ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第17話 秘密の部屋

 色々とあった九月も終わった。ロンが罰則でロックハートのファンレター書きを手伝わされたりしたり、コリンがハリーの写真にサインをねだったりしたくらいで目ぼしいことはなかった。

 だが、色々と鬱陶しいことこの上なく、面倒くさいことが山盛りにされたこともあった。そんな九月も終わり、季節は変わりゆく。

 

 十月に入った。校庭や城に湿った冷たい空気がやってきた。そのせいか、先生にも生徒にも急に風邪が流行をし始め、害悪でしかない塵屑(マダム・ポンフリー)は大忙しであった。

 校医特製の元気爆発薬は直ぐに効いたもののそれを飲むと数時間は耳から煙を出し続ける羽目になる。飲みたくなどないが、ハーマイオニーに風邪じゃないかと疑われてバレてしまってはもはやサルビアにはどうすることもできなかった。

 

 元気爆発薬を飲まされ醜態を演じる羽目になったのだ。最悪なことに、その場に居合わせたコリンがその写真を撮ってしまった。

 クィディッチで忙しいハリーではなくロンを使ってそれを取り返そうとしたが失敗。やはり塵屑は塵屑であることを証明する結果でしかなかった。

 

 それでも何とかそれを乗り切ってサルビアは順調にことが進んでいるのを感じていた。

 

――そうなんだ、楽しそうだね

 

 トム・リドルと名乗る男。おそらくはヴォルデモート卿の在学中の名。その男とサルビアは日記でよく話をしていた。

 純真無垢な少女を演じてサルビアはリドルに近づいていた。相変わらず闇の力はサルビアの身体を蝕んでいたが、この程度病に比べれば大したことはない。

 

 むしろ困っているのはリドルの方だろう。乗っ取ろうとしているのに乗っ取れないのだから。文字には出していないがリドルの動揺がサルビアには感じられた。

 それでも抵抗は緩めているので徐々に力が奪われていく。これはいい経験だった。魔法力を奪い、自らの力として顕現しようとする。

 

 おそらくはこういうことなのだろうが、本当にいい経験になっていた。奪われる感覚を逆転させればそれは奪う感覚なのだ。

 新呪文の開発には、これほどいい経験もない。そして、その中で彼女は一つのコツとも言うべきものを掴んだのだ。

 

「効率よく奪うには相手から向けられる感情が重要か。いいえ、そうじゃないわね。相手から意識を向けられることか」

 

 いうなれば方向性だ。別々の方向を向いていては意思疎通もままならないのと同じこと。相手からの感情とこちらからの感情。その二つが相互に作用することによって効率よい奪取が出来るわけだ。

 この日記帳とのコミュニケーションは実に有意義であった。ミジンコ並みには使える蟲であったらしい。だが、これ以上の発見はないだろう。

 

 あとはいい加減、この日記帳が作られた目的を知るぐらいだ。このホグワーツに隠された何か。これが持っている情報。それを知りさえすればあとは用済みだ。

 隠された何かが使えるなら使ってやろう。だからこそ、サルビアは己の闇の力を自らに招き入れる。リドルの嬉々とした感情が伝わってくる。

 

――阿呆め、誘われていることもわからないのかこの屑は。

 

 まあ、純粋無垢な女の子を演じていたのだから誘われているなど思いもしないだろう。怪しいと思ったところで、もう遅い。

 一度目を閉じる、己の精神に世界を描く。描くものは炎。燃える増悪の焔。そして、くべられる逆さの磔。生まれた時からくすぶっていたものが今燃えている。

 

 それを自覚したまま目を開く。そこは精神世界とも言うべき場所だ。何もない。トム・リドルによって浸食され、完全に乗っ取られた。少なくともそういう風に見せている。

 そこには整った顔立ちの美青年が立っていた。リドルだ。幾度となく見せられた過去の映像にて幾度となくであった姿だ。

 

「さて、早速で悪いんだけど、君の身体を借りるとしよう。サラザール・スリザリンの継承者として、やるべきことがあるんだ。秘密の部屋を開けて、バジリスクを開放し、マグル生まれを皆殺しにする。君には、それを手伝ってもらうよ」

「…………」

 

 その姿は、実に、実に――滑稽だった。

 

