Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その9

 

 

 

 

 

 

 フユキ・シティの外周に広がる森林地帯。

 ヨタモノやヤクザはおろか野生化したバイオスモトリすら入り込まぬ、帰らずの森とまで呼称される深い深い森の奥に、西洋めいた様式の古城が存在する。

 

 その名もアインツベルンのフユキに於ける拠点、アインツベルン城である。実際そのままな、たけし城めいたネーミング。

 高さ数十フィートはあろうかという城壁に囲まれ、魔術的な結界でも護られた鉄壁の拠点であり、これまで三度の聖杯戦争を経て今なお健在。

 近年の重金属酸性雨や環境汚染にも耐えぬいた森と城は、要塞めいた防御力を有していた。

 

 その城中の応接間で、すわり心地の良さそうなソファーに腰掛けて向かい合う影が二つ。

 一つは銀髪、もう一つは金髪。

 

 銀髪で年上めいて見えるのはアインツベルンのマスターであるアイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 金髪で少女めいた容姿の娘は、なんとセイバーのサーヴァント。

 

 その真名はアルトリア・ペンドラゴン!

 あの聖剣の主として名高い騎士王アーサーその人である!

 様々な創作物で髭面の大男であったりハゲであったり優男であったりするアーサー王ではあるが、よもやその正体が女であったとは!

 例え伝説に名を残すアーチニンジャでもこのような事実は見抜けないであろう!

 

 なお、一応明記しておくが彼女はニンジャではない。

 

 

「アイリスフィール、ここでずっと待っていて本当にいいのでしょうか。

 遠見の魔術で、フユキとやらの貧民街で騒動が起きているとの情報が入っているのでしょう。

 未確認情報ながら、サーヴァントが中心となって引き起こした可能性があるとも」

 

 

 今、彼女らはアインツベルン城から外に出ることなく待機している。

 これはアイリスフィールの方針によるものだ。実際慎重派な。

 

 今回の聖杯戦争において、アインツベルンはそれなりの数のホムンクルスを投入している。

 

 科学の産物たる人工生命体バイオスモトリなどのクローン生物と比べれば、魔術による人工生命体は鋳造コストが実際べらぼうに高い。

 しかしどれほど教育しても作り物めいた中途半端な知能を持てないクローン生物と違い、ホムンクルスは人間並の知能や情緒を持ちあわせうる。

 この辺りは、現代科学の限界めいた領分なのだろう。

 

 今回アイリスフィールは情報収集などに用いるため、諜報能力をある程度有する型のホムンクルスを数体同行させていた。

 その他、戦闘用のホムンクルスなども存在する。

 これは戦闘能力に優れたマスターを引き入れられなかった事から、戦力を補う為の苦肉の策であった。

 あくまでマスターが使役する魔術生命体という名目なので、ルール的にも問題ない。

 間桐だってバイオスモトリを使い魔めいた戦力として使っているのだ、お互いバレたとしても問題ない。

 問題は存在しない。いいね?

 

 

「だからこそ待つのよ、セイバー。

 召喚されるサーヴァントは七騎、なら放っておけば目立って動きまわった者同士でお互い潰し合うはず。

 私達がわざわざ打って出る必要はないわ」

 

「それは確かにそうなのでしょうが……」

 

 

 何となく納得がいかないというアトモスフィアを発するセイバー。

 この騎士王、待ちのイクサよりは積極的に打って出る攻めのイクサを好む直情径行型のところがあるようだ。

 

 

「あら、騎士王様は籠城戦は不得意なのかしら?」

 

「そういう訳ではありません。ですが、人の住まう市街地で戦いを始めるような輩を捨ておいてもいいものでしょうか」

 

 

 いたずらっぽく笑いながら、皮肉めいたジョークを飛ばすアイリスフィール。

 それに対して真っ直ぐな目で応えるセイバー。

 彼女が主に気にしているのは自分の戦いの有利不利より、戦いの巻き添えになる無力なモータル達の安否のようだ。

 

 

「セイバー、このニッポンの治安状態は最悪なのよ。

 魔術師やサーヴァントの戦いに巻き込まれるまでもなく、毎日大勢の人が亡くなっているわ」

 

「だからと言って見過ごして良いわけなどないではありませんか!」

 

 

 ドガン、と二人の間にある西洋風チャブテーブルにセイバーの拳が鉄槌めいて炸裂した。

 セイバーの怒気を受けて、表情を真面目なものに改めるアイリスフィール。

 

 

「人間の出来る事には限りがあるわ、セイバー。

 私達が仮に出ていっても、それで巻き添えになる人間を減らせるとは限らない。

 逆に私達と戦おうとするサーヴァントによって戦いが起きて、巻き添えになる人が出るかもしれない。

 そうでしょう?

