同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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久々の全員集合

 艦娘の採用試験が翌日に迫った日、およそ2週間と数日振りに五月雨ら駆逐艦、中学生組の一人、時雨が鎮守府に顔を表した。

 この日五月雨たちは時雨を地元で出迎えて一緒に鎮守府に行くために、午前中は鎮守府に姿を見せていなかった。提督には事前に連絡していたのか、那珂が

「試験は明日なのに秘書艦の五月雨ちゃんがいなくて大丈夫?」

と尋ねると、

「久々に顔を見せる友人と会うんだってさ。だから今日はプライベート優先させたんだよ。」

と言って五月雨を休ませ、代わりに妙高を秘書艦席に据えていた。

 なおこの時はその友人が時雨だということは那珂たちはもちろん簡単にしか聞いていない提督すら知らないでいた。

 

 那珂たちと不知火の4人が五十鈴の指示のもと、試験会場となる1階会議室で準備を行っていると、会議室に夕立が勢いよく飛び込んできた。

「やっほ!!川内さんこんにちは〜!那珂さんも神通さんも五十鈴さんもこんちは!」

「おー夕立ちゃん。どーした?」と川内。

「えへへ~、今日はね、久々に時雨が来たよ~!」

 そう言い放つ夕立の後ろから時雨がしずしずと入ってきてその姿を見せる。全ての姿を見せても時雨は照れくさそうにモジモジとしながら那珂たちのもとへと歩み寄る。

「お、お久しぶりです、みなさん。約2週間ぶりです。」

「おおおぉ~~!時雨ちゃんめっちゃ久しぶり!1年ぶりくらい!?」

 開口一番冗談を交えて那珂が声をかける。時雨は至って平静を装って挨拶を返す。

「アハハ。那珂さん相変わらずですね。僕がいない間に色々あったようで。なんかすみませんでした。」

「いいのいいの!これからは時雨ちゃんも一緒にがんばろーね?」

「はい!」

 

 時雨が出勤してきたことで、ついに鎮守府Aの所属艦娘は着任式以来の全員集合を果たした。

 試験会場の準備を終えた一同は待機室に駆け込んで行き、積もる話を皆で口にして情報共有しあうことにした。

 

 

--

 

 那珂は時雨にこれまでの出来事を改めて説明する。時雨は地元で五月雨らと会った時に簡単に聞いてはいたが、五月雨たちが直接関わってない出来事もあったので全てが全て知ることは出来なかったのだ。

 そのため那珂からの説明にはウンウンと相槌を打ったり口に拳を添えて静かにたわやかな笑みを浮かべ、全ての出来事に関心を示す。

 

「そうですか。川内さんも神通さんもホント、お疲れ様です。僕はみんなからちょっと出遅れてしまいましたけど、これからは一緒に訓練とか参加します。どうかよろしくお願いしますね。」

「うん、よろしくね、時雨ちゃん。」

「……よろしく、お願いします。」

 川内と神通は時雨の挨拶にそれぞれの口調で返す。川内は至って平然と時雨を受け入れ、神通は人見知りな質が発揮されかけたものの、あの五月雨や村雨の親友とのことなので心落ち着かせて時雨を受け入れる気持ちを抱くことができた。

 その後今までの8人+時雨の合計9人でワイワイとおしゃべりを堪能する。

 

 その中で神通は積極的に会話に参加することはできないのは今までどおりだが、時雨をよく観察しているとその受け答えや仕草・態度がなんとなく自分に似ている、フィーリングが合うかもというポイントを見出す。急かさない人・適度な距離感を保ちつつも構い構われで接してくれる人が好きな神通としては、五月雨らの中学校組の中でひときわ落ち着いた雰囲気を放ち、五月雨ら親友に対して的確なツッコミとフォローを与えている時雨がドンピシャリだった。下手をすれば自分より大人っぽいかもと、自分を卑下してしまうほどの評価をこの数十分で密かに彼女に与えていた。

 こんな自分でも艦娘になって鎮守府に勤務することにより、年下とはいえ仲良くできる相手を増やせそう。そう自信がついてきたことに喜びを密かに感じ始める。

 

