同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 艦娘達による艦娘達のための艦娘教育。整理された指針でもって判定された練度や順位に一同は一喜一憂する。皆で作り上げる鎮守府構想を抱く提督に那珂達は賛同する。


鎮守府Aの艦娘教育

 川内たちが時々長良型の訓練を覗いていた日々と同じくして、那珂たちは自身の訓練を一通り実践し終え、チェック表が完成間近になっていた。その日、全てのチェックシートを手にして少女たちの考えをレビューしていたのは提督だけではなく、三人の教師もだった。

 艦娘たちが発表し、提督と教師たちが真剣な面持ちで資料を見て話し合っているその場所は、以前のような待機室ではなく1階の一番大きな会議室だ。部屋の奥に設置されたホワイトボードの両脇には神通と時雨が立っている。那珂は神通側の二歩隣りで二人を見ている。

 ホワイトボードの前の長机は口の形に並んでおり、神通側の長机には川内と阿賀奈、そして五十鈴たち長良型の三人が、時雨側の長机には五月雨を始めとして白露型と理沙、そして不知火と桂子が椅子に座している。

 提督と妙高、そして明石はホワイトボードからは真向かいにあたる長机を使っていた。明石はビデオカメラを使って打ち合わせを撮影している。

 

「……という感じになりました。これをうちの鎮守府の艦娘の能力のチェックシートとしたいと考えています。」

 時雨の説明が一段落した。時雨はホワイトボードの対岸にいる神通に目配せをして続きの説明を暗に願い出る。神通はそれを受けて、学年的には上なのだからと本人的には強く意気込みそして口を開いた。

 

「い、今挙げました訓練の項目とチェックシートで、私たちは一通り実践して、その効果を確かめました。先生方には何回か協力していただきまして、私達はより客観的に、誰にでも判定しやすい評価基準を得たと実感しています。え……と、これをご覧ください。」

 そう言って神通は手元にあるタブレットを操作し、ホワイトボードと通信して目的の画面をホワイトボードに映しだした。

 そこには4分割されて小さな表が映しだされていた。そのうちの一つを神通はスワイプして選択し、拡大操作する。するとホワイトボード上の表も拡大した。

 一番遠くにいた提督と妙高そして明石はやや身を乗り出してその表を食い入る様に見る。

 

「これは砲撃の総合評価です。那珂さんと五十鈴さんが同点でトップ、時雨さんが次点、その次に妙高さんと不知火さんと並んでいます。この順位と得点を算出したのは、皆さんのお手元にあります、砲撃のチェックシートです。次に雷撃です。トップが那珂さん、夕立さん、その次が川内さん、五十鈴さんと並んでいます。回避・防御は五十鈴さん、那珂さん、不知火さん、村雨さんの順です。その次に……」

 神通はそれぞれの訓練の順位の上位者を丁寧に読み上げていく。そこで言及された川内や夕立はそのたびにワイワイとはしゃいで喜び、言及されなければ見違えるように無口になる。他のメンツも度合いは低いが少なからず喜怒哀楽の喜と哀を出しては引っ込めて会議室の空気の寒暖を変化させ、少女達らしい雰囲気の打ち合わせを作り出す。

 

 そして一通り訓練の分類とそれぞれの現状の上位順位の発表が終わった。那珂としてはいちいち事細かに挙げないでもと思っていたが、それも神通なりのやり方かと暖かく見守ることにして、彼女のするがままにさせた。

 神通と時雨による解説と発表が一段落すると、三人の教師がそれぞれ口を開いて意見を発し始めた。

「詳しい説明ありがとーね、神先さん。みんなの順位がわかって先生すっごく助かるわぁ。うんうん、この鎮守府の中ではやっぱり光主さんがトップなのねぇ。内田さんは全体的に惜しい感じ、神先さんはなんだか特定の事に長けてるって感じね。三人の特徴がよく見られるようになって先生すっごく嬉しい!」

 阿賀奈はチェックシートを見ながら自校の生徒の評価を述べていく。挙げながら那珂たち一人ひとりの顔を見て笑顔を差し向ける。三人は胸の奥をムズムズさせられて恥ずかしさを得るも会釈をして阿賀奈の言葉を受け入れた。

 その後、五月雨たちに対しては理沙が、不知火に対しては桂子が評価を述べる。教師たちは自校の生徒たちを以前の公開訓練、最初のチェックシートを用いた訓練の時よりも的確に評価できるようになったことに、生徒たちの成長を垣間見て充実感を得ていた。