 何より市街地では、貴女の宝具が本領を発揮することもできなくなるわ」

 

「それは────」

 

 

 むう、と唸って口を閉ざすセイバー。

 アイリスフィールの言にも実際一理あると認めたためだ。

 

 こうしてアインツベルン城で待ち構えている事には二つのメリットがある。

 

 一つは万全の準備を整えた拠点で敵を迎え撃てること。

 

 そしてもう一つは、戦闘中にうっかり民間人を巻き込む可能性が皆無なこと。

 セイバーの宝具はその性質上、適当にぶっぱなす訳にもいかない類のものだ。

 無人の森とアインツベルンの持ち城しか存在しないエリアならば制限なくぶっぱなせるが、市街地でのイクサとなればそうもいかない。

 うっかり雑居ビルにでも当たれば大惨事だ。

 いくらフユキの治安状態がマッポーめいていても、街並みごと敵をふっ飛ばしてタダで済むわけなどない。

 マッポが非常線を張った街中をネズミめいて逃げるのはさすがに御免こうむる。

 

 

「────ですが、私は聖剣が自由に振るえぬ状況でも遅れはとりません。

 なにより、市街地で無思慮に戦闘を始めるような輩を捨て置くことこそ危険だと思います」

 

 

 己が不利になることを理解した上で、それでも打って出たいと訴えるセイバー。金剛石めいたガンコさであった。

 

 

「それにセイバー、サーヴァントらしい連中が殺していた相手はバイオスモトリなのよ?」

 

「そのばいおすもとりと言うのが何なのかよくわかりませんが、何の理由もなく命を奪って良い道理はないはずです」

 

「バイオスモトリは害獣指定されてるのよ、そのサーヴァントが殺さなくても自治体に野良の犬猫めいて駆除されていたわ」

 

「……アイリスフィール、すもとりと言うのは確か日本人の職業なのではありませんでしたか?」

 

「ええ、そうよ。スモトリはリョーゴクや各地のドヒョー・コロシアムで開催される殺戮ショーに出場して戦う、一種の格闘家ね」

 

「では、そのばいおすもとりとやらを殺したということは……魔術に関わらぬ者を一方的に弑したということではないですか!

 ただ暴れるだけならばいざしらず、サーヴァントの力で虐殺を働くなどっ……!

 そのような輩を見過ごすというのですか! アイリスフィール!」

 

 

 激怒して立ち上がるセイバー!

 その瞳には炎めいた怒りに満ち、姿も知れぬ虐殺者への義憤が溢れ出さんばかり。

 無辜の民を虐殺するような輩に対して怒りを燃やすのが騎士王の正義だ。

 言葉にすると陳腐なものではあるがそれはセイバーの胸中に、騎士道の中に、確かに存在している王道であった。

 

 だがアイリスフィールからすると、その怒りは実際的外れなものだ。

 そよ風めいて受け流しクールに応える。

 

 

「違うわよ」

 

「何が違うのです!」

 

「スモトリは人間。バイオスモトリは害獣。ダメよセイバー、きちんと分けて考えないと」

 

「むむむ……?」

 

 

 どうにも要領を得ない様子で首を傾げつつ、再びソファーに座るセイバー。

 まあ、セイバーの出身時代は中世期。

 魔術により造られる人工生命体などは存在したかもしれないが、クローン生物が野生化して大繁殖しているなどという事は、なかなか想像もつかないのだろう。

 あとでフユキ市発行のバイオスモトリ公害情報でも見せて説明しておこう、とアイリスフィールは密かに心に決めた。

 

 

「まあ、セイバーの言いたいことはわかるわ。

 そうね、一度フユキに出て街の空気を肌で感じてみるのも大事かもしれないわね。

 ひょっとしたらバイオスモトリ虐殺犯さんとも会えるかもしれないし」

 

「アイリスフィール……! わかりました、それではすぐに出陣を」

 

 

 決然たる闘志を表情に漲らせ、不可視の聖剣を手にソファーから立ち上がりかけるセイバー。

 その姿は伝説に謳われる騎士王の名に相応しく、雄々しくも実際力強いアトモスフィアに満ちている!

