同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 その場に向かった川内が、友のために激情した神通が、五十鈴が、そして那珂が結末をそれぞれの目線で見た。東京湾の一角にて人型の異形の怪物との戦いの末に少女達が見たものとは。


四人の見た結末

 戦闘海域に近づいた時、川内はすでに神通・五十鈴両名と合流を果たした夕立を目の当たりにした。ただ、なぜかまっすぐ自身らの方に向かってくる。暗闇で明確に確認できないが、雰囲気からして恐怖かなにかで引きつっているのが感じられた。

「せーんだーーいさーーーん!助けてーー!後ろのーー深海棲艦ーー怖いっぽいーーー!」

 

 夕立を先頭にして、神通と五十鈴が並列で続いている。そして三人の後ろには、複数の光る目が迫っているのが視界に飛び込んできた。川内は目を一度閉じてカッと見開いてみる。緑黒の反応が4つ。確信を得た。あいつらだ。

 なんとかして3人を助けたい。思い切った行動が必要だ。

 こういう時、那珂さんならどんなことをするだろう?

 自身の考えと行動指針は基本的にはゲームや漫画・アニメ由来のものだ。対して那珂は、そのたぐいの趣味は凡人レベルと言っていたから、彼女の行動指針にそれらは影響を与えない・ありえない。そのため川内は那珂の考えが想像つかなかった。

 

 だったら好きにやってみるか。

 

 川内は従兄弟たちと見ていて好きだった特撮ヒーローをふと思い出した。男の子によく混ざってヒーローごっこした、懐かしい思い出。

 今ならごっこじゃなくて本物になれる気がする。そのためには川内の艤装ともっとフィットしないといけない。己の力量を理解しないといけない。那珂の以前の言葉が思考の波のはざまから見え隠れする。逃れられない存在、目指すべき理想の存在。

 

 川内は前方めがけて思い切り叫んだ。

「神通ーー!みんなーーー!今すぐ左右に分かれるかしゃがんでーー!!」

「えっ!?」

 忠告はした。あとは信じるしかない。細かい調整や注意なんて自分にはできない。

 川内は進みながら前のめり気味にしゃがみ、前に出していた右足を曲げて思い切り溜める。主機による浮力と推進力の反発のために膝がプルプルと震えるが我慢する。

 目の前の3人が急に左右に分かれた。それと同時に3人を追っていた頭目が明らかになった。

 

 あの時の人型に似てるが違う。しかしムカつく度合いは同じだ。あたしの大切な同僚を、親友を追い回して怖い目にあわせやがって。許さん。

「……ぃだあああああぁ~~~~キーーーーーック!!!」

 

【挿絵表示】

 

 川内は右足で海面を思い切り蹴り、身体が宙に浮かぶと同時に身をよじり左足を前方に伸ばして飛び蹴りの姿勢で低空を矢のように鋭く飛んだ。スカートが思い切り翻って下着が丸見えだったが、誰も気にするものはいなかった。

 

ヒュウウウウゥン……

ドグシャアァ!!!

 

 

 足にグシャリと何かを思い切り踏み千切ったような強烈な感覚と衝撃を得た。衝撃の反動で身体があらぬ方向へと回転し、衣服や顔にドロっとした液体が付着する。

 確かな手応え。

 川内は自分のキックが命中した相手を飛び越え、その後ろにいる残りの深海棲艦の列に着水した。勢い余りすぎてそのうちの一匹に体当たりする形でようやく止まった。

 

バッッシャアアアァァーーーン!!

 

「う……いっつぅ~。あたしどうなったんだ? ん? うおぉぉああ!?」

 川内が姿勢を直して海上に立つと、左右には深海棲艦がいた。なおかつ足元にはもう一匹。慌てて飛び退いて後ずさりすると、後ろから悲痛な叫び声が響いた。

「川内さん、真後ろです!!」

それは、神通の一言だった。

 手応えがあった。そのはずなのに、親友の一言で猛烈な恐怖を誘う影を背後に感じた。

 しかしそれを恐れ続ける気持ちは川内にはなかった。いたって冷静に、右腕を素早く背後に差し伸ばし、引き金を引いた。装着している4基の全砲門はまっすぐ手の甲とその先に向いている。

 

ズドドゥ!!ドドゥ!ドドゥ!

バァン!

 

 背後で炸裂した砲撃によって髪や頬を爆風が撫でる。敵がものすごく近くにいた証拠だ。

 命中したのを感じ取ると川内はその身を捻って強引に左に飛び退いた。そして背後へ振り向くと、そこには右腕の前腕がなくなり、代わりに左腕前腕と思われる異様な物体で自身を狙おうとしている人型の深海棲艦が立っていた。

 ゆらりとその人型が左腕をあげる。するとのこりの3匹の深海棲艦はチャプンと海中に潜った。

「え、何!?」

 川内のその疑問に人型が答えるはずもなく、代わりに獰猛な雄叫びを挙げた。

「グゴアアアアアアアアア!!」

「くっ!?」

 その声は不快な轟音と言ったほうが正しく、耳にした瞬間心臓を押しつぶされそうになるほど身体が震える。川内がそう感じたことは、神通らもすでに感じていたことで彼女らもまた、川内と同様に耳を塞いでしゃがみこんで必死に耐えようとしている。

 

 その場にいた川内たち4人が耳を塞いで耐えていると、海中に消えた3匹がその姿を現した。それは、川内の真下からだった。

 

ザバァアアア

ドンッ!