 

 三人の教師のそれぞれの評価が言い終わると、締めとして提督が口を開いた。

「うん、なるほど。先生方も評価しやすくなったようだし、俺としても国のチェックシートと大分照らし合わせやすくなった。正直に言うと、こういう資料を君たちみたいな学生がちゃんと作れるのか、不安だったんだ。でも君たちはやってのけた。これなら今後は君たち自身に艦娘の訓練の運用を任せてもいいかなって思えるよ。俺としても助かる。」

「エヘヘ~。ありがと~ね~。まぁあたしたちにかかればらくしょ~ですよ楽勝。」

 那珂が冗談交じりに大げさに言うが、やや照れを隠しきれずにそのまま表情に表した。次に隣りで先輩のセリフと空気を感じ取っていた神通がそして時雨も素直に照れ不安も交えて言った。

「任せて……いただけるのは嬉しいですけど恥ずかしいです。本当に私のやり方が、みんなの訓練のためになったのか、未だに不安ですけど……。」

「僕もです。今回那珂さんからちゃんとした役任せてもらえて嬉しかったけど、みんなの事を考えて何か組み立てるって難しいのがよくわかったもの。」

「二人ともご苦労様。君らの不安もわかる。でも実際こうして結果として表れたんだし、自信を持っていいんだぞ。二人の力があったからこそ那珂もみんなを指導できたんだろうし、これからも力を合わせて頑張ってくれ。」

「「はい。」」

「他のみんなもだ。今回は那珂たち三人に指導する役回りを任せたけれど、これから人が増えればそれだけ全体的な見直しも必要になる。その時々には今回の那珂たちと同じようなことや全く新しい役を他の人に任せることもある。なるべく人員……っと。らしい言い方なら艦隊運用と言ったところかな。全体的な艦隊運用を考えて、全員がモチベーションを保てる職場づくりをしたいと考えている。そのためには君たちの力を貸してほしい。どうか、よろしくお願いします。」

 

 提督は深くお辞儀をして艦娘たちそして三人の教師に頭を下げた。全員の視線が提督に集まり、そしてそれぞれが彼に言葉を優しく差し向ける。

「提督ってば真面目~。ま~でも、他人事じゃないしね。あたしたちの職場だもの。あたしたちが決めていいなら願ったり叶ったりだよ。提督が望む鎮守府作り、あたしたちに是非手伝わせてよ。ね、みんな?」

 那珂が四方に視線を向けると、川内を始めとして阿賀奈や五十鈴ら、五月雨や不知火ら駆逐艦勢と教師たちも頷いて同意を示した。

 

 提督は自身の力が足りないことを重々承知していた。それを今更ごまかすつもりはなく、正直に目の前の艦娘たちに正直に打ち明けた。

 提督の少々の至らなさを誰よりもわかっていた那珂も責めるつもりはなく、逆にそんな馬鹿正直な提督の力を補えることこそが至上の喜びと言える感情を抱いていたので、提督の正直な言葉は那珂の胸の奥までビシビシと突き刺さって感情を揺り動かす。

 

((この馬鹿みたいにまっすぐな男性(ひと)を、一番に支えてあげたい。))

 

 ただ一つだけ、影を落として那珂はまっすぐ視線を提督に向けた。自分勝手に思うだけではいけないと努めているため、それを忘れないためだ。

 提督は頭を上げた後、なんとなしに那珂に目を最初に向ける。視線が絡み合う。那珂の思いなぞわかっていない提督は、真面目くさった表情からようやく綻ばせて苦味を一割ほど伴った微笑みを湛えた。

 その傍から見れば単に情けないおっさんの笑い顔とも取られかねない、その熱い胸間の表情に、密かにグッと来ていたのは那珂だけではないが、那珂はそれには気づかなかった。

 

 

--

 

 全員参加の打ち合わせの後、那珂・神通・時雨・五月雨そして明石が会議室に残された。提督はこの5人に今後の予定を伝えた。

「チェックシートと訓練の内容の件はありがとう。これで対外的に知られても恥ずかしくない水準のものが出来たと思っている。あとはこの訓練や教育方針をどれだけ遂行できるかにかかっている。那珂は二人と一緒に引き続き訓練の指導役に努めてもらいたい。いいね?」

