十一月。何事もなく日々が過ぎていく。そんな中、ハリーはクィディッチの試合に臨んでいた。グリフィンドールVSスリザリン。
注目の一戦だ。スリザリンの最新箒ニンバス2001がグリフィンドールを破るのか。それともグリフィンドールが、その強さを見せつけるのか。
好カードとして、誰も彼もが注目している。学校の理事である、ルシウスすらも観戦に来るほどであった。帽子をかぶって、杖を手に彼は観客席に座っている。
隣には見慣れない美女がいた。どこかサルビアにも似ているが、ゆるい雰囲気とどんくさそうな感じはサルビアからは程遠い。更に言えば胸がでかい。とてつもなくデカイ。背が低いのになんでこんなにでかいんだというくらいでかい。死ね。いや、死んでいるか。
サルビアから一切の邪悪さや増悪などを抜いて、漂白して健やかに無事に栄養を取らせて、早寝早起きを徹底させて成長させたらこんなことになるとでも言わんばかりの容貌の女。
ただし髪の癖はなく、どこかふんわりとしているあたり、サルビアから程遠くも感じられる。
「なぜ、私が変身術を使ってまで貴様の隣に座らないといけないのか、説明してもらおうか」
そんな容貌とは似つかわしいとげとげしい声色が飛び出す。そう何を隠そう彼女はサルビア自身であった。今朝、クィディッチの試合の前にひそかにふくろう便が届き、誰にもバレないようにわざわざ変身術を使ってまで来たのだ。
ロンやハーマイオニーの方には
「なに、少しばかり君と話をしようと思ったわけだよ。私があげたアレは、役に立っているかね。動いているようには見えないのだが」
「フン、わざわざその程度のことで来たのか。おめでたいな。――役には立っている。だが、貴様が考えているものではない。あれを使ってことを起こすと面倒なことになりかねん。だから、期待には応えられん」
「ふむ、そうか。残念だが、君がそういうのなら待つことにしよう。憎き虱たかりのウィーズリーとダンブルドアを追い出せる機会と思ったのだがね」
「それはまたの機会にしておけ。お前も今、理事をやめたくはないだろう。待っていろ、ダンブルドアをぼろ雑巾にしてやる」
追い出したいのはやまやまだ。
だが、それを行うのは今は得策ではない。新たな呪文は未だ完成していない。実験を繰り返しているが、如何せんまだまだだ。あと一年はかかるだろう。
そんな状態で無策にダンブルドアを追い出そうすれば負ける。更に余計な事をするのがいる。あのハリー・ポッターだ。何か事件があれば自分から巻き込まれに来るだろう。
あの塵屑の守りの秘密も未だにわかっていないのだ。古い呪文であることはなんとなく察しているが、調べが足りない。
もし敵対すれば確実に殺してしまうので、あの塵屑正義感の阿呆の秘密がわかるまでは丁重に扱ってやらねばならない。
その時、スリザリンから歓声が上がる。いつものラフプレーで、選手が一人沈んだらしい。チェイサーの誰かだろう。名前なんぞ覚えていない。
「期待していよう。さて、それで君は、どちらが勝つと思うかね?」
「グリフィンドールだ」
「ほう、なぜか聞いても」
「才能の差だ。いくら箒の性能が上だろうと、所有者があれでは宝の持ち腐れだろう。特に貴様の息子だ。才能がないとは言わんが、経験不足だ。出直して来い」
それは、自分にも言える。糞塵屑と同じくらい呪文は使える。魔法の腕もあるだろう。だが、経験が足りないのだ。
だからこそ、今は雌伏の時だ。伏して時を待つ。今はただ、それだけだ。糞塵屑が渡してきた命の水とユニコーンの血。それで生きながらえて、必ずや殺すのだ。
そして、生きる。生きることに、嘘も真もありはしない。生きたいと願って、何が悪い。
「なるほど、良く言い聞かせてはいるのだがね。教育とは、うまくはいかんものだ」
サルビアの言葉通り、グリフィンドールのシーカーであるハリーがスニッチを手にして無事にグリフィンドールが勝利した。
「ふん、そう思うならもう少しまともに育てるんだな」
そう言ってサルビアは彼に背を向ける。
「善処しているのだがね。……では、君も頑張りたまえ。何かあれば、協力しよう。ダンブルドアを追い落とし、ウィーズリーをどうにかできるのであれば協力は惜しまない」
「ふん――」
競技場を去る時、サルビアは変身を解く。
そのまま寮の談話室で祝勝パーティーだ。塵屑双子が
ウッドは今日の勝利についてくどくどと高説を述べて、そこから更に次の練習、その次の練習と熱を高ぶらせていっている。
話半分に聞き流して誰もが塵屑双子が拝借してきた料理やお菓子を食べて、飲んではの大騒ぎだ。流石のパーシーも今日だけは何も言わずに少し離れたところで見守っている。