 

 

「でも今夜はダメよ、セイバー」

 

「んなっ」

 

 

 がくり、とつんのめるようにコケるセイバー。

 歴戦の戦士としての重厚なアトモスフィアは霧散し、コメディアンめいたものに取って代わられていた。実際ベタな。

 

 

「何故ですアイリスフィール、兵は神速を尊ぶとも言うではありませんか!」

 

「天気予報によると深夜から朝にかけて高濃度の重金属酸性雨が降るらしいのよ。

 そんな時に出歩くのは物狂いかサイコ犯罪者か、家も何もない浮浪者くらいのもの。明日のお昼に出掛けましょう」

 

「たかが雨くらいで、何故そんな大袈裟な」

 

「たかが雨なんかじゃないの。重金属酸性雨を数時間も浴びれば、普通の人間なら命を落としてもおかしくないのよ?

 そんな危ない日に出歩くのはさすがに賛成できないわ。他のマスターもそう考えるでしょうし」

 

「……わかりました」

 

 

 不承不承と言った表情で頷くセイバーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユキ中心市街地にバベルめいてそそり立つビル群。

 そのうちの一つ、天を衝く超高層ビルの最上階に存在するVIPルームめいたペントハウスから、下界の街並みを見下ろす男がいた。

 

 獅子のたてがみめいて逆立つ金髪。紅玉めいた真紅の瞳。

 服装こそラフなサイバーダウンジャケットなどだが、全身に重力めいた存在感を纏った威圧的アトモスフィアの主だ。

 

 その彼が、カーテンめいて降り注ぐ重金属酸性雨を透かして地表の灯りに目を細める。

 虫めいて動きまわる小さな灯火たちは、この危険な深夜でも忙しく働くサラリマン達の命の火めいたものだろう。

 二十四時間眠らぬマッポー的労働環境が創りだす、ある種幻想めいた美であった。

 

 だが、その光景を目にして不愉快げなアトモスフィアをまとい顔を歪める美丈夫。

 

 

「全く不愉快な街よ、汚水の雨に無気力な住人。死人の街でもあるまいに」

 

 

 夜の闇を通して彼が幻視するのは、死人めいた人間性の削り落とされた目で地下鉄駅から這い出してくる労働者の群れ。

 彼らは皆、ジゴクめいた過剰労働に苛まれる最下層労働者だ。フユキの発展の一翼を担う存在ではあるが、同時にカチグミから搾取される哀れな存在でもある。

 肩を落とし、表情もなく、ただ黙々と歩く彼らの背中は、実際ズンビーめいていた。

 吐き気がするわ、と顔をしかめる男。

 

 この不機嫌めいたアトモスフィアの彼はこの街のセカンドオーナー、遠坂時臣が召喚したアーチャーのサーヴァント。

 その真名は、世界最古の英雄王ギルガメッシュ!

 この世の全ての財を手にしたとすら語られる王の中の王である!

 

 至高めいたワザマエのスシ・シェフが握った、脂がしたたらんばかりの宝石めいて美しいトロマグロ・スシを無造作に掴み、口へと放り込む。

 極上の芸術品めいたスシを食しつつも、その表情には楽しげな色はない。

 この程度の美食など生前味わい尽くしたと言わんばかりであった。

 

 室内には、あられもない姿をした数人の金髪白人オイランが転がっている。彼女らの胸は豊満であった。

 王の無聊を慰めるためにと時臣が手配してみたものだが、これも英雄王にとっては生前味わい慣れた、いわば食べあきたコメめいたもの。

 ギルガメッシュの心を微塵も動かすことはなく、一通り賞味されたあとは放置されている。

 

 今夜、本来ならば聖杯戦争の参加者が出揃った以上、初戦が開始されるはずだったのだ。 

 だがしかし、この高濃度の重金属酸性雨が降る街で戦おうという奇特な魔術師はさすがにいまい。

 ギルガメッシュ自身も、このような汚物めいた雨に身を晒して出歩くのは御免こうむる。王のバベルめいて高い矜持が許さぬ。

 

 退屈を紛らわそうと、壁に掛けられた大型テレビモニターのスイッチを入れる。

 

 

『入った!』『ポイント点!』『守備重点な』

 

 

 くだらないスポーツバラエティ番組だ。チャンネルを変える。

 

 

『実際豊満な』『激しく前後』『ほとんど違法行為』

 

 

 半裸のオイランが踊り歌うだけのくだらない番組だ。チャンネルを変える。

 

 

『実際安い』『安全重点』『まったく害はない』

 

 

 外食チェーンのコマーシャルだ。ギルガメッシュの目からすると実際それは明らかに欺瞞的なプロパガンダ。チャンネルを変える。

 

 

『皆 さ ん を 守 る オ ム ラ 社 の マ シ ン ガ ン』

 

 

