いつも通りの何気ない朝に俺は目を覚ました。
今日もまた特に何もなく時間だけが過ぎていく。
そんなことを考えながら俺は布団から出て顔を洗うため洗面所へと向かった。
階段を降りる途中に背後から声が聞こえた。
「おにいちゃんおはよう!」
「おはようスグ」
声を掛けてきたのは妹の直葉だ。
スグは何かを言おうとしていたがそれに構わずに下へと降りた。
洗面所で顔を洗い、居間に行くと朝食と書き置きが置いてあった。
仕事が忙しいので私は先に家を出ます。
和人たちもご飯を食べたら遅刻しないように学校に行くのよ。
それと今日はなるべく早く帰ってきてね。
驚くこと間違いなしのことがあるから!
母より
書き置きはそういう内容だった。
驚くこと?
考えようとしたが目の前にある料理にお腹を刺激され考えるのを止めた。
「スグ、そろそろ行くぞー」
「今行くね、おにいちゃん」
俺とスグは手を繋ぎ家を出た。
俺たちは近所の小学校に通っている。
俺が二年生でスグが一年生だ。
このまま行けば遅刻することはないな。
二人はゆっくりと通学路を歩いていった。
学校に着き玄関でスグと別れた後、自分の教室へと向かった。
戸を開けるとクラスのほとんどが登校してきていて何やらザワついていた。
特に気にすることなく席に着くと前の席に座る亜麻色の髪の少年が振り返った。
「おはよう和人。今日もギリギリだね」
「おはよう雄二。遅刻してないんだから大丈夫だろ」
紹介しよう。こいつは幼馴染の
家が近所で幼稚園からの付き合いだ。
たまにウチに来てゲームしたり駄弁ったりしている。
「何でみんなこんなにザワついてんの?」
「何でも今日転校生が来るみたいなんだよ」
「転校生? こんな時期に何でまた?」
「家の事情とかがあるんじゃないかな? そこまで踏み込むのも何か悪いしね」
「それもそうだな」
こんな時期に転校とは転校生もいろいろと大変だろうな。
親御さんも大変だろうな。……親、か。
「和人? 話聞いてる?」
「あ、悪りぃ聞いてなかった」
「ハァーまあいいけどさ夏休み何か予定とかあるって聞いたんだよ」
「夏休み? ああ、もうすぐだったな。俺は特には予定は入ってないけど」
「そう。じゃあ今年はどうやって夏休みを過ごす?」
「そんなもん決まってるだろ?」
「「遊びまくる」」
二人とも声を揃えて同じ言葉を言ったので笑い合う。
それが合図だったかのように先生が教室に入ってきた。
「席に着け〜HR始めるぞ」
『は〜い』
みんなが席に着き静かになる。
「それじゃあ、みんなもう知ってるかもしれないが今日転校してきた転校生を紹介する」
「はいはい、先生! 転校生は男ですか? 女ですか?」
一人の男子がやや興奮気味に先生に聞いた。
「それは来てからのお楽しみだ」
「えーー」
「はいはい、静かにしてろよ。転校生が余計緊張するだろ?」
「はーい」
まあ、男でも女でもどちらでも構わない。
強いて言うなら俺と雄二みたいにゲーマーだといいなぁなんて思う。
だって、ゲームはみんなでやった方が楽しいだろう?
「それじゃあ入って来てくれ」
先生の声に戸が開いた。
そこに入って来た一人の女の子にみんなは目を奪われていた。
かくゆう俺もその一人だ。
女の子は長く艶やかな金髪、空にも似た水色の瞳がとても綺麗だった。
雄二も「綺麗……」と漏らしていた。
「自己紹介を頼むよ、椎名さん」
「私の名前は
彼女――有栖の声は柔らかくて大人びていた。
一瞬、彼女と目が合った。
だが、すぐに先生が、
「椎名さんの席は窓側の一番後ろの右ね。あそこにいるのほほんとした桐ヶ谷の隣だ」
「分かりました」
そこでクラスの男子全員の視線が俺へと注がれる。
それは羨ましさ、妬み、殺意まで合った。
いや、殺意は出すなよ。
隣の席にはすでに彼女が座っていた。
俺が男子の視線を感じている間に来ていたようだ。
すると、彼女が手を差し出し、
「これからよろしくね。
「ああ、よろしく椎名さん」
俺はその手を取り握手した。
彼女の手は柔らかくいつまでも握っていたいと思った。
女の子の手って不思議だな……
「そろそろ授業始めるぞー」
授業面倒くさいな。
そんな気持ちとは裏腹に授業は始まった。
有栖 side
今日、私は新しい学校へと来ていた。
理由は親の転勤が決まったため私も転校することになったからだ。
転校するのは仕方のないことだが、有栖には不安があった。
こんな中途半端な時期に転校して友達が出来るかな、と。
もうみんなそれぞれグループが出来ているはずだし、いきなり知らない者が来たら嫌と思うのも当然だ。
こんなことを朝からずっと考えていた。それは教室の前でも考えていた。
教室の中から私の転校生の話が上がり何やら騒いでいた。
それは有栖に不安の拍車を掛けた。
『それじゃあ入って来てくれ』
先生の声が聞こえ、深呼吸を数回。よし!