 隣りで同じ方向を見ていた不知火が神通の服の裾をクイッと引っ張ったのに気づいた。

「え……何ですか?」

「時雨見過ぎです。」

 不知火の、神通とは反対方向の頬がわずかに膨らんでいるのが見えた。神通はその意味を察するも良い反応を返せずに苦笑いを浮かべるのみだった。

 

 

--

 

 おしゃべりが続く午後のあるタイミングで那珂は、五十鈴と示し合わせてその場にいた全員に伝えるべきことを口にし始める。

「時雨ちゃんも来てみんな揃ったことだし、改めてあたしの考え聞いてくれるかなぁ?」

 全員の視線が那珂に集まる。隣にいた五十鈴も最後にその視線を那珂に向け直した。

「時雨ちゃんは今初めて聞くと思うけど、他のみんなはおさらいね。先日の緊急出動を経験してあたしはみんなで訓練をきちんと考えてこなしていこうって考えています。」

 時雨以外の全員が頷く。

「今回一番被害を受けたのは川内ちゃんと神通ちゃんだったけど、慣れてるあたしたちだってどんな目に会うかわからないよね? 今まであたしたちはそれぞれでてんでバラバラな訓練しかやってこなかったと思うの。そこで今後人が増える前にさ、あたしたちの手でうちなりの訓練方法を考えて確立させていきたいの。」

「それをするためには学生の私達だけでは不安、ということよね?」

 五十鈴が那珂の気持ちを代弁するとそれに那珂はコクコクと頷く。

「うん、ズバリそーいうこと。あたしは学校で生徒会やってて色々経験はしてきたつもりだけど、訓練を考えてみんなに合うようなやり方を作るにはやっぱり経験不足。そこで!せっかくあたしたちはそれぞれの学校の艦娘部なんだし、顧問の先生をちゃんと呼んで色々相談に乗ってもらおうと思ってるの。ここまではダイジョーブ?」

 再び那珂以外の全員がコクコクと頷く。

「この前改めて提督に確認したんだけど、艦娘の日常の訓練内容は完全にそれぞれの鎮守府に任されているんだって。あと、二人はまだやったことないけど、毎月あたしたちは艦娘としての活動の出来不出来の練度を報告することになってます。それを提督がチェックして、大本営もとい防衛省や厚生労働省に最終報告がなされます。」

 二人、という言葉の時に那珂は川内と神通に目配せをする。それを受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで新たなその要素に緊張し出した。

「ほ、報告? それって夕立ちゃんたちもやってるの?」と川内。

「うん。毎月ね。」

 軽快に答える夕立を見て神通は川内に続いて質問する。

「そ、その報告って具体的には?」

「報告はどんな形でもいいらしいですよ。僕は最初の頃はメールに書いて提督に送ってましたけど、最近はゆうたちと演習してそれを報告にしてます。」

 その質問には時雨が丁寧に答えた説明を聞くも、その内容のフリー具合に神通は戸惑いを隠せないでいる。神通の思いを知ってか知らずか川内も口にする。

「なんでもいいのか~。なーんかそういうのが一番困るんだよねぇ。RPGや戦略シミュレーションだって○○をどれだけこなせとか敵を倒せとかそういうノルマがあってクリアなのにさぁ~。」

「フフ。川内さんまたゲームに例えてる~。提督みたいです~。」

川内の物言いがツボに来たのかクスクスと笑いをこぼす五月雨。何気なく五月雨が触れたその言い方に那珂は一瞬ドキリとしたが至って平静を保ちその言い方に乗って川内にツッコむ。

「アハハ!川内ちゃんはどうも提督と趣味というか感性が似てるみたいだから、報告は自分の好きなものに絡めてやれば、わかってもらえるんじゃないかな?」

「え、じゃあ適当な感じで仕上げても提督に見逃してもらえr

「せ~んだいちゃ~ん?適当なのはダーメ!」

 川内が調子に乗って言うとすかさず那珂はそれを咎めた。この後輩なら本気でやりかねない。そう感じた那珂は素早くツッコんだ。一同はそのやり取りに失笑する。

 とはいえ他の皆も川内が感じたことの一部は思っていた。それを村雨が口にする。

「報告って言っても自由なのがポイントよねぇ~。学校の宿題みたいに決まってないから考えるの確かに大変よ。提督もあんまり突っ込んでくれないからホントにいいのか時々不安になっちゃうもの。」

