同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 提督が神奈川第一鎮守府との合同の任務の話を持ちかけてきた。合宿と言い張る提督に若干呆れつつも、久々の他鎮守府との合同任務に那珂達は快く賛同する。しかし様々な思惑を秘めるため、出発の日までには一悶着も二悶着もある。


合同任務再び

 夏休み終了まであと1週間と数日と迫ったある日、那珂たちは、館山にある海上自衛隊の航空基地の正門の前に集まっていた。

 

 

--

 

 ことの始まりは遡ること数日前、長良と名取の着任が済んだ翌日のことだった。

 待機室に現れた提督の話を聞いて那珂たちは声を揃えて聞き返した。

 

「合宿??」

 

「あぁ。と言っても合宿も兼ねてって意味だけどね。」

「ええと……いきなりなんで、どーして?」

 代表して那珂が提督に聞き返した。それに提督が自慢気に答える。

「このところ目の前の海での練習が続いているだろう。同じ景色で行う毎日でそろそろ退屈してるんじゃないかと心配してね。俺から君たちへの暑気払いや気分転換になるプレゼントということで。」

「おー合宿ですか!いいですねぇ~本格的に部活動みたいで。あたしそーいうの憧れてたんですよぉ!」

「あたしもあたしも!行きたいっぽい!」

 

 真っ先に乗り気な反応を示したのはもはやおなじみの二人だった。

 対照的な態度を示したのは神通や時雨、そして那珂だ。再び那珂が先に尋ねる。

「いや~、日常の訓練っていったら、それが当たり前だと思うんだけど、なんでまたこのタイミングで?ていうか夏休みも半分切ってるんだけど。」

「そうですよ。長良さんと名取さんが着任なさったばかりですし。僕らの通常の訓練もやっと軌道に乗ってきたばかりでしばらく続けたいところです。」

「(コクコク)」

 時雨の意見に神通が頷いて同意する。通常の訓練の指導役が板についていた二人の、反論というには大した勢いがない意見に提督は一切動じずに切り返す。

「だからさ。そのチェック表のレビューの成果を見るチャンスだろ?」

 そう言う提督の言に那珂たちは互いに顔を見合わせてザワザワと言葉を交わし合う。

「まぁいいけど。ところでさっき合宿も兼ねてって言ってたような気がするけど、他になにか目的あるの?」

「あぁ。実は館山の海自の航空基地から任務の依頼があってね。任務込みってことなんだ。」

「えぇ~? っていうかそっちのほうがメインじゃん!なんで合宿とか言っちゃってるのさぁ!?」

 

 那珂が仰天して言うと、提督は特に悪びれた様子もなく後頭部をポリポリ掻きながら弁解し、そして説明し始めた。

「ゴメンゴメン。言葉が足らなかったよ。依頼任務という形ではあるけれど、訓練ができるのは本当だぞ。というも隣の鎮守府、つまり神奈川第一鎮守府の村瀬提督の取り計らいで、館山航空基地付近の哨戒任務に協力することになったんだ。もともとあちらの鎮守府が館山航空基地からの依頼を受けたものなんだ。この時期は艦娘たちを預けて第21航空群、つまり館山航空基地に勤める隊員のことなんだが、その隊員さんたちと一緒に訓練をしているそうなんだ。なおかつそれと合わせてここ数年の恒例行事として、海自と艦娘の共催で観艦式などイベントごとも合わせて催している。ヘリコプターフェスティバルが終わった次の月で、海自としても館山市としても共催の新たなイベントとして力を入れている。深海棲艦の出現で荒んでいる市民への鼓舞と海自に慣れ親しんでもらうためのイベントとしてね。哨戒任務はそんな行事を安全に進めるための、いわゆるコンサート会場の警備とかそういうのと似たようなものだ。」

 そう提督が説明し終わると艦娘たちは様々な反応を見せる。

「へぇ~そんなのあったんだ。てか館山って行ったことないよ。」

「あたしもあたしも~。」

「(コクリ)」

「うー私も行ったことありません。」

 那珂・川内・神通が自身の境遇を交えて返すと、五月雨もそれに続き、時雨たちも相槌を打った。

 

「そうだろう。だから行きたいだろ? 小旅行もできて、そこで隣の鎮守府の艦娘の皆さんと交流を深めて、海自の隊員さんたちの哨戒任務に協力できる。君たちの練度も上がるし対外的な交流を深められて一石二鳥だ。実はね、今回のイベントが大成功に終わったら、今後はうちと館山航空基地で個別に共催してもいいって言われてるんだ。だから今回の話は、俺としては全員で一丸となって取り組みたい。うちの鎮守府と君たち自身をうんとアピールしてくるんだ。」