戸を開けるとみんな私のことを見て固まっていた。
え? 何か変かな? と、思ったが先生に自己紹介をしてくれと言われたので気には留めなかった。
「私の名前は椎名有栖です。中途半端な時期に転校して来ましたがみなさんよろしくお願いします」
自己紹介をしてクラスを見渡していると一人の男の子と目が合った。
その男の子の髪の色は黒。瞳の色も黒だった。
それはまるで夜空を見ているようで魅入ってしまった。
「椎名さんの席は窓側の一番後ろの右ね。あそこにいるのほほんとした桐ヶ谷の隣だ」
「分かりました」
先生がそう言うと男子が揃って彼を見た。
彼はそれをため息を吐いて見ていた。
桐ヶ谷って――ああ、彼が―――
私が席に着いたのを遅れて彼が気付いた。
私は手を差し出して、
「これからよろしくね、
「ああ、よろしく椎名さん」
彼は嫌がることなく私の手を取ってくれた。
彼の手は見た目――華奢で女の子のよう――では分からないがやはり男の子の手だなと思った。
少し硬くて暖かい手。
いつまでもこの温もりを感じていたいと思った。
だか、それは出来ない。授業が始まるからだ。
少し名残惜しいが手を離した。
有栖 side out
彼女は今、俺の隣でグッタリして机に突っ伏していた。
昼休みにクラスのみんなから質問攻めの嵐が巻き起こったからだ。
だが、そんなみんなを嫌がることなく一つ一つの質問に答えていたのだ。
「大丈夫か? 椎名さん」
「……なんとか」
顔だけ俺の方に向けて辛うじて言っているようだ。
「まあ、あとは帰りのHRだけだからもうちょっとガンバ」
「……はい」
ほどなくして帰りのHRは終わり、帰ろうと荷物を整理しているところに椎名さんが声を掛けてきた。
「和人くん、良かったら学校の案内をしてもらってもいいですか?」
「ん? 俺? 」
雄二はついさっき家の用事があると急いで帰って行ってしまった。
「分かった。じゃあ、行こうか」
「お願いします。あと私のことは名前でいいですよ。私もそうしますから」
「分かったよ、有栖」
「それいいです。和人」
ちょっと照れ臭くなったので足早に教室を出て行く二人だった。
「と、まあこんなところかな」
「案内してくれてありがとう和人」
一通りの案内を終えて帰路につく二人。
「そういえば有栖の家ってどこなんだ?」
「まだこっちに来たばかりなのでよく分かりませんが家の場所は覚えてます」
「そっか」
そこから会話がなくなり黙々と歩き続ける二人。
早く時間が過ぎてくれと願っていると家が見えてきた。
「それじゃあ、俺ここだから」
「バイバイ和人」
「バイバイ」
有栖はちょっと笑っているように見えた。
何だ?
「ただいま母さん」
「おかえり和人。それではいきなりですが驚きの重大発表をいたします!」
「ホントにいきなりだな」
居間にはすでにスグの姿もあった。
「なんと今日お隣に引っ越された方と夕食を食べるのです!」
「うん、そっか」
「え!? それだけなの? ほら、もっと驚いていいんだよ!」
「いや、別に驚くことでもないだろう」
「うんうん」
母さんは「そんなぁ〜」と情けない声を上げていたがスルーする。
しかし、引っ越してきた、か。
今、頭をよぎったもの出ないことを願おう。
「こんばんわ〜隣に引っ越してきた椎名です」
玄関にはさっきまで一緒にいた有栖が立っていた。
その隣に立っているのは有栖のお母さんだろう。
やはり、案の定有栖だった。
いや、一日に引っ越しする人がそんなにいるはずないんだから当たり前と言ったら当たり前なんだけども。
有栖が別れ際に笑っていたのはこういうことだったのか―――
つまり、有栖は俺が隣に住んでいることを事前に聞かされていたのだろう。
「いらっしゃい椎名さん。さあさあ何もないところだけど上がって!」
母さん、テンション高い。少し下げて。
母さんと有栖の母さんは料理を準備すると台所の方へと消えていった。
そして残される二人―――
「有栖は知ってたんだな、俺のこと」
「うん。知ってたって言っても隣に住んでるってことと名前だけなんだけどね」
「まあ、それはいいとして。ご飯できるまで暇だし何かしようぜ」
「何をするの?」
「そうだな……ここはやっぱりゲームだろ!」
「ゲーム? 何のゲームするの?」
「モンスターをバッサバッサと狩るゲーム」
「男の子ってそういうの好きだね」