 そんな村雨の言い分に那珂が食いついた。

「そう!そこなんだよ村雨ちゃん!そこにいるかわうちちゃんみたいに自由、じゃあ適当でいいやじゃなくて。自由、うーん弱ったなぁ~困るなぁ~何か課題があるといいなぁ~って感じてくれると提案のしがいがあるんだよぉ!」

「アハハ。那珂さんあたしの名前間違ってますよ~。」

「……今のは……皮肉だと、思います。」

 那珂の言い方に表面的な捉え方しかせずケラケラと笑う川内に対し、彼女の裾をクイッと引っ張って密やかにかつ的確に神通が突っ込んだ。那珂はそんな川内の制御を神通に任せて続ける。

 

「自由っていうなら、あたしたちが訓練やその後の報告の仕方を型にはめてもいいわけだ、うん。そーすればちゃんと自分の練度を計って把握してやればあたしたちのペースで効率よく強くなれるだろーし、なにより提督にあたしたちをもっと正確に理解してもらえるようになると思うの。」

「ホントなら秘書艦の私が考えないといけなかったんでしょうけど、ゴメンなさい。」

「ううん。五月雨ちゃんのせいじゃないよ。あたしも今まで危機感がなさすぎたし。誰のせいにしたいわけじゃないの。あえていえば提督を含めてあたしたち自身のせい。」

 悄気げる五月雨をフォローする那珂。その脇では時雨が五月雨の肩に手をおいて視線を向けて言葉なくフォローする。那珂の言葉に五月雨は顔を上げて眉を下げた笑いを浮かべる。

 

 

--

 

「ともかく、この夏休みに一度先生方を鎮守府に呼ぼう。あたしたちはすでに艦娘だし、先生方だっていずれはうちの艦娘になるんだし、今のうちにガッツリ巻き込んでおいて損はないわけなのですよ。」

「那珂さん。僕もその考えに賛成です。どうやらさみやますみちゃん、ゆうも同じ気持みたいですし。」

「うんうん。時雨ちゃんも賛同してくれるって信じてたよあたし!これで全員の賛同を得られたわけだ。よっし!」

 

 那珂が人目もはばからずにガッツポーズをしてはしゃいでいると、今まで(神通以外に対しては)沈黙を保っていた不知火が手を上げて発言の許可を求めてきた。

「うん?不知火ちゃん、なぁに?」首を傾げて尋ねる姿勢を取る那珂。

「うちの……桂子先生も、職業艦娘。」

 急に意外な事実を発言してきた不知火に那珂はハッとして驚きを表す。しかし川内と神通はそうでもない。珍しいことに川内も落ち着き放った反応を示す。

「あ~そっか。そういや不知火ちゃんのとこもやっと艦娘部作れたんだっけ。」

「そういえば……その桂子先生が顧問なんですか?」

 川内に続いて神通が尋ねる。それに不知火は頷いてやや眉間にしわを寄せて数秒の沈黙の後口を再び開いた。

 

「はい。この前、受けに行ったって。それで、隼鷹というのに。」

 言葉足らずなのは相変わらずだったが、那珂も神通もなんとなく彼女が言いたいことが理解できた気がした。神通はそれをよく把握し、那珂は知らなかった不知火の事情に驚きつつの理解である。

「へぇ~。不知火ちゃんの学校も艦娘部あったんだ。あたし知らなかったよ。」

「え、この前の懇親会の時にあたしや神通は聞きましたよ?」

「(コクリ)」

 川内のサラリとした言い方に那珂はあっけにとられる。まさか自分が知らずに後輩だけが知ってる事情があったとは。個人的には仲間はずれにされたようで面白くないが、今は個人的な感情をぶつけている時ではない。那珂はその川内の言い方に乗って言葉を返す。

「そっかぁ。あたしと五十鈴ちゃんはあの時離れてたからかぁ。」

「そ、そうねぇ。」と五十鈴も若干驚いていたようで慌てて相槌を打つ。

 