 

「うあっ!!」

 

ビュル!ビュルル!

 

 

 真下からの体当たりに続き、別の個体による何かの放出。液体状の物が川内のバリアを突き抜け、魚雷発射管や制服に付着する。その直後、魚雷発射管はシューという異音を立てるやいなや爆発を起こした。

 

ボガンッ!!

「がっ!!」

 

 腰にとりつけていたために間近で受けた爆発に、川内は腰回りの制服がビリビリに破け、素肌に熱と痛みを同時に感じてのけぞる。

 海中から姿を出した3匹が、再び何かを発射してきた。海面に着水して水柱を発生させるものもあれば、再び川内近くまで襲ってくるのもある。

 川内は敵の次弾をよろけ倒れ込むように辛くもかわし、態勢を立て直すべく敵と反対方向に進む。

「神通ー! だ、大丈夫!?」

「せ、川内さんこそ……大丈夫ですか!?」

「ちょっと待って今そっち行く。」

 五十鈴と神通に心配される川内が速力を上げて進もうとすると、人型が再び動きを見せる。

 人型はしゃがみこむと突然ダッシュし、川内に向けてそのごつい前腕を突き出してきた。

 

「ガアアアアアア!!」

 

 しかし川内はサラリとかわす。

「はっ!なんなのその遅いパンチは。てか深海棲艦もパンチなんてするんだ~。艦娘になって素早さも動体視力もパワーアップしてるのよ。……なめんなよ!」

 かわしてから少し距離を詰めた川内は、人型に向かって近距離で右腕の4基全門の主砲を一気に発射した。

 

ドゥ!ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 盾にできる右腕前腕がないために、人型は川内の砲撃をモロに受ける。エネルギー弾は、黒々とテカリを持つ、しかしところどころ人間の肌に近い表面にビシビシズバズバと当たり、部分部分を焦がし穴を開ける。人型はグルルと唸り声じみた悲鳴をあげる。

「うりゃうりゃ! おーい、神通に五十鈴さんに夕立ちゃん! 攻撃するも逃げるも今だよ!後からきっと那珂さんたちが来てるはずだから、ここはあたしに任せてもらってもy

 

ズドッ

 

「ぐほっ……」

 川内は砲撃しながら意識と視線を少し離れた位置にいる神通たちによそ見をしたため、刹那気づかなかった。人型の左腕前腕が自身の胸~下腹部に迫っていたことを。

 一瞬のよそ見が命取りになった瞬間だった。

 ボディーブローどころの話ではなく、身体の前面の広範囲に強い衝撃を食らった川内は鈍い声を発した後、ボールが投げられるかのようにポーンと後ろに弾き飛ばされる。

 

ザバアァァン……

川内の意識は完全に途切れた。

 

 

--

 

「!!!」

「川内!?」

「川内さぁん!!?」

 神通たちが月明かりに照らされながら目の当たりにしたのは、人型からボディーブローばりの一撃を食らい弾き飛び、力なく海中に沈もうとする川内の姿だった。

 

カチン

 

 それを目にした神通は、何かが外れる感覚を覚えた。初めての感覚。これまでの人生で、感じたことのない水準の感情のうねり。

 五十鈴を支えていた腕を彼女から離し、一歩、また一歩と一人で前進した。そして振り向かずに言った。

「夕立さん、五十鈴さんをお願いします。」

 静かな口調にもかかわらず、溢れ出て止まらない激しい怒りを纏った神通の要請に、頼まれた夕立はどもり間抜けな返事しかできない。

「えっ、ぽ、っぽい!?」

「神通!?どうするの?」

 五十鈴がややヒステリック気味な声で問う。すると神通は強い語気で言い放った。

「川内さんを、助けるんです!! わ、私がやらないと、いけないんです!!」

 五十鈴は初めて見る神通の気迫と意志の強さの表れに息を飲んだ。夕立も同様だ。五十鈴が自身の側で肩を掴んで支えている夕立にチラリと視線を向けると、口を半開きにして目を軽く見開いていた。

 制止などできるはずがなく、五十鈴はただただ神通の後ろ姿を見送るしかなかった。自身の大破状態が悔しい。

「ねぇ夕立。もうすぐ那珂たち、本当に来るのね?」

「え? ええと、うーん。多分。あたし最初にせっこー?というので離れたからその後のことはわかんない。」

 

 すぐに来て欲しい。

 五十鈴は那珂を待ち望んだ。こんな状況では、自身のプライドを優先させるべきではない。素直に那珂に頼りたかった。

 

((那珂、早く来て。あなたの後輩二人が……。二人を助けて!))