 提督の説明には次第に熱がこもっていき、鼻息荒くなっていた。なに興奮してんだこのおっさんは……と向かいにいる艦娘たちは思ったが、気持ちはわからないでもないという心境は全員一致していた。

 

「まぁいいんでないですかねぇ~。提督がそこまで言うなら、参加してあげてもいいよ。」

「……命令じゃなくてどうですかってオススメなんだが、なんかその言い方はムカつくな……。」

「那珂の言い方にいちいち気にしたらダメよ提督。」

 五十鈴がそうフォローすると提督はため息混じりに言葉なく頷く。そんな二人の掛け合いを見て那珂はエヘヘと笑顔というよりもニヤケ顔を保っていた。

 

 那珂と五十鈴の反応はさておいて次に賛同を示したのは川内だ。賛成ついでに神通にも同意を求める。

「はいはい。あたしは全面的に賛成です。今すぐにでもそれ参加したいよ。神通もそうでしょ?」

「うえぇ!? ……えと、あの……訓練の一過程ということであれば。でもよその鎮守府と一緒に、つまり合同というのが……私、気になります。」

「そうだね。ある意味この前の緊急出撃のときよりも本格的な合同任務・訓練と思っていい。」

 提督の回答を聞いた途端神通は悄気げて表情に暗雲を立ち込めさせる。他の艦娘たちも提督の言葉の後に様々な反応を示し直す。賛成派は川内・夕立・村雨・長良で、中立が五月雨・不知火・五十鈴、そしてほとんど反対のような空気が神通と時雨・名取だった。そんな少女たちをまとめたのは妙高の一言だった。

 

「川内さんも神通さんもよその鎮守府の艦娘と一緒というのは気になるでしょうけど、環境や立場、考えの違いも踏まえて苦楽をともにすることはいいものですよ? 任務にせよ訓練にせよ。ただ、その……観艦式というのはよくわからないですが。」

「観艦式というのは、海軍によく見られるパレードです。日本でも150年前の旧帝国海軍以後も海自が護衛艦でやったりしてるそうです。その艦娘版と捉えていいですね。」

 苦笑いを浮かべながら提督は説明をした。妙高は穏やかな笑顔でなるほどと頬に手を当てながら反応を示した。

 

「それじゃあその合宿兼すごいイベントに参加するのはいいとして、うちら全員で?」

 那珂は皆が疑問に思っていたことを尋ねる。

「俺としてはそれがいいかなって思ってるんだけど、いかんせん実は別件で数人には残ってもらいたいのよ。これは後日ちゃんと話すけど。」

「それって五十鈴ちゃんたちのこと?」

「あ~~、ええといいや。違う。」

 自身の予想が外れて那珂は首を傾げる。提督が要領を得ない言葉を濁した反応しか返さないため、那珂は何か別の問題があるのだなと察した。

 

「もちろん五十鈴たちにも参加してもらいたいが、長良と名取の二人の基本訓練が始まるからギリギリまで二人の進捗を見てから決めたい。五十鈴、管理全て任せるけどいいかな?」

「えぇ、了解よ。任せて。ただ一ついいかしら? 二人の訓練の進捗が当日までに満足できるものじゃなかったら、二人も含めて、私は合宿に参加するつもりはないから。もし二人が参加したいって言っても私がさせないから、提督もそのつもりで構えていて?」

 五十鈴の厳たる考えによるビシっとした発言に提督は圧倒された。見た目通りの真面目さと迫力は那珂や川内よりも五十鈴のほうがまだまだ提督にとってある意味で脅威、またある意味で期待できる存在だ。

 提督は真面目な微笑みで返事をした。

 

「みんなもちろんプライベートの都合もあるだろうから、都合をつけてできれば参加してくれ。ただ宿の手配の関係上、○日までに俺か五月雨まで返事をくれ。いいね?」

「え~!?自衛隊の基地内に泊まったりできないの?」

 提督の説明に食らいついてきたのは川内だ。彼女の噛み付きに提督はぶっきらぼうに答える。

「そんなもんできるわけねぇだろ。俺達は訓練やイベントの協力者であって来賓じゃないんだから。それにお金はぜひ地元館山の宿泊施設に落としてくださいっていうお偉いさんからのお願いもあるんだよ。」

 