「くっ――」

「ん? なんだ?」

「あはははは、きゃはははははっ――! バァーカ! この私が、お前如き塵屑に、身体を明け渡すとでも本気で思っていたのか? 塵がァ!」

「なん……だと……」

 

 リドルは動揺を隠せない。純真無垢だと思っていた少女の変貌にリドルは動揺を隠せなかった。なんだ、これは、何が起きている。

 相手の魔法力を奪い、自らの力に変えて完全に闇の力によって乗っ取ったはずだ。

 

「どこまでもおめでたい屑ね。フリに決まってるじゃない。まさか、本気にしたの? お前ごときが、私の身体を奪えるだなんて。でも、良いわ。欲しいなら、やってみなさいよ。私の身体使いたいんでしょ? ほら、やってみなさいよ」

 

 何が狙いだ。リドルは疑う。しかし、それ以上にこんな少女に自分がまけるはずがないだろうと思う。現に、彼女の精神のほとんどを掌握している。

 あとは完全に乗っ取るだけなのだ。

 

「後悔させてやろう」

 

 だからこそ、後悔させてやろう。自分で隙を作ったことを。そして――。

 

「な、なんだ!?」

 

 彼の精神は、記憶は、魂は、逆さ磔に捕えられる。燃える、燃える、燃える。身体が動かない。身体が燃えていく。

 逃げられない。最強の魔法使いたるヴォルデモート卿が逃げることができない。なんだ、これは、何が起きている。

 

 激痛と苦痛。地獄の如き責め苦がリドルを襲う。乗っ取ろうと彼女の精神に触れた。その瞬間、彼は地に伏していた。

 全身を苦痛が苛んでいる。身体がぐじゅぐじゅに腐り落ちてしまったかのよう。脳みそがでろりと溶けて流れ出してしまったのではないかというほど物が考えられない。

 

「あはっ、あはははははははははは!!! お前如きの精神で、この私に勝てるかよ! 健康で、恵まれているくせに自分が不幸だと自慰(オナニー)にふけっている塵屑の精神で闇の帝王? 残念だったなァ! おめでたい自慰野郎! お前なんて、そこらに転がる塵屑の一つにすぎないだろうが!

 利用しているつもりだったんだろうが、利用していたのはこっちなんだよ! 感謝してやる。お前は有用だったぞ。ほら、私の感謝だ、泣いて喜べよ塵屑がァ! 全ての秘密を吐き出して、死ね」

 

 燃える。燃える。燃える。炎が燃える。逆さの磔が浮かび上がる。阿鼻叫喚の地獄。最初にくべられるのはトム・リドルの魂。

 もはや侵食していくのは逆だった。サルビアの魂が、リドルの魂を犯していく。もとより、切り離された魂ではサルビアの魂に勝つことなど不可能。

 

 並みの魔法使いであれば、リドルは乗っ取れる。学生ならばもっと簡単だ。だが、サルビアは並みではない。その精神はもはや、比べる者がいない。

 そもそもいるはずがないのだ。生まれてから死病に犯されてもなお、生きることを諦めなかった精神。

 

 同じ境遇、いやそれ以上の境遇でもなければ勝てるはずもない。

 そんなものを凌駕できるとしたら何も考えない、いや、考える必要すらないほどの自負を持った馬鹿(勇者)くらいのものだ。

 

 そして、リドルは、馬鹿ではなかった。強い、弱いではない。リドルは強い。ヴォルデモートと呼ばれた最悪になるのだから、それは間違いではない。

 ただ、相手が悪かったのだ。魂の強さ、精神の強さ。怪物とも言うべきそれらを持つ少女と同じ土俵で戦おうとしたことが間違いだったのだ。ただそれだけのことである。

 

「ふん」

 

 そして、リドルの魂は完全に掌握された。あまりの痛み、恨み、増悪の波動によって壊れたかもしれない。

 封ぜられた魂はまだ健在ではあるが、もはや何もできまい。

 

「さて、それじゃあ、人形になってもらいましょうか。ふふ、起きなさいよ。ねえ、リドル」

 

 誰よりも優しく。さながら聖母のような笑顔と口調で、サルビアは倒れ伏したリドルを支え起こしてやりその瞳を覗き込んで甘い言葉をささやく。

 相手を支配する方法は実に単純だ。優しく接してやればいいのである。依存させればいいのだ。自分の存在を割り込ませて、依存させて心のよりどころとする。

 

