ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

12 / 71
第12話 終わり

 サルビアは医務室で気が付いた。変身術はかけなおされ、またいつもの美しい姿に戻っている。だが、何も変わっていない。世界は、未だ暗い闇で覆われている。

 気分は最悪で、何も感じなかった。先に目覚めていたお見舞いにハリーや、ロン、ハーマイオニーたちが来ている。

 

「良かった! 目が覚めたんだね。石、ちゃんと守れたよ」

 

 役に立たない屑(ハリー)が何かを言っている。

 

「ええ、そうね、そうかもね。あなたのおかげよ」

 

 何かを言った気がした。

 

「本当、僕ら凄いことしたよな。そりゃあ、僕はあまり役に立たなかったけどさ」

 

 塵屑(ロン)が、何かを言っている。

 

「ええ、そうね。そうかもね。でも、あなたのチェスの腕前は、凄かったわ」

 

 何かを言った気がした。

 

「本当、全員無事なのが信じられないくらいだわ。でも、良かった。みんな無事で。これで学年末試験も問題なさそうね」

 

 取るに足らない塵(ハーマイオニー)が何かを言っている。

 

「ええ、そうね。そうかもね。学年末試験も頑張らないとね」

 

 何かを、言った気がした。

 

 サルビアには、彼らが、何を言っているのかわからなかった。意味はわかる。内容も通じる。だが、何も聞こえない。

 

 何も感じない。何も、何も、何も。

 

 一度は極彩色を取り戻したのが原因。色を知っただけに、この暗闇は暗すぎる。いつもの場所。だが、いつもよりも深い。暗がりは、更に深く、誰の声も、誰の手もここには届かないし伸ばされない。

 身体は思い通りに動かせる。だが、動かない。目は見える。だが、世界は漆黒だった。耳は聞こえる。けれど何一つ聞こえてこなかった。痛みはある。だが、何も感じない。

 

「起きたようじゃのうサルビア。君には残念な知らせかもしれんが石は砕いてしまった。ヴォルデモートもまだ生きておるからのう。悪用されるのを防ぐために残しておくわけにはいかんかった。じゃが、安心すると良い。君とニコラスが生きるのに、必要な分の命の水は貯えてある。必要な時には、いつでも言うんじゃぞ。わしは、絶対に君を見捨てん」

 

 ダンブルドアがやって来た。生きるのに必要なだけの水を確保してくれているらしい。何かを言っていた。何も聞こえない。

 何も聞きたくない。何も、何も、何も。命の水? それがどうかしたのか。もはや、命の水に価値など感じられなかった。

 

「はい、ありがとうございます。このお礼(・・)は、必ずしますから。必ず……」

 

 何かを、言った気がした。

 

 いつものように笑顔で。心底、心底、心底、(憎しみ)を籠めて。

 

「明日には退院できますからね」

 

 存在が害悪でしかない蟲(マダム・ポンフリー)が何かを言ってる。

 

「……はい、ありがとうございます……」

 

 確実に言える。何かが変わっていたのだ。いや、終わったと言ってもいい。確実に。心の中の何かが完全に切れてしまっていた。切れてはいけないものが

 ハリーたちと同じく、一日医務室で過ごして明日には日常に戻れるという。戻ってどうするのだ。もはや、そこに価値はない。

 

 賢者の石は砕かれた。命の水は限りあるものとなり、永遠を保証するものではなくなったのだ。サルビアの身体を直し、尚且つ生きるには賢者の石が必要だ。莫大な命の水がいるのだ。

 限りある水で完全に回復できるはずがない。その証拠に、あの時、水を飲んだというのにまるで意味がなかったではないか。

 

 糞塵屑(ダンブルドア)に呪文を終わらされた程度で何もできない。水を飲んだというのに。あの程度で、あの程度で!!

 死ぬ。みじめに、惨たらしく死ぬのだ。何の価値もない、生きている意味のない有象無象は死なず、生きるべきサルビア・リラータは死ぬ。

 

 (ヤミ)は治せない。死病(絶望)は消えない。救いはない。希望はない。希望はない、希望は、ない。ここには、ただ死病(絶望)しかない。

 

「ふざけるな……」

 

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな、ふざけるなふざけるな!! 呪詛のように木霊する声。声が枯れるのも厭わずに、喉が潰れるのも厭わずに彼女はただ呪詛を吐き続ける。

 だが、ふいに、その声は止まる。

 

「――ああ、そうか……」

 

 塵屑に少しでも、ほんの砂塵ほどでも、期待した自分が間違いだったのだ。信じられるのはただ一人、自分だけ。そうだ、そんな単純なことに気が付かないなんて、なんて馬鹿だったのだ。