 提督の説明の端々に立場上の辛いやり取りを垣間見た気がした那珂は苦笑いを表情に浮かべる。那珂に合わせて神通もため息を吐いて、隣にいた那珂にだけ聞こえるような小声で誰へともなしにツッコむのだった。

「管理職って……大変なんですね。」

 神通の小声だが鋭いツッコミに那珂は思わず失笑するしかなかった。

 

--

 

「そうだ!合宿って名目なら、黒崎先生にも参加してもらったほうがいいよね?」と五月雨。

「そうね~。先生いてくれたほうが安心できそう。なんたって自衛隊の基地行くんですし~。」

「え~~~、先生呼ぶのおぉ!? あたしたちだけで自由にやったほうが絶対いいっぽい~!」

 村雨の言い分に不満げに愚痴る夕立。同じやりとりかつ同じ反応を示したのは川内だった。

 

「まさかうちらもあがっちゃんを呼んだりしないですよねぇ……?」

「ん? 呼んでほしーの?だったら呼ぼう。あたしとしても先生いてくれたほうが助かるんだよねぇ~。ね、神通ちゃん?」

「……はぁ。」

 那珂の提案に返事する神通。しかしそれは空返事だった。正直なところ、神通にとって先生を呼ぶか否かはどうでもよかった。それよりも気になること・気にすべきことがあったからだ。

「……神通ちゃん?どしたの?」

「え?あ、なんでもないです!まだお話が突然過ぎて頭の中で整理できていないだけです。」

「そーお? まぁ話聞いたばっかでちょっと心の準備がひつよーなのはあたしもなんだよね~。」

 

 艦娘たちの色々な反応を見ていた提督は話を進めるために一言で制した。

「そうだね。神通のいうことももっともだ。先生方には俺の方から連絡しておくから、君たちもご家族と話して予定を上手く都合しておいてくれ。」

「「「はい!」」」

 

 

--

 

 提督から合宿兼イベントの話があってから数日後、訓練の運用の打合せが終わった翌日、那珂は提督から呼び出され、五月雨・妙高とともに隣の鎮守府の村瀬提督とのテレビ電話に参加していた。

 

「初日は顔合わせと合同訓練、それから翌日の観艦式の準備。翌日は観艦式と哨戒任務です。我が局はこれだけの人数で臨みますが、そちらは何人参加ですかな?」

「ええと、こちらはこの人数で参加させて頂く予定です。」

 

 西脇提督が挙げたのは次のメンツだった。

 

那珂

川内

時雨

夕立

村雨

(不知火)

(五月雨)

(神通)

妙高

 

 計9人だが、そのうち五月雨と不知火は別件の用事が済んだ後、神通は名取の訓練サポートが終わった後での参加ということで遅れての参加と提督は考えていた。

 

「おや?それですと任務とイベントと訓練、人数足りないのでは? 参加させる艦娘を分けないつもりですかな?」

「え?」

 西脇提督は村瀬提督からの問いかけを受けて焦りを感じた。西脇提督の反応を気にせず村瀬提督は続ける。

「うちは哨戒任務に10人、観艦式に12人、訓練には別の10人を参加させる予定です。ちょうど艦娘になって間もない者たちがいるのでね、記念の意味を込めて自衛隊の訓練を体験させてあげるつもりなのですよ。」

「なるほど。ですがうちにはそこまで分けられるほどの人員がいないので……。それにうちにも艦娘に成り立ての者がいるのですが、訓練の監督をしている艦娘が進捗の関係上、新米の二人を参加させないと申してきまして。そのためうちとしては今回の日程には残りの9人で臨む予定です。」

「そうか。それでは合同訓練にはそちらは全員参加にしていただくとして、哨戒任務と観艦式はうちの艦娘の枠を2人分ほど空けておくので、合わせて4人参加していただくという形でいかがですかな? 訓練と任務、さすがに両方は体力的にも精神的にも辛いでしょう。そちらの参加する艦娘の年齢は?」

「ええと。下は14歳、上はさ……17歳です。当日は顔合わせをした後私は鎮守府に戻りますので、局長職の代理としてうちの妙高に全権委任するつもりです。こちらの女性がそうです。」

「ただ今ご紹介に預かりました、私、重巡洋艦妙高担当、黒崎妙子と申します。村瀬提督、よろしくお願い致します。」

「どうも。よろしく。」

「彼女はええと私と同世代なので、そのまぁ、よろしく頼みます。」

「あ~、はいはい。そうですな。」

 西脇提督も村瀬提督も、さすがに見た目にはっきり年代がわかる妙高こと妙子の年齢までは暗黙の了解で聞かないし言わなかった。

 ただ、同世代と口にした時の妙高の威圧感が一瞬すさまじいものになったことに提督は背中に威圧感を覚えたので、努めて平静を装った。

 