「見てたかい! 僕らの勝利をさ。あのマルフォイの顔、見ものだったぜ」
塵屑双子のうちのどちらかが暖炉の前の椅子に、寒さで膝を抱えて座っているサルビアの所にやって来た。
「ええ、見ていたわ」
とりあえずそう答える。一切見ていなかった。塵屑がやる糞スポーツなど欠片も興味がない上に、ルシウスと話していたのだから。
双子のどちらか曰く、ハリーと最後の競争に負けたのが信じられないと言って呆然としていたらしい。お父様の前であんな無様を晒したのだから、とても面白かったという。
――知ったことか。
サルビアの感想はこの一言に尽きた。お前たちの活躍は、全て無意味だ。なぜならば糞の役にも立たない。それをつらつらと述べたところで、なんになるというのだ。
何か言いたければ役に立ってからにしろ。そうサルビアは思いながら、話を聞き流す。今年やるべきことは終わった。
もう特にやるべきこともなく、研究をするだけだ。ユニコーンも量産体制に入った。あとはさっさと増やすだけだ。
この一年はそれに費やす。まずは生きるのだ。時間はない。身体が重い。節々が痛む。頭痛がして吐き気が止まらない。
先ほど、食べたものは軒並み吐いてきた。時間がない。延命処置をしてはいるが、刻一刻と時間がなくなっていくのを感じている。より克明に。健常な状態を体験してしまったがゆえに。
「……役に立ちなさいよ。私の為に、お前たちは、そのための道具だろうが――」
そう小声で呟く。誰にも聞こえることなくその声は暖炉の中へと消えて行った。ぱりちと木が爆ぜて火の粉が舞う。
「こほっ――」
吐いた咳。手には血。あとどれくらい生きられるだろうか。一年か、二年か。また命の水を飲まなければならない。屈辱だった。
だからこそ、ぎりぎりまで飲みたくなどなかった。だが、時間はない。時間はない。時間は、ない。
生きるのだ、必ず――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ドラコ・マルフォイはすこぶる機嫌が悪かった。昨日のクィディッチが原因だ。父親であるルシウスの前で負けたことが何よりも堪えた。
競技用の箒、それも最新型。練習もしてきたはずだ。何より、自分は純潔の魔法族である。誰よりも優れているはずだし、誰よりも強い。それは当然のことのはずだった。
だというのに、負け続けている。クィディッチではポッターに、学業では穢れた血のグレンジャーとリラータ。負けることがありえない奴らに負けている。その事実がたまらなくイライラさせた。
だからこそ、一人でいるサルビアを前にして、取り巻きであるクラッブとゴイルがいない状況で普段なら無視するところを思わず絡んでしまうくらいにはイライラしていた。
「おい、リラータ。一人か? いつもいっしょのポッターはどうした?」
ドラコは、リラータのことはそれほど気に喰わないとは思っていない。いや、確かに学業で負けていることは気に喰わないのだが、こいつはポッターたちと違ってわきまえているからだ。
純潔とそうでない家柄。そこには隔絶した差が存在している。それを理解してわきまえて行動する。彼女は去年からポッターと違って少なくとも自分の邪魔はしていない。
グリフィンドールではあるが、わきまえている。ならば、寛大に接してやるのが上の者としての在り方だろう。少なくとも彼女の事をドラコは下に見ていた。
ただ頭が良いだけの魔女。魔法も出来るが身体が弱く、根本的に取るに足らない存在だろう。そう思っていた。だからこそ、
「…………」
無視されたことに少しばかり驚いた。リラータは声をかけたのに何も返さなかったのである。顔をあげることなくただ歩き去ろうとした。まるで気が付いていないかのように。
気が付いていないはずがない。すぐ横で話しかけたのだから。
「おい無視するな。僕が話しかけてるんだぞ」
今度は少し強めに声を発する。絶対に気が付くように。だが、彼女はドラコを無視した。
「…………」
「おい!」
だから、ドラコは歩き去ろうとする彼女の肩を掴んで引き留める。
「――」
その瞬間、ドラコは思わず息が止まったかと思った。ドラコは間違えた。その間違いは誰もいない場所で彼女に話しかけたこと。
そして、タイミングが悪かったのだ。気が付くべきだったのだ、彼女の雰囲気がまるで幽鬼のようであったことをに。
「今、機嫌が悪い。話しかけるなよ塵、邪魔だ」
「なっ!?」
地獄の底から響いてくるような声。いつもと違う彼女の雰囲気に気が付いたドラコは大いに驚愕した。
――これがサルビア・リラータなのか?
