「ねえ、あなたがハリー・ポッター?」
ハリー・ポッターは、ふと後ろからの声に振り返る。声からもわかるとおり、そこに立っていたのは少女だ。その姿は深窓の令嬢とでも言わんばかりに儚げな少女であった。華奢で、腕や足なんかは今にも折れてしまいそうなほどに細い。
しかし、なぜかハリーは彼女を弱いとは思えなかった。むしろ、見ていると不安になる。その理由はわからなかったが、なぜか不安になる。
それでも初めて話しかけて来てくれたダドリー以外の同世代の子である。それも女の子だ。話てみたいと思うのは少年の心として当然の反応であった。
「そうだけど? 君は?」
「私? 私は、サルビア・リラータ。あなたと同じ、ホグワーツに入学する生徒の一人よ。同じ寮になるかもしれないからよろくね」
「あ、うん、よろしく」
満面の笑顔。きっと、誰もが恋をするかもしれないような笑顔から差し出された手をハリーはおずおずと取った。柔らかい少女の手。今の今まで、接してきた女性と言えば首が無駄に長い、キリンの生まれ変わりかと言わんばかりのペチュニアおばさんだけであったハリーの、おばさん以外の初めての女の子と接触である。
当然のようにどぎまぎしてしまう。それがはかなげな美少女であれば尚更だ。それくらいには少女の容姿は美しい。不安になるような彼女の雰囲気は、気のせいだったのだろうと霧散する。あとに残るのは儚げな少女という印象だけだ。
「緊張してるの? 女の子と握手するのは初めて?」
「えあ、う、うん」
「そっか、私も男の子と握手するの初めてなの。一緒ね」
そんなことを笑顔で言ってくるサルビア。顔を赤くして、どきりとしてしまうのも無理からぬことだろう。漏れ鍋の中が薄暗いことにハリーは感謝した。
少なくとも、大勢の人に赤くした顔を見られることはない。目の前のサルビア以外には気が付かないだろうし、隣にいる大男――ハグリッドはそういうことには疎そうである。
「やったなハリー、もう友達が出来たぞ。俺は、ルビウス・ハグリッド。ホグワーツで森番をしちょる」
「よろしくお願いします、ハグリッドさん」
そう言って握手を交わす。それから再びサルビアはハリーに向き直った。
「それで、ハリーも、学用品を買いに来たの?」
「そ、そうなんだ!」
「お金はあるの?」
「えっと……」
持っていない。ホグワーツに新入生が揃えるものは多い。
まずは制服。普段着のローブ三着、普段着の三角帽一個、ドラゴンの革またはそれに類する安全手袋が一組
、冬用の厚手のマント一着。
教科書は八冊。杖、錫製、標準、2型の大なべ。ガラス製またはクリスタル製の薬瓶が一組、望遠鏡、真鍮製はかり一組。
その他、希望するならばふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい。
それは相当な出費になるだろう。魔法界について詳しくないハリーですら、それだけのものを揃えるのはかなりの出費であると想像できる。
なにせ、ダーズリー家にいた時でもダドリーの入学にはかなりの学費がかかっていることを彼は知っている。まあ、それを喜んでおじとおばは出していたのだが。
それはそれとして、その出費をケチなダーズリー一家はその費用なんぞ出してはくれないだろうし、実際そう言われている。
「安心していいぞハリー。お前さんの両親が遺してくれたものがある」
「そうなの?」
「おうとも! それじゃあ、まずはグリンゴッツからだな。お前さんも行くだろ?」
「ええ、ぜひ」
そう言うわけで、ハリーはサルビアと共にダイアゴン横丁で学用品を揃えることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(はあ、しんどい。隣の大男が不潔すぎる。どっか行って欲しい)
内心でそんなことを思いつつ、サルビアはグリンゴッツへ向かってダイアゴン横丁を歩いていた。人が多く、ごみごみした空気は容易くサルビアの肺や気道を傷つけていくがその痛みなど無視して終始笑顔を浮かべている。
もし知らなかったら、その身体、体液、ありとあらゆるものを調べるまで。そのためには、恋人になることすら厭わない。髪の毛だとか血だとかは手に入れようと思えば手に入れられるが精液だとかそういうものは相当親密でも手に入れるのは難しい。
だから、とにかく親密になる。ものすごく嫌だが、とりあえずの目標はこれ。それと並行して生きるための方法を探っていく。賢者の石を手に入られれば早いが、無理なことは言わない。チャンスを待つ。
「でね、おじさんも、おばさんも酷いんだよ」
「そうなんだ」
その間、サルビアは終始笑顔でハリーのいかにマグルのおじとおば、その息子にいじめられてきたかという不幸話を聞いたり、珍しいお店について聞かれたら答えたりしていた。