「で、えーと、その桂子先生がなんだっけ? そのじゅんよーってのは何?艦娘名?」

「はい。受かったそうです。」

「うーん、そのじゅんよーがなんなのかわかんない。川内ちゃん知ってる?」

「えーと、なんだっけなぁ……駆逐艦や巡洋艦や戦艦とかメジャーなやつなら分かるんだけどなぁ。多分それらじゃない違う艦種ですね。」

「まぁそのへんはあとで提督に聞いておこう。それじゃあその桂子先生にも来てもらったほうがいいかな。不知火ちゃん、その先生にも連絡してもらえる?」

「(コクリ)」

 

 頭を小さく縦に振った不知火を見た那珂は改めて全員に提案した。

 まずは各々の学校の顧問の先生に鎮守府に来てもらう。1日ないし数日に分けて自分たちの活動と訓練を見てもらい、艦娘の生の現場を知ってもらう。その上で今後の訓練や活動の仕方について自分たちの考えを説明し、教育のプロの立場からアドバイス・フォローアップをもらう。

 そして全員の得手不得手を把握してもらい、最終的には顧問の先生が鎮守府Aに着任したときに、自分たちを裏でまとめてくれる、あるいは出撃時のリーダーとして牽引してもらえるようにする。

 川内や神通、五月雨らは那珂の表向きの考えを最後まで聞いてそれぞれ感想を言い合い、己等に足りなかった要素を思い返し合う。誰もがこの先の訓練や活動で、自分たちを見てくれる大人が提督と明石、妙高だけなのが不安だったのだ。自分たちが普段の学校生活でもよく知っている人物が側にいてほしいと心の中で願っていた。

 だがあくまで見てもらえる、までの考えである。最終段階まで考えているのは那珂だけだ。そして那珂も全てを全員に明かそうとは考えていない。下地がある程度出来上がってからでも、顧問たちのいずれかが実際に着任できてからでも遅くはない。

 真意を明かすべきタイミングを頭の片隅で図る那珂だった。

 

 

--

 

 この日は川内たちは先に帰路についた。残ったのは那珂と秘書艦の五月雨の2人だけだ。皆が帰った後、那珂は五月雨とともに執務室に赴き提督に報告していた。

 

「なるほどね。那珂はそこまで考えていたんだ。正直オレはみんなの任務を国や企業等からもらうのに精一杯で君たち自身のことを見きれていなかったかもしれないな。申し訳ない、俺の力不足だ。」

「ううん。いいっていいって。提督だって普段のお仕事忙しいだろーし、気が回らないだろーなってあたし……たち心配だったの。だからこそ、提督が手が回り切らない部分はあたしたち自身で考えてやっていこうかなって。ね、五月雨ちゃん。」

「はい!私も秘書艦として、提督をもっと助けたいです!」

「……ありがとう二人とも。俺も仕事でこういう分業・チームで仕事することの大事さをわかってるつもりだったのにな。国の仕事では俺が頑張らないと、と思ってやってきたけど逆に視野が狭くなっていたよ。やはり那珂……いや、光主さんがうちに入ってくれて、色んな意味で助かったよ。」

「エヘヘ。なんか照れるなぁ~。」

「私もそう思います。那珂さんがいてくれなかったら今頃あたしパンクしてましたよぅ……。」

 横髪をクルクル弄りながら半分本気の照れを見せる那珂。五月雨が愚痴っぽく自身を卑下して言うと那珂はもう片方の手を彼女の頭にそうっと伸ばして軽く撫でて慰める。

 

 提督はそんな二人の雰囲気に胸の鼓動を早めて顔で感じる温度に熱いものを得るも、真面目に言葉を返す。

「俺だけだったらやりきれない。艦娘である君たちには戦い以外にも普段の運用をできれば助けてもらいたい。それは俺のためじゃなくて、ここでみんなが安心して助けあって世界を救う活動をしやすくする、みんなのためだ。俺も考えていることはあるにはあるが、順序立てて追々話すよ。とりあえず直近では明日の採用試験。それは俺や五月雨と五十鈴でやっておくから、那珂たちは顧問の先生方にアポイントを取っておいてくれ。うちにはいつ来てくれても構わない。」