そう疑問に思う。少なくともドラコが見てきた彼女はこういうことを言うような人物ではなかったし、こんな恐ろしい雰囲気を出す奴ではなかった。
どちらかと言えば、儚いだとか、虚弱だとか病弱だとか、そう言った感じの女だ。勉強は出来るが取るに足らない魔女だとドラコは思っていた。
――それが何だ、これは?
まるで地獄の鬼のようだ。ぼさぼさの長い髪に血走った目。幽鬼のようであり、ただ傍に立っているだけで不安がこみあげて来るかのようだった。
いつもの様子などどこにもない。別人だと言われても信じられるだろう。それくらいに彼女の雰囲気は異なっていた。
だが、そんなことはどうでもいい。そうドラコは断じる。そう、そんなことよりも重要なことがある。塵と言われたこと。
ドラコは、まず塵と言われたことに腹を立てる。だから、さっさと歩き去ろうとする彼女の前に立ちふさがる。
「待てよ、誰が塵だって? 勉強が出来るだけの混血のくせ、に――」
伏せていた顔をリラータがあげた。真っ直ぐにその視線がドラコを射ぬく。路傍に転がる石を見るような、いや、いいや違う。
塵だ。そこらへんにある埃を見るかのような、目。遥かな高みから見下すような目線が、ドラコを射ぬいた。怒りを感じる前に、ただただ、恐怖した。
淡い色の瞳。明るいと思っていた瞳は、今や漆黒としか思えなかった。闇だ。暗い、暗い闇。そこにあるのは底なしの闇。
これがグリフィンドールだって? スリザリンじゃないか。そうドラコは思った。これは怪物だ。手を出してはいけない。
だが、もう遅い。全ては遅いのだ。
「塵屑が、私の時間を無駄にして、覚悟は出来ているんだろうな」
「ぼ、僕に、何かしてみろ。ち、父上が、だ、黙ってい、いないぞ!」
「気が付かなければ終わりだ。お前自身が、何かされたと気が付かなければな。簡単なんだよ塵。跡形も残さず消し去って、それからお前を新しくつくってやればな。お前の父親も喜ぶだろうよ。だって、息子が優秀になって帰ってくるんですもの」
「ひっ――」
本気だ。この女は、本気でやる。闇の目がそう告げている。に、逃げなければ。
ゆえに、ドラコは逃走を開始した。わき目もふらず背を向けて。生存本能がここから逃げろと叫んでいる。だか逃げた。
「だが、それをやるのは面倒だ。材料はあるが、お前如きのために使うのはもったいない。だから、感謝しろよ塵屑。見逃してやる。その代わり、役に立てよ。犬として使ってやる。せいぜい、尻尾を振ると良いわ――オブリビエイト!」
「ああ――」
ドラコの意識はそこで一度、途切れた。
「う、ううん?」
気が付いた時、そこには
「気が付いたのね。だったら、起きてくれるかしら」
「え? ――」
そこで、ドラコは自らの状態に気が付いた。床に倒れている。誰もいなくてよかったと思うばかりだが、不意に気が付く。
頭の下が柔らかい。正面に見えるサルビアの顔。つまりは、膝枕。
「う、うわっ!?」
飛び上るように飛び起きて、
「な、なにが!」
「あなた、倒れていたのよ。大方ポルターガイストのピーブスにでもやられたのでしょう。気絶していただけだったから、看病してあげたのよ」
ローブとスカートを払いながらサルビアが立ち上がる。そうなのか?
「そ、そうか」
彼女が言うのだからそうなのだろう。彼女が言う事は
「それじゃあ、行くわ。約束覚えているわね?」
「ああ、もちろん」
「そう、それじゃいいわ」
そういってサルビアは去って行った。
約束。サルビアの言うことには絶対に従う。彼女が言う事に疑問に思わない。彼女の邪魔をしない。口を挟まない。余計な事をしない。
彼女が視界にいるときは大人しくしておく。彼女の役に立つ。約束は口外しない。全て完璧に遵守する。
――約束は全て覚えている。
「あれ? いつしたんだ?」
――まあいいか。約束は絶対なのだから。
ドラコはそう思いながらスリザリン寮へと戻るのであった――。
マルフォイ一家三昧。
前半ルシウスと話して後半ドラコ。
ルシウスは相変わらず。
ドラコは終了のお知らせ。昨日血を吐いて、命の水を飲む羽目になってキレ気味のサルビアの邪魔をするからこうなる。
なのに、膝枕とかいうご褒美をもらったドラコであった。あれ、一番、良い思いしてないかこいつ。出番少ないけど。
さて、原作を読み返してやはりロックハートは追放しないといけなかったので、そのうちサルビアちゃんがご褒美をあげることになりました。
もう少ししっかり読み直せばよかったと後悔。次からは頑張ります。
次回はネビルあたりと絡ませるかな。
あとユニコーン誕生の巻。