「はーい。」

「「はい。わかりました。」」

 那珂の軽い返事に続いて真面目な質の声が二つ提督に向かっていった。

「それからうちの会社にシステム開発を発注するので、五月雨と明石さんにはその折衝、つまりうちの鎮守府の顔としてうちの会社の営業や開発メンバーとの交渉役に当たってもらいたい。いいかな?」

「はい、頑張ります!」

「了解しました。ところで提督はどちらの立場で臨むのですか?」

 明石の質問に提督は数秒の沈黙のあと答えた。

「鎮守府の管理者として。つまり対策局側としてだよ。前に自社に戻って上司に今回の事を相談したらさ、客側の立場に専念して接しろ、会社側としてはかかわるなって叱られてしまったよ。」

「アハハ。提督も大変だねぇ~。平社員?」

 茶化しの魂が疼いた那珂が軽口を叩いて同情と質問を湧き上がらせる。

「うるせー。一応サブリーダーっていう役職だよ。……まぁ似た経験は、客先に出ていれば一応できるけど、完全に客の立場として、しかも最高責任者の立場になって、自社の人間に向かって立つことになるレベルのものは普通に仕事してたってそうそうあるもんじゃないからな。良い経験になるわ……はぁ。」

 提督は那珂に応対しつつも、本気で大きな溜息をつく。艦娘たちはそれぞれ心配を口にし、提督を励ますのだった。

 

 

「まぁということで、後日うちの会社から営業担当と開発担当のSEが来る。その前にうちとしては例のイベントに参加するから、ちょっとみんな作業とか忙しくなるだろうけど、よろしく頼むよ。」

「「はい。」」全員返事をする。

「特に五月雨は訓練にも参加してもらいつつの日々の秘書艦業務もやりつつのシステム開発プロジェクトのうちの顔としても振る舞ってもらうから、もし辛かったら妙高さんにいくつかは作業振ってもいいからな?」

「はい。ご迷惑おかけしますけど、私なんとか頑張ってみます。」

「うん、落ち着いてな。無理はしないで。」

 提督は念入りに五月雨に気をかける。その様は年の離れた妹か娘への接し方に見て取れた。那珂はそんな五月雨に対してすぐさま自分なりのフォローをした。

「そーだよ五月雨ちゃん。難しそうなのはあたしに任せてくれてもいいよぉ~。あたしはまだまだキャパよゆーだから。」

「アハハ……はい、ありがとうございます。」

 五月雨は以前那珂が秘書艦の仕事や役割に就く気はないという意思表示をしていたのを知っていたため、今この時の心変わりにも感じられる掛け声に苦笑いしか返せなかった。もちろん、那珂もその自分の方針は忘れてはいなかったが、五月雨のことは本気で心配だったために少し譲歩したのだった。

 とはいえ互いにあまり深く考えずに捉えた。五月雨は素直に頼りたく、那珂は素直に五月雨を可愛がりたかったからだ。

 提督は二人の気の掛け合いを見て素直に受け入れた。

「それじゃあ那珂は余裕があったら、後日五月雨と明石さんと一緒にうちの会社の人間との打ち合わせに顔を出してくれ。最初はただの顔合わせみたいなもんだから構えず気楽でいいぞ。」

「はーい。」

 

 その後システム開発の話の余談やそれ以外の今後のスケジュールを話し合い、打ち合わせは終いになった。

 那珂は後日、夏休みも終了間近になった日に提督の会社の人間と顔合わせをすることになる。

 

 自分の役割と提督からの期待、そして広がる鎮守府の運用。那珂はいずれにも自分が影響を与えられているかもと自分の境遇に少々酔いしれていた。

 想いの面では提督の気持ちを尊重したい。そのため恋愛感情はなるべく持たないように言い聞かせる。未だ気づいていないと思われる後輩を応援するのだ。

 だから自分が提督を想うのは、純粋に彼の(国の)仕事の役に立ちたい、一番に影響を与えられる存在でありたいと願う純粋な労の面だ。そうでなければ、純粋に仕事の面で期待をかけてくれていると思われる提督に申し訳が立たないからだ。

 

 那珂の想いはまっすぐに突き進んでいるように思えたが、実際は左右にフラフラヨタヨタとおぼつかない歩みでもって進んでいた。

 それは想い人から答えを得られないがゆえの靄が原因だったが、那珂・提督の両者ともそれを明確に解決するタイミングを逃していた。




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=67763644
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。

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