 塵屑が作った賢者の石とかいう糞に縋って、それを手に入れようとしたことが、求めたこと自体が間違いなのだ。まったく効かない治癒の呪文、病院も何もかも、塵屑が作り上げたものに他ならない。

 

 つまりはそう言うことだ。塵屑を幾らが作り出した塵に意味はない。意味があるものは自分だけだ。そう、自分だけ。自分だけが、自分を救えるのだ。

 それでも塵屑が羨ましい。何も持っていないくせに、一番必要なものをもっている貴様らが羨ましい(憎らしい)。お前たちはただ私に利用されるもののくせに。

 

――寄越せ、寄越せ、寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ、寄越せよ!!!!

――貴様ら塵屑が生きて、この私が、死んでいいはずがないだろうが!

――奪ってやる――

 

 彼女の背後で何かが立ち上がって行く。それは、逆さの十字。逆さの磔。劫火の中で燃える、死の象徴。彼女の、心。

 

「奪ってやる。お前たち塵屑どもが持っているより、私が持っていた方が良いに決まってる! お前らの寿命を寄越せ! 私の役に立てよ、お前たちの価値なんて、それ(奪われる)以外に、何もないだろうが」

 

 そうだ、新たな呪文を創る。塵屑の作った呪文なんぞ役に立たない。塵屑の呪文を使い、塵屑に全てを任せた結果がこれだ。だから今度は自分で。自分で、己が生きる為に必要なものを作り上げるのだ。

 賢者の石よりも優れたものを創りだせばいい。この世界は塵屑の山だ。何も役に立つわけがないだろう。貴様らが私を見下すのは、誰もが持っているもの(寿命)が、私よりも長いからだ。

 

 それ以外に価値なんてない。だから使ってやる。奪い、私が直接使うのだ。お前たちはせいぜい、私に使われていれば良い。

 目の前に出て来るな蛆虫共が。私の後ろで磔になってろ。

 

 皮膚の下をはい回る蛆虫共を掻き出し握りつぶす。

 

「生きてやる。生きるのに、良いも、悪いもない。生きたいと願って、何が悪い。何をしても、生きてやる。生きて、やる、んだ」

 

 生きてやる、生きてやる、生きてやる。呪詛に願いを織り交ぜて、彼女は生きることを諦めない。生きてやるのだ必ず。諦めない。

 諦めない、諦めない諦めない。諦めない。何をしても生き延びてやる。

 

 逆十字に救いなどいらない。救いは己で創りだす。希望は奪う。(絶望)は押し付ける。それこそが、逆さ十字。

 生者を磔にし、死者を踏みにじり、逆さの磔の前で嗤う。それこそが逆十字()だ。

 

 もう遅い。誰の手も彼女には届かない。誰の救いも、彼女には届かない。誰も、誰も、誰も――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 学年末試験を終えて、学年末パーティーがやってくる。ホグワーツの長かったようで短かった一年目が終わりを告げるのだ。

 大広間には全校生徒が座っていた。その様はお祭り騒ぎと言ってもいい。ただ一つの寮のテーブルを除いて。赤と黄金、獅子を模した紋章の旗飾りが大広間を飾っている。

 

 グリフィンドールが、スリザリンの七年連続寮杯獲得を阻止した。つまりはそういうこと。学校中がお祭り騒ぎになるのは頷ける。

 あのマクゴナガルですら、喜びの笑顔を浮かべているのだから。それもこれもハリーたちのおかげなのだ。賢者の石を守った。

 

 そのことがダンブルドアによって学校中に報告された。大幅にハリーたちは加点されたのだ。それによって、グリフィンドールが最下位から首位に浮上したのだ。

 

 ハリー・ポッター。その強い意志と卓越した勇気を讃えてグリフィンドールに60点。

 

 ロナルド・ウィーズリー。この何年間かホグワーツで見る事の出来なかったような最高のチェス・ゲーム見せてくれた事を称え、グリフィンドールに50点。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処した事を称え、グリフィンドールに50点。

 

 サルビア・リラータ。不屈の意志で、目的を成し遂げようとしたその意志に50点。

 

 良く頑張ったと褒め称えられた。グリフィンドールのヒーロー。賢者の石を護った英雄。生き残った男の子万歳。

 その輝き、その勇気に、万来の喝采を。

 

 騒がしい大広間にゴブレットを叩く音がこだまし、ダンブルドアが立ち上がる。

 

