食卓に落としてしまいそうだ。
これは私自身も体を鍛えなければ。それにしてもピカチュウを常時肩の上に乗せてるあの人はすごいよね。
「みう~」
「ンミ」
頭の上で紫苑が何か言いたげにてしてしと前髪をくすぐる。早くしろと言う事なのか、それとも体重のことは厳禁だと言いたいのか。ま、紫苑も女の子だからね。やっぱり支えられるように鍛えようそうしよう。
膝の上でふみふみと足踏みする梔子は寝る体制に入っている。こっちは紫苑に比べてコンテストへの興味が薄い。賛成なのも紫苑がやりたがっているからだろう。
でもコンテストバトルというものもあるし、軽やかな動きをする彼には是非とも参考にしてもらいたい。コンテストはなにも着飾るだけではないのだ。
「コンテストバトルもあるから梔子は参考にしなよ。あれは避け方も間の取り方も参考になると思うよ。技の応用なんかも多いらしいし、梔子も粘土のバトル、見入ってたでしょ?」
「ミ」
私の言葉でピタリと動きを止めた梔子は寝るのはやめて座って見ることにしたらしい。テーブルが邪魔だろうと思って椅子をテレビの方向へ向ける。
始まるまで時間が余っていることを知っているのか梔子が膝の上でてしてしと毛繕いをし始める。可愛い。
それからすぐ、父が出してきたDVDは古いものであることがすぐに分かった。思い出として当時テレビ放送されたものをとっておいたらしい。ハイパーランクの決勝戦。父、セイジとトリトドンの粘土。それに母、アキノとキリンリキのリッキー。二人と二匹のコンテストバトルだ。
テレビの映像が切り替わる。それに合わせて毛繕いをしていた梔子も目線をテレビに向け、紫苑は前のめりになってテレビを食い入るように見ている。
どうやら司会はアニメでの人物ではないようだ。古い大会映像だからだろう。それになんだか観客の数も少ないような気もする。
「コンテストの発祥はホウエン地方なんだ。この頃はバトルの方が人口が多くてコーディネーターの道に進む人は少なかったんだよ。それでも宣伝に選んだのは僕がこういう催しが好きだったからだね」
「そうよ、人気も出始めたばっかりの頃だから同じ時間にバトルの放送があれば皆そっちを見ていたわぁ」
「へぇ、意外だなぁ」
テレビの中ではリッキーと粘土が睨み合い、試合が始まるのを今か今かと待っているように見える。リッキーは険しい目つきで粘土を見つめ、粘土はいつものようなほんわかした雰囲気のまま静かに彼女を見つめている。
「はじめ!」
その言葉で二人と二匹が一斉に動き出した。
「まずは小手調べ。移動しながらスピードスターよ!」
「水の波動を放射、相殺!」
リッキーの尻尾の口から星形の弾幕が放たれ、粘土に向かうが彼は小さく絞った水の波動でそれを相殺する。水鉄砲にも見えなくもないがその周りを渦巻くように水色ののリングが重なり、それが水鉄砲ではないことが確認できる。
小刻みに発射される水の波動は一つ一つ丁寧に星形弾幕に当たっていき、水が弾幕をのみ込むことなくその場で弾けて粒子が降り注ぐ。
同じ威力の技なので拮抗しているのか、それとも丁度砕けるように威力を調整しているのか、なんとなく後者を連想させる演出だった。
フィールドの真ん中で降り注ぐ水色と黄色の粒子。そして次の瞬間その中に躍り出るリッキーの姿があった。
「アイアンテールで突っ込んで!」
「広範囲に水の波動!」
リッキーが粒子の中で踊るように蹄を鳴らし、ステップを踏みながら粘土に迫る。硬質化した尻尾の頭が歯をガチガチと鳴らす。あれは噛みつくにはならないのか。母が首を横に振る。ならないのか、そうか。
対して粘土はジャンプステップをしながら進むリッキーが着地するところを狙って地面に這わせた水の波動を当てる。その様子が水滴を垂らしたときの波紋に似ていて、あのときヌオーに向けて放ったものと同一だと気づく。あれはもはや水の波動ではなく水の波紋だ。
「この頃から波紋は完成してたものねぇ~」
「コンテストならよっぽどのことをしない限り技のアレンジも自由だし、考えるのも楽しいもんだよ」
衝撃の事実が飛び出したがとりあえず今は映像に集中しておこう。
「粘土、濁流で押し流すんだ!」
「サイコキネシスで軌道を逸らしなさい!」
リッキーが目の前に迫った時には既に濁流の準備は済んでいた。
散々放っていた水の波動でフィールドが水浸しになっており、それが技発動を早くする切っ掛けになったようだ。声と同時に濁流の波が出来上がり、粘土の目の前に迫ったリッキーを襲う。しかし粘土が波で隠れる瞬間、リッキーのアイアンテールが擦れ違いざまにダメージを負わせた。自動追尾する尻尾だからこそ本体が避けるのに集中していても問題なく当てられるようだった。その代り、サイコキネシスでモーセのように濁流が過ぎていく中制御しきれなかった分がリッキーに襲い掛かる。
今のところ勝負は五分五分。ポイントもほぼ同点だが粒子の中で舞ったのが効いているのか僅かにリッキーの点数の方が高い。
「消えた?」