「それが男ってもんさ。ほら、俺の部屋こっちだから早く行こうぜ!」
和人が有栖の手を取り二階へと上がっていく。
―――有栖の頬が赤く染まっていることに気付かずに。
しばらく俺の部屋でゲームをしている俺と有栖は無言でテレビ画面を見てコントローラーを操っていた。
「こういうのも結構面白いものね」
「だろ? 偏見で決めつけるんじゃなくてまずはやってから評価した方が絶対にいいに決まってる」
よく偏見でゲームは人を駄目にするとほざいてる奴がいるが何もゲームが必ずしも人を駄目にするとは限らない。
例を一つ挙げるなら認知症の人の頭を見ると脳の動きが悪いがゲームをやらせると脳の動きが活発になり認知症を改善できることもある。
結局は駄目になるのも自分次第なのだ。
『そろそろご飯だから降りてきなさーい!』
と、そこで母さんの声がしたから聞こえた。
「ん、そろそろ行くか」
「そうですね。これは片付けて行きますか?」
「いや、いいよ。どうせまたやるしな」
「そうですか」
その時、俺は知る由もなかった。
ゲームを片付けなかったことであんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。
それは部屋を出ようと二人で立った時に起こった。
「今日の晩御飯は何だろうなー」
「ふふふ、お母さんの料理はどれも絶品ですよ」
「マジか! それは楽しみだな」
部屋を出ようとしたその時、有栖の足にゲームのコードが絡み付き体勢を崩してしまう。
咄嗟にそれに反応したが少し遅く俺も一緒に転んでしまった。
「うぅ、痛いです―――ひゃ!」
「痛って―――あ!」
目の前に有栖の顔があった。恥ずかしさからか頬を染めた顔。
そう、俺は今有栖を押し倒すように覆いかぶさっていた。
「あ、これは、その、そう! 不可抗力―――」
「イヤァアアアアアア!」
パシンと一つ、空気の乾く音がした。
「あ、これ美味し」
「お口に合って何よりだわ」
俺は頬に綺麗な紅葉を作って晩御飯をつついていた。
隣では有栖がフンッと怒りを露わにしていた。
「有栖ったらそろそろ機嫌を直しなさいな」
「だって、和人が―――!」
「押し倒されたくらいでキャーキャー喚かないの」
いやいや、その返しもどうなんですかね有栖のお母さん。
「おにいちゃん……ケダモノ……最低」
スグよ。そんな呪い殺すような顔でこっち見ないで怖い。
それと何? ケダモノって何よ? 何で知ってんですかね?
母さんがプイッと視線を逸らした。
犯人はお前かぁああああ!
あんた自分の娘に何教えてんの!?
と、まあそれはあとで聞くとして、
「そういえば有栖の父さんは?」
「旦那は今ね単身赴任で北海道にいるからまだこっちには戻ってこれそうにないのよね」
「そうなんですか」
「ありすちゃんは寂しくないの?」
「寂しくない―――と言ったら嘘になりますね」
表情を曇らせる有栖。
寂しいんだろうな―――
そんなことを考えながら晩御飯を咀嚼していく和人だった。
俺は母さんに散歩してくると言って近くの公園で星を見ていた。
今晩は雲一つなく星がよく見える。
「こんなところで何をしているんですか? 和人」
「おお、有栖。どうしてここに」
「気になって付いて来てしまいました。駄目でしたか?」
「いや、構わないよ。星を見に来てたんだ」
「星、ですか」
有栖は隣のブランコに腰を下ろす。
「その――さっきは思い切り叩いてしまってごめんなさい!」
「いや、別にいいよ。謝らなくて。さっきのは俺も悪いところあったし」
「でも――!」
それでは私の気が済まないと言わんばかりに身を乗り出してくる有栖。
さっきよりは離れてはいるが顔がすぐ近くにある。
こうしてマジマジと見ると流れるような金髪も水色の瞳も今は俺だけのものだ、と錯覚してしまう。
「じゃあ、さ」
「?」
「俺と――友達になってくれよ」
「え―――」
「それでこの件はチャラってことで」
「ズルイですね、和人は」
「それほどでもある」
「褒めてませんよ―――でも、そういうの嫌いじゃないです」
二人は互いに正面を向き、
「桐ヶ谷和人です。よろしく有栖」
「椎名有栖です。よろしく和人」
そういうと二人は今朝した時よりも強く手と手を握った。
これが桐ヶ谷和人と椎名有栖の出会いだった。
これから始まるのはそんな幼馴染たちのお話―――