「それで、空けていただける枠にはどう艦娘を配置したらよいですか?」

「十分に動ける者であれば問いませんよ。」

「了解です。のちほどこちらの担当の一覧をお送りします。」

「一度西脇君には、事前の打ち合わせに参加していただこう。後日一緒に館山に行きましょう。」

「はい。了解しました。」

 

 その後提督同士の会話と艦娘たちの雑談は数十分続き、電話は切断された。

 

 

--

 

「さて、何やら無理を言って参加枠を開けてもらった気がするが、とにかくチャンスだ。誰を参加させるかだが……。」

 提督がそう言いながら那珂たち三人を見渡す。次の口を開いたのは那珂だ。

 

「入り込めるのは観艦式に二人、哨戒任務に二人だよね。うーん、どっちに参加しようかなぁ~?」

「お前は決まってるのかよ!?」

 提督にしては珍しいクリティカルなツッコミに那珂は満面の笑みでわざとらしい驚愕の様を示した。

「うえぇえ!?違うのぉ~?」

「ったく。まぁいいけどさ。観艦式って聞いた時から那珂、君に参加してもらいたいって思ってたんだ。」

 そう言って那珂をまっすぐ見る提督。

「え~。マジであたしでいいの? なんか催促したようでわっるいなぁ~~!」

 那珂は大げさに頭を掻いたり体を悶えさせて言葉を返す。那珂の言い方に五月雨と妙高は苦笑いするのみだった。

「アハハ……。那珂さんってば~おもしろいです。」

「フフッ。」

 

 掴みはOKと捉えた那珂は提督に話を促して次に気になることを尋ねた。

「ところで後一人は?」

「そうだなぁ。誰がいいかな?」

「ねぇねぇ提督。あたしの希望言っていい?」

 那珂の確認に提督はもちろん五月雨と妙高も?を浮かべて視線を向ける。那珂は一瞬の溜めの後、その視線を五月雨に向ける。

「ンフフ~~。最初に“さ”が付いて、最後が“れ”で終わる娘~~。」

「……さて、どなたかしら?」と妙高はわざとらしく尋ねる。

 

 

「ねぇ五月雨ちゃん、一緒に観艦式に参加しよ?」

 五月雨は那珂がしたよりも遥かに長い溜めの後、素っ頓狂な声を上げた。その表情には眉を下げて困惑が浮かんでいる。

「えぇ~~!わ、私ですか!? な、なんで?」

「そりゃうちの秘書艦様だからですよ。」

「い、今は妙高さんが秘書艦なんですけど……。」

「うちの最初の艦娘で秘書艦としても長い五月雨ちゃんだからこそだよ。うちの鎮守府としても今後の対外活動が効果的になるかもしれないイベントだから、ここはうちの鎮守府のある意味顔である五月雨ちゃんが公的な場に顔を出して、売り込んで行くべきだと思うの。」

「うーでも、目立つ場所ってちょっと苦手です。そんなところで、ドジしちゃったら、提督にも皆さんにも申し訳ないですよぅ……。」

 そう言って悄気げて完全に塞ぎこんでしまう五月雨。提督はそんな五月雨に視線を向けてハッキリと心配をかけ、そして那珂に向いて言った。

「俺としてはうちの顔という意見には賛成だが、ここで無理に観艦式に参加させてもなぁ。あまり目立つ場所は五月雨には重荷な気もするが……。」

「そんな心配性にならないでよ。あたしがちゃんとサポートするからさ。ね、お義父さん、娘さんをあたしにください!」

「誰がお義父さんやねん!それに娘じゃねぇよ。」

 那珂がノリノリで演技して茶化すと、提督はわざとらしい関西弁を交えてやはりノリノリでツッコミかえす。二人の掛け合いに外野となる五月雨と妙高は苦笑いを浮かべて見合っていた。

 

「五月雨はどうだい?やってみる気はあるかい?」

「……那珂さんが一緒にいてくれるのなら……、はい。」

 やや前のめりになり、視線の高さを合わせて優しく提督が尋ねると、五月雨はモジモジしながら口を開いて意思表示をした。

「そうか。まぁ那珂が面倒見てくれるなら安心しよう。それじゃあ観艦式には那珂と五月雨の二人で参加ってことで決定だな。」

「やった!お義父さんの了解を得られた!これで五月雨ちゃんはあたしの嫁!」

 那珂のおふざけに付き合うのに疲れた提督は面倒くさそうに軽くツッコむだけにして締めた。

 