 この方法を教えてくれたのはトム・リドル本人だ。乗っ取りを行うとき、リドルは親密になる工程を作った。最初から乗っ取らずわざわざ。

 それは、相手の深いところに入る為だ。相手の深いところを開いてそこに入り込むことによって洗脳を成す。サルビアがやっているのはそれの逆。

 

 そうすれば、あら不思議。

 

「なんでも言ってくれ。僕に出来ることならなんでもするよ」

 

 こんなにも単純に相手は服従する。ちょろいものだった。従順なしもべの完成だ。いらんがな。

 

「それじゃあ、あなたの秘密を教えて?」

 

 秘密。作られた理由。この日記帳こそがサラザール・スリザリンの後継者の証であり、ホグワーツに隠された秘密の部屋というもの。そこに眠る怪物を蘇らせる為に作られたのだと彼は語る。

 また、それだけではなく彼が16歳までに調べ上げた様々な情報を吐き出して行った。

 

「ふぅーん、そう」

 

 全てを聞き出したサルビアは日記帳を閉じた。そして、3階の女子トイレへと向かう。そこが秘密の部屋と呼ばれるサラザール・スリザリンが残した部屋への入り口だという。

 三階の女子トイレ。ここに近づく者は少ない。なぜならば、ここには一人幽霊が住みついているからだ。嘆きのマートル。そう呼ばれる彼女はここで死んだという。

 

「アラ、あなたなの」

「ええ、マートル」

 

 サルビアは彼女と知り合いであった。人が寄りつかない場所というのは貴重だ。サルビアにとってここは調合室である。

 ユニコーンの血液を濃縮したり、薬効を高めるために実験を行うための場所。トイレの一室はもはやトイレではなく、一人前の調合室と化している。

 

「何か用? 今日も何か隠れて作るのかしら」

「さあ、別の用事よ」

「そぉー」

 

 そう言って彼女は自分の個室へ引きこもった。それ以上は興味もないのだろう。もとよりサルビアも無視していたので、今更引きこもられてもなにも思わない。

 サルビアは手洗い台へと向かう。そこある蛇口の一つ。そこにはひっかいたような蛇の傷跡がある。

 

「こいつね」

 

 それに対して、サルビアは蛇語(パーセルタング)を行使する。ありとあらゆる言語をサルビアは習得している。 

 ありとあらゆる書物。ありとあらゆる賢人に話を聞く為に。時には動物とも話す。彼らは思いもよらぬ発想をもたらしてくれるのだ。

 

 人間以下の畜生には変わりないが、塵屑よりも従順で役に立つことにかわりはない。懐かれないが。

 

『開け』

 

 蛇口が眩い光を放ち、手洗い台が動き出す。手洗い台は沈み込み、みるみるうちに消え去って巨大なパイプがむき出しになった。

 大人一人が滑り込めるほどの大きさだ。

 

「ドビー、行って安全を確認して戻って来なさい。それから私を連れて下へ姿現ししろ。急げ」

「は、はい!」

 

 ドビーは飛びこむように滑り落ちていく。その全身は憐れなほど傷ついていた。サルビアに逆らわない。余計なことをしない。それを徹底的に覚え込まされた。その傷だ。

 しばらくして、戻ってきたドビーと共に姿現しする。そこはじめじめと湿った石造りの空間だった。おそらくは湖の下だろう。

 

「ルーモス・マキシマ」

 

 杖先に灯りをともす。

 

「行け」

「はぃ」

 

 ドビーを先頭にサルビアは歩いていく。墓場のように静まり返ったトンネルをサルビアは進む。ぴちゃり、ぴちゃりと湿った床が音を慣らし。時折、踏みつけた鼠の骨が音を鳴らす。

 気配はない。気配はない。トンネルを進む、塵とサルビア以外に気配は何もない。

 

「ご、ご主人様」

「なんだ、塵」

「あ、あれを」

 

 ドビーが先を指し示す。そこにあったのは巨大な曲線を描くものだった。

 

「バジリスクの抜け殻か。巨大だな。何百年生きたのやら」

 