 

 

--

 

「や、やあああああああーーーーー!!」

 左腕を伸ばして前進した神通は、恐怖を跳ね飛ばすべく、掛け声を上げた。実際は蚊の鳴くような声によるものだったが、本人的には十分すぎる効果だ。

 

ドゥ!ドゥ!

 

 神通は左腕の2基の主砲パーツから、砲撃を行った。移動しながらの神通の砲撃は人型の側を素通りして誰もいない海面に着水した。小さな水柱と波しぶきが起きるだけだ。

 命中はしなかったが気を引くのには成功した。人型は、脛付近を残してほとんど海中に没している川内ではなく、砲撃してきた神通に鋭い視線を向ける。神通は一瞬目を目をしっかりと合わせてしまった。

 とても人間のものとは思えぬ目の鋭さ。というよりそもそも人間としてはありえぬ目の形をしている。やはり人に似ただけの完全に別の生き物なのだろう。

 艤装の効果は多分切れている。それは最初に会敵したときに思い知った。吐き気と頭痛がしてくる気がする。正直1秒でも見ていたくない。あの時は思わず恥ずかしい叫びをしてしまった気がするが覚えていない。

 しかし、今はそんなネガティブな感情よりも怒りが勝っていた。睨みで深海棲艦が殺せるなら殺してやりたい。神通はおどろおどろしく禍々しい目をした人型に負けじと睨み続ける。

 やがて完全に敵意の向け先を変えたのか、人型は神通に向かって唸り声を上げた。

 

グゴアアアアアアアアア!!

 

 心臓がキュンと縮こまる。もし溜まっていたら粗相をしてしまいそうだ。下半身に力を入れ必死に耐える。そして再び左腕を目の高さにまで上げ、砲身に視線を添えて人型に向ける。

 今度は外さない。

 化物であろうがなんだろうが、致命傷に陥るのはきっと頭だろう。神通は自分でも驚くほど自然に、ヘッドショットをするという思考に至っていた。目の前にいるのは、化物だけれど人に似た個体。しかし、そこにいるのは人に似ていながら、人の理性などかけらも無い、人を襲う・船を襲う・町を襲う・人類の生活を脅かす許しがたい害獣だ。

 神通にとって、これからの狙撃にはその捉え方の順序が大事だった。

 狙いすましながら神通はなぜか懺悔するように告白した。

「ママ、ゴメンなさい。幸は神通として、人生で初めて人に似た生き物を撃ちます。でもこれは私が願って入った世界だから。大切なお友達を……守るためだから!」

 

【挿絵表示】

 

 

 激しい波しぶきを巻き上げながら向かってくる人型。神通は静かに人型の眉間近くに狙いを定める。ズレてもズレても何度も照準を直す。己が動かないならば、どこを狙って撃とうがまったく問題ない。相手が動こうとも問題ない。その自信があった。

 

 後方から最も頼りたい聞き覚えのある声を聞き、そして左の遠くの方から艤装の点灯を見た気がする。しかしトリガースイッチを押す行為に全く影響はない。

 人型が自身の目前3mに迫った時、神通はトリガースイッチにあてがった親指を強く押し込んだ。

 出力サイズ小さく、しかしエネルギーを凝縮した弾が甲高い音とともに発射される。残り全ての弾薬エネルギーを込めんばかりの一撃を。

 その時、神通の同調率は初めて90%を超えた。

 

ドゥ!

ドッ……グモッ……パーーーン!!!

 

 まばゆいエネルギー弾の拡散とともに、目の前で何かが爆散した。

 勢いを殺せずもたれかかってきた人型の深海棲艦の巨体のため、神通は体当たりを食らった形になり後ろに吹っ飛ばされた。

「きゃっ!」

 その巨体に押し倒される形になった神通は勢いを利用して軽く身を捩ってどうにか巨体の倒れ込むコースから逃れる。月明かりに照らされて海面にバッシャーンと激しい波しぶきを立てて全身を浸す人型の姿があった。しかしその身体、首から先には、人(型)としてあるべきものがない。

 倒したことを脳がうっすらと認識して冷静さを取り戻す。そして気色悪い感覚があった顔や制服の胸元を手で拭って確認すると、ベットリと血がついていた。僅かな光でそれは黒っぽく粘着性の液体としてしか確認できなかったが、匂いと不快感で把握するのに十分だった。

 理解した瞬間、神通は勝利を実感する間もなく、足腰の力が抜け気を失った。完全に意識がシャットダウンする直前、もっとも聞き覚えがあり頼りにしたかった声が耳に辛うじて届いた。そのため神通は安心して気を失った。

 

 そして頭のない人型の深海棲艦だった物体は神通に駆け寄る艦娘たちの騒ぎの中、静かに左腕前腕に引っ張られるように沈んでいった。

 


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