「現場での立ち回りは那珂に任せる。練習とリハーサルもあるだろうし、基本的には隣の鎮守府の旗艦さんに従えばいいはずだ。頼むぞ。」

「うん。任せて。」

 那珂は自信満々の返事を提督に返した。

 

 

--

 

「それじゃあ次に哨戒任務のことなんだが......。」

 提督は哨戒任務への参加者を決める話題に切り替え、その担当をチェックシートによる艦娘の成績表の評価で決めようと視線を手元の資料に移し、指を紙の上で動かし始めた。しかし那珂がー声かけて注意を引き、制止させた。

「ちょっと待って提督。哨戒任務に参加させる人、あたしに考えがあるの。」

 提督はチェックシートの一覧のうえで動かしていた指を止め那珂に視線を向けて尋ねた。那珂は提督と視線を絡めた後続けた。

「哨戒任務には川内ちゃんと神通ちゃんの二人をお願いしたいの。」

「あの二人を?」

「そう。緊急の任務ではなし崩し的な初出撃になっちゃったから、今度こそ普通に出撃・任務をさせてあげたいの。」

 提督はやや俯いて思案する仕草を取り、那珂の言葉を噛みしめるようにゆっくりと返した。

「なるほどね。あの二人に任せたい、ね。あの二人の能力的には問題ないと踏んでのことなのかな? それだけ聞きたい。」

「うん。大丈夫って思う。川内ちゃんは社交性あって……まぁ趣味は偏ってるけど誰とでもすぐに仲良くなれそうだし体力もあってバッチリ、神通ちゃんは注意力があって哨戒とかそういうことうまくやれそうだから。ふたりが普通の任務に参加できることで、今後のレベルアップに繋がれるよう期待してるの。」

「川内なら確かに隣の鎮守府の人たちともやれそうだとは思うけど、神通は性格的にちょっと厳しいんじゃないか? それなら川内と経験者の駆逐艦の誰かを組ませた方がよくないか?」

 提督の疑問に那珂は頭を振って答える。

「ううん、初任務にしたいっていうのもあるんだけど、あの二人は二人で組んでこそ力を発揮できるって思うんだ。あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、それを期待してるから、他の誰でもなく、二人で一組、二人揃ってやらせたいの。」

「……わかった。そこまで気にかけてるなら俺からは何も言わない。那珂に任せるけど、二人の意見もちゃんと聞いてくれよ。ここで考え過ぎて一人で盛り上がっても仕方ないだろ。」

「うん、それはわかってる。もし二人がやらないって言ったなら、その時はおとなしく諦めて提督のお考えを伺うよ。」

「五月雨も妙高さんもいいかな。那珂に任せてしまって?」

「はい! 私は全然問題無いです。」

「えぇ。私としても那珂さんのお考えということなら異存はありません。」

 五月雨と妙高という秘書艦経験者二人から認められた那珂は小さくガッツポーズをして得意げな笑みを浮かべて相槌を打った。

 

 

--

 

 その日の夕方、那珂は艦娘全員を待機室に集めて話をし始めた。

「……というわけなの。どうかな?」

 那珂が言葉をひとしきり出し終えると、すぐさま川内が反応を示す。

「あたしと神通で? マジでいいんですか!?」

「……実質、これが私たちの初任務ということなのでしょうけれど、でも……他の皆さんを差し置いて私たち二人でよいのしょうか。それに私は名取さんたちの訓練に……」

 そう言いながら神通が視線をそうっと向けたのは五十鈴と名取たちだった。五十鈴は神通の視線を受けて手を挙げて話を引き取って口を開いた。

「そうね。神通には名取の訓練に付き合ってもらってるわよね。でも神通がどうしてもっていうなら、私としても早めに解放するか今度の日にはこっちのことは気にしないでそっちに参加させてあげるつもりだけど、どう?」

 

 五十鈴がそう言って視線を神通に向けると、神通はうつむいた後ぼそっと答え始めた。

「わ、私……参加したいですけど……五十鈴さんとの約束があります。名取さんを、きちんと支えてあげたい。わ、わがままかもしれませんけど、私は合宿や任務よりも先約を優先させたいです。」