 何がマシンガンだ。ジゴクめいた苛立ちと共に、英雄王はヤリめいた宝具を撃ちだしてテレビをふっ飛ばした。

 

 

「アイエエエ!?」

 

 

 上ずった悲鳴をあげて怯えるオイラン達を追い出し、ぶどう酒を手酌でぐいと呷る。

 不味いサケだと顔をしかめ、グラスを放り捨てた。

 念の為に明記するならば、このサケは時臣が手配した最上級のものであり、マケグミサラリマンの年収めいた価格の品なのだが。

 

 重箱に収められたトロマグロ・スシを掴み、口へ放り込む。

 不味くはない、実際一番まともだとほんの僅かに機嫌を直してスシをもう一つ。

 

 

「それにしても雑種どもめ、我を退屈させるなど万死に値するぞ。

 雨など避けず戦う滑稽な姿の一つも見せて、この我を興じさせてみればよかろうに」

 

 

 やる気なさげに地上を見下ろし、退屈そうに頬杖をつく英雄王。

 祭りは雨で延期だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブンブーブブンブブブンブンブーブブン。

 

『アタリ!』『ポイント点!』『十倍です』

 

 電子音と人の騒ぐ声、タバコの煙に満ちた空間。

 フユキ新市街で夜を徹して営業中の、一軒のゲームセンターだ。

 たむろする未成年のパンクスやヨタモノ、マイコやオイランめいた化粧の少女たち。

 ダストボックスにはバリキの空き瓶やZBRの空アンプルが無造作に捨てられ、フユキのマッポー的青少年育成環境をわかりやすく示していた。

 重金属酸性雨が降り注ぐこんな日でも、混雑ぶりは常と変わらない。

 

 そんな中に、些か場違いめいた風体の男の姿があった。

 赤系のスーツを着込んで壁際に立つ体格の良いバウンサー、名はウタギ。

 このマッポーめいた時代、ゲームセンターであってもバウンサーは実際必要だ。

 バウンサーとは、雇われた店にとって歓迎されぬモメゴトを叩きだす暴力装置めいた役割を果たす職業である。

 カラテ二〇段のウタギは、これまで店に因縁をつけようとしたヨタモノなどを幾度となく再起不能にした、店一番のベテランであった。

 今夜もゴリラめいて凶悪な顔にいかめしい表情を浮かべ、ガーゴイルめいて店内を見張るウタギ。

 

 そんな彼の耳に、何か重量物めいたものが地面に落下するような音が響いた。

 

 またケンカか、と周囲を見回した彼の目に路地でうずくまる影が映った。

 パーカーを着た男のようだ。フードを目深にかぶっており、顔は見えない。

 フードの端から老人めいた白髪が一房、ちらりと覗いて見えた。

 

 無知なカチグミの子弟が甘い言葉で誘い込まれて身ぐるみはがされたのか? いや、それにしては実際年齢が高そうである。

 こんなところでうずくまっているのだから浮浪者かもしれないが、それにしては服は綺麗だ。

 あれは対重金属酸性雨加工された服のようだが、あのまま雨に打たれていれば実際命が危なかろう。

 

 人情重点に一応声くらい掛けてやるかと、大股な足取りでうずくまる人影へと近付くウタギ。

 近付くにつれて、得体のしれない震えがウタギの体にはしる。

 何か、猛獣めいたものを前にしているような……。

 

 気のせいだろう、とかぶりを振るウタギ。

 彼はカタギだが、暴力でメシを食っている人間でもある。浮浪者めいた男に怯えていてどうするのだと気合を入れ直し、無意識に萎えかけた足を前に進めた。

 

 

「アノー、大丈夫ッスカ」

 

 

 恐る恐る声をかけたウタギに反応してか、パーカーの男がズンビーめいて立ち上がり、振り向いた。

 向けられた視線と目を合わせてしまったウタギの表情が恐怖に歪む!

 

 

「ア、アイエッ!?」

 

 

 なんたる事か! 男の顔は実際ズンビーめいて硬直!

 それだけではない! 鼻孔より姿を覗かせる、あの悪魔めいた姿の蟲はなんだ! 実際ホラーめいている! コワイ!

 特殊メイクにしてはあまりに現実めいたおぞましい存在感に、ウタギは思わず悲鳴を上げた!

 

 どろりとヘドロめいて濁った瞳で、男はウタギのスーツを眺めた。

 赤い生地の防刃仕様スーツだ。これはゲームセンター側が制服として支給しているものであった。

 赤い。赤いスーツ。ワインめいて赤いスーツ。

 

 

「時臣=サン……」

 

 

 ぬうっと伸ばされた手が、ウタギの襟首を掴む。

 

 

「グ、グワーッ!? な、何を!」

 

 

 何たる握力か! 何たる腕力か!