「うんわかった。でも、提督の普段のお仕事は?本業も忙しいんでしょ?」

「来週からお盆休みだから上手いこと休めるし、その間はこっちに注力するつもりだよ。だから俺の都合は気にしないでいい。」

 

 提督の都合を確認した那珂は五月雨に視線を戻して言葉を掛けあう。

「それじゃあ五月雨ちゃん、明日の試験準備も大変だろーけど、そっちの顧問の先生への話もお願いね?」

「はい。お任せください!」

 返事を聞いた那珂は満足気にコクンと頷いた。

 

 

--

 

 那珂と五月雨がそろそろ帰り支度をしようと動き始めた時、提督が思い出したように那珂に向かって言い出した。

 

「那珂。そういえば川内のことなんだけどさ。」

 件の少女の名に触れられて両肩をビクッと跳ねさせて立ち止まる那珂。側にいる五月雨は那珂の表情が一瞬にして強張ったのに気づくがキョトンとした表情に留まる。

「な、なぁに、川内ちゃんが……どうかした?」

 出だしの声が一瞬上ずるもなんとか普段の軽さを演出して那珂は聞き返した。

「あぁ。五十鈴が報告した川内のこと。夕立もそうだけどさ、あの二人のこと君は本当に知らなかったのかい?」

「へ? ……あぁ~!そのこと?あのこと!アハハハ~。」

 声の調子を180度転換させて素っ頓狂なまでの明るさを取り戻してしどろもどろに返事をする那珂。そんな彼女の様子に提督も五月雨も頭に?を浮かべるのみだ。

「あの川内ちゃん……と夕立ちゃんの視力のことだよね?」

「あぁ、それそれ。」

「あ~!私もそれびっくりしました。ゆうちゃんまでまさかすっごく視力良くなるなんて……友人の私たちも気づかなかったですよぉ~!」

 提督の相槌に続いて五月雨が素直な感想を口にする。

 

「五十鈴は、君が川内の視力のことも知っててそれで旗艦に据えようとしたのかって勘ぐってたぞ。俺も気になってたんだ。もしそうだったら那珂はどんだけ先見の明があるんだよってつっこみたかったわ。」

 提督のわざとらしくも珍しいツッコミ風の愚痴に那珂は両手を目の前で振って否定する。

「いやいやさすがにあたしだって知らなかったよ。川内ちゃんを旗艦にしようとしたのは、教育のためでもあるし……提督のためでも……」

「え?」

「あ! ううん!なんでもない。とにかく、いや~でも川内ちゃんすごいよねぇ。夜でも深海棲艦がちゃんと見えるなんてさ。同じ川内型のあたしや神通ちゃんはそんな視力なかったのにさ。どーしてなのさ提督?」

 慌てふためきながら両手を組んで頭を悩ませる仕草をする那珂。そして逆に聞き返した。

「いや……俺もハッキリとは言えないがね。同じ型っていっても、艤装には元になった軍艦やそれに関わった人々のありとあらゆる情報がインプットされている。それによって装着者に及ぶ影響も変わるんだ。だから軍艦に倣った同艦型と言っても、実際には元になった情報が全く異なるそれぞれが独立した機械なんだよ。だから川内や夕立は、元になった軽巡川内と駆逐艦夕立が夜間の戦闘でなんらかの戦歴があったことが、艦娘としては視力のアップとして影響が出たんだと思うぞ。」

「そっか。川内ちゃんはともかく、夕立ちゃんのその能力に気づかなかったのは……?」

「わかった!ゆうちゃんは夜の出撃をしたことがないから気づかなかっただけですよ!」

 那珂が顎に手を当てて考えこむ仕草をし始めると、提督の代わりに五月雨が両手を目の前でパンと叩いて明るい声で自身の想定を言った。

「そ、そんな簡単なことぉ?」

「だって、今まで夜戦したことあったのって、私たちの間ではますみちゃんと私だけでしたし、きっとそうですよ! でもいいなぁ~ゆうちゃん。私もそういうパワーアップして皆の役に立ちたかったですよぅ……。」

