ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

1 / 71
賢者の石
第1話 逆さ磔の後継


 かつて魔法界を震撼させた闇の帝王が滅んで久しく、今や闇の魔法使いは時代の影に潜り魔法界は平和で安穏とした時代へと突入していた、とある一つの家を除いて。

 魔法界に存在する呪われし一族。日本において大正と呼ばれた時代において、渡英したとある日本人の血が混じったその一族は、この平和な時代において全てを呪い尽くそうとしていた。

 

 呪われたリラータの血族。生まれつき短命を宿命づけられ全てを呪った一族。逆さの磔の系譜。かつて名門であった名残は一切ない。そこにあるのはただの病魔だけだ。

 現在の当主はサルビアと言った。奇しくも、それは生き残った男の子と同じ年の少女であるという――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 魔法界某所。もはや、そこは廃墟といっても良かった。村であった形跡はもはやなく、かろうじて残っている建物ですら廃墟となんらかわらない。

 その一つがリラータの所有する屋敷であり、最後の財産でもあった。その屋敷の中もまた酷い有様だ。手入れなどされておらずぼろぼろであり、外の方がまだ過ごしやすいとすら思えるほど。

 

 その中でも比較的綺麗で人の手が入っている部屋がある。書斎。寝室。そう取れるような部屋。飾り気は一切ない。年頃の娘が住んでいるにしてはあまりにも不毛。

 それも仕方ないことではあった。この屋敷と同じく、主人もまた末期的状態であったからだ。

 

「ごはぁっ!」

 

 部屋の中にいた、少女であろう何かが血反吐を吐いた。ただそれだけのことで、肋骨がへし折れ、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さる。それでまた血を吐けば、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さる。

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返し。数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきった。腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしている。

 

 そんな状態にありながら少女は声一つあげない。声が出せないわけではないだろう。顎が折れているからでも、歯がないからでもない。そんなものなくとも叫び声くらいはあげられる。

 彼女は叫びをあげられないのではない。あげないのだ。頭が倍以上に膨れ上がり、眼球が飛び出て頭蓋骨がめきめきと音を立てていたとしても。脳がどろどろに溶けて、そのうち穴と言う穴から出てくるのではにかと思うほどに沸騰していたとしても。

 

 彼女は叫び声を上げることはない。もはや何も感じないのだ。全てにおいて破滅している少女にとっては、この程度など日常の一幕にすぎないのだ。

 なにせ、呼吸と言う生物が必ず行う行為すら少女にとっては破滅的な滅びを内包している。今更、骨が折れて内臓に骨が突き刺さろうとももはや感じない。

 

 それでも状態は深刻だ。息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出す。

 心臓は止まっているのかと思えば、突如として異常な速度で鼓動を続けては止まり、また動き出すのを繰り返す。その圧に耐え切れない血管がはじけ飛び身体を内部から圧迫して限界を迎えた風船のように破裂させる。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、子宮、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところなどありはしない。

 まるで、全て取り出してから猛毒に浸して味付けしたよと言わんばかりの状態にして、体内を切り開き所定の場所ではなく、滅茶苦茶な場所に戻したかのようにただそこにあるだけで身体を蝕んでいく。

 

 免疫系はその仕事を放棄したのか数万を超す病原菌の侵入を赦しあまつさえ、悪事を黙認するどころか幇助すらしている。体の主人に対して自滅してしまえと言わんばかりに免疫は容易く主人の細胞を破壊し、病原菌、ウイルスはありとあらゆる疾病を合併させる。

 もはや、自分の身体すら自分の味方ではなく、全てが凄まじい痛みを発している。それでいて同じ痛みなど一種類もありはしない。ありとあらゆる責め苦が少女を襲っている。

 

 目の粗いおろし金でもみじおろしにされているかのような痛み。酸に浸され全身を溶かされているような痛み。牙で噛まれ獣に生きたまま食われているかのような痛み。

 火であぶられているような、氷づけにされているかのような痛み。あるいは無痛であることの精神的な痛みすらもそこにはありとあらゆる痛みがあった。痛みの万国博覧会だ。

 

 眼は濁り切り光を受容せず、削ぎ落ちたかのような耳はなにも伝えず、鼻は変形して匂いを感じるどころではない。肌も全てが腐り落ち爛れ膿み何も感じないどころか皮膚自体がない場所すらある。

 髪の毛などとっくの昔にない。わずかに美しかったのだろうとわかる毛のようなものが残っているだけに過ぎない。もっとも美しかった時など生まれたから片時もなかったが。

 