濁流の波が消え去ったときにはフィールド上に粘土の姿はなかった。
「リッキー厳戒態勢よ!」
アキノの声に従い、リッキーは妖しく目を光らせながら周囲を探る。一見見破るに近いものを感じたが目の輝きはすぐに収まり、その予想が外れていることに気づいた。
ボコリ、とリッキーの背後で水溜りが波打った。
「リッキー、後ろにアイアンテール!」
「遅いよ!とける解除で特大の水の波動!」
足元の水溜りがぶわりと膨れ上がり、大きな水の膜がリッキーを包み込む。その外側には既に離脱した粘土が佇んでいた。
「リィィィィ!」
水の波動の中で泳ぐように蹄をかきながら苦しむリッキー。その後ろには水を滴らせながら自己再生をする粘土。緑色の温かい燐光が粘土を包み込み、リッキーのポイントが急速に減っていく。
そして粘土がその場から一歩後ろに下がったところでそれは起きた。
「ぽあぁぁぁぁ!」
突然光の柱が空から降ってきたのだ。
「未来予知?」
「そうよぉ、よくわかったわねー」
母に確認すると朗らかな笑顔で答えが返ってくる。
「みうみうみう」
「ウニャニャニャ」
いつしか梔子はテーブルが邪魔だと言わんばかりに手をかけて、紫苑は頭からずり落ちそうな程に前のめりになっていた。それじゃあ私が見えにくいじゃないか。まったくもう。
場面はもうクライマックスだ。
リッキーは水の波動をアイアンテール状態で回転し、振り払ってしまったし、粘土は再び溶けて移動してしまったので未来予知は途中で終わっている。
「濁流!」
「サイコキネシス!」
それが最後の打ち合いであることは一目瞭然だった。
粘土の下から濁った水が溢れ出し、波が出来る。そしてリッキーはそれを避けもせず、粘土の体を絡め取ることに全力で集中しているようだった。大きな空間の歪みが粘土に迫り、両者が濁流の波にのまれていったところで大音量で響いていた司会の言葉がピタリと止まる。
どっちだ?
何年も前の司会の言葉と私の考えが一致する。
やがて、濁った水が地面に引いて行き、最後まで立っていたのは粘土だった。リッキーは座り込み、目を回している。バトルオフ。粘土の勝ちだ。ポイントを見てみると両者ともに接戦を繰り広げていたことがよく分かる。何が勝敗を分けたと言われれば私は粘土の自己再生だと答えるだろう。リッキーが願い事を技スペースに入れていたのならばもっと長引いただろうと予想がついた。
「っはぁ~」
感無量な気分で息をつく。テンションが上がり、体が火照る。思った以上にいい勝負だったので興奮が冷めない。スポーツってこんなに面白かったんだ、と今更ながらに思う。もう少し前世でもスポーツ観戦とかしていればよかったと後悔したが、もしかしたらポケモンバトル、コンテストバトルだからこそこんなにも面白く思っているのかもと考え直す。
「ウミ」
「みぃ!みぃ!」
梔子も紫苑も興奮冷めやらぬって感じだ。二匹共私から飛び降りるとトレーニング代わりの鬼ごっこをしながら庭へ駆け出していく。自分たちもあんなバトルがしたいと思ってくれたようだな。なんだか嬉しい。庭で寛いでいるリッキーと粘土も懐かしそうに身を寄せ合いながら会話している。
ああもうなんか
「よっし、私も頑張る!」
いっぱいトレーニングしよう!
「ああそうだわ~、ケイカ」
「ん、なに?」
「あなた好きなポケモンは〜っと、レントラーなのは知っているんだけれど、他に好きなポケモンっているかしら?」
おっと、なんだか予防線が張られているな。レントラー以外? この子達でバトルもコンテストもできそうだからあんまり考えてなかったけど、初めてやったルビーサファイアのコンテストは全部キュウコンとフライゴンで優勝させた覚えがある。
ガーディ派、ロコン派があるが私はどちらかというとロコン派。ボーマンダとフライゴンならフライゴンだ。エビフライだなんてからかうときもあるがフライゴン派である。映画のフライゴンか好きすぎた。父のフライゴンも可愛いし、あいつら皆砂漠の精霊だけあって可愛らしい子が多い。
ミロカロスもいいけれど定番だからなぁ。それにどちらかというとミロカロスとギャラドスは育てる大変さが好きだからコンテストはなんか違う気がする。あの弱いポケモンを着々と育てていく面倒なところが愛おしい。M? 断じてそんなことはありません。
よし、結論。
「レントラー以外ならキュウコンかフライゴン」
「今度あなたが好きなポケモンが出てるコンテスト映像探しとくわ~」
おお! それは嬉しい。できれば実物を見たいところだがそれはまた今度かな。そうなると遠出することになるし。
「ちょっとトレーニングしてくるね」
「行ってらっしゃい」
「お昼には帰るのよ~」
「はーい」
そうして私は特訓とバトルの日々に身を投じていくのであった。
・母親 アキノ
アキノの「〇〇よ~」とか「〇〇よぉ」はバトルになると少なくなります。ハンドルを握ると性格変わる、みたいな。
両親のパートナーがキリンリキとトリトドンなのは趣味。あと、一応公式戦扱いなので使用している技は四つです。