 おそらくはサラザール・スリザリンの時代から生きているのだろう。

 

「進め。こんなものに興味はない」

 

 進む。進む。進む。暗がりを進む。奥へ、奥へ。深淵へと。進む。ふと、前方に固い壁が見えた。二匹の蛇が絡み合った彫刻が施されており、蛇の目には輝く大粒のエメラルドが埋め込まれている。

 

『開け』

 

 再び蛇語で命令すれば、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁がするすると滑るように消えた。深淵が口を開けている。

 

「行けよ塵が」

「は、はいぃ!」

 

 ドビーを先行させる。杖を抜く。襲い掛かっては来ないだろう。正規の手順で中へと入っている。それにリドルの日記もある。

 

「ここが最奥のようだな」

 

 サルビアはついに深層に辿り着いた。ここが最奥だろう。そう思う場所へと辿り着いたことを悟った。薄明るい部屋。天井を見ることは出来ず、暗がりがそこにはある。

 左右一対となった蛇の彫像の間をサルビアは進む。堂々と怯える様子のなくまるでこの部屋の主は己と言わんばかりに。

 

 部屋の奥には彫像があった。巨大な彫像だ。天井に届くほどあるだろう。年老いた猿のような顔に細長い顎鬚をたたえた魔法使いの彫像。

 これが彼のサラザール・スリザリンなのだろう。邪魔だが、壊すわけにはいかない。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強のものよ。われに話したまえ』

 

 トム・リドルから聞き出した情報そのままにサルビアは蛇語を唱える。長いこと話したから舌を噛んで血が出てしまったが知るものか。成功しているのだから。

 スリザリンの口が開く。暗い、暗い穴を穿ち、ずるり、ずるり、と思い身体を引きずり現れるのは蛇の王――バジリスクだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 バジリスクは目覚めの時を感じ取っていた。今、再び、50年という時を越えてスリザリンの継承者が秘密の部屋に訪れたのだ。

 なればこそ、己に課せられた役割を全うする時が来たという事。穢れた血を殺し、このホグワーツを真の形とすることだ。

 

 だからこそ、侍るべき主に呼ばれた時、彼は歓喜のままにその姿を現した。主を殺さぬよう目を向けはしなかったが、気配から感じられるのは深い、深い死の気配だった。

 病巣だ、病魔だ。嫌悪感すら感じるほどの病の気配。だが、それ以上に深い深い、死の気配をそれは内包していた。少女の形をしている。それはまさに死そのものと言って良い。

 

『待ち望んだぞ、継承者よ。殺そうぞ、穢れた血を』

 

 彼は蛇語で語りかける。歓喜だ。何よりも、新たなる死の主。仕えるべき主が来たのだから。

 

『下らん』

『?』

 

 バジリスクは何か間違えただろうかと、思う。ここに来たということはスリザリンの継承者なのだろう。なればこそ、ふさわしくない穢れた血。それを殺す為に来たはずだ。

 自分の存在意義とはそれであり、スリザリンにとってふさわしい世界をつくること。だが、だというのに継承者は下らないと言い放つ。

 

『実に下らん。こんなものがサラザール・スリザリンが遺したものだと? マグル生まれを殺す為の暴力装置。ああ、実に下らん。この程度のものが秘密とは。まあいい。使ってやろう。スリザリンでは殺す為に使うしかできなかったようだが、私は違う。せいぜい私の役に立て爬虫類』

 

 尊大に、主は言った。役に立て、役に立て。そうでなければ死ね。圧倒的な死の気配、病の気配がバジリスクへと叩き付けられる。

 気が付いた時には、彼女に恭順を示していた――。

 




トム・リドル終了のお知らせと秘密の部屋占拠、忠実な爬虫類ゲットの巻。

リドルさん乗っ取ろうとして逆に乗っ取られたでござる。
しかも、全ての情報吸い出されました。分霊箱に関する16歳相当の彼の情報を全てサルビアはゲット。
16歳当時のヴォルデモート卿なので、あまり役に立つ情報はなさそうなんですけどね。

秘密の部屋を無事占拠。死の気配濃すぎてバジリスクがペットになりました。
やったねサルビアちゃん、念願のペットと別荘だよ!

次回の最期の方で、サルビアちゃんが無辜のマグル攫って外道なことします。

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