 全身の皮をはぎ取りたくなるような痒み。掻き毟れば爪が割れる、指の骨が折れる。皮膚が裂ける肉が抉られていく。ぼろぼろにぼろぼろに、ぼろぼろに。死へと転がり落ちていく。

 身をよじるだけで体重がかかった箇所の骨がありえない方向に爆ぜ折れて、筋肉をぐちゃぐちゃのミンチにして皮膚に穴をあけて外へと排出する。

 

 眼孔から、鼻孔から、耳穴から、膣から肛門から毛穴。ありとあらゆる穴と言う穴から人間の内容物を溶かして混合した液体が腐乱臭を放ちながらぼとり、ぼとりと零れ落ちていく。

 常人であれば発狂しそうなほどの痛みと苦痛。人間としても女としても終わっている。もはやなぜ生きているのかすらわからないような最悪の状態。

 

 だが、そんな中でも彼女の意識は鮮明であった。この程度などいつものことと言わんばかりに明鏡止水の如く澄み渡っている。

 この程度いつものことだ。痛みなど無視する。もとより感じないほどにありとあらゆる痛みが競合しているのだ。いつものこととして処理をした。

 

 それよりも今日は、出かけなければならない。そのために必要なことがある。

 

「はあ……、はぁ」

 

 倒れ伏した少女は、濁った瞳をぎらつかせて一振りの杖を握りしめる。強く握りすぎてもはや握り跡がついているほどに握り込まれた杖、ぼろぼろのそれを握りしめ彼女は呪文を唱えた。

 発音できたのか、杖は振れたのか。それすらも不明瞭。だが、結果は明瞭だった。

 

 少女の姿が変わる。へし折れねじ曲がっていた四肢は元の形を取り戻し、爛れ膿み、破けていた肌は瑞々しい少女のそれへと変貌した。

 それだけに変化はとどまらない。濁り切った眼球は澄み切った空色に変わり、削ぎ落とされたかのような歪な耳は小さくも可愛らしいものになる。

 

 潰れた鼻は綺麗に整えられ、禿た頭部が美しくも淡い色の髪が生えそろっていく。崩れた輪郭が成形され一本の例外なく砕け散っていた歯が美しい輝きを放っていた。

 瞬く間の間にそこには美少女と呼べるものが立っていた。変身術を行使したのだ。こうしなければ人前に出ることすらできない。しかし、ここまでしてもこれでごまかせるのは外側だけ。

 

 内側は末期、重篤患者のそれに他ならず、地獄の責め苦は今も続いている。

 

「さあ、行きましょう。ダイアゴン横丁へ」

 

 それでも少女――サルビアは、そんなものないかのように振る舞う。まずはダイアゴン横丁へ行かなければならない。そこで入学に必要なものを揃えるのだ。ホグワーツなどという学校には興味がないが、そこに存在する神秘には大いに興味がある。

 己の目的を果たす為に。生きるという目的を果たす為に。

 

 彼女は、切り抜いた日刊予言者(糞の役にも立たない)新聞の中でも辛うじて役立つであろう情報をまとめたスクラップの中、魔法インクで綺麗に下線が何重にも引かれた記事を見つめる。

 そこに書いてあったのは生き残った男の子に関する記事だ。彼の闇の帝王の死の呪文を浴びてなお生き残ったという奇跡の男の子。

 

 もし、その秘術、秘宝、なんでもいい。死を防いだその術法。私が生きるのに使わせろ。ゆえに彼女は吐き捨てるように言うのだ。

 

「せいぜい、私の役に立ちなさいよ」

 

 そして、杖を振るう。サルビアは屋敷から消え失せた。

 

 次に目を開けばそこはとあるパブの中だ。イギリスの小汚いパブ「漏れ鍋」。そこはマグル――魔法族ではない者――の世界とダイアゴン横丁を繋ぐ場所だ。

 漏れ鍋の奥。そこにある煉瓦の壁を規則正しく杖で叩くことによってそこへの道は開かれる。

 

 ダイアゴン横丁では魔法使いや魔女が必要とする、ありとあらゆる魔法道具が売られている。ここで揃わないものはない。揃わないものと言えば闇の魔術に関するものぐらいだろう。

 そもそも普通の魔法使いはそんなものを買い求めたりはしないので揃わないものはないと断言してしまっても問題はないだろう。

 

 その手のものが欲しい時は夜の闇(ノクターン)横丁に行くと良い。そこはダイアゴン横丁とは違って闇に近い。例えるならば裏通りとでも言おうか。

 違法ではないが、合法でもないそんな場所に行くと良い。賢明ならばここには来ないことだ。そうすれば、酷い目に合わなくて済むし、正常でいられる。

 