「ちょっと待ってよ。あなた、せっかくのまっとうな任務なのよ?私や名取との約束なんて、優先度的には任務にはるかに劣るわ。それに良い機会じゃないの。那珂が配慮してくれたんだから……。」

 そう言いかけた五十鈴の言葉に神通は口をしっかり横一文字に閉じて頭を横に振り、言葉なく返事をした。

 五十鈴と那珂は“はぁ……”とため息をつく。

 

 

「意外と頑固ね。でもそうすると那珂、あなたはいいの?」

「うーん。うーん。まさか神通ちゃんが断るとは思ってなかったから、考えがちょっとすぐに浮かばないよぉ~。那珂ちゃん困っちゃう。」

「も、申し訳ございません。に、任務が嫌とかそういうわけではないんです。那珂さんのおっしゃることもお気持ちも……」

「あぁ!いいのいいの!神通ちゃんの気持ちがもっとも大事だから。あたしのさっきの話はあくまでもあたしの考えであって単なる希望だから、うん。神通ちゃんのしたいようにしてくれて全然構わないんだよ?」

 那珂が必死に笑顔を作って明るく対処するも、神通の悄気た態度は変わらない。しかし目力は頑として自分の意見を曲げないという意志がにじみ出ている。それゆえ那珂も戸惑っていた。

 那珂が珍しい様子を出していたので、五十鈴は助け舟を出した。

「神通の意思を尊重するということでいいわね。それじゃあ代わりを立てましょう。」

「代わり……つまり代役ってこと?」

 五十鈴は那珂の確認にコクリと頷く。

 

「そっか。五十鈴ちゃんの言うことももっともだねぇ。神通ちゃんへのラブコールはあたし、諦めました! 気持ちを切り替えて代役、さてどーしよう? 誰か、神通ちゃんのピンチヒッターとして川内ちゃんと一緒に哨戒任務やってもいいって人いない?」

 那珂の問いかけに艦娘たちはザワザワと騒ぎ始める。その中で川内は相方が任務参加を拒否した事に少なからずショックを受け、表情を曇らせている。

 その中、率先してその空気を切り裂く一声をあげた者がいた。

「はいはい!あたしやりたいっぽい!!」

 新人の長良・名取以外のその場にいた全員が瞬時に予想出来たとおり、真っ先に名乗り出たのは夕立だった。それを制止したのも予想通り時雨で、今回の時雨のツッコミは普段より強めだった。

「ゆうはまた……。人見知り激しいの忘れたの? 僕もますみちゃんもさみも、君を参加させるのは心配だから反対。ゆうだって川内さん以外に知り合いがいない中で出撃なんて嫌だろ?」

「うーー。でもあたしやりたいんだもん! ねぇねぇ川内さん!いいでしょ~、あたし連れてってよぉー!」

 

 夕立から甘える気満点の猫撫で声による懇願を耳にした川内は口の端を緩ませながらも表情は凛々しく保とうとする。結果笑っているのだか起こっているのだかよくわからない薄らにやけた表情が生まれてしまっていたが、誰も気にしないでおいてあげた。

 妙な顔を整えつつ視線を送ってきた川内に対し、那珂は彼女を横目に見て、あっさりとした言い方で突き放した。

「誰を神通ちゃんの代役に立てたいかは、川内ちゃんに任せるよ~。」

 頼れる当てが外れた川内は仕方なしに那珂から視線を目の前に戻し、目を瞑って数秒小さく唸った後、ゆっくり口を開いて宣言ばりに声を張って言った。

「よし。時雨ちゃんお願い!」

「だからゆうはまずいですって……え?」

「だから、時雨ちゃん。お願い。」

「ぼ、僕です……か!?」

 

 時雨はまさか自分が選ばれるとは夢にも思っていなかったのか、普段通りの静やかさではあるが明らかに戸惑った。そして彼女が発する、彼女自身を包む周囲の空気がピリっと緊張したものに変わる。その緊張感は隣で目を見開いて口をパクパクさせている夕立に依るものでもある。

 そして川内はそんな時雨の聞き返しに答え始めた。

「うん。あたしさ、白露型の娘たちの中ではさ、なんだかんだで時雨ちゃんとだけほっとんど喋ったことないしよくわからないんだよね。だから時雨ちゃんとも仲良くなりたいから、一緒に任務したい。ね、時雨ちゃん、頼むよ?」