 体重一〇〇キログラムを超えるウタギの体を子供のオモチャめいて片腕で持ち上げるとは!

 

 

「どうして桜ちゃんを手放したんだ……どうして」

 

「は、離せ! ヤメロー!」

 

 

 ウタギは拳を振り回し、パーカーの男を何度も打ち据える。

 だがしかし、男はまるでビクともしない! 鋼鉄の塊めいた耐久力! ヤバイ!

 

 騒ぎを聞きつけたのか、ゲームセンター店内から赤いスーツのバウンサーが走り出てきた!

 

 

「ザッケンナコラー!」

 

「ハナセッコラー!」

 

 

 ウタギほどのカラテ使いはいないものの、スモトリ崩れなどのパンチを背中に受ける男。

 しかし、やはりビクともしない! この男は本当に人間なのか!

 

 振り返った男が、どろりと濁った瞳で殴りかかって来た者たちを見渡した。

 その非人間的なズンビーめいた眼に、思わず怯むバウンサー達。

 男は顔を動かし、背後のバウンサー達の赤いスーツを舐め回すように観察。それから顔をじっくりと覗き込む。

 最後にウタギの顔をじっと見つめ、そして手を離した。

 その瞳はヘドロめいて濁ったままだが、先程よりは理性の光が見える。

 

 開放されたウタギはよろめきながら立ち上がり、震える声で男に問う。

 

 

「一体あんた何なんだよ、何がしたいってんだよ」

 

「悪かった。人違いだ」

 

「人違いって……」

 

「駅、どっちだ」

 

 

 脈絡ない男の質問に、バウンサーの一人が指さして答える。

 男はオジギをし、重金属酸性雨が降り注ぐ中をよろめくような足取りで立ち去っていく。

 その背中を狂人めいた何かを見るような目で見送るウタギ達。

 

 よくわからない男だったが、別に命も取らなければモノも壊さない。実際無害なサイコだ。

 この程度のトラブルはフユキではチャメシ・インシデント。

 ただのカラテが強いサイコ野郎だったのだということで、とりあえず納得される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユキシティ住宅街ミヤマタウンに存在する、実際奥ゆかしいアトモスフィアを漂わせる住宅地。

 

 その中に、一件の出来立てほやほやの魔術工房が存在する。

 かつては廃屋めいたボロ屋敷であり捨て値めいた実際安い価格で売りに出されていたが、ヤバイ級魔術師の手によってつい本日魔術工房に生まれ変わったばかりの優良物件だ。

 オイランの肌を思わせる純白の魔術強化土塀が周囲をぐるりと囲み、そのショウジ戸一枚ぶんほど内側には無数の結界が網を張る。

 庭には無数の魔術ナリコが仕掛けられ、番犬めいた自動迎撃機能つき魔術コマイヌ像が睨みを効かす。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのジゴクめいて優れた魔術師としての手腕が遺憾なく発揮されたブケ・ハウスは、まさに要塞めいていた。

 

 そんな屋敷の中に存在する、真新しいオーガニックタタミの青臭い匂いがほのかに漂うチャノマ。

 ショウジ戸越しに夜雨の音と庭の一〇連シシオドシの奏でる軽やかな効果音が聞こえ、雨雲越しに時折鳴り響く遠雷の光が気紛れに入り込む。

 その部屋でチャブテーブルを前に座り、マンダリンを剥いて口に放り込む男の姿があった。

 

 彼の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 遠くロンドンは時計塔から、聖杯戦争に参加するためやってきたヤバイ級魔術師である。

 

 数時間前までは魔術工房作成の為の作業や隣家に住まうフジムラ・ヤクザクランより届けられた引越し祝いデリバリー・ソバを従者と共にたぐるのに忙しかった身だが、今は休憩中だ。

 

 彼の視線の先にあるのは、何の変哲もないテレビ。

 近代的文明技術の恩恵を受けることを嫌う魔術師ではあるが、こればかりは見なくてはならない。

 

 

「フーム……重金属酸性雨は明日の朝まで降り続けるのか」

 

 

 ケイネスが見ていたのは、フユキ公営放送の天気予報だ。

 