 そこはまた、好みではあったが今回はダイアゴン横丁が目的地。サルビアは、そこへ向かうために漏れ鍋へと赴いていたというわけだ。

 昼間だというのに客の多いパブ。どいつもこいつも古めかしい魔女や魔法使いの恰好をしている。それに内心でうんざりしながらも彼女は務めて人が好みそうな笑顔を作る。

 

 その後ろではもう用済みとなった自分の父親(失敗した屑)の杖をへし折り暖炉の中へとくべてやる。遺品だとかそんな感慨は一切ない。

 なにせ、父親だと名乗る男は、自分が生きるために健康な肉体を作ろうとしたのだ。それに乗り移って生き残るために。そうやって、リラータの家系は今まで続いてきた。先代が失敗したのは先代が屑だったから。俺が失敗するはずがないだろう。

 

 そういって失敗したサルビアの父親()。そんな屑の杖など使ってやるつもりはない。生きるために必要だったから使っていただけのこと。必要がなくなれば、捨てるのは道理だろう。

 

「私は、失敗しない。どうせ、私が子供を産んでも変わらないもの。そもそも、産めるかどうかも怪しいし。だったら、別の方法を探すまでよ。何をしても、生きればいいの」

 

 リラータの家系の者は例外なく病魔に犯される。それは不文律だ。神が敷いた絶対の法とでも言わんばかりに。あえなく父親だと名乗る屑は失敗して死んだ。

 だが、それでもサルビアの役には立った。彼が遺したものの中には利用できそうなものがいくつかあったのだ。

 

 賢者の石、ユニコーンの血、分霊箱。全てが不老不死を目指すものにとっては当たり前のこと。サルビアだって考えついた。役に立つとはそういうことではない。

 サルビアの父親は賢者の石がどこにあるかまで突き止めたのだ。それを奪取しようとしてあえなく失敗して惨たらしく死んだわけだ。その場所とはグリンゴッツ魔法銀行。

 

 おそらくは魔法界において最も侵入不可能な場所だ。しかも、灯台下暗しというべきか、賢者の石が入っている金庫は713番金庫。リラータ家の金庫はその隣712番金庫だ。

 そんな近くにあるという事実は、サルビアですら本当かどうか疑ったほどだ。

 

 しかし、本当だとしてグリンゴッツに侵入することは正気の沙汰ではない。その結末は、父親が証明してくれている。狙えるならば狙うが、とりあえずは保留にしておく。

 そんなことよりも重要なことがある。なんという幸運か。サルビアは、いい時に漏れ鍋にやってきたのだ。漏れ鍋の中に人垣ができている。

 

 まるで有名人を囲んでいるかのようだ。事実、それは正解だ。ここには有名人がいる。そういうわけでサルビアもそちらへ向かう。頑張って人混みをかき分けながら。

 向かうは、この漏れ鍋で現在注目を集めている者のところだ。巨人と言わんばかり、普通の男よりも遥かに大きな髭もじゃの男がそこにはいる。

 

 いや、彼ではない。確かに彼は目立つ容姿をしているが彼に注目が集まっているわけではない。ここの店主という禿げた老人――トムが声を上げた声にある。

 

「もしや、ハリー・ポッターか!」

 

 注目が集まっているのは大男の横にいる少年だ。眼鏡をかけた貧相な少年。がりがりに痩せているし、眼鏡なんてセロテープで補修をしてある。

 どこをどう見ても有名人には見えない。だが、魔法界において彼の名を知らない者はいない。

 

 彼の名はハリー・ポッター。闇の帝王の死の呪文(アバダ・ケタブラ)を受けて生き残った伝説、奇跡の男の子。

 しかし、そんな名声などサルビアにとって価値はない。

 

「役に立ちなさいよ。あなたの価値なんて、それ以外にあるわけないじゃない」

 

 サルビアはそう吐き捨て、ゆっくりとハリーへと近づいていく。彼が死の呪文から生き残ったその術を知るために。

 生きる為に。練習したとおりに取り入ればいいのだ。そう、練習したとおりに――。




やらかしてしまった。
初っ端から主人公が絶望的に崖っぷちですが、大丈夫。ほら、甘粕大尉も言っています。諦めなければ夢は叶うと。

南天と違って、黄もノブもいない。本当に味方がいない。更に彼女の結末は、勝つか、負けて死ぬか。ただそれだけ。
果たして、どうなることやら。

まあ、こんな主人公ですが愛してやってください。

ちなみにサルビア・リラータというのはセージの一種です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。