 キリッとした目つきで熱い視線を伴って川内が投げかけてくる言葉は、直線的であるがために、時雨の心は揺さぶられた。心に響かないわけがない。

 時雨と同時に別の意味で心に響いたのは夕立だ。時雨がドギマギして赤くなっていると、一方の夕立は表情に不服さをモロに浮かべて顔を真っ赤にし、涙目になっていた。

「うーー川内さんのいじわる!!なんでなんで!? あたしと川内さんなら絶対強いっぽい! 夜だって深海棲艦見えるのあたしたちだけなのにぃ!!」

 暴風雨のように癇癪を起こし始める夕立を見て川内は慌てて説得しにかかる。

「ゴ、ゴメンごめん。別に夕立ちゃんが嫌とかいじわるしたいわけじゃないんだ。夕立ちゃんとは一度一緒に出撃してるじゃん。だから、今回は時雨ちゃんなだけでぇ~……。」

「うーーーー。」

 川内の説得はいまいち響かないのか、夕立の不満は口から唸り声とともに表わされる。

 

 この夕立を不機嫌なまま話を進めると後で中学生組が面倒だと察した那珂は一つ提案をした。

「そだ! 夕立ちゃんにも加わってもらお!」

「え!?」

 川内は目を口を開いて驚きを示した。時雨もおおよそ同じ驚き方をし、夕立はその一言に驚きよりも湧き上がる喜びを隠さずに示す。

 さすがに困惑していた川内が那珂に言い返した。

「で、でも参加できるのは二人までなんでしょ? 今から隣の鎮守府の提督を説得するつもりなんですか?」

「うん。説得というよりも提案かな。うーんっとね。本来の哨戒任務は悪いけど人選は戻してもらってそのままということで。あたしに名案があるの。これはうちに川内ちゃんと夕立ちゃんがいるからこそやれるかもしれないこと。」

 言及された川内と夕立は全く意味がわからんと要領を得ない表情を浮かべて顔を見合わせる。時雨ら他の艦娘は呆けている。

 そんな一同の様子を気にせず那珂は皆を近寄らせて明かした。

 

「あたしたちだけで哨戒任務をやらせてもらうんだよ。……夜にね。」

「夜!?」

 那珂以外の艦娘は一斉に聞き返した。

「い、いいのかな……大人に内緒で勝手にそういうこと決めちゃって。」

「いいっぽい?だってあたしと川内さんが夜に役に立てるのは本当だし。」

 その案に素直に喜ぶが、川内には困惑を消せない気がかりさもあった。そんな川内に非常に楽観的に言い放つ夕立に、川内は弱々しく反応する。

「あ、あぁうん。それは嬉しいんだけどね。」

「川内ちゃんは普段強気なのに変なところで心配性なんだねぇ~。」

 那珂が茶化し混じりに気にかけると、川内はやや語気を強めて言い返した。

「し、失礼な! あたしだって慎重になるところありますよ。」

 川内が気にしていたのは、那珂が示した案を本当に西脇提督と隣の鎮守府の提督が許可してくれるのか、権力的な安心が得られるのかだった。川内の気にする面を察した那珂は言った。

「もちろんあたしたちだけで勝手にするわけじゃないよ。ちゃんと提督たちを説得して話をつけるから。まぁあたしに任せてよ。」

 

 那珂の提案とフォローを受けて困惑を幾分解消させるが、それでも全てが全て心配を消せない一同。

 意気揚々と執務室に向かう那珂の後ろには、五月雨・妙高と川内・夕立が付いていくことになった。

 

 

--

 

 執務室で那珂は哨戒任務に参加するメンバーたる川内と神通の了解を得たことをまず伝え、そして追加の提案を口にした。

 それを聞いて提督はやや俯いて考える仕草をすると、顔を上げて言った。

「なるほど。神通がね……。あの子は結構意志強いところがあるんだな。わかった。それから、そういえば川内たち二人は夜でも深海棲艦が見えるんだっけか。」

「うん。だからそれを交渉のカードにしよっかなって思ってるの。」

 那珂のセリフに提督は合点がいったという表情をする。

「二人のその能力はうちの強力な交渉条件になりそうだな。あ~、那珂がさっきのテレビ電話の時に気づいてくれていればなぁ、もっとスムーズだったんだけどな。」

「ゴメンね。あたしもついさっき思いついたことだからさ。でも提督がノッてくれてうれしーよ。」

「愚痴っていても始まらないな。よし、早速村瀬提督に交渉してみよう。」

 そう言って提督は電話をかけ、事情を村瀬提督に伝えた。

 提督が電話を準備する最中、那珂は川内に向かって無言でウィンクをした。その表情が「ね、なんとかなったでしょ?」と言わんとする意味を、さすがの川内でも感じ取ることができた。

