ーーー君も、ひとり?
そう言って彼はその哀しげな顔で問い掛ける。
さっきまで私を殺そうとしていたのに。
ドロドロに濁った碧い瞳が問い掛ける。
どうしてだろうか、私はその瞳に惹かれて、妹がいると、私の命よりも大切な、私が傷つけてしまった最愛の妹がいると、私は言っていた。
それを聞いてほんの少し、彼の瞳に光が灯った。
ーーー妹に、また逢いたいの?
逢いたい、でもそれはできないと答えた。
ーーーどうして?
私が傷つけてしまったから、心に傷を、一生治らないかもしれない、深い傷を。
彼は少しだけ考えるように目を伏せて、私に手を差し出した。
ーーー一緒に、旅をしないか?
旅?
ーーーそう、もう一度大切な人と歩むための旅。
彼は儚い笑みを浮かべて私に言った。
同じだ、と私は思った。
私と同じで大切な人を守れなかった人なんだとわかった。
だからだろうか、気がつけば私は彼の手をとっていた。
☆☆☆☆☆
駒王町を照らす月の光の下、黒い影が立ち並ぶビルの屋上や住宅の屋根の上を駆けていた。
その影を見た人は揃って目を丸くすることだろう。
走るのには向かない着物をだらしなく着込み、はだけた胸元から覗く豊満な乳房は波打ち、頭には猫耳、お尻のあたりには二本の尻尾が揺れている。
黄金に輝く瞳にぷっくりとした唇、スーと伸びた鼻梁は顔立ちを整え、誰が見ても頬を赤らめる。
着物を着込んでいることによってボディラインはあまりわからないはずが、だらしなく着込んだことにより、豊満な乳房が谷間を覗かせる。
腰に巻かれた帯は胸よりも細く巻かれ、くびれがよくわかった。
安産型の大きなお尻は着物の上からでも盛り上がっていた。
そんな女性を見れば男が放っておくはずもなく、声をかけることだろう。
しかし影の女は男に興味はない。
いくら声をかけられようとも反応すらせず、身体に触れられれば即座に触れた男を半殺しにするだろう。
影の女ーーー黒歌にとって男とは一人を除いて駆除されるべき害虫である。
女を物のように扱う男たちを見続けてそう自らに刻み込んだ。
もっとも例外となった一人の男には黒歌から過度なスキンシップを行うのだが。
黒歌は転生悪魔である。
猫とは気に入った相手にはとことん寄生する。
それはたとえ猫の妖怪でも悪魔になった黒歌でも変わることはない。
いま向かうのは愛しい主の元。
しばらくの間離れて行動していたが今朝、黒歌の滞在しているこの駒王町に着いたと連絡が入ったのだ。
黒歌としてはすぐにでも駆けつけたかったのだが、タイミングの悪いことに手の離せない状況だった。
教会の手の者が数人この町に潜り込んでいたのだ。
それも悪魔の弱点となる聖剣の存在も複数確認できた。
近くに存在するだけで身体に変調をきたし、視界に入れればその力に硬直し、その刃に触れればたちまち消滅してしまう。
高位の悪魔にでもなれば対処可能なものであるが、下位の悪魔には不可能。
黒歌は対処可能であったが、それでもその場を離れることができない理由があった。
それは守らなければならない存在がこの町で、悪魔として生活しているから。
風が吹けば消し飛んでしまいそうなほど小さな存在。
もしそんな大切な存在が聖剣と接触してしまったらと、常に見守り続けていた。
しかしその悪魔はその聖剣を持つ聖剣使いと接触してしまった。
だからいつ聖剣使いが攻撃してきても守れるようその近くに控えていたのだ。
結果を見れば無駄骨だった。
黒歌の大切な悪魔と接触した二人の聖剣使いは黒歌の主の元部下で黒歌も一方的ではあるが知っていた。
それでも見張っていたのは心配だったからだが、無事何事もなく終わりホッとしたくらいだった。
それに少し気になる声が聞こえた。
目で確認したわけでは無いが、そこにいるはずの無い少女の声が。
もしここにいるのだとしたらきっと主も喜ぶだろうと黒歌は思う。
けれどまだ伝えるつもりは無い。
あそこにいたということは最悪のケースも考えないといけないから。
しばらくするとようやく目的地が見えてきた。
『駒王サーゼクスホテル』
その名前を聞いて苦笑いした。
ネーミングに対してもそうだが、そのホテルは四大魔王、『
悪魔の王の一人が何をしているんだという思いもあるが、何よりそこに堂々と宿泊する主のその性根にも。
仮にも
きっと従業員の中には悪魔も混じっているだろうに。
でもそういうところが変わらないなとも思う。
初めて逢った五年前からずっと。
巨大なゲートが黒歌を迎え、ゲートをくぐりホテルの中に入ればなるほど、と思う。
ホテルに入る前は感じることのできなかった悪魔の気配がホテル中から感じる。
どうやら間違っていなかったらしい。