 重金属酸性雨とは、この世紀末日本においてモータルから恐れられる自然災害の一つである。

 主に都市部における環境汚染のノボリめいたものとして扱われるこの雨は、工場からの排煙などにより形成された汚染物質の黒雲より降り注ぐのだ。

 ソドムとゴモラを滅ぼした災厄の雨めいて都市に降り注ぐ毒性の雨は、人間の体にも重大なダメージを与えうる。

 多くの野生動物が絶滅していることからもそれは実際明らかだ。

 汚染物質によって蹂躙された土壌にはまともな植物は生育せず、激変した環境に適応できたわずかな種だけが生き残るのみ。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトならば自慢の魔術礼装の守りによって、それこそ普通の雨めいて一滴残さず防ぐ事も不可能ではないが、他のマスターはそうでもなかろう。

 アマガッパやバンガサを使ったまま戦うのも馬鹿げている。

 わざわざ毒雨の中を出歩いて戦いを仕掛けに行くのは愚者の行為に他ならない。自殺めいている。

 

 

「ランサー=サン、今宵の出陣は取りやめだ。他の陣営も高濃度の重金属酸性雨が降るような場は避けるだろうからな」

 

「御意」

 

 

 打てば響くというタイミングで応えるのは、彼の従者たるサーヴァント・ランサー。

 手には水の張られたカーボンタライとオシボリを持っている。

 この場にいないケイネスの婚約者、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの看病にあたっていたのだ。

 

 昼間、立て続けのスモトリとの遭遇で精神的ショックを受けたソラウは寝室のフートンで寝込んでしまっている。

 ケイネスらには慣れぬ異国の旅とヤクザとの乱闘を間近で見て受けた心労が重なった事によるものと理解されている。

 実際それほど間違ってはいない。ニアミスめいてはいるが。

 

 

「ソラウ=サンの様子はどうかね?」

 

「はっ。しばらくはうなされておいででしたが、つい先ほどお眠りに」

 

「そうか……」

 

 

 言葉少なに応え、ソラウが眠る寝室の方角を見つめるケイネス。

 ランサーから見えるその目には、婚約者への気遣いと愛情めいた感情がこもっているように見受けられた。

 

 しばしの間そうしていたケイネスだが、ややあってランサーへと再び視線を戻した。

 

 

「看病まことにご苦労、しばらく休みたまえ。明日は他マスターの拠点所在を掴むため、フユキ市内を調査しにいかねばならんからな」

 

「ご配慮感謝致します。ですがこのランサー、如何なる時も体調は万全に整えております。どうかお気遣いなきようお願いいたします」

 

 

 生真面目なランサーの言葉を聞いて、軽く笑みを漏らすケイネス。

 マンダリンの積まれたバスケットをランサーの方へと押しやり、気楽げに口を開いた。

 

 

「マケグミサラリマンではあるまいし、二十四時間働くこともあるまい。この工房の防御は完璧だ、ニンジャでも無ければ入り込めはせん。

 そら、一つどうかね」

 

「────恐れ入ります」

 

 

 マンダリンを一つ受け取って座り、主に倣って皮を剥くランサー。

 果肉を一房口に放り込む。みずみずしく甘い。同じように食べた主は顔をしかめている。渋かったのだろうか?

 

 ふと、ランサーは思う。ソラウの心は、このマンダリンのようなものではないかと。

 同じバスケットに盛られたマンダリンでありながら自分には甘く、ケイネスには渋い。

 本来ならば、主君でありマンダリンの正当な所有者たるケイネスに甘露めいた甘さを味あわせ、従者に過ぎぬ自分にはそうでないものが与えられるべきであろう。

 ソラウの愛も同じはずであると。

 

 だというのに、彼女は婚約者であるケイネスにはただの知人を見るような無感動めく視線を送り、己に恋に溺れた少女めいた視線を向ける。

 それは違うだろう。道理が通らぬだろう。

 

 呪いの黒子のせい、この魔貌のせいと言い訳はできる。

 だが、それだけではないのではないか。

 かつて犯した過ちは死しても拭われず、こうして罰めいて同じような境遇に陥っているように思えてならぬ。

 

 まさか惚れた女性が別の男に熱い視線を送っている事に気付いていないわけもあるまいし、何故ケイネス殿は何も言おうとしないのかと、ランサーは苦悩する。

 

 

「────ケイネス殿は……」

 

 

 マンダリンに目を落としつつ、この実直で無骨な性分の騎士にしては珍しく、口ごもりながら問いかけた。

 

 

「うん?」

 

 

 新しいマンダリンをバスケットから取りつつ、ケイネスが反応する。

 

 

「ケイネス殿は……そのう」

 

「なんだ、ランサー=サン。はっきり言いたまえ」

 