--私の方が酷い。
とりあえず、そんな言葉を必死に飲み込みながら。その程度の不幸で根をあげるとはやはり他人に持ち上げられているだけの屑か。しかし、それでも生き残ったことは事実。必ずその秘密を掴んでやると思いながら、内心で毒を吐きながら表で笑顔のまま受け答えを続ける。
ハグリットはそんな二人を微笑ましげに見ている。見るなよ。気持ちが悪い目を向けるな。
「さあ、着いたぞ。グリンゴッツ魔法銀行。ホグワーツの次に安全なところだ」
さて、そんなわけでようやくくその役にも立たない会話の応酬もハグリッドの言葉によって終わりを告げる。この時だけは、サルビアもハグリッドの存在に感謝してもいいかぐらいは思った。
まあ、大きくて邪魔で不潔なことにかわりはないので思っただけだ。
中に入れば、小鬼たちが働いている。上品そうな服装をきた小鬼たち。ゴブリン。サルビアにとっては見慣れたものだが、ハリーにとってはそうではないので珍しそうにしていた。
「あまり見ない方がいいわよ」
「え?」
「人にじろじろ見られていい気分はしないでしょ?」
「あ、そっか。うん、そうだね。気をつけるよ」
はあ、なんで、こんなやつのお守りしてるんだろ。その仕事はお前のだろ、ハグリッド。仕事放棄するなよ。こっちに任せるな。そういう視線をハグリッドに向けるが、彼に気がついた様子はない。
視線には気がついたが、その意図には気づかずとりあえず笑顔を返してきた。死ねばいいのに。
「ポッターさんの金庫と」
「私の金庫を開けたいのだけれど」
奥にいた小鬼にハグリッドが話しかける。
「ああ、鍵はお持ちですかな?」
「ええ、ここに」
錆びかけた鍵を取り出して小鬼に手渡す。ハリーの方はハグリッドがぽけっとをひっくり返して、周りをビスケットの粉だらけにしつつその奥から発見した。
「それと、ダンブルドアからの手紙を預かって来とる」
ハグリッドが手紙を小鬼に渡す。サルビアは耳を澄ました。
「例の金庫には入ってる、例の、あれだ」
こちらをちらちら気にしながらハグリッドがいう。隠せていないぞ。それについてハリーを焚きつけて聞いてみたが、答えてはくれなかった。役に立たん屑が。
その後、やってきた小鬼に案内されまずは一番近いというハリーの金庫へと向かう。それは地獄だった。クネクネと縦横に曲がる迷路を四人を乗せたトロッコは風を切って走っていく。
その速度が半端ではない。サルビアが何度死にかけたことか。どうやら今回も死にかけるようだ。変身術を使っていなければおそらくばらばらになっているだろう。
停車の衝撃で血管が破裂しそうなほどだ。もちろん現在進行形で感じている激痛は悶絶するほどだが、サルビアは臆面にも出さず楽しかったねというハリーに笑顔で同意してやった。楽しくない、死ねばいいのに。
「687番金庫です。明かりをこちらへ」
小鬼にハグリッドが明かりを渡すと同時にトロッコを降りる。ハリーもそれに続き、死にそうなサルビアも降りた。膝が震える。吐き気も酷い。そんな状態で、ハリーの金庫が開かれるのを見ていた。
まず目に付いたのは、黄金の輝きだ。
「お前の両親が遺してくれたものだ」
「すごい」
「いい両親ね」
ハリーが必要な分を取り出しているのを見ながら、心にもないことをサルビアはいう。お金持ちなんて死ねばいいのに。
次に案内されたのはサルビアの金庫だ。712番金庫。中に入っている金の量は少ない。がらんどうだ。広い空間の中に数十枚程度の金がばら撒かれるように入っている。いつなくなるかわかったものではない。
とある貧乏一家の方がまだマシとも言えるレベルで入っていない。先代、先先代が生きるために散財を繰り返した結果である。死んでも迷惑な役に立たん屑どもだ。
そして、その隣の金庫からハグリッドは何かを取り出していた。サルビアはその中を覗き込んで見ている。入っているのは小さな袋。とる時の音からして何か硬いものが入っているのは間違いない。屑が残したレポートに書いてあった通りの金庫番号。そこにあるのは確かに賢者の石だ。
だが、目の前にあるというのに手出しができない。杖がないのだ。杖がない状態では赤子にも負けるサルビアの運動能力である。まずハグリッドには勝てない。
杖があればグリンゴッツを出たところでハグリッドに死の呪文を使い賢者の石を奪取するというのに。内心で歯噛みしながら、ハリーとともに何をハグリッドが取り出したのか気になるね、などと他愛ないことを話していた。
その後、
杖をへし折った自分の浅はかさを呪う。そんな呪詛でも吐きそうなほどに落ち込んだサルビアだが、ここでそれを出すわけにもいかない。
不本意ながらハリーと仲良くなるにはそういうことはNGだ。なにせ、この少年。真っ当だ。少ししか一緒にはいないが、同族の匂いがしない。