黒歌はホテルに入る前、さらに言うなればホテルより半径二キロメートルの地点から猫耳と尻尾、それから悪魔や猫魈の気配を抑えてここまで走ってきた。
でなければきっと見つかってしまうからだ。
黒歌は悪魔、というより人外の存在達の中では割と有名である。
その容姿もさることながら、猫魈という希少存在であったこと、さらには仙術と呼ばれる妖怪の中でも限られた種族しか扱うことのできない力が使えたこと、そして悪魔達より指名手配されていること。
DEAD OR ALIVE
SS級はぐれ悪魔
『黒き仙猫』黒歌。
絶滅種である猫魈の数少ない生き残りであり、悪魔になってなおその希少価値は計り知れない。
DEAD OR ALIVEとなっているがALIVEの場合、悪魔勢より人間界でいうところ遊んで暮らせる人生を三度送ることができるほどの報奨金が掛けられていた。
黒歌の容姿だ。
愛玩目的であったり、性の捌け口出会ったりと様々。
であるから黒歌としては見つかるわけにはいかないのである。
ホテルの中から感じる気配はどれも中級、下級悪魔のもので黒歌にしてみれば格下であったが油断はできない。
主の気配を探ろうにも主自身が気配を一般人ほどまで落としていることから見つけることすらできない。
仕方なしにフロントの女性に声を掛け、部屋へ連絡を入れてもらう。
ロビーまで降りてくるとのことでしばし待つこと五分。
時間の流れが止まったかのように穏やかだったロビーはいま、エレベーターから降りた一人の男によって空気が変わった。
それは白を基調とした司祭服を着た美丈夫。
まだ成人を迎えていない、幼さを僅かに残した青年。
光を反射して白銀に輝く肩まで伸ばされた髪が目につく。
けれど何よりその身に纏う覇気にロビーにいた人間や悪魔、全ての存在が圧倒された。
黒歌はその青年を目に捉えると近づいて抱きついた。
ルシウス・ランスロット。
黒歌と使い魔契約した主であり、義理の弟であり想い人。
元
「久しぶりにゃんルシウス!」
二週間ぶりに見た主に顔を胸に埋め、頬ですりすりする。
「久しぶり。元気そうで良かったよ」
甘えてくる黒歌の頭を撫でながらそう言った。
「さて、とりあえず場所を移そうか。ここは居心地が悪い」
どこか挑発するかの物言いにそれを聞いた人たちは眉間にしわを寄せる。
黒歌はそれに黙って従い、ルシウスが乗ってきたエレベーターに乗りルシウスの泊まる部屋へ向かった。
ルシウスについて行くまま扉をくぐれば、黒歌はため息を吐いた。
あぁ、やっぱりかと。
ルシウスの取った部屋はこのサーゼクスホテルの誇るスイートルーム。
まだ10にも満たない歳から教会で活動してきたルシウス。
幼い頃から才能を発揮したルシウスは一部のものを除き、敬遠されていた。
そのことから物の価値を教える者がおらず、必要なものは何でも値段を見ることなく購入するため、物の価値など気にしたことがなかった。
そのためか遠方の任務においてホテル等に宿泊する場合、最もいい部屋、つまりは今回のようなスイートルームによく宿泊していたのだ。
黒歌はルシウスの金使いの悪さに気づいてから注意をし続けているが、未だ治ることはない。
黒歌はいままでと同じように注意をするがルシウスは苦笑いを浮かべるだけ。
時間が経ち、就寝時間が迫るとルシウスは「一緒に風呂にでも入ろっか?」と黒歌をからかい、かわされてしまった。
普段妖艶で、いかにも男慣れしてますよ感が漂う彼女であるが、恋愛経験もなければそれ以上のことをしたこともない。
年齢イコール彼氏なし。
それが黒歌なのだ。
当然そんなことを言われれば固まってしまうし顔を赤くもする。
毎回こんな感じでからかわれて終わる何とも純な黒歌である。
ルシウスが風呂から上がってからは黒歌が風呂に入り、その間にルームサービスで遅い夕食を頼んだ。
2人で食べる夕食は黒歌にとって久方ぶりでとても楽しい食事だった。
それからここしばらくのことを互いに話し、黒歌は今日の報告に入った。
この町に来てからのことを。
ルシウスの怨敵、バルパー・ガリレイがこの町に潜んでいることを。
そのバルパー・ガリレイが堕天使組織
カトリック・プロテスタント・正教会からエクスカリバーが奪われ、また奪ったのがバルパー・ガリレイ一派であることを。
奪われたエクスカリバーを取り戻す為にルシウスの元部下である聖剣使い、ゼノヴィアと紫藤イリナ、その他の悪魔祓いたちが派遣され、既にゼノヴィア、紫藤イリナの両名以外が殺されたことを。
そして、そこで黒歌は報告をやめた。
アーシア・アルジェントのことは、言わない。
これ以上、ルシウスが壊れてしまわないように。
それがただの先延ばしだろうとも、言わないと決めたのだ。
そして、黒歌の報告に沈黙していたルシウスが口を開いた。