「はっ。……ケイネス殿は、やはりソラウ様を……好いてらっしゃるのでしょうね」

 

「ふむ……」

 

 

 マンダリンを剥き、一房取って口に放り込み、顔をしかめてチャブテーブルの上に置くケイネス。

 いつの間にか天気予報が終わって益体もないバラエティを映していたテレビを消し、音を立てて降り注ぐ重金属酸性雨を眺めるように庭へ視線を送り、黙り込む。

 

 チャノマを静寂が満たす。聞こえてくるのはカーボンカワラを打つ雨音だけだ。

 

 

 ややあって、ケイネスが口を開いた。

 

 

「私は……まあ、なんだ。はっきりと口にするのは照れくさくもあるが、ソラウ=サンを好いている」

 

「……」

 

 

 ランサーは無言。

 灯りの存在せぬ暗い庭を眺めつつ、言葉を続けるケイネス。

 

 

「最初はな、ただの見合いだった。恩師であるソフィアリ学部長からの勧めで会ってみただけで、とくに興味があったわけではない。

 あの頃の私は魔術とニンジャ学の研究にのめり込んでいた時期だった。結婚などと、考えてもいなかった」

 

「……」

 

 

 ケイネスの視線は庭ではなく、そこを通して過去の記憶に思いを馳せているようでもあった。

 実際遠い目な。

 

 ランサーは無言。

 

 

「運命の出会いなどと言うつもりはない、私は運命論者でも詩人でもないのでな。

 だがソラウ=サンに出会って、一目惚れめいた感情を抱いたことは事実だ。その事を運命めいたものだと言うなら、そうかもしれないとも思う」

 

「…………仮に、仮にの話ですが」

 

 

 重苦しいアトモスフィア。

 死刑執行を待つ断首台の上の罪人めいた表情で、ランサーが問う。

 

 

「仮に……ソラウ様がケイネス殿の想いにお応えになられず、他の男の元へと走ったとしたら……ケイネス殿は、どう思われますか」

 

「ふむ……」

 

 

 再び黙りこみ、マンダリンを手に取るケイネス。

 皮を剥き、一房口に放り込む。顔をしかめて、チャブテーブルに置く。

 

 

「辛いだろうな、恐らく。悔しがりもするだろう。あるいは泣くかもしれん、その姿は想像できんが」

 

「……それだけですか?」

 

「それ以上のことはできんよ。私にソラウ=サンを振り向かせるだけの魅力がなかったということなのだろう、恐らくは」

 

「……それで、納得できるのですか? ソラウ様への想いが報われなくても良いと」

 

「私はソラウ=サンを愛しているつもりだ。だが、ソラウ=サンが私を愛してくれるかどうかは……わからんさ」

 

 

 遠雷が鳴り響き、ストロボめいた光がチャノマを照らす。

 浮かび上がったケイネスの顔は、この自信に満ちたヤバイ級魔術師にしては珍しい事に、どこか少し寂しそうな表情をしていた。

 

 ランサーは手を伸ばし、マンダリンを手に取った。

 皮を剥き、一房食べる。みずみずしく甘い。

 

 

「────ケイネス殿。これをどうぞ、甘いです」

 

「む、すまんな」

 

 

 ランサーはマンダリンをケイネスに手渡す。

 そしてチャブテーブルに置かれた、ケイネスが放り出したマンダリンを取り、一房食べた。

 渋い。ジゴクめいて渋い。

 

 これでいいのだ。こうでなくてはならない。

 この主君に、今度こそ忠義を尽くすのだ。

 平時は影めいて控え、イクサとなれば主の敵を討ち果たす一振りのヤリとなるのだ。

 自分は、この聖杯戦争を己の忠誠を示すべき場であるとしか考えていなかったが、それは違ったのかもしれない。

 かつて犯した過ちめいた人間関係を、本来あるべき形で決着させる機会こそ、自分に与えられたブッダ・ワイヤーめいたものなのかもしれぬ。

 渋いマンダリンを口へと放り込みつつ、ランサーはそう強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重金属酸性雨が降りしきる夜のフユキの路地裏に、イクサの音が響き渡る。

 

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 一方はドクロ仮面に黒いぴったりとした装束姿の怪人。

 アサシンの分身体だ。

 己の肉体を一〇〇体にまで分け、フユキ全域に散らばり他マスターの監視や捜索を行なっている、縁の下の力持ちめいた遠坂・言峰陣営のサーヴァント。

 

 対峙しているのは、同じようなドクロメンポに黒い忍装束、闇色のマフラーをたなびかせた影。

 キャスターだ。

 

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 キャスターの放ったダークめいた短剣状のスリケンをアサシンが側転回避!