つまり基本的に善人。サルビアが嫌いなタイプである。そんな彼と仲良くなるなら自分も善人を演じなければならない。
善人はいきなり呪詛を吐き出したりはしないだろう。そういうわけで、務めてにこやかに。内心辟易としながら買い物を開始する。
フローリシュ・アンド・フロッツ書店で必要な教科書を揃える。ハリーはどうやらダドリーとかいう豚に対して並々ならぬもの気持ちがあるらしく、丁度良い呪いの本でもないかと探してみたり。
「それなら、これかしら」
呪いに関しては一日の長があるサルビアは快く紹介してやる。どうせフローリシュ・アンド・フロッツ書店にあるような書物だ。危険なものなんてありはしないし、ハリーに使える程度の呪いなどたかが知れている。
それにポイントを稼げるだろう。この少年、抑圧されてきたのか、チョロイ。友達ごっこなどしたこともないサルビアですら、そう思うほどにチョロイ。
それも今のうちだけだろうから、今のうちにポイントを稼いでおく。そうしておけば、ハリーが死ななかった秘宝を聞く出せなくとも盾くらいにはなるだろう。
「ありがとう。へえ、こんなのもあるんだ」
ただ、そんなことよりもサルビアとしては荷物を持ってほしかった。八冊の教科書。それも無駄に大きい。マグルを見習って文庫サイズにしろよ阿呆どもめ、と内心で毒を吐くサルビアであるが有体に言って重いのだ。
重すぎて腕がぷるぷるしているどころではない。変身術を使っていなければ重みで背骨がへし折れている頃だ。もはや一歩も歩けない。だというのに、気の利かないこの
とても楽しそうだ。今まで抑圧されていたのが、自由になったのだからそれも当然だろう。ハリーは楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
満面の笑顔で、見つけてきた本を持ってくる。楽しそうだ。本当に。くそ、忌々しい。犬のようだが、まだ犬の方が利口だ。
「気は済んだかしら? それなら、次に行きましょ。まだまだ、買うものは多いんだから」
「そうだね。えっと次は……」
「大鍋ね。魔法薬学に使う」
そういうわけで二人は、鍋屋に向かい、魔法薬の授業などで用いる鍋を購入する。魔法動物ペットショップの前を通ったがスルーした。
サルビアの財力はペットを飼うほどの余裕がない。ペットを飼う余裕があるなら、もっと別なことに使った方が有意義だと思っている。別に欲しいわけではない。断じてほしいわけではない。フクロウが可愛いとか思ってない。
「次は制服、だね。面倒だなぁ」
「そうね」
「でも、楽しい。僕、こういうことできなかったから」
――だからなに? 慰めろって? 不幸自慢なら余所でやりなさいよ。私の前でやらないで。
などと言えるはずもなく、
「そうね。私もそうだったから。楽しいわ」
無難に受け答えしておく。こうやって同族のフリでもしておけば、相手は勝手に懐いてくる。
楽なものだ。
そういうわけで二人はマダム・マルキンの洋装店で制服を買う。まさか男の子と一緒に採寸されるはずもなく。サルビアは別室で採寸を受ける。
体力の限界なので早々に切り上げさせてさっさと制服を購入してしまったサルビアは、ハリーが誰かと話しているのを見た。金髪の少年だ。プライドが無駄に高そうに見える。
おそらくは純潔の魔法族だ。良い感じにマグルを見下しているようだ。会話を聞く限りではマルフォイ家の子供のようだ。
関わるつもりはない。あれはスリザリンの家系。リラータもそうだが、今回ばかりは良い子のフリをするのだ。スリザリンは闇の魔法使いが多い。そういうレッテルがある。
それは邪魔なのだ。
「狙うは、グリフィンドール。たぶんハリーもそこでしょう。頭悪そうだし、まさか普通なところに行くとは思えないし。ダンブルドアもグリフィンドール生が賢者の石を奪おうとするだなんて思わないでしょ」
だから、サルビアはハリーとマルフォイ家の息子の話が終わるのを待ってからちょうど終わったと言わんばかりにハリーの所へ行った。
まさか、そこからあの少年がどんなに嫌な奴だったかと聞かされるとは思いもしなかったが。サルビアは死ねばいいのにとなんども思った。
ワー、サルビアちゃんはカワイラシイビショウジョダナー。
はい、序盤ハリー視点。何か可愛らしい美少女が居ますね。誰だろうこの子笑。
そのあとはサルビア視点。南天とセージを混ぜ合わせた感じにしようとしてます。
そして、この子どうやらグリフィンドールを狙うようです。リラータの家系はスリザリンの家系です。
スリザリンまっしぐらな逆十字がグリフィンドールに入る。確実に組み分け帽子を脅す気でねこの子。
さて、次回はオリバンダーの杖でサルビアの杖を買う話かな。
感想や意見などあればどうぞ。
ではまた。