 

 村瀬提督はその提案に最初は怪訝な顔をするが、思うところがあったのか西脇提督の言にやや渋った表情を氷解させて快く承諾した。なお、川内と夕立の特殊能力に関しては以前の緊急任務で夕立と一緒にいた自分の鎮守府の球磨が証言に加わったことで信頼を強めた。

 那珂の提案は晴れて鎮守府Aの意見として承諾してもらえた。

 

「……それじゃあ話は決まったな。改めて説明しよう。観艦式当日の日中の哨戒任務は隣の鎮守府が担当、で、前日夜の哨戒任務は我々主体ですることになった。さあ、那珂と川内は参加するメンバーを決めておいてくれ。」

 提督の合図で二人は顔を見合わせて頷きあい、安心してメンバー決めをすることにした。

 ただ、夜の哨戒任務に携わるのは鎮守府Aの面々だけではない。今回の任務とイベントは隣の鎮守府としての合同のため、監視役として隣の鎮守府より一人だけ艦隊にメンバーが派遣されることになり、結果として鎮守府Aから出撃する艦娘は5人となった。

 川内・夕立・時雨・村雨、そして不知火。五月雨と不知火は一日目の夕方頃までには館山入り出来る予定であるが、直前の仕事の作業量を踏まえて、負荷が少なく収まりそうな不知火が選ばれた。

 

 

--

 

 その日の夜、提督から艦娘ら全員の携帯電話にメールで通知が届いた。当日の各自のスケジュールと役割分担の一覧、そして宿泊する宿、その他連絡事項が記載されたメールだ。

 律儀な提督ならではの適切に改行が施された事務感満点、見やすさ満点の文面だ。それを見て那珂を始めとして艦娘らはいよいよ他鎮守府との合同イベント(提督からの名目上は合宿)への意気込みを様々な感情とともに胸に抱く。

 

 しばらくすると、那珂は再び提督からメールを受信した。宛先は光主那美恵とあり、他には誰も入っていない。CCにすらない、完全に那珂一人宛のメールだった。

 

「ん? なんだろー?何か忘れたことあるのかな~あのおっさんめぇ~。」

 虚空に向かって今ここにいない人物に対する軽口を叩きながら文章を開くと、那珂は読み進めるうちに心臓が思い切りドクンと跳ねるような感覚に陥った。

 

「今回の合宿兼任務、隣の鎮守府に混ざっての参加ですが、主役はあなたです。私としてはあなたに賭けています。哨戒任務も大事、訓練も大事ですが、観艦式が一番大事です。メインイベントですので一番目立ちます。目論見としては那珂、あなたがうまく目立ってくれることです。そうすれば結果的にうちの鎮守府の印象も高まる。そしてなによりあなたは自分の夢に近づけるんです。今まで後輩の教育に力を使ってきた分、そろそろ自分のために動いて、顔を売っておくのもよいかと思います。俺は、君の夢を忘れていないよ。それだけは理解して欲しいです。今まで君に色々任せっきりでゴメンな。」

 

「え……?」

 

 那珂は提督から不意に触れられた自身の根源たる要素に戸惑いを隠せず呆けた。開いた口が塞がらない。

 

 そうだ。何というものを忘れていたのか。

 子供の頃から夢見てきた。大好きだった祖母の生きた道。大事だったはずなのに。

 忙しくて、艦娘自体のことに注力しすぎてて最近忘れていた。

 

 忙しさにかまけて自分の夢を忘れるなんて、我ながらその本気度が疑わしい。本気で艦娘であることとアイドルを目指すなら、今度の様々な諸団体が共催するイベントは確かにチャンスだ。自分が忘れていたことを、この西脇栄馬という人はちゃんと覚えていて考えていてくれたのだ。

 諦めて、この人の想い人との関係を応援する・支援すると誓ったはずなのに、いちいち心が揺さぶられる。

 嬉しい苦しさ。

 夢を叶えたい。それと同時にこの男性に自分を見てもらいたい。それが単なる注目なのか、もっと真なる想いを込めてのものなのか、答えを出すのが怖い。

 ハッキリしない自分を奮い立たせる。

 今はただ、目の前の目的を完遂すべく、意識を反らしておきたい。

 目下の考えるべき事が一段落していた那珂は、夢への長期的な道はひとまず置いといて、短期的な道の歩き方に注力することにした。

 

 そして数日後、当日から行ける艦娘たちは朝早く鎮守府Aに集まった。


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