 回避の動作と同時にアサシンのダークがキャスターへと飛ぶ!

 キャスターはブリッジでこれを回避!

 

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 ブリッジ姿勢からバク転移動しつつキャスターがスリケンを投擲!

 アサシンはこれを空中に飛び上がって回避しダークを投擲!

 キャスターには当たらずダークは空を切る!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 空中に飛び上がったアサシンは、そのまま三角飛びめいてビル壁を蹴り三次元機動!

 滞空しつつダークを連続して投げ下ろす! スコールめいて降り注ぐダーク!

 だがしかし、キャスターはニンジャ脚力によるスプリントでこれを回避! 廃墟めいたビル内に飛び込むことで視界を遮った!

 

 

「ヌウーッ……」

 

 

 着地し、忌々しげに唸りつつ周囲の暗闇を警戒するアサシン。

 キャスターの気配は全く感じ取れない。実に不本意だが、あのキャスターはアサシンめいた気配遮断能力を有しているのだ。

 

 油断なくダークを手にしてアサシネーションカラテを構え、周囲を油断なく見回す。

 

 この戦闘の発端は、フユキ住宅地区ミヤマタウン周辺を警戒監視中であったアサシンを、キャスターが逆アンブッシュしてきたことによるものだ。

 まったくの遭遇戦ではあるまい。何かしらの目的を持ってキャスターがアサシンを狙ってきたのは実際明らかだ。

 だがしかし、その理由がわからない。

 考えられるのはミヤマタウンにキャスターの拠点があり、その所在を秘匿するためだろうか?

 

 キャスターは恐るべきカラテの持ち主だ。キャスタークラスで現界しているとは到底信じがたい。

 分身によって力の落ちているアサシンは、本来の状態からすると遥かに劣ったカラテしか発揮できないほど弱体化はしている。

 だが、だとしてもアサシンとしてのワザマエに劣化はない。

 アンブッシュからの不意打ち。ダークを投げるタイミング。アサシンカラテのスキル。

 それら技術の高低とステータス値の高低は必ずしも比例するものではないのだ。

 

 にも関わらず、そのアサシンを終始一貫して押しまくるキャスターとは一体。

 どこかで実際よく見た記憶のある動きのような気もするが。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 廃ビルの暗闇から轟くカラテシャウト! 飛び出す影!

 

 

「そこか! イヤーッ!」

 

 

 油断なく構えていたアサシンは焦ることなくダークを投擲!

 だがしかし、命中したその影の正体は浮浪者の死体!

 

 

「何だと!」

 

 

 ナムサン! ビル内で息絶えていた行き倒れを利用したのか!

 キャスターは投げ飛ばした浮浪者の死体を目眩ましに、同時にロケット弾めいた低空スライディングでアサシンへ突撃!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 投擲のため回避が遅れたアサシンが足を刈られた!

 バランスを崩したアサシンの鳩尾を、上半身を跳ね起こしつつ放ったキャスターのカラテパンチが追撃!

 

 

「ゴボーッ!」

 

 

 ドクロめいた仮面の隙間から吐瀉物が噴出!

 苦しみつつもアサシンは被弾の反動を利用して飛び下がり距離を取る!

 だがその着地の瞬間、飛来したスリケンがアサシンの足首を横から貫いた! インタラプト!

 

 

「グワーッ!?」

 

 

 激痛! たまらず膝をつくアサシン!

 スリケンの飛来した方向には……誰もいない! いや! コートの端めいたものが僅かに見えたような!?

 第三者によるアンブッシュか! ウカツ!

 すでに戦闘中であったとしても、アイサツ前のアンブッシュは一度ならば許されるのだ!

 

 

「く、一体誰が────!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 アサシンの集中が周囲への警戒の為に僅かに逸れた瞬間、すでに身を起こしていたキャスターのサイドキックがアサシンへと命中!

 咄嗟に腕で受けたものの、強烈な威力に吹き飛ばされるアサシン!

 

 

「グワーッ!」

 

 

 ビル壁に激突するアサシン!

 続けざまにキャスターは首めがけてマサカリめいたローリングソバットを敢行!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 分身と負傷によってカラテの落ちたアサシンにもはや防御は不可能!

 咄嗟に十字に組んで耐えようと構えた腕もろとも切断され、アサシンの首が吹き飛んだ!

 

 

「ア、アバーッ!」

 

 

 断末魔の悲鳴が死人の街めいた暗闇に響き渡り、それきり静かになった。

 

 

 

 

 

 

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