 友人の新たな面の発見が嬉しかったのか、口を大きく開いて半月形にして笑顔で言う五月雨。その後の口をやや尖らせての友人への羨ましがり方に那珂も提督も苦笑というよりも見ていて微笑ましくて自然と笑顔が漏れた。

 那珂は五月雨に萌えてはいたが、さりげなく真意を突くそのセリフに同意を示す。提督にいたっては同意しつつ、早速ネーミングを考える。

「そーだね。あたしも川内ちゃんみたいな暗視能力があればよかったなぁ~って思うよ。でもこれでまた一つ、うちの鎮守府の艦娘の特徴が明らかになったわけだ、うん。」

「お、その言い振りだと那珂には何か考えがあるのかな?」

 提督が含んだ笑みを浮かべて尋ねる。それに対して那珂もわざとらしく含み笑いで返した。

「まぁね。それは追々ってことで。」

「ほう、上司の俺にも内緒ってことはさぞかし大それた事を考えてるのかねぇこの子は?」

「アハハ!まーてきとーに期待しておいてよ。」

 引き止められていたので那珂と五月雨は帰り支度を再開し、ともに揃ったところで提督に挨拶をして執務室を後にした。

 

 

--

 

 帰り道、那美恵と皐月に戻った二人はバスに揺られながら会話をしていた。

 

「ねぇさつきちゃん。」

「はい?」

「さつきちゃんにはさ、あたしの生徒会としての経験だけじゃなくて、これから加わるかもしれない先生方からもっといろんなことを学んでほしいんだ。それこそ普通に中学生してたら学べないようなことも。」

「うー、色々していただけるのは嬉しいんですけど、私そんなにキャパないですよぅ。」

「ううん。そんなことない。さつきちゃんは落ち着いて物事に取り組めばあたしなんかめじゃないくらい活躍できるって信じてるの。」

 那美恵に全力の期待をかけられて皐月は苦笑を浮かべた。しかし那美恵はそんな皐月の様子を気にせず続ける。

「いきなり色々やってほしいとは思わないから、まずは川内ちゃんと夕立ちゃん、二人の特殊な能力を覚えてそれを今後の出撃任務に活かしてくれればいいなってだけ。」

「……え?そ、それってどんな意味が?」

「今回の二人の発見はあたし的にはすっごくタイミングいいなって思うの。あたしたち一人ひとりがなんらかの特徴をもって、それを活かして活躍できるようにする。誰が何を得意不得意とするか把握できれば、提督を助けてあげるっていうことに繋がるし、あたしたち自身がお互いを的確に補って強くなれるんだよ。さつきちゃんには、あたしたちのことをもっと覚えてもらってあたしたちを使いこなしてほしいの。秘書艦として、つまり提督の右腕としてね。」

「はぁ。なんとなくわかってきました。けど……責任じゅーだいでへこたれそうです。」

「ゴメンゴメン。そんなに考えこまなくていいの! とりあえず明日の採用試験が無事終わったら、先生方が来る日までにみんなでもう一回おもいっきり演習試合しよ?」

「あ、演習するんでしたら、はい。私も張り切って取り組みます!」

 

 皐月の表情が曇ったのに気づく那美恵。暗い顔や難しい表情が似合わない皐月をそういう表情にさせてしまったことに那美恵は表面的な感覚でまずいと感じて軌道修正を試みる。

 焦っていた那美恵は、

((眉間にしわ寄せた表情なんて君には似合わない、君の優しい笑顔をおくれよ))

とキザ男よろしく心の中で言葉を投げかけ、表向きは優しい年上のお姉さんを演じるのだった。

 

 皐月と途中の駅で別れて残りの帰路、那美恵は自身の考えとともに、この土日の反省をした。

((はぁ。提督へといいさつきちゃんへといい、あたしはやっぱ相手の思いを捉えるの、苦手なのかなぁ……。みっちゃんのお叱りが欲しいなぁ~))

 艦娘のことではすでに関わりが薄くなっていた親友のことをふと思い出し、心にポッカリと穴が空いた感じがして物寂しさを持ったまま帰宅することとなった。


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