「また1年が過ぎた! 一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれの戯言をお聞き願おうかのう。この一年、君たちは多くの物を学んだはずじゃ、夏休みには抜けているかもしれんが、それは良いじゃろう。では、さっそく寮対抗の表彰を行うとしよう。点数は次の通りじゃ」

 

 グリフィンドール、658点。

 スリザリン、472点

 レイブンクロー、426点。

 ハッフルパフ、352点。

 

「グリフィンドールに優勝カップを!」

 

 大歓声が上がる。誰も彼も――スリザリン以外――が喜びの声をあげていた。グリフィンドールの優勝。誰もが夢見たものだ。

 スリザリンからの優勝カップの奪還。これが成されたのだ。嬉しくないはずがない。帽子を脱ぎ捨てて喜ぶみんな。

 

 だが、その中でハリーはサルビアが目に入った。みんなが喜んでいる中で、彼女だけが俯いている。ハリーは彼女もきっと喜ぶだろうと思っていた。

 一緒にあの難関を切り抜けた仲間だから。どこか悪いのだろうか? 心配になってハリーはサルビアへと声をかけた。

 

「大丈夫? ――っ!?」

 

 その瞳と目があった瞬間、思わず声をあげそうになった。その瞳の奥に、燃える何かを幻視したからだ。恐ろしさで言えばあのヴォルデモートすら霞むほどの何かを感じた。

 だが、

 

「どうしたのハリー?」

 

 次の瞬間にはそれは消える。だから、気のせいだったとハリーは思い直した。賢者の石をめぐるあの戦いがまだ頭から離れていないのだと。

 彼女は大切な仲間だ、大切な友人だ。恐ろしいなんて思うはずがない。そう思う。だから、生まれた考えや不安は全てハリーは頭の外に追いやることにした。

 

 もう彼女からそんな恐ろしさは感じない。いつものサルビアだったから。

 

「ううん、なんでもない。少し元気がなさそうだったから」

「そう? いつも通りよ。……ううん、そうね、少しだけ。いろんなことがあったなって、思っただけよ」

 

 もう終わり。お別れ。また二年。それに感傷を感じていたのと、彼女は言った。そうだ。もうお別れなのだ。ハリーもまたその言葉でそのことを思い出す。

 学校は夏休みに入る。自分はまた、ダーズリーの所に行くのだろう。そう思えば、確かにサルビアのようになってしまうのも少しは頷ける。

 

「また会えるよ」

 

 また会える。またダーズリーの所戻るけれど、来年もホグワーツに通うのだ。だから、きっと大丈夫。そうハリーは言った。

 

「ええ、そうね」

 

 そう言って彼女は笑ったのだ。その笑顔にどこか違和感を感じたけれど、次の瞬間にはフレッドとジョージに押しつぶされ、いろんな人に抱き着かれてそれどころではなくなった。

 パーティーを楽しむ間に、そのことも忘れてしまう。

 

 そうして、帰りの汽車が出る。

 

「さぁさぁ、急げ。遅れるぞ。もうすぐ汽車が出る! みんな急げよ!」

 

 ハグリッドが生徒たちを送り出している。ハリーは、さよならを言うために彼に近づいて行った。

 

「さよならも言わずに行っちまうかと思った。お前さんに」

 

 手渡されたのはアルバムだった。両親の写真と、それから、ハーマイオニー、ロン、サルビアの写真。いつの間に撮ったのだろう。

 けれど、これ以上ない品であることは間違いなかった。

 

「ありがとう!」

「さあ、もう行け。遅れるぞ。行け。あぁ、そうだ、ハリー。もしあの馬鹿いとこのダドリーに何か悪さされたら……んだ、脅してやれ。豚の尻尾に似合う耳をつけてやるとな」

「でも、ハグリッド。未成年は学校の外じゃ魔法を使えない。知ってるでしょ?」

「ああ、でもダドリーは知らん」

 

 それもそっか、とハリーは笑った。

 

「ありがとう」

「ああ、またなハリー。来年も待ってるからな」

「うん!」

 

 それじゃあ、と言ってハリーはコンパートメントに乗り込む。そこにはかけがえのない友人がいる。

 ロン、ハーマイオニー、そしてサルビア。ホグワーツで出来た。代わりのいない、大切な友人たちだ。そんな仲間たちとハリーはロンドンへ、プリベット通りへと、戻って行くのであった――。

 

 




というわけで賢者の石編終了です。お付きあいいただきありがとうございました。
ここまで来れたのも皆様のおかげです。

二巻に入る前にサルビア勝利ルートというご都合主義なIFルートでも書いてみようかと思ってます。
二巻の内容は11日辺